たんじょーびおめでとーアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 1.4万円
参加人数 8人
サポート 1人
期間 10/06〜10/12

●本文

 着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』は、札幌市に事務所を構える小規模だが多角経営の劇団だ。着ぐるみ演劇以外の仕事も多いが、その中にはお誕生会の盛り上げ役というものがある。
 『ぱぱんだん』の事務所兼住居兼経営するコンビニエンスストアの斜め向かいに、保育園がある。『ぱぱんだん』の現在十代、二十代の人々が通っていた保育園だ。
「じゅーぎゃつは、とらおーじとゆみおばちゃーがたんじょーびきゃいでちゅ」
 着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』の看板パンダ、笹村カンナが、予定表に見目良い字で仕事の予定を書き込んでいた。ただし彼女は着ぐるみという名の自前毛皮をこよなく愛しており、プライベートタイムの大半は完全獣化で過ごしている。ご近所では、いつも練習に励んでいる働き者で通っているはずだ。多分。単なる変わり者だと思われているかもしれない。
 そんな変わり者だか働き者がいる『ぱぱんだん』は、ご近所さんでもある保育園とは良好な関係を保っていて、毎月ある園児のお誕生会には着ぐるみが何人かご招待されることになっている。今回の誕生会は、カンナの叔父叔母の漆畑夫妻が訪問することになっていた。
 そうして、カンナは今月中旬からのアメリカ行きを前に、思っていた。
「あらちのたんじょーびももーちゅぐでちゅ」
 カンナの言葉遣いが変なのはいつものことで、鼻が詰まっているわけではない。
 そして確かに彼女はもうすぐ誕生日だった。アメリカはラスベガスで行われる着ぐるみだけの演劇ショー出演の準備で忙しい家族は、すっかり忘れているようだが。そもそも二十歳を過ぎて、家族揃って誕生会をする人は滅多にいないだろう。
「カンナ、衣装の繕いに必要な布が足りないから、買ってきて。これ、メモ。帰ってきたら手伝ってね」
 従姉の初美は、演劇ショー用の衣装を用意するのに忙しい。
「ちょうどいい、街に出るなら航空券を受け取って来い」
 演劇ショー責任者の兄の睦月は、様々な事務手続きで目が回りそうだ。
「ケーキ? その日は俺、店の方が忙しいんだけど」
 その余波を被って、コンビニ店員の仕事が詰まっている弟の葉月もつれなかった。
 だいたい、カンナも出発前までは、大変忙しいのである。知らないうちに誕生日が過ぎていてもおかしくはないのだが‥‥
「ねー、にーに、おてちゅだいのぴと、よばなきゅてもいーでちゅきゃ?」
 カンナは自分の誕生日には、家族に注目されて美味しいものを食べたい人だった。いつまでも純真なといえばまだ聞こえがいいが、二十歳過ぎてもまだ子供。
 しかし、近日に保育園児が家庭菜園というには広い畑にやってきて、ジャガイモ掘りの予定がある『ぱぱんだん』は確かに滅法忙しかった。アメリカに行ったら過労で使い物にならないのでは困る。
「コンビニの手伝いを頼むか」
 睦月が頷き、会計担当の彼らの母の文子が納得すれば、アルバイトの募集が始まるのだった。

 着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』の経営するコンビニエンスストアの店員、または着ぐるみ演劇ショーの準備手伝いをしてくれる人を募集である。
 間違っても、カンナの誕生会をしてくれる人ではない。

●今回の参加者

 fa0262 姉川小紅(24歳・♀・パンダ)
 fa1396 三月姫 千紗(14歳・♀・兎)
 fa1478 諫早 清見(20歳・♂・狼)
 fa1810 蘭童珠子(20歳・♀・パンダ)
 fa2037 蓮城久鷹(28歳・♂・鷹)
 fa2361 中松百合子(33歳・♀・アライグマ)
 fa2544 ダミアン・カルマ(25歳・♂・トカゲ)
 fa3109 リュシアン・シュラール(17歳・♂・猫)

●リプレイ本文

 仕事はコンビニエンスストアのアルバイト店員と、着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』の興行準備手伝いだ。そして、まったく仕事とは関係ないはずだが。
「あたし十三日なの〜。三日違いね」
「ポムちーもじゅーぎゃつね」
 お誕生日祝いは一緒にすると約束したのだと、蘭童珠子(fa1810)とポムと笹村カンナが前祝をしている。間に積まれているのは、月見団子だ。あいにくとこの日の札幌は月見に適した天候ではなかったが、まあそれはそれ。プレゼントのやり取りもやっていたようである。
「気が済んだら、お手伝いよろしくね。割り振りは」
 中松百合子(fa2361)が采配をして、アルバイト店員が姉川小紅(fa0262)、三月姫 千紗(fa1396)、諫早 清見(fa1478)、リュシアン・シュラール(fa3109)の四人。初日だけポムが入って、細々した仕事の補佐をしてくれる。全員、時間が合えば保育園児への愛想振りまき隊の担当もする予定だ。それで立候補したのはキヨミだけかも知れないが、四人ともアイドルか俳優なので適材適所なのは間違いなかった。
 対して興行準備手伝いは蓮城久鷹(fa2037)とダミアン・カルマ(fa2544)、ユリにタマの四人である。こちらは多分に技能優先派だ。ヒサとダミアン、睦月の三人は、すでに出来上がっている小道具の確認に入っている。ユリは初美と共に衣装の追加作成に勤しみ、タマはカンナと一緒に姉御の指示で衣装の裾上げをしていた。
 基本の仕事は、おおむねそれだけで、後は何が起きることもないはずなのだが‥‥それで済むなら、最初からアルバイトの募集などされるわけがないのである。

「お兄様とお兄ちゃんと兄上と兄者と兄貴。可愛い妹に言われるなら、どれがいいですか、葉月さんとしては」
 年齢的にレジ担当が微妙だと言われたチサは、バックヤードで飲み物の補充をしていた。ペットボトルの入った箱を運ぶのは力仕事なので、葉月が運んで、彼女は陳列棚の裏から次々と商品を入れていたのだが‥‥
「なんで?」
「そういうキャラで仕事が来たときの参考と訓練」
 二人の会話が聞こえる位置で、目がちかちかするとぼやきつつキヨミが防犯カメラの映像を確認していたのは、多分どちらも知っている。でも聞かれて困る会話ではないので、そのまま先に。キヨミの目は、パッチリ開いたようだ。
「可愛い妹が出来る予定は今のところないけど、面白いので兄者でいってみよう」
「じゃ、葉月兄者、よろしく」
 しかし『可愛い妹』は最近流行で、個性を出すのが大変だねとかなんとか。和やかに笑っている二人はいいのだが、それはどうなんだと思う人が周囲には結構いたりするのである。
 それはそれとして、キヨミは『個性』という言葉にも、なにやら衝撃を受けていたらしい。彼もチサと同じく、職業売出し中アイドルである。なにかこう、色々と身にしみるところがあったのだろう。
 おかげで、この日の夕方の保育園児お迎え時間の愛想振り撒き隊の狼君は、元気が有り余っている園児のいい餌食だった。散々振り回されたので、この日はカンナに習うはずだったPOP書きを延期してもらったくらいである。

 かと思えば、準備の側では。
「やっちゃったー」
「うつろな顔で言ってないで、早く探して。本数を数え間違えてないでしょうね」
 忍者学校の留学生用衣装を縫い上げたはずの初美から、魂が抜けかけていた。彼女が『やっちゃった』のは、待ち針の数が合わないこと。間違って衣装につけたままになどしたら大事故になりかねないので、もちろんユリも初美も待ち針の本数は何かの度に確認している。それをやっていたはずなのに、縫い上がったら二本も足りないのだ。騒ぎを聞きつけたタマが、別の衣装の箱詰めから近寄ってきたが、今だけは『来るな』状態である。
「この辺に縫い込んじゃったかも」
「磁石はどこ。撫でてみて、反応があったらこの中よ。タマちゃんは絶対に誰もこの部屋に入れないでね」
 襖を開け放った和室の敷居の向こうで、タマがこくこくと頷いている。それでなくてもただならぬ勢いで衣装を仕上げていた二人の、これまた尋常でない様子にさしもの彼女も言葉がないらしい。
 やがて、お裁縫箱の常備品である磁石を持って、足を動かさずにあちこち探っていたユリと初美は、一度明るい表情になり、次に暗い顔付きで動き出した。
 どうやら、一本は衣装の中に縫いこんでしまったらしい。仕上げたと思ったものを直すのは、突貫作業で疲れている二人には酷な話だった。
 タマはすかさず、ダミアンがお土産でくれたナッツ缶を抱えて、お茶の準備をして戻ってきた。このときに準備の男性陣も呼んできたことには、誰も何も突っ込まない。

 体力仕事は小紅、接客はルカと役割分担したこの日のコンビニアルバイト組は、保育園のお迎え時間でてんてこ舞いしていた。店の駐車場が保育園の送迎に使われているので、この時間帯にはちょっとした買い物をするお客も多いのだ。
「はいはい、お菓子は今新しいのを出すからね。けんかしないのよ」
「肉まんは二分後に美味しい出来上がりです。お時間大丈夫ですか?」
 他のコンビニバイトの二人もそうだが、なまじバイト時間を多めに入れてしまった二人は、何日もしないうちにすっかり仕事に慣れている。興行準備の手伝いも考えていたが、そちらは人手が足りていそうなので、『ぱぱんだん』の皆が少しでも手が空くようにシフトを組んだのである。流石に渡米する前に疲労困憊はいただけないし。
「ルカ君、ケーキの材料のお買い物とかどうするの? あたし、お酒は手配したけど」
「買い物はキヨミさんにお願いしました。バイクだからって言ってくれたので。でもお酒って、配達だったら誰かに言っておかないと‥‥こっちに届くわけじゃないですよね?」
「へっへー、明日葉月君と受け取りに行ってくるから」
 誕生日誕生日と繰り返しているタマとカンナを見捨てては、何度も極限状態をくぐり向けてきた仕事仲間として、あまりに薄情だ。そんなわけで何とか誕生会をするべく、画策しているのだった。当初は仕事に追われていた笹村家の人々も、タマまで加わったので時間の都合をつけてくれることになっている。
 小紅はどうもそればかりが目的ではない節があるのだが、ルカは自分の料理の腕が振るえるので基本的に満足だし、葉月が迷惑がっている素振りもないので見守っていた。ついでに追加の買い物も頼んでいたりする。

 そういう平和なところはよいのだが。
「ここ、綴りが違うよ。伝票書き直したほうがいいかな」
「演出の使用申請書、全部FAXしておいたから、向こうの責任者からの連絡がないかメールの確認を頼むぞ。このダミアンの描いた背景セットの材料一覧はどうするんだ」
 荷物の発送を間近に控え、ダミアンとヒサと睦月の三人は準備の大詰めを迎えていた。荷物は揃えたし、箱詰めも分類して分かりやすく行った。送料の都合で衣装の幾らかは手荷物になったが、ここまでの準備は万端だ。残る問題は。
「煙玉はこの箱に入れるよ。潰れない様にしておいたけど、足りなくなったらゴムボールを二つに割って作れるから」
「ドライアイスだと、どうやってタイミングを合わせるかだな。一応舞台の図面と合わせて考えたが‥‥こればかりはこっちで試せないし」
「一気に煙が回るなら、それこそ薬玉で特大煙玉にしたらいいと思うよ」
 さすがに現地まで同行するが確約できない二人は、忍者ものに不可欠の煙玉で悩んでいた。煙はドライアイスで決定なので、それが効果的に使えるように割れて見えないといけないのだが‥‥何しろ現地が遠すぎる。睦月も『出たとこ勝負』と、渡米してから最初にその点を確かめることにしたようだ。
 とにかく発送優先だと、荷物を詰めて、再度書類の確認をした後に、カンナとタマの誕生日の話になって。ダミアンはパンダの携帯ストラップを作ってきたとお披露目し、ヒサはお祝い料理の材料費提供をしたと口にして、睦月に話が回った。『タマに何か用意したよな』という確認だが。
「弟より年下って、よくわからん」
 カンナのほうがよほど年下に見えると、ダミアンとヒサが顔を見合わせたのに、睦月は気が付かないらしい。

 そんなこんなしながら、それでもラスベガス興行の準備がおおむね整って、荷物の発送も無事に済み、あちらで滞在する家の賃貸契約も完了したのが十一日。十日は誕生祝の言葉と、有志からの鶏モモの照り焼きを提供されてご機嫌だったカンナは、十二日の夕方五時から居間でふんぞり返っていた。誕生会兼準備完了のお疲れさま会兼気分だけでも壮行会の名目で食事会なのだが、『自分が主役』とふんぞり返り。
 その一方で、もちろん忙しく働いている人はいるわけで。
 『クリスマスケーキの予約承り中』のチラシを保育園児に配り歩いていたキヨミは、そのうち何枚かが紙飛行機に化けて駐車場内に姿を消したのを追い求め、暗くなってきた外をうろうろしている。一応三つ回収したので、後は多分ないと思うことにした。明日の朝の担当の人、ごめんなさいだ。だって。
「まずい、早くしないとケーキが絶対になくなる。三種類もあるんだから、ちょっとずつでも味見したいのに」
 ユリとルカが作ってくれたのに加え、葉月が友人に頼んだものもあって、ケーキは全部で三種類。しかし人数が多い、なにしろ話を聞きつけた漆畑家の人々もやってきたので、一切れ以上の確保を目指すのなら大変だ。
 そしてキヨミには、テーブルに飾るミニブーケを買いにいくミッションがまだ残っていた。カンナは食べ物が一番といった様子だが、タマもいるし、雰囲気は大事にするべきだろう。というわけで、彼は愛用二輪でいったん走り去る。
 その頃、『お仕事大事』の態度だったチサは、いっそ皆が食事している間にバイト時間が延びてくれればと思っていたが、タマからの『ケーキあるし、家でご飯ならおかず貰っていけば』の誘いにあっさりと考えを訂正していた。ただ飯は、魅惑的な言葉である。
 そのご馳走担当は、葉月とユリとルカと小紅だ。小紅は台所の端で、皆に配るたまねぎやジャガイモを袋に入れているだけだが。たまに味見にも参加している。
「カンナさん用にケーキ一つくらいのつもりでしたけど、半分かな?」
「人数が増えたものね。クッキーを追加してあげましょうか」
 カンナもタマもそれほど凝ったものを食べたいとは言わなかったので、料理は品数で勝負だった。とはいえ料理自慢が揃っていたので、そちらの心配はない。ケーキとお菓子も、量はちょっと心配だが準備完了。と、そこで。
「小紅さんさー、帰国したら連絡するから、気が向いたらデートしてよ」
 ムードも何もあったものではないが、皿洗いをしながら葉月がそう言ったので、ご機嫌参加がもう一人増えている。
 そして本日の主役の一人のタマは、二十一歳の誕生日前日にこれまたご機嫌だった。カンナに特大パンダぬいぐるみをプレゼントし、ブッフェレストランのペアランチチケットを貰っている。他に携帯ストラップに膝掛け、トートバックにコサージュ、香水、開始前に何とか戻ったキヨミからミニブーケとスキー用のニット帽などを積み上げていた。相棒のキーちゃんも、グレーのコートでおめかししている。
「きょのこーちゅい、じゃらめのにほい」
「やだー、カンナちゃんたら。それは綿菓子の香りよー。あたしのは桃なの」
 この場の大半の人々の無言の圧力で睦月が隣に座っているので、タマはニコニコとしている。お祝いしてもらって、素直に嬉しそうだ。好物のチーズケーキを前に、ちゃっかりと記念撮影をしている。誰と、はいうまでもないが、カメラマンは本職のヒサだ。
「で? あんたはプレゼントを用意し忘れたのか」
「お祝いしてくれたからいいのー」
 ヒサの『あれだけ言っといたのに』と含んだ突っ込みに、タマ本人は全然気にした様子がないが、周囲は大半が呆れ顔だ。タマが以前にしっかり告白したのを知っているからだが、睦月は相変わらず年齢が気になるらしい。それはまあ、人により分からないでもないのだが。
「あらちのも、わひゅれまちたね」
 カンナがむすっとして、兄に詰め寄っている。雰囲気を読まないのは、笹村の人々に共通する性格なのかもしれなかった。葉月も皿洗いながらだったし。初美は我関せずで、本日はユリとお酌をしあっていた。こちらはこちらで、とても楽しそうだ。
「あの、ラスベガス土産を頼んだら? カンナさんは向こうでレストランでも連れて行ってもらえばどうかな?」
 睦月に同情したのか、単に食事は楽しくしたいからか、ダミアンがとりなした。ヒサもカンナの分については、それが一番だと思っているようだ。さすがにタマの好みまでは把握していないというか、カンナの好みが一点集中で分かりやすいというか。
「にーに、ひゃんばーぎゃー」
「えー、悩んじゃう」
 この頃には睦月と誕生会主役二人はさておいて、それぞれ勝手に食事を楽しんでいたが。
「春ってのは、どうやったら来るのかしらね、姉御」
「知らないわよ。最近の流行は女から押すことみたいだけど」
 こちらの女性二人も、なんとなくさておかれていた。
「姉御、初美姉上、そこのおかずも貰っていいですか。タッパーにまだ隙間が」
 この集まりで一番強いのは、チサだったかもしれない。