舞台は極狭〜約十二畳アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 不明
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/21〜02/27

●本文

 その店は、地下一階にあった。広さは横が三メートル五十センチ、奥行きが八メートル程度。天井は幾らか高くて二メートル八十センチ。床は板張り、壁と天井はむき出しのコンクリートだ。
 このたいして広くはない店の中の入口横には、横幅一杯三メートル近く、奥行きを一メートル五十センチ取ったカウンターがある。客席面積は正味が横三メートル五十センチ、奥行きが六メートル程度のもの。
 しかも、喫茶店と看板を掛けているが、この店は靴を脱いで上がり、座卓を囲んで飲食する形式だった。メニューは軽食を揃えた喫茶店というところ。

 そんな喫茶店と言うには色々もの寂しい店の中で、ある計画が進行していた。
「この店を劇場に見立てて劇をしろ? 舞台と客席が同じ高さで、奥行きが取れなくて、どうしろと?」
「そこを考えるところから、やって欲しいんだけど。もしなんなら、カウンターも使っていいよ」
 この喫茶店、店長がなかなかの演劇好きで、しかも舞台であれば種別は問わない節操なし。時間とお金が折り合えば、小劇場からミュージカル、オペラも伝統芸能も何でもござれの人だった。その分商売に熱心ではないので、店はなんとはなしにうらぶれている。
 けれども、観劇で知り合ったお仲間や、その伝手で来訪するようになった役者や舞台関係者などで店そのものは傾く寸前ながらも維持できていた。十人集めれば、気前良く貸切にしてくれるのが、常連の劇団などには好評らしい。
 そして先日、そうした劇団の一つが店を貸切って、台本の読み合わせと殺陣の練習をしていったあたりで、店長は思い付いてしまった。
『この店で劇をやってもらえば、出掛けなくても色々見られてラッキー?』
 彼は観る専門で、舞台演劇の演出やその他諸々には素人だ。照明や音響のことなどまったく考えず、馴染みのお客を捕まえて頼んでしまった。
「この店で、なにか演ってほしいんだけど」

 店内は江戸間換算で最大十七畳(カウンター内込み)。通常客席部分は約十二畳。この中で客席スペースを考慮した舞台設営を行う。
 演目は種別、台本問わず。ただし上演権、著作権が他所にあるものは使用料が払えないので不可。
 店内には演劇向けの照明・音響設備なし。持ち込みは可能だが、あまり電力消費が大きいとブレーカーが落ちる。
 当日の客は三十名前後が見込まれている。客寄せは他の常連が行っているので必要ない。
 店長は演劇好きだが、普通の人間である。

 頼まれてしまった人は、さあどうする?

●今回の参加者

 fa0262 姉川小紅(24歳・♀・パンダ)
 fa1276 玖條 響(18歳・♂・竜)
 fa1401 ポム・ザ・クラウン(23歳・♀・狸)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa1609 七瀬・瀬名(18歳・♀・猫)
 fa1679 葉月竜緒(20歳・♀・竜)
 fa2044 蘇芳蒼緋(23歳・♂・一角獣)
 fa2544 ダミアン・カルマ(25歳・♂・トカゲ)

●リプレイ本文

 小さな店をそのまま使った舞台の期間は三日間。
 演目を決めつつ練習をして四日、あっという間にその日はやってくる。
 推理劇。しかも舞台は店内全域。どんな反応が返るかわからない、ある意味冒険だ。
 なにしろ、観客の大半も劇団関係者か、目の肥えた観客なのである。

●初日
 姉川小紅(fa0262)演じる菱名桜子が、探偵役の葉月竜緒(fa1679)に泣きついている。桜子はもうすぐ結婚式だというのに、婚約指輪を『怪盗AAA』こと『ノーネーム』に盗まれて、どうしていいか分からないのだ。
 その割に、盗んだ怪盗を追い掛け回し、この店に入り込んだと見るや隣のビルに事務所を置く探偵竜緒を引きずってきたのだから、なかなか行動力はある。
 ただし。
「その犯人って男なんでしょ? 私は帰らせてもらってもいいんじゃない?」
 ねえ、とかなりぎゅうぎゅうに座っている客席の端で、隣に声を掛けたのは七瀬・瀬名(fa1609)。一瞬きょとんとした女性客が、いきなり調子を合わせて『そうよね』と頷いた。
「お茶を飲みに来たんだしー、えっと?」
「あ、岬弥生っていうの。よろしくね」
 女二人で友情を築いたような雰囲気を醸しつつ、今ひとつ要領を得ない竜緒の事情の聞き方にひとくさり。それを見て、誰かが『もう一度、犯人の背丈や顔の確認をしよう』と言い出した。
「背はけっこう高くて、百八十ちょっとあったと思いますの。体格は‥‥普通でしたわ。髪も黒で、でも目が赤かったみたい」
「怪盗AAA、これでノーネームと呼ばせるふざけた奴は、変装がお得意なんよ。舞台俳優の経験があって、そのころに早変わりを得意にしてたゆう話もあるんや」
 桜子が考え考え、被害にあったときの記憶を呼び覚ましている横で、竜緒がほうと溜息をつく。若い娘が二人、困った困ったと言い合っているのに、弥生は周辺の女性陣と『早く帰りたい同盟』を作って、これまた溜息の雨嵐。
 かと思えば、最近入ったばかりのアルバイト玖條 響(fa1276)に、常連客太田亜希子役のポム・ザ・クラウン(fa1401)が、カプチーノのお代わりを要求した。
「アキさんは、事件が気にならないんですか。そんなに飲んだら、眠れなくなりますよ」
「花屋って寒いのよ。温かいものが欲しくなるの。今日は、お会計は品物と引き換え?」
「珍しくお客が一杯なので、そうしてください」
 響の返答に、思わず笑ってしまった人々は、おそらく店の常連だろう。観劇中でもオーダーを入れてくるあたり、非常にノリが良い。店長代理のダミアン・カルマ(fa2544)が忙しくオーダーに対応している間にも、別の人々が桜子の証言を取りまとめ始めている。
 そして、弥生に急かされる竜緒。
「ほらほら、この時間帯にお店に入った人を確認すれば、容疑者は絞られるのよ」
 荷物検査するなら、そういうのを調べてからにしてよねと鼻息の荒い弥生に気圧された様子で、竜緒が何を口にしたかと言えば。
「じゃ、学生はん。あんたと店長以外で、店に最初に入ったんはどのお人や?」
「確かにあたしだけど、指差さなくてもいいと思うの」
 最前列の観客に紛れて座っていた亜希子が、わざとらしく皆に問い掛けながら立ち上がった。おかげで空いたスペースは、左右から人が詰めてすぐに消える。ただし、左側の眼鏡の青年は詰めてもいいものかどうかと、しばらく迷っていたのだが。
 そんな彼の真ん前に陣取って、亜希子は皆を見渡し、二番目に入ってきた客として三田 舞夜(fa1402)を示した。その勢いと、あまりに彼女が真ん前過ぎて目のやり場がない青年が困っているので、その周辺は笑いを堪えるのに大変だ。
「確かに俺が二人目だが、時間が合わないはずだ。あ、カフェ・ロワイヤルは俺」
 五百円玉を出して、オーダーしたものを受け取り、更には奥の席の他の客の分を手渡しリレーで送りながら、マイヤーも自分は無関係だと主張する。その後、今度は代金がリレーされてきたので、それを響まで送っていた。
 それから順々に、『自分の後は誰』と皆が言い送り始めて。
「僕の次は、この人だったと‥‥」
「違う違う。チケットもぎられたのはそうだけど、店の前に来たときにはあたしの前にこの人がいたもん。入る前に、右のドアに御用だったみたいね」
 右のドアは、要するにトイレ。この寒空に薄着の女性に首を傾げられて、亜希子の真後ろにいた青年がはあ、と頷いた。
「店に入る前にトイレ? 入る前と後で、服が変わったりはしとらんやろな」
「後ろから見てるから、どうだろ。でも時間は分かるわよ」
 ちょうどメールが着たからと、携帯電話を取り出して女性が確認してくれた時間は犯行時刻の僅か十分後。桜子の話では、現場からここまで十五分掛かったということだから、ちょっと間に合わない。
「もう、あんたが指輪を外したりするから、こんな騒ぎになるのよ」
 いつの間にやら四十人ほどがああでもない、こうでもないと言い出しているので、桜子と探偵が店に飛び込んできてからすでに一時間が経っている。すっかり嫌気が差したらしい弥生が、どこかから持ち出した折り畳み椅子に一人だけ座って、桜子に文句を垂れ流し中だ。他人の迷惑顧みない亜希子も立ちっぱなしで、こちらは竜緒をせっついている。
 同じころ、誰が持ち込んでいたのか模造紙とペンが出てきて、やたらと絵の達者な誰かが周辺地図を描き出した。しかも店の近くの拡大図と、もうちょっと縮尺が大きいもの。後者に桜子が被害にあった地点の印をつけ、前者で店に入るルートが幾つあるかを数え上げてみせた。
「菱名さんが怪盗ノーネームに会ったのはここ。時間は六時五分か。六時二十分にこの店に下りる怪盗を見て、隣のビルの探偵君を呼んで、店に飛び込んだのが六時半だ。しかし、この地図は上手だな」
 亜希子に『二番手』と指名されてから、なんとなく場を仕切らされているマイヤーが、皆で桜子から聞き出した情報を整理した。最後の感想には、ぱらぱらと同意の拍手が湧き起こったが、書いた女性はちょっと唇を尖らせている。
「何か、失礼を言ったかな?」
「いや、背景のお仕事があったら回してください。ところで探偵さん、桜子さん、時間に間違いはない?」
 ちゃんと腕時計しているからと、問われた二人がそれを示しつつ頷いたが、今の時間を問われた二人はばらばらの時間を上げた。それも竜緒はものの見事に五分進んでいる。『ベタ』とどこかで声が出たが、笑っている場合ではない。
「そうすると、六時二十五分ごろのお客さんが怪しいってことなの?」
「ええと、そうなりますかね」
 亜希子と響が言い交わしていると、何人かが違うのではないかと声を上げる。竜緒は、自分の時計で六時二十分過ぎに事務所に桜子が飛び込んできたのを確認した。この時点で実際は六時十五分。すると犯行場所が正しければ、時間が合わないことになる。何人かが、現場からは間違いなく十五分掛かると断言したからだ。
 では、何が違うのか。
「さっき弥生さんが言ったけど、どうして指輪を外してたの? この現場、別の喫茶店の前でしょ。最近デート向けって雑誌に載ったところ」
 お客に追究された桜子が黙り込んでいる間に、亜希子は立ったまま片足を後ろに上げて、身体を伸ばしている。後ろの眼鏡青年、ますます身の置き所がなかった。とうとう眼鏡を外してしまい、皆の様子を眺めていたが、あまりの哀れさが可哀想に映ったか、響がメニュー表を差し出そうとした。
「ええと、その下から二番目のパッションブレンドハーブティーのグレープフルーツ、ライム添えをください」
 今までお目にかかったことがないため、誰もが警戒して頼まなかった長い名前のメニューをすらすらと読み上げて、青年がよろしくと軽く頭を下げた。
「伊達眼鏡では、外しても意味がないよ」
「外したほうが、よく見えるとか」
 ぷっと笑った誰かの台詞に、弥生が尻馬に乗って笑う。ぷぷっと笑った何人かがいたが、時間のずれを考えていた人々は青年に注目している。一人、近くにいた男性が身を乗り出して、青年の顔を注視してから、やたらと良く通る声で尋ねた。
「あんた、カラコンしてるだろ。度が入っているのは、どっちなんだ?」
 明らかに全員に聞かせることを意識している声の効果は抜群で、桜子が観念したように呟いた。もちろんこれも、全員に十分聞こえる声量だ。
「本当は、指輪を盗まれたのは六時なんです‥‥でも、一緒にいた人に迷惑が掛かるといけないと思って」
 怪しいのは、六時十五分に来た客ではないか。亜希子の言い分は間違いと指摘されて、響は指まで折って数えていたが、しばらくして納得したようだ。亜希子に十五分ですよと語りかけ、まさにその時間に入ってきたと判明している客達に視線を向ける。
 それまで膝を抱えて皆の様子を見ていた青年が、するりと立ち上がっていた。怪盗AAAの蘇芳蒼緋(fa2044)が、初めて堂々と皆を見返した瞬間だった。
「降参だよ。手を抜いて、目の色だけ変えるものではないね。許婚殿に隠れて逢引中のお嬢様が、追いかけてくるとは思わなかったし」
「だって、もうすぐお式ですのよ。盗まれたなんて言ったら、あの人のことがばれるかも」
「なんや、あんた二股かけてんか。そういうのはようない。ちゃんとせなあかんで」
 探偵、突っ込むのは別のところだろうがと、思わず誰もが拳を握り締めた瞬間、怪盗は身を翻して出口へと向かっていた。カウンターのところで、顔を覗かせていたダミアンに渡したのが、盗んだダイヤの指輪。
「返してあげてくれ」
「最初から、そういうことはしたらいけませんよ」
 本物の店長によく似た店長代理の言い草に、また笑った観客が何人か。

●中日
「だから、夜の仕事のことは言わないでったら」
「花屋で仕事しているなら、それだけにしたらいいよ。あの店は辞めてさ」
 亜希子が、『客』の一人と店の片隅でなにやら相談している。亜希子は大分苛苛している様だ。あの子は花屋の店員ではなかったのかと、囁く人々が背後にいるのだから当然だが。
「なあ、兄ちゃん。女の子を口説くんは、事件が解決してからにしてや。なあ、刑事はん」
 竜緒の横には、しかめっ面で頷いている『刑事』。B5版の『警察手帳』を持参して、『たまたま』来店していたらしい。竜緒とは顔見知りとのこと。
「桜子じゃないか。家に帰ったはずじゃなかったの? 早く帰らないとって、あんなに慌てていたのに」
「そうなんですけど、あのちょっと、どうしても急ぎの用があって」
 怪盗に指輪を取られた桜子の、内緒の恋人が『偶然』この店に来ていた。きっともうすぐ『結婚はやめて、僕と一緒になろう』と叫ぶに違いない。
「店長、そんな手つきじゃ先代が草葉の陰で泣いちゃうわ」
「すみません。頑張りますから、くっつかないでください」
 色気たっぷりのお姉さまに、厳しくコーヒーの淹れ方を指南されているのは、店長代理のダミアン。『先代』は、『草葉の陰』で笑い転げていた。
「弥生ちゃん。お酒強いねぇ」
「そんなことないわよ。単に会社の色々を思い出すと、あっという間に醒めるだけで」
 弥生は楽しげに、近くの人々とビールを飲んでいた。時々思い出したように竜緒や刑事のみならず、桜子と亜希子にも突っ込みを入れている。
「響君、ブレンド。君は推理してないで、私に任せなさい」
「えー、そんなこと言わずに、どこが怪しいのか教えてください」
 店内に満ち満ちた探偵未満の人々の間で、響は皆がなにを考えたのかを確かめて歩いている。そして、時々皆に騙されてもいた。なにかこう、弄りたくなったらしい。
 やがて。
「おや、俺が犯人だという証拠はどこです。そもそも荷物の中身を見せたのは、そこの女性だけじゃありませんか。ここは一つ、全員のポケットくらいは確認しないと」
 追い詰められたはずの蒼が、自信たっぷりに皆を見回した。それならとポケットの中身を取り出した何人かの前で、いきなり身じろいだ一人がいる。
「ほら、俺ではないでしょう?」
 マイヤーのポケットから零れ落ちた指輪を前に一瞬沈黙した一同に、蒼が皮肉たっぷりの笑顔を見せた。

●楽日
 竜緒が、ダミアンを指していた。
「黒幕はあんたやね」
 絶句しているダミアンを見て、手錠を掛けられた蒼がくすりと笑った。『もう諦めなよ』と言う勧めは何か一癖ありそうで、自分の罪を白日の下にさらした元恋人の亜希子に対する視線は、奇妙に優しい。そんな彼を睨む弥生と、戸惑いつつ亜希子の手を握っている桜子に対してもだ。
「僕は、この店を預かっているだけなんですが」
 弱々しい抗弁は、竜緒の『警察で話したらええ』の台詞に遮られた。カウンターの向こうから、ざらりと出て来た宝飾品が、どこか禍々しい。
 そうしてダミアンは、困ったようにある男に笑いかけた。
「三田さん、どうにかしていただかないと」
 マイヤーが懐から取り出した、黒光りのする代物に皆の目が吸い寄せられて‥‥その腕に飛び付いた響の動きで、また時間は進み出す。

●お☆ま★け
 舞台がはけた後の座談会で、裏方のダミアンと演出の三田は全身に疲れを滲ませていた。観客参加型、マルチエンディングだからと、ここまで大役が回ってくるはずではなかったからだ。『目立たせてあげたいと思って』とは、善意なのか悪戯なのか計りかねる。
 そして、そんな彼らの気分など知らずに、役者魂の持ち主達は、演劇論議の三日目に突入していたのだった。もう容易には戻ってこないだろう。
 カウンターの中に戻った店長は、満足しきった顔でコーヒーを挽いていた。