交通安全週間実施中!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
1.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/20〜02/25
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●本文
えー、なんかやる気出ないなあ。
煙草をふかしながら、ぽつりと呟いた。無言でじっと自分を見下ろす男と視線を合わせると、女は煙草を消してソファーに深く腰掛けた。
いつものように、彼はとやかく言う事はない。言っても聞く人じゃないのは分かっている。
「じゃあ、適当にお願い」
適当に、ねえ。
彼女、結城貴子と立浪祐介は同年齢である。同じ年に映画制作会社PLOJECT:八卦に入社し、育ってきた。立浪は脚本家として、結城は現在は監督として。
二人とも昼行灯であるから、めったに一緒に仕事をする事はない。二人が揃うと、いつまでたっても話が進まないのである。
そんな二人が顔を合わせて仕事の打ち合わせをしたのは、もう3年ぶりだろうか。
「小学校で使う、交通安全のビデオなんですが‥‥」
そう話を持ちかけた立浪の言葉への返事が、さきほどのアレである。
そもそも交通安全と縁が遠い結城。車に乗れば黄信号を無視し、高速道路はメーターと覆面を振り切り、点数はいつもぎりぎり。
少し交通安全を学んだ方がいいと思います、と社長に言われて回された仕事が‥‥そう、交通安全のビデオだった。
「新人の俳優とか裏方を育てるのにも、ちょうどいい仕事かと思うけど」
「そーねえ。じゃ、監督も新人でいいんじゃないの?」
「まあそれでもいいけど」
そんなわけで、交通安全のビデオを作成する事となった。
<内容>
・ターゲットは小学生なので、自転車、徒歩での交通ルールを分かりやすく教える。
・時間は30分以内で。教材用なのでOPやEDはいりません。
・教材に使用するシーンはすべて、こちらで作成する。
・車や自転車、バイク、撮影機材などはこちらで用意します。
・子供が見るものなので、血は映さないでください。
●リプレイ本文
[とりあえず適当に始めましょ]
適当ねぇ。
ソファに腰掛けてぼんやりと企画書を見ている立浪は、そういうつぶやきを聞いて顔を上げた。
目の前に座っている男は、深紅の髪をかきながら立浪の手元を見ている。
適当。それは軍隊用語で“最善を尽くせ”じゃないかと。
「いや、尻に火を付けろとまではいわないけど、適当でいいんじゃない? ‥‥まあ、十代の駆けだしの子が手抜きをするってのも問題ありだけど」
今回集まった者のほとんどは、十代である。
中には“実は二十代”という者も居るかもしれないが、立浪と話している彼、蓮城久鷹(fa2037)以外は皆十代であるように見える。
「じゃ、始めるか‥‥俺もこの手の仕事は初めてなんで上手くいかない所もあるかもしれんが」
ぐるりと周囲を見回すと、蓮城の目に十六才くらいの少年が目にとまった。彼は褐色の肌の青年と話している。蓮城の視線に気づいた少年が、あ、と声をあげてスカジャンの裾を掴んだ。
「これですか? ‥‥うちのリーダーの発案で」
スカジャンとつなぎには、極と書かれている。八咫 玖朗(fa1374)の所属するチーム名であり、トシハキク(fa0629)はよく極に顔を覗かせる技術屋の一人だ。
その長身は、蓮城とほぼ同じ背丈。
「それじゃ、そのやる気を見せてもらおうかな」
立浪はにこりと笑った。
あらかじめ教材用のビデオを何本か見てきた蓮城は、構成や脚本について立浪と話し合った。
小学校の教材だから、生々しいのは論外。はねられるシーンは人形で代用し、効果音やシーン切り替えで危険性を表現していく事でまとまった。
結城貴子は、蓮城に任せたまま部屋の隅で話しを聞いている。どうやら、仕事の割り振りが決まったようだ。
「じゃあ、撮影はトシハキク、美術は玖朗に頼む。音楽と編集は小桧山・秋怜(fa0371)で、あとは結城 紗那(fa1357)が解説と出演。‥‥で、車の運転は誰がやるんだ」
蓮城は立浪を見て聞いた。ふるふると立浪が首をふる。
「僕は、カースタントが出来るほど上手くないよ。寸止めは怖いし、勘弁してほしいなあ」
「俺も人並みにしか出来ないんだが‥‥じゃあ」
と皆の視線が集中したのは、結城であった。きょとんとして、煙草を口から離す結城。
「えっ、あたし?」
そのあたし、のようです。
「ちょっ‥‥」
「じゃ、紗那さん。音取りはまた後でしようね」
「はい」
結城の意見は無視されて、話が進む。
「OPは要らないと思いますけど、導入はあった方がよくありませんか? 語りかけるような口調で、意識をこちらに引きつける事が出来ればいいと思うんですけど」
紗那の提案に、蓮城も同意する。
突然始まるより、それがいいだろう。トシハキクは演出について、玖朗の意見を聞いている。
どうやら参加決定のようだね。立浪が結城に言うと、彼女は肩を落とした。
[結城危機一髪]
撮影は、八卦社の近くで行われた。日宮狐太郎(fa0684)や武宮 美咲(fa2076)達が待機し、トシハキクが撮影の準備をする間に、結城は何度も車のテスト走行をしていた。
使用に使用するのは立浪の所持している小型車だ。
「八咫君、あの車のブレーキ音。撮っておいてもらえるかな? あとで編集する時に使うから」
秋怜はマイクのセットをしている玖朗に頼むと、狐太郎の所へ駆け寄った。こうして現場を見ながら挿入音楽を考えつつ、狐太郎や玖朗達の手伝いもしている。
今回は人数が少ないから、皆が出来るかぎりの事をしていかなければ、いつまでたっても終わらない。
狐太郎は黒いランドセルを背負い、テレビの戦隊ものの服を着て撮影を待っていた。
「狐太郎君は、もう用意はいいの?」
ひょいと狐太郎は顔をあげた。手元には、ゲームの携帯機がある。
実は狐太郎は、元の髪の色は金色に近い。だが撮影では小学生が金色の髪では目立つ為、自分で頼んで黒いカツラを用意していた。
「大丈夫だよ」
子供に見て貰うもの。それは狐太郎と同年代の子が見るもの、という事。狐太郎は自分なりに、ちゃんと見て貰えるものにするにはどうしたらいいか考えていた。
取っつきやすく、キャラクターもののアイテムを身につける。髪の色はPTAの気持ちを考えて黒くする。ゲーム携帯機は、立浪がどこかからか借りてきてくれた。
「実はね、ランドセルって、当たって転んでもクッション代わりにもなって安全なんだ。だから、ちょっと位転んでも大丈夫だよ」
「‥‥へえ、そうなんだ」
「はわっ! さっ、紗那さん」
秋怜がふり返ると、背後から腕組みをした紗那がのぞき込んだ。解説役の紗那は、警察官の格好をしている。
まだ、警察官ほやほや‥‥といったお年頃で、初々しい。小柄だが肉付きのいい紗那は、こういった制服を着てもプロポーションにメリハリがあって似合う。
ちょっと羨ましそうに、秋怜が見た。秋怜の服は、いつもその見た目に沿うような可愛い服ばかりである。
紗那はかまわず、何か呟いていた。
「ランドセルが安全っていうのは、後でちゃんと言った方がいいかも」
「狐太郎!」
「はーい!」
ちょいちょい、と蓮城に手招きされ、狐太郎は元気よく返事を返した。
狐太郎が蓮城と打ち合わせをしている間、結城はまだ車の微調整をしていた。
玖朗とて機械いじりは得意だが、車は得意とはいいがたい。
「いくらブレーキ固くしても、ちゃんとしたタイミングに踏めなきゃ意味がないと思いますけど‥‥」
じろりと睨まれ、玖朗はびくりと肩をすくめた。すっくと結城が立ち上がる。トシハキクは、路上にブレーキとアクセルのタイミングポイントをチョークで書いていた。
カメラには、この印は写らない。
「最初は、信号無視をして歩道を渡る狐太郎を、結城さんが牽きそうになるシーンだ」
話ながら、トシハキクは印を付け終える。
「‥‥ねえ、あたしの78RZじゃ駄目かな。あれならきっちり寸止めする自信はあるよ。でもこのショボいのじゃねえ‥‥足回りもブレーキ調整もゆるいし」
引きつった表情に結城に、トシハキクは困ったような表情で体を起こした。
「どこの世界に、真っ赤な78で安全講習するビデオがあるんですか」
「子供も喜ぶと思うけどなぁ」
結城は残念そうに、運転席へと戻っていった。
トシハキクは玖朗と、カメラの方へと引き返しながらそれをふり返る。
「俺‥‥」
ぽつりとトシハキクが口を開く。
「こういう仕事。小さいけど、大切にしたいな」
「交通安全のですか?」
玖朗が聞くと、トシハキクは頷いた。
「俺たちがやった仕事で、少しでも子供の心に残って事故が減るなら本望だなって」
ふ、と彼が笑う。
「その為には、まず俺達が交通ルールを守らないとね」
「‥‥まず、あの人に守って欲しいんですけども」
玖朗は、目を合わさないようにしながら結城の方を見やった。
うーん。トシハキクは目を閉じて、考え込む。
それは‥‥ちょっと難しいな。
[体当たりでがんばります]
そろりと自転車を押しながら、制服姿の咲夜(fa2997)が現れた。目の前では丁度、結城と狐太郎のシーンが終わる所だ。
20センチ手前でぴたりと停めると、狐太郎が転がった。
本当に結城の表情が引きつっているのが、ここからでもわかる。結城が出てきて狐太郎の側に駈け寄る手前では、紗那が解説をしている。
カットがかかると、咲夜は自転車を進めた。
「次は‥‥美咲とだな」
蓮城が咲夜と美咲を呼ぶ。美咲も同じように、制服を着ていた。美咲は紗那以上に豊満だ。女の咲夜でも圧倒される。
美咲は満面の笑顔で、腰を手にやった。
「よしっ、咲夜さん、いつでもいいですよ。ぶつかったって全然平気だから、どーんと来てくださいっ!」
私、アマレスやってますからっ。
美咲は、元気のいい声を張り上げる。
「あたしもオーバーアクション気味がいいとは思うんだけど‥‥ほんとに大丈夫?」
「大丈夫よ、ちゃんと受け身は取るから安心して信じて」
美咲の自信のある声を聞いて、咲夜もこくりと頷いた。
「わかった! じゃあ思い切っていくね」
演技の未熟な自分は、オーバーな位がいいかもしれない。そう思っていたので、美咲はぴったりの相手だった。
そしてどーんと思い切って自転車に乗った咲夜は、曲がり角で美咲演じる女子高生とぶつかり、どーんと跳ねられて転がった。
しーん、と現場が静まりかえる。
しらん顔で紗那は二人の前に現れ、解説を続ける。
「自転車での衝突は、ぶつかった方もぶつかられた方もとても危険です。見えない所はちゃんと止まって、人が居ないかどうか確認しましょうね」
「あ‥‥カット」
蓮城の声が、小さく聞こえる。
ひょこりと咲に立ち上がったのは、美咲だった。
「大丈夫でしたか?」
美咲は制服の汚れも気にせず、咲夜を気遣った。
どうやら‥‥転がった咲夜の方が痛そうである。
「はい、お疲れさま」
秋怜が二人に、スポーツドリンクを差し出した。
一通りの撮影が終わると、機材を片づける玖朗やトシハキクに混じって、美咲が結城に駈け寄った。
「あの〜‥‥ちょっと提案があるんですけど」
「ん?」
「車の死角を、子供向けのビデオにも入れたらどうかな‥‥と思うんです。ほら、車って見えない部分があるって言うじゃないですか」
ああ、と蓮城が声をあげる。
たしかに車には死角がある。ルームミラーとサイドミラーを使っても全く確認出来なくなる位置、それが死角だ。
実際には、車の斜め後方がそれにあたる。
とくに結城の愛車のようなスポーツタイプの車の場合、死角が多い。自転車や人はおろら、しっかり目視をしなければ車が居ても見えない。
「じゃあ、内輪と外輪も入れた方がいいかね。‥‥蓮城、あたし車出してくるからよろしく」
結城が去ると、くるりと美咲はふり返った。
「咲夜さん‥‥もうちょっとの間、一緒に頑張ろう」
「うん。そうですね」
膝の絆創膏を隠しながら、咲夜は再び自転車に乗った。
[交通ルール‥‥守れるのかなぁ]
お疲れさん〜。
結城はそう挨拶をすると、真っ先にグラスに口をつけた。やれやれ‥‥と蓮城が首をふる。未成年が居るというのに、ビールで乾杯って‥‥。
「もちろん、結城さんは今日は車を置いて帰るんですよねえ?」
強い口調に笑顔で、紗那が聞く。
「も‥‥もちろんじゃないか」
「飲酒運転は犯罪ですからね」
「分かってるよ、今日は代行運転使うさ」
ちびちびと結城はビールに口をつけた。
同じ体当たりの演技派女優(むろんまだ卵だが)らしく、美咲と咲夜はちょっとうち解けたようだ。
「どうかな、撮影が終わった感想は」
「とても勉強になりました」
秋怜が聞くと、咲夜は嬉しそうに笑って答えた。
「これって、子供が見るんですよね。‥‥なんかドキドキしてきた!」
「僕もよく学校で見せられるけど、大抵見ない子が何人も居るんだよね」
「ええっ、そうなの狐太郎くん!」
「せっかく体当たりしたのに!」
ショックを受けた様子の咲夜と美咲。
「でも‥‥このビデオ、他のよりもすっごく見やすいと思う。きっと皆もちゃんと見てくれるよ。秋怜お姉ちゃんの音楽も良かったし、紗那姉ちゃんの解説も‥‥みんなよかったよ」
「そうですね。‥‥結城さん達も見て勉強するといいかもしれませんよ」
何気なくそう言った玖朗は、結城の反応に怯えるようにがたりと椅子から立ち上がり、すっ飛んで行ったのだった。