コンサートしましょアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 8.2万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 01/21〜01/27

●本文

 とあるクラシックレーベルのレコード会社の企画室分室で、主任の英田正樹はこめかみを押さえていた。今度の企画は、某市の市役所玄関ホールで行なわれる昼休みミニコンサートである。
「また人が足りねえ。どうしてこういうことになるんだ」
「良く来てくれる音大の学生さん達が試験前で忙しいからよー」
 唯一同じ分室に配属されている皆川紗枝が、英田の疑問に簡潔に答えてくれた。もちろん答えがあっても、根本的な問題であるところの人手不足は解決しない。
「一日二人、合計十人。二人一組での応募なんか掛けたら間に合わないから、仕方ない、とりあえず十人集めてから考えよう」
「十人集めて、本人達で相談して割り振ってもらえばいいのよ。れっつらごー」
 人集めと当日のことしか心配しない性格の紗枝に比べ、その十人への給与支払いやら、その他の経費になどの決済のことを心配する立場の英田はしばし憮然としていたが、他にどうしようもないので紗枝が作った募集要項の内容を確認して、判子をついた。

【クラシックミニコンサート出演者募集要項】
 以下の日程で行なわれるクラシックミニコンサートの出演者を募集しています。楽器演奏者、歌手のどちらでも結構です。
 一日の出演者枠は二名、使用楽器や曲目はクラシック音楽関係であれば制限はありません。希望者は出演希望日とともにご連絡ください。
 ピアノは会場の市役所玄関ホールに準備されており、それ以外の楽器で必要なものは当社にて準備します。
 もしも正規出演者以外の補助演奏者が必要な場合には、待遇等は個別にご相談ください。
 当日の昼食は、主催者より提供されます。

・ミニコンサート日程 1月22日〜26日
・同開催時刻     12時15分〜12時55分

●今回の参加者

 fa1465 椎葉・千万里(14歳・♀・リス)
 fa1514 嶺雅(20歳・♂・蝙蝠)
 fa2172 駒沢ロビン(23歳・♂・小鳥)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)
 fa3608 黒羽 上総(23歳・♂・蝙蝠)
 fa3661 EUREKA(24歳・♀・小鳥)
 fa3860 乾 くるみ(32歳・♀・犬)
 fa4584 ノエル・ロシナン(14歳・♂・狸)
 fa4786 K・ケイ(19歳・♂・鴉)
 fa5286 四菱ベンジャミン(22歳・♂・兎)

●リプレイ本文

●日曜日は打ち合わせ
 二十一日に集められた一同十名は、会場になる市役所玄関ホールの写真と見取り図を見せられつつ、分担を決めた。
 月曜日、駒沢ロビン(fa2172)と四菱ベンジャミン(fa5286)でピアノ連弾。
 火曜日、乾 くるみ(fa3860)とノエル・ロシナン(fa4584)がバイオリンとシンセサイザーにボーイソプラノを合わせる。
 水曜日、椎葉・千万里(fa1465)とK・ケイ(fa4786)のピアノとバイオリン。
 木曜日、嶺雅(fa1514)と黒羽 上総(fa3608)でバイオリンとピアノにテノールを。
 金曜日、豊城 胡都(fa2778)とEUREKA(fa3661)がバイオリンとフルート。
「学生さんは音楽学校の生徒さんだってことになっているので、聞かれたらそう言ってねー。授業の一環ですよ、商売じゃなくて」
 公共施設が会場なので、未成年が学校を休んで仕事は外聞が悪いとか何とか。方便は全然悪くないと思っている皆川紗枝がノエルとケイ、チマちゃん、胡都に言い聞かせている。
「セーラー服やったら、まずいやろか」
「スカート丈が普通‥‥短くなければいい」
 チマちゃんの悩みに英田雅樹が途中で言い換えつつ返答したのは、三十代半ばに見える彼と今時の女子高生の『普通のスカート丈』にギャップがあるからだろう。と察したのは、ヌイさんだ。
「あたしの頃はスカートは長いもんだったけど。そっかー、このくらいの息子がいてもおかしくないのよねー」
 返答のしように困ることは言わないでほしいと、思った人がいるかどうか。
 紗枝は皆に演奏してみたい場所など尋ねて、メモしている。動物園、水族館、学校、病院‥‥
「公園で公演。いいわね」
 洒落としては面白くないが、アイデアは悪くない。

●月曜日
 景気がよい頃に立てられた市役所の玄関ホールは、ホールと言って騙りにはならない広さと、二階天井まで吹き抜けの空調泣かせの高さを持つ空間だった。用意されているのは、グランドピアノである。
 開始時間には二階の回廊からも結構な人数が見下ろしているので、経験が他のメンバーに比べて少ないベニーは緊張気味だ。演奏会の経験もあるロビンは落ち着き払って、市役所職員の司会の紹介に合わせて、正面と二階にも挨拶をしている。ベニーも見習って同様にし、それからピアノに向かって右にベニー、左にロビンが座る。多少どきどきしていても、どちらもピアノを前にすると落ち着くものだ。度胸が出るとも言う。
 そこで市役所広報課の職員が写真を撮っているが、聴衆には撮影禁止のお知らせが伝えられていた。気楽に携帯カメラなどかざされたら、ベニーはまた緊張しただろう。
 でも。
「思いのほか、音響がいいな。これはいい」
「次の曲は、少しテンポを変えましょうか。練習で試した感じで」
 ロビンがオフホワイト、ベニーがグレーの襟が高いシャツを着て、見栄えよろしくも鍵盤に指を滑らせ始めたベニーが最初の二小節でそう呟いた。彼は一線のプロほどではないにしても、耳がよいので音はよく捉えられる。そうして、ロビンの提案に軽く頷いた。
 彼らが選んだ曲は『子犬のワルツ』と『華麗なる大円舞曲』。どちらも連弾のある意味狭いスペースで繰り広げられるめまぐるしい変化が楽しい曲目だ。見栄えも考慮して、シャツも印象が似たもので揃えてきた。多少ベニーが細いとはいえ、背丈はたいして変わらないので見た感じも似ていただろう。流石に髪の色などは、一見して違うのだが。
 時間一杯、少々予定を変えつつ弾ききって、拍手を受けたベニーがほっと肩を降ろしたことに気付いたロビンはくすりと笑って、肘でつつかれていた。

●火曜日
 この日は出演者紹介の職員はいなかった。なぜって、ヌイさんがやるからだ。
「相方はうちの息子のノエルでーす。なんて、見ただけで違うとばれますね。はい、学校の授業の実習で来てます」
 一体何事と言う顔で、慌ててぺこぺこしているノエルを、大抵の聴衆は女の子だと間違えている。声を聞いても間違えたままかもしれないが、まあよい。
 一曲目は『おもちゃの兵隊のマーチ』。出来るだけ耳慣れた曲としてヌイさんが選んでいる。本日の三曲共に彼女の選曲で、ノエルは大変感謝していたのだが‥‥別にシンセサイザーでも文句なんかない。もちろんない。皆も知っていて、楽しんでくれているようだし。
 二曲目の『ツィゴイルネルワイゼン』、ヌイさんのバイオリン独奏。ノエルはバックコーラスでそうっと声を被せていく。先程に比べて、いかにもクラシックらしい雰囲気をヌイさんが上手に醸し出していた。
 でも三曲目というか、次の『おおスザンナ』と『草競馬』、そして『夢路より』のメドレーで。
 どうしてそんなに走っているのですか、くるみさん。待って、階段を昇るなんて聞いてませんよ‥‥!
 誰もがその時のノエルを見ていなかったが、見れば表情だけで語っている彼が、それでも一生懸命歌っている姿を目にすることが出来ただろう。ヌイさん、バイオリンを弾きながら会場内を走り回っている。おかげでノエルに伴奏が届いているような、いないような。
 しかしノエルは負けなかった。歌の歌詞は自分なりによく研究して、その上で情感が籠もり過ぎて声がかすれてしまわないように歌い方を考えてある。ここで音が拾えないからなんてまごついている場合ではない。耳を澄ませて、バイオリンの音に合わせて歌いきる。その声量に驚いている人も多かった。
 昼休み終了直前の拍手は楽しげな笑いを含んでいたが、本当はノエルの立派な歌いっぷりにこそ贈られるべきものだったろう。
「いい経験をしました」
 なかなかに前向きなノエルである。ヌイさんは元々前向き。

●水曜日
 一週間の中日は、人にもよるが疲れが出たりする日かもしれない。中弛みする日とも言う。そんな日に『トロイメライ』はどうなのか。
 なんてことを、始まるまではチマちゃんも考えていたのだが‥‥悩んだところで今更曲目は変えられない。なにしろ演奏するのは一人ではないのだ。ケイは大変に親切だが、流石にいきなり違う曲を弾けと言われれば気分を害するだろう。
 そんなわけで、水曜日の昼にはシューマンの『トロイメライ』。ケイがピアノで、チマちゃんがバイオリン。ケイはあまり首周りが詰まっていないTシャツにジャケットを羽織り、全体に暗色系でまとめてある。チマちゃんはスカート丈をチェックされたセーラー服だ。ケイはともかく、チマちゃんの姿におやと首を傾げる人もいて、ちょっとばかり緊張もするが、曲が始まると緊張がほどけてくる。
 音響を良くするのに建材がどうとか、天井までの距離がなんてことはどちらも知らないが、この玄関ホールは演奏用の建物ではない中では音響がかなりよかった。『トロイメライ』のゆったりしたテンポと、柔らかく響かせる和音とが、うまい具合に二階のほうにも届いているようだ。実際のところは弾いている二人には確認のしようもないが、聴衆ののんびりした笑顔を見る限り。
 しかし。
「最後のほうで、相当入ってたろう。このまま終われないかと思ったよ」
「ピアノがエエ音しとったんでー。ちょっと危なかったわ」
 実は弾いているチマちゃんが夢見心地というか、自分の世界に入ったというべきか、それともあっちに行っちゃったとでも評するものか。ものすごいうっとりの笑顔で演奏していたことが、この日の午後の役所の語り草になっていた。
 そんなことを知らないチマちゃんは、ケイによしよしと頭など撫でられている。ケイ、甘い顔はしていないが甘い。

●木曜日
 この日の二人組は、毎日演奏を聞きに通っていた人々の目を丸くさせた。
 身長、一般家庭の鴨居はくぐる程度。体格は幾らか細いような、まあ普通のような。顔、まあまあ。でも今までのほとんどの演奏者同様に日本人離れはしている。服装、どちらもジャケットがよく似合う。
 そして何より、クラシックコンサートとは思えないアクセサリーの多さ。こういう人もいるんだと、よく知らない人々は口もあんぐり。通りすがりの人も、なんとなく注目している。それを二人が狙っていたのかは不明だ。
 最初の曲はクロのバイオリン独奏『ガボット』。もちろん走らない。でも弾いている本人からして楽しそうに。音が跳ねるのと体が動くのは別物だから、そこには神経を使う。これを聞いた人は、実はクロがドラムを叩くミュージシャンだとは聞いても信じなかっただろう。
 そして二曲目は最近有名な『誰も寝てはならぬ』をセレクト。クロはピアノ伴奏に移り、一曲目は挨拶の後に隅で控えていたレイが前に。どこかで見たようなとか、似ているとか囁かれているが、当人はしらばくれている。もちろんクロも、笑いを噛み殺してせいぜい生真面目な表情を作ってみせた。やっぱり、前歴がどうでも全然畑違いの歌手が混じっているなんて事は、お役所では言わないに限るのだ。
 クロは歌曲の伴奏と心得て、声を生かすように弾き方を調整している。レイは当然、自分の声を最大限活かすように堂々と歌いだした。
 途端に最前列の何人かが身を引いた。仰け反っている人はもっといる。オペラ歌手の歌声を近くで聞くことなど普通はないから、声に押されているのだ。
 でも、歌が佳境の口説き文句に入った辺りでは、皆身を乗り出すように聞いていた。
ここが市役所で、聴衆の大半が職員で、昼休みが終わる時間が来なかったら、アンコールがいつまで続いたか分からない。
「クロちゃん、ほらサイン欲しいって。お相手してあげて、ほら」
「嘘だ。嶺雅だろう。愛想振りまいたな」
 終わってからも、時間に余裕があるらしい女性陣に探されて、押し合いへしあいしていた二人は、英田に控え室にしばらく閉じ込められた。

●金曜日
 ミニコンサート週間の最終日は、ゆーりと胡都だ。今回の参加者の中では、胡都がもっともこの筋では有名である。とはいえ、事前に演奏者の名前を気にして聞きにきた人がどれほどいるものか判らない。
「市役所だものね。もののついでの人が多いでしょうけど、そういう切っ掛け作りは大事だと思うわ」
 最終日担当の重圧に負けないように、水色ワンピースと薄化粧に似合わぬ仁王立ちでゆーりが宣言している。クラシックと聞くと敷居が高いと思う人は多いので、確かに今回のような催しは裾野を広げるには大事だろう。
 胡都も青系のジャケットに白いズボンで、シャツはごく薄い水色。二人とも日系ながら髪が黒くはないので、並べて立たせるとそこだけ他所の国のようだ。でも、うんうんと頷いている胡都の仕草はなんだか幼い。
 だがしかし。
 二人が選んだのは、まずフォーレの『夢のあとに』。チェロ演奏が多い曲と解説を入れつつ、バイオリン二重奏だ。始まったばかりの昼休みに、ゆったりとした繊細で、ちょっと切ないような音を、けれどもただ優しくは奏でない。曲の中に籠もる愛しい気持ちの部分を力強く、思いの丈が伝わるように弾いていく。
 繊細な和音が、二階の人々にもきちんと届くような演奏だった。
 そうして、二曲目は誰もが知っている『エリーゼのために』。ピアノで弾いた事があるなんて会話が漏れ聞こえたが、今回は胡都のフルートとゆーりのバイオリンで演奏である。ピアノ曲が、楽器が変わるとどう聞こえるのかを比べてもらうにはよい選曲だろう。
 こちらはフルートの胡都が主旋律を担当し、ピアノ曲のためにフルートには適さない早いフレーズはバイオリンが助ける。
 皆の耳に馴染んだ主題は繰り返されるから、フルートがピアノではまずありえない演奏法を取り入れて、耳慣れた音楽が楽器で違っていくことを楽しんでもらう。
 ゆーりも胡都も、様々な楽器をこなす器用さがあるが、今弾いているのが最も得意とする楽器だ。よって演奏している姿には余裕がある反面、音に没頭してもいる。
「もうちょっと時間が長かったら、他にも弾いてみたい曲がありましたけど」
 聴衆もうっとりと聞きほれた演奏を終えての、胡都の感想は『もう終わり?』だった。ゆーりも同じだったらしい。

●土曜日も打ち合わせ
 一応拘束期間の土曜日は、反省会という名前の感想聴取会だった。また機会があったら参加してもいいかの無記名アンケートに始まり、クッキーと紅茶でささやかに慰労会も兼ねている。
「今回、結構好評だったみたいでもう一度お話がありそうなんだけど‥‥」
 それはいい話だと皆が思っているのに、紗枝の表情は今一つ冴えない。どうしたのかと思いきや。
「学校と一緒で、今年の予算ではもう無理だから来年度って言うのよ。来年度って」
 もっとこう、毎週演奏会が出来るような場所はないものかと尋ねられても、流石にそんな素晴らしい場所には心当たりのない十人は『頑張れ』と思いながら紅茶を飲んでいた。
 でも春以降はこんな仕事が増えるのかもしれない。