番組制作会社るうぷ廃業アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.5万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/24〜09/30

●本文

「今日の予定は、取引先に挨拶が三件で、それから税理士さんのところに寄るの。全部連絡は付いてるから」
「分かった。圭吾、私物は先に詰めておけよ」
 弱小番組制作会社『るうぷ』の社員皆川紗枝と、今だけ取締役肩書きの英田雅樹の二人は、濃淡の差はあれ紺色のスーツ姿だった。年齢こそ一回り違うが、まるで就職活動中の学生のようだ。手にしているのは、書類が詰まったブリーフケースと手土産入りの紙袋である。
 取り残される金山圭吾は、しょぼくれた様子で段ボール箱に言われたとおりに私物を詰め込んでいた。
「元気ないわねぇ。圭吾君はこれから本格的に撮影の腕が磨けるんだから、もっと嬉しそうにしなきゃ」
「いやあの」
「心配すんな。おまえが専務の会社に移るから廃業するわけじゃないぞ」
「廃業というより、吸収合併だもんねー。渡りに船だよねー」
 弱小番組制作会社『るうぷ』は社内内紛が元で三つに分裂し、もともとの母体である『るうぷ』社員が三人しか残らない存続の危機に陥っていた。その状態で自転車操業、初めて自社で作成する番組を一つ撮り終えたが、これまた綱渡り。なんというかもう、いつどうなってもおかしくない様子だったのだが。
 社長と社員の日頃の行いがよいのか、それとも単に悪運の持ち合わせが多いのか。『るうぷ』が保有する映像や音源の保管状態が良いことに目を付けた、特撮番組『獣人ドクターズ』のスポンサーが隠居同然の社長にこう持ちかけてきたのだ。
『御社が保有する全部の映像や音源の権利を譲ってもらう代わりに、吸収合併の形で残っている社員を引き受けても良い』
 引き受けてもらうことになる社員三人にも、ちゃんと話がやってきた。どういう仕事をしてほしいと計画しているとか、そういう説明だ。
 そうして社長と社員三名の計四名に、離反したはずの元社員複数を加えた十名余りで相談した結果‥‥内紛分裂の話が業界に回っていて、再起が困難な『るうぷ』の廃業が決まったのである。ただし撮影を本格的に極めたい金山は、その方面に強い元専務が立ち上げた会社に移ることになった。よって、新しい会社に引き受けてもらうのは英田と紗枝のみである。
 関係者やその周囲の人々がどう思おうと、当人達はかなり『ラッキー』と思っている出来事である。とはいえ、その前の諸々の手続きや挨拶回り、これまでの仕事の次の引き受け先としての元同僚の会社の推薦など、雑多な仕事が山積みになっていた。
 おかげで。
「おまえのペースで片付けをすると、まず終わらない。人を頼んでおいたから」
「なにそれっ。あたしに断りもなく、引越しの手配をしないでよー」
「金の管理は俺だから」
 片付けに大層なこだわりを持ち、徹底してやらねば気が済まない紗枝に合わせると、十月からの新しい会社への移動がままならない。とにかく今月末には、業者に荷物を詰めた段ボール箱を預けて、事務所をオーナーに明け渡さなければならないのだ。
 よって、弱小番組制作会社『るうぷ』は、最後の最後にまた人を頼んでやっつけ仕事を計画している。

「仕方ないなぁ。資料映像の収め方と、音源との分け方と、それから棚の掃除の仕方に、ダンボールへの中身の書き方はちゃんとまとめとくからー、その通りにしてもらってよねー」
「誰か不用品を貰ってくれると助かるけどな」

●今回の参加者

 fa0629 トシハキク(18歳・♂・熊)
 fa1401 ポム・ザ・クラウン(23歳・♀・狸)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa2037 蓮城久鷹(28歳・♂・鷹)
 fa2361 中松百合子(33歳・♀・アライグマ)
 fa2544 ダミアン・カルマ(25歳・♂・トカゲ)
 fa3109 リュシアン・シュラール(17歳・♂・猫)

●リプレイ本文

 弱小番組制作会社『るうぷ』廃業の話は、聞いた人々をちょっとは驚かせたが、すぐに納得もさせた。それは吸収合併の形なので、社員達の将来の心配がなかったことも関係しているだろう。
 とはいえ、『るうぷ』に辿り着いてみたら、片付けの方法で大もめにもめている英田雅樹と皆川紗枝を見て、紗枝が作った『荷物の詰め方指示書』を眺め。
「こだわりがある人ってすごいわねぇ」
 中松百合子(fa2361)の感想に、誰も反論はしなかった。こんなことしていたら、会社一つ畳むのはまず無理だ。金山圭吾が皆に挨拶して、まず渡してくれたのは不用品のリストである。これを綺麗にして、リサイクルショップに引き取ってもらうなり、廃棄する。
「VTRなんかは紗枝さんが整理してあるから、ほとんど箱詰めするだけでいいはずなんです。だから、漁る前にいらないものの処分と掃除をしましょうと、英田さんが」
 そう言われた途端にリュシアン・シュラール(fa3109)、蓮城久鷹(fa2037)、トシハキク(fa0629)の三人があらぬ方向に視線を向けた。対照的に三田 舞夜(fa1402)は食い入るようにリストを見た後、とても堂々と請求した。
「ソファが廃棄なら、事務所の仮眠ベッドに使うからくれ。他にリクライニングする椅子があれば貰いたい」
 他にあれもこれと事務所の備品にしたいと言うマイヤーに、山田悟志(fa1750)とダミアン・カルマ(fa2544)が仕事が先ですよと言い聞かせている。
 いきなり前途多難っぽくなったが、ポム・ザ・クラウン(fa1401)が自分の作ってきた差し入れに加えて、非常に充実した持ち込み食品の数々を冷蔵庫にしまってきたところで、一応仕事は始まりである。

 幾ら少しでもリサイクルショップへと思っても、廃棄するしかない品物は存在する。力のある人がいいと呼ばれたジスは、段ボール箱に乱雑に詰め込まれたディスク系を前にちょっと悩んでいた。なんらかの映像資料なのだが、全部へし折ってくれとの注文だ。もちろん工具類もあって、素手で壊せというものではない。
「これ、中身はなんなのかな。壊しても問題ないもの?」
「一般人の取材映像で、使わなかった奴。今の御時世、そういうのは処分に気を使うから」
 ニュースショーの特集コーナー用だから、これといって珍しいものはないと紗枝に断言されて、それでもどういうやり取りで取材したのか気になるジスだったが、まあ他人様の話をひたすらチェックするわけにも行かない。
 そういうことならとせっせと仕事を始めたジスだったが、次々と同様のダンボールが横に積み上げられていくのを見て、涼しいのに汗が出てきたかもしれない。
 対照的な大層ご機嫌なのはマイヤーだった。ソファに椅子、寝袋になかなか綺麗な毛布まで譲ってもらえることになり、意気揚々とそれらに目立つように事務所の名前を書いた紙を貼り付けている。他の品物も全部チェックして、どこが汚れているとか、これは廃棄だとか細かい仕分けをしていた。あまり得意そうではないが、時々力仕事も。
「お宝アイテムの発掘はするつもりがなかったが、これだけ手に入ればちょっと予算が浮くな。資本が多いところだと、そんな心配も要らないんだが」
 途中ちょっと姿が見えなくなったのは、備品を運ぶ手段の手配をしていたためらしい。それが自分の事務所への輸送なのか、それとも不用品をリサイクルショップに持ち込むためなのかは‥‥非常に微妙なところである。
 そんなマイヤーも必要のない物品で、まだまだ現役のものは随分と少なかったが、山やんとポムの二人が徹底的に綺麗にしていた。ばらばらでやるとあちこち中途半端に品物が点在してしまうので、まずは事務所の机などからだ。手早くこれらの処分をしないと、部屋全体の掃除が出来なくなってしまうのでどちらも真剣だったが‥‥
 ポムは思っていた。何ゆえ連れ合いが世話になっていると挨拶をして、ああも強張った顔付きをされなければならないのか。ポムの連れ合いは山やん達と一緒に『るうぷ』の缶詰仕事を体験している。何かご迷惑でもおかけしたのかと、気になるところだ。
 山やんも思っていた。友人から預かったブツがブツなので、そんなものの存在を奥さんに知られるわけにはいかないと。当人がいないので、万が一にもばれたら責められるのは自分かもしれないからではなく、男同士の友情というものだ。多分、きっと。
 だがしかし、二人共に机や椅子、袖机などを磨くのに熱中して、この場にいない人に関するどきどきは忘れてきたが、どうしたって別のことは思い出させられる。なにしろ熱中していると時間がたつのは早いから、おなかが空くのである。
「お昼は差し入れがいっぱいあるから、それでいいよね。ルカ君が何か作るかもって言ってたけど」
「確かクロワッサンを持ってきてくれてましたから、僕はコーヒーを淹れましょう。英田さんと皆川さんは外出中ですから、その分の取り訳をお願いしますね」
 山のようだった差し入れをどう二人分取り分けておこうか考えつつ給湯室に向かった二人は、そこで帰り着いてフライパンを握っている英田と、買出しに行ってきたらしいルカと荷物持ちだったヒサを見付けた。鍋が欲しいとか、どこかから出て来たカメラのレンズがどうとか、言っている。
 片付くのかなと、ちょっと不安になったポムと山やんだった。
 クロワッサンサンドにフライドポテトとポタージュ、鶏肉と秋野菜の含め煮に田楽などと買ってきたおにぎりで昼食を、休憩のおやつはナッツ入りチョコレートや三食おはぎ、ココアミルフィーユにスィートポテト、カラメルビスケットまで豪勢に食べて、夕飯も結局そのまま全員で。
 そうして、深夜も近くなった頃。
「ヒサさん、これもお願いします。こっちのはもう詰めてしまっていいですか」
「ちょっと待て、あの小難しい指示書によるとだな、入れ方があるらしいが‥‥まあいいや」
 色とりどりのガムテープに、取り扱い注意と印刷されたテープを準備したルカが、ヒサと二人でVTRを漁っていた。現在残っているものは、個人で楽しむだけならコピーをとってもいいと念書を書いて許しを貰ったのだ。『るうぷ』がなくなってしまったらもう二度と漁る機会などないし、ヒサは以前から目星をつけていたものもある。ルカと二人、居残って延々とコピーに勤しんでいるところだった。
 もちろんどちらも日中は力仕事や品物の細かい手入れ、コピーさせてもらう代わりの色紙書きや写真撮影をこなして、今の趣味の時間に没頭している。VTRの保存状態と整理のされ方が独特ながらも一覧があったのが幸いして、彼らの趣味仕事は大層はかどっているが‥‥なまじ一覧があるがゆえにほしいものが目白押しで終わる気配はない。
「終わった棚に印つけといてくれ」
「はーい。それが終わったら、お茶淹れましょうか」
 当然翌日も引越し仕事なので、徹夜でやるわけにも行かず、二人は切りが良いところで今夜の趣味仕事を諦めたのだが‥‥翌日からはジスなども加わって、更に危険なことになっていた。
 三日目ともなると、不用品はめでたくリサイクルショップなどに引き取られていった。おかげで『るうぷ』社内は広々としていたが、問題がないわけでもない。
「整理したものとまだのものが混ざらないように、この境界線は絶対に守ってくださいね。そこの壁際はこれから綺麗にするから、荷物はドアの横に。テープの色で分けてね」
 VTRなどの入っていた棚もさよならしたので、まだ確認していないとか色々あるものが敷かれたダンボールの上に積まれていた。ダミアンが口を酸っぱくして注意しても、時々我を忘れたように見入っている人が出る。それだけならまだしも、ダミアンにも『これ好きそう』とお勧めが入ったりするのだ。
 掃除しなきゃいけないんだからと言いつつ、『模型ブームの最前線』なんていう特集を示されると、心が動くダミアンだった。かろうじて発掘作業を休憩まで待ったのは、彼の自制心と別の要因もある。
 掃除は換気に気を配り、オーナーに引き渡すのだから棚の後ろに隠れていた壁も、天井のヤニ黄ばみも、もちろん照明の底子に積もった埃も全部綺麗にしなくてはと、紗枝と一緒になった脚立まで使った掃除をしていたユリは、休憩のたびにやれやれと思っていた。宝物の山を前にして、半数くらいは仕事同様の熱心さでお宝を漁っている。ポムも自分の仕事分は欲しいと言うくらいだから、つまりは『思い出』の確保だ。
「そんなにたくさんコピーして、持って帰ることも考えなさいね。あと、誰か天井の角の汚れを拭いてちょうだい」
 姉御の指示で、休憩後は何人かが機敏に働いたが、ふとマイヤーが気付いたものがある。
 『人気のカフェ情報06年』なるVTRと資料コピーが、さりげなくユリの鞄に突っ込まれていたことに。誰かが気を利かせたのか、それとも当人がちゃっかり発掘したのかは、謎のままだ。

 そうやって、VTRのコピーに費やした時間はもはや不明。最後の最後まで活躍した給湯室の食器や鍋などもルカはじめ希望者に引き取られていった。来客用茶碗一式は、見付けたマイヤーが抱え込んだ。
「なんだか、知らない場所みたいね」
「ここで修羅場を潜り抜けたなんて思えませんよ。荷物がないと広いですね」
 どこから出てきたのかレジャーシートを床に敷いて、細々とお菓子を準備したユリとコーヒーを淹れた山やんが仕事後の休憩準備をしている。コーヒーメーカーはともかく、給湯室も換気扇まで綺麗に磨き上げた後なので、お茶菓子は買ってきたものだ。
 挙げ句に場所は廊下。事務室内は先程ワックスがけまでしてしまったので、しばらく立ち入り厳禁である。
 そんなことをしていると、マイヤーは清酒の瓶につまみを持ってやってくるし、引越し業者を手伝って荷物の搬出をしていたヒサやダミアン、ジス、ルカも続いている。ポムはちょっとお出掛け。英田と紗枝と金山が業者を見送って、やれやれといった面持ちで引き上げてきた。
「何もここでお茶にしなくてもいいと思うが」
「乾杯くらいはここでよかろう。運転があるならコーヒーでな」
 英田がマイヤーから紙コップを受け取って、他の全員にそれぞれ飲み物が行き渡ろうかというところで、ポムが息を切らせて帰ってきた。手にしているのは、小さい花束だ。
「はい、お疲れ様でした」
 貰った『るうぷ』の三人はしばしきょとんとしていたが、ヒサに宴会の用意もあるからと言われて顔をほころばせた。会社がなくなるのは『社長のものだから、本人が納得していれば』と言っていたが、改めて送り出してもらえると嬉しいのだろう。
「また何か手伝えることがあれば、声掛けてくれ」
 ジスは資料も貰ったしと口にし、もっと貰ったヒサとルカは苦笑している。恩に着せられたら大変だと混ぜ返すのは、ユリだ。ダミアンも、VTRの他に調味料など貰ったので、似たような表情になりつつ、ふと尋ねた。
「今度はどういう仕事の予定って、聞いても大丈夫なのかな」
「んー、ミニコンサートの企画実行みたいなの? まだ予定だけど」
 何かのときには手伝えといわれているのは、大物を貰いまくったマイヤーだ。音楽演出が仕事なので、これは当然言われてしかるべきものである。ユリはちょっと傾向が違うかしらと口にしていたが。
 そんな話の後で、これまで一緒にやった仕事のことなどが話題になって、ポムが英田が横に置いている会社名の入ったプレートを眺めて、紗枝に問うた。社名の意味は、社長の親族の彼女が一番詳しそうだからだ。
「お仕事が途切れませんようにって、そういう気分でつけたみたいよ」
 聞かなきゃ良かったと思ったかもしれない。だが。
 山やんが金山に『この機会に二人に言いたいことがあれば言ってしまいなさい』とけしかけていたのに加え、飲んだ酒の勢いもあってか、金山が英田と紗枝の前に正座した。レジャーシートの上で、場所は結局廊下なのだが。
「社長から相談があったので、今言います。英田さんと紗枝さんが結婚しないのは何でだろうって尋ねられたんです。言ったのは社長で、後専務と部長と他の皆も言ってましたけど、僕は答えられませんから、お二人でお願いしますねっ」
「人のことなんだからいいじゃん」
 マイヤーはあっさり言い切ったが、金山だって本人の言い分ではない。でもすっきりした顔で、『あー、言った言った』と口走っている。
「「その気がないから」」
 そんなところで示し合わせたように唱和するなよと、聞いた全員が思ったが、話題にされた二人は心底そう思っているようだった。周りの人が気をもんでいるらしいのに、のんびりしたものだ。
 挙げ句に金山も。
「あ、仕事があったら回してくださいね」
 と、すでにほろ酔い加減である。
 よくもまあこんな三人で、今までの色々を乗り越えてきたものだと全員が思った。ついでに。
「‥‥新しい会社で大丈夫かな」
 誰かの呟きに答える人は、もちろんいない。
 予約している打ち上げ会場の店の予約時間が近付かなかったら、きっと彼らは脱力したまま、今日までは『るうぷ』社員の三人を囲んでいたことだろう。ここはもう、皆で飲み食いして元気をつけて、新天地に向かう三人を送り出すしかない。
 ちゃんと送り出さないと、なんとなく心配だった。