新人強化合宿・神無月アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 やや難
報酬 0.8万円
参加人数 8人
サポート 4人
期間 11/04〜11/08

●本文

「きーっ、わかんなーい!」
 とあるクラシックのレコード会社の一室で、一人の女性が叫んだ。手にはクラシックの歴史の解説書や用語辞書がある。
 彼女の会社はクラシックの専門だ。しかし女性は最近、映像製作会社から引き抜かれてきた新人同然の社員である。
 当然のように、クラシックには疎い。ただいま勉強中だが、楽器の名前と形状とその他もろもろを覚える段階でものの見事につまずいていた。
「この専門用語がわかんないの、専門用語がっ」
 彼女の同僚にして、同じ会社からやっぱり移ってきた男性も、確かに専門用語の羅列には頭を抱えていた。こちらはもう少し理解が進んで、専門用語の内容をある程度把握はしている。しかし。
「これを説明するとなると、自信がないな」
 そう、自分では分かったつもりだが、他人には説明できない状態で足踏みである。これは困る。
 この会社では、これからミニコンサートを各所で開催し、クラシックの裾野を広げていこうと企画中だ。その企画に参加する彼らがしっかりしないと、会社も引き抜いてきた甲斐がないというものだ。
 だがしかし、クラシック会社であるからその関係の勉強か、もともと好きで知識のある人がほとんどだったこの会社の社員と、腕はもちろんプロとして問題のない出入りする演奏家の大半が、ものすごく初歩的な質問に分かりやすい回答をすらすらと口に出来ないでいた。
 双方ともにショックである。
「そうなのよ。あたし達が分からなくても、演奏家が説明してくれるならそれで済むこともあるけど、演奏家って案外口下手が多いのよね。少なくとも、素人への解説には向いてないわ」
 自分の理解度の低さは棚に挙げて、女性はぶつくさ言っていた。
 やがて。

『楽器の説明会模擬演習実施
 普段自分が触れている楽器を演奏した後で、楽器について初心者向けの解説を加えてください。解説する内容は自由ですが、楽器に触れたことがない人にも特徴が伝わるように心掛けること』

 今回は楽器の種別は不問。エレキギターでも民族楽器でも構わないそうである。
 大半の楽器は会社で貸し出しも可能だが、あまりに珍しいものはその限りではない。

●今回の参加者

 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa0607 紅雪(20歳・♀・猫)
 fa1126 MIDOH(21歳・♀・小鳥)
 fa2072 ミスティ(12歳・♂・小鳥)
 fa2844 黒曜石(17歳・♂・小鳥)
 fa3860 乾 くるみ(32歳・♀・犬)
 fa3960 ジェイムズ・クランプ(22歳・♂・犬)
 fa4980 橘川 円(27歳・♀・鴉)

●リプレイ本文

 今回の企画には、一人を除いて当然ながら音楽関係者が揃った。履歴書職業欄の書き込みが『大道芸人』の乾 くるみ(fa3860)も、企画した会社とは縁がある『曲弾き芸人』である。細かいことを言えば、胡弓奏者の紅雪(fa0607)とミュージシャンの黒曜石(fa2844)とジェイムズ・クランプ(fa3960)もご縁がある。企画者の二人にもだ。
「クロちゃん、日傘はあたしのロッカーに置いてくるからね」
 他にも荷物でいらないものは預かるよと言っているのは、皆川紗枝。テープレコーダーやらビデオカメラを用意しているのが英田正樹。どちらもこの会社の社員だが、クラシックに詳しくない人達だ。
 とはいえ、クラシック楽器でなくてもOKという条件だから、他の四人もオカリナを持ってきた楽士のミスティ(fa2072)、エレキギターを担いできた歌手のMIDOH(fa1126)、三味線奏者の仁和 環(fa0597)にチェロ持参だが肩書きミュージシャンの橘川 円(fa4980)と、クラシック畑専門の演奏家は一人も混じっていなかった。
 他に参加者のつてで、一日だけでもと見学に来た人が四名ほど。計十二名は、先程まで社内見学会をしていたりする。。企画会議もちょっとだけ覗かせてもらって、癒し系CDも企画する人達は全然癒されていないと感じてみたりしたところだ。
 今回の企画が実行される防音室は、流石にいい造りで。おそらくここが、全員最も注目した施設だろう。
 そうして、七日間ぶっ続け、毎日同じ楽器について延々と解説を繰り返させる『演習』のスタートである。

●吹奏楽器ペア
 毎日同じ楽器の解説をと言われて、いささかげんなりした様子のクロとミスティがそれぞれ楽器を持ち出した。クロがフルート、ミスティがオカリナだ。この二人が続けて演奏と解説を行なうのは、単なるくじ引きの結果だ。
 そしてミスティがどぎまぎしたのは。
「他人の解説が間違っていても、指摘したら駄目よ? 助け舟も当然同じね」
 演習なので、まずは自分が頑張らなくてはいけないということらしい。それで間違ったまま終わったら、英田と紗枝の知識はどうなるのは、非常に恐ろしいところだ。
「それでは俺は木管楽器のフルートを扱う」
 内心どう思ったか、クロはややむっつりとした顔つきでフルートを取り出した。黒と白のゴシック風ドレスに銀色のフルートはたいそう良く映える。当人が燕獣人だと知っていれば、選んだ曲が『動物の謝肉祭』の鳥の模倣部分であることに笑みの一つも浮かべたかも。演奏もプロには及ばないが、相当手馴れている。
「さて。先程木管楽器と言って不思議に思ったようだが」
 どう見ても金属製じゃんと紗枝が目一杯顔に出したのを、クロはちゃんと見ていた。木管楽器と金管楽器は現代では材質ではなく、演奏法で区別されるのだと簡単な解説を入れる。その違いは吹き口に木管なら息を吹き込むことで音が出るが、金管はさらに奏者が唇を震わせることが追加される。この辺、演奏したことがない人には微妙に感覚が掴みにくかったらしい。とはいえ、演奏法伝授ではないので、軽い実演のみで次へ。
 フルートは昔縦笛をいったが、フルート・トラヴェルソと呼ばれた横笛にキーとレバーを操作する仕組みが出来た十九世紀頃からフルートといえば現在のものを指すようになったとか。
「キーとレバーのおかげで演奏にも多彩な特色が加わった。先程の鳥の声を模すのも、案外多い使われ方だ」
 訥々と解説を終えたクロが、ミスティに場を譲る。皆の前に立たされて、緊張気味にオカリナを取り出したミスティが吹いたのは『コンドルが飛んでいく』。鳥続きだが、こちらは単に有名どころを選んだだけだ。
 ちなみにミスティはオカリナの歴史を説明しようかと考えていたが、もともと人に講釈するのは得意ではないし、実践的なところに興味のある人が多そうなので、オカリナの特徴について。
「えぇっと‥‥オカリナは見て分かると思うけど、音域は広くなくて‥‥」
 どうやって音が出るかは、本人も良く分からないので説明しない。経験上分かっているのは、吹き込む息の強さだけではなく、気温でも音が変化すること。音程もそれに合わせて変化するので、なかなか難しい楽器でもあるが、
「逆に自由な音が出るから‥‥自分の好きな音が出せる。そういういいところもあると思うんだ‥‥それで」
 初日、ミスティはここで言葉を見失って、二分後に椅子に座らされた。

●チェロ
 今回唯一のクラシック音楽向け楽器の円は、模擬演奏前にケースからチェロを取り出しつつ、一本の棒を示した。
「これがエンドピン。チェロはこの通り大きいので、床に固定するのにこのピンを使って、支えながら弾くの。脚の間に挟むようにするわね」
 椅子には浅く腰掛けてと、一度見ている人々に横向きで姿勢を示す。そうして弦に弓を当てて一音を鳴らしたが、その際の角度が『正面から見た場合に弓を弦に対して垂直』でないと綺麗な音にならないと講釈つき。
 それからヌイさんの協力を得て、奏でたのが『新世界より・第二楽章』の一部だ。バイオリンとの掛け合いが入る、チェロのソロ部分である。日本でもよく演奏される曲なので、タイトルはともかく全員耳にしたことはあった。当人が言うとおりに、艶やかで深みがある音色だろう。
「合奏だと低音の担当が多いわね。人の声にも近いといわれているの。形は見ての通りにバイオリンを大きくしたようなもので、木で出来ているから、デリケートなのよ」
 保管には気温、湿度に注意を払い、乾燥を避け、屋外での演奏も本来は駄目。
 この解説を聞いた途端に、英田と紗枝が難しい表情になった。

●ウクレレ
 先の二人の反応に、『知らない人もいるわよね』と反省の面持ちでヌイさんの順番だ。先程バイオリンで手伝いに入った彼女が抱えてきたのは、ウクレレ。更に頼んで用意してもらったのが、子供のおもちゃのような大きさから、ギターの子供みたいなものまで四つ。
「はーい、小さいほうからソプラノ、コンサート、テナー、バリトン。全部ウクレレですよー」
 音はもちろん、弦の数も違ったりしますと説明しつつ、ヌイさんは一通り音を出してみる。それから模擬演奏に入ったのが、ちょっとお懐かしげな一曲。よろしければご一緒にといわれても、聞いている最年長が英田では歌詞がちゃんと出てこない。
「元はポルトガルの楽器が変化したもので、ハワイの言葉でウクが蚤、レレが飛び跳ねるで『飛び跳ねる蚤』という意味でーす」
 ヌイさんは毎日違うウクレレで同じ曲を弾いていたが、三日目のこと。
 様子を見物しに来た社長と企画部長が一緒に歌ってくれたので、踊っている。

●三弦胡弓と二胡
 紅雪が抱えてきたのは、一見するとウクレレのように音域が異なるのかと思わせる楽器だった。
「右が日本の楽器で三弦胡弓、左が中国楽器の二胡です。‥‥別の楽器ですから」
 どちらも弓を使用して演奏するが、別の楽器。三味線とも別。弦の数が違うのは音域の差ではなくて、そもそも違う楽器だから。
 しつこいくらいに紅雪が繰り返したのは、紗枝が『えー?』とこちらも繰り返したからだ。二日目以降は他でも分からないとあーとかうーとか言っていたが、ここでは初日から。よほど意外だったらしい。
「日本では二胡も胡弓と呼ばれたりしますが、音を聞けば違う楽器だとご理解いただけると思いますよ」
 同じ童謡を弾き比べて、音域ではなく『音』が異なることを示した紅雪だが、更に楽器の特徴を伝えるためにショパンの『バラード・第一番』を模擬演奏に取り入れた。アジアの楽器で聞くクラシックもかなり目新しい試みでよかったのだが。
「で、今のがどっちだっけ。中国の胡弓だっけ」
 最初の混乱をずっと引きずった紗枝の台詞に、色白の顔色がいっそう白くなっていた。

●ギター
 今回は電気使用楽器も含めるということで、ギター各種にジェイムズとマリアが名乗りを上げた。MIDOUは本名がマリアらしい。順番がくじ引きとなった途端に二人セットでくじを引かせろと主張したギター組だ。
 そして模擬演奏は二人で『アルハンブラ宮殿の思い出』と『ロマンス』。後者は『禁じられた遊び』と言わないと、主催者側の二人には通じない。
 解説はまずジェイムズから。持ち出したのはフォークギターとクラシックギター、大元を遡ると十五世紀くらいまでいくのだが、今の形に近いのは十九世紀のものらしい。
「作りの違いは、胴体の厚みがフォークギターのほうが厚いってとこか。これは屋外で使用するために大きな音が出るようにしたからで、弦も鉄弦だ。クラシックギターはナイロン弦。首の太さだけはクラシックギターが太い」
 見ただけで分かる違いを解説して、では弾き方にとジェイムズが『第六弦を一番上に』と実際に構えて見せたら、英田が『六弦って?』と口を挟んだ。もしかするとわざとかもしれないが、確かに知らないと何のことだかになってしまう。ジェイムズもそこから気をつけるのかと、しばし気合を入れなおしていた。
 もう一度構え方をやり直して、今度は演奏法。胴体を叩く『ゴルペ』はフラメンコでよく見られる奏法でフラメンコギターはセルロイド版を張って表板が傷付かないようにしているとか、弦を指で弾く『ピチカート』は余韻が短くて響きが残らないとか、ガラスや鉄の塊で弦を擦る『ボトルネック』とか‥‥
「最近はコードとか関係なしに感覚で弾く人も増えたし、気軽に楽しめばいいと思うよ」
 この言葉がなかったら、何名かが暗記科目を前に徹夜する学生のようになっていたかもしれない。
 でもこの後にまだギター。今度はマリアのエレキギターだ。フォークギターと同じように木のボディに鉄の弦と説明したら、何人か触りに来た。派手な色の塗装が多いから、プラスチック製とでも思われていたのか。
「あー、音で言うならエレキにもエレキベースって低音専門のギターが存在するよ。これは四弦が多いかな?」
 ちょっと不確かでごめんねと言い添えたマリアの前で、紗枝が固まっている。ベースは全然違う楽器だと思っていたんだなと、マリアのみならず察していた。
「音が出る仕組みは電話と同じで、胴体に埋め込まれたピックアップという装置が、弦の振動を弱い電流にして、このアンプで音に変化させるんだ。このコードが電話線代わりね」
 本当は細かいところも説明できなくはないマリアだが、初日から内容を色々入れ替えて、説明の仕方を学ぶつもりになったようだ。

●三味線
 まきは三味線奏者だが、それらしい長物は持ってこなかった。あれと思っている何人かの前で、
「三味線はギターと同じリュート属で、基本構造は上から天神、棹、胴で弦が三本。太さが違って、太いほうから一、二、三の弦。棹は三つ折れ、こういう風に三つに分解可能が多いね」
 それをこうやって組み立てて、更に弦を張る‥‥と準備しがてらに教えてくれた。木製だから一本だと曲がることがあるためと持ち運びの利便性で分解できるが、延棹なる一本の三味線もありと添えられる。ただし。
「胴には猫、犬の皮、最近は合皮も張られてる」
 と言われて、該当する獣人はどきどきしたかもしれない。弦は絹糸で、津軽三味線だとナイロンの場合もあるとか。確かに会社で用意した津軽三味線はナイロンだった。
 演奏は『村祭り』、最近は村の鎮守も数少ないが歌そのものはたいていが知っている。とはいえ、当人が演奏と歌までこなしたのは今回は珍しかった。持参の三味線は細棹、中棹、太棹と分けられる中の中棹で、細棹とともに謡の演奏に使われることが多いそうだ。『謡』の字はホワイトボードに書いている。
「ひたすら練習で勘を掴む楽器だね。演奏の幅も広いし」
 今度は津軽三味線をと、これまた誰もが聞いたことのありそうな曲を弾いて見せたまきは、『調弦により西洋音階も演奏可能だから』と先の言葉を実演とともに解説した。津軽の奏法としてイメージが広まっているのは、叩きつけるような撥の当て方の『叩き撥』、別名『天国と地獄』にはその勢いが良く合うものだろう。
 でも、三味線で西洋音階、いわゆるドレミファソラシドを弾いて見せたのが一番受けたのには、ちょっと微妙な面持ちだった。

 いずれにしても、『この人、これで大丈夫か』と思うくらいに初心者だった紗枝と、『知っていてとぼけるのか、本当に知らないのか分からない』反応の英田、初日は見学者に、二日目以降は『仕事はどうした、仕事は』と思わせるような社員の皆様の入れ替わり立ち代り見学を前にした七日間が過ぎた頃には、参加者一同も解説の経験値を相当積めたことだろう。
 なにより、突拍子もなく初心者の質問を受けても動じない神経は、間違いなく養われていた。いつ活用するかは、今後の活躍しだい。