獣人ドクターズOP録音アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
10.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/26〜03/04
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●本文
それは、特撮番組の企画書だった。
「読んだ? それでね、内容がそんなだからスポンサーのご要望により、OP曲はクラシックの名曲でお願いしますって。しかも五曲は用意して欲しいという話だったなぁ」
「だったなぁじゃねえって」
「この仕事、やっぱりうち向けじゃないですよ」
弱小番組制作会社『るうぷ』。もともと弱小だったところに、社内の派閥争いが高じて大量の社員が退社し、現在名ばかりの高齢の社長と、たった三人の社員の計四人しかいない、弱小どころか潰れかけの会社である。
そもそも『るうぷ』は、ワイドショーやニュース番組の中のミニ再現ドラマや資料映像を撮影するのが仕事で、自前で一つの番組を作るようなことはしたことがなかった。社員の大量退社後は、アルバイトを工面して、本来の業務とは違うポスター撮りやらなんやらで倒産を免れていたのだが‥‥今回、新規特撮番組の製作仕事が舞い込んだ。
なんでそんな畑違いの仕事が来たかといえば、スポンサー会社が内々に募集したテレビ番組企画書に、すでに退社した社員が応募していたのだ。しかも何の間違いか、その企画書が通ってしまい、『るうぷ』に連絡が入った。番組制作会社なら、特撮番組は本業でないまでも、製作に携わってちょうだいと言う要請だ。
仕事は喉から手が出るほど欲しい『るうぷ』の面々も、さすがにこれは尻込みした。
企画発案者は退社、調べたところが飛び出した先の会社でも満足がいかなかったらしく、現在国外脱出中。どこにいるのかさっぱり不明。企画書募集に応募していたことも知らなかったのだから、とてもではないがスポンサーの満足がいく番組が撮れるとは思えない。
それで、大きな菓子折り持参で頭を下げに行き、涙を呑んで事情を洗いざらい話してお断りしようとしたところ、先方は太っ腹だった。単に道を間違えたのかもしれないが、『るうぷ』にお仕事をくれたのだ。
『この企画書だったら、なんとかなるんじゃないですか? 特撮ってなってるけど、これ、別に特殊な撮影方法はそれほど必要ないと思いますよ』
ともかくも視聴者に特撮番組だと主張出来ればいい。まあ、空を飛ぶとか、ビルからビルに飛び移るとか、壁を疾走するとか、頑張ってやってもらえれば。
それは確かに特撮ではないかもしれんと、特殊撮影に詳しくない『るうぷ』の面々は考えた。ちなみにスポンサー側も獣人だが、特撮には全然詳しくなかった。詳しくない者同士は、すごく簡単に特撮を考えていた。
そうして、『るうぷ』は番組制作前に仕事を二つ請け負った。その仕事をしている間に、より製作に適した会社があれば、そちらとスポンサーの仲介を行うこともだ。
企画書につけられた番組タイトルは『獣人ドクターズ』。
『音楽を愛する獣人達の住む世界で、謎のウィルスによる伝染病『フッキョーワヲーン』が発生。ワクチンの開発は成功したが、感染者達はなぜか禁断の扉を通って異世界人間界に逃亡してしまった。
獣人には変身能力があり、人間の姿になることが出来る。そのために人間界で騒ぎになることはないが、時間がたつにつれて感染者は恐怖の『騒音魔』になってしまうのだ。
この事態を重く見た獣人界衛生局防疫課では、選りすぐりの局員達に人間界への出向を命じ、『フッキョーワヲーン』感染者の保護とワクチンの投与を命じた。
愛する家族や恋人と離れて、勝手のわからぬ人間界への単身赴任。または上司に疎んじられて、左遷同様に送り込まれた人間界。感染してしまった友人を追い求めて自ら志願した出向‥‥
人間界で出逢った素晴らしい音楽、クラシックを心の支えに獣人ドクターズは今日も大都市の狭間を駆け抜けるのだった』
「そんな獣人界公務員の悲哀と熱意と日常となんか色々を、クラシックの有名な楽曲で表現してくださいというお仕事でーす。基本的に正装して演奏していただくだけ画像をOPに使いたいという要望なので、獣人らしく完全獣化でお願いします。録音と映像の別撮りはしたくないので、知恵貸してくださーい」
主スポンサーはクラシックレーベルのレコード会社。他もなんだかあまり特撮らしくない会社が並ぶ、春からの深夜の新番組。
本当に放映されるのかは不明だが、『るうぷ』が現在請け負っているのはOPとEDの撮影だ。これを完遂しないと、企画そのものがなかったことにされそうだが‥‥まずはクラシック演奏家をかき集めることが必要なのである。
●リプレイ本文
クラシックレーベルの会社がスポンサーだけあって、たいていの楽器は借り出せる。ただし完全獣化して演奏する人は滅多にいないので、傷をつけないように気を付けねばならない。これは自分の楽器でも同じことだ。
ちなみに録音と撮影は、本職が取り揃っているので心配いらない。
ところが。
「サックスって、クラシックの楽器なんですかー」
今回の人選に関わったはずの皆川紗枝の感銘に、サックス奏者の縞榮(fa2174)のみならず、ほぼ全員が硬直した。クラシック音楽の録音会場に、こういうことを言う人が関係者で混じっているってどういうことかと、紗雪(fa2853)は空いた口が塞がらないようだ。
「ジャズあたりのイメージが今は強いだろうが」
こういう経験が少なくないのか、野村 承継(fa0237)が非常に簡潔にクラシックにおける管楽器の歴史を伝えている。紗枝がどこまで理解したかは分からないが、一見二回り以上も年上の話は生真面目に聞いていた。この間に、椿(fa2495)が演奏予定の曲をスポンサーに伝えている。
ワーグナー『ワルキューレの騎行』
ドヴォルザーク『交響曲第九番「新世界より」第四楽章』
バッハ『ブランデンブルグ協奏曲第五番・第一楽章』
ラヴェル『ボレロ』
ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第二番・第一楽章』
演奏者数八名、番組のOP曲なので時間はなんと百秒。この難題をクリアすべく、小桧山・秋怜(fa0371)と承継先生、ゆきの三人が編曲を行っている。作曲・編曲を仕事にする者が複数いたのは幸いだが、紗枝の調子からすると単なる偶然らしい。
「有名部分の抜き出しになっちゃったけどね。その分、わかってくれると思うよ」
シュレがぺろりと舌を出して、自信の程を覗かせた。誰が聞いても、『この曲は聴いたことがある』と思う部分を上手く抜き出すのに苦労したのだ。
ただ、そんな彼女も。
「医者が空を飛んだり、ビルからビルに飛び移ったり、どういう番組なんだろう」
寒河江 薫(fa2239)の疑問には、答えられなかった。特撮番組とクラシックが一緒になると、考えた者もいなかっただろう。それでも仕事が入ったわけだから、世の中は分からない。
演奏するシーンの撮影が入るので、服装は正装だろう。セーヴァ・アレクセイ(fa1796)の意見が通って、自分で持っていればそれを、持っていなければ紗枝が準備した衣装を着て撮影に望むことになっている一同だが、その前の個人の写真撮影に神楽坂 紫翠(fa1420)が難色を示した。人間素顔の撮影は、他の仕事との兼ね合いで困ることになるかもしれないというのだ。
「うーん、そうしたら後ろ姿でどう? 番組が当たって、CD出す時には演奏者の名前と顔を入れるための準備だから、使う前にはまたちゃんと確認するし」
一体どういう考えで、この番組は制作に入ったのかと、そう思った者は一人二人ではない。
ベートーベンの『悲壮』や『運命』も面白かったかもねとセーヴァが口にしたのに、紗枝は相変わらず『悲壮』は知らないなどと言っている。そんなはずはないとシュレがピアノで主旋律をなぞると、聴いたことがあると前言を撤回した。
「特撮の関係者だと、クラシックに詳しくないのも仕方ないのかな」
有名どころの曲を選んだつもりだけどと、椿が嘆息したが、紗枝の会社は特撮の製作も初めてだと知ったらどういう反応をしただろうか。
「知ったかぶりをされるよりは、よほど付き合いやすいとは思うけどね」
椿と同じオーディションを受けたことがあるサカエが、承継先生から楽器の説明まで受けている紗枝をそう評している。先程告げた演目も、『ボレロ』以外は分からないと言っていたのだ。変な解釈をぶち上げられるよりは確かにましだが、尋ねるならスポンサー側でもいいのにとシュレなどは唇を尖らせている。
「音合わせ‥‥しないと」
神楽が言い出したのが耳に入ったか、ようやく全員の撮影も終えて、紗枝をはじめとする撮影スタッフが一旦隣室に引っ込み、練習が始まった。皆が手にしているのは、手書き楽譜のコピーばかり。なにしろ百秒できりよく終わるか、フェードアウトするような編曲が必要なので、既存の楽譜など使える曲はなかったのだ。
楽器もいささか偏りがあるのを皆で譲り合って、それでもどうにもならない部分もあるので、カオルが呟いたりする。
「もうちょっと、レパートリーを増やしたほうがよさそうだ」
今思っても、それで何かが劇的に変わるわけではないが、好きなことをどれほど熱心に学んでも、仕事と折り合わないときの気分はなんとも言い表しようがないものだ。それでも時間は待ってくれないし、練習が終わるわけでも、倍増するわけでもないが。
「さてと、験担ぎの時間が必要なら、今から取るがどうするかな?」
承継先生がそう告げたのは、約束していた練習時間が終わる十分前のことだった。
縁起を担ぐかどうかは別にして、また撮影に備えた身づくろいをせねばなるまい。
演奏は完全獣化、よって種族により鉤爪で楽器を傷付けたり、弦を引っ掛けたりしないように気を付けねばならない。ゆきが大きな爪切りとつめやすりを、紗枝は工具のやすりを持参していた。心配な人々は、もちろんゆきから爪切りか爪やすりを借りる。
「リスだったかぁ」
この呟きが、サックス奏者のサカエに向けられたものなのは間違いない。サカエと兎のゆき以外は、今回の奏者は小鳥か鴉なので、サックスをどう吹くのか楽しみにしていたらしい。
そのサカエはトランペットを借りて、『ワルキューレの騎行』の準備をしていた。
弦楽器、鍵盤楽器の担当もそれぞれに爪と楽器のことを気にしていたのだが、承継先生は泰然としたものだ。
「なに、獣化して出来ない楽器などあるはずがないよ。我々はそういう生き物なのだから」
一度も楽器に触ったことがない者がいきなり演奏に挑戦するのならともかく、そうでなければ大丈夫だと根拠は不明ながらも断言されて、更にスポンサー側にも頷かれてしまえば大半の者は迷わなくなる。
ゆきだけはそれでも少々心配だったのか、しばらく爪やすりを使っていたが、時間通りには身支度を整えた。
後は男性陣がタキシード、シュレとゆきは可愛らしいドレスを着せられた状態で演奏開始だ。
百秒。
この条件下でも、『ワルキューレの騎行』だと分かる部分は詰め込める。素人なら、そこしか知らない主題とも言い換えられるだろう。
それでも編曲で、あちこちもとの楽譜にはない変更があったのだが‥‥
『楽器に合わせて編曲すればいいよね』
シュレが百秒の条件を聞いて、最初ににこっと笑った通り、皆が演奏できる楽器に合わせた編曲だから不自然さはない。それに編曲の主力は確かに承継先生とゆきとシュレの三人だったが、他の五人もおおむね一緒にいて、楽譜が書き換えられるたびに演奏してみたりしたのだ。
そんなときはゆきがタクトを振って、案外と楽しく作業は進んでいた。この時に表われたのは、その集大成だ。
「短時間で編曲から始めたのに、予想以上の仕上がりでしたよ」
正直、楽譜のどこを抜き出して百秒に収めてくるかと考えていた。そんなスポンサーの感嘆に、メジロと兎が可愛らしく小首をかしげた。
『新世界第四楽章』も『ワルキューレ』同様にOPに向いているが、全体的に雄大。その雰囲気を出すには、駆け抜けるような勢いではいけない。
いかにも始まりの様子を出しつつ、勢いを出しすぎず殺しすぎず。その調整で時間をとられたし、音を合わせるのもなかなか大変だった。
けれども鴉に獣化したカオルの様子は人間の時以上に淡々として、そうした苦労を窺わせる部分はない。
『ブランデンブルグ協奏曲第五番』は、チェンバロのための曲とも言われる。
そのチェンバロを弾いたことがあるからと志願してしまった椿は、編曲で相当削られたソロパートを現在の全力で弾き終えた。バイオリンの音が続いて、オーケストラ部分に変わるピアノの音に変わると、また出番だ。
けれどもモデルの性か、カメラが回っている間彼は神経を研ぎ澄ませていた。音と姿と、両方に気を使うのも慣れたものだ。曲に合わせて、映像も華やかであるべきなので。
約十六分。聞きなれない人が単調と評する『ボレロ』の全曲演奏で掛かる時間だ。
そうなった背景には作曲された年代の音楽事情が絡んでくるのだが、そもそもは当時の流行曲。サックスもこの曲ではごく普通にオーケストラの中に入っている。クラシック専門ではないが、サカエにとってはあまりに当然のことで、紗枝の質問はなかなか意外だったのだが‥‥聞けば納得するはずと演奏に集中していた。やはり他の楽器より楽しい。
その側で、神楽は鴉の濡れ羽色に彩られた顔では分かりにくいが、非常に緊張していた。これまでソロ演奏が多かったので、人とあわせるのは何回練習しても緊張が抜けきらない。ましてや『ボレロ』で重要な打楽器パートを引き受けてしまったので尚更だ。失敗したら撮りなおしで録り直し‥‥と、頭に浮かぶ暇もない。
ただ、ふと顔を上げた時に、隣のふさふさした毛並みのリスが片目を瞑ってみせて、ちょっと気分が和んだ。惜しむらくは、それが終わる直前だったことだ。
ピアノの演奏が出来る人が多かったから、『ピアノ協奏曲第二番』は選曲として間違ってはいない。他よりも甘やかな雰囲気の曲だから、べたべたはしないように、でも情感が欠けないようにと思いつつ、セーヴァはちらりと浮かんだ考えに我知らず苦笑していた。
この曲を書いたラフマニノフは、チェロの曲も遺している。知名度は劣るが、曲の知名度アップのためにも提案してみても良かったと、そう思ったのだ。
だからといって、今弾いている曲の出来が左右されるわけでは、もちろんない。
一度に全曲続けて演奏させて、その映像と音を確認していたスポンサー側の代表は、カオルに使うのは一曲だろうかと尋ねられて、にこにこと喰えない笑みを浮かべた。
「全部使いますよ。全十三話予定ですから、回数にばらつきは出ますが」
「そう‥‥ですか」
意表を突かれたカオルがそう返したときには、ゆきが身を乗り出している。全部使える出来だったのかが気になるのだろう。ただ人見知りをするのか、単に大人に話しかける言葉を選んでいるのか黙っているうちに、シュレが質問を浴びせている。
「映像は? 最初より、後のほうが緊張が取れてきていいと思うんだけど」
言ってしまってから、『思います』と言い直したが、相手もそういうことはあまり気にしなかった。でも、喰えない笑みは変わらない。
「映像と曲が違ったら、分かる人にはすぐばれるのでそのままです。背景処理は専門家にお任せしますけど、何か希望はありますか?」
その専門家の取りまとめ役は、紗枝だったりする。セーヴァに、『クラシックはもともと王侯貴族に聞かせるものだったから正装』と知識を植え付けられて、コンサートホールの映像なら用意できると請け負っていた。正装でクラシックだからコンサートホールと言うあたりが、基本過ぎていいのだろうかとセーヴァのほうが心配してやったくらいだ。
「番組の内容にも合わせたほうがいいかもしれないだろう」
企画書とも照らし合わせてみたらと指摘されて、いきなりオフィスと変わるので、皆どんな番組かと想像をたくましくした。したのみならず。
「あのさ、脚本の内容とか、キャストって聞いてもいいのかな?」
椿が好奇心を抑えきれないといった様子で、紗枝に水を向けている。スポンサーがクラシックレーベルと関係の楽器販売店組合などで、深夜枠で、特撮。しかもヒーローが医者で、敵と言うより患者を追い掛け回すらしい番組だとは聞いたが、誰も具体的にどうなるのか予想できない。
「音楽って素晴らしいっていうのが基本で、公務員の悲哀や仕事の達成感やなんやかやを詰め込んだ話。恋愛ものもある予定。ところで、一人くらいキャストにクラシック弾ける人が欲しいんだけど、どう?」
貴方、見栄えがいいじゃないと、腕を掴まれた椿が逃走を図り、他の面々も今の話ではどうしたものかと明後日の方向を向いている。紗枝と目が合ったのは、呆然としているゆきと、公務員には見た目の年齢が足りるまいと平然としているシュレくらいのものだ。
「先生、いかがですか?」
クラシックについて、熱く語るシーンも今からなら頼めますよと擦り寄られた承継先生は、けれどもとても正直だった。
「私はまったく演技の心得がない」
さすがにこれでは勧誘が続けられず、紗枝は撃沈している。どうも色々あるようだと想像を巡らせつつ、サカエはしっかり放映開始予定を確かめていた。深夜枠だからその時間に見るのは無理だが、内容が普通の特撮であれば子供に見せてもいいかもしれないと思ったからだ。一応紗枝の説明では深夜でもアダルト色はないようだし、自分の仕事の映像を見せられることはなかなかない。
もちろん、出来にもよる。見せるのが恥ずかしいことにはならないほうがありがたいのは、サカエ一人の気分ではないだろう。
滅多に完全獣化でクラシック演奏などしないし、獣人仲間でもよほど親しくなければ一見した程度で自分だと分かることもなかろうが、誰だってテレビに映るからには印象の良いものであって欲しいのだ。
それと。
「視聴者の評判、いいと‥‥いいな」
部屋の端で、流されていた映像をちょっと恥ずかしそうに眺めていた神楽が呟いた言葉は、全員に共通する気分だった。
全力を尽くしたのだから、多くの人に受け入れて欲しいと願うのは、当然のこと。