下積み生活〜稼げ、金!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 1.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/24〜10/30

●本文

『アルバイト募集。パンダやウサギと働ける、素敵な職場です。
 仕事内容、レジ、品出し、掃除など。
 ライブ、舞台の都合は極力考慮します。また地下に防音室有り、レンタル料2割引。
 連絡先は着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』パンダ隊長まで』

 日本の北の政令指定都市の端っこのほう、とある通りの突き当たりには神社がある。隣に保育園、周辺は昔ながらの住宅地、通りを挟んで斜め向かいに駐車場の広いコンビニエンスストアが一軒。それだけなら、日本全国津々浦々に似たような光景がありそうな、そんな場所だ。

 しかし、知っている人は知っている。
「パンダさん、おはよー」
「パパパンダ? お姉ちゃんパンダは?」
 毎朝七時半頃から始まる保育園児達の登園に合わせて、このコンビニエンスストアの前ではパンダの店員が現れるのだ。もちろん着ぐるみ‥‥ということになっている。
 ちなみに園児達が帰る時間に合わせても、パンダやトラ、ハムスターにリス、ウサギなどが現れて愛嬌を振りまき、時々はその姿で駐車場で劇を始めたりする。多分コンビ二チェーンの本部の人が知ったら、怒りにすっ飛んでくるだろう。

 しかし、知っている人はこれも知っている。
『着ぐるみ劇団ぱぱんだん』
 コンビニの裏手に回ると、こう記した看板が掛けてあるのだ。そう、このコンビニの前身は『パンダ酒店』。着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』前身の『笹村一座』の座長の酒好きが高じて開いた酒店である。
 それが時代の趨勢に流れ流されて、今では立派な全国チェーンの一員に収まり、演劇界に限らず芸能界の星を目指す新米達の生活費稼ぎの場となっていた。『ぱぱんだん』のメンバーが仕事でいなくなった時の穴埋めをさせられているとも言う。
 とりあえず、店は普通にコンビニエンスストア。やることは普通に店員。その気があれば、着ぐるみを借りて、保育園児に愛想を振りまいてもいい。
「これ、背中にチャックがあって、人が入ってるんだぞ」
 今時の子供はこのくらい言うし、昔から子供は蹴りを入れてくると相場は決まっているが、それでいいなら着ぐるみは借りられる。

 更に、知っている人はこんなことまで知っている。
「また蹴られちゃったでちゅ。今の子は可愛くないでちゅね。まみゃー、おにゃかすいたでちゅのー」
「人間のときみたいに、普通に話しなさい、普通に」
「ふちゅーでちゅ。あ、ねーね、おいもちょーだい」
 着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』が獣人のみ、それも大半がパンダ団長なる劇団長とその家族、親族で構成された、半分くらいは着ぐるみではない自前の毛皮で仕事をしている団体だということをだ。もちろん劇団長はパンダ獣人。四人もいて、すでに全員が成人している子供の一人がやはりパンダで、二人で『ぱぱんだん』の看板を背負っていた。
 もうちょっと知っていると、この娘パンダが獣化しているときは変な口調で話すことにまで詳しいだろう。

 こうした団体が経営しているコンビニなので、店員ももちろん獣人限定。つてを頼って、時々店員募集がかかる。最近の人気は、ハムスター獣人だ。爬虫類系は子供に受けないので、獣化するとパンダの爪が飛んでくる。
 しかし、このコンビニバイトには、一つうまみがあった。なんと地下に、防音スタジオがあるのだ。広さは十五畳、天井高は三メートル、床は板敷き、壁はコンクリート打ちっ放し。冬は暖房を入れても寒いし、夏は冷房がないからめちゃくちゃ暑いが、店員になるとここが優先的に、割引料金で使わせてもらえる。
 それと、
「あたらちいぴと、きゅるでちゅかねぇ」
「ジャガイモが取れすぎたから、たくさん食べてくれる人がいいわね」
 面倒見のよい副劇団長が、時々ご馳走もしてくれる。娘パンダと取り合う元気があれば。

 さあ、応募しよう、お金のない君!
 働けば体力増進、発声練習、嫌な客にも微笑める演技力がおもいのまま(かもしれない)
 とりあえず、世の中は先立つものがないと渡れない、世知辛いものなのだ。

●今回の参加者

 fa0163 源真 雷羅(18歳・♀・虎)
 fa1102 小田切レオン(20歳・♂・狼)
 fa1396 三月姫 千紗(14歳・♀・兎)
 fa1401 ポム・ザ・クラウン(23歳・♀・狸)
 fa1478 諫早 清見(20歳・♂・狼)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1747 ライカ・タイレル(22歳・♀・竜)
 fa1773 海斗(14歳・♂・小鳥)

●リプレイ本文

 例え芸能プロダクションに所属しようが、他人様より歌がうまかろうが、見た目がどれほど愛らしかろうが、仕事がなければその人は芸能関係者ではありえない。
 そんなわけで、この日の店の駐車場掃除は狼と虎の猛獣コンビが行っていた。着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』の皆さんは、店の責任者のお母さんを残して仕事でお出掛けだ。パンダと虎、狼が手を振り合うハートウォーミングな光景が先程繰り広げられたところ。この先一週間は劇団が忙しいので、アルバイトの狼と虎、小鳥に狸、兎に竜と鴉がコンビニを切り盛りするのだ。
「しっかし、一週間働いて一万ちょっとか。世間は厳しいよな」
「腕っ節だけで渡っていけないんだぜ、格闘家は天職だと思ったんだけどな」
 こそこそ、ひそひそ。
 彼らがアルバイトを始めるにあたり、パンダ団長から言い含められたことがある。
「うちぁね、着ぐるみ劇団なの。だから獣化している時は話したら駄目だよ?」
 すでに諫早清見(fa1478)と源真雷羅(fa0163)は言いつけが守れていないが、時間はまだ午前六時前。さすがに人通りはほとんどない。客も途切れたので、二人は落ち葉の積もった駐車場掃除をしているのだ。寒いので、獣化して気分だけでも暖かくしてみたり。素顔に冷たい風が当たるよりはまし、という程度だけれど。アイドル候補と格闘家見習いが鼻水たらして掃除はカッコがつかないのだ。
 それから一時間半後。そして、そのまた四十五分後まで、保育園に子供を送り届ける保護者が順番に車を停めては出て行く、もちろん子供達は見慣れぬ着ぐるみにおおはしゃぎで賑やかな光景の中、キヨミは学校に間に合う寸前まで、ライラは子供が途切れるまで、延々と無口に愛想を振りまく難しさを体感していた。
 サービス業って、奥が深い。

 早朝組から仕事を引き継いだポム・ザ・クラウン(fa1401)は、昼前に入荷した弁当を陳列棚に並べていた。さすがに店内の仕事は獣化せず、普通に頑張っている。体力に自信はないが、台車を使えば荷物も運べるし、店の掃除は諫早と雷羅が済ませてくれたしで、せっせと商品の補充中。そこに。
「ポム様、今、すごいものを見てしまいました」
 店内に塵一つ落ちているのも嫌と、トイレ掃除を買って出た聖海音(fa1646)が戻ってきて、ポムの横で両手を組み合わせた。ポムが見たところ、非常におっとりしている彼女が何を『すごい』と言うのか、すぐには察しがつかなかったが。ポムも後程判った。
「手すり、暖房、緊急連絡ボタン付‥‥ここ、コンビニだよね」
 自分の仕事場がどこか分からなくなるような、広くて綺麗で設備が良くて、ついでに洗面所には生花まで活けてあるトイレを、ポムは初めて見たような気がする。
 次のシフトに変わってから、彼女達はそれぞれの仕事、バーの歌手とホスピタル・クラウン見習いに戻って、使って気持ちの良いトイレの観察をしていた。

 夕方からのシフトを主に担当するのは、内緒バイトの中学生三月千紗(fa1396)とライカ・タイレル(fa1747)。二人は同じプロダクションに所属しているアイドルの卵なので、将来のユニットデビューに備えて一緒に仕事をしたいと希望したのだ。ついでに、ライカの時々謎の日本語を理解するのが、チサだというのもある。
「いーらっしゃいまーせー」
「違うの、その発音はものすごく違うの」
 募集要項に年齢条件を入れ忘れたのと、何か切実にお金が欲しいチサにほだされたパンダ団長がどうやってか給料を捻くり出す算段をしたので、二人は一緒に働いている。休憩時間にライカがチサの教科書を眺めて漢字の読みを覚えているが、そもそも一人で読んでもきっと分かっていない。
 そしてチサは一人でレジを担当するには、もちろん問題がある。彼女は見るからに中学生だ。それで、『ぱぱんだん』副劇団長も、二人と一緒。発注や何かをしているので、ライカがいると奥に引っ込んでしまうのだが。
 初日は延々と、ライカの謎の『いらっしゃいませ』を直そうとするチサの姿が見られたらしい。

 すでに晩秋で、日が暮れるのは早い。そしてコンビニは煌々と明るいと相場が決まっている。
「スポットライトで、自分の曲を熱唱したいじゃん。もちろんでかいステージで」
「そうだね。でも今は、まずバイト代で携帯買って‥‥焼き芋だめなんだねぇ」
 先程まで、次々と帰宅する保育園児達に無言で愛想を振りまいていた小田切レオン(fa1102)は、人間の姿に戻って期限切れ弁当を引っ込めているところだ。ほんの数個だが、このままゴミ箱行きは勿体無いなぁと思っていつつ夢を語れば、海斗(fa1773)はいやに現実的なことを言う。そう、携帯電話を買うのも、もちろん使うのもお金がいるのだ。世の中は世知辛い。
 しかし、二人はある企みで意気投合していた。休憩時間に海斗がその企みのポスターまで作ってしまうほど、意気投合した。もちろん店で使うポップも作ったし、レジも商品の陳列もあれもこれも二人で頑張ったのだが‥‥
 コンビニ店長であるところの副劇団長は、話を聞いて一言『日曜は保育園お休み』と告げたらしい。

 そして、アルバイト二日目。皆が必ず見るようにと言われているホワイトボードには、二つの企画のお知らせが張り出してあった。
 契約最終日曜日、日中に『ぱぱんだん』の名前で駐車場でミニイベント開催。各自得意な芸の披露が可能。夕方から、笹村家庭で『カレー作り』開催。材料持ち寄り、または割り勘。ジャガイモと玉ねぎは笹村家提供。笹村家は『ぱぱんだん』団長一家のことである。これはコンビニ商品ではないので、他人様には売れない。内輪の集まりだ。
 あともう一つ。
『廃棄弁当の持ち帰りは禁止です。違反すると、パンダ隊長に成敗されます』
 そんなものが張ってあったが、見なかった振りをしたのが何人も。だって、弁当が捨てたら嫌だって、囁くんだもーん。その場で食べたから、持ち帰ってないし。
 ポムが副劇団長こと笹村ママに聞いた話。
「はー、良くいますか。持って帰る人。食中毒なんか大丈夫かな」
 海音が気付いたこと。
「そういえば、ごみ出しって私のシフトに入っていませんけれど」
 海斗が呟いたこと。
「えー、持って帰ったら駄目なんだって。失敗」
 他、沈黙したのかしないのか。

 ところで、このバイトの利点は防音スタジオが割引料金で借りられることだ。とはいえ、レッスンに費やす前に衣食住優先が多いのか、単なる時間や専門の都合か、今回希望したのは海音とレオの二人だけだった。前後にも予定が入っていないので、ちょっと時間が伸びてもいいとありがたいお言葉付き。
 でも、何かいきなり海音が作ってくれた弁当を食べているレオがいる。腹が減っては声が出ないという理屈らしいが、もしかするとスタジオ代のために節約中かもしれない。
「ごちそうさん。あ、日曜来れる? そのときの曲も一緒なら、みんな驚くんじゃねーかな」
「あら、それは確かに。そうしましょう。お店のお客様の層からすると‥‥」
 キーボードがあるというから、出来れば演奏付き。日曜なので保育園の園児達は多分いない。でも近くに小学校があるというから、そこの子供達が遊びに来るかもしれない。
 そんなことを考えつつ、何曲か互いに知っている曲をあげて、ピアノで声を合わせてみる。ふと思えばアイドルの卵達が他にもいるのだから、当日は巻き込んでしまえと話が膨らんで。
 結局二人は、最初の予定より多くスタジオを借りたようだ。

バイトも半ばを過ぎたある晩のこと。この日の深夜勤務は、キヨミとライラとポムだった。棚の一つが傾いているようなので、人が少ない時間帯に直すことになったのだ。もちろん力仕事はライラとキヨミの担当である。
「ここのねじが緩んでるから、この方向に傾くんだな。まっすぐにしてから締めるか」
「商品出すの面倒じゃん、お客いないし獣化、獣化」
 レジの横で、肉まんの補充をしていたポムに店番を任せ、二人は店の奥の一度事務所に入った。さすがにいつ誰が来るか判らないところで、半獣化でもするのは不味い。それはやったらクビだと、初日に言い渡されている。
 と。チサが再三言っていた、『なんか嫌な予感する』が的中した。いや、ポムだって、店の前に変なお兄ちゃんお姉ちゃんがたむろしたときの対応は出来ると言った。ライラとキヨミはもっとはっきり、『強盗が来たら倒す』と明言した。
 言うから来るのだ、そういうのは。たぶん、もしかすると、きっと、そうかもしれない。

 翌朝。
「ゴートーで捕まったって?」
 どこから聞きつけたのか、朝市でやってきたライカが事情聴取三時間コースから解放されたばかりの三人に言った。『で』と『を』の間違いは、まったく正反対の意味になる。チサが毎朝の『ごみ出し』習慣で寄った時には、あわや店の前で竜と虎と狼と狸の大乱闘が始まるところだった。多分、誰か一人くらいは止めに入るつもりだったのだと思われるが。疲れているときには、些細なことで腹が立つものだ。
 やはりどこかで聞きつけて、様子を見に来た海斗がおやつのひまわりの種を皆に分けてくれた。
 ポムとシフトを代わってもらっていたレオは大変に恐縮していたが、強盗は虎と狼と狼に追い回されるより、せめて狼の片方が狸であっただけ幸運だった。ポムがいなかったら、強盗の前に傷害で捕まる誰かがいたような気も‥‥
 この日の笹村ママは、とてもお疲れだった。

途中に事件はあったが、おかげで日曜日のイベントには結構な人出があった。
そうして、なかなかご一緒できなかったパンダ団長や団員の皆さんも参加して、『着ぐるみ』だらけになった駐車場では、本職より海斗と海音が人気を集めていた。鴉と小鳥、どちらも見事な羽があるので、来た人達が興味深げに『どうやって背負っているか』を見ようとするのだ。『ぱぱんだん』には翼のある団員がいないので、尚更珍しいのだろう。
「ライちー、真打とーじょーでちゅ。準備ちまちたきゃ?」
「この日本語がよくて、私がダメってずるくない?」
 ライカもライラも『ライちー』で呼び分けがない看板娘パンダに呼ばれたライカは、『竜になれ』と団長に押し切られて獣化したところ。それまでの間は、ポムがイベント前客引きでクラウンの本領を発揮している。でも、別の仕事があるので一度お別れ。ホスピタル・クラウンの修行に行くからだ。
 またねーと子供達に手を振っている狸クラウンは、顔は笑顔、でも心の中で海音とカイが『自分も一度ここから離れたい』と思っていた事に気付いただろうか。引っ張るなといっても、みんな引っ張るのだ、羽を。ちょっと痛い。いや、かなり痛い。でも海音は笑顔で我慢、カイは引っ張る子供を抱えて一緒に踊りだした。歌って、踊って、捕まらないようにしよう!
 そんな彼らの横では、狼達と虎が子供達に『退治』されまくり、向こうではエプロンドレスを着せられた兎が子供との写真撮影をひたすらにこなしている。パンダ団長は、手馴れた様子でポーズまでつけて、家族写真に納まっている。
 でも、ライカが皆の目を釘付けにしてくれたから、疲れた人達はそこで休憩して、ミニコンサートの準備をしたのだった。キヨミだけ、パンダ団長に引っ付いて、しばらく子供の相手をしていたが、これはサービスの方法を学んでいたものらしい。途中から、お手などさせられていたが、子供に受けたのでいい‥‥のだろう。
 その後、アイドルの卵達と歌手の歌声が長いこと響いて、リクエストもあって、なんだか予定時間を随分オーバーしてから、イベントは終わったのだった。

 チサ、鳥皮と特売と値札に書いてある白菜。カイは人参。レオ、カレールー一箱。海音も人参と小玉ねぎ。ライカ、小さめのホタテ。ポム、冷凍豚肉たくさん。キヨミ、ちょっと贅沢しておいしい福神漬けとらっきょう。
「あたいは働く」
 ライラ、労働力。
 アルバイトの八人から以上の提供を受け、カレー作りは行われた。なにしろイベントが予定より遅く終わったので、皆空元気状態だったが大丈夫。ライラとカイが山を成すジャガイモで色々作ってくれたし、ポムはお肉に下味をつけてやわらかくしてくれた。皆で手分けして作ったから、思ったより早く出来たし。
 煮込みが足りなかったのは、まあ気にしない。ちゃんと火は通っていたから心配ない。
 ただ。このときとばかりに食い溜めに走った何人かによって、カレー争奪戦が繰り広げられたのだ。足りない材料は割り勘だから、食べねばもったいないと考えたのだろう。
 少なくともコメ代は、後でバイト代から差し引かれるのである。誰も持ってきてないし。
 それはもう、熾烈な争いだったらしい‥‥

 そして、アルバイト代の受け渡し。それは世知辛く、厳しい現実を数字で示す、嬉しくも悲しい時間なのだが。
「うわぁ、諭吉さん。これで年末までの給食費が払えます〜」
 チサのこの台詞を聞いたら、誰も何も言わなかった。

 次は、芸能人らしい仕事があったらいいなと思っただけで。