獣人ドクターズ演奏会アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや難
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報酬 |
5.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/04〜08/13
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●本文
先日最終回が放映された深夜のクラシック偏愛特撮番組『獣人ドクターズ』は、とてもではないが高視聴率とは言えなかった。
特撮番組のはずだがヒーローものではない。主人公達は獣人界の公務員だし、敵役は渋いおじさまで、綺麗どころもいたがお色気はゼロ。特撮番組らしいのは、獣人の主人公達が人間に変身したり、空を飛んだり、姿を消したり、たまにアクションが入ったりするあたりだった。
アクションはともかく、他は獣人が見ると『低予算も極まった』番組作りをしていたのである。
この番組の特色は、OPとBGMの大半がクラシック音楽ないしその編曲されたものということ。なにしろ主スポンサーがクラシックレコード会社なのだ。新規顧客開拓というスポンサーの野望は、一応叶えられたらしい。
そうして、これからがその総仕上げである。
「一日目チケット、かっきり七割。二日目、完売。三日目、六割八分」
この番組制作に携わった弱小番組制作会社『るうぷ』の皆川紗枝は、スポンサーからのチケット販売状況の報告を行っていた。とはいえ、彼女も同僚の英田雅樹も、後輩の金山圭吾もクラシックコンサートのチケットがどのくらい売れると黒字になるのか実はよく分からない。
とりあえず、二日目が完売でラッキーとは思っていた。
「二日目は、未就学児同伴可能って条件の日か。最近増えてるとは聞いたが、需要があるようだな」
「夏休みですし、親子連れで来場してくれるんじゃないですか」
『獣人ドクターズ・クラシックコンサート』と銘打たれたそれは、夏休み期間に三日間行われる。番組のOP、EDとBGMとして使用されたクラシック曲を聴かせるコンサートだ。一部オペラ歌曲も予定されている。
ただ番組が番組なので、主催者側である程度お客が分かれるように、日によって演目や入場条件を変えてある。
一日目は、演奏者も平服。番組OP、ED全曲が演奏される。
二日目は中学生以下の子供同伴が条件で、未就学児も入場できる。
三日目は一般的なコンサートスタイルで、オペラ歌曲が複数入る。
要するに特撮ファンは一日目、家族連れは二日目、クラシックファンは三日目にお越しくださいということだ。この中で一番人気は、二日目だった。
「ネット販売分だと、チケット買うのは六十代以上で、孫を連れてくる祖父母って組み合わせが多そうね。クラシックに興味のない孫と一緒に見たって感想、けっこうあったし」
これこそがスポンサーがもっとも欲しかった客層だが、大きいお友達もこの機会にクラシックCDを買ってくれるようになればありがたい。よって、このコンサートは非常に熱の入った内容だった。
「俺、フルオーケストラは初めてだな」
英田が苦笑したが、フルオーケストラにオペラ歌手複数付きの、立派なコンサートなのである。
ただし、フルオーケストラとは言っても、どこかの交響楽団においで願ったわけではなく、編曲激しい曲目を演奏してくれる人材をスポンサーが広く募って結成した急ごしらえのオーケストラだ。ゆえにその筋で有名な演奏者や歌手は数えるほどしかいない。
しかし有名でないからといって腕が悪いわけではないから、紗枝や英田、金山は当日を非常に期待している。その前に、彼らは演奏者達のスケジュール管理などを請け負っているので、お仕事山積みなのだが‥‥それはいつものこと。
「演奏者の他に、番組紹介のVTR流す準備とか、演奏会の撮影とか、司会者が専門の人のほかに関係者でって‥‥今頃言われても、スケジュールが押さえられないー」
紗枝が叫んでいるのも、いつものことである。
八月上旬、『獣人ドクターズ・クラシックコンサート』開催。
全体練習は一週間、公演が三日。
演奏曲目は、どうやらいっぱいあるらしい。
●リプレイ本文
深夜特撮番組『獣人ドクターズ』のクラシックコンサートは、その不可思議なコンサートタイトルにもかかわらず、
「皆さん、公演三日間の各日千二百席、完売しましたー」
全体練習が始まった初日、皆川紗枝は集まった百名余に発表した。この約半数が演奏者と歌手で、そのうち一部が番組関係者、後はコンサート会場のスタッフやスポンサー会社の人々である。
「ほう、それは素晴らしい」
千二百席って何事と思っている黒曜石(fa2844)や乾 くるみ(fa3860)はさておき、田中 雪舟(fa1257)は予想外だと感心している。その横では三田 舞夜(fa1402)が何か指折り数えて、
「それなら黒字だな。この人数の公演でどうなるかと思ったが」
と言ってしまい、谷渡 初音(fa1628)にひじで小突かれている。
「お仕事としては楽しませても貰いましたから、最後が満員なんてありがたいことです。でも‥‥」
「それほど視聴率は良くなかったと聞いていたが」
紅雪(fa0607)が言いよどんだことを、クロがさっくりと切り込んだ。出演者がそういうこと言うかと、嶺雅(fa1514)とジェイムズ・クランプ(fa3960)が苦笑しているが、スポンサー会社の人々は全然平気。
「深夜特撮の中では低めだったけど、こちらの予想よりよかったから」
「長い長い前振りとしては、上等?」
今度突っ込んだのは、乾ことヌイさんだった。ジェイムズが『出演者は度胸あるんやな』と奇妙なイントネーションで呟いている。
とはいえ、このコンサートのために大枚かけて番組を作っていたのだとしたら、完売は非常に喜ばしい。だが、ちらと求人の際に聞いたときには、完売には程遠かったが‥‥
「参考までに聞いておこう。何で完売?」
「三田さん、あなたって人は!」
番組の情景そのまま、マイヤーが初音さんに怒られている。ぷっと吹き出したのは、きっと番組の視聴者だ。しかし自身が演出家のマイヤーは、そういうことは意に介さない。それは多分、彼の仕事意識ではなく性格だろう。
これには、紗枝が答えた。
「参加者が確定したところで、まずゼロ博士、じゃなくて、田中さんの名前で買ってくれた三日目のお客がけっこう。後はレイ君が、いつの間にやらブレイクしていたので‥‥」
「ちゃんとオペラ発声で歌うから。田中さんと谷渡さんに見てもらって、ちゃんと」
何も悪いことはしていないが、レイが出演者達に腰を低くして言い訳めいたことを口走っている。彼はEDの一曲を歌っているが、本業がヴィジュアル系歌手なので『クラシックコンサート』に混じるのに少々引け目があるらしい。
「あれはいい歌ですよ。後でサインください」
社交辞令か本気か分からない満面の笑みでセッシュウがこう言ったものだから、練習開始前には色々あったのだが‥‥とりあえず練習三昧の日々に突入なのである。
今回のコンサートは、スポンサーの影響力を使っても、正規の交響楽団は借り切れなかった。そもそも楽団ともなれば年間スケジュールが決まっている。それで、彼らは近郊の音大に片端から声を掛けたのである。おかげで演奏者も歌手も、半数近くは学生だ。他はその縁で集まった卒業生の若手。指揮者はある学校の助教授が受けてくれた。
「なるほど。そういう手があったか。これはいい事を聞いた。ま、問題は」
「そ。同類ばっかりではないところだね」
クラシック演奏会の有名どころは獣人でほぼ占有されているが、さすがに音大学生は人間も多数いる。マイヤーは指揮者からその辺の事情を聞きつつ、手慰みに名刺をシャッフルしていた。その名刺はもちろん『熊野蕪村』のもので、初日の開演前にホールで配り歩く予定だ。五百枚ほど刷ってある。
「指揮者は熊野さんがやるかと思ってたけど」
気のよい指揮者殿は、貰った名刺を片手にそんなことを言う。一応三田舞夜の名刺も渡してあるのだが、熊野名刺がお気に入りらしい。
「オレ、シキシャ。オマエラ、オレニツイテコイ。‥‥考えたけどな」
「そうか、考えたか。よし、特訓しよう! 余興に一曲!」
どんな余興だ、そもそも指揮者は要じゃないかと、彼らしからぬ常識的な異議申し立てを並べていたマイヤーだが、当日掲示用のプログラムには『指揮、熊野蕪村』の文字を書き入れられていた。
名刺も皆に奪われたので、更に二百枚も追加。
演奏する曲は日によっても入れ替えがあるので、結構な曲数がある。挙げ句にその中には、編曲あるなしの『悪魔のトリル』が複数。この曲に、ピアノ担当のジェイムズは悩まされていた。先程から、自動販売機近くの喫煙所で人間煙突と化している。
「あ、今日はもう自由練習ですよーって。ね、そこのコーヒーの紙コップはジェイムズ君の?」
「おう。今話かけんといてや。ワンコ違ってるで」
やってきたのがヌイさんなので、犬獣人同士の会話は成立している。しかしそれにしたってジェイムズのニコチンとカフェイン摂取の量を示す残骸はすごいことになっていた。けれども、ヌイさんもなにやら負けないくらいに額にしわを寄せて、口の中でぶつぶつ呟いている。二人とも、演奏曲や会場ホールの展示、当日の演奏方法などはある程度希望が通っているのに、なにやら妙に鬼気迫っていた。
しばらくして。
「ドレスなんか嫌いよ」
ぼそっとヌイさんが漏らしたのに、
「せやったら、タキシードでコスプレしたらええんちゃうん。なんや当日はすごい人らが来るんやろ」
コンサート会場に白衣の群れが歩き回ったら怪しすぎると、来場者コスプレ許可は出さない方針なのだが、演奏者や歌手はある程度融通が利かせられるはずだ。三日目の正装は動かせないので、二人を含めた自前の正装衣装を持たない者が先程寸法取りをされたのだが‥‥ヌイさんは、ドレスが苦手で困っていた。
ジェイムズは来場者コスプレがあったら、盛り上がるのではないかと考えていたが、確かに白衣の群れが客席にいるのはどうかと思わないでもない。チケット完売だと、当日券を売る手間もないし。
しかし、考えていたことはジェイムズの口からするっと飛び出ていて、ヌイさんがにんまり笑っている。その手があったかと、その表情は語っていた。
「ありがとう。あ、練習の時には付き合うからいつでも呼んでちょうだい。あの曲は‥‥腕がつるほど練習しましたからね」
「それよりコーヒーおごったってや」
うきうきとレンタル衣装をタキシードに切り替えてもらいに行くヌイさんを見送って、そろそろ限界値のカフェイン摂取を行ったジェイムズが練習場に戻ると‥‥ヌイさんは余興の練習にバイオリンで『悪魔のトリル』を弾きつつ、場内を走り回っていた。
「なぁんか、許せん」
大半の演奏者が、呆然と見ている光景を前にして、ジェイムズはピアノに向かった。たとえ他人の目にはお調子者に見えることが多かろうと、彼は楽器が大好きだ。そして、自分よりめちゃくちゃ上手に弾きこなす人を前にして、打ちひしがれるよりは練習してしまうタイプだった。
ただ、どちらにしても、近寄りがたいことに変わりはなかったりする。
浮かれているヌイさんも、今の状態では以下同文。
ところで、このヌイさんの衣装に対するジェイムズの発案で、衣装レンタルを取りやめようか悩んでいる者が。
「そうねぇ、着替えがスムーズに出来れば、両方着るのも楽しいかもしれないわよ」
「予算、あるだろうか‥‥」
「あら、どうせドレスは自前ではありませんか。借りる点数が増えるわけではありませんから」
楽器の担当はフルート、出演者の一人で番組ではひたすらゴスロリ系自前衣装。性別は男だけど、スカート愛用者のクロも、三日目はさすがにタキシードを着る予定だった。代わりにメイクは女性風と考えているところが彼らしいが、ヌイさんの切り替えにつられ、初音さんと紅雪の唆し‥‥ならぬ、ありがたい意見に色々考えている。
ちなみに紅雪と初音さんは、一日目が番組内でも着用したスーツで、初音さんは白衣を羽織る。二日目は紅雪が自前の礼装用チャイナドレス、初音さんはあまり堅苦しくないスーツだ。三日目も紅雪は同じドレスだが、初音さんはメゾソプラノ歌手らしくドレスで、これは他の歌手の衣装との調和も考えて色などを決めた。
出演者はどうしても他の演奏者より目立つ衣装が求められるのだが、それは仕事の事情なのでこの三人は誰も気にしない。先程までは、二日目の子供用に準備された着ぐるみと担当スーツアクターとの打ち合わせをしていたのだ。ヌイさんではないが、長らくかけてここまで辿り着いたのだから、がっちりとお客のハートを掴まねばなるまい。
「そしたら当日のアクセサリーはどうするか‥‥」
何か違う方向性で悩み始めたクロはさておき、初音さんと紅雪はお茶の準備を始めた。練習は毎日長時間行われるが、全員が揃わねばならない時間は決まっている。後は自由練習だ。曲数が多いので、学生達はよく居残っていた。中には初音さんはじめ、腕に覚えがある関係者手作りの差し入れや、そうでなくとも色々と持ち込まれる食べ物が目当ての者もちらほら。
たまに、『夜啼鳥さんにお茶淹れてもらった』とか『カーラさんに』と口走るのもいるが、まあそれはさておき。
「二日目に楽器でいろんな音を出すってお願いしてみたけど、出来る人が少なかったの。学生さんには悪いこと言っちゃったわ。余興なのに、慌てさせて」
「でもお子さんには受けますからね。胡弓でよろしければ、馬は出来ますよ」
楽器で奏でる意外な効果音‥‥なども、クラシックへの興味の足掛かりにはよろしかろうとスポンサーも乗り気だったが、初音さんが言うとおりに半分は学生なのでそうした特技の持ち主はちょっと少なかった。けれども胡弓で演奏する曲には、実は馬の疾走シーンを奏でるものがあったりして、胡弓奏者が本業の紅雪はそれを中国で習っていた。
そうしてもちろん、紅雪もこの機会に中国楽器への興味を持ってもらいたいと考えていたりする。
地域問わず古典音楽は『高尚』で『難しい』し『退屈』なのではなく、日常耳にすることも多いし、聞きたかったらCD一枚入手すればいい、携帯電話にダウンロードでも聞けると、知ってもらいたいではないか。
わざわざ言葉にしなくても、そういう気持ちは同じ二人の近くでは、クロがいつの間にか女子学生達に当日の化粧の仕方をレクチャーしている。一応専門の人も手配されているが、全員が一から世話してもらえるわけではないから、慣れていそうな番組出演者に尋ねてみようと言うことらしい。
「普段下地に何を使っているかにもよるが」
クロが愛想はないが生真面目に答えているのを見て、初音さんが一同に声を掛けた。
「お茶にしながらお話したら?」
「お手製の野菜アイスだそうですよ」
『カーラ』と『夜啼鳥』のお誘いを断る人はいないどころか、男子学生まで加わって賑やかになっている。
主音域はどちらもテノール。しかしバス・バリトンも経験が長いセッシュウが、テノールは主にレイに譲ることになった。なによりレイの歌うED曲はテノール音域だから、それに合わせて調整するに越したことはないのだ。
歌う曲が最も多いセッシュウだが、本職がオペラ歌手なので、この後に及んで慌てて譜面を見るようなことはない。三日間歌って欲しいとの要請も、二つ返事で承諾したくらいだ。さりげなく、ホールに出てのサービスも立候補したりと芸が細かい。
そんな余裕の先輩を前に、レイが緊張したのは練習初日だけだ。やはり発声は全然違うので見てもらっているが、セッシュウは驚くほど話題が豊富だった。適宜休憩を入れて、他の学生歌手共々、話を聞かせてもらうのはなかなかに楽しい。ついでに差し入れてくれた水羊羹は、今まで食べたものがなんだったのかと思うほど美味しかった。渋茶も。
でも、何より頼り甲斐があるのが。
「子供の扱いなんて、それほど難しくはありませんよ。自分と同じ生き物だと思わないことです。エイリアンだけれど、笑顔は通じるのを幸い、愛想を振りまくんです」
「あの、それ本気? 本当にそうやってお子さんと接してる?」
「さて? まあ、子供が謎の生き物なのは、我々男に女性が理解できないのと似たようなものでしょう。これなら心当たりは?」
「何かちょっと判ってきたような気がする」
時々からかわれるが、小さい子供と縁のないレイに子供との付き合い方を教えてくれるところだ。これは初音さんも頼れる相手だが、やはり男同士ならではの理解と言うものもたまにはある。
ちなみにこのアドバイス、最初はこっそり尋ねていたのだが、学生にもどうしたら言いのか分からない人がたくさんいて、子どもがいる人は先生役に忙しい。
それでも練習は順調だ。たまにこの二人の歌に呆けて、自分の出番を忘れる人がいたが、本番はきっと大丈夫のはず。
そうして初日。
ホールで『動いたー』と叫び声があがり、名刺があっという間になくなり、会場限定特典付きDVDやCDにお嬢さん達が群がり、着ぐるみとの記念撮影に列が出来て、出演者等へのメッセージを書き込むと本人の手に届けてくれるカードも飛ぶように売れた。
やがて、開幕が近付いて、普通は演奏中の注意事項が流れるアナウンスが。
「今日はよく集まってくれた。獣人会衛生局防疫課人間界出張所課長代行熊野蕪村だ。これより本日の注意事項を伝える」
でも内容は、よくある注意事項かと思えば。
「演奏会中に猛獣や多数の超絶美形が出現するが、君らには何の危険もない。慌てて立ち上がったり、悲鳴、奇声を上げたりしないように。言うことを聞かないとカーラのお仕置きが待ってるぞ」