後輩育成〜先生募集中東・アフリカ
種類 |
ショート
|
担当 |
龍河流
|
芸能 |
2Lv以上
|
獣人 |
フリー
|
難度 |
やや易
|
報酬 |
4.9万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
10/13〜10/22
|
●本文
エジプト某所の城塞都市遺跡、通称『カルア・ミンジャル』の保護・管理団体に所属し、奨学生である青少年を監督、保護しているアレキサンダーとパナシェという夫婦は、現在ちょっとばかり困っていた。
奨学生は十代半ばから二十代前半まで。男女十一人がいる。個々に話をしてみれば、多少くせはあろうが、付き合いにくい人物ではない。全員が獣人だが。
しかし。
かっとなりやすく、何かと相手に手を上げるのが男女三人。
悪気はないが、宗教的禁忌とされている食品を扱った調理用具で、その宗教信者の料理もよそうのが男女三人。
他人のものは自分のもの、大抵何でも共有物という考えの男が一人。
不眠傾向があり、他人が寝ていると揺り起こす女が一人。
車の運転をさせると、交通法規を無視する傾向があるのが男女三人。うち一人は、アレクとパナシェの孫のシンデレラである。
こんなのが揃って生活していると、日々トラブルが起きる。まだ深刻にはなっていないが、積み重なるとどこかで深刻な話になってもおかしくはない。なにより、人数が少ない今はいいが、これで社会に出たら大問題である。シンデレラが今まで問題を起こしていないのは、住んでいるのがヴェネチアという特殊な環境だからだ。
これは早めに矯正しないといけないとなって、二人はエジプトの観光地からちょっと離れたアパートを短期契約で借り受けた。『カルア・ミンジャル』は専門的な補修作業が入り、その関係者がいるので一時的に管理を依頼している。もともとWEA関係の組織同士なので、その辺は手続きが簡単だ。
そうして。
「これから先生を何人か呼ぶから、社会と芸能界で生活する方法と、将来の展望を身に付けなさい。生まれた場所も違うと、習慣や意見が食い違うのはよくあることだが、その度に喧嘩していると生活ができないよ」
自分は時々失敗するけど、そんなに悪くないのにと、言われた全員が思っているようだ。
分かりやすく、人付き合いの極意を語って、皆の話も聞いてくれる『先生』が必要である。
●リプレイ本文
「自分達に山ほど金がかけられていることを忘れるなと、言ったばかりだろうが!」
敷島オルトロス(fa0780)が吠えたのは、アパートの台所でのこと。奨学生と依頼を受けた八人で顔合わせをして、夕食の準備をしようとなった時である。全員で食事をしようとフゥト・ホル(fa1758)の要望が通ったのはいいが、そうするとベジタリアンに合わせた食生活になると、育ち盛りを複数含む奨学生達が早くももめている。それで最初の挨拶で、『今回のことでどれだけ金銭が動いたか』と『ルール違反は罰としてワンコイン接収』を解説してのけたオルトロスが、『今夜はカレーだ』と断言した。
「乳製品は食べられるのね? それならチーズで一品作ろうかしら」
那由他(fa4832)が加わって、今にも料理が始まりそうになったところで、奨学生達の中からシンデレラが押し出されてきた。彼女が言うには。
「これは肉や魚には触らない道具ですの」
食事の禁忌内容で、食器も台所用品も全部区分けしてあるのだとか。全部が新品に見えるのは、『気にしない人達』が遠慮なく使ったからだろう。
「別に叱りに来たのではありませんから、気付いた人が教えてくれていいんですよ」
「伝言ゲームは別の機会にやろうぜ。今は飯の支度だな」
ケイ・蛇原(fa0179)と群青・青磁(fa2670)に促されたが、シンデレラ以外の奨学生は最初のオルトロスの言い分が聞いたのか、なにやら動きがギクシャクしていた。ついでに全員で台所に立つと、今度は身動きが取れなくなってしまう。
「荷物を運んでおくか。部屋割りはどうなっている? いっそ雑魚寝でも、それはそれで効果があると思うが」
「男女別にしてくれればね。でもそういう部屋がある建物には見えなかったわよ」
料理の腕云々より、単に台所に入るタイミングを逃したジェイリー・ニューマン(fa3157)とベアトリーチェ(fa0167)、甲斐 高雅(fa2249)が皆の手荷物を置いた場所に向かうと、奨学生数名が付いてきた。こちらも荷物運びをするつもりらしいが、ハトホルも一緒だ。
「そんなに人数は要らないけど、台所もいっぱいなのかな」
「まだ日があるから」
カイ君が随分ぞろぞろとやってきたので一人に話しかけたが、返事が瞬時には飲み込めない。ジェイルとベリチェも小首を傾げたので、ハトホルが補足した。
「断食月だから、日暮れ前に食事の支度には入るのはちょっとね」
その朝食は、もちろん夜明け前に食べるのだから、『全員で食事』もなかなか大変な苦労があるものである。
だが予想外だったのは、オルトロスが監督して作ったカレー各種が、びっくりするほどおいしかったことだった。誰が食べても問題ない材料のみだったので、争って食べる姿に、『子供がいっぱい』と思った人が何人かいたようである。
ゲマインシャフトが、まず通じなかった。
「血縁で結びついた伝統的な社会形態なんだけど‥‥仲間だけで集まった集団だって言えば、分かる?」
早速夕飯後に講義を入れて、獣人社会のあり方から入った。だが、カイ君が苦戦しているとおりに、説明されている内容が理解出来ない奨学生が多い。
「これが世界全体の人間の社会だとして、僕ら獣人が普段生活する場はこちらの芸能界」
優しい言葉を選んで、スケッチブックに大きな円を描き、その中に相当小さな円を加えて指す。
「これを離れて、大きな円の中で過ごすのは大変だと思わないかな? 仲間がいないと、色々辛いだろう?」
生まれた地域や家族、宗教の規範、習慣を守ることはごく当然と考えているから、それをおかしくされると腹も立つし、面白くもない。これは獣人の間に限らず、人間と獣人、人間同士でも同じこと。ルールはお互いを尊重するためにあるのだから、
「私達は確かにバケモノだけど、ちゃんとした人間でもあるんだという意識を持つのは、大事だよ。人間と獣人の二つのルールに縛られるけれど、ルールはお互いを大事にするためにあるから、両方守るのは人間も獣人も大切に出来るってことだしね」
まあ考え方の一つだけど、この先生きていくなら芸能界に多少なりとも関わるのだから、今いる場所のルールを守ることは覚えないと。
カイ君の言う事に怪訝そうな顔をした奨学生が半分ほどいたが、ここまで噛み砕いて言われれば内容は理解したらしい。
後は個別か少数で話をするからと、それぞれ教師役も奨学生も分かれたのだが、次の騒動はあっという間にやってきた。
『暴力はいけない』と、これは早めに教えたほうがいいとベリチェが考えたのは当然だ。トラブルの種は早めに摘まないと後々こじれて大変なことになるから、問題行動のある三人を呼んでみたところ。
早々に、ベリチェが三人を床に沈めることになってしまった。もちろん理由はある。
「殴られれば痛いって、自分の身を持って知りなさいって話だったんだけどねえ」
試しに自分で自分を殴ってみろと、ベリチェが一人を促したところで、別の一人に危険なことを考えていると勘違いされた。それはおかしいとか言ってくれれば、ベリチェも意図の説明をしたのだが、その前に殴りかかってくるので呼び出された三人である。ベリチェも応戦して、今の図に。
「相手によっては、こうやって反撃されるのだから、手を上げるのはわが身の危険もあるって分かったわね?」
三人から一撃ずつは食らったベリチェも、顎に薄い内出血があるのだが、三人の擦り傷を洗ってやったりするほうを優先している。殴られた三人は言葉少なだ。
怒ることそのものは悪くない。また大切な人や誇りなど守るときには、時として力に訴えることも必要だが、そうした時にも常に自分の行動の意味と結果を正しく理解していないといけない。その意味では、仲間を庇おうとしたのは立派な態度だが、いつでも力に訴えないようにすることが必要だ。
と、随分言葉は優しくも易しくもあったのだが、三人の中で最年長の青年が代表のように呟いた。
「わかんねえ」
当然ながら、ベリチェは頭を抱えている。
そうして、この日の晩には。
「死んでるーっ!」
不眠症気味で、同室者を揺り起こす少女の隣で寝ていたハトホルが、多少の揺り起こしどころか、十五分もぐいぐい押されたのに耐えてみたところ、こう叫ばれた。別に息を止めていたわけではない。
「心臓の音を確認してから、心配してね」
隣で人が寝ているのが面白くないのではなく、深く寝入った時に静かなのが不安らしいと気付いて、ハトホルは背中から鼓動を確認させたのだが‥‥その時はまだ動悸が治まらなかったので、今度は『心臓が弱まっている』と叩き起こされた。
そこそこあるレポーター経験でも、滅多にない体験だと感じ入った一晩である。
そうして夜が明けてみれば。
「お前は何をやっているんだ」
「俺は問題点が見えたぞ。少なくともこいつのは」
オルトロスと群青が、間に『何でも共有男』を挟んで睨み合う図が展開していた。群青が、『反面教師』で当人のシャツを奪おうとしたところ、サイズが著しく合わないのを見て取った少年が、オルトロスの荷物からシャツをかっぱらってきたのである。
これでは群青が盗みの強要をしたかのようだが、少年は『サイズが合うものを探してきただけ』なのだ。ちょっと聞いたところでは、ものすごい大家族の中で育っているようだし‥‥私物と言うものが兄弟間でも存在していなさそうな、あまり裕福とも言い難い生活をしていたらしい。しかし。
「言い聞かせるのは面倒臭えな」
「俺は昼飯の用意があるから、お前がやれ」
昨晩の好評にすっかり気をよくしたオルトロスは、カレー作りに精魂傾けている。もちろん一緒に『他人の食生活禁忌の厳守する』を教えているので誰も文句はないが、この調子だとずっとカレーのようである。
仕方がないので、群青が言い聞かせることになったらしい。
かたや最初から話し合いを主眼に据えていたナユは、女性を二人ずつ呼んで、一人ずつ話をさせる方法を取っていた。片方が話しているときは、もう片方は口を挟まずに黙っている忍耐を養う目的もあるのだが、これが組み合わせによりとんでもないことになる。
「五歳や六歳の子供ではないのだから、少しはじっとできないのかしら」
話す時には理路整然と、人に聞かせることを意識して‥‥とまでは言わないが、とりあえず思っていることは包み隠さず言うようにさせ、聞いている側に反論や言い訳を口にしないようにと言い含めた。守らないと日本刀の柄でこつんとやっていたが、取っ組み合いが二組、言い争って二人ともに泣き出したのが一組、どっちも何を話していいのかとぽかんとしていたのが一組となった。まるで幼稚園である。
「仕方ないわね、一人ずつ聞くところから始めるしかないかしら」
もう一人、男性担当のケイさんが一人ずつでかなり状況の改善を見ているのを見て、ナユが呟いたところ、その順番でまた三人ほどスカートを翻しまくって騒いだので‥‥
「そこにお座りなさい。あなた達は、落ち着きが足りないわ」
その様子は端から見ると『忙しいお母さんを取り合う子供の図』だが、見た目は若い彼女に、そう言える人はいなかった。
そうこうしながら四日もすると、話を聞くのも一巡りして、ある程度の問題行動は解決されてきた。すぐ手を上げる三人はちょっと我慢が出来るようになった程度だが、この中にいる分にはただやられているだけの者がいないので、少しずつ改善していくしかないだろう。食事の盛り付けが問題だった者は、オルトロスの『飯抜き』が効いたらしく、まだ『変なことに拘って』とは言うものの、あれこれ一緒くたにはしなくなった。
しかし、である。
「決定的に言葉が不足していると言いますか、自分の意見を表現できない子が多いですなあ。手を上げるのだって、結局言い負かされるから力ずくでとなるわけでしょう。専門家の目の届くところで養育するのがよかありませんかね」
男子と個別に話をして、片端から泣かせてしまうので皆から何をしているのかと思われていたケイさんが、アレクとパナシェに苦言込みで告げたのも、この頃だ。シンデレラ以外の十人は、出身地と信仰する宗教の他に教育程度と家庭環境がばらばらで、理解力や社会性に聞いていた以上の問題がある。基本的には全員勉強したい気持ちがあるから働くことに異議はないが、大人にかまってほしいと互いに嫉妬したり、習慣の違いで出る言い回しの理解が出来なくてもめているというのが、ケイさんの見立てである。
その奨学生達は、ストレス発散とチームワーク育成を兼ねて、ジェイルの審判の元、サッカーをやっている。男女混合で、人数がかなりいい加減、ゴールキーパーもコート全面を走り回っているが、とりあえずサッカーのはず。ジェイルは人数が合うバスケットボールも考えたようだが、設備がないので簡単なサッカーに落ち着いたらしい。
「先々いかように考えていらっしゃるかで、わたくしも意見するべきことがありそうに思いますが、どうなんでしょうな」
「うん、専門家込みでスタッフを増員して、一人に一人体制で行くしかないだろう。と、話はようやくまとまったので、人が来るはずなんだがね」
何か問題がありそうな口振りに、ケイさんが先を促そうとしたところ。
「遺跡が問題になっててね」
パナシェがなんとも言い難い表情で、そう口にした。この『出たとこ勝負』や『やりたい放題』の言葉が似合う夫婦にしては珍しいことだ。だが。
「私達に必要なのは、忠告ではなく、同意である、か」
砂埃にまみれてボールを追っている十一人について、ジェイルが引用した言葉は的確だったと、二人で感心していた。ケイさんもこれには異存はない。
とはいえ、ジェイルにしたらサッカーの最中に格闘技になるのはとても有り難くなかったし、たまには酒盛りでもしたいところだが断食月で出来ないし、なにより。
「誰だ、こんなところにウサギのぬいぐるみなんか放置したのは!」
運転に問題がある三人、これが見事に兎獣人ばかりだったのを連れて、オルトロスに事前に『事故になったら大金がかかる』と脅かしてもらった上で出掛けようとしたところ、アクセルに細工がしてあってエンジンは空ぶかしになるし、何メートルも行かないところに置いてあった兎ぬいぐるみをはねたとスピンして、流石に慌てた。それでも、注意は忘れない。
「人間だったら、もっと大変なことになっていたんだぞ。交通ルールの大事さが身にしみたか?」
兎ぬいぐるみの腹から骨が突き出たのを見て、どんなに言葉で脅かすより驚いた三人も。
「もう街中で運転しない」
と声を揃えた。ジェイルにしたら『街の外でも少し考えろ』と言いたいところだが、一度に押し付けすぎると反発もあるので、『よく練習しろ』に留めた。
兎ぬいぐるみを仕掛けた群青は、あまりの効果に鼻の頭をぽりぽりとかいていたようである。アクセルに細工をしたのも、彼だったりする。
「ま、終わりよければすべてよしだな」
「おたくの性格も、矯正対象かもしれないな」
「人間、完璧と言うのはありえませんがねぇ」
群青の言い分に、ジェイルやケイさんだけでなく、皆言いたいことはあったが。
「あぁ、後輩育成であんなことやこんなことが出来る日はいつかしら」
何か夢見ているハトホルを見て、言葉を引っ込めたらしい。
奨学生達は、大人がたくさんいる日々とおいしいカレーに満足して、ちょっとは成長したようだ。
あちらでベリチェとナユが二人組を引き剥がし、こちらでカイ君とオルトロスが大事な荷物をひっくり返そうと狙う数人と睨み合っているが。
ちょっとだけ、成長。