撮れポスター〜温泉旅情アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/04〜02/08
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●本文
弱小番組制作会社『るうぷ』は、社長以下僅か四人しかいない。しかも社長は高齢で、もはや名前だけ。以前は社員三十名余を数える会社だったが、社内の派閥争いが高じて、現在残っている三人の社員以外は退職してしまった、倒産寸前の番組制作会社である。
それでも、しぶとくちまちまと仕事をして、なんとか倒産せずには済んでいた。
この『るうぷ』に、新しい仕事が来たのは本日のこと。
「スパハウスっていうんですかね、こういうの」
「温泉テーマパークと言うには小さいよな」
「ちゃんと本物の温泉なのよー。宿泊施設はないけど、休憩できる広間とレストランがあるの。海の近くで、ここの山には猿や狸も出るんだって」
都市部からちょっと離れた温泉街の端に、今度新しく出来る温泉施設のパンフレットを見ながら、『るうぷ』の社員達が話し込んでいた。新しいお仕事は、この施設の宣伝ポスター用の写真撮影だ。もはや番組制作ではないが、とにかく大事なお仕事である。
依頼主になる温泉施設は、男女用それぞれ十種類の湯船を備え、休憩用広間と食事処、簡素な土産物売店がある。パンフレットも見本が出来上がったが、同時に作ったポスターがどうも社長のお気に召さなかったらしく、もう一種類作ることになって『るうぷ』がその仕事を請け負ったのだ。
「えっとねー、社長の希望ではキャッチコピーが『動物だって入りたい』で、露天風呂に本物動物を入れて撮影したいってことだったんだけど‥‥着ぐるみでOKしてもらったの」
「完全獣化で風呂に入って、撮影するのか? おまえ、どうしてそういう変な仕事を!」
営業担当の皆川紗枝は、経理の英田雅樹に怒鳴られて、つーんとそっぽを向いた。二人の間で、唯一の撮影班だが照明担当の金山圭吾が小さくなっている。金山にしたら、年齢と社会人経験が一回り違う紗枝と英田の言い争いを仲裁するなんて、とてもとても。
「いーじゃないよー。お仕事だしー。皆でお風呂に入るだけでお金になるのよー」
「その皆って、まさか俺達が頭数に入っているのか?」
「アライグマの圭吾君はともかく、こうもりの雅ちゃんは受けないと思うけどー」
「豚のお前も受けねえよ。ダイエットは順調か?」
金山は、その場から逃げ出した。
結局、紗枝と英田が『社員だけではどうにもならない』との結論に達し、アルバイトを募集することになった。撮影スタッフ以外は、基本的に入浴する。男女混じっても、撮影は全員で行うのだ。
よっぽど獣人種類が重なった場合だけ、『るうぷ』の面々も入浴するかもしれない。
まずは撮影被写体になってくれる人と、撮影を行うスタッフを募集なのである。
●リプレイ本文
●仕事は仕事
トシハキク(fa0629)の幸運付与を受けて、古式 琉依(fa2045)と自分の分の上半身用のフェイクファー着ぐるみの製作依頼電話をしたポム・ザ・クラウン(fa1401)は、着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』の笹村初美にすげなく断られた。
「だめ? じゃ、カンナちゃんのもこもこぶりはどうやってるのか教えて欲しいんだけど」
『自前のお肉』
後は衣装の裏地にキルティングを張ったりしていると教えられたが、ポムが望む『体の線が出ないような上着は無理』と重ねて断られた。それをするくらいなら、水着で入って画像を弄ったほうが断然早くて確実と言われる。
『風呂じゃなくてプールだと思えばいいのよ』
今度彼氏の写真見せてねとからかわれて真っ白に燃え尽きたポムを、琉依が心配そうに見守っていた。
ちなみに残り二人の女性、畑下 雀(fa0585)と皆川紗枝は肩の部分がストラップや紐の水着を用意している。
●開店前なので、お客はいない
『るうぷ』の英田雅樹と打ち合わせに臨んだジーン(fa1137)と蓮城久鷹(fa2037)、蘇芳蒼緋(fa2044)に河田 柾也(fa2340)の男性陣は、幾つかの『あれ?』と遭遇した。
例えば撮影場所の温泉施設が近日開業で、従業員以外の人目はまずないこと。それに蒼の一角獣やジーンの銀狼、雀ことデボ子の小鳥も『こういう着ぐるみの手配も出来ました』と依頼主側に連絡済のこと。すでに見本として『るうぷ』社員の金山圭吾のアライグマ獣人姿を例示したこと。
完全獣化写真を見た社長はひとしきり感心し、特に一角獣は『孫の絵本に出ていた』と期待しているらしい。明らかに孫に見せて自慢する気配‥‥
「絶対に人間姿だと思ったんだがな。珍しいものが見たいということなら、まあいいか」
自分が獣化した姿は息抜き程度のものと思っていた蒼が言い、それなら熊二人で『熊夫婦ののんびり温泉旅情』も楽しいかもとコウダくんが口にした。後者はトシハキクことジスが頷いたので、盆と銚子を準備する。さすがに撮影時に飲酒は出来ないので、中身は水か何かになるだろう。
「サウナがあるなぁ。でも日本のサウナは、俺の故郷のと随分違うから、ちょっと」
白銀毛でも構わず、人目を気にする必要もほとんどないと判明して、ジーンはパンフレットを読み込んでいる。当初の無愛想な表情がいささか和らいで見えるのは、気掛かりが晴れたからだろうが、それは長く続かなかった。
「お前が、いい加減な内容で募集かけるから!」
「なによー、問題ないんだから文句言わないでよね!」
英田と紗枝が、皆の聞いている内容が正確ではないと喧嘩を始めたのだ。ポムがとりなしているが、これを見てヒサが呟いた。
「この会社、よくも潰れずに残ってるな。小さい仕事をこつこつやるのは大事だけど」
こんなことを聞いてしまうと、『るうぷ』の仕事を初めて請ける半数は心配になってしまうのだ。
だけど契約が済んでいるので、ここで逃げるわけにはいかない。
●撮影を開始したい!
撮影で使用するのは、男性用の露天風呂だった。こちらのほうが借景の見栄えが良いということだが女性用の見晴らしがいいのはまず間違いなく不人気になるので、これは致し方ないだろう。ちなみに露天風呂以外は女性のほうが広いらしい。
「外は見張ってるから、手早く用意してくれ」
風呂場に至る廊下の見張りにカメラマンで獣化の必要がないヒサが立ち、脱衣所の入口もそれぞれに人が張り付いて、物影でこそっと獣化する。まるで悪いことをしているかのようだが、紗枝は『着ぐるみで防水加工はアメリカの特許で、他人に見せたらいけないって条件なんですー』と大嘘をこいていた。おかげかどうか、撮影中は浴場は立ち入り厳禁である。わざわざ張り紙までしてあった。
だから、人目に過敏になる必要はないのだが‥‥女性用脱衣所では、相変わらずルイとデボ子とポムが浮かない顔付きである。水着にタオルで折り合いをつけさせられたのだが、どう見ても露天風呂は露天風呂で、プール気分にはなれないのだ。
「緊張するなぁ‥‥」
「デボ子、眼鏡外すとよく見えないので、足元怖いです」
「撮影のとき以外は中にしていったら‥‥って言っても、曇っちゃうかもしれないけど」
水着姿で完全獣化という慣れない格好をして、バスタオルを二枚ずつ、撮影用小道具を抱えて、三人は脱衣所の鏡の前にたむろしている。猫と小鳥と狸が互いの頭の毛や羽毛を直しあっている姿は可愛いと言えなくもないが、ここでこうしていても仕事は始まらない。
男性用の脱衣所を通っていくのが緊張だよねと言い合ってから、彼女達は気付いた。
「皆川さん、どこでしょうね?」
「あれ‥‥いませんね‥‥」
琉依とデボ子が顔を見合わせ、浴室をポムが覗いたが、こちらはまだお湯も入っていないし、撮影場所でもないので姿はない。まさかと思って入口に向かうと、案の定履物がなかった。
「携帯、ヒサさんはっと」
ポムがわざわざ携帯電話で見張り中のヒサに連絡を取った時、男性用脱衣所は襲撃されていたのだった。
『今、水着で廊下を横切って、男用の脱衣所に入っていったぞ。準備が出来たなら、移動してくれ』
羽織るものの用意がしてあると聞いたと、ヒサの声はなんだかすでに脱力気味だった。
そして、そのころの男性脱衣所では、また喧嘩が繰り広げられていた。
「金山、あの二人はいつもああなのか?」
「すんません‥‥紗枝さん、悪気はないけど、遠慮もない人で」
第一の被害者ジーンの質問に、何の罪もない金山が小さくなっていた。いきなり入ってきた紗枝が、ジーンとジスの背中を『あら、いい筋肉ね』と撫でたのだ。ジスはまだ硬直が完全に解けていない。ジーンも思わず毛が逆立ったし、コウダくんと蒼はとっさに脱衣所の隅まで逃げた。そして、英田が紗枝を怒っている。
「着替え中だったらどうする気だっ」
「ちょっとくらい、いいじゃないの」
「なにがちょっとくらいなんでしょう?」
コウダくんが困惑気味に呟いたが、蒼は無言で頭を振って回答を拒否した。考えることすら放棄しているかもしれない。ジーンはすでに露天風呂に向かっているし、ジスはようやく正気付いたか、先ほど取り落としたタオルや小道具を拾い集めていた。
「移動しろ。時間がもったいない」
女性三人の用意が整ったのを確認したヒサが、脱衣所に入ってきて号令をかけた。蒼と金山が撮影用の機材を運ぶのを手伝って、ようやく撮影が開始されそうである。
●撮影は快調?
まったく現実味を要求されていない撮影なので、一角獣の蒼が頭にタオルを乗せてカメラの正面に入り込んだ。他のメンバーは適当にお湯に入って、やはり頭にタオル。
「これが日本の温泉の基本ですから。絶対にこれやらないと、駄目ですよ」
ものすごく親切そうに、コウダくんがジーンに教えている。北欧だか東欧の出身のジーンは頷いていたが、しばらくして周囲の表情に気付いたようだ。
「皆は違うと言いたそうだぞ」
「えー、せっかく土産話にしてもらおうと思ったのに」
コウダくんがおどけて見せるので、三人で固まっていた女性陣が吹き出した。表情が和んだところで、ヒサがシャッターを切った。『るうぷ』のデジタルカメラや自前の一眼レフを器用に使い分けている。正確にはフィルム代削減を頼まれて、一応協力しているのだ。
「俺が真ん中のばかりじゃおかしいから、適当に入れ替わろうか。この近くには何が出るんだっけ?」
照明の具合を変えて何枚か撮影したので、蒼の提案通りに位置を入れ替えた。今度はポムとルイが真ん中だ。デボ子は羽が目立つように、ちょっと離れて紗枝の隣。
「猿の人がいたら、一番それっぽかったかもね。こういう濁り湯に入ってるお猿さんはいるか分からないけど」
「社長さんのイメージにも合いましたね」
ポムとルイの会話に、デボ子が笑っている。狸と猫と小鳥で非常に愛らしい組み合わせだ。見る人の好みもあるだろうが、これはこれで受けがよさそう。
「豚が余計だけどな」
同僚に対して辛辣な英田の呟きを、蒼とジーンが同時に湯をかけて消している。撮影が滞ると困るのは『るうぷ』の面々のはずだが、こうもりの英田は紗枝にポスターに合わないと言われたので立腹中だ。速やかに仕事を終えて、出来ればゆっくりと露天風呂を楽しみたい二人には困った奴である。
そんなこととは露知らず、ポムは上手に手を合わせた間から湯を飛ばしたり、手先の技を見せている。デボ子は鳥だからと手は湯の中から出さないが、ルイが一緒になってやっているのを眺めていた。
「家に帰ってから‥‥試してみます」
「あっちもお湯が入ってたら良かったんだけどね」
「そういえば、この中もどういう造りか良く見ていませんね」
確かにと、ほぼ全員が頷いた中で、紗枝がレストランの解説を始めた。メニューから値段から、よく観察していたらしい。デザート説明をしていて、デボ子に『スイーツですね』と返されたときの表情は、見なかった振りをするのが親切だろう。
ここでちょっと休憩である。
皆が水分を取って、ヒサがデジカメの移り具合を確認している間に、ジスとコウダくんが二人で写真を撮る準備を始めていた。せっかく熊が二人いるのだから、熊の夫婦旅行みたいな写真を一枚撮ってみようということになったのだ。完全獣化で背後や横顔なら、まず人間に性別は判断できない。そもそも着ぐるみと言う触れ込みであることだし。
「本物のお酒だと、気分が出たかも?」
「いや、飲むわけにはいかないから」
あいにくとジスは未成年である。ゆえに、銚子の中身は脱水症状予防のスポーツドリンクだ。仮に両方成人でも、仕事中、しかも入浴しながらの飲酒など通常出来ないわけだが。ま、常識では。
なにやら脱衣所で飲み物どころか、菓子まで広げている一団がいるのは、少なくともコウダくんとジスとヒサには見えていない。
でも、全員気がついてはいたけれど。自分の分も残しておけよと思うかどうかは、人それぞれだろう。
「あ、効果が切れた」
「ぷしゅ〜?」
体格が良いほうが見栄えが良いので、もちろん金剛力増を使用している熊二人、効果が切れるのもほぼ同時だ。ぷしゅ〜と縮むかどうかは別として、いきなり体格が変わるのは着ぐるみとしては不自然なので、そこのデータは消しておく。フィルムは後ほどネガを寄り分けだ。
「こういう手間を惜しんだら駄目なんですね」
「よく覚えておけよ、撮影担当。こっちも偉そうにいえる立場じゃないが」
撮影専任のヒサと金山がこまごましたことをしている間、コウダくんとジスはちょっと涼んでいる。
最後に金山を入れて何枚か撮影し、最終的に何十枚ものポスター候補が用意できたのである。
●撮影は終わったけれど
撮影に掛かった時間はおおむね予定通り。けれども社長が気前よく露天風呂を使ってもよいと言ってくれたので、男性陣はのんびりと楽しむことにした。
「手ぬぐいを頭に乗せるのは、ベタ」
本来は撮った映像の補正をしたりして、それを見せてからのんびり出来ればと思っていたヒサだが、翌日でもいいと言われて、自称のベタな姿になっている。ジーンがどういう習慣だと言いつつ、やはり頭にタオル。
「本物の猿なんか見えたら、楽しいよな」
「さすがにここからだと、双眼鏡でもないと」
最後のほうは撮影する側にも加わっていたジスが額に手をかざして周囲を眺めたが、さすがに猿がいそうな山はいくらか離れている。望遠レンズとかと口にして、ジーンに『疑われるぞ』とからかわれた。
「男ばっかりだと気楽ですねぇ」
ひとしきり笑ってから、コウダくんが目いっぱい伸びをした。仕事は仕事だから当然だが、まったく温泉気分が味わえなかったので、今はのびのびしている。リラックス具合が、さっきまでとは大違い。
それは全員揃って同じだが、さっきまでも長風呂だったので、あまりのんびりしているとのぼせてしまう。一応蒼が飲み物の確保はしてくれたが、撮影でもないのに露天風呂に浸かったままスポーツドリンクを呷るのは嬉しくない。
「そういえば、女性陣はどうしてるんだ? あちらに仕事を押し付けてるようだと悪いな」
蒼が気付いて、彼らはほどほどのところで露天風呂から出たのだった。
そのころの女性陣は。
「えっと‥‥これは、鍋焼きうどん‥‥ですよね?」
メニューを片手に、デボ子が箸を鉛筆に持ち替えていた。彼女の前には、確かに鍋焼きうどん。その横にはアンケート用紙がある。
「紗枝さん、これなんだったっけ。あ、他の人の分も残しておいてあげなきゃ」
ポムがからになった皿を避けて、やはりアンケート用紙を広げている。こちらも箸から鉛筆に持ち替えているのだが、料理名が思い出せないらしい。
「もう、おなか一杯です」
アンケート用紙四枚目を書き終えたルイが、アイスティーのグラスを顔に当てて音を上げた。書いた料理名は七つか八つ。紗枝がまだ食べているのを見て、疲れた表情になった。
そうして、この四人の姿を探していた男性陣は、こう言われた。
「デジカメの映像見せたら、社長が喜んでね。レストランの開店前の確認で作ったメニュー食べていきなさいって。代わりにアンケート書くのよ」
それはある意味、いいように使われているのでは?
すでにもう食べられないと、レストランから逃げ出した女性陣の後姿に思った男性もちらほらいたのだが‥‥最終的に、味見に御呼ばれすることになった。くれるというものを断る理由はない。
なお、ポスターは社長が候補を一枚に絞れなかったため作成断念し、代わりに何枚かを現像して、施設の各所に飾ることになったそうだ。