ゲレンデで探しましょうアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
2.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/14〜02/18
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●本文
そのスキー場には、雪女が出るという。
「晴れた日の夕方に現れて、もやの中に消える? 誰かの悪戯じゃないのか? 人寄せかもしれないよな」
「ひちょよしぇ? ゆるちゃんでちゅ! そりはうちのちごとでちゅ!」
「ああ、なるほど。それはいいけど、カンナ、足が違う」
この日、着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』事務所こと笹村家の居間では、テレビの前で息子二人と娘一人が踊っている最中だった。娘はいつものように、パンダ姿になっている。
三人が踊っているのは、近所の保育園の園児達がお遊戯で踊るダンスだった。今度、四月から入園する子供の体験入園があるので、お遊戯の時間に呼ばれているのである。カンナは完全獣化のパンダ姿で、兄の睦月と弟の葉月は本職ではないけどクラウン姿でお出掛け予定だ。
そのための予習に余念がないはずの三人だが、葉月が持ち出した馴染みのスキー場に現れる雪女の話を聞いて、カンナはすっかり気もそぞろ。ウインタースポーツをこよなく愛する彼女は、パンダ姿でゲレンデを滑走できる、スキー場でのお仕事が大のお気に入りだった。仕事中も、休憩のときも、終わった後も一日滑り続けているくらいに好き。そして、かなり上手い。
当然そのスキー場は毎年『パンダが現れるスキー場』として有名‥‥かどうかは知らないが、仕事が途切れないのだからそれなりの集客力はあるのだろう。先日は『ぱぱんだん』の仕事が切っ掛けで結婚することになったカップルの式の手伝いまでしたくらいである。
そんな『ぱぱんだん』というより、カンナに敵出現なのだ。
「退治しに行く」
カンナがそう言い出したのは、ダンスの練習を散々して、風呂に入って出てきた後の夕食の時だった。さすがに獣化して風呂に入るなと母親に厳命されているので、風呂上りは人間の姿だ。どちらにしてもぽっちゃり系で、ジャンパースカートを愛用するのは変わらない。
ただし、獣化しているときのカンナは煩いほどに話すが、人間形だとかなり無口になる。よって、兄弟はおろか、家族全員に『退治するはないだろう』と言い募られた彼女は、ものすごい勢いで食事を終えると自室に走って戻って行った。要するに言い負かされている。
部屋に引っ込んで、二分ほどすると。
「なんでちゅか、みんにゃで! 雪ほんなはおばゃけらから、ちゃいじでちゅのー!」
走って食卓に再度駆けつけると、そう叫んだ。この辺の切り替えにどういう意味があるのかは、家族もよく分からない。煩いので、葉月がみかんを持たせると、器用に剥きはじめて静かになった。みかんは二口で完食だ。
「もっちょ」
「スキー場に迷惑掛けないと約束しろ」
「ちゅる! みきゃん!」
本当にスキー場に雪女が出るのかは不明だが、カンナがスキー場に行くのは間違いない。どうせ、いつでも暇があれば出かけていくのだ。止めたって無駄。
でも、行った先で暴れたりしないように、誰か暇な人がいれば見張っていて欲しいと思う、笹村家の人々だった。スキーやスノーボード、ウェアは貸すし、リフト代くらいは奢ってもいい。
「我を忘れたカンナを止めるには、人間の姿だと五人は欲しいよな。スキーやボードだと追いつくところから始めるんだし」
雪女はきっと誰かの見間違いだろうけど‥‥と、睦月がいうのに、みかんを食べるのに夢中のカンナ以外は頷いたのだった。
相変わらず、スキー場のあちこちで雪女の目撃が続いているらしい。
●リプレイ本文
『ぱぱんだん』のカンナと一緒にスキーに行こうの初日は、こともあろうにバレンタインデーだった。つまり、集まった人々はこの日の暇人だ。
その割に、チョコレート関係のブツはたくさんあった。由緒正しいバレンタインデーの贈り物から、世話チョコと名前を変えた義理、流行の友チョコの類である。その割に豪華。
「おすそ分けにしても、けっこうあるな」
蓮城久鷹(fa2037)が感心したとおり、ポム・ザ・クラウン(fa1401)がラムボール、蘭童珠子(fa1810)がチョコクッキー、ダミアン・カルマ(fa2544)がココアクッキーと種類豊富に取り揃っている。カンナも手作りチョコレートケーキを用意して、皆を待っていた。
「豪勢だなぁ。皆さんどうもありがとー」
諫早 清見(fa1478)がくれるものは遠慮なくとばかりに貰い、チョコレートケーキの切り分けをカンナと一緒にやり始めた。イルゼ・クヴァンツ(fa2910)がスノーボードを借りるので、選んでいる時間にお茶を飲んでゆっくりする心積もりだろう。
だが、しかし。
「待って、カンナちゃん」
「そうそう、まだ駄目よー」
ポムとタマがニコニコしながら、カンナの手からクッキーやチョコを取り上げた。食べ物を盾に、言い聞かせることは一つだ。スキー場で、雪女をいきなり追い掛け回したらいけません。
「まずはお話だよ? 約束できる?」
「狼男や大熊猫女だからって、いきなり退治だって言われたら嫌でしょ?」
「パンダはきゃーいいから、ちゃいじちゃれないれちゅよー」
その根拠のない自信はどこから湧いてくるんだろうと、女性二人はちょっと呆然としていたが、男性陣も思っていた。
ここまで雪女が存在する前提で話していて、いいものかどうか。いや、多分彼女達も『誰かが化けている』と考えているのだろうなぁと。そうでなかったら、それはそれでどういうものかと。
この場合、タマとポムの頭の中が覗けないのは、皆にとって幸せである。
「とりあえず、ナイトウォーカーだったりしたらいけないから、一人で探しに行かないでね。わかった?」
お目当てのクッキーとチョコを入手したカンナは、ダミアンの言い聞かせに素直に頷いたが、彼は知っていた。目の前の大食いパンダが、思い込んだら一直線の猪突猛進娘であることを。
先行きを不安に思う彼の背後では、ヒサとキヨミが『餌付けだ、餌付け』と意見の一致を見ている。
その頃のイルはと言うと。
「ワックス掛けないと」
けっこう大量の、新旧取り混ぜたスノーボードから気に入ったものを選んだ彼女は、言うことが唐突にワックス掛けまで突き進んでいた。案内をしていた葉月がちょっと驚いていたが、ワックス掛けはやってくれると言う。代わりに選んでと、示されたのがこれまた大量の帽子だった。半分くらいは、舞台用ではないかと思われるこしらえだ。
「仮面なんかもあるけど、使う?」
「‥‥」
棚の隣の古い茶箱の中に入っている大量の和服や仮面、竹光などを見て、イルはそちらに意識が飛んでいる。鬼や天狗の仮面を手に、悦に入っているのかもしれなかった。出しても良いと許可が出たので、ひとしきり漁って、納戸は寒いから今に茶箱ごと抱えて持ってきた。
結局、帽子は葉月が適当に選んで、勝手に被せて決めている。半獣化していてもごまかせるタイプの、ちょっと大きめ帽子。
挙げ句に、イルとダミアンとキヨミが揃って漁って楽しんだ茶箱の中から、ヒサが天狗の面を借り出していた。何に使うつもりかは、まだ教えてくれない。
「ところでこれはなんだ? 天狗の面は着ぐるみには必要ないだろう?」
面の汚れを拭いながら、尋ねたヒサへの返答は『昔の仕事道具』だった。カンナや葉月の祖父の代は、これらを使って巡業をしていたようである。
ところで。
「そのケーキを作ったのは俺。姉貴じゃないから」
チョコレートケーキを美味しいねと食べている女性陣に、葉月は念押ししていた。カンナがまるで自分が作ったように言っていたのを蹴り飛ばしての発言だ。
こういう環境も、カンナの猪突猛進に関わるんじゃないかと、まだ滑るパンダを目撃していないイル以外の者は考えたりしている。
そして、スキー場では。
出掛けにわざわざダミアンがタロット占いで雪女の出現があるかどうかを占ってくれたにも関わらず、カンナは何度目かのリフト乗り場へ滑りこんでいた。もちろん姿はパンダ。
その背後にぴったりついて、イルがスノーボードでやはりリフトを目指している。間違いなく二人でリフトに乗って、そのまま上級コースへ一直線だ。
「待って、待ってって言っているのにー」
かなり遅れてゲレンデを滑り降りてきたポムが、息を切らして二人を追いかけていた。休む暇などない。そんな場合ではなかった。急がないと、二人を見失ってしまうのだ。
実はポムも半獣化していて、尻尾をウェアの中に隠してるのだが、完全獣化のカンナと半獣化だが職業曲芸師のイルの素早さには、ちょっとばかり及ばない。イルは特殊能力の効果か、単なる才能か、わざと難コースを滑ってカンナを挑発するので、二人は最初の滑降から無駄に競い合っていた。
「にゃーで、ちょなに速いでちゅか」
リフトの上では、人気がないのをいいことにカンナが文句を垂れているが、イルは取り合わない。着ぐるみと伴走者が二人仲良くリフトに乗り込んでいるように見えても、彼女と彼女の間には暗くて深い溝があった。
「甘く見てたからですよ」
イルは主語が端折られているような発言が多いが、これはカンナにもわかった。まだ一度しか勝てていないことを、小馬鹿にされている。二つ後ろのリフトに乗り込んだポムからは、二人が互いに肩や腰を拳で押しているのが見て取れた。
カンナが雪女と叫ばないのはいいことだが、仕掛けたイルまで熱くならなくてもいいのにと、そんなポムの思いに共感してくれるのは、肝心の二人以外だった。
「獣化して、追いかけるかなぁ」
ポムの悩みは、自分が『着ぐるみ化』してくる合間に、あの二人が何かしでかさないかと言うことである。それを考えると、やっぱり目が離せない‥‥
この頃、ファミリーゲレンデでは人型のままのタマが、やはり人型のダミアンにスキーを教えているところだった。ついでにインストラクターなどから、せっせと情報収集しているのだが‥‥
「おーい、先に行きすぎだよー」
ダミアンが、直滑降で先んじるタマに呼びかけるが、彼女はスピードを緩めることすらしない。単に止まれないだけだが、けっこう気のいいダミアンは置いていかれないように出来るだけ着いて滑っていく。
こうして、直滑降スキーヤーが三人、四人目発生。時々見兼ねたインストラクターやリフトの係員がああだこうだと教えてくれるのだが、それはダミアンにしか身についていかなかった。タマは身体に直滑降が染み付いている感じ。
「あーそーこー、出るトーコーローだってー」
それでも一応ちゃんと情報収集は二人ともしていて、雪女が出た場所は判っている。コース外なので、あまり近くに寄ることは出来ないが、上級コースに近いあたりだ。二人の腕では、ちょっと現場に向かうのは大変そう。リフトの係員に聞いた場所を、ファミリーゲレンデを滑り降りながらタマが指差している。このときにダミアンが横に並べたのは、タマがのろのろボーゲンになんとか切り替えたからだ。彼女の体に染み付いた滑り方、その二である。
「早めに雪女の正体を確認して、スキーの練習に専念したいもんだね」
ダミアンはしみじみとそう呟いたが、タマはその根底にあるものをまったく汲み取っていなかった。そのときはみっちり教えてあげるからねと、彼女に言われて嬉しい人はあまりいないだろう。
口にはしなかったが、ダミアンもそんなに嬉しくはなかった。
直滑降とのろのろボーゲン伝授中の二人を遠く見下ろし、それを上回る直滑降組と付き添いの三人を見送って、キヨミとヒサは雪女の目撃情報多発地点に辿り着いていた。皆で聞き歩いたところによれば、雪女の目撃情報が多いのは週末と水曜日。そして晴れた日。スキー場関係者がけっこう目撃していて、あちこちに触れ歩いているのか話に淀みがない。平日のことで目撃したことがあるスキー客は一組しか見付からなかったが、揃って白い着物に長い黒髪をそのまま流した女性だったと言う。
ただし、二人が突き詰めたところ間近で見た人はいないので、本当に女性かどうかは不明だ。結果、現場に到着した二人の会話はといえば。
「本物だったら、ぜひ記念撮影と言うところだったんだがな」
「季節柄片思いネタかと思ったけど、違うみたいだし、危険もなさそうだよ」
スキー場の誰も教えてくれなかったが、目撃地点の近くにはリフトの点検用らしい道筋がついていた。毎日スノーモービルあたりが通っているようだ。
「水曜日だから、明日だな」
「カンナさん、忘れてるみたいだから、このままばっくれる?」
「天狗姿で追いかけたら、スキー場も大喜びかと思ったんだが」
それで天狗面を借りてきたのかと、ちょっと呆れたキヨミの視線をものともせず、ヒサはけっこう真面目に上着の中から天狗面を取り出した。鷹獣人の彼が被ったら、確かに天狗の出来上がりかも知れない。
そんな騒ぎに便乗するような、とはキヨミは言わなかった。もともと客寄せに『ぱぱんだん』を雇うところだ。天狗だって受けるかもしれないと、納得している。動物改め妖怪勢揃いスキー場にどれほど需要があるかは、はっきりキッパリ未知数だが。
日暮れまでスキーをして、馴染みのホテルの温泉に浸からせてもらい、帰って『ぱぱんだん』で夕飯まで食べさせてもらった翌日の水曜日。彼らはまた、スキーをしていた。相変わらず、何かに取り憑かれたように滑りまくっていた。
やがて迫り着た夕方の結論。
「で、この坊主は誰なんだ? カンナ嬢ちゃん」
雪女は、ヒサに襟を掴まれて半ば吊られていた。スキーがぷらぷらしている。
「ウッチーれちゅ」
「卯月と呼べって言ってんだろ!」
温泉で雪女を思い出してしまったカンナに皆で調べた情報を伝えたところ、彼女はちゃんと夕方近くなってからは目撃情報多発現場に潜んで待っていた。他のメンバーも、仕方がないので合流して待っていた。イルだけは『一つ足りない』と漏らしたが、おそらく一つ負けが込んでいるのだろうと皆察している。
ポムとタマはカンナのウェアのベルトを握り締め、最悪引き摺られる覚悟を決めているのかいないのか。ダミアンとキヨミもいざと言うときには止めに入れる位置取りをして、寒さを堪えていた。ヒサだけは、天狗面片手になにやら思案中。
こんな状態のところに、雪女は出たのである。けっこう間抜けと、何人かが思ったが、思われても仕方がない。
「卯月君ってことは‥‥カンナちゃんの弟かしら? でも葉月さんだけよね?」
「でも顔が睦月さんに似てるから、従兄弟さんじゃないの?」
大盤振る舞いで羽まで出した天狗姿のヒサに立ち塞がられて、硬直して捕まったのは高校生くらいの少年だった。名前は漆畑卯月というらしい。薄手のスキーウェアの上に年代ものの白い着物を羽織り、かつらを被っての雪女熱演だったようだ。足元はスキーだが。
「ちぇーせきしゃがったきゃら、おちごとらめれしょ!」
「お小遣い稼ぎしてたわけだ。今まで一緒に仕事したことないもんね」
ダミアンに図星を指されたのか、卯月は黙り込んでいたが、カンナにぽかぽか殴られているのは嫌だったようで、そちらにだけ反撃する。と、『勝負が』とイルが制止に入って、ポムがなだめたりしているうちに、何がなにやら。
「カンナちゃんと卯月君の分は奢るからさ、下のレストランで話しようよ」
ここは寒いからとキヨミが提案して、誰もそれに異存はなかったけれど‥‥
「心配するな、全員で割り勘にしてやる」
奢りだからと、何の遠慮もなく次々注文をするカンナと卯月の姿に、全員が頷いていた。だって、ここで『やっぱり自分で払って』などと言えば、二人ともがぶうぶう言うのは目に見えていたからだ。二人掛かりで、しかもレストランの中で暴走されてはたまらない。
「だけど、雪女さんと雪男さんと雪ん子ちゃんの家族じゃなかったのは残念ねー」
タマは、まだそんなことを言っている。
その後は、ダミアンが目指したスキーの練習が出来たかといえば。
遠慮しなくていいのよと、二種類の滑り方を伝授してくれようとするタマの善意をかわして、キヨミにいかに教えてもらうかと言う難行をこなすのに彼は苦労していた。キヨミも大雑把なので、『こんな感じ』と実演中心だ。
イルとカンナは相変わらず勝負を続けており、とうとうイルも完全獣化で臨んでいる。直滑降する狼とパンダ。スキー客の視線は、必ず一度は彼らに止まる。『ぱぱんだん』のお仕事は、これからも続きそうだ。
そうやって、平和にスキー三昧の日が過ぎていたうちは良かったのだが、けっこう雪が降り出したある日のこと。
「うわっ、なんかでかいのが飛んでる!」
心底びっくりしたという感じの、卯月の声がスキー場に響き渡ったのであった。
雪女に続き、天狗も出るスキー場には、パンダと狼と狸も滑っている。