【城塞都市】閑話休題中東・アフリカ

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 4万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/31〜09/06

●本文

 エジプト某所の遺跡である城塞都市、通称名を『カルア・ミンジャル』になったその場所に、招かれざる客人がやってきたのは八月の下旬のこと。
「君を呼んだ覚えだけはない」
「呼ばれた覚えもありませんよ。でもきちんと仕事のルートで話はつけましたから、四の五の言うのはお互い止めておきましょう」
 この『カルア・ミンジャル』は、地下に獣人関連を強く疑われる遺跡が隠されている。遺跡の保護を行って、使用権など色々入手している遺跡、文化保護団体はその発掘を行っているが、エジプトの関係省庁にはまったく見届けだった。絶対に秘密の事業だが、そもそもこの遺跡の地下に、強力なオーパーツが眠る遺跡があるというのは、知る人ぞ知る話でもある。そのすべてが獣人だったが‥‥
「それで、地下のオーパーツは見付かりましたか? そのくらい、教えてくださってもよろしいじゃありませんか」
「見付からない」
「おや、素直に出ましたね。殴りあいも覚悟していましたが」
 地下の遺跡からは、不思議なものが見付かっていたが、噂されていたオーパーツではない。
 よって、招かれざる客人に対する、保護団体代表で劇作家兼演出家のキールの言い分は嘘ではなかった。黙っていることがたんまりあるだけだ。
「それは残念。うちのボスも楽しみにしていましたが、まだ出てきませんか。ではそれはさておいて、仕事の話をいたしましょう」
「確か君はどこだかの劇場での公演に向けて、忙しいところじゃないのか。エジプトまで何をしに来た」
「ああ、予定していた劇場に最近ナイトウォーカーが出ましてね。験が悪いので、別の劇場を探しているところです。その候補の中に、こちらの『劇場』を追加させてもらいましたから」
 キールの機嫌をどん底まで突き落とし中の客人の名前は、エイと言った。職業はキールに同じ、年齢は二十代後半だ。東洋系は若く見えるといっても、せいぜい三十前後だろう。演出家のくせに、オリエンタルな美形としても人気の新進気鋭の若手だった。キールとは演劇に対する心構えが違いすぎて、滅法仲が悪い。それは欧州の演劇界でも、知られた話だ。
 おかげで、暑いエジプトの、これまた冷房設備などない遺跡の都市の一軒の家の中で、険悪ムードを醸し出しまくっている。他は気配に気付いたのか、誰も近寄ってこなかった。おかげでエイには、水の一杯も振舞われていない。
「遺跡都市の中に、劇場があって、それが現代に蘇る。アクセスが非常に悪いのが難点ですが、それでも観に行く価値のある芝居をすればいいだけだとボスも快諾してくれました。あなたと私なら、それなりに話題性のある舞台を立ち上げられると考えていますが、いかがです?」
「私はね、君のボスとも仲が悪いんだよ」
 憮然としているキールに、エイは小さく吹き出した。自身が、その『仲の悪いボスの部下』だから嫌われていることも、彼は十二分に知っている。そしてキールも、相手がそう知っていることは当然承知していた。
 欧州演劇界の誰もが、『この二人が組むなんてありえない』と思うくらいに、馬が合わない人達なのだ。
「ボスはカクテル同好会の皆様には嫌われていますからね。でも、そのあなた方がご執心の遺跡だということで、シェイドは少しばかり興味が出たようですよ。あくまでほんの少しばかり」
「あの男のやり口は気に入らないんだと、前にも言ったはずだ。ここの使用権は我々が押さえているから、許可は出さないよ」
「そうおっしゃると思って、役所関係に手を回しておきました。圧力をかける様な真似は好みませんが、最低限、こちらの舞台の資料を持ち帰らないとボスに合わせる顔がないので、協力をお願いしますね。あと、舞台との比較対照モデルを入れての撮影もしますから、そのための人員集めにご協力願います」
 舞台と人の大きさなど、演出家は普通写真で比較対照などしない。けれどもエイはそういう作業が大好きで、大抵その時付き合っている女性を連れてきては、撮影をさせていた。付き合っている間は、仕事中も連れ歩く理由付けを惜しまず、会議の時にも写真を眺めるためだと、堂々とどこかの雑誌の取材に答えて、さすがにその発言の掲載は見送られたらしい。
 そんな性格なので、新進気鋭の演出家の舞台に立ちたい女性の中には積極的にアプローチする人もいるようだが、エイは相手に飽きるのも早いので、彼をちょっとでも知っている役者はそういう近寄り方はしなかった。
 キールにしたら、とても『今時の若者は』で済ませることなど出来ない、大層嫌いなタイプだが、こと仕事の手配に関しては有能だった。確かに彼が持参した紹介状は、キール達が無視できないような有力者からのものである。
 それと。
「今回契約の段階で確認させてもらって驚きましたが、彼女は本名もシンデレラなんですね。本当はもうちょっと育っているほうが好みですが、まあ、化粧っ気もないところが新鮮で」
「貴様、好んで地雷を踏むか!」
「人妻に懸想して何十年の奴が何を言うか。俺だって、てめえの真似がしたいわけじゃないが、幸運の女神はとっ捕まえないと逃げるんだよ。‥‥ちゃんと契約してきましたから、不履行だと彼女はモデル業界から引退ですよ」
 ちゃんとした契約書を突きつけられて、キールは押し黙った。さらに紹介状があることを考えると、エイが要求する『舞台』の撮影は断れない。別のカタログ撮影の予定も入っているが、その後に押し込んで、早々にお引取り願うしかないだろう。
 断ったら、この遺跡の発掘、管理権などが維持できるか怪しいところである。
「資料撮影したら、とっとと帰れ。それとここの舞台はおまえの演出には向かないから、選ぶな」
「壊し甲斐はありそうだが‥‥さすがにそれはまずいかな」
 ものすごく険悪なムードで、話し合いは終わったが、仕事はここからだった。


『街の中央に舞台を抱える遺跡都市での、舞台設営準備の一環で撮影決行。
 資料映像のために、舞台並びに都市内部各所で撮影に臨んでくれるモデル、俳優と撮影スタッフを募集』

 そんな求人の後に、内密に付けられたのが、こんな話だった。

『今回のスポンサーが品行不公正、並びに遺跡保護活動の妨げになる行動を取る可能性が高い人物のため、問題を起こさないように見張ってくれる人材も募集』



【仕事の内容・表】
・劇作家兼演出家エイの劇場選抜用の写真撮影における、モデルや俳優の募集。
 モデル、俳優の年齢、性別、経験は問わない。人数が足りない、また他の者と体格、身長、年齢に差があれば、別職種の者でも応募可能。
 ただし依頼人の要求する服装(現地で貸与)、姿勢で、相当時間屋外活動があることを了解の上で応募のこと。

・上記の撮影に関わる職種全般の募集。
 カメラマン、スタイリストから単なる雑用係までの募集。
 年齢、性別、経験不問。屋外活動時間が長いので、その点は了解の上で応募のこと。

【仕事の内容・裏】
・依頼人であるエイの動向把握、ないし問題発生時の身体拘束を行える人材の募集。
 予想される問題行動は、遺跡の破壊、遺物の持ち去り、女性へのセクシャル・ハラスメントなど。
 これらの行動が確認された場合、注意して聞き入れればよし、そうでなかった場合には身体拘束を行うこと。実際に身体拘束が行われた場合の責任は、キールが負う。


【関係者一覧】
・エイ・二十代後半、男性
 欧州を拠点に活動する、新進気鋭の劇作家兼演出家。若者の人気は高いが、古典的脚本や宗教観を貶めるような演出が目立ち、世間一般から受け入れられているとは言いがたい。
 当人も好んで問題行動を行っている節があり、特に女性問題で顕著。
 現在所属する団体代表の意向もあり、エジプト『カルア・ミンジャル』を視察に訪れている。

・キール・五十代・男性
 エイと同業者で、大層仲が悪いことは業界に知られている。こちらは業界の中堅以上、重鎮未満。世間での評価は高い。
 重厚な演出とは裏腹に、陽気なタイプだが、時々豹変する。
 『カルア・ミンジャル』保護団体の責任者。

・シンデレラ・自称十七歳、時々二十歳・女性
 イタリア人モデル。現在の主な身分は『カルア・ミンジャル』保護団体奨学生。
 エイが手を回して、今回の仕事の契約をしたモデルの一人。妙に気に入られている。
 性格がぼけぼけぽややんなので、セクハラされても程度により気付かない可能性大。

・アレキサンダー、パナシェ、ピノキオ、ネロ
 アレクとパナシェはシンデレラの祖父母で、キールの友人。ピノキオとネロはシンデレラの兄で、同じく保護団体奨学生、エイの友人でもある。
 いずれも『カルア・ミンジャル』保護団体活動の職員として、現地にいる。

●今回の参加者

 fa0179 ケイ・蛇原(56歳・♂・蛇)
 fa1758 フゥト・ホル(31歳・♀・牛)
 fa1773 海斗(14歳・♂・小鳥)
 fa2249 甲斐 高雅(33歳・♂・亀)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa3622 DarkUnicorn(16歳・♀・一角獣)
 fa4044 犬神 一子(39歳・♂・犬)
 fa4046 楓・フォルネウス(35歳・♀・蝙蝠)

●リプレイ本文

 モデルや撮影担当で呼ばれた八人を、城塞都市通称『カルア・ミンジャル』から近くの街まで迎えに来たのは、シンデレラとネロ、ピノキオにエイの四人だった。買出しも兼ねて、車も大型のものが二台だ。自前の二輪を敷島ポーレット(fa3611)とDarkUnicorn(fa3622)が所持していたが、幹線道路から遺跡までの砂地を移動させるのは良くないかもと、街のホテルに預かってもらうことになった。預かり料は、エイが出している。
「なんや、案外ええ人やないの」
「いや、油断させるつもりかも知れんのじゃ。まだまだ観察せねばならぬぞ」
 愛称がそれぞれポーとヒノトの女性二人がぼそぼそと言い合っているのから少し離れて、集まった八人の確認をしていたネロが犬神 一子(fa4044フル)のフルネーム、『イヌガミ カズシ』を確認して、首を捻っていた。
「呼ぶときはわんこでいい」
「エイが、女の人だって言ってたのにな」
 これを聞きとがめたのが、フゥト・ホル(fa1758)以外のケイ・蛇原(fa0179)、海斗(fa1773)、甲斐 高雅(fa2249)、楓・フォルネウス(fa4046)の四人とわんこ本人だ。ポーとヒノトはとりあえず置いて、日本語を読める面々である。
「彼、日本人?」
 こちらに来る前に、大きいカイ君が調べたところでは、エイは大半のプロフィールを秘密にしている青年だった。年齢も二十代後半としか公開していないし、キールに尋ねてみても、本名は分からないと返答があったくらいだから、徹底している。
 そんな馬鹿なと思う話だが、エイが所属しているプロダクションは社長からして人前に滅多に姿をみせない変わり者で、でも演劇を中心とした興行は成功させる腕前の持ち主を取り揃えた、キールいわく『協調性はないが、才能が有り余っている集団』。社長も本名不明だが、シェイドといえば欧州演劇界では他人と間違えることはない有名人だそうだ。
 隠されると知りたいのが人の業‥‥ではないが、仮にも仕事を一緒にするのであればエイの素性の一旦なりと知りたいと、ハトホルも含めてネロとピノキオに尋ねてみたところ。
「日本に住んでたらしいけど、国籍はどうだかな」
「先祖はアジア六カ国くらい辿れるって言ってたね」
 あくまで伝聞ながら、ネロとピノキオの双子は素直に答えてくれた。だが、ハトホルがエイとシェイドの人となりを聞いた時には。
「お友達じゃなかったの?」
 ハトホルだけでなく、楓やケイさんも不審に思ったのを隠さないほどの酷評が出て来た。
 簡潔には、どちらも自分が興味のない相手には冷淡で、自分が得する相手は厚遇するタイプ。シェイドに会ったことのない双子は、そちらにはそれ以上を口にしなかったが、エイには『こうと決めたら、札びら切って無理にも実行する。才能と顔がなかったら、我侭通り越してチンピラ』と言いたい放題だ。
 この辺の評価は、大きいカイ君がキールなど欧州演劇関係者証言から拾ってきたのと、案外似通っている。演出家としても、苛烈な性格で気に入らない俳優を次々変えたりして、何度か問題になったこともあるらしい。
「そんな人とお友達なんて、二人も不良だね」
 小さいカイがにぱっと笑っての放言に、双子はけらけら笑っていたが、口を揃えて。
「でも、エイの演出がばっちり決まった舞台は総毛立つほどいい」
 と口を揃えた。そこまで言われれば皆も見てみたいものだが、気の利かない二人はVTRの類は持っていない。
 それで、ヒノトやポーと一緒に話し込んでいるシンデレラとエイに、尋ねてみることにした。この時の四人は、車の話で盛り上がっている。幸いにして、エイが何か悪さを仕掛けたという様子はないようだ。
「でも、なんだか気が付かなさそうなところが心配ですね」
「それもありますし、わたくしは自分が叩き返されるのではないかと心配ですよ」
 楓がおっとりした様子ながら、意外に鋭いことを言い、ケイさんは前途多難そうだと溜息をついている。
 あいにくとVTRはシンデレラもエイ自身も持っていなかったが、エイが一番歓迎したモデルはケイさんという、皆が首を傾げることはあった。わんこに対しては、『カズシ? わんこ? ああ、わんこ』と、日本語が分かる節を見せたが‥‥女性ではなかったのが、残念だったようだ。
 ポーが片方の車の運転席に入り込んだ直後に、ちゃっかりその助手席に収まっている。シンデレラもそちらに乗ったので、ヒノトが額に青筋を浮かべつつ、やはり同じ車。小さいカイが面白がって向かい、後は人員の都合で体格のよいわんこが乗り込んだ。
「妹さんはあちらでよろしいのですか?」
 楓が、買出しの食材で何が出来るだろうと思いながら、運転しているネロに尋ねた。なにしろ『セクハラ男から守ってくれ』という依頼が混じっているのに、当のシンデレラがエイと一緒に行動しているのだ。
「手ぇ出したら、事務所に火ぃ付けるって言ってある」
 それじゃ脅迫だが、この双子とエイは物騒なことを言い合う友人関係らしいと、乗り合わせた一同は理解した。何人かは、『本当にやりかねない』とも思っている。

 さて、到着した『カルア・ミンジャル』は閑散としていた。出迎えはキールとシンデレラ達の祖父母のアレキサンダーとパナシェの三人のみだ。
「他の人達、どうしちゃったの?」
 賑やかな頃を知っている小さいカイが尋ねると、学校に行っていると返ってきた。ここで仕事をした見返りで、奨学金を貰う手続きをして、それぞれの故郷や留学先で勉学に勤しんでいるそうだ。芸能人を目指す青少年向けの奨学基金に、ご年配者達は出資しているらしい。
 おかげで撮影担当の大きいカイ君と、雑用全般担当のわんことヒノトは目が回るほど忙しくなったが、モデルを務めるケイさん、楓にポー、小さいカイとシンデレラの五人も全然暇ではない。器用に衣装の管理やメイクをこなすアレクとパナシェの夫婦に手伝ってもらって次々着替えても、エイはけして狭くはない『カルア・ミンジャル』のあちこちに眼を留めては、誰と誰がどういう姿勢でと矢継ぎ早に指示を出す。ちょっと聞き逃しても、二度は言わずに、聞き返すと怒られた。
 とはいえ、双子によれば、案内役を買って出たハトホルが事細かに遺跡の様子や昔の生活習慣などを説明するので、まだまだおとなしいものらしい。大きいカイ君の言う通りにレフ版などを抱えて走り回っている彼らのエイ評を聞いていると、どの辺が正しいのか混乱を招く。
「眼の付け所は面白いですがね。観客席をどこに置くか、場所ごとに検討しているのでしょう」
「私もそう思いますわ。時々、どう考えても観客が十人も入らない場所もありますけれど」
 ケイさんと楓は俳優業も長いので、撮影されているのが『カルア・ミンジャル』全部を舞台に仮定した場合の人物比だと勘付いていた。楓はじめ女性陣が、時々高い靴を履くよう指示されるのは、身長差を出すためだ。他には厚手の上着を何枚も羽織らされたり。これは多分体格差だろう。
 となると、一体どういう舞台を考えているのか、知りたくなってくる。ケイさんとハトホルの場合、時間稼ぎをして地下の遺跡の気配を辿られないようにと考えもあったかもしれない。
 そんなわけで、休憩の声が掛かったのを幸いにケイさん、楓、ハトホルの三人でエイを囲んで、『次の上演予定作品の傾向について』を尋ねてみたところ。
「シェークスピアとか」
「‥‥意外に古典的脚本や宗教観に寄り掛かってるのね」
「デスデモーナのハンカチを、女性用ショーツにする案は自分で却下した」
「‥‥それは下世話ですわ」
「貞操を示すには、ありきたりだから」
「‥‥確かに文化背景を知らないと、ハンカチ一枚ってことになりますがね」
 はぐらかしているわけではなく、本当にそういうことも考えていたらしい。三者三様のなんとも言えない表情に囲まれても、エイは色々アイデアを並べていたが、おおむね下世話だった。それが『背徳的』と評されるまでにどう変化するか不明ながら、落ち着いて話をしている分には撮影中の横暴さは影もない。人間性の判断が難しいタイプだと思いつつ、ハトホルが。
「シェイクスピアなら、ここの舞台でなくてもいいでしょうに」
 と話を向けると、彼女の手をとって。
「他人の大事なものは見てみたいでしょう。嫌がられてもね」
 などと言って、ハトホルに手を振り払われ、楓とケイさんに嫌味を言われている。

 ところでこの頃。
 わんこが用意してくれたパラソルの下で、小さいカイがたくさん用意してくれた紅茶のケーキを摘まんでいたヒノトとポーとカイ本人は、キールと話をしていた。一応ヒノトが『エイのセクハラにどこまで返してもいいか』を確認していたのだが、
「腕の一本、足の一本も死なない程度にどうじゃ。治せばよかろう?」
 といった途端に、キールの反応が。
「おじさん、本気でやれって言いそう〜」
 カイが口にした具合になったので、ポーが目を白黒させている。そのポーの反応に心が痛んだのか、単に常識の世界に立ち戻ったか、ヒノトは一人で『闇の獣人でもないし、これはやりすぎじゃの』と独特の峰打ちに変更したらしい。どの程度の差があるのか、聞いていたポーは理解できなかったようで、今度は遠くを見詰めている。キールも同様に、ここではないどこかを眺めていた。
 それはさておいて、わんこはこまめに動いて皆が涼しいように取り計らってくれ、当人は平然と日向を歩き回っている。さすがにそれはよくないと、カイやポーが何度も呼んで、一緒に休憩だ。蜂蜜漬けのレモンも回る。
 そこに離れて演劇論を戦わせていたらしい四人がやってきて、仲間に加わった。全員座る椅子はないが、さすがにエイも女性優先の気持ちはあるらしい。ベンチの間に入り込まれると嫌なので、女性陣は間をちょっと詰め気味で座る。
「エイさんもお水飲む?」
 小さいカイがごく普通に水や菓子を勧め、ケイさんから撮影意図の一部を聞いたポーとヒノトがどんな風に写っているのか見ながら説明して欲しいと言い出したが、あいにくと大きいカイ君がいなかった。
「人の女連れて、どこに行きやがった」
「「「「「誰の女だ!!」」」」」
 暴言を吐いて身を翻したエイの背後から、五人分の声と、二人分の影が追いかけていったが‥‥休憩中の人々は顔を見合わせて、続けて休憩に努めることにした。
「危ないんはシンデレラだけやないやろか」
 ポーの感想にも、否定の言葉はなかった。今だと、大きいカイ君も別の意味で危ないかもしれないが。

 人から物を貰ったら感謝と挨拶は欠かさない。最低限の礼儀はちゃんと守ること。
 シンデレラの以前の行動を、これ以上はない気分で噛み砕いて注意していた大きいカイ君は、反省しきりのシンデレラを前にまだ不安だった。浮かれると、また同じ失敗を繰り返す性格かもしれないという気分が、しなくもない。
 それで、もうちょっと突っ込んでみた。疲れているので、面倒だと思わないでもないが、言っておかないとこの『お姫様』は多分気付かない。
「獣人はすべて自分に危害を加えないという考えかもだけど、それは甘いよ。敵を増やせば」
「敵?」
「増やしたら、損をするよ。構わないなら、僕も関与しないけどさ」
「それは‥‥この人は他人を傷つける人かしらと全部観察しなくてはいけませんということですの? 礼儀知らずが、嫌われるのは分かりますけれど」
 何かこう、周辺の温度が下がるような気配がなくもなかったが、かなり近くでシンデレラの名前を三人がかりで連呼されると煩わしい。シンデレラは、呑気に返事をしているし。
「このお姫様一筋なら、それはそれで賞賛に値すると思うよ」
 真っ先に駆けつけてきたエイが、これ見よがしに彼女を抱き寄せるので、カイ君は非常に正直なところを口にした。ところが、付いてきた双子の兄は友人のはずのエイに悪口雑言投げつけている。彼らの関係も、単なる友人というには、おかしなものだ。
 エイはシンデレラにキスをねだっていたが、カイ君のほうは見なかった。

 結局、『一番狙われているけど、自覚もないのはシンデレラ』と意見の一致を見たモデル達は、日々シンデレラを構い倒していた。エイには人目はばからず『キスしよう』と迫られているのだ。当人が『嫌ですの〜』なんぞとのんびり言っているようでは、確かに危ない。急遽モデルに変更相成った、皆からは『やりたくなったんだね』と思われているヒノトが、日傘片手にシンデレラに張り付いていた。
 時々はエイも撮影意図や脚本アイデアなどで質問攻めにして、小さいカイやポーは素直に感心していたりする。質問するのは、言い負かされないハトホルだ。一部楽しんでいる節もある。
 ただ、さすがにエイが舞台近くの煉瓦造り家屋を指して、『あれを壊すと完璧』と言い放った時には、そういう映像を作らされた大きいカイ君が怒ったし、エイの頭の横を畳んだパラソルが素晴らしい勢いで通り抜ける一幕もあった。
「すまねえな。ちょうどおまえさんの頭の辺りが危ないんだ」
 身長二メートルに十センチ足りないわんこは、平然と更に五センチ程度低いエイに、全然すまなそうではなく言っていた。楓が危ないとどきどきしていたが、ケイさんは自分も巻き込まれないようにとエイから遠ざかっている。
 本当に大人気ないことをするエイだが、対する依頼人側も基本的に大人気なく、ちょくちょく言い争いをしていた。これはもう生暖かく見ておいて‥‥
 エイが『カルア・ミンジャル』を離れてから、三々五々に集って酒盛りなり、飲食をして憂さ晴らしや情報交換に努めることになった。

●ピンナップ


敷島ポーレット(fa3611
PCシングルピンナップ
火川 遊