後輩育成〜ボランティア中東・アフリカ
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/14〜03/19
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●本文
話は最初、イタリアのヴェネツィアから始まった。
この日、弱小モデル事務所の経営者であるアレキサンダーは、仕事で発生した難題を抱えて自宅に戻ってきた。自宅では愛する妻と孫娘が彼を迎えてくれるはずだったのだが‥‥
「よしっ。そこよ!」
「えい、食料投下ーっ」
二人はパソコンの前で、どうやらゲームに興じているらしい。
「ただいま、パナシェ、シンデレラ」
気が付きゃしない。アレクが出掛けるときも、同じゲームをしていたはずだ。
「ただいま!」
アレクが声を張り上げたので、ようやっとパナシェとシンデレラはゲームの世界から戻ってきたらしい。時計を見てびっくりしてから、アレクにお帰りを言ってくれる。
「やれやれ、長時間のゲームは感心しないよ」
「社会情勢の勉強ですよ」
今の様子のどこがとアレクは思ったが、とても疲れていたので口にはしなかった。
それより何より、今は難題があるのだ。
難題。
それはアレクが今度出向く予定の、中東のある学校で予定されているイベントのことだ。ヴェネツィア近隣の芸能関係者有志が費用を募り、学校を建てて、以降の運営にも資金援助を行っている。
小学校と中学校が併設された学校には、毎年二回、支援者の代表が現地に出向いて生徒や家族との交流、現地スタッフの要望と状況などを確認するのが通例なのだ。この際、支援者達の仕事を活かして、欧州の音楽や文化を伝達するイベントが行われることになっていた。音楽の好き嫌いはともかく、草の根の交流は大事だからだ。
このイベント、今年はオペラの歌手と演奏者を揃えて行く手筈になっていたが、こともあろうに彼らが専属契約しているオペラハウスで劇場主と演出家が対立。演出家側が歌手や演奏者、各種技能職を巻き込んでのストライキに入ってしまった。
こうなると、とてもではないが外国に行っている場合ではない。参加予定者達は代理を手配するための費用を負担する条件で今回の参加を取りやめ、彼らの代わりを手配するのがアレクの仕事になった。面倒事を押し付けられたともいう。
けれども、この話を聞いたパナシェは、ものすごく簡単に言い放った。
「うちの孫達を連れて行きましょう。シンデレラ、白雪姫とマーメイドとピノキオとネロを呼びなさい」
「いや、事務所から連絡してみたが、全員イタリアにいないんだよ。出発が近いのに、呼び戻している時間が惜しい」
ついでにそんなことをして、お金がかさむのはもったいない。今回欠席になった人々が出したお金が倹約できれば、その分学校の補修が出来ると、アレクは現実的な計算に明け暮れている。
「いっそ、どこかの大道具関係で学校の雨漏りを直してくれる人材でもいいんだが、明後日にも出発するようなスケジュールで誰が来てくれるものか‥‥それでも歌手か演奏家は欲しいし、報告用のカメラマンも全部今回はあの劇場から来る手筈だったのに」
それはつまり、アレクとパナシェ以外の人間が不参加になったということである。
すると、シンデレラが自分のグラスにワインをどぼどぼ注ぎながら言い出した。
「あちらで合流できる方を、募集したらいかがですの? 今までだって何人もいらっしゃいましたから、誰かしらきてくださると思いますわ」
アレクの望むオペラ系の人とは限らないが、この際歌の種類は問わなくても良かろう。それにその分、幅広い人材が集まるかもしれないとの意見はもっともだ。多くの芸能関係者に、草の根交流の素晴らしさを知らせる機会にもなる。
そんなわけで、アレクは速やかに現地の芸能事務所などに人員の募集を掛け、ついでにトランクを三つ用意した。きょとんとしている孫に一言。
「せっかくだから、シンデレラも来なさい。ゲームより、現場学習だよ」
今回の学校訪問に必要な人員は以下の通り。
・歌手ないし楽器演奏者。ただし楽器は電気が不要なもの。
・報告書、並びにVTR作成が出来る者。また報告用の写真に収まって見栄えが良い者。
・家屋、家具の補修、点検が出来る者。
・力仕事が可能な者。腕っ節に覚えがあるとなおよし。
・その他、なんらかの得意分野がある者。
現地では、電気・水道なし。宿泊は学校に寝袋。
移動は片道二日、現地で二日の計六日。
●リプレイ本文
中東の学校に出向いて、芸能活動他の交流と支援活動の確認を行うスタッフを募集しているとかなんとか。そういう話に乗ってきたのは、おおむね若い人々だった。そうでなければ。
「手広く活動していらっしゃいますね」
「ご無沙汰してます。シンデレラも元気そうだね」
フゥト・ホル(fa1758)や甲斐 高雅(fa2249)のように、アレクサンダーやパナシェ、シンデレラと縁がある者達だ。源真 雷羅(fa0163)は、両方のカテゴリーに入る。
「車で行くんやな。荷物がぎょうさんあるから、どないしよ思うとったんよ」
「人跡未踏の秘境に行くわけではないんだよ?」
皐月 命(fa2411)の安堵にアレクは大げさなと笑ったが、彼と面識のある人々には全然笑い話ではない。その辺を聞いてか、周辺地域の地理のみならず危険の有無についての情報も仕入れてきた辰巳 空(fa3090)は、昔はともかく今は格別危険もない地域だと思っていたが‥‥
「今ひとつどこのものか分からないライフルというのは、いささか危険ではないかと」
迎えに来た青年が肩から提げているライフルを見てちょっと驚き、ラルス(fa2627)の台詞に二度驚いた。
「俺、ああいう人、テレビで見たことある」
「私もテレビでならあります」
海斗(fa1773)とノイエ・リーテ(fa2817)があまり緊迫感なく、物珍しそうに言わなかったら、ソラやメイは顔を引きつらせたままだったろう。
「この辺では、あれが普通のカッコなのかよ?」
ライラの問い掛けに、パナシェは朗らかに笑って返した。
「警察が遠いから」
滅多に騒ぎは起きないけれど、用心は忘れないお国柄なのよと説明されても、あまり馴染まない者ももちろんいる。この辺は生まれ育って、今いる環境にもよるので、アレクもパナシェも色々は言わなかった。シンデレラは、この中の誰かが運転することになるトラックの荷台に上がって、載せられた荷物を覗くのに忙しい。
なにはともあれ、とても切れ者そうだが穏やかな物腰の青年と一緒に、おんぼろバスとトラックに分乗して出発だ。
舗装された道を通ったのは、最初の半日だけ。一日目は途中の町で、宿というには突っ込みどころ満載の建物に泊まり、総勢十二名の一行の大半はせっせと焼き菓子を作っていた。クッキーと呼ぶには、材料はともかく作り方が大分ワイルドだ。
「火加減、ええやろか? 味見ならいつでも言ってやー」
「その前に、量がまだ足りません」
「四百人もいるなんて思わなくて、ごめんね」
メイが手早く屋外にかまどを組んで、上に鉄板を乗せ、小麦粉その他をこねたタネを適当な大きさにして置いていく。急遽これをすることになったのは、小さいカイが自作のクッキーを持ってきたからだ。成長途上の彼だと一抱えもあるクッキーは、しかし集まる全員に行き渡るには足りない。それは困ると、夜の作業になったのである。
作ってきたカイはもちろん、ラルスも案外と器用にクッキー生地をこね、ノイエとハトホルとシンデレラが同じ大きさに千切って鉄板に乗せる。ライラとメイは火の番で、ソラと大きいカイ君はこの町で買い付けた品物をトラックに載せているのでいなかった。アレクと青年もそちらだ。
そうしてパナシェは、小さいカイがクッキーを入れてきた紙袋の模様がいいとかなんとか言って、しわにならないように新しいクッキーと一緒にしまいなおしている。
「やっぱり、人を働かせるのがお上手ですのね」
「あなたも、小麦粉の値切り方が上手だったわよ」
ハトホルのちょっと嫌味を含んだ感嘆に、ちくっと返した喰えないばあ様の台詞に、居合わせた皆が頷いてしまったので、これはハトホルの分が悪い。別に彼女だって、そんなことで日頃培った交渉力を発揮したくはなかったが、他の面子は言われた額を素直に払ってしまうので任せられなかったのだ。経費節約と、アレクも言っていたことだし。
ちょっと時間は掛かったが、クッキーはなんとか焼けたようだ。
そして、次の日の夕方には、学校がある場所に辿り着いたが。
「人家もない場所に立っているとは思わなかった‥‥」
大きいカイ君が口にした通り、学校の周辺には人家はほとんどなかった。あるのは教員と家族の住む住宅が幾つかだ。
「学校は、こう家がたくさんある中に建っているものだと思っていました」
自分の通った小学校のイメージで、日本の下町の様子を手真似付きで語ったソラに同意したのは、今回けっこう混じっている日本人だ。下町の生まれかどうかは別にして、学校だけがぽつんと建っている光景には、国籍を問わず誰もお目にかかったことがない。
けれども、この学校には三つの村から子供が通ってきていて、中間地点のここが一番利便性は良いらしい。緊急用の自家発電の設備と井戸は立派だが、子供達が全部集まれば百人を超えるのだから最低限の設備なのだろう。水汲みの労がないだけ、皆にも吉報である。
しかし。
「窓が‥‥穴だけですね」
「もしかして、最初から窓ガラスないの?」
宿泊先指定の学校には、ものの見事に窓ガラスも板もなかった。暖房だってないから、風は吹きさらしだ。ノイエと小さいカイが『これでは子供がかわいそう』と表情を曇らせたのに、メイは闘志を燃やしている。道具一式、持ってきた甲斐があるというものだ。
「どうもドアを直すのに窓を使ったように見えますが?」
一足先に中に入っていた一人のラルスが指摘して、メイの闘志に更に油を注いでいる。
「確かに木材が近くで取れそうにはないから、窓より扉を優先したのかもね」
「今夜寒いくらい、ナイトウォーカー退治に比べたら、よっぽどまし」
この間はひどい目にあったと、妙に分かり合っているライラとハトホルが『屋根もあるし』とあっけらかんと寝る準備をしていたが‥‥
その屋根だって、雨漏りするのである。今夜は星が瞬いているからよいとしても。
学校の生徒は百人、中学生に当たる年齢が午前中、小学生が午後に校舎を使用して授業を行っている。分けるのは校舎の都合と、一日授業だと家の手伝いが出来ないと通ってこなくなる子供が激増するからだ。
「それにしたって、もうちょい校舎にお金使って欲しいもんやわ」
集まった中学生はじめ、その場にいる人々のほぼ全員を使い倒す修理の臨時責任者のメイがアレクに文句を言っている。メイと大きなカイ君で調べてみたら、ざっと見ただけでもあちこち傷んでいるのだ。こまめな修繕が長持ちのコツなのだから、何とかしろと言うのは当然であろう。アレクにはそう言いつつ、子供達にはこまめに修繕の仕方を教えていた。大きいカイ君もその様子の撮影をしながら、傷んだ机の運び出しを指示している。
「そうしたいけれどね、頼んでいた人達が去年から出稼ぎに行っていて、頼む先がないんだよ。遠くから呼ぶと食費が足りなくなるしね」
「そのことですが、仕入れの回数を減らせるようにしたら有効かと思います」
ハトホルとアレクの間で始まった会話に、途中で買い込んだ缶詰を運んでいたソラをはじめ、皆何事かと思ったが。
学校があっても、生活に手一杯の家では子供も働かないと食べていけないから通わせない。それで給食を行って、通学を促しているのだ。食費は一部を家族から金銭か物品、労働で徴収し、足りない部分は寄付金で賄われていた。
「でも、それってずっとやるわけにはいかねえんじゃねえの?」
「我々が学校を作って二十年。最初は全額欧州からの寄付で賄っていたのが、今は三割が地元からの寄付になった。そのうちに全部地元で運営できるようになるさ」
ライラが『気の長い』と言いたげな顔になったが、ハトホルはその辺の事情も呑み込んだのか、教師陣が用意していた資料をめくってはあれこれと確認をしている。ライラもソラも、それを横目に屋根の上で元気なメイに補修用の板を渡してやる作業に戻っていった。小難しい計算や交渉に付き合えと言われるくらいなら、歌って踊れと言われたほうがまだましだし、力仕事をするほうが性に合っている。ソラは柔道が出来ると言ったら、『カラテは? カンフーは?』などと東アジアの有名武道を片端から上げられて、違いの説明にも四苦八苦している。ライラに尋ねてこないのは、お国柄だろう。彼女が何かしようとすると、慌てて少年達が手伝いに来るくらいだ。力はライラのほうが強いが、ここはまあ譲るべきだろう。
「カイ君、ここの車の映像も撮っておいてね。どうしても大きいトラックが必要だわ」
「引っ張らなくても、ちゃんと撮るよ。あちらもいい具合なんだから」
「こっちやったら、まだしばらくかかるでー」
屋根の上で、メイに教えられながら雨漏りする場所を直している少年達も、揃って手を振っている。しばらく時間が掛かろうと、この時しか撮れない写真と映像はある。
「車はいつでも撮れるわね。代わりに」
「寄付金がふんだくれるような写真になるかどうかは、約束できないよ」
子供達に『カラテー』としがみつかれていたソラと、板の持ち上げ方実例をしていたライラが笑い出した。
屋根の上で活躍中のメイは、少年達ときょとんとしている。
一日目の午前中はそんな具合で終わってしまったが、午後からは小学生がやってくる。彼ら彼女らは仕事をするより、珍しいお客そのものに興味津々だ。特にノイエと小さいカイは髪の色が目を引くので、まとわりつかれている。ラルスも見られることも仕事のうちなので、やはり何人かがついて歩いていた。
様子が変わったのは、ラルスがギターを出してきたあたりからだ。本職ほどではないと言うも、他には誰も彼ほどの腕はなく、カイとノイエが歌うとなったら伴奏者は彼しかいない。そのラルスも、サウンドオブミュージックの楽譜を貰って、練習の段階だ。
その練習に合わせて、ノイエに教えられた子供達がかなり調子っぱずれに歌っている。双方で音程や調子が外れること、数えたらきりがなかった。
「音程を取るのには、それほど自信がないのでどうしても外しますね」
「初見でそれだけ弾ければすごいと思うけどな。歌う側が、こういうメロディーに慣れてないみたいだけど」
こちらにはこちらの歌があるので、聞きなれない音階の歌は自然と歌ったことがあるものに近付いてしまう。小さいカイが一緒に歌っても、数が多い子供達は聞いたものを自己解釈で歌っていくので、だんだんややこしいことになってきた。ノイエとカイにラルスが加わって、声量では彼らもそれほど負けていないが、子供達全員に目を配るのはなかなか大変だ。
それでラルスが食事作りをしていたシンデレラを呼び出し、『歌えるモデルを目指せ』とノイエとカイの手伝いに放り込んだが、これがまた音楽的素養と集中力のない奴だった。
「この‥‥そんなにきょろきょろして、みんなの気を散らすんじゃなーい!」
別に歌を教えることそのものが目的ではないため、無理のないところで教えるのはやめにしたのだが、カイがシンデレラに怒ってみせた。一番落ち着かないのが彼女だったからだが、面白がって他の子供達がワーッと逃げていく。シンデレラも『鬼ごっこですね』と走り出し、ノイエも付き合いだした。カイとラルスはちょっと納得がいかないが、まあこういう遊びは世界共通らしいとカイが仲間に加わった。ラルスはもうちょっと、演奏の練習だ。
結局、子供達にミュージカルの名曲伝授はならなかったが、翌日に続々と集まってきた子供達の家族は誰が言ったのか『外国の鳥のように綺麗な声の人がいる』と楽しみに集まっていた。ノイエとカイはどちらも小鳥なので、確かに間違ってはいない。
ちなみに、そのミュージカル映画最高峰の舞台の説明には、大きいカイ君が撮り、集めた世界各地の写真から適当なものが使われた。小さいカイとノイエ、ラルスは歌ったり演奏したりで忙しいので、ストーリー説明はハトホルとソラが担当する。
相変わらず、子供達は今三つくらい調子が外れているが、楽しそうに歌っている。ところどころ、勝手に歌詞を創作している向きもあった。これに合わせるのはカイもノイエも大変だが、気難しい評論家が見ているわけではないので外れたらその時はその時。
途中から、地元の歌も混じり始め、何故かそれが得意らしいパナシェも手拍子を取りながら歌いだした。大人も混じって歌いだすのに、今日は撮影に回ったメイと大きいカイ君がビデオだ写真だ録音だと走り回っている。見事に手拍子だけで調子を取るのを、ちゃんとビデオに収めておこうと悪戦苦闘していた。
そのうちにシンデレラが地元の歌に合わせて、何故かライラの腕を取って踊りだした。一人で踊るのは嫌だが、土地柄男の人を誘うわけにはいかないということのようだ。誘われたライラは踊りの心得もないが、一緒になって踊りだした子供達に合わせて、しなやかに動いている。途中からメイとノイエ、ハトホルも加わっている。
やがて、今度は男性の踊りになって、昼食を挟んで、写真を見たり、自分の国や村の話をして、最後にクッキーを一人一枚ずつ渡して、交流はお開きになった。
「トラックの購入費用、カードを作って売ってみるかなぁ」
大きいカイ君が中心で撮った写真を眺めて、アレクは帰り道にそんなことを呟いていた。さりげなく最近撮ったペンギンの行列写真を取られそうになったカイ君は、狭い車内で抵抗している。
他の人々は半分くらいが悪路をものともせずに寝入り、残りは報告書をどうまとめるのか相談をしていた。
「次は半年後なんだけど」
パナシェのお誘いを皆が聞いたかどうかは、ちょっと不明である。