後輩育成〜尻拭い中東・アフリカ
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
2.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/28〜03/04
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●本文
ある日、ある時、ある場所でのこと。
「いやぁん、そっちは駄目って言ったのにぃ」
「ああもう、力が抜けるっ! その気合の入らない言葉遣いは止めっ!」
「だぁってぇえ」
二人の女性が、何かを追いかけて山間部を走っていた。彼女達は仲間内では山間部の移動が得意で、こうした追跡に長けていると言われていたのだが、残念獲物を取り逃がしたところだ。獲物は洞窟の小さな入口から、内部に逃げ込んでいる。
小さな入口といっても、人が入れない大きさではない。単に小柄な人向きであるというだけのことだ。
だが。
「確かこの洞窟ってよお」
「んぅんとねぇ、『くそじじいによる後輩育成大作戦』のぉ」
なにやら、嫌な名前である。
「そうそぉう、六百六十六番目ぇ!」
縁起の悪い数字だった。
「前回十三人で挑んでぇ」
これまたあまり嬉しくない人数。特定宗教にとってはだが。
「ああ、危うくこの世とおさらばしかけたところだ。追うの諦めようぜ」
「だぁめよぉう。ナイトウォーカーを見逃したなんてぇ、後ろ指刺されちゃうもぉん」
二人は、深々と溜息を吐いた。
そう。彼女達が追っていたのはナイトウォーカー。たまたま出会って、襲われて、相手の実体化を目にして返り討ちを狙ったのだが、すんでのところで洞窟に逃げ込まれてしまったのだ。このまま帰っては、仲間内でどれだけ罵られるか分からない。
あの苦楽を共にした仲間達に、『意気地なし』や『臆病者』と罵られたら、それだけで巡礼の旅に飛び出したくなってしまうだろう。なにしろ仲間達は、罵っても気がすまないと、物理的に攻撃をしてくるので。
「なあ、マルガリータ」
「なぁにぃ、バーボネラ」
洞窟の入口で座り込んだ二人の女性は、互いの名前を呼びつつ、顔を見合わせた。頭の中には、どうやら同じことが思い起こされているらしい。
「ウェンリー呼ぼうか?」
「そうねぇ。あの子もけっこう経験あるしぃ。あ、でも今は忙しいかもぉ」
「じゃあ、白雪姫だったっけ? この間会ったのは」
「ううん、シンデレラよぉ。白雪姫は、あたし達を見るとぉ逃げるじゃあない」
「あのシンデレラとその友達を呼んで、退治させようか」
「やっぱりぃ? 素敵な考えよねぇ」
しかし、彼女達は知らなかった。話題のシンデレラが実家のあるイタリアに戻っていて、近くにはいないことを。
けれども、この考えは最終的に『若い奴等に任せちゃえ』なので、別に見ず知らずでもなんでも、獣人であれば『行ってこーい』となることに違いはなかった。
昔自分がやられたことを他人にやり返すのは、非常に楽しいのである。
そんなわけで、中東地域のとある山間部の洞窟に逃げ込んだ、その時点では兎に感染していたナイトウォーカーを退治すること。
そんな『おふれ』が近隣の獣人達に届いたのである。
ただし、洞窟内の情報はまったく添付されていない。
●リプレイ本文
「あ、あなた、パナシェの若いころにそっくりだわぁ!」
山の中だというのに花束をしっかり抱え、べそべそと泣き真似をしながらのマルガリータの台詞に、源真 雷羅(fa0163)とモハメド・アッバス(fa2651)、群青・青磁(fa2670)の三人は苦笑を禁じえなかった。けれども言われたフゥト・ホル(fa1758)は平然としている。
「まあ、それは光栄ですわ。わたくし、あの方には憧れますもの」
「それはある意味趣味が良くて、別の意味で趣味が悪いな」
バーボネラの呆れ顔もなんのそので、ハトホルは問題のナイトウォーカーの様子など尋ねていたのだが、話の弾みで出て来た名前に、パナシェを知らない残りの四人が反応した。
「教授と知り合いなの?」
ベルシード(fa0190)が身を乗り出したが、返答は知り合いなんてものではなかった。彼らのこれからの運命を、端的に表しているかのようだ。
「あの子がねぇ、駆け出しの頃に弄り倒したのよねぇ。へこたれない子だったわぁ」
マルガリータとバーボネラはおそらく六十代。ウェンリー・ジョーンズ教授とそれほど歳の差があるとも見えないが、まあ嘘ではないだろう。そんな感じがした。
「あの教授を弄り倒した方々が生き埋めになりそうだった洞窟の中に、ナイトウォーカー?」
いっそ捨て置けばという含みのベアトリーチェ(fa0167)の言葉に、敷島オルトロス(fa0780)は頷いていたが、ことナイトウォーカーとなれば本気ではない。単に目の前の『先輩方』の態度に呆れているのだ。
それでも物腰丁寧に挨拶してからの態度を崩さない鬼王丸・征國(fa0750)には、ほぼ全員からの賞賛の視線が送られた。先程二人に花束を贈って、ご機嫌を取り結んでいたモハメドも加わっているのだから、まあ相当に丁寧かつ真剣実のある態度だったのだ。だが、彼のおかげで聞き出せた情報については、鬼征込みでなんとも言えない表情に。
正確には、群青は寝るときとシャワータイム以外は外さないと豪語する狼覆面があるので、雰囲気だけ。
洞窟内には、多分罠はない。あったとしても落とし穴の名残程度。その昔の探索時も、あったのは落とし穴とネズミ捕りとネットくらいのものだったそうだ。ついでに何かというと出て来る『アライグマの仮面』は、このときに回収されている。
ただし、バーボネラとマルガリータがナイトウォーカーの追跡を諦めたのには、それ相応の理由がある。
「狭いんだよ」
「この嬢ちゃんでも、きついか?」
ぽむぽむとベルの頭を軽く叩きながら、群青が確認する。叩かれたベルは、こそっと群青の足の上に乗っかっていた。どっちもどっちと、皆見て見ぬ振りだ。
「謎の巨大生物は望み薄だな」
オルトロスの残念そうな呟きも聞こえなかった振り。
「きついわよぉ。途中から匍匐前進だものぅ。分岐が多いからぁ、人手が必要だしぃ」
「常々思っていましたが、皆様方のお話には募集時点での情報に欠落が多すぎます。改めませんと、いずれ痛い目に‥‥こういうときだけ耳を塞ぐんじゃないわよっ!」
「なんかさあ、飯くらいうまいもの食わせてくれねェと、暴れちゃうぞって感じだな」
「花代を損した」
教育的指導をしているハトホルの後ろで、ライラとモハメドがぼやいていた。マルガリータはまた泣き真似をしている。花束も返すつもりはないらしい。もちろんお代も払ってはくれないだろう。モハメドだって、一度渡したものを請求はしないが。
「あの‥‥こちらはいったいどういう方々なの?」
ベリチェの問い掛けには、ハトホルもライラも群青もモハメドも答えられなかった。でも、べリチェだってウェンリーのことを的確に説明するのも難しいので、どっこいどっこいなのである。
要するに、けっこう迷惑な人々に関わってしまったということだけは、全員が理解したのだった。
「ああ、そうだ。あたしらが追いかけたときはウサギだったけど、一度ナイトウォーカーが発現すると宿主は死ぬから、そろそろ腐乱死体かもしれん。そうでなければ」
「宿主が変わっているか?」
モハメドの指摘に、先達二人は嬉しそうに頷いた。顔に『苦労して来い』と書いてある。
洞窟の入口は、高さおおよそ一メートル半。八人の中でもっとも小柄なベルも、頭を下げないと通り抜けられない。二メートル近い群青やモハメド、それに近いオルトロスはかなりの前屈姿勢だ。横幅は多少余裕があるので、先頭のモハメドのすぐ横にライラがいる。その後ろが鬼征だが、この時点でさらに後ろの五人から前方はまったく見えなくなっていた。
「あたいさ、ナイトウォーカー退治なんてまっとうに戦うのは初めてだと思ったんだよ」
全然まっとうではなく、戦う前に問題山積だとは思わなかったと零したライラの心情には、ほぼ全員が賛成だった。けれど。
「この洞窟、どうも人工物じゃな。よく出来とるが、全面掘った跡があるようじゃ」
人間の時も苦みばしった雰囲気だったが、完全獣化するとなおいっそう渋みが増す漆黒の亀の鬼征の冷静な指摘は、誰も聞きたくなかっただろう。オルトロスやベリチェ、ベルはピラミッドに入ったことがないわけではないが、あちらは一応人間が入れる大きさの施設だった。獣人だと色々危ない仕掛けがあったにしても、こうまで身動きの取りようがないところではなかったのだが‥‥
「我々が入った洞窟は、なんと人工物ではないかと言うことです」
「ハトホルさん、あなた、まだ続けるの?」
べリチェが呆れ半分、感心半分で呟いたのも無理はない。ハトホルは『完全獣化だと公表は難しいかしら』といいつつ、延々ビデオ撮影を敢行しているのだ。ベルが時々壁を引っかいていたのは、奇妙な背景音を入れたかったかららしい。更に後ろでオルトロスが唸ったり、群青が欠伸をしているのは、単にこの狭苦しい洞窟と早くおさらばしたいだけだろう。
明らかに人がいない、正しくはものすごく人里離れた場所の洞窟なので誰も来ないから、全員が完全獣化で歩いている。そろそろ背が高い者から、膝立ちのほうが楽なくらいに狭くなってきた洞窟でビデオ撮影慣行のハトホルは確かに気合と根性の人だったが、あれこれ言っているうちにいきなり彼らの前方は開けていた。
それだけなら良かったが。
「どう見ても、人工物じゃろう?」
わざとらしいほどに六角形の広間に、十個の分岐。彼らがやってきた道がある壁以外の、上下二つずつの道が口を開いているのだ。鬼征に言われずとも、自然物には見えない。
そして、どの口も確かに匍匐全身でなければ進めないような大きさしかなかった。横幅もすぼまって、一人がかろうじて這い進める程度だ。
「どうして、こういうところだと言ってくれないのかしら」
事前にあれだけ尋ねたのにと、べリチェが憤慨したが、ハトホルとライラは納得していた。この程度、言わずに置いたほうが楽しいと思っているに違いないのだ。
「人の悪いババアどもだな」
世界は自分を中心に回っていると真面目に断言しそうなオルトロスが、憤然と言い放った。多少の差はあれ誰もが思うことだから、一々注意はしない。それより何より。
「で、どっかの穴に追い詰めるか? それともここで潰すか?」
一応聞いておいてやると言わんばかりのオルトロスの態度はさておき、今までのところは悪臭が漂う以外は自分達以外に動くものの姿は見ていない一同だ。いつ、十個の穴のどれかからナイトウォーカーが現れてもおかしくはない。
「ばらばらより、揃っていたほうがいいから、ここだよね。でもどこにいるか分からないから、探しに行かなきゃ」
ベルは言うことはもっともだが、これまた態度がいただけない。穴が小さいのなら自分が適任だと、すでに体が動いているのだ。一番歳も体も小さいのを前に出せないと思ったのか、群青が襟首を掴んで止めている。ベル、大変に不満顔。
「誰か肩を貸してくれりゃ、上はあたいが覗いてみるさ。ヤツが来ても、避ける神経くれぇあるしな」
「いや、臭いで辿れるゆえ、それがしが参ろう」
なにしろ相手は『腐乱死体』なので、臭いで居場所が分かるはず。分岐の先がどうなっているのか分からないので、臭いのほうが確実ではないかとライラを押し切ったモハメドが、入ってきた通路に近いところから様子を伺おうとしたところ。
「来たーっ!」
なんだか奇妙に嬉しそうなベルの声につられたかのように、べしょっと上の通路から何かが落ちてきた。
「ウサギの弱点はウサ耳だと思ったのに」
「そんなことを言うと、次にあったときにシンデレラに逃げられるわよ」
この場におらず、次に会う予定もない兎獣人のことを言われても、群青だって困ったかもしれないが‥‥ハトホルは相変わらずビデオを構えたままに、兎の成れの果てを撮り続けている。まったく根性の人だった。
「ちゃんと回りこんで撮ってくれよな」
そんなに広さの余裕はないとべリチェが代わりに反駁したが、オルトロスは聞いちゃいない。確か表の顔は映画監督だと言っていたはずだが、実はアクション俳優だったかなとベルが思った途端に、地面でのろのろと動いているナイトウォーカー目掛けてナイフを繰り出していた。動きは速いし、ナイフの扱いも確かだが、周囲の反応はそことは関係ない。
「おまえ、一人でいいカッコするなよ!」
「一人で先に出る奴があるか!」
「おぬしらは、協力という言葉を知らんのかっ」
期せずして、女性陣から『男って‥‥』と呟きが漏れたくらいに、見事なハーモニーだった。行動は噛み合っていないが。
ただ、ナイトウォーカーとはいえ兎から宿主も変えられず、すでに両耳が腐り落ちているような状態では俊敏な動きなど望めない。それでも前歯をむき出して、群青いうところの『無駄な抵抗』はしたが、実際に無駄な抵抗でしかなかったようだ。
「貴方達、図体がでかすぎ」
ハトホルが『全然いい映像が撮れない』と不満を表明し、ベルが『自分の出番がない』とむくれ、べリチェが『コアの位置の確認とか、先にすることがあるでしょう』と苦言を呈した。
ただ、最終的にはライラの。
「仕事終わりなら、ばーちゃん達になんかたかろう」
の一言に、全員の賛同が集まったのだが‥‥『敵』はそれほど甘くはない。
通常ナイトウォーカーが複数群れることは少ないが、ないとは言えないのだから、一体倒した後も洞窟内全部を確認しないと駄目。最初の情報が一体だけでも、その情報が間違っていたことも考えて用心しないと危険。
それから、ナイトウォーカーであるなしに関わらず、腐乱死体などどんな病原体を抱えているのか分からないのだから、傷があったらまず良く洗う。可能なら死体も焼却処分するのが望ましい。ただし人間の場合は、それ相応の対処が必要なのでいきなり焼かない。
現場記録に、変な効果音はつけない。
隊列を組むなら、もうちょっと機敏に動けるように間隔に気をつける。
その他諸々、言いたいだけ言わせて貰っちゃうもんね。といった感じで、マルガリータが得々と語るのを拝聴させられた一同は、半数が上の空だった。面倒だから聞きたくないのと、単なる性格上他人にうるさく言われるのが嫌なのとに分かれるが、マルガリータの甘ったるいしゃべり方は聞いていると疲れるのも事実だ。こういう人がないとウォーカーとも戦っていたのかと、感心しているのも何人か。
そのマルガリータの気が済んだ頃に、バーボネラが一つだけ教えてくれたのは。
「人間相手のときは、見るからに変死体の出来上がりだから、置き去りにはするなよ」
WEAが絡む仕事なら、対応も考えてくれるはずだと聞いて、安心していいものやら。
「うわぁ、変死体と対面は嫌だなぁ」
ベルが明るく言うのに、群青が『誰だって嫌だろう』と一般的なことを言い、何とはなしに皆から奇異の視線を送られたが‥‥それはそれ。
「対応に慣れているということは、そういうことも度々あるわけですのね」
ハトホルの冷静な指摘に、探索やり直しをさせられた洞窟の地図を清書していたモハメドがなるほどと頷いた。彼は先程から、地図に宝の印を書き込もうとするオルトロスの手を防ぐのにも忙しい。オルトロスは、偽宝の地図で誰かを騙して憂さ晴らしでも考えているのだろうか。
「こんなものまで作って、お噂の方は相当酔狂な方だったのかしら」
べリチェの問い掛けには、二人揃った『それはもう!』と力強い同意が返ってきた。アライグマ仮面の回収数は四百を超え、仮面が絡まずとも訓練と称してやらされたあれこれは約八百五十。まあ、迷惑な人だったようだ。
「企画力はあったようじゃな。あと経済力も」
「パナシェのお母さんがぁ、やり手だったみたいねぇ」
そういうオチかと、鬼征はやはり渋い顔をしていたが、まあすでに他界した夫婦のことゆえ、それ以上のコメントはなかった。その精神だけは、目の前の御仁達に十二分に受け継がれているようだとは思ったかもしれない。
なんにせよ。
「いい加減、なんか食わせてくれなかったら、シンデレラに国際電話させてもらおうじゃねーの」
ライラの発言が、今の彼らにはもっとも同感できる内容だった。
もちろん他人の財布だから、普段は食べられないお高いものを狙うのである。