アイドル候補生の憂鬱アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 立川司郎
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/09〜02/12

●本文

 彼がここ、東京に出てきたのはつい1ヶ月ほど前の話である。
 たまたま母と姉が書類を送った所、事務所の目に止まった。彼がその話しを聞いたのは、中学校の部活から帰って夕食を食べた後だった。
「いってらっしゃい」
 本人のあずかり知らぬ所で進んだ話に一言、行きたくない。と答えた。それが聞き入れられたかどうかは、彼の生活を見れば分かるだろう。
 そして新生活が始まって二ヶ月。
 遠い地からはるばる東京まで出てきたばかりの彼は、寮と学校を行き来するだけの生活を送っていた。

 喫茶店の小さな椅子に腰掛け、一人の青年がカップをかき回していた。なみなみと入れられたミルクが、コーヒーの色を変えていく。
「‥‥まあ、本人は嫌なんだと思うけどね。アイドルになるってのは」
 ちらりと青年は顔をあげた。
「まあ、我々は正体を知られず生きねばならない訳だから、自ずとその将来像は限定されるのだけども。それにしてもアイドルは無いだろうと‥‥」
 とはいえ、もう少し様子を見たいというのが、事務所の気持ちであって。
「あの子は口数が少ないから、そういうのは言わないけどねえ、雰囲気で分かるじゃない。もうちょっと頑張った所が見たい。それで駄目だと分かったら追い返してもいいんだけど、才能があるかどうかも分からないで追い返すのはもったいないし」
 どうやら彼はもうじき、誕生日らしい。2日後には13才になる、中学一年生の少年である。
 前の学校では、剣道部に所属していたといい、今でもたまに一人で練習している所を見かけるという。
「今は部活に所属してないね。‥‥まあ怪我されて困るのと、空いた時間はレッスンでつぶれるってのがあるけどね。学校でもあまり人付き合いしない方らしいし、こっちはこっちでなおさら‥‥。本人のやる気が無いのを見ると、やる気がある子からすると癪にさわるっていうの? とりあえずね‥‥」
 それとなく、やる気が出るように促してやって欲しいんだわ。
 誕生日に一人、っていうのも寂しいじゃない。
「何、態とらしくないかって? ‥‥終わりよければすべてよし、って言うでしょう。‥‥あ、僕もう帰らなきゃならないけど‥‥とにかくよろしく頼んだよ!」
 マネージャーはそう言い残すと、コーヒーを飲み干して出て行った。

田部・哲哉(たなべ・てつや)/12才/中学一年
・ジュリアーズ事務所に所属する少年。なかば強引に連れてこられたせいか、本人のやる気が感じられない。口数が少なく、あまり積極的な方じゃないようです。
・マネージャーは、何とかやる気を出して欲しいというのだけど‥‥。
・寮には夜10時に帰宅させてください。夜遊びは駄目です。
・接触方法はバレバレでもよい。というか、短期間に複数人接触したら怪しまれるだろうから、終わりよければすべてよし(と、マネージャー談)。

●今回の参加者

 fa0142 氷咲 華唯(15歳・♂・猫)
 fa0675 恵・ミルク(18歳・♀・兎)
 fa0954 白河・瑞穂(17歳・♀・一角獣)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1704 神代タテハ(13歳・♀・猫)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2423 滄海 故汰(7歳・♂・狼)
 fa2860 静琉(16歳・♂・兎)

●リプレイ本文

[候補生とレッスン]
 ジュリプロに所属するという事、それは獣人である証。
 希に人間も居るというが、芸能界=獣人という認識で問題ない。自身は駆け出しのダンサーである静琉(fa2860)は、彼‥‥田部哲哉の4つ年上だった。
 ダンスレッスン場は人間の目が無い事もあり、彼らは思い思いの姿でレッスンをしていた。人間に混じれば褐色の肌と赤い目が目立つ静琉も、ここでは様々な色の一つとしてなじんでいた。
 ジュリプロではレッスンに出られるだけでも候補生として羨む事、という。静琉は依頼主であるマネージャーの協力も得て、レッスンに混じる事に成功した。
 哲哉の側では、まだ七才の滄海 故汰(fa2423)と歌手として活動しはじめている氷咲 華唯(fa0142)も混じっている。
 どうやら、二人とも手足がおぼつかないようだ。哲哉はもともと感がいい方なのか、何とかついていっているようだ。
 休憩時間を見計らうと、静琉は彼にそれとなく話しかけてみた。
 初めて参加したんだけど‥‥聞いてもいいかな、と静琉が声をかけると、哲哉は顔をあげた。黒髪に黒い瞳。ちょっとぼんやりした顔つきだ。
「‥‥何?」
「僕、静琉って言うんだ。今日から入ったから知り合いがいなくて‥‥よろしくね」
 静琉が手を差し出すと、哲哉はちょっと出された手を見下ろした。ワンテンポ置いて、手を握り返す。
「田部哲哉。‥‥話だったら、他の人に聞いた方がいい」
 哲哉はそう言うと、顔を背けた。静琉は哲哉に話しかけたのであって、他の誰かに声を掛けたかった訳ではない。それは依頼であろうがそうでなかろうか、同じだ。
 ぐい、と哲哉の手首を掴むと引いた。
「ちょっと待ってよ、僕は君と話したいんだから」
「話したくないなら、いいんじゃないの」
 ぽつりと声をかけたのは、同じく黒髪の少年だった。氷咲だった。
「やる気がない奴は居なくなる‥‥次にレッスンに来た時、そいつがいるかもわからないし」
 それがジュリプロの厳しさ。
 哲哉はすう、と扉の方を見た。
「移動だ」
 次はボイストレーニングのようだ。哲哉が歩き出すと、静琉は彼の後を追って掛けだした。氷咲はちらりと故汰を振り返る。
「哲哉兄ちゃん、どうしたのかな」
「‥‥気持ちは分かるけどな」
 アイドルになりたかったのではなく、勝手にそういう状況に置かれてしまった。氷咲にはその気持ちがわかる。彼はダンスや歌や容姿で、熱い声援と好意を受けたい訳ではないのだ。
「でも、本当に嫌ならレッスンに来ないと思うの。芸能界に全然興味がないのか、確かめてみたいの」
「そうだな‥‥何か興味が持てるものがあるかもしれない」
 氷咲は音楽、故汰は演技、そして静琉はダンス。自分が熱中出来るものが、哲哉にもあるのではないか。それを見つける手助けをしたい。
 ボイストレーニングでも、今ひとつ哲哉は覇気がなかった。
 トレーニング場には、月見里 神楽(fa2122)も様子を見に来ていた。曲の打ち合わせという名目で、同じスタジオに立ち寄ったのである。
 やる気がないなら、帰ってもいい。
 そう怒鳴られて、哲哉は追い出されていた。廊下でぽつんと立っている哲哉に、そろりと神楽が近寄る。
「怒られちゃったの?」
 声を掛けても、哲哉は返事をしなかった。楽譜を抱えたまま、神楽が様子を見るようにのぞき込む。
「‥‥歌うの、好きじゃないの?」
 神楽は好き。そう言うと、あ、と神楽が口をあけた。
「神楽っていうのは、名前ね。神楽はピアノとかドラムやってるの。でも音楽は大好きよ」
「お前は好きでやってるんだろ。‥‥俺はアイドルなんかなりたくない」
「アイドルでも音楽は音楽だよ。音楽を通すと、歌ってる人の気持ちが伝わるんだよ。嫌な気持ちとか、嬉しい気持ち‥‥楽しい気持ち」
 にこりと神楽は笑うと、背筋をぴょんと伸ばした。
「ごめんね、突然。でも同じ位の年みたいだし‥‥つい嬉しくて」
 また‥‥合おうね。神楽はそう言うと、手を振って廊下を駆けていった。

[強引なカノジョ]
 学校を出ると。そこには小さな弟が待ち伏せしていた。
レッスン中・レッスンに向かう道。しっかりと服を掴んでいる、故汰。振り返りうっとおしそうに眉を寄せる、哲哉。
「‥‥どこまで付いてくるんだ」
「故汰、まだ道がよくわかんないの。だから連れて行ってほしいの」
 ぎゅっと服を掴んだまま、故汰は瞳を潤ませながら哲哉を見つめる。絶対に離すもんか、といった表情だ。
 哲哉はため息をつくと、地面に視線を落とした。
「‥‥事務所の人に言われたんだろ」
「うんと‥‥えっと‥‥」
 故汰が返事に困っていると、突然誰かが哲哉へぶつかってきた。
 それこそ広い道の真ん中で、えいっといわんばかりに。哲哉を巻き込んで派手にすっ転ぶと、声をあげた。
「いったぁい‥‥」
「な‥‥っ」
 思い切り狙いすましたかのようにぶつかっておいて‥‥と哲哉が言いたげに不満の声をもらすと、彼女は髪をかきあげながら足首を押さえた。
 側で、彼女の連れと思われる少女がのぞき込んでいる。
「ごめんね、話しながら歩いてたらぶつかっちゃったみたいね」
「‥‥もういい」
 すっくと哲哉が立ち上がると、彼女は哲哉の手を掴んだ。
「あ、ちょっと待って。ぶつかっちゃったお詫びしたいんだけど、いいわよね」
「今からレッスン‥‥」
「大丈夫なの、今日はお休みしてもいいと思うの」
 故汰はそう言うと、彼女達の方へと哲哉の背中を押した。

「あたしはミルク、彼女は神代タテハ(fa1704)ちゃんね」
 恵・ミルク(fa0675)は明るい口調で、黙ったまま座っている哲哉と美味しそうにミルクティーを飲んでいる故汰に挨拶をした。
「故汰と哲哉兄ちゃんは、ジャリプロのレッスンに行く所だったの」
「‥‥よけいな事言うな」
 ぽつりと哲哉が呟く。恵はおかまいなしに感嘆の声をあげた。
「へえ、ジャリプロのアイドル候補生なのね。この子と同じね」
 子供っぽい顔立ちのタテハは、人なつこい笑顔を返した。
「ジャリプロに入るなんてスゴイよね。目指してても入れない子とか、デビュー出来なくて止めちゃう子も一杯いるのに」
 哲哉は返事を返さない。恵はテーブルに肘をつくと、くすっと笑った。
「なぁに、その顔? ‥‥アイドルになりたくないの」
「‥‥やりたくないに決まってる」
「あたしなんて、こっちから仕事探してるっていうのにさぁ。羨ましいなあ」
 恵は今の所、体を張った仕事を受けている。体を張るといっても格闘ではなく、その豊満な胸を生かした仕事だが。
「なんで‥‥嫌なの?」
 タテハが様子を見ながら聞いた。
「‥‥アイドルなんて‥‥」
 要するにアイドルが嫌な訳だ。端で見るのと、自分がアイドルになるのとは別らしい。

[様々な色、様々な舞台<ステージ>]
 一人、誕生日会の準備をしていた白河・瑞穂(fa0954)は、レッスンを一緒に受けていた氷咲と静琉や恵から彼の話を事務所で聞いた。
 気になっていたのか、マネージャーもその話しに真面目な顔で耳を傾けている。
 手を顎にやって、ふう、と白河はため息をついた。
「アイドルが嫌なんですか‥‥まあ、アイドルというと顔で売ってるイメージがありますからね。顔で人気を得るのは、本意ではないと」
 何となく身につまされる話ですね‥‥と白河が呟いた。
 話が逸れたようだ。はっと顔をあげて白河が口を開いた。
「そうそう。田部さんのご両親と、連絡が取れました」
 白河は、広島に居る田部の両親と連絡を取っていた。どうやら父親は、広島の放送局でアナウンサーをしているらしい。母親は元々ADだったが、現在は主婦業に専念している。
 ミーハーなのか、白河は散々ジャリプロの話をきかされてしまった。
「田部君の好きな料理、用意して誕生日会をしましょう」
「そうだな」
 氷咲が頷いた。そういえば氷咲ももうじき誕生日だ。
 だが今は、田部の方が先決。そう思って氷咲は黙っておいた。自分は祝ってくれる仲間が居るから。
「場所は事務所も寮も許可が下りなかったから、マネージャーさんが知り合いの喫茶店を借りきってくれました」
 すう、と笑顔をうかべて、胸の前で手をぱんと合わせる白河。
「さて、それでは私は料理と会場の準備をします。あとは皆さん、よろしくお願いします」
「‥‥最後は私ですね」
 皆を見まわして、ポニーテールの女性が聞いた。
 都路帆乃香(fa1013)は、皆がそれぞれアクセスした後‥‥最後に彼に会おうと考えていた。既に彼には、マネージャーの意図は読めているようだ。
 それは最初から想定済みだ。
 眼鏡を押し上げると、都路は腰に手をやった。
「いい思い出がないまま帰っていくのも、寂しいですものね。演技にしろ何にしろ、興味が持てるかどうかやってみてもらわなきゃ、わかりませんから!」
 都路は学校が終わった後の哲哉を捕まえると、彼を連れてある場所に向かった。
 それは、彼女が以前世話になった事がある小さな劇団である。今回は、舞台に参加するのが目的ではなかった。
 遠くから練習の様子を見つめる、都路。
 一通り彼らの練習が終わるのを待つと、彼女は哲哉の手をひいて舞台にあがった。練習が終わるのを待っていたのは、舞台の劇団員達の邪魔をしない為である。
 すうっと都路が、本を差し出す。
「これ、私が今やっている舞台なんです」
「‥‥だから何ですか?」
 無表情の哲哉に、都路は続ける。
「練習相手に‥‥なってもらえませんか?」
「‥‥俺より、他の人の方がいいと思う‥‥」
「アドリブでもいいの、適当に合わせてみて」
 都路はそう言うと、自分も台本を持って本読みを始めた。
 戦争で死んだ恋人の霊と語り合う、女性の役だ。舞台に響き渡る声で、都路は演技を続ける。女性の悲痛な表情を全身を使ってアピールする。
 舞台は、大ぶりに演技しなければ後ろまで見えない。体を使って演技をしなければ、小さく見えてしまうのだ。
 都路は密かに皆に頼んで、舞台を後ろから見ていてもらっていた。緊張する状況を作る事で、剣道の試合に似た状態で居てもらおうと考えたのである。
 哲哉も人に見られている事は意識して、緊張しているようだった。
 何より都路の様子は真に迫っていた。彼女の演技に対する熱意が伝わった。劇団員達は皆遊びでやっている訳ではない。さきほどの練習風景でも、何度も言い合う姿が見られた。
 実際に現場を見てもらう。都路の作戦は当たったようである。
 彼らの真剣な表情に、哲哉は少し心を動かされたようだった。剣道に熱中する事も、舞台に熱中する事も‥‥真剣な心で立ち向かうモノに差なんか無い事を。

「誕生日おめでとう!」
 声を上げて、タテハと恵がクラッカーをならした。
 びっくりした様子の哲哉の手を引き、故汰が喫茶店の中に入る。テーブルの上には、白河と静琉が作ったケーキやハンバーグ、そして哲哉が好きだと言っていたからあげ。
「未成年の皆さんも居るので、今回はお酒は無しですからね」
 白河はにっこり笑った。
 うん。どうやら、酒がなければ生きていけない! と言い張る人は居ないようだ。そっと哲哉の背中を押すと、白河がテーブルの前に誘った。
「‥‥色々あったから驚いていると思いますけど‥‥一年に一度の大切な日を祝うのに、理由なんかいりませんよね」
 どうかお祝いをさせて下さい。白河はぺこりと頭をさげた。
「‥‥あの‥‥」
 困ったように哲哉が白河の肩に手をやる。
「‥‥ごめんなさい」
 皆が様子を見守っていると、哲哉がちょっと顔を赤くした。
「皆‥‥マネージャーに頼まれただけだと思ってたけど‥‥一生懸命やってくれた。こっちが‥‥謝らなきゃ」
「僕達は皆、お前の気持ちがわかってる。それと同時に、楽しさも知ってる。だから、それを君にも分かってほしいだけだよ。僕達、一緒に芸能界で頑張ろう」
 静琉が言うと、恵がそっとタテハに顔を近づけた。
 ほら、プレゼントでしょ。何か含みのある言い方の恵の様子にとまどいながら、タテハは持っていた包みを差し出した。
「これ‥‥クッキー。作ってもらったものなんだけど‥‥タテ、自分で作るの得意じゃないから」
「‥‥ありがとう」
「それじゃ、みんなでぽんぽ一杯ごはん、食べるの!」
 雰囲気台無しね。恵はため息をつくと、故汰をテーブルの側にやった。
 用意していたキーボードの席に、神楽が座る。
 静かに音楽が流れていく。
 雪の大地に芽ぶいた葉が春になって、小さくとも綺麗な一輪の花を咲かせるイメージです。
 神楽は皆の和やかな談笑を横目に見ながら、ゆっくりゆっくりと時間を作っていく。
 彼が本当に熱中出来るものを、ここで‥‥芸能界で見つけられるようにと。