掃除戦隊マジカルメイドアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
谷口舞
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/25〜10/31
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●本文
駅より歩いて5分。
賑やかな繁華街の片隅にある雑居ビルを昇った先に、小さなアニメスタジオがある。
今冬から開始される作品の制作も本格化し、スタジオ内は慌ただしさを増していた。
その中でも、スタジオ最深部の制作エリアでは大きな問題が発生しているようだった。
「うーみゅ‥‥これは大問題なのー‥‥」
スタジオ内のアイドルことチーフディレクターの伊東百合子(いとう・ゆりこ)は大きなため息をついた。
同じく、その隣に座っていた構成の中村陽一(なかむら・よういち)も難しい表情で彼女を見つめている。
「放映まであと3ヶ月きったんですよ? 大丈夫なんですか?」
「そんなこと分かってるのー。でもでも、今回のシリーズはちゃんと3話まで出来てるの。ひとまず安心なの」
「‥‥1話は撮影中、2話と3話は他社に一本出し‥‥出来てないようなもんですよ‥‥そーれーよーり、問題はこれでしょうが!」
バンッと陽一は百合子の前に台本をたたき付けた。
『掃除戦隊マジカルメイド』のタイトルの下に並んでいる声優達の名前に赤ペンでぐりぐりと線が引かれている。主役級の声優ほぼ全員である。
「主人公を始め、ほぼ全員の声優さんがこの時期になって出演を拒否したんですよ! どうしてか分かりますか!」
「さ、さあー‥‥ゆりこには分からないのー‥‥」
「‥‥未だ完成していないオープニング、1話からいきなりコマ撮り収録ありときて、更に変にこだわってリテイクを出しすぎたからでしょうが! いくら全9話の深夜枠だからって趣味に走りすぎなんです!」
「で、でもぉー‥‥メイドさんは辛い時でも笑顔は絶やさず『はいっ★ご主人様』って可愛らしく言うものなのー」
「そ、れ、が、趣味すぎだっつーってんだよ! 代わりになりそうな声優を探してくるから、作画陣の尻をひっぱたいてこい!」
バタバタとスタジオから出ていく陽一の後ろ姿を、しょんぼりと眺める百合子。
「あーあ、陽一さん怒らせちゃった」
総作画監督の壱果が飽きれたように百合子に囁きかける。
「いっちゃぁんー‥‥どうしよう」
「ま、うちみたいな弱小スタジオじゃ逃げられても仕方ないですよ。私らは私らで出来ることをやるしかないでしょ」
差し出されたチーズをもそもそとかじり、百合子は小さく頷いた。
「深夜とはいえ主役をやれるとくれば、新人あたりが飛びついてきますよ。変にベテランにお願いするより、案外そういう人達の方がいい演技してくれる時もあるから、気楽にいきましょ」
なるようになるしかない、そういって彼女はにかりと微笑んだ。
●リプレイ本文
●収録前にすべきこと
「はい、OKですー。お疲れさまでしたー」
スピーカーを通して、ディレクター室からADの声が聞こえてきた。
ほっと大きく安堵の息をつき、ミーア・ステンシル(fa0745)はヘッドフォンを外した。
張りつめていた録音室の空気がふっと緩やかになる瞬間。仕事を終えた心地よい疲労感に満たされる。
「お疲れさまー」
スタッフ達に挨拶を交わし、ミーアは上の階へと続く階段へ足早に歩を進めた。
ちらりと時計を見ると、11時を回ったところだ。昼から収録が始まる、次の仕事の待ち合わせ時間にも何とか間に合う。
「偶然とは言え、同じスタジオ内で収録でよかった‥‥タクシーを探してたら間に合わなかったよ」
次の収録場所は2階上にある第7スタジオ。ビルの中で一番狭い部屋だ。
あまり音響設備も良くない場所だったはずだというのを思い出し、ミーアは少しだけゆううつな思いをはせた。
「調整が難しくなければいいんだけどなぁー‥‥」
「あ、おはようございまーす!」
スタジオに入ってきたミーアを種村有紀(fa1311)の明るい声が出迎えた。
「おはようございます。もう来てたんだ、早いね」
スタジオの奥では百瀬悠理(fa1386)と薗田ひな(fa0723)がヒカル・マーブル(fa1660)にメイドについての質問をしていた。
とはいえ、作中に出てくるメイドの立ち振る舞いは実際のメイドと随分と異なる。それもそのはず。登場キャラクター達は原作者でもある監督の趣味とロマンを満載させたお人形さんといっても過言ではないのだから。
「ええとですね‥‥掃除道具の扱い方はそうではなくて‥‥」
「でも、雑誌ではモップを振り回すって書いてあるのー。作品通りにするならこっちが正しいのー」
横から碧野風華(fa1788)がヒカルの説明に茶々をいれる。
「そんなことをしたら、掃除道具がすぐ壊れてしまいますよ‥‥まあ、お話がそのようならば、そちらに合わせるべきでしょうね」
相手をさりげなくたてて会話をきり出すあたりは、さすがである。双方の気分を損なわせないように、上手に言葉を選びながら、ヒカルは会話のアドリブについてアドバイスを立てていった。
「それじゃあ、一度流しておきましょうか」
笹木詠子(fa0921)が資料書を閉じながら言った。
幸いにも収録までにラフ原画の段階まで進んでおり、参考資料や絵コンテの類いは一通り間に合ったようだ。
また、空いてる時間を使って、詠子や風華が雑誌など演技の参考になりそうなものを集めて来ていたお陰で、絵コンテで足りない部分も充分補足させることが出来た。
話の筋が頭にあるのとないのとでは、演技に大きく差が出てくる。あとは本番で気を抜かないでおくことだ。
「前回の白箱借りてきたたわよ。先に観ておかない?」
RASEN(fa0932)が一枚のDVDを差し出した。中には没になった前回の配役での収録が入っているらしい。
「あ、そうね。一応OKもらってたやつだっけ?」
読み込みを始めていたプレイヤーを止めて、差し出されたDVDに入れ替える。
時折、脚本と見比べながら、自分の配役の発言場所と台詞回しを丹念に確認していく。
熱心に映像を見つめる彼女らの後ろで、スタッフ達は暖かくそれを見守っていた。
ふと、百合子は悠理の頭から生えている兎の耳に気がついた。最初は単なる頭飾りかと思っていたが、どうやらちゃんと生えている代物のようだ。時折ぴくぴくと動く様が妙に可愛らしい。
「‥‥次はうさ耳アイドルっていうのもいいかもしれない‥‥」
「ん? 何か言いました?」
「んーん。なんでもないのー」
満面の笑顔を向けて、百合子はスタッフに明るくそう答えた。
●はじめての声優
収録が始まり、早速声優達に難関が待ち受けていた。
声のタイミングが合わないのだ。
少しは収録に慣れているひなやミーアから指導を受けるも、なかなか上手くいかない。
台詞はしっかり読めているが、演技がそれに追いついていないようだ。
特に最年少のメイド戦隊「ミント」役の有紀は何度もリテイクを受け、すっかり意気消沈してしまっていた。
「‥‥有紀さん、ちょっとくらいなら変身してもバレっこないですよ」
耳元で悠理が囁く。彼女も足を引っ張ると思ったのか、内に秘めている力を少しだけ開放させている。
「でも‥‥」
有紀はちらりと硝子窓の向こうにいる音響スタッフ達に視線を向けた。彼らの中にも恐らく同種族のものはいるだろうが、勿論人間もいるだろう。この業界にいるならば人ならざる存在のことは知っているはずだし、多少はファッションでごまかせるのだが‥‥
「2人とも何話してるの? 次のカットの収録始めるよー?」
「あ、はーい」
耳をぴくぴくさせ、悠理は中央マイクまで駆けていく。
「とりあえず、がんばろう‥‥っ」
自分に活を入れるように、有紀は小さくガッツポーズをきめた。
●メイド唄う
「それにしてもドリル装備のメイドがいないのは残念ね」
メイド戦隊のひとり「オリーブ役」のRASENは残念そうにため息をついた。
戦隊といっても所詮はメイド。彼女らの武器は巨大化するモップ・バケツ・ほうきといった掃除道具が中心だ。
「ドリルというと‥‥ほうきの頭部分が回るのかしら?」
同じくメイド戦隊のひとり「ジャスミン」役をつとめるひなが首を傾げる。
「それだったらいっそ、半分あたりから割れて、中から出る方が面白いのー」
メイド戦隊の宿敵でもあり、全世界の支配をもくろむ軍団のトップ(という設定らしい)のマジョルカ役の風華が提案した。会話を聞いていた百合子がすかさず「それいいですのー」と言葉を入れる。
「いや、さすがにもう間に合わないですよ‥‥」
「えー」
「だって、あと収録残ってるのはエンディングだけだものね」
苦笑いを浮かべてミーアが言う。
今収録しているのは作中のメインでもある、メイド達の歌のパート部分だ。有紀と悠理のペアによる挿入歌の収録中が現在行われている。
「次のエンディングなんですが、やっぱり皆で歌わない? それぞれのソロの部分と組み合わせて」
RASENの提案にすかさず詠子が賛成の声をあげる。
「私はむしろそちらが本業だもの。是非ともそうしたいわ」
「それじゃあ、サビの部分を皆で歌うとしてー‥‥ここらへんから順番にソロでいく?」
「いいわね。合いの手の台詞も入れられそうね」
作曲担当者と少しだけ打ち合わせをし、控室で歌の出だしの調整を練習しはじめる。
収録が終わった有紀と悠理も後から加わり、全員のタイミングが確認出来た所で1日は終了した。
いよいよ最終日にオープニングとエンディングを収録すれば完了である。
「何とか無事に日程通り終わりそうですね」
進行をずっと見守っていた陽一がほっと安堵の息をもらす。
「さすがは陽一君なのー。良い人材集めてきたのー」
「‥‥ちゃんと作画の方も終わらせてくださいね?」
「‥‥それは壱果ちゃんにいって欲しいの‥‥」
まるでコントのようなスタッフ達のやり取りをながめ、声優一同はくすりと笑いを浮かべた。
●最終日
最終日の収録はいつもの狭いスタジオではなく、音響がしっかり整ったスタジオで行われることになった。
「ここなら変に音を拾われなくて済むね」
数日間の収録風景を思い出し、ミーアは苦笑ぎみに呟く。
「出だしのタイミング、あなたに頼んでいいかしら?」
「えっ? 私?」
詠子に突如指名され、悠理は驚きの声をあげる。
「私も賛成です。悠理さんが一番音楽センスが良さそうですもの」
「でも、それならRASENさんの方が‥‥」
「本気をだせば、だけどね。でもドリル装備のメイドもいないし、そこまで本気を出すつもりはないわ」
手を抜くつもりはないが、力を開放させるまでもない、といったところだろうか。
もし、この番組が成功したらイベントや音楽番組で曲を披露することがあるかもしれない。もしその時に、本気の状態で歌えなければファンを一層がっかりさせるのが目に見えている。
「うー。そ、それじゃあいきますね‥‥わん・つー・すりー」
出だしは悠理によるハミング。続いて有紀とミーアの声がアカペラで重なり、曲がインサートされる。
少々早いテンポの曲のため、多少のリテイクは出たものの、それほど苦労することなく収録は行われた。
まだ新人でもあるメンバーもいるため、少し素人くさい雰囲気もぬぐえなかったがおおむね成功と言えるだろう。
OKの言葉を聞き、一同は満足げに笑顔で向かい合った。
「お疲れさまー」
「オツカレー」
「ラッシュ上映はいつだっけ?」
「えーと‥‥打ち上げと一緒にだから、放映前日かな?」
「‥‥やっぱり、むちゃくちゃなスケジュールなの‥‥」
呆れるように風華がいう。しかし、実はかなりましになったのだというのはここだけの話だ。
録音室を出てきた彼女達に取材陣らしき男性が声をかけてきた。
「お疲れさまですー。申し訳ないのですが、雑誌掲載用に全員並んでもらえますかー?」
正直のところ少し疲れ気味だったが、そこは気力でカバーし、立ち位置を相談しながらその場に並ぶ。
「はい、それではいきますー」
『ご奉仕します、ご主人様★』