下積み生活〜一芸必須?アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
不明
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/29〜06/02
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●本文
札幌市内に事務所を構える着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』は、その名の通りに着ぐるみをまとった人々が活躍する劇団である。全員獣人で、時々、いやほとんど自前毛皮で勝負しているが、建前は『着ぐるみ』劇団。
主な活動は子供向け演劇だが、商店街の福引の宣伝でも、警察の交通安全週間の集まりでも、特注芝居の製作、実演でも、スキー場での華麗な滑りの披露でも、結婚式のお手伝いでも、子供の誕生会の盛り上げでも、けっこう何でも依頼があればやる。
ついでに、副業としてコンビニエンスストアを経営し、その地下には練習場兼貸しスタジオがあり、自宅兼店舗の敷地の一部は小高い丘で笹竹の筍を掘りに近くの保育園児が訪れ、一般家庭のものとは思えないだだっ広い家庭菜園を持つ、多角経営の劇団である。
この『ぱぱんだん』の劇団員は、団長笹村恵一郎の家族と親戚一同だ。大抵それだけでは手が足りないので、臨時で人手を募集することがよくある。
そんな『ぱぱんだん』のある日のこと。
電話が鳴った。応対に出たのは、団長の長男、笹村睦月である。
「もしもし、着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』笹村です。あ、社長、お久し振りです」
なにやらしばらく、話していた。
また電話が鳴った。出たのは睦月の妹の笹村カンナ、自宅ではほとんどずっとパンダの姿のパンダ獣人である。
「もしもし、あ、しぇんしぇー」
幼児語の奇怪な変換状態で、随分長いこと会話していた。
三度、電話が鳴った。今度は睦月とカンナの弟の葉月が出た。
「もしもし、着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』笹村です。葉月本人ですが‥‥おや、お姐さん」
こちらは手短に、要件を済ませて切れた。
最後の電話は、睦月、カンナ、葉月の従姉妹だが、姉妹同然に一緒に住んでいる初美が取った。
「いつもお世話になっております。着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』笹村です。なんだ、あんたか」
どんな話だったのか、めちゃくちゃ怒鳴り散らしていた。
そうして、最後の電話の後にこの四人が顔を合わせて、一時に告げた。
「葉月、カンナ、二人ともこの辺の予定が空いてたら、いつもの会社の手伝いに行こう」
「あらちね、きょんどね、しぇんしぇーのおちぇつだい、ゆくれちゅよー」
「誰か、すすき野に一緒にバイト行こうぜ」
「ねーねー、悪いけど急ぎの仕事手伝ってー」
仲良く『この日』とカレンダーを指した指の位置はほぼ同じ。
順番に事情を話して分かったのは、それぞれに常日頃世話になっている人から仕事の応援を頼まれ、引き受けた。その際に人手がいるので、いつものように身内をあてにしていたら、今回は頼まれ仕事が重なって、明らかに人手が足りないのだ。
「誰か、大型免許の持ち主。この際力仕事だけでもいいや」
「きょろものおちぇわー」
「い、飲食店の厨房担当、よし、間違ってない」
「ウェディングドレスが作れる人、器用ならコサージュはいけるでしょ」
着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』、時々はまったく別種の仕事をお手伝いすることもある、多芸な人々の集まりだった。
そうして、人手が足りないので、アルバイトを募集する。
『短期アルバイト募集、以下の条件に当てはまる方若干名ずつ』
・運送会社の荷物仕分けと引越し作業員
力仕事なので、男性推奨。大型免許があれば、男女問わず。勤務時間八時から十七時。残業の可能性あり。
・すすき野内二十四時間託児施設、夜間保育補助(十八歳以上)
資格不問。あれば給与優遇。子供好きで徹夜に強い人歓迎。勤務時間二十二時から翌七時。
・すすき野内飲食店厨房スタッフ(十八歳以上・外見が達していれば実年齢問わず)
食物、調理系資格取得者、給与優遇。料理好き歓迎。勤務時間二十二時から翌六時。
・ウェディングドレス他小物製作補助
洋裁、各種造形の得意な人。資格不問。器用な人大歓迎。勤務時間、作業内容により変動。
●リプレイ本文
●ジューンブライドは辛いよ
デザイン画を見て、ライカ・タイレル(fa1747)が若い女性らしく表情を和ませた。その隣のダミアン・カルマ(fa2544)は対照的に渋い表情だ。なにしろ、デザイン画が出てくるということはオーダーメイド、途中でそれに気付いたライカも困ってしまっている。
けれども、今回の仕事の主戦力であるところの笹村初美はまったく動じていなかった。理由は出てきたものを見れば一目瞭然で、ドレスは仮縫いまでが済んでいたからだ。
「それなら、丁寧に縫えば大丈夫かな。僕は小物の作成が希望だけど」
「私‥‥得意なものは、実はあんまり」
カタログモデルの仕事の斡旋はしてもらえないものだろうかなどと考えていたライカは、格別洋裁や造形の経験があるわけではない。しかし、性格を問われて『同じことを続けるのは、それなりに得意』と答えたので、その辺は不問にされた。
「これを、こうして‥‥こんな感じ?」
「そうそう。上手じゃない。じゃ、百八十枚よろしく」
彼女達が作るのは、初美の友人が従姉の結婚式用に作っていたドレスだ。こちらに回ってきた理由は、友人が階段を転げ落ちて利き手の指を骨折したから。ダミアンには日頃滅多にやらない仕事に触れるいい機会だし、ライカも衣装の製作を間近に見ておけばいずれ何かの役に立つかもしれないが‥‥
「人生最大の舞台に立つ人のものだから、丁寧にいいものを作らないとね」
と言うダミアンと、それに頷くライカに、初美は言った。
「今時、何回もやる人いるじゃない」
「でも‥‥これ、高いから」
とにかく丁寧なお仕事、を合言葉に、気を取り直してそれぞれの作業に入る二人と、ミシンのセットを始める一人の姿があった。他人様の結婚式に変なものを渡したら、それこそ一生恨まれかねない。真面目に働くのは良いことだ。
そうしてライカはブーケの薔薇の花びらにする布地を延々と切り取り続け、ダミアンはティアラの土台にビーズを貼り付ける作業に邁進した。どちらもそれが終わったら、まるで内職のように薔薇を作る作業が待っている。
ところで。
「パエリアを、自分で作る? エビ‥‥頭が付いてる」
「はい、材料費」
昼の休憩で自作の弁当を広げたダミアンに、ライカと主に初美が強請って、二日目からの弁当を作らせていた。挙げ句に彼は、たまたま出掛けに電話してきた親が『この際嫁に行くのでもいい』とお抜かしあそばしたので、三日目あたりにはブルーになっていたが‥‥自分がまったく努力せずに、安く美味しいものにありついたライカと初美はまったく気付きもしなかった。
なにしろその頃には、ライカが切った百八十枚の花びら用布地を、延々と張ったり縫ったり丸めたり、色々として薔薇の形に成形するのに揃って忙しかったからだ。
「あ、それは僕がやるから」
それなのに、細かいところでコテやペンチを使うような仕事は、率先して引き受けてしまう、気配りのダミアンだった。
これで完成しなかったら、なにか大変なことになっていたかもしれない。
●力仕事は技術と呼吸
源真 雷羅(fa0163)とトシハキク(fa0629)に笹村睦月の応援三人を見た運送会社の社長は、あからさまにほっとして見せた。ジスは若いが舞台などで大道具の経験があるし、ライラは女性ながら見るからに鍛え上げた体格である。
「細やかな気遣いとか期待されると、困るけどさ」
「俺も力仕事は自信があるが、それはちょっとな」
幸い、今回の仕事は事務所の引越しで、だいたいのものは先方が箱詰めもしてある。一般家庭のような食器や繊細な家具、道具類はほとんどないので、要するに運ぶだけらしい。
ただし、通常の引越しとちょっと違うのが。
「行き先が二つあるんだ。仕分けを間違えると、仕事が増えるから」
じゃあ、まずは適当な運び方と指示を貰って、いい加減な仕事はしないように覚えなくてはと熱心なジスとライラに、現地でまず任されたのはすでに梱包された箱を運び出すことだった。箱には行き先別に白と青のテープが張ってあるので、二人で分担を決めて片方の色テープ付きだけを運んでいけば間違えない。
「さっきの背の高い女の子はどうしたかな?」
「あれ? あたい以外に女の人、来てましたっけ?」
途中、社長が『書類ぎっしりの段ボール箱二つ』を軽々と運んでいたライラに、当人の行方を尋ねるハプニングがあったが‥‥作業は予想以上に快調だった。ライラもジスも箱を肩に担いで、さっさと歩いている。彼女と彼には、用意されていた台車はかえって邪魔なのだ。台車を使うと一度に五箱は運べるが、代わりに他の人達が作業のために広げた梱包剤を避けたりと時間のロスも大きい。
それなら一度に二つでも、せっせと自分で運んだほうが楽だと、一階の事務所で階段の苦労がない二人は思っていたのだった。更に。
「壊れ物がないのがありがたいな」
その箱の重さだと、慣れない人は荷台にあげるのも苦労するんだけどねと社員に言われたジスは、これまた元気良く荷台に箱を入れていた。ライラも同じく。もちろん積むトラックを間違えたりはしない。
とはいえ、二人共にただ肉体労働にいそしんで、昼にはライラが持たせてもらった弁当を食べていたわけではなく‥‥
「さっきの、床に座布団を敷いて棚を滑らせていた方法、後で教えて欲しいんだが」
「荷物の梱包の仕方っつうのを習っておくと、後々便利かも知れねェ‥‥」
運送屋の大きな家財を運ぶコツや、少ない資材で壊れないように物を包む技術などをすかさず入手していく。それぞれ大道具係、中東で遺跡発掘手伝いをしていると聞き、二人の働きぶりに大満足していた運送屋の人々は快くそれらを教えてくれたが、まさか引っ越し現場で実践するわけにも行かないので、お茶に呼ばれた笹村家で練習していた。
「覚えてどうするんだ?」
「仕事で使うに決まっているじゃないか」
「遺跡でなんか出た時に、壊したらまずいじゃん?」
練習ついでに、笹村家のたんすの裏の掃除をさせられた二人の練習が実を結んで、ちゃんと役に立つかどうかは、後日の仕事内容と彼らの記憶力による。
先のことは別として、一緒にお茶をしたウェディングドレス製作組よりも、何故かこちらの二人のほうがよほど元気だった。
●真夜中の戦い・壱
そんな日中の仕事の人々と違い、夕方起きだして出掛け始めた蘭童珠子(fa1810)とイルゼ・クヴァンツ(fa2910)と笹村カンナは、古びたビルの二階に辿り着いていた。中からは、妙に賑やかな子供の声がする。時間は夜の十時、そんなに早い時間ではないのだが‥‥
「タマちゃんとイルちゃんでっす!」
なにやら『仕事のスイッチ』を入れて元気なカンナが、ものすごく簡単に二人を紹介する。園長先生は白髪頭の見たところ六十代前半、縦にも横にも大きな肝っ玉母さん風だった。というより、入った途端にそうなんだろうなとイルもタマも思ったのだ。
「ああいうの、米俵みたいって言うのよね」
「米俵‥‥荷物だろう」
たいして感想は変わらなかったようだが、両脇に赤ん坊を一人ずつ抱えた先生は、その子供達をタマとイルにパスしてくれた。どちらも眠そうな顔でぐずっているので、あやしてくれと言うことらしい。
「カンナちゃん、ここの保育園に通ってたの?」
「うちの前の保育園。先生は定年まであそこにいて、それからここをやってるの」
初対面の赤ん坊を抱かされて硬直気味のイルには気付かず、タマとカンナはのほほんと会話をしている。この二人は保育士資格があるので、多少のことでは動じないらしい。
「負けない」
何に負けないと思ったのか、気を取り直したイルが抱いた子供の背中を撫でている。髪の毛を握られて痛いのは我慢だが、そもそも彼女はあまり表情豊かではないのでこちらの苦労は少なかったようだ。タマがあやしている子供より、早く子供を寝付かせて、さてどうしたものかと思ったところ。
この時間だというのに、目がパッチリと開いた小学校低学年の子供がイル目掛けて駆け寄ってきたのだ。悪戯しよう、と顔に書いてある。
「イルちゃん、こっちこっち」
タマが慌てて避けろと腕を引いてくれたが、カンナはもっと直接的だった。駆け寄ってきた子供を体で受け止めると、えいやと床に押し倒したのである。寝なさいとかなんとか言っているが、子供はめちゃくちゃ楽しそうだし、他の子供達も寄ってきて、次々とカンナにまとわり付いている。イルもタマも、寝かせた子供は三階の部屋に寝かせて、今度はカンナの救出に走らなければならなかった。駆けつけた時には、皆に潰されかけている。
親のほとんどはタマが考えた通りに近隣の飲食店などで働く人達なので、時間もまちまちに迎えに来る。その対応をしたり、寝付かない子供に絵本を読んでやったり、船を漕ぎ出したら三階の寝室に運んだり、トイレの付き添いをしたり、オムツを換えたり、三人は忙しく働いた。眠いと思う暇がほとんどなくて、でも気が付いたら意識がしばらく飛んでいて、子供に鼻をつままれたりしていたが、本当に良く働いた。
「そのうち、あたしもお母さんになって、自分の子供で大変な思いするのかも」
「お母さんか‥‥いいな」
夜明け頃、疲れ果てたタマとイルが楽しい想像をして気持ちを和ませていたら、添い寝をしていた子供が言った。
「おしっこ、でちゃった」
ここで怒っていては、優しいお母さんにはなれないが‥‥あと五分早く言ってくれと思ったのは事実だった。世の中は、こんな風に毎日毎日ままならない。
●真夜中の戦い・弐
飲食店だけど、それほど難しい料理はないからと笹村葉月に説明されていたので、ポム・ザ・クラウン(fa1401)とリュシアン・シュラール(fa3109)は行き先をどこだろうかと思っていたのだが‥‥到着したのは居酒屋でもファミレスでもなかった。
「葉月君、ここ、ここって」
「聞いてませんよ、本当に大丈夫なんですか」
「平気。ホールには出ないから」
到着したのは、綺麗な小紋で着飾ったお兄さんに見える『お姐さん』が経営する、ゲイバーだったのである。店員は綺麗だったり、いかつかったりと色々なタイプの『お嬢さん』達。平然と挨拶している葉月を、まるで宇宙から到来した異星人のような目で眺めてしまったルカとポムだった。自己紹介したら、芸名なのに『可愛い源氏名ね』と言われるし。
確かにメニューはホットケーキと果物の盛り合わせ、ザンギとフライドポテトなどで、一番手が掛かりそうなのが海老と水菜の生春巻きあたり。ザンギは北海道地方で鶏の唐揚げのことだと教えてもらえば、ルカにも十分対応可能である。後は注文が入ってから遅れずに作れれば良い。
下ごしらえも、葉月の友人でここの厨房スタッフが整えておいてくれたので、それほどすることはない。とりあえず二人が動線や厨房設備の使い勝手の確認がてらにまかないの料理を作っている間、葉月は延々とお姐さんと話しこんでいたくらいだ。ただし。
「コーディネイトの趣味が良いし、顔もいいので、ホールでも稼げるって」
「出なくていいって言いましたよね。ポムさんも聞いてましたよね?」
「からかったら駄目だよ、葉月君。断ってくれたのはありがたいけど」
どうも葉月は、お姐さんのルカをホールに出したい希望をはねつけるのに忙しかったらしい。その腹いせではないだろうが、せっかくポムとルカが作った賄いにしては見た目豪勢な、でも安価な『アスパラと帆立貝紐のからしマヨ和え』と『新じゃがとアスパラの明太子マヨネーズグラタン』を食べ損ねていた。お嬢さん達に美味しいと大人気で、あっという間になくなったせいもある。
「肉と魚と野菜で包丁とまな板も変えてあるけど、果物はどうしよう?」
「なるほど。お客様に出すものだから、そういうところにも気を使うのですね」
「「食中毒防止も兼ねて」」
果物用のまな板を出してきながらの葉月と、使った魚介類用のまな板をざかざか洗っているポムの言葉が重なった理由に、ルカはちょっとどきどきしたようだが、すぐにそれどころではなくなった。開店当初はともかく、深夜になるにつれてお客が込んでくるのだ。お菓子作りが得意なルカは延々とホットケーキを焼き、ポムはひたすらに生春巻きを巻き、葉月達が果物を美しく盛り付けるといった作業に勤しむ二時間が存在した。
挙げ句に二日目。
「昨日のあれ、美味しかったからお客さんに食べさせてあげたいのよね。よろしくぅ」
と、お姐さんがいきなり言い出したもので、なおいっそう大変な目にあった三人だった。大変なのは、通常より厨房スタッフが一人足りないせいもあるらしい。それでもポムもルカも、他の仕事に向かった人々に弁当や差し入れを作るのを欠かさなかったあたり、たいしたものだ。
もちろん店にも持っていったそれらのものは、ルカの持ち込んだ弁当を作ったのが誰かという話と共に、お姐さんとお嬢さん方の楽しみになっていた。
でも、スカウトはどちらも丁寧にお断りしている。
●働き終わって、日が昇ったり暮れたり
ウェディングドレス関連製作も、運送屋の事務所引越しアルバイトも、二十四時間保育所夜の部も、すすき野ゲイバー厨房修行も、一応は無事に終わった。ものすごく疲れ果てている人が何人かいるのは、きっと気疲れ。
一番疲れていたのは、
「ほら入れ違いにお仕事だったからぁ、連想ゲーム?」
子供の相手をして、お母さんになる気分を味わったタマの『専業主婦だったら旦那さんお出迎え』連想ゲームに突如付き合わされ、『お帰りなさい、あなた』とほざかれた睦月だったと認めることに、誰も文句はなかった。