着ぐるみ演劇ショー・壱南北アメリカ
種類 |
シリーズ
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担当 |
龍河流
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
11万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
10/23〜11/01
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●本文
アメリカはラスベガスの片隅で、毎年秋に行われる演劇コンテストがある。名前は『ラスベガス着ぐるみ演劇ショー』。知名度は低いが、着ぐるみとそう主張している自前毛皮で様々な演劇を繰り広げる劇団の世界的祭典である。多分。
主催はもちろんWEAの末端に連なる演劇団体で、興行場所はラスベガスのホテルグループが経営するショーと兼用の舞台。収容人数六百五十人、もちろん屋内。このため発炎筒や花火などの火気厳禁、ドライアイス使用は事前申請で許可制である。獣人の特殊能力は、舞台上で使用しても特殊な効果に見えるものならば使用可能。飛ぶ場合には、吊っているように見える細工が必須条件だ。
こうした劇場で、多くは南北アメリカ大陸各地、一部は欧州から集まった劇団が新作演劇を披露して、お客受けを競うのだ。優秀作品に選ばれると賞金がちょっとばかり出るが、あくまでちょっと。どちらかというと、『世界中から集まった劇団の中で一番でした』という箔付けに利用できることが利点だ。
そんな『ラスベガス着ぐるみ演劇ショー』に、今回初めて日本から着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』が参加することになった。彼らが演じる予定の演劇は。
『舞台は忍者学校。生徒は様々な動物達。
この忍者学校の在校生と留学生の間で揉め事が発生した。それぞれの主張を曲げず、一歩も引かない構えで睨み合う生徒達に、校長は教師相手の卒業試験で決着をつけるように提案する。この卒業試験で、より早く教師達を出し抜いた側に、もう一方が従う条件だ。
人数で勝る在校生と、技で勝る留学生はそれぞれ自分が勝つと思って提案を受け入れた。しかしごく少数ながらも百戦錬磨の教師達にどちらも歯が立たない。このままで卒業すら覚束ないと気付いて、最終的には双方協力し、ようやく卒業試験を乗り越える。
そうして彼らは、様々な仲間がいることの大切さを実感するのだった』
観客の大半を占めるだろう、アメリカ人を意識した内容だった。BGMも、英語で録音された台詞も、相当和風、中華風が入り乱れている。衣装や小道具は見た目の派手さと見分けやすさを重視して、忍者のくせに赤や青が乱れ飛んでいた。まあ、子供向けでもあるので細かいことを言っても始まらない。
問題は、日本からの参加で現地の舞台での練習時間が短いことと、照明やBGM、煙玉効果で使うドライアイスの煙の様子を確認する術が今までなかったことだろう。これを急ぎ確認し、練習を重ねて、『着ぐるみ演劇ショー』に参加するのである。必死に練習する必要があった。
「練習に十日、ショーが二回上演で、その後のエキシヴィジョン参加で全部で一ヶ月ちょっとか。長丁場だな」
『ぱぱんだん』はもともと家族主体の劇団だが、アルバイト雇用にまったくためらいがない所でもあった。今回も母体からの参加は団長の笹村恵一郎と、その成人した子供達の睦月、初美、カンナ、葉月の五人だけだ。後のメンバーとは、現地集合、合流である。交通費を出し渋ったからではなく、スケジュールの問題だろう。きっと。
そうして、この五人を含めた総勢十五名(予定)で、着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』アメリカ公演は始まるのだった。
急ぎタイトルを決めるところから。
●リプレイ本文
姉川小紅(fa0262)と蘭童珠子(fa1810)が最初に転げた。
「留学生二人決定。真尋さん、あんたは先生役。カンナ、ちょっと飛んでみろ」
結構広いコンドミニアムで、総勢五人もいるパンダの配役決定権は演出担当を押し付けられた蓮城久鷹(fa2037)が行っていた。忍者もので殺陣指導となれば、他の演技部分も押し付けようと笹村睦月は考えたらしい。
校長先生は、最も恰幅がよろしい恵一郎パパが担当。当人が『忍者といったら狸か狐』と言い張り、三条院真尋(fa1081)が狐の先生なので狸の校長先生である。もう一人の先生は自前毛皮で獅子のザ・レーヴェン(fa2681)。真尋教授が手品師の腕を生かして技担当、レーヴェはプロレスラーなので格闘担当でばっちり配役通り。ただし真尋教授は着ぐるみでの華麗な技披露の、レーヴェも表情が不用意に動かないようにする練習がそれぞれ必要だ。
二人いる留学生は当初からパンダが予定されていたので、ヒサが小紅とタマに決定した。カンナは、着ぐるみでも飛んだり跳ねたりに慣れている。よって月の輪熊の着ぐるみで在校生だ。
猫のリュシアン・シュラール(fa3109)、狸のポム・ザ・クラウン(fa1401)、狼の諫早 清見(fa1478)がそれぞれ自前毛皮で在校生役。見栄えと性格付けから狼のキヨミがリーダータイプで、猫のルカはアクションの見せ場担当、ここに着ぐるみでカンナと睦月がアクションの補助に入る。ポムの役は留学生との仲を取り持とうとする学級委員なので、前面に立ってのアクションはしないが縄を使った様々な得意技がある。
ここに大道具のトシハキク(fa0629)と小道具のダミアン・カルマ(fa2544)、照明で葉月、音響で初美が加わって、ぎりぎり一杯の布陣であった。
「はい、じゃあ会場見学に行きますよ。その後で荷物の梱包を解く人達と買い出し班に別れるからね。帰りの車は間違えないように気を付けて」
ダミアンがてきぱきと二台のワゴン車に人を乗せ、一台の運転手を勤めている。もう一台は買い出し責任者の葉月が運転手だ。初美以外の女性と睦月とジスとルカが乗っている。残る七人はダミアン運転の車で、大道具、小道具、衣装の相談をしながら移動だが。
「なんだか全員慣れているな。劇団員は五人だけだろう」
「私は二度目だけど、他の人は何度もご一緒してるからよ。今回はチームワークが大事だから良かったわよね」
レヴがやたらと手際がいいことに感心し、真尋教授が理由を補足する一幕があったが、『彼』がこの時に初美に借りたロングTシャツなど着ていたので、後刻部屋割り発表で『大事なことを言い忘れるな』と何人かを仰天させていた。
「ああいうのも個性か?」
なぜかキヨミが考え込んでいるが、誰も彼にそういう個性は求めないだろう。
それはともかく、会場見学ではこのショーコンテストのスタッフで唯一の日本人が案内をしてくれた。単純にスタッフが睦月と初美の同級生だったせいもある。
「お名前が‥‥ユウジロウさん? えー、どう見てもユウジロウなの」
「ユウって呼んで」
「あー、葉月君のバイト先のお姉さん達と一緒だ」
その同級生、タマと小紅が貰った名刺を見て賑やかにしているように、真尋教授と見た感じはご同類。真尋教授は女装が『趣味』らしいが、ユウは『私は女なの』というタイプである。睦月と葉月とたいそう仲が良かったと聞いていた二人は、最初にしげしげとその姿を眺めていたのだが、今は一転仲良くお話し中だ。一応話題は例年の観客層について。
この間にも渡された会場と細かい寸法も入った舞台上の見取り図を睨んでいたジスとダミアンとヒサ、葉月と初美は厳しい顔をしていた。舞台が広いのはいい。音響室が舞台を見下ろすように会場の反対端にあるのも、珍しい配置ではない。
「六百五十人会場にしては、客席が広いな。照明の取り回しはどうなってるんだ?」
音響室と同じ部屋で、コントロールするタイプだった。人が方向を変えたりするような、手作り感はない。照明演出プラン担当のジスは頭を抱えていた。設備がしっかりしていると、色々試してみたくなるのだが今回は時間が押しているから最低限になりそうなのが残念らしい。
ダミアンは空調の確認をして、ドライアイスの気化状況を考えている。ドライアイスは毎年使用する団体があるのでデータも揃っているらしく、後ほど回してもらうことになった。それと上演日が決まったら、天気予報のチェックも必要だ。更に予想される人出でも、建物の中の温度は変わるのでこれまた悩みどころである。
これに対して役者陣は、ヒサの指導の下で舞台の広さを身体に実感させる作業に入っていた。一種体操教室のようなノリだが、ヒサはこれで演出と殺陣の指導をするのだから全員真剣だ。けれども。
「カンナちゃん、それ鞭じゃないから」
ポムの学級委員が忍法に使うロープをどのくらいの長さまで振り回して大丈夫か試していると、カンナが反対端を握って遊んでいる。
ついでなので、カンナ相手に投げ縄の実演。これは教師相手に投げて、同級生が変わり身の術で捕まるシーンである。首に引っかかってもしまらないように、ちゃんと細工済み。
他に、キヨミと睦月、カンナが台になって、ルカをチアリーディングよろしく投げ上げ、レヴと恵一郎が受け止めるのもやってみたところ、練習が足りない割にはうまくいった。後は見栄えよく仕上がるように、精進あるのみだ。カッコよく突っ込んだ後に、カッコ悪くやられなくてはならないルカは大変だが。
ちょっと順調さが足りないのは小紅とタマだが、舞台では完全獣化で同じような服装だし、演技力はどちらもあるので芸達者なところを活かす方向にヒサは演出プランを決めたようだ。飛んだり跳ねたりは在校生の得意技になる気配である。
「手裏剣投げろって言われても、得意ではないので跳ね回りますよ」
ルカはその内容に大変満足していたが‥‥後に皆が思い出したのは、パンダ獣人は全般的に投擲が芳しくないということだった。
結局、練習あるのみ。
広い舞台で設備が立派だから、ここで拍手を貰ったらさぞかし気分がいいだろう。と、励みにする。
けれども、この後の買い出し班は。
「カンナさん、一人でどこかに行かないでっ。カートから離れたら駄目!」
「ジス君、お菓子売り場に行ってくるから、カンナちゃんの腕を掴んで離したら駄目よ」
大抵の物はここで揃うと言われた巨大なスーパーで、まずはふらふらとさ迷い歩こうとするカンナを引き止めるのに神経をすり減らした。当人なりに目的があるらしいが、何も言わずにふらっと歩き出すのでとうとうジスに手を繋がれている。ポムだと引きずられるから、らしい。
そうして、ポムが食材を吟味している間に、葉月と小紅が調味料と酒を揃え、別のコーナーで睦月とルカとタマが大道具小道具で必要な品物を揃えている。
「カンナちゃんにお留守番って言ったら、嫌がるに決まってるしねぇ」
「でも次の買い物からは交代にしましょう。日本食の材料が買えるお店は、ユウさんが知らせてくれるんでしょう?」
タマとルカは、練習のことも考えて買い物の間隔など検討中。色々見て回りたいが、流石に本番が終わるまではそんな暇は無いだろう。睦月は『留守番させよう』とあっさりしている。
かたや葉月と小紅は大量の飲み物と調味料一揃いをカートに積み込んで、一度皆と合流した後。
「ごめん、お酒飲まない人用のジュースのつもりが、これお酒だった」
と慌ててジュースのコーナーに走っていった。
帰り道、車に荷物が乗り切らないので若干名がバスで帰る羽目になったのは、十五人分の食材に仕事道具が大量だったのと、
「アメリカは何でも大袋で楽しい」
カンナがご満悦だった事情による。
対して、一足先に帰った一団は。
「行きますよ、衣装入りダンボール、六、四、一、三。小道具武器類、一、三、二」
「小道具武器は全部揃ったわね。大道具用の布地が一つも出てこないかしら?」
「こっちにも見当たらないな。小道具の武器以外が二と三」
日本から発送した様々な荷物の箱を確認して、分野ごとに並べ直していた。これらは一度主催者の倉庫に届き、劇団到着の確認をしてからコンドミニアムに配送されるので、間違いの確率がいささか高い。真尋教授が先生役よろしくボードに挟んだ一覧用紙にチェックを入れ、ダミアンとヒサが玄関から運び込まれた箱の山からラベルの読み取りをしていた。
「おう、まだ十箱はあるぜ。次々運んでいいんだろ。置く場所の指定があるなら早くしてくれ」
肩に箱を一つ担ぎ、小脇に筒状のものを一つ抱えたレヴが、力仕事に邁進している。続いてキヨミが筒状荷物を一つ抱えて現れた。
「大道具用の布地ってなってるけど。あ、レヴさんの持ってるのもね」
荷物の受け取りサインを済ませた恵一郎と、手荷物で持ってきた衣装の取り出しをしていた初美が加わって、ようやく全部の箱の確認が終わってみると‥‥
「これはうちじゃあないみたいだぁねぇ」
真っ赤に塗られた箱が一つ余った。何でこんなものを間違えたのかとキヨミが持ち上げようとしてすぐには叶わず、ラベルをよく読んだら『鉄アレイ三十キロ分』となっていた。レヴが運んでくれたが、どこがそんなものを使うのはよく分からない。ダミアンもヒサも首を傾げていた。
真尋教授は冷静に、主催者に連絡して荷物の引取りを依頼していた。自分達の分が全部あったので、慌てない。
そうして、荷物を開いてようやく練習である。練習場所は主催者が用意したスタジオと、そこが使えない時はコンドミニアムの庭である。
『こんなものは食べられないアルーっ。腐ってる、臭うアルねー!』
ジスとダミアン会心作の一見木造テーブルを、留学生ランの小紅とスーのタマが威勢良くひっくり返した。テーブルの上から飛び散るのは、ソラマメに糸を縫い込んだ特大納豆とその器だ。スーが一部を腕にまとわり付かせて、振り払っている。ランは在校生達を人差し指で指して、『信じられないアルよ』と繰り返した。
『ちょ、ちょっと、食べ物は粗末にしたら駄目なんだよ』
ポム演じる学級委員のトマコがテーブルを直そうとして、スーに納豆のネバネバを擦り付けられている。と、在校生のナギのルカとラウスのキヨミが立ち上がった。
『お前達、トマコの言うとおりだぞ。食べ物を粗末にすると罰が当たるからな』
『食べ物って、こういうのアルね〜』
ラウスに食って掛かられたランが、麻婆豆腐を差し出した。真っ赤な唐辛子の色に山椒の深緑でトッピングされた本場もの風小道具。見た途端にナギが一メートルも飛び退って、手裏剣を取り出した。
『そんな辛いものが食えるか!』
背後で熊と猿が『ナギは甘党だからね』と囁き交わしている。
一触即発どころか、互いに手裏剣を取り出して実際に投げあった。けれども当たったのはスーの投げた一本だけ。ナギの手裏剣は麻婆豆腐に突き立ったが、それが狙いだったかどうか。ラウスはランとスーを蹴ろうとして、飛び散った納豆や麻婆豆腐の皿を拾っていた熊に当たってしまった。派手に転がる熊に、猿からナギから足をすくわれてごろごろごろ‥‥
『卒業試験が近いのに、喧嘩してる場合じゃないでしょーっ』
思い余ったトマコが叫ぶが、もはや乱戦に入ろうかという頃合で、レヴのジョージ先生がテーブルを割るようにして割り込んだ。練習で全部割るとジスとダミアンが落涙尽きないので、とりあえず割った振り。
『喧嘩ではない、忍者に必要なものは武術だ! お前ら、相変わらず動きが鈍い!』
『あらまあ、忍術だって必要ですよ。でも喧嘩に使うのはよくないわねぇ』
真尋教授の狐の先生が杖からカラフルな紐を取り出しつつ、トマコと一緒になって在校生と留学生の間を分断していく。ジョージ先生も分断に力仕事で参加だ。ぽいと放り投げられたラウスは、床を叩いて残念がっている。
ここで校長先生登場。狸だが、トマコとは種類が違うようにぽんぽこおなかである。そのおなかを本当にぽこぽこ叩いて、こう言った。
『そんなに競い合いたいなら、卒業試験を始めましょう。この巻物を先生方に預けるから、それを先に奪い取れた人の勝ち。校長先生のお願い、聞いてくれるでしょ?』
それは命令って言うんじゃないですか? と先生達が首を傾げたような、コミカルな動きと口調の厳しさにギャップがある。在校生も留学生も渋々という感じで頷いた。
そして、ここに在校生と留学生、更に教師たちの忍術バルトが展開されるのだった。作った煙玉は、とりあえず問題なしだが。
「先生三人の早変わりが、まだ連携悪いな。家で練習しといてくれ。ランとスーはリフトがふらふらするから‥‥バランスを覚えるしかないよな。後で見るから待て。トマコ、そこの四人は引っ括っていいから」
ヒサの厳しい指導で、忍術バトルの見栄えはどんどん上がっていくのだが‥‥一部勝手に暴走して『二段階ジャンプー』とやっては怒られたりしている。舞台の広さを考慮して動かないと怪我の元だ。練習は毎日朝から晩まで、休憩しながら進む。
そんな中でも、ルカが作ってくれたケーキで和んでいたある日、カンナは遅れた誕生日祝いでジスにバラの花束の飴細工を貰って‥‥『わぁい、ありがと』の次の瞬間『ぱくっ』と噛り付いていた。
「ん? 何かあったの?」
台詞の録音を聞き込んでいて様子を見ていなかったキヨミが皆を見渡したときには、一人立ち尽くしているジスと、さっきの何倍も脱力した人々の群れがいたのだった。
ショーコンテストまで、もう少しである。