後輩育成〜騙せお役人中東・アフリカ
種類 |
ショート
|
担当 |
龍河流
|
芸能 |
2Lv以上
|
獣人 |
2Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
5.2万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
1人
|
期間 |
06/05〜06/14
|
●本文
プリンターから打ち出された二十五枚の紙に、びっしりと連なった文字を見て、エジプト某所の城塞都市の保護管理、発掘、調査の責任者である保護団体の代表にして、イタリア演劇界で著名な劇作家兼演出家のキールは眉の間をもんだ。
「シンデレラの報告書は、どうしてこうも長いのかな」
「そりゃ、報告と合わせて自分の感想を長々と書いてくるからよ。斜めに読んで、必要なところだけ拾いなさいな」
二十五枚あっても、本当に報告書として有効なのはせいぜい五枚くらいだと断言するのは、話題に上がっている兎獣人の売れないモデル、シンデレラの祖母パナシェだった。祖父のアレキサンダーもいて、のんびりエスプレッソなど飲みながら、今まさに斜め読みの真っ最中だ。
彼らがいるのは、キールがローマ市内に構えている事務所で、エジプトから定期的に届く報告の確認をしているところだった。今の世の中、パソコンでインターネットだ、携帯電話で国際電話だと便利な道具が増えたが、シンデレラがいるのはライフラインも整備されていない遺跡扱いの城塞都市である。よって、週に一度の割合で近くの街まで出てきて、そこから報告を送ってくる。これはシンデレラ以外にも十二人いる現地スタッフ全員が、それぞれ送ることになっていたので、確認するほうはまあ大変だった。
とはいえ、現地スタッフはこの仕事が演劇学校始めとする専門教育の学費を稼ぐためなので、手伝いのはずが居ついてしまったシンデレラよりはまともな報告書を送ってくる。
それはともかく。
「中のガスの有無の確認をしたのは良かったわね。下手すると、今頃向こうの病院に入院していたかもしれないもの。やっぱり訓練って重要だわ」
「しかし、入口の大きさからして、内部の換気が済むのを待っていたら何年掛かっても調査が出来ないよ。どうするね」
城塞都市には、一部獣人の間で『地下遺跡がある』と語られていた。それらしいものが見付かって、これはいいと思ったのもつかの間、問題は山積していた。
この城塞都市の外周に沿う四箇所に、同じ模様のレリーフがある。エジプトの神話のトト神を示すアフリカ黒トキと水時計のレリーフだ。
このレリーフを外すと、地下への道があるのだが、これがほとんど垂直降下の手掛かり足掛かりのない竪穴だった。飛行能力があれば、途中からは飛んで降りることが出来るが、それ以外の獣人は運んでもらうか、それともクライミングの真似事をして降りなくてはならない。後者をすると跡が残るので、後日の公的機関への報告に支障が出る。
更にこの地下遺跡は長期間締め切られていたせいが、下に降りるほどに空気が澱んでいる。四箇所の入口は全部開け放してあるが、なにしろ横穴ではないので内部の空気はなかなか循環しなかった。現在、大型の送風機を調達して、強制的に空気を送り込んでみる計画が進んでいる。これをすれば、空気の流れで遺跡のある程度の造りも分かるかもしれなかった。
いずれにせよ、近日中には内部に有毒ガスがあることも考慮しつつ、一度は大まかな調査をしなくてはならないのだが。
現地で、問題が発生した。
城塞都市にいる現地スタッフ達は、シンデレラも含めて皆若く、アフリカと欧州の出身者がだいたい半々だ。全員が獣人で、表向きは遺跡の保護管理をしている団体から派遣された、舞台美術や考古学の学生となっている。
舞台美術を学んでいるとされたのは、都市の中央に大きな舞台があるからだ。これは他の同様の遺跡都市とは異なっていて、キール達が管理権を得るための理由に使われた。実際には集会の場として使われたほか、祭りの際に使用されたらしいが、街の規模と舞台の大きさがあわない理由は今もって不明のまま。これは今後の調査による。
そして、実際にはそうした調査はほとんど出来ない現地スタッフ達も、日々入り込んでくる砂を掃除し、開けた地下への入口を見張り、時々ろうそくを降ろして換気が進んだかどうかを確かめ、街の内部の地図を作り、記録映像を撮っている。なかなかに毎日忙しいのだ。
更に、週に一度は街に出て報告書をメールで送り、必要物資を買い込み、街の人々と和やかな交流を図って印象を良くし、関係団体や公的機関に資料を求めに出掛けたりする。全員で揃って移動するのは大変なので、だいたい半数ずつ、交代で街に出るのだが‥‥
「視察? 非公式でも、偉い方がいらっしゃるんですよね?」
ある日、街でいつものようにお役所に挨拶に出向いたスタッフ達が、とんでもないことを聞いてきた。
お役所の関係部局に転任してきたばかりの責任者、通称『所長さん』が、どういう調査が行われているものかを見学したいと希望しているらしい。まさか『こっそり遺跡を調べているから来るな』とは言えず、現地スタッフも頷くしかなかった。
けれども、こっそり開けて、そのままにしたレリーフがある。また現地スタッフだけでは、幾らなんでも『遺跡の管理、保護をしています』と言い抜けるには年齢も経験も不足気味だ。
慌てた彼らは、キールに電話で指示を仰いだ。
結果。
「案内人を張り付かせて、やばいところは全部通り過ぎさせるのよ。それと大学の研究グループあたりをでっち上げて、それらしい調査をしているように見せかけましょう。資金援助をしている金持ちやその子弟でもいいわね。いかにも実績のある保護団体の振りを、皆でしましょう!」
「パナシェ、キールの団体は、本当に実績のあるちゃんとしたところだよ。単に今回は、WEAの裏の事情が絡んでいるだけで」
その『裏の事情』は、地下遺跡には絶大な魔力を持つオーパーツが眠っているとの噂の真偽を確認することだった。そのオーパーツは誰も見たことがないが、何故か『杖』だと言われていて、キールとアレクの前で息巻いている女性が勝手に『イシスの杖』と命名していたりする。本当に杖の形状をしているかも怪しい。
しかし、パナシェは夫の意見など馬耳東風で、こう言い切った。
「地下の遺跡のことはばれたらいけないわ。どうせ獣人関係の遺跡だから、公にすることなんか考えなければ、幾らでも調査の方法はあるじゃないの」
「なるほど、それは気付かなかったよ。じゃあ、今回は絶対に見付からないようにしないと」
キールとパナシェの意見に賛同したが、アレクはもう少し冷静だった。
「獣人関係の遺跡だとする根拠を知りたいものだが‥‥まあ、言っても無駄か」
冷静だったが、全然止めるつもりはなかった。現地近くの空港までのチケットを三人分、手配している。
紆余曲折、あれこれと事情は行きつ戻りつしたものの、結局のところ。
「所長さんを皆でだまくらかして、たくさん素敵なお客様や学者さんが来ているように見せかければよろしいのですね! 私、頑張りますわ!」
現地スタッフと共に盛り上がっているシンデレラが言うとおりに、視察に来るお役人を誤魔化せれば一番なのである。
●リプレイ本文
わざわざ視察にやってくる所長は、考古学を学んだことはない。どちらかといえば経済学の人で、今回の視察は『遺跡都市が地域の観光事業にどれほど効果があるか』を知りたいためらしい。経済活性を目指していて、人柄はちょっと目立ちたがりだが悪くはなく、裏であくどいことをするような人でもないので、職場での評価はまあまあ高い。
これが遺跡保護団体スタッフに成りすましたエマ・ゴールドウィン(fa3764)の依頼で、現地スタッフが調べてきた所長のデータである。ちなみに姓はアハマド、名前は不明。
対する獣人側は、エミーとタケシ本郷(fa1790)が団体関係者、海斗(fa1773)は関係者の子息の芸能人、日本の考古学博士のケイ・蛇原(fa0179)と宗教学研究者の卵の霞 燐(fa0918)に、遺跡の資料撮影に来たレポーター、フゥト・ホル(fa1758)と写真家、ジェイリー・ニューマン(fa3157)、こちらも視察の気難しいスポンサー、敷島オルトロス(fa0780)という触れ込みである。海斗とハトホルは何度もこの城塞都市に出入りしているので、特に団体と縁があることになっている。
とりあえず、そういう設定だが‥‥
「まったく、こんなに砂ばっかりで忌々しい。これでなんにも出なかったら、足代が無駄ってことじゃねえか」
敷島だけは『あれは演技じゃない』と、居合わせた誰もが思っていた。いかにもそれらしいのは、いいことなのだが。
「居心地悪くして、早々にお引取り願えばいいんだよね?」
「目立つ悪戯はしたらいけませんのよ」
カイとシンデレラはそんなことを真顔で相談するし、燐は『仕事』を忘れたように舞台の見物をしているし、タケシは妙にスタッフに溶け込んで時々どこで作業しているのか分からなくなる。ジェイルは撮影担当スタッフとスケジュールの相談をしていたが、どちらもカメラの腕はプロとしては今ひとつだと判明した。
こんな彼らは、演技経験があまりない。ケイさんとエミーは本職だが、二人で他の二十人近くをフォローするのは困難だ。しかし、全体の『設定』を敷島も含めて四人で演出したハトホルは断言した。
「あまりそつなくやりすぎてもいけないから、地でやってもらいましょう」
敷島を見て、エミーとケイさんが納得したのはいうまでもない。
しかし、舞台美術を学ぶ学生向けのドキュメンタリー撮影の下見に来た戦場カメラマンとか、見学者案内が仕事のプロレスラーとか、関係者子息のふりをする小悪魔とか、宗教学研究者卵のふりの巫女とか、嫌みったらしいスポンサー役の映画監督とか、演技力皆無の売れないモデルと現地スタッフ、最後は豪快に笑う撮影スタッフのレポーター‥‥
「おばちゃん、心配だわ」
「わたくしも運を天に任せる心境です」
『設定』は問題なくまとまっているし、案内のスケジュールもちゃんと考えたけれど、心の中に不安が広がる俳優二人だった。
空は、彼らの心境とは正反対に晴れている。
翌日、地下遺跡への入口の一つはものすごく適当に戻し、他は城砦修復工事の道具類を積み上げて隠した一同のもとに、アハマド所長が関係者数名とやってきた。真昼間は暑いので、役所が開く時間に合わせての到着だ。出迎えにカイのような少年が混じっていて驚いたようだが、欧州、アジア、アフリカ系と人材が揃っているのを見て、保護団体の活動域の広さを褒め称えた。案外世辞ではない調子だ。
『考古学の研究をしております、青田と申します。こちらは研修生の霞さん。大変申し訳ないが、こちらの言葉は片言程度でして』
『どうぞよろしくお願いします』
日本語で本名を名乗ったケイさんは、燐もあわせて紹介している。通訳するのはタケシで、こちらの言葉は案外と流暢だ。別に燐やケイさんが皆とコミュニケーションを取れないわけではなく、『新たにこの地域に注目した』という演出の一環である。ある程度はこちらの言葉も使って、その注目度を示したりしている。
そして所長は分からないだろうが、タケシの日本語はいささか怪しいので、カイが笑いを堪えていた。一度はお仲間の甲斐高雅に作ってもらったこれまでの遺跡確認作業映像、一部都合が悪いところは修正済みを取り落としそうになっている。落とした日には、色んな人から怒られたことだろう。
「これは俺が持とう。力仕事は何でも言ってくれ」
タケシはちょこまかしているカイの分の荷物も、所長達のカメラ一式などと一緒に担いで、せかせか歩き出している。先方も活動記録用にカメラ持参で、あちこち撮られたくない一同には厄介な荷物だ。タケシが持っていてくれると確かに助かるし、ジェイルがカメラの製造元や使い方など所長の部下と盛り上がって、さりげなく撮影の邪魔をしている。
「心配ない。こちらの担当が撮った写真を渡すから」
「そうですわ。こちらも活動を支援してくださる方への報告に、現地からの注目度をアピールできると大変助かりますの。出来れば被写体に回っていただいて」
「こちらの勝手で申し訳ないけど、ぜひお願いしますね」
言葉遣いどころか物腰まで二人とも変わってるよとカイが目を丸くしたハトホルとエミーの態度は、ジェイルの申し出に一応仕事だからと遠慮した先方を黙らせる威力があった。迫力、でも可。
それでも、エミーはともかく、ハトホルまでが『ここでいい写真が撮れないと、活動に差し障る』と見える態度だったのはある意味立派だった。その『活動』の内容が所長達が思う『遺跡保護・研究』ではなく、『地下の遺跡の探索』なんだろうなと、ケイさんやジェイルは考えたわけなのだが。
この辺は、実際に地下の遺跡を探し当てるべく苦労した当人達ならではの迫力かもしれなかった。それを後押ししたのが、エミーの演技力である。
そして、まったく演技ではなく、完璧に役柄を演じているのが敷島だ。
「どの辺が遺跡として価値があるのか分からんな。金を出すからには、ちゃんとした使い道だと示してもらおうか」
言っていることはもっともだが、態度があまりに横柄なので、所長がエミーとハトホルに同情的な顔付きになった。がみがみと言われている現地スタッフは、演技ではなく敷島がよそ見をすると逃げ出す。
『何でもかんでもお金に換算するのはナンセンスですよ』
通訳されなくても言っていることが分かると言いたげに、ケイさんも呆れて見せたりしていた。合間に燐がすでに資料写真がある建物のつくりなどを尋ね始め、エミーやハトホル、たまにカイが答えて、稀に『この土地の風習では』などと所長達が言葉を添えた。ケイさんもそれに乗じて皆を質問攻めにし、敷島は放り出されて不機嫌そうにうろうろしていたが、彼が行くところには所長たちもあえて近付かないと分かると、積極的に『近付かせたくないところ』を回りだした。
仕方がないので、メッセンジャー代わりに時々カイが様子を知らせに行く。
「あのおじさん、威張りたがりだけど、珍しいものの話は好きだから」
カイに気難しい人の相手をさせては可哀想かと、子供には甘そうな所長が言い出したことが一度あったが、さりげなくカイが点数稼ぎをして終わっていた。メッセンジャーついでに、お茶を飲んだりお菓子を摘まんでいたのは内緒である。
午前中は都市の中心に位置する舞台に所長達を立たせて、ジェイルとハトホルがインタビューなどし、ケイさんも一緒になってタケシの通訳でどこが遺跡として調査し甲斐があると、すでに調査目録に入っている内容を滑らかに話してみせた。この様子は、現地スタッフが映像に収めている。どうも実際に支援者への報告に使うつもりらしい。
そんなこんなをして、一番暑い時間帯は昼食とこれまでに撮影された城塞都市の中で興味深いとされた点を編集したビデオ映像を見てもらう予定だった。ちなみに昼食は男女別だったので、所長達のお守りは男性陣に任せて、女性達は午後にどこを見せてからお帰り願うかと話し合っていたのだが。
「理由は分からないが、この街の一部を調査が終わったらホテルにする案で盛り上がっているようだ」
「世の中には、わざわざ氷で作ったホテルなんてものもありますからねぇ‥‥他所では出来ない体験を売り物に、お金を落としてもらう場所にしたいようですな」
「自分にはついていけねぇ話だ」
ジェイルとケイさんが今ひとつ感心しかねるといった風情で説明し、タケシはもはや会話に参加することを諦めて場を飛び出してきたのは、敷島と所長が奇妙に意気投合したからだった。程度の差はありそうだが、『お金が好き』という意見の一致で、理解しあったらしい。如何にしてお金を稼ぐかで盛り上がっているという。
自分だけ置いて逃げたと、カイが皆を責めるのは夕方になってからだ。いいとこの坊ちゃん風な上に芸能人と自己紹介してしまった彼は、意見を尋ねる相手として解放してもらえなかったのである。
挙げ句に以前に城塞都市で演じた劇映像を観た敷島と所長は、演劇の場として舞台を活用すれば、なおいっそう儲かるのではないかとまた盛り上がっていた。このときの被害者は、やっぱりカイと劇に参加していたハトホル、シンデレラだ。カイとシンデレラは、もっぱら仕事をハトホルに任せて、カイが作った菓子を消費することに熱中していたようだが。
この間、燐が実家が神社のためか、舞台部分に関心を示し、『仕事』とはまた違う熱心さで現地スタッフにあれこれ尋ねたり、自分で実際に舞台に上がったり、周囲を巡ったりしていたのを、流石に何枚かは写真撮影をと出て来た部下に目撃されていた。女性の姿を勝手に写真に収めるのは良くないと、結局写真は数枚しか取れなかったようである。
「これだけのものがあるのだから、宗教的にもそれなりに価値があると思うが‥‥金儲けに執心するのは感心しないな」
「確かにそうですが、悪気はないのでしょう。産業を一から興すよりは、今ある資源を使いたいのですよ」
地下の遺跡がすべて調査されたら、管理権を得た団体が地域と軋轢を生まない方法で保護も出来る方策を考えるだろうが‥‥どことはなしに憤慨している様子の燐に比べ、ケイさんとエミーは別に思うことがあるようだ。
これだけの舞台があるなら使ってみたいと、特に舞台俳優であるケイさんは考えていたらしい。敷島は、『セットを作る金が要らない』と映画監督らしい発言をどこかで漏らしていたし。
そういうところを写真に収めることに遠慮のないジェイルが、皆の様子を撮影していた。
そうして、なかなか実りの多い話が出来たとは何を示すのか、ご機嫌で所長が帰り、その後の報告書や約束した写真やビデオを大急ぎで用意した一同は、まず速やかにそれを役所や関係諸機関に提出した。当然提出前に、保護団体側のチェックは受けている。
先方からは、費用面以外で役に立つことがあれば協力すると、回りくどい文面で礼状が届いた。金がなきゃなんにも出来ないと愚痴ったのは、もちろん所長と友好関係を築いたはずの人だ。
所長の視察と入れ替わりに届いた送風機を仕掛けて一週間、内部の空気がある程度は攪拌されたとあたりをつけ、地下遺跡の内部に何人かが入ってみることになった。
「いきなり誰かが来たら、追い払ってやるから心配するな」
敷島が力強く見張りを請け負ってくれたが、それがかえって心配だったりしなくもない。ケイさんも力仕事よりは役に立つからと、そちらに向かってくれた。シンデレラが、所長用に準備したが、飲酒はしない人だったので使わなかった酒を差し入れている。
そして力仕事なら任せろと、タケシとハトホルが地下への入口の一つに張り付いて、今回内部に降りるカイに命綱を着けている。小鳥の獣人とはいえ、入口からしばらくは羽を広げる広さの余裕がないので、途中で意識を失ったりしたら引き上げなくてはならないからだ。一応ジェイルと燐も控えているが、有毒ガスの類が原因なら酸素ボンベの用意があっても中に飛び込ませる時間は少なくする必要があった。
「カメラの設定はしておいた。赤外線カメラではないから、ライトの向きに注意しろ」
「中に何か異常があったら、無理せず戻ってくるのよ? おばちゃん、心配だわ」
中が盗掘させていたり、怪しいものがいたりしないかと気を揉んでいるエミーに大丈夫と笑いかけて、カイはシンデレラに中で怪しい物音はしないと確認してもらってから中に潜っていき‥‥
「なんかあったー、文字みたいなの!」
三十分ほどで、元気に戻ってきた。
現地スタッフも全員集めて、上演会をしたビデオ映像には、おおよそ三十メートル地下に広がっている平らな床面と、あまり人の手が入った気配のない天井の一部が映っていた。
それから。
「アラビア語ではありませんわねぇ。エジプトの古い言葉かしら」
あれも色々ありますわよねとシンデレラが評した、文章にしか見えない一連の書き付けが壁面に刻まれていたのである。その文章の位置は、入口から町の中心部方向に向かって下っていく天井部分が、カイの頭上一メートルのあたりまで迫っているところだった。
半分に割った漏斗を伏せたような形。
カイの説明から導き出された内部の形はそんなところで、文章がある壁面は天井から彼の足元五十センチのところまであった。他の空間があるとしても、その五十センチの隙間を潜っていかないといけないだろう。そうでなければ、他の入口からも入るか。
それならそれで、また別の準備をしてからである。