撮れ、特ダネ〜遭難現場アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/05〜11/09
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●本文
現在、弱小番組制作会社『るうぷ』の面々は喜びの涙に暮れつつ、お手製ピザトーストをむさぼっていた。
「仕事だわー」
「真面目にやっていれば、神様は見ててくれるですね」
「はー、事務所の家賃が払える」
彼らがこれほどまでに喜んでいるのには、もちろん理由がある。
『るうぷ』ははっきりキッパリ弱小の番組制作会社だった。単独で番組の作成などしたことはない。大きな会社の下請けに入って、番組の中で使う映像を撮るのが仕事だ。例えば夕方のニュースショーの『特集、○○の真相を暴く!』や『実録、××』などで、片隅に『再現』『資料』と入るような映像をだ。たまにワイドショーやレギュラー番組の、似たような映像撮影が回ってくることもある。
正確には、あった。
そもそも『るうぷ』はかなり高齢の社長は名ばかりで、専務と営業部長が長らく会社を切り盛りして来た。けれどこの二人がいつからか些細なことで争うようになり、仕事が今ひとつうまく行かなくなっていたのだ。そうなれば、幾らこれまでの実績があってもいい仕事が回ってこなくなる。
それで争いは激化し、ある日突然に、専務派と営業部長派双方の、つまりは管理職から一般社員のほとんどが退社するという事態になった。残ったのは、高齢で会社に顔を見せることもままならない社長と、社長縁故で入社した営業部主任と経理部一般社員と記録部照明担当の四人だけだったのだ。
どうやら専務と営業部長も『こいつと一緒に仕事はできん』と短気を起こして、相手の動向も確かめずに手勢をまとめて退社したらしい。双方とも、向こうが辞めるなら残っていればよかったと思っているだろうが、もはや取り返しはつかない。新天地で頑張るしかないのだ。
そんな事情の元に、ある意味周囲の思惑から外れていた鈍い社員だけが残った『るうぷ』では、事後処理に追われた三人がふと我に返ると『会社の資金が全然ない』という事実にのしかかられていた。このままでは、自分達の給料も払われずに、会社が潰れてしまう。
けれど、社員の大量退職はもちろん関係業界に知れ渡っていて、どんなに営業活動をしたところで仕事が取れるとは思わない。なんとか穏便に会社を畳むしかないのかと考えていた矢先、仕事が来たのである。
『奇跡の生還〜ハイキング一転遭難、雨の山での一昼夜』
これの、再現映像撮りである。
秋のハイキングを楽しむはずだった六人の男女が、何者かによって方向が変えられた標識を信じて道を進み遭難、雷雨の一昼夜を身を寄せ合ってしのいだ事件である。本人達の証言から再作成された脚本を、ドラマ撮りすればよい。
幸い『るうぷ』には撮影に必要な機材は一式残っている。ただし照明係しかいない。
また撮影場所や道具の手配をしてくれる人材も残っている。一人だけだが、多分足りる。
必要経費の計算は、何の心配もない。ものすごいしまり屋が、しっかりやってくれる。
そして仕事があれば、人は雇って雇えないことはない。
もちろん『るうぷ』は、残った少ない資金で人を雇うことにした。
ハイキングに適した山の中、半日程度の山歩きを楽しむつもりだった六人が遭難。雷雨に打たれながら一晩を耐え忍び、翌日自力下山するまでを再現、撮影する人員募集である。
●リプレイ本文
今回の仕事は、潰れかけの製作会社の助っ人。
直接言ったら失礼になる蓮城久鷹(fa2037)の発言は、それでも的を射ていた。集めた『遭難した男女六人』の役を務めるのが、ほとんど全員演技素人、男女比不均衡というあたりで、『るうぷ』の手際の悪さが知れようというものだ。役者は卵でも高いからと、経理担当が叫んでいたような気もするが。
せめて、男女比くらいは考えようよと、今回唯一女性のポム・ザ・クラウン(fa1401)は当初思っていたのだが‥‥もりゅー・べじたぶる(fa1267)の姿を見たら、笑ってしまった。多分、他の皆も多少の差はあれ笑っている。
笑えないのは、小田切レオン(fa1102)。『るうぷ』社員の協力も得たが、こともあろうに遭難したのは女性四人と男性二人なのだ。身長に難があるが、彼も女装仲間である。
重杖狼(fa0708)が手配してくれた服を着込み、『るうぷ』営業の皆川紗枝に化粧品を塗りたくられているもりゅーとレオを、たいていは面白そうに眺めているだけだ。
ともかくも、ヒサと共にカメラマンを買って出たハグンティ(fa0088)と『るうぷ』のワゴン車二台で現場に向かったのは、蓮城がテレビ各局からインターネットからで確認した『昼過ぎから雨になる日』だった。季節柄、大変に寒い。
『るうぷ』のワゴン車の運転を買って出たジーン(fa1137)は、目的地到着があまりに早かったので不満そうだ。そして、到着したキャンプ場裏の小山を見て、無愛想さに磨きをかけた。
そうかと思えば、瑯羽(fa1693)は『これくらいなら飛べば迷う余地もないな』と呟いて、『今回迷ったのは人間だから』と突っ込まれている。確かに翼のある獣人が遭難することは滅多にないだろうが、そんな映像は再現ドラマにならないので却下。テレビ局だって流してはくれまい。
とりあえず撮影班にヒサとハグンティ、『るうぷ』の金山圭吾、その補助と大道具、小道具管理が重杖、遭難した中学校教員グループの男性教師にジーンとロウ、女性教師にポムと皆川と女装したもりゅーとレオ、荷物番と食事当番が『るうぷ』経理の英田雅樹で、撮影開始である。
今回の撮影は、中学校のハイキングの下見を兼ねて遊びに来た六人が、何者かが方向を変えた標識をみて進んだために道を見失い、途中で熊と思しき動物を避けようとして半数が土手を転落、女性一人が足の骨にひびが入る負傷をした上、雨天の中で一晩を過ごし、翌朝怪我人を連れて自力下山した話をかいつまんで撮影する。よって撮影は一日だ。
「えーと、熊の役はハグンティさん、この爪跡のみって指定はヒサさん? 迫力足りなくないですか?」
「獣化しても本物とは違うから、安全策だ。流石にそこまで誤魔化せない」
すでにロケハンに訪れて、撮影の準備万端のヒサは、ハグンティのちょっと残念そうな表情は脇に置いて断言する。確認したポムはふむふむと頷いて、非常に簡素な台本になにやら書き込んでいた。
「怪我人役はもりゅー、ロウさんが音楽、ジーンが英語、レオも音楽なんだ。ポムも英語で、もりゅーは国語、紗枝さんは日本史。髪はこのままでいいのかな?」
ポムが言うのももっともで、本人とジーン、レオはどう贔屓目にみても一般的な日本人教師ではない。金髪銀髪で教師を名乗るのはどうかと、当人達も多少は思っただろう。
「平気。私立中学で、よその国から招いた教員が多い学校だから。ちゃんと履歴書の写真見て選んだのよ、あたし」
本物の外国人俳優は高いからと、紗枝は正直だった。レオともりゅーはちょっと唇がとんがったが、ジーンとロウはあまり気にしない。というより、細かいことには関心がないようだ。
「おおい、これが撮影用の標識だから、間違えないでくれよ」
雨にならないうちに道に迷う前のところを撮ってしまえと、カメラの防水設備も万端のヒサとハグンティに急かされた重枝が偽標識を皆に示してから、キャンプ場の裏、オートキャンプ場とバンガローの間の道に入っていく。ハイキングコースがあるほどの山ではないので、ここで代用するのだ。
「現地でもないのに演技って難しそうよね、レイ子さん?」
「本当ね、森センセ」
裏声の会話に、一緒に遭難する予定の四人は一様に明後日の方向を向いた。
今回の撮影で唯一幸いなことは、録画用の機材がきちんとしていることだろう。おかげでヒサとハグンティの両方がカメラを担ぎ、とにかく取り捲った映像を編集して不自然ではないものを作ることになっている。遭難時は一時雷雨だったようだが、その辺は『るうぷ』所有の映像でカバーだ。照明が金山一人では足りないので、慣れない手つきで重枝も手伝っているが‥‥撮影は、多分快調だ。
「立ち位置がそれだと、身長差が目立つ。女性陣、三歩後ろ、もう一歩か」
「もりゅー君とレオ君は、今の位置はちょっと屈んでください」
専門は殺陣師見習いのヒサと、この業界も長いハグンティの注文は的確で分かりやすい。このキャンプ場が現在は閉園中なので人気がないのを幸い、どちらも獣化して素早く動くので撮影される側を待たせることはない。ただ熊のハグンティはともかく、鷹のヒサは上空からの撮影に翼の音が入らないよう音響の切り替えに苦労していたが。
ついていくために、やはり半獣化した蛇の重枝とアライグマの金山が、苦労しいしい照明と音響を担当している。時に木の枝をわざと下げたりするのもさせられるから、それはそれは大変だ。
「次のポイントはあちらだ。速やかに移動してくれ」
「風邪ひかないように、首にタオル巻いておくといいですよ」
指示に迷いはなく、気配りも利いているが、まったく撮影に慣れていない六人がいささか右往左往していることには撮影班は気付かなかった。雨が振る前にハイキング風景を撮り終えねばならないので、彼らはとても忙しかったのだ。
再現ドラマといっても、綿密な台本はなかった。要点を掻い摘んだストーリー展開なので、台詞は案外少ないのだ。それはそれで女装二人組にはありがたい話だが、普通の歩幅で歩くと女性に見えないと言われ、ちまちまと足を進めるのに閉口していた。
もちろん途中では、『雨が降りそう』と会話している様子を演技させられ、その際には膝を屈めろ、顔が映りにくいように角度はあちらと指示が飛んできて、これまた疲れる。しかも、歩いているのはほとんど同じところをぐるぐる、ぐるぐる。どこまで撮影が進んだか、手順を見失いそうだ。
「この後、あたしったら土手を転げ落ちるんでしたっけ、レイ子さん」
「そうよ、森先生。それで足が痛くて動けないって演技してね」
その前に、翌朝になって自力下山するシーンを撮ることを、うっかり失念していた二人だった。撮影順は、放映されるストーリー通りではない。
「ええと、先に足が痛いふり。転げ落ちてるわけだから、ちょっと汚しておかなきゃな」
「顔は汚すとお化粧が崩れるから、良くないと思うわ」
多分やけになっているのだろう。ずっと声を作って、延々と女性らしい言葉遣いで話している二人は、実はカメラのフレームからけっこう外れがちなのだが‥‥色々な苦労が無になっていることを彼らが知るのは、もっと後になってからだ。
演技にまったく心得はないが、登山は趣味のジーン。同じく演技とは縁がないが、作曲家なので音楽教師の振りは出来そうなロウは、六人の先頭を黙々と歩いていた。すでに道が違っているシーンなので、獣道のようなところを進んでいる。
「なんだか妙に歩きにくいな」
「こんなに下草が生えているコースは普通ないだろう」
会話も妙にはまっているが、双方共に演技をしている意識はない。本当に歩きにくいし、下草が生えているからだ。いまだに一応は緑の残る熊笹。こんなものを踏み分けていくハイキングコースはない。
しかも、何気なく見た目の前の木に大きく抉れた後があるのを見て、二人はさすがに顔を見合わせた。熊の気配がするシーンは、もっと後のはずだったからだ。ハグンティも後ろから彼らを撮影しているはずで、気配もする。季節柄本物の熊が出るはずはないと考えた二人に前に、それらしい影が現れたのはそのときだった。
「こういうときはどうしたものやら」
「走るな、追われるぞ。大きな音を立てるのも、もっと離れてからだ」
普通の動物は、よほどのことがなければ人間には近付いてこないからと言うジーンに感心したような顔をして、ロウも他の皆に続いてゆっくり下がる。ジーンはポムから受け取ったみかんをそちらに転がした後、皆に続いた。
後に、熊がやっぱりハグンティだと知った他の四人が『びっくりした』と口を揃えたのに、この二人は『なんだ、そうか』と予想外の反応を見せた。いいシーンが取れたのは、間違いがないようだ。
雨が降り出すと、本格的に迷ったシーンになる。ポムと紗枝は手を繋いで、肩を縮こまらせて歩いていた。この季節、雨に濡れたら本当に寒い。
「いつになったら降りられるのかしら‥‥」
「お、お風呂に入りたいですね」
本気でそう思っているので、二人とも実感が篭っていた。その割に、度々ポムはポケットから飴やチョコレートを取り出しては、紗枝と分け合っている。どうやら遭難した当事者の中にも、本当にお菓子を大量に持ち込んでいた女性がいたらしい。
そんなことをしていた彼女達は、ちょっとばかり他の四人に遅れてしまった。とにかく雨をしのげるところを探すというシーンなので、慌てて四人を追いかけたら‥‥
「「いやーーーーーーっっっ!」」
四人がいるはずのところで、木の枝に人がぶら下がっていたのだ。大絶叫。
「はい、一人では寂しいからと他人を巻き込むために標識を変えてしまった犯人との遭遇シーン終了。いやぁ、二人とも迫真の演技でした」
キャンプ場で荷物番をしているはずの英田が、ぶら下がっていた木の枝から飛び降りた。撮影班と遭難者役の男性四人も拍手などしている。
「あの人のせいで、こんな目にぃ」
その後、一晩を過ごしたことになる土手下の撮影では、ポムの涙目アップが良く撮れた。
この後、ジーンが見事にスタントマンらしく土手を転げ落ち、もりゅーもチャレンジしたがちっともそれらしく転がらなかったので、服を変えてやっぱりジーンが転げ、ポムが案外器用にころころと転がったシーンを撮って、撮影は終了した。
「信じられない。良くこんなところで、あんな派手に転げ落ちられるな」
高低差一メートルの、土手というより緩い坂上の茂みでいかにも急勾配を転げ落ちた演技をして見せたジーンに、もりゅーが感心して言ったが、返事に切なくなったらしい。ジーンとポムの肩を叩いて、深く深く頷いて見せた。
「スタントが本業だが、まだそれだけじゃ食っていけねー」
ポムも、さっきとは違う意味で遠い目をしている。
撮影終了からしばらくして、ようやく化粧を落としてさっぱりとしたレオは、重枝に借りていた服を戻して髪を拭いていた。さすがにドライヤーがないので、よく拭かないと身体が冷える。喉を痛めたら歌手の彼には致命的だ。
そうして、英田がバーベキュー道具でがんがんと火を焚いて料理している近くに行けば、ロウが頭にタオルを被っただけで座っていた。
「髪拭かなきゃ駄目じゃん。寒くねぇの」
「ここで乾かしてる」
しずくが落ちるような濡れ方をしていて乾くものかと、レオは思わず突っ込んだが‥‥この時になってようやく分かった。ロウの役柄はハイキングにコンビニ弁当片手、上着がなくてジーンに借り、よく無事に戻ってこれたと思うような教師で、妙に上手だったのだが、何のことはない。素だったのだ。
「もしかして、途中で譜表を持ってくればよかったって言ってたのは本気?」
頷かれてしまい、レオも遠い目になっていた。
そんな一同を意に介さず、ヒサとハングティは収録した映像の確認を早くも始めていた。二人でここのシーンをこう編集しよう、ここは音をちょっと加工してと熱心だ。二人の後ろから画面を覗いている金山は、『るうぷ』の機材を尋ねられては答えている。潰れかけでも製作会社。編集に困るような設備ではありえない。
「このシーンはさっきと身長が違って見えるから駄目だな。何でレオはジーンの横が多いんだ?」
「体格がいい人の側にいれば、多少なりと細く見えますからねぇ」
ハグンティの解説になるほどと納得したヒサは、レオが『同僚に片思い中の女教師』を一生懸命演じたことなど知らない。あいにくとそれは紗枝からの情報で、脚本には書いていなかったからだ。
この辺はロウとポムが写っているシーンを使おうと二人が話をまとめているところに、重枝が煮込みうどんを運んできた。赤い見切り品シールだらけの材料で、英田が作ってくれたものだ。昼は『るうぷ』の三人が握ってきたおにぎりと、英田が作った味噌汁だった。煮込みうどんも味噌味なのに、まったく気にせずかきこんでいる二人は、味噌汁の具が混じっていたことも気付いていないだろう。
「お茶も置いておきますよ」
これまた自前で煮出したらしい麦茶のカップを置いて、聞いてはいないだろうが声を掛け、重枝は火の側に戻る。次に運んできたのは、調理用に熾した炭を大きなカンに入れたものだ。火鉢代わりである。
そうして、自分の事務所の社長の世話を焼いてから、重枝も食事をし始めた。
翌々日、編集作業も無事に終わって、助っ人八人には給料が配られた。
雨の中の数時間を思うと、四食くらいついたがいささか寂しい給料だったかもしれない‥‥
これがいつか『下積み時代の秘蔵映像』になる日を夢見て、明日からまた働こう。