実録! 喫茶ノワールアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
谷口舞
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
2.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/30〜11/08
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●本文
その日、いつものように勤務先である喫茶店ノワールへ出勤してきたバイト生は、見慣れない器材が店内に並んでいることに、驚きの声をあげた。
「えっ? 何これ? これって‥‥テレビカメラ? いやぁん、私写っちゃうの?」
「キミキミ、準備の邪魔だから早く奥に行って!」
ジーパン姿のスタッフに一喝され、彼女は仕方なく店の奥に入っていった。
奥の控室では店長と撮影班の上司らしき人物とが話し合っている。
そこでようやく彼女は先日店長から教えられた内容を思い出した。
「あ‥‥そういえばタイアップ仕様でお店開くんだっけ‥‥」
話は1ヶ月ほど前に遡(さかのぼ)る。
1本のビデオテープが店に送られてきた。内容は青年向けのガンアクションのSFアニメ「ケルベロス」だ。
黒いコート姿の神父が神の名にかわり、世にはこびる悪魔を蹴散らしていく‥‥確かそんなような内容だったが、印象に残っているといえば派手な銃撃戦と主人公のクールな横顔ぐらいだ。
最初は何故こんなものが店に送られてきたのかと店員達は不思議に思っていたが、作品を観ていくうちにそれは判明した。
「あ。これうちの店じゃない?」
「そういえば‥‥似てるねぇ」
少し前に、取材と称して店内を撮影していたカメラ小僧がいたのは覚えていたが、まさかアニメの舞台にされているとは彼らも夢には思っていなかった(てっきり雑誌の取材だと思っていたようだ)
この作品、マニアにはなかなかに好評のようで、近々ゲームやら雑誌やらにメディアミックスされるらしい。
もちろん舞台のモデルになったこの喫茶店にもスポットが当てられ、DVD発売を記念して期間限定にてアニメ作品と同じ内装で運営することとなったようだ。
店員の衣装はもちろん、メニューも劇中と同じもの、内装も一部修正を行っていた。
しかし、普段やとっている店員達は演技に関しては素人。
作品の雰囲気を醸し出すには演技力が足りない。
「うーん、やはり芸人を雇った方がよいですかねぇ‥‥」
「アタシ達は構わないよ。裏の仕事やってればいいんだしね」
期間中、この店の一部始終を撮影し、TVで放映するのだという。
店が使われるのはともかく、作中の衣装にコスプレした姿を全国に晒す気はないようだ。
「なんかゴスロリちっくだし‥‥ねえ?」
男女共にズルズルと長い黒コートを羽織り、鎖とガラス玉と武器(無論、形を似せた偽物)をあちこちにつけた衣装は動きにくいことこの上ない。
裏の厨房なら、普段と変わらない制服姿でいられる。給料は変わらないなら、そちらを選ぶのも無理はない。
喫茶店の設定は主人公「コール」がねぐらとし、仕事を受け取りに来る場所なのだそうだ。
明るい店内のあちこちに、弾丸の跡やハイテクっぽい装飾が取り付けられている。
壁に掛けられいた絵画は全て作中に登場したシーンのセル画と入れ替えられている。下に値札がついていることからして、オークション会場も兼ねているのだろう。
「そういやサクラもいれるんだっけ?」
「人来なかったら淋しいもんなぁ‥‥」
料理の味には自信があるが、こんな店の雰囲気では客を選んでしまう。
撮影助手や裏方係が客として参加する手はずになっているそうだ。
「ねえねえ、声やってる人は来ないの? ほら、主人公役とか」
「あー。来るんじゃない? 主人公のコール役と‥‥あと、ヒロインのセイラ役は来るとか言ってたよ。そっちはちょっと楽しみだよね」
仕事帰りにサインでも頼もうか。
着々と準備が整っていく店内を眺めながら彼らはそんな風に雑談を交わしていた。
●リプレイ本文
●衣装合わせ
「この衣装、なんだか緊張するわね‥‥」
身体の線に沿った薄手の衣装を身にまといながら、華坂瀬朱音(fa0742)は少し困った笑顔を浮かべた。
実際はこの上にコートを羽織るため、多少は身体のラインを隠すことが出来るが、それでもスリットの深い深紅のスカートと胸元まで開いたカットソーは充分異性の目を惹きつけるだろう。
それに比べて、店員達の衣装は随分大人しいように感じられた。
「仕方ないわね。ヒロインは目立つ衣装をしてるものなんだから」
それより演技を頑張らないとね、と少しからかうような口調で愛瀬りな(fa0244)は朱音にコーヒーを差し出した。
「そろそろ上映会を始まるよー」
扉を開けて入ってきた霧隠孤影(fa1010)が手招きをしてきた。
「あ、はーい。いま行きます」
飲みかけていたコーヒーを机の上に置き、2人は奥の事務室へと向かっていった。
●上映会
「これで、全員集まったわね」
ぐるりと部屋を見回し、橘煉也(fa0699)はDVDプレイヤーを再生させた。
部屋の中央奥に置かれたスクリーンが明るくなり、派手なギター音に乗せたオープニングが流される。
「へー‥‥曲だけのOPっていうのも珍しいね」
まるでプロモーションのようだな、とルーファス=アレクセイ(fa1511)は呟いた。
銃撃と肉弾戦のみで構成されたアニメーションと、あえてモノクロに押さえた色調は一般的に評価されているアニメとは一味違うことを一目で分からせた。
制作スタッフの思い入れが作中の全てから感じとれる。熱狂的なファン層がいるのも納得だろう。
鑑賞している一同にもやや緊張感が走っていた。数日という短い期間とはいえ、作中の役者になりきらなくてはならないのだ。自分が担当する登場人物のシーン以外も出来るだけ覚えておこうと、真剣に画面を見つめていた。
その中でも熱心にみていたのは主人公役を担当している彩都(fa1312)だった。
声の演技以外、つまり主人公のちょっとした仕草や立ち振る舞いを覚えなくては成らないからだ。
クセや思考そのものは、声の収録中に覚えてはいたが、作品そのものを見るのは試写に数度立ち合った程度。毎回試写に立ち寄れるほど、俳優業は暇ではない。
ヒロイン役である朱音も、彩都と同様に動きを覚えるという難題に立向かっていた。
いくつか自分との共通点はあるものの、基本的には全く別タイプの人間。好みも合わせるべきなのかしら、と美味しそうに酒をたしなむシーンを見つめながら朱音は呟いた。
「そんなに気負わなくても大丈夫じゃない? 朱音さんや彩都くんは殆どお客さんとおしゃべりはしないはずよぉ?」
享楽市座(fa1177)は横目がちの艶やかな笑みで、楽しそうに声をかけてきた。
きょとんと目を瞬かせる朱音に、市座はカメラに見えないようにして、スタッフスケジュールをこっそりと打ち明ける。
「主役がお店に出るのは最終日だけ、後は自由にしていいそうよ。それまで練習しててもいいし、チラシ配りなんかして気分転換しておくといいわよ」
「‥‥ありがとう」
「皆で気分良くやらないとね、そうでしょ?」
にこりと笑いかける市座。その笑顔に彼女は少しだけ癒されたような気がした。
●宣伝活動
何本か観終えた後。彼らは早速衣装に着替えて、店の前へと繰り出していった。
通りかかっていた人々は何か芸でも始まるのかと足を止めて、彼らに注目する。
混雑が起きないよう誘導しながら、店の宣伝チラシを配っていった。
中でも一番の注目を浴びていたのは背に鳥の翼を生やした九条柚月(fa0689)だった。
本物と見まがうばかりの精密なつくり(無論、本物なのだが表向きは作り物としてもらっているようだ)に、翼に触りたがる客が多かった。
「‥‥こ、壊れやすいから触るのは止めてください。一緒に写真を撮るのでしたら構いませんよ」
「あ、じゃあ一枚お願いします」
「こっちもよろしくー」
恥ずかしそうに照れながらポーズをとる仕草と、愛らしい声に観客はすぐさま魅了されたようだ。
「やるわね‥‥」
その様子をじっと市座が見つめていた。その背後からぽつりと煉也が囁きかける。
「‥‥あたしはどっちかっていうと、あなたがその衣装を着てる方が目立ってると思うけど‥‥」
「あらそう? 似合ってるといって欲しいわね」
優雅にふわりとスカートをひるがえす市座。183センチもの長身に白い肌の彼はこの手の衣装がよく似合う。上着は女性物だが、さすがに下はミニスカートではなく、裾の長いロングスカートをはいていた。
「本当はちゃんと上下揃えたかったのよねー。でも、スタッフの人がカメラに出せないって言って来たのよ」
失礼しちゃうわ、と市座は肩をすくめた。
「お店のオープンはいつからですかー?」
「明日からよ、お友達連れてきてちょーだいね」
悩ましげに市座はポーズを取りながら言った。
「もしかして、一番楽しんでるのは市座かもしれないな」
苦笑いをしながら、ルーファスはそう呟いた。
●満員御礼
チラシの宣伝効果もあったのか、店は初日からほぼ満員状態だ。
店員役のメンバーは注文を受けながらもリクエストがあれば決めポーズを行ったり、写真を一緒に撮ったりと忙しく店内を駆け回っていた。
天使の微笑みの「柚月」、妖艶な魅力を持つ「市座」、明るく元気な「りな」、世界観を重視したダーティな雰囲気の「煉也」と「ルーファス」。そして、愛嬌を残しつつも少しこましゃくれた態度で対応する「孤影」。
数日もしないうちにメンバーの固定客まで表れる始末になり、店側としても嬉しい反面、下手な騒ぎにならないか、心配そうに経過を伺っていた。
「あら、大丈夫よ。いざとなれば‥‥」
と、市座は両腰に下げている散弾銃にそっと手を添える。
「いや、さすがに銃撃戦は不味いですよ!」
「冗談よ、冗談」
からからと笑う市座。本当にしかねない雰囲気に、スタッフは少しだけ不安感を拭えないでいた。
●本番を迎えて
そして迎える最終日。
今日はスタッフ全員による短い演劇が行われる。
何話目かの間の話という設定ということもあり、脚本の内容と打ち合わせは念入りに行われていた。
「ファンというのは怖いものですからね。つじつまが合わないとクレームがすぐ来るんですよ」
そう言って脚本家は苦笑いを浮かべた。全体を統括する身ともなると、気苦労が絶えないようだ。ましてやメディアミックスされている作品は、どうしてもそれぞれにおいて少しづつ世界観が変わってきてしまう。
「まあ‥‥あまり周囲のことは気にせず、台本にそって演技して頂ければ結構ですので」
「あ、ああ‥‥」
確かに一番怖いのはユーザーの目だよな‥‥
瞳を閉じて大きく深呼吸し、彩都は静かに店へと続く扉を開いた。
照明が少し落ちた店内に、ひとりの神父が入ってきた。
彼は店の奥にあるカウンターのほぼ中央に座りこむ。
「いらっしゃい‥‥丁度いいところに来てましたね」
すぐ隣に深いスリットの入った、深紅の衣装に身を包んだ女性が彼の傍らに座る。
一瞬、彼女に視線を移すも、神父はウェイターが運んできたコーヒーに目を落とした。
受け皿の傍らに白いメモが乗っている。拾いあげる彼に向かって女性は徐に説明を始めた。
「先日、ここに襲撃に入ってきたメンバーと、その居場所よ。一番下にある名前‥‥何処かで見た覚えないかしら‥‥」
「‥‥そうだな」
彼は静かにコーヒーを口に運ぶ。
「だが、俺が行けばまたいざこざになるぞ?」
「大丈夫よ。ここは闇の者が集う場所。もし、また暴れにこられても、この間みたいに追い返してあげるわ」
店員達も表情を動じさせずに神父へ微笑みかける。
「‥‥まったく、この世界は俺を休ませてはくれないみたいだな‥‥」
自嘲気味に彼は静かに呟く。
緩やかに立ち上がると、神父は懐から銃をとり出し、再びまた店の外へと出ていった。
●終演
最後の客を見送り、店の照明が全て消された。
「やれやれ、ようやく終わったわね」
「お疲れさまでした」
今朝からずっと張りつめていたスタッフ一同に、ようやく安堵の笑みが浮かぶ。
「正確にはまだ終わってないわよぉ。これから打ち上げが待ってるんだからね」
ちなみに打ち上げ会場もカメラは回されるらしい。あまり羽目は外せないなぁ‥‥と孤影は残念そうに呟いた。
「ほら、僕ちょっと役柄作ってたでしょ。何だか疲れちゃいました‥‥」
「もう少しの辛抱ですよ。さあ、参りましょ」
りながにこりと手を差し出した。
仕方ないなぁと呟きながら、孤影はそっとその手を握りしめた。