美術館での秘密任務中東・アフリカ
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
06/28〜07/02
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●本文
カイロの街のあるホテルに、シンデレラというイタリア人が宿泊していた。宿帳にはその兄二人もいるはずだが、あいにくとどこに出掛けたか留守である。
彼女達が泊まっているホテルは要するに安宿だが、経営者はとても親切な夫婦だった。兄二人に頼まれたからと、シンデレラの食事は三食作ってくれている。おかげで彼女は日がな一日、お金は使わなくても生きていけるのだが‥‥実はそもそもお金を持っていない。兄二人が、彼女の財布を持って行ってしまったからだ。
更に、シンデレラはもともといた場所では、祖父母はじめ関係者に『誘拐された』と思われているのだが、当人はまったく悲壮感がない。彼女が唯一悲しいのは、お財布がないので。
「この暑いのに、ビール一本飲めないなんて」
アルコール摂取が出来ないことだけだった。出来ればワインが飲みたいと、心の底から思っている。
そんなシンデレラがある日のこと。
この時、彼女の兄二人は祖父母がいる城塞都市遺跡を襲撃するプランを某所で練っており、祖父母とそのお仲間は迎撃プランを相談しているのだが、渦中の人なのに彼女はまったく頓着していなかった。お財布を取り上げられた時点で、シンデレラの思考モードは『誰か迎えに来てくれないかしら』なのである。あまり冒険心には恵まれていない。
そんな彼女なので、日がな一日ホテルの周囲をぷらぷらして過ごしていたが、この日はちょっと様子が違っていた。
「まあ、カイロ美術館でのお仕事ですのね」
「エジプト考古学博物館では?」
「観光客はカイロ美術館、または博物館と呼ばねばならないのですわ。ホテルの方にも、カイロ美術館で通じましたもの」
ワイングラスに赤ワインをどぼどぼ。注いだら、次の瞬間にはぐいっ。ごくごくっと飲んで、ワイングラスにまたどぼどぼ。
兄二人を訪ねてきた男性の好意に甘えて、ホテル近くの観光客向けレストランでお昼ごはんをご馳走になっていた。料金の大半は、おそらくワイン代になるだろう。男性も表面上はにこやかだが、腹の中ではどう考えているか知れない。
そもそも男女二人で食事をしていて、女性が料理そっちのけで手酌でワインをがぶ飲みなんて、非常に麗しくない。人目を気にするならまず出来ない行為だが、実行しているからシンデレラは人目を気にしていないのだろう。
「ワインはお好きかな?」
「イタリア人ですもの。ワインの一滴、血の一滴ですのよ。これはドイツワインですけれど」
「後ほどイタリアワインを探してお贈りするので、今言った仕事を請けてはもらえないだろうか」
「一日何本いただけますの?」
流石にこの問い掛けには、男性の笑顔が一瞬引っ込んだ。頼んでいるのは『仕事』なので、『お給料幾ら?』と同じだが、満面の笑みで尋ねられるとは思わなかったらしい。そもそも男性がワインを贈ると言ったのは、仕事を請けてもらうための挨拶代わりで報酬としてではない。それはまた別の話のつもりだったのだけれど、シンデレラは現物支給がいいようだ。
どうせ現金で払っても、アルコールに化けるのだと男性が気付いたかどうか。
「見付けたワインの種類によって、飲みたい量も違うだろうから、詳しいところは相談のうえで。調べてほしいのは、石板の解読資料の有無」
男性が取り出したのは、一枚の写真だった。言葉通りに、相当大きいらしい石版が写っている。表面になにか書いてあるようだが、その文面はあいにくと一部しか読み取れない。全文が鮮明に写っていても、シンデレラが見知った文字ではないのだが。
「身分は欧州の大学の考古学関係者団体とその取材をするテレビクルーのうちの一人。他にも何人か揃えるので、大学生なり研究者なり適当に名乗ってもらって構わない。石板本体は別の美術館に運ばれることになっているが、関係資料が残っているなら複製が欲しい。秘密裏にね」
「盗ってくるのではなくて、そっとコピーすればよろしいのですわね。それならあまり良心が痛みませんわ」
美術館関係者にしたら、ものすごく痛んでほしいところだろう。だが獣人であるシンデレラは、自分達に関わる古文書の類であれば何とかして入手しなくてはと考える点が男性と共通していた。
そもそも彼女が男性の話を聞いているのは、出掛けてしまった兄二人が本来請けるはずだった仕事の代理を努めることになったからである。お仕事をすればお給料がもらえて、祖父母に連絡が取れるとか考えたかどうかは定かではないが。
ついでに、もう一つ目的がある。
「私も、古い言葉で調べたいものがありますのよ。時間があったら、そちらの話を美術館の方としてもよろしいですかしら?」
「どうぞ。確かあの二人も遺跡がどうと言っていたから、かまわない。出来れば、どんなものだったか教えて欲しいところだが?」
「それはおじさまに聞いてみないといけませんの。でも見せてくれるようにお願いしますわね」
「ああ、ローマのキール氏か」
頼まれた仕事は、美術館にあるかもしれない研究資料をこっそりコピーすること。おまけで城塞都市遺跡の地下にある秘密の遺跡で見付かった文章を解読できる人を探すこと。
シンデレラは上機嫌でこの『お仕事』を請けたのだが‥‥そもそも相手の愛称しか知らないで重要な話をしたことに違和感を覚えないあたり、それがまっとう出来るのかは怪しいところだった。
彼女には、相当に優秀なお仲間が必要であろう。
●リプレイ本文
欧州では、ある程度親しい仲の二人が男女であった場合、額にキス位してもおかしいことはない。ましてやそれが倍ほども歳が違うなら、単なる挨拶だ。
しかし、お宝大好きの敷島オルトロス(fa0780)がシンデレラに上機嫌でそんな挨拶をしたとなれば、シンデレラは全然不思議に思わなくても、周囲は訝しむ。全員が敷島とは以前も何らかの事柄で一緒になり、性格は多少なりと知っているからだ。
「カイロの博物館にただで入れるのが嬉しいのかな」
「そうかもー。あそこ好きそうだし」
海斗(fa1773)とベルシード(fa0190)の言う事は身も蓋もないが、誰も否定する根拠がない。まずは先日誘拐騒動かと皆を惑わせて、散々祖父母に叱られたシンデレラから依頼人の話を聞いたり、どういう取材かの口裏合わせをし始めた。
すでに『経験』があるのでケイ・蛇原(fa0179)は日本の考古学の教授、越野高志(fa0356)は別の大学の助手、御影 瞬華(fa2386)とレーヴェ(fa2555)は学生で、甲斐 高雅(fa2249)は取材班の一人、小さいカイとベルはリポーターで、敷島は相変わらずうるさいスポンサー。シンデレラは、とりあえず撮影スタッフ扱い。
リポーターが少年少女なので、十代視聴者を想定した歴史ロマン風教育番組として、企画書を大きいカイ君がこしらえてある。日本のテレビ局が作成するので、欧州にいる日本人研究者にお声が掛かったと、まあうまい具合になっている。
どうしてこういうことになったかと言えば。
シンデレラの兄二人がスポンサーにしていて、彼女達の祖父母に大変な勢いで嫌われている一派の一人は、エイと名乗っている。シンデレラいわくオリエンタルの美青年で、ちょっとワイルドな風貌。
一同の情報源の一人キールによれば、職業は舞台脚本家権演出家。年齢は二十代後半と若いが、それなりに才能が認められた人物。キールの商売敵でもある。
問題は彼が古い文化、あらゆる慣習、宗教的なものを尊重せず、何事もお金を振りまいて解決すること。当然その舞台も破戒的だったり、わざと古きを貶めるような内容のものがある。本人の性格も、けっこう喜怒哀楽の波が激しいようだ。
このエイのスポンサーが、また似たような性格で、時々遺跡探索に実益を求めて手を出すらしい。シンデレラの兄達は、その意向であちこち回っていたようだ。
ついでに、守備範囲は二十代から三十代前半までだが、エイは女性関係が大変に派手。
そんな男が、わざわざ『これを』と指定してコピーの持ち出しを要求してきた石版の内容とやらがまっとうなものとは思えず、大半の者が渡すのをためらっていたのだが‥‥
「いずれにせよ、現物が見付かってみないとどうしようもありませんな。それでなくとも、その石版の移送にもわざわざ人を集めたわけですから、何かはあるのでしょう」
ケイさんの言い分はまっとうで、まずはお仕事だと越野とカイ君は思った。しかし。
小さいカイとベルとシンデレラと、それに付き合わされた御影にレーヴェ、ついでに小難しい話は無視した敷島の六人は、小さいカイお手製の蒸しパンをもぐもぐ食べていた。シンデレラは、蒸しパンの中のラムレーズンに夢中。
人間性に問題点は多々あるエイだが、博物館へのアプローチは完璧だった。一人でここまで出来ないよなと、誰もが思った程度に行き届いている。
性格がいささか大雑把な案内担当者も、御影が幾つかの展示品について博識なところを見せ、越野が並々ならぬ熱心さであれこれと問い掛けると、針小棒大にネタを弄るのが目的ではないと考え直してくれたのだろう。案外ちゃんと質問には答えてくれる。扱いは雑だが。
この博物館、所蔵品と展示するスペースのバランスが悪く、展示されていない貴重な品物がたくさんあることで有名だが、その辺をケイさんが嘆くと非常に雑多な品物が図書館の書架のように置かれた棚に詰まっている部屋を見せてくれた。細かいタグのついた品物が、引き出し式の収納棚にたくさん入っているが‥‥
「土や木の品物はたいして金にならねえからな。もっと金ぴかしたものがいいぜ」
せっかくの好意をこう無碍にするのは、もちろん敷島だ。でもここに到着するまでにも『傍若無人で拝金主義の困ったスポンサー』ぶりは存分に発揮され、担当者も慣れてしまったらしい。ケイさんの肩を叩くのは、『大変だね』と伝えたいのだろう。ケイさんも『ああいう人でもスポンサーがいないと、金の掛かる学問で』とため息などついて見せている。
かと思えば。
「これ、来館者が壊したって書いてある。いるんだねー、そういう人」
「ホントだ。この博物館は手の届くところに大事なものが置いてあったりするけど、触ったら駄目なんだよ」
タグを読んでいたベルがぱしぱし手をたたいて笑い出し、小さいカイはすかさず撮影を装ってカメラに話しかける。その脇では、御影と越野がデジタルカメラを虫眼鏡代わりにして、置いてある発掘品の小さなものを見ていた。大きいカイ君も、部屋全体をフレームに収めたり、棚の一つをアップにしたりと、様々な映像を撮ることに腐心している。
敷島が相変わらず『金ぴか』と言うので、シンデレラとレーヴェが一般展示室のどこかに連れ出した。ツタンカーメン王のマスクでも見てくるのだろう。
とりあえず一日目は、『普通の取材クルーと研究者』を装って、修復の技術を紹介してもらったり、発掘の苦労話を聞いたりして終わる。
一部、発掘資料の棚から離れなかったり、各部署の担当者を質問攻めにしたり、置いてある品物に触ろうとして怒られたりする者達もいたが、怪しまれはしなかった。
石版についての調査を始めたのは、二日目以降。
遺跡の発掘などの歴史も取り入れると企画書に加えてあったので、ベルと小さいカイはたまたま手が空いていたらしい偉い人に講義をしてもらった。当人達の気分はどうあれ、大きいカイ君が撮影しているし、もちろん偉い人は意気揚々と語るので真剣に聞かなくてはならない。話の合間に、最近盗掘集団から取り戻したという発掘品も見せてくれたので、本当に番組を作るならいいシーンが撮れているのだが‥‥いずれ使えるとよいけれど。
この間に、他の研究者を装っている年長者達は、博物館の中の様々な展示物の保護がいかに大変かの話を聞かされている。もちろん研究者を案内しているのだから、ちゃんと収蔵品の話をしているのだが‥‥何かと言うとお金の話になっている。ケイさんと越野が、大きいカイ君指摘の『袖の下』をちょっと考えたのだが、休憩時間に敷島が博物館宛寄付金と小切手を出して見せたので驚いた。レーヴェと御影はそもそも表情が激しく動くタイプではないが、やはり『信じられない』と思った気配が漂っている。
これはキールが用意したものを、シンデレラが出したのではあまりにおかしいので、スポンサー役の敷島に出してもらったと分かるのだが‥‥うかつなシンデレラが他の人達に連絡もしなかったので、ケイさんや越野はしばらく脈拍数が上がってしまったのだ。
ただ、博物館全体の移転計画があるようだと知れれば、後は早い。お金の話になっていたのは、要するにその費用を寄付金でも募っているから。となければ、ちょっと細かいことを聞いても、もう大丈夫。
「確か、最近も幾つかの収蔵品を他所に移したと聞きました。大きな石版だとか?」
「石版と聞くと、ロゼッタストーンが有名ですが、そういう価値のありそうなものですか?」
ロゼッタストーンみたいにすごいもの? と尋ねるかのような勢いで、御影と越野が身を乗り出したので、担当者は苦笑して、あっさり教えてくれた。
「まだ分からない。でも呪いの石版だよ」
石版の文面は、どうも幾種類かの文字をわざと混ぜ合わせて書かれたようで、解読はあまり進んでいなかった。挙げ句に盗掘品として、正規ルートを通さずに外国に流出していたものが戻ってきたので、正確な発見場所の記録がない。おかげで世紀の大発見になるような価値のあるものか、それとも誰かが作った精巧な偽物かの判定をしているところだ。
しかし盗掘品が密輸されていたのは、関係者の証言で間違いなく、そうした危機的状況を知らしめるための展示会が行われる別の美術館に移送された。呪いの石版と呼ばれるのは、文面の何箇所にも『呪い』の言葉が入っているためだ。
なんだか分からなくてもいいから、その石板の資料を見せろと言うには、流石に気が引けた一同の中で、まったく平然とそれを要求したのが敷島だ。面白そうだから見せろとは、流石に彼でなくては言えない。
「あなたと言う人は、大人気ないって言葉をご存知じゃないんですか」
「売り物はねえと言うんだから、変わったものくらい見せろってんだ。見たくねえのか」
ケイさんと敷島が嫌味の応酬をしている間に、レーヴェと御影はデジタルカメラを、越野は加えてICレコーダーを準備した。これが研究者の知的探究心だと思っていいのかと、ケイさんがちょっと心配になった勢いだが‥‥疑いの目は向けられなかった。小切手様様だ。
けれども。
「研究している奴は、今は大学だって。今日は無理だね」
収蔵点数に比べて狭いと言われるカイロの博物館だが、そのバックヤードは滅法広い。様々な分野学芸員始め専門家が行きかい、作業が行われ、品物が保管されているのだから当然だ。勝手に他人の荷物を漁るのは、難しいだろう。
今日は休みだったら明日を狙おうと、渋々デジタルカメラなどをしまった若手三人は、また冷静で真面目な研究者や大学生のふりをして、案内をしてもらっている。ケイさんは日本の獣頭人身の存在とエジプトの神々がどうこうと、当たり障りのない話を持ち前の演技力でカバーして案内人と会話している。
そんな彼らが、一日講義でげっそりとした年少者と、首尾はどうだと目線で問いかけてきた大きいカイ君に合流したのは、夕方のことである。
次の日。
「「「呪いの石板、見たいーっ」」」
小さいカイにベル、シンデレラも加わった三人がかりの要求に折れた担当者が、研究者を連れてきてくれた。更に越野と御影、レーヴェに大きいカイ君も群がって、研究資料を見ると騒いでいる。
ちょっと呆然としている研究者には、ケイさんが『テレビ番組も視聴者の興味を引くものを、常に探していますから』と半分本当に呆れて、謝っていた。とはいえ、残り半分は担当者と研究者の目を逸らして、皆が資料をコピーする時間を稼いでいるのだが。
こういうときに子供がいると目くじらを立てられることもなく、合間に敷島が『売れ』などと無理難題を口にして、相手を呆れさせて時間を稼ぐ。敷島はかなり本気のようだったが、まあ役には立った。。
「すみません、ちょっと興奮して。研究中の品物ですから、映像の確認をお願いできますか」
大きいカイ君が、いかにも申し訳なさそうに撮影した映像を研究者に見てもらい、使用可能な映像をピックアップしてもらう。その場でそこだけ編集して、残りは研究者に返したので非常に印象はよいが‥‥他の者が写した内容はもちろん見せていない。
研究者はこの扱いに気をよくして、ついでに和服のケイさんと記念撮影まで済ませている。そこでシンデレラが、ひょこっと城塞都市の遺跡で見付かった文章を差し出した。こちらは見たとおりの文字らしきものを、別紙に写してあるものだ。
「これは‥‥鏡文字かな? この辺はヒエラティック、ギリシャ文字も混じっているような。僕、ギリシャ文字はあんまり詳しくないなぁ」
写したシンデレラはいずれも知らないので、分かりやすく間違いもないように大きな文字で書いていた。それで幾つかの文字を拾って研究者が読んでくれたところでは、さっき聞いたばかりのような説明が。
「祖母が、エジプト古代史の研究をしていますの。それでカイロに行くなら宿題って」
「暗号の初歩だよね。鏡文字」
そうか? と怪訝な顔になった一部には気付かず、研究者は忙しく大学に戻っていった。彼らも目的は達したので、後の取材は程々にして、資料の扱いを考えるのだが‥‥
「見付からなかったと嘘をついて、渡さないというのは?」
偽物を渡すか、それとも複製を取って自分達も保管するか。などと相談していたときに、御影がこう言い出したのであっという間に話はまとまった。そう。渡さなければいいのだ。
だって、『見付かったら』と先方も言っていたし。ばれたらばれたで‥‥
「我々の主スポンサーにお願いするしかありませんな」
キール達がなんとかしてくれるだろう。念のため、パナシェとアレキサンダーとキールに個別に連絡を取り、いざと言うときのことを頼んでおく。
その上で、『見付かりませんでしたの』と言ったシンデレラに、エイは『じゃ、せめてこれくらい』とひょいとキスを一つしていった。
これを報告しようなんて思った人は、一人もいない。