ホワイトデー狂想曲アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
龍河流
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
不明
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
03/11〜03/15
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●本文
日本には、ホワイトデーという日がある。
細かい成り立ちはこの際どうでも良いが、ともかくある。
これがまた、世の男性諸氏を悩ませる日でもあるらしい。
例えば。
関東某県に英田雅樹という男性がいる。会社員、三十代半ば、独身。
彼は同居十三年目に突入した女性がいるのだが、当人達の意識上は二人の関係は『同居人』である。家賃をお安く済ませるためのルームメイトだ。
ゆえに英田に尋ねると、二人の関係を『恋人でも、同棲でも、事実婚でもなく、同居人で同僚で友人』と答えるのだが、もはや彼と彼女の身内は『言うだけなら好きにさせておけ』と静観の構えだ。
そもそも正月だけは二人それぞれの実家に帰って別行動だが、時々相手の実家に遊びに行ったりしている仲。もはや当人達が何を言おうが、二人の親は仲良く親戚づきあいをしている。すでに十年近く。
こんな英田も同居人の皆川紗枝から、バレンタインデーにはチョコレートケーキを貰った。わざわざ有名店の評判のケーキを予約して取り寄せた逸品だ。当然のように、半分は紗枝が食べたが。
そして、もうすぐホワイトデー。
「雅ちゃん、ホワイトデーなんだけど、三倍返しなんて言わないからね」
「当然だ。どうせ何か食べたいものがあるんだろう。言うだけ言ってみろ」
「いんや、このチラシの掃除用品特売品、全部買って」
英田は料理以外の家事労働がまったく不得手、紗枝は料理以外の家事労働、特に掃除を偏愛している。しかしだからと言って、掃除用品。
「そんなお前のためにしかならないものを買うのは、お断りだ。自分は食べたいものを買って、俺に半分くれただけだろうが」
「ばれてたかー。じゃ、今度はチーズケーキにしよ、チーズケーキ」
「食べるものなら、俺が勝手に選ぶ」
主張は同居人だが、仲良しの二人だった。
でもホワイトデーは色々大変らしい。
例えば。
札幌市内にある着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』の笹村睦月は困っていた。彼もバレンタインデーに贈り物を貰ったので、ホワイトデーは大事なイベントのはずなのだが、それよりなにより。
「にーに、あらちがいっちょにいっちあげまちゅ。ぷれじぇんと、どーちゅるでちゅきゃ?」
毎日の活動時間の半分くらいは完全獣化していそうなパンダ獣人の妹カンナが、彼の背中に張り付いてうるさいのだ。プレゼントを買いに行くなら付き合ってやると、申し出そのものは兄に対する思いやりに満ち溢れているようだが、実態はその最中に何か奢ってもらいたくてたまらない食欲魔パンダだ。うっかり頷くわけにはいかない。
そしてなにより。
「十四日のコンビニバイトが足りない」
副業経営が盛んな『ぱぱんだん』らしい悩みがあるのだ。これは休んでいる場合ではないかもと、色々悩んでいたところ。
「あらちが、だれきゃとみせびゃんするでちゅ。にーには、はっちーとでぇちょしてらっちゃー」
慣れないと何を言われているのか分かりにくいが、直訳して『お兄ちゃんは葉月とデートしてこい』である。葉月は彼らの弟だ。別に兄弟で道ならぬ恋路を進んでいるのではなく、単に葉月もお付き合いしている相手がいるだけのこと。意訳すると『二人とも、それぞれデートに出掛けていいわよ』となる。
だがしかし。
「誰かって誰とだ。爺さん達は留守だぞ」
間の悪いことに、彼らの祖父母四人は町内会の老人会のバス旅行でこの日はいない。それで人手が足りなくて、睦月は困っていたのだが。
「てきちょーによびゅ」
『ぱぱんだん』は獣人限定ながら、様々な方面で働いてくれるアルバイトを多数抱えている。その中に暇人がいないかどうか、カンナはメールでも流すつもりらしい。
携帯電話片手にメールを打っているパンダもなかなかすごい眺めだが、それならそれで当日の仕事の心配はしないこととして、次に悩むべきはホワイトデーのプレゼントだが。
「何言ってんだよ、兄貴は。一緒に買い物に行けばいいんだってば」
「あんた達、今のうちに途中でかち合わないように相談しとけば。帰ってこない場合でも、別に連絡はいらないわよ」
弟の葉月と、双子同然の従妹初美に鼻で笑われた睦月だった。
これはこれで、なかなか大変らしい。
そうして、ホワイトデー前後には他にも大変な人がいるのだろう。
●リプレイ本文
三月十一日。
札幌市内の『ぱぱんだん』事務所は、朝も早くから賑やかだった。話題の中心は先程まで渡会 飛鳥(fa3411)だったが、現在中松百合子(fa2361)に移行している。笹村初美、カンナと一緒になって、これからしばらくのシフト表作成をほっぽりだしてきゃわきゃわ騒いでいるのは、姉川小紅(fa0262)と蘭童珠子(fa1810)だ。
話題の元は、ひーちゃんの時には『本日のデート用おめかしの方法』だったけれども、ユリに移ってからは『指輪』である。たまたまユリがダイヤモンドきらきらの指輪をしていただけなのだが、タマと小紅はものすごくうっとりしている。
そうして、突っ込んだのは初美だ。
「それは俺じゃない」
蓮城久鷹(fa2037)はあっさり返答してしまったが、じゃあ誰からなんですかとひーちゃんとタマとカンナが目をぱちくりさせている。小紅と初美はおもむろに察して、
「自分にご褒美?」
「アクセサリーは好きなの」
姉御にいらんことを言っている。ばっちり働いているスタイリストがダイヤの指輪をしていたくらいで、騒いではいけないらしい。
ところで。
「プ、プレゼントか‥‥」
トシハキク(fa0629)は今更のように頭を悩ませているようだが、そんな彼にどこぞのビュッフェの割引券をくれた葉月は、ついでに十三日の仕事を押し付けている。何事かと思えば、十三日から遊びに行くらしい。
「って、誰と!」
「うわ、野暮。そんなことでどうする、こら」
これらの騒ぎをさておいて、睦月は黙々とシフト表を作っていた。ヒサと姉御とひーちゃんにまで念押しされたので、十四日は彼も葉月もカンナも仕事が入っていない。
同じ頃合に、札幌市の中心部では日向みちる(fa4764)と雪城かおる(fa4940)が、公演準備に忙しかった。その趣味の人なら名前だけで何期生かまで当ててくれる、少女歌劇団の面々だ。とはいえ、大階段を下りるときに背負う羽の本数は、まだ真ん中程度。
しかし、みちること愛称なぎさはこの地方公演後にファンの方とのお茶会が控えていた。ひいきの団員をお招きして開催するお茶会だ。十四日のホワイトデー開催なのは、主賓が男役だからに違いない。
となれば、バレンタインデーにはチョコレートの他プレゼントを全国のファンからいただいた身としては、せめてもお茶会の参加者には形あるものでお返しすべきと考えている彼女は、仲のよいまいに買い物への同行を頼んでいた。まいはかおるの愛称である。
愛称で呼び合う。これ、少女歌劇団のお約束だ。
そして、この日の夕方である。
ひーちゃんは恋人のダミアンに、ディナーに誘われていた。バレンタインデーのお返しなのだが、彼の仕事の都合で本日の予約となっている。
そう、予約。ドレスコードはないようだが、本格ディナーだ。店名を聞いてもピンとはこなかったひーちゃんだが、慌てておめかし方法をお姉様方に指南してもらったのは、それが理由だったりする。モデルなので、おしゃれが苦手なわけでもなんでもないのに、よほど慌てていたものらしい。
しかし、ひーちゃんは現在、約束が今日でよかったとちょっと思っていた。明日だったりしたら、ランジェリーショップから引き回されそうな勢いだったのだ、お姉様方は。ひーちゃんの希望は『ちょっと大人っぽく』なので、着けると気分から一新するようなランジェリーまでは求めていない。いつもはファミレスあたりでの食事がレストランなので、それに似合った服装がしたいだけだ。
ところが、待ち合わせ場所ではそのあたりの努力に気付いて、言葉少なながら褒めてくれたダミアンが、店に入るとそわそわし始めた。なんとなく上の空で、あちこち見回している。こういう店にもよく来るのかと思っていたが、なんとなく違うようだ。
ちょっと迷って訊いてみれば、内装や食器、その他諸々の見学と勉強を兼ねて、いろんな店を回るらしい。その中で気に入ったので、今日は夜景がよく見える窓際を予約したと言われると、何も飲まないうちからひーちゃんはほんのり赤くなった。元より未成年なので、本日の冒険は『ノンアルコールカクテルに初挑戦』なのだけれど。
あいにく、その挑戦の一杯目は、どきどきしすぎて味がよく分からなかった。多分オレンジジュースが入っていたような‥‥いなかったような。
更に、この機会でなければ、いつ訊いたらいいのか分からないので、気合を入れて尋ねてみたのが、来月に迫ったダミアンの誕生日プレゼントだ。やはり欲しいと思っているものをあげたい。
すると、返ってきたのが予想外に。
「じゃ、じゃあ、お姉様達に色々習って勉強しておくね。まだあんまりレパートリーないけど、もうちょっと増やせるように頑張るから」
手料理のリクエストに、両手にカトラリーを握りしめて決意表明したひーちゃんに、ダミアンはちょっと驚いていたが‥‥次に目が合った時には、互いに照れ笑いを浮かべていた。
同日。
なぎさとまいは、悩んでいた。彼女達は劇団内では確かに男役と娘役だが、格別恋仲ではない。単純に、とても仲良しさんである。
ただ、二人で並んでいる姿がそこらのカップルと比べて、それはもう素晴らしくお似合いに見えることはある意味致し方ない。憂い顔で考え込んでいるなぎさと、それを心配そうに見守るまいの姿は、歌劇団ファンならずとも見惚れる可能性大だ。
ちなみになぎさは、お茶会に持参するお土産をどうするかで困っているところだった。ただでさえ土地勘がないので、雑貨屋もよく分からない。ある程度品物を決めてから、それを扱っていそうなお店を探して回るのが一番だろう。
問題は、なぎさは付属学校当時こそ娘役だったのだが、新人公演の後から身長が伸びて男役に転向し、すでに何年か。普段の服装もあまり女性らしいとは言い切れず、確実に喜ばれるようなものが思い付かないのだ。
彼女はそれが自分の職業故と思っているが、誰だって多数の相手に間違いなく喜んでもらえる品物など簡単には考え付かない。ファンはお茶会で一緒に写真を撮り、握手をするだけでも楽しんでくれるだろうが‥‥生真面目に考えるのも当人の性格のうちだ。
「あまり荷物になっても申し訳ないし、何がいいでしょうね」
当人はじめ、劇団員は人気があるほど抱えきれないような量のプレゼントを貰ったりするものだが、なぎさは札幌の雪景色を見て、色々考えている。ご当地の人にはそれほどではない雪も、なぎさやまいから見れば大変な積もりようなのだ。
更に天気予報を見て、当日の天候も今ひとつらしいと知ったまいが、しばらく首を傾げていたがぽんと手を打った。舞台では真っ白に塗っているが、今はコーヒー色の艶々した手である。
「キーホルダーかストラップにしたらいかがです? キャンディーなども種類を揃えて」
全員分がまったく同じではなんとなく申し訳ないので、お菓子の包みもキャンディー、マシュマロ、ホワイトチョコなど何種類か選んでおき、それにキーホルダーなりストラップを付ければ、まったく同じものは少なくなる。サイン入りのカードを添えれば、荷物にもならないし、消え物と残る物とが両方あって悪くはなさそうだ。
問題は、結構な人数分の、しかも高級品に目が肥えた方も多いファンのお眼鏡にかなう品物をどこで入手するかだった‥‥
十二日。
この日からすでに『ぱぱんだん』各種アルバイトの手伝いに入っていたユリは、ちゃっかりと笹村家の台所で料理をしていた。夕飯当番の初美が緊急呼び出しで友人宅に出掛けていったので、代理である。もはや他人の家とは思えないほど勝手に台所を使いこなしていた彼女だが、料理そのものは途中でカンナにバトンタッチすることになった。完全獣化中のパンダに、下ごしらえ済みの八宝菜を作れと言うのはなにか微妙。
ちなみにバトンタッチせねばならなくなった理由はと言えば。
「これ、生地を裁つのが小さいから時間掛かりそうじゃない。何でこの時期に干支の注文なの?」
初美に『姉御、助けて』と泣き付かれたからである。厳密には初美の友人がやっている手作り小物店に急遽入った大口注文に対応するため、まず初美が駆り出され、手が足りないかもと思った彼女は材料を抱えてユリがいる自宅に舞い戻ったのである。ユリは、『ぱぱんだん』の誰もが知っている、手先器用の手芸好きだ。これがなければ、初美と二人で空き時間にわんこのお洋服を作る手筈だった。
なのに現在、作っているのは干支のうり坊のちっちゃいぬいぐるみ。
そして、たまたまこの時間帯に仕事を終えて、夕飯を楽しみに自宅に帰るかのように戻ってきたヒサは、夕飯前に更に一仕事を任されている。出来上がっているぬいぐるみを、ストラップ金具に止める作業だ。家内制手工業状態。
「そりゃあまあ、俺もこういうのは嫌いじゃないが、もっと得意なのはどうした。今日はまだ見てないぞ。十四日の約束取り付けたのか?」
名前こそ挙がらなかったが、『もっと得意なの』はこの時間、滅茶苦茶寒い地下貸しスタジオの掃除をしていた。わざわざ呼びに行く時間も惜しいので、ユリもヒサも初美も放置だ。というより、三人とも目の色が変わっている。
夕飯後は人数を五人に増やして、何とかかんとか作業の目処を付けたわけだが、休憩になった途端に思わずヒサは言ってしまった。
こんなに何でも仕事を請けるから、多忙が極まってデートもままならなくなるんだ、と。言い得て妙、至言である。睦月が聞いたら、さぞかし嫌な顔をしてくれたろう。
この言葉にユリがまったくだと同意を示したのだが、言われた三人の内、初美とカンナは思っていた。
自分達はどうなんだ、自分達は。
実は皆が二人にはそう思っているのだが、世の中には言ってはいけないことと、言ってはいけない相手が存在するのだ。
そうしてどたばたして、十四日の早朝。
時計を見ると、どうやら四時だった。見慣れた目覚ましではないので見難いが、多分四時。朝食予約は八時半なので、慌てて起きなくても大丈夫だ。
しかし、あまりに喉が渇いたので、小紅は渋々布団から這い出てみた。どうも昨夜呑み過ぎた気配‥‥いや、それほど呑んだつもりはないので、旅館の空調が効いているのだろう。乾燥気味だ。
常夜灯だけで、部屋の片隅に寄せられた座卓の上の湯飲みを引き寄せて、保温ポットから白湯になったお湯を注ぐ。そこでふと、湯飲みが自分の使っていたのだったかどうか分からないことに気付いたが、確認のしようもないので飲み干した。もう一杯飲もうかなと思っていると、べしべしと布団を叩く音がする。
「葉月君起きちゃった? 寒いんだったら、ちゃんと布団被らなきゃ駄目よ。‥‥お水飲む?」
布団を被れと言ったら葉月が起き上がったので、小紅は湯飲みに白湯を注いで差し出した。自分が先程から持っている湯飲みにだが、全然気にしない。まるで先程湯飲みを迷ったのが嘘のように、自分が口を付けたので白湯を飲ませている。葉月も気にしちゃいなかったが。
そもそも彼女と彼は、温泉旅行だと『ぱぱんだん』の皆に言い放ち、十三日から一泊旅行で登別温泉に来ていた。理由は直前予約を受け付けてくれる旅館で、ここが一番料理の写真が豪華だったからだ。費用については色々もめたが、奮発して部屋食、当然日本酒別注文たくさん。和食で地域の名産品てんこ盛りの見栄えも素晴らしい料理を、葉月はいちいち写真に収めていた。それとは別に、ツーショットも撮っている。
その後温泉にも入ったし、更に飲み直して、二人して暑いと言いつつ寝入ったのだが。
見れば葉月は上半身タンクトップで、寒そうである。旅館の浴衣は丈が合わないことがあると、わざわざ自前のパジャマを持ってきたのにこれは寒かろうと小紅はパジャマの上を探してやったのだが。
ここにあるからねと、襟を引っ張られた。すっかり忘れ果てていたが、上着はちゃんとあったりする。
「返さなくてもいいけどさー、葉月『君』はないんじゃないかなーと思うわけだよ」
自分が要求したことは、ちゃんと実践するのだと言われてしまい、小紅は口をパクパクさせていたが‥‥何も言わないうちにずるずると布団に引きずりこまれた。
小紅がもう一度口を開いたときには、葉月はぐうすか寝入っている。
仕方がないので、小紅もすやすやと寝ることにした。
十四日。普通に日中。
幸せオーラ振りまきまくりのタマは、巻いているマフラーがずり落ちそうになっているが気付いていなかった。顔全体が崩れる寸前のほんわか笑顔で、睦月の腕に掴まっている。先程から何度か転びそうになっているが、睦月がつられて転ぶほどやわではないので、支えてもらっている。
ちなみにデートコースは、札幌駅近辺でウィンドーショッピング。他の予定は、今のところなし。この日のために仕事を請け負ってくれた面々が聞いたら、睦月が責め立てられること間違いなしだが、タマは別に気にしていない。なにか欲しいものがあればプレゼントするけどと言われたので、とりあえずうろうろしているところだ。
だって、あの仕事熱心な睦月が、わざわざ仕事に都合をつけてまで、今日を空けてくれたのだ。それだけでも嬉しいのに、さてプレゼントと言われてもどうしたものか。考え付かないので、結果がウィンドーショッピングである。他の皆が知っていることだが、睦月は仕事を『休まされた』のだけれど、タマにはこの際どうでもよい。
なにしろ、うまい具合に時々雪が降るので、本日はタマが作ったお揃いマフラー着用中だ。これがもう少し暖かかったら、寒いのは全然平気な睦月はマフラーをしないかもしれない。と、タマはささやかな幸せをかみ締めている。
恋する乙女には、周囲が睦月に『マフラー忘れるな。仕事の確認の電話をしてきたら、後日ただでは済まないと思え』と取れる発言の数々で送り出したことを気付かない。早朝の仕事の手伝いに来て、目の前でそれらの光景を目撃していたはずだが‥‥見えないものはある。
二人でうろうろして、お昼は『昼過ぎだね』と言った時に目の前にあった店で食べ、その後も本屋を巡ったり、おもちゃ屋を覗いたり、ファーストフードでお茶を飲み、だらだらとウィンドーショッピング。プレゼント、夕方まで決まらず。
何か欲しいものはないのかと尋ねられて、タマはようやく『おねだり』してみた。
「えっとね、名前を呼んで、好きだよって言って欲しいの。きゃー、言っちゃった」
途端に、睦月はタマを小脇に抱えるようにして、その場からものすごい勢いで立ち去った。タマはきょとんと引っ張られている。
睦月の感性だと相当恥ずかしかったらしい。気合入れまくりのタマは、デパートの中、結構大声で言ってしまったのである。
「人がいるところでは言えません」
そう返されたが、じゃあ、いないところでなら‥‥とタマは期待している。
同日の某ホテルの宴会場。
元よりキラキラしい部屋の中は、結婚披露宴ばりにテーブルセッティングされていた。さすがに生花が大量に生けられているとか、いわゆる高砂が作られていることはないが、とにかく全体にキラキラしい。
そして、招待状やチケットには『平服で』と書かれているにもかかわらず、集まった人達は結婚式に列席するかのようなきらびやかさだ。たまに地味に見える人がいても、それはあくまで『見えるだけ』なのである。
当然招かれた側も、それに応じて見目麗しい『平服』で訪れている。本日招かれたなぎさと、その付き添いのような名目でやってきたまいや後輩数名は、それぞれの普段の役どころに応じて服を選んでいる。男役はパンツスーツ、娘役は清楚なワンピースなど。
お茶会のはずだが、司会者までいる会場はほとんど結婚披露宴のようなノリである。お招きあずかったなぎさは皆さんの前で長いご挨拶をするし、まい達も簡単かつ的確に自分のアピールを兼ねたスピーチで場を盛り上げる。
その上で、コース料理のように供されるアフタヌーンティーコースとやらに舌鼓を打ちつつ、皆さんがご歓談している最中に、なぎさはこの日のために用意したプレゼントを持って会場を回るのだ。お店に無理を聞いてもらったプレゼントは、手作りのところが好評のようで、まいも一安心である。
あれこれファンサービスに努め、最後はファン全員がいっせいに朗読してくれる贈る言葉に見送られるお茶会は、無事に終わった。この後、山のようなプレゼントの仕分けが待っているのだが‥‥
「まい、プレゼント選びに付き合っていただいたお礼に、これをどうぞ」
なぎさが他の後輩には小さな包みを渡し、まいにだけは手提げ袋に入った物をくれた。あまり硬い感じはないが、少しばかり重い。動かすと、ごとごととプラスチックのものがぶつかるような音がした。
「あら‥‥これはお店のディスプレイ用ではありませんでしたか」
インターネットで検索したお店で見た子豚とうり坊のぬいぐるみは、確かディスプレイ用だと聞いた。なにしろ手作りではなく、店長が市販品に手を加えて動くおもちゃにした代物である。まいが値段を聞いて、売り物ではないと断られたものだ。
どうやらなぎさが、わざわざ掛け合って譲ってもらったらしいと知り、まいはなんだか申し訳ないような気持ちになったのだが、ここで手間を掛けたと謝ったりするのは失礼だ。嬉しかったときは、お礼を言うものである。
そんな二人の姿は、そのまま舞台上に持っていきたい様子だった。
やはり十四日。
器用にも花束の形のクッキーを焼いて、事前に十四日に食べ歩きに行きましょうとカンナを誘ったジスは、確かに目的は果たせていた。花束の形のクッキーにいたく感心したカンナは、ご機嫌に食べ歩きも了解してくれて、どこに行きたいのかも十二分に聞き取れた。彼女はたけのこ大嫌いなので、春の味覚云々という宣伝をしているところは避けて、ジスも店選びに頑張っている。勿論美味しいところ、出来ればあんまり格式ばっていなくて、勿論ドレスコードがあるような店は論外。見晴らしがいいところで、窓際の席だったら完璧。
そこまで綿密に考え、調査して、ジスは当日に臨んだ。その前の期間は、コンビニ他でせっせと働いている。ついでに笹村家で、ヒサの持ち込んだビーズレシピの見方が分からんと一緒に頭をひねったりしていたのもする。この辺は女性陣には内緒だ。
こんなにも頑張ったのに、当日の天気が今ひとつだったのはまあさておき、ふらふらといなくなるカンナとはぐれないように手を繋いであちこち巡っていたジスは困っていた。
完全獣化カンナは煩いほどによく話すが、普通の姿になると途端に無口になる。ジスが無愛想なことはまったくないが、緊張のあまりに適当な話題が出てこないのだ。二人で手を繋いで、黙々と歩く。世の人はそれをデートとは言わないだろう。
それでも予約したお店で、見るからに幸せそうに料理を食べているカンナと、食事のことからようやく会話の糸口を見付けたジスは、精一杯頑張ってみた。もっと後で言いたかったが、この機会を逃したら後で言えるかどうかもう分からない。
「俺はさ、これからもずっとカンナさんと一緒にいろいろやりたいな」
仕事ばかりではなくて、プライベートで出来ればぜひもっと親しくなりたいんだと、そういう気分を満載してのジスの告白は。
「じゃ、次は紅茶専門店行こう」
さっぱり理解されていなかった。他の誰かが聞いたら言ったに違いない。『真正面から好きだと言っても分かるかどうかの相手に、遠回しは駄目に決まっている』と。
紅茶専門店から、アイスクリームショップ、お土産は評判のパン屋さんに並んでゲットし、ついでにお持ち帰りピザを抱えて笹村家に帰り着いた二人を見た人は、ジスが泣き笑いの顔で、でもしっかり手だけは繋いでいるのを生暖かく見守った。
十四日と十五日の間のこと。
他の人々の代理で一日働いたヒサは、当然のように笹村家に戻っていたりする。ここ数日泊り込みだ。そういうのは珍しいことではないようで、ユリも初美に引き込まれた仕事で泊まっている。さすがにひーちゃんあたりは、深夜まで働かせないので誰かが送っていたりするが。今は幸せ一杯の人達が、疲れ知らずに店番中。
夜食というほど空腹でもないが、なにか買って来ればよかったかなと思っていたヒサへの救いの神は、エクレアを持っていた。ユリが本日仕事の面々に配るために作ったのだが、ヒサだけは長時間働いていたので、真夜中になってしまったのである。
「あれだけ働けば、脂肪になる心配は要らないでしょ」
勧めてくれる言葉は、多分親切なんだと思いたい。姉御はこういう人だと、ヒサ、再確認だ。ついでに相変わらず作ったものが何でも美味しいのも。
「そういや、この間も手作りで貰ったっけ。日付が変わったけど」
バレンタインデーに手作りケーキを貰っているヒサは、過ぎてしまったがホワイトデーのお返しをちゃんと準備していた。三倍返しでも三ヶ月分でもないが、手作りではある。
こういうものなら幾らあっても邪魔にはならないだろうと、天然石ビーズのブローチとイヤリングとストラップ。当然アクセサリーキットを買い込んで、レシピを見ながら奮戦した。
ただ考えてみればユリは専門職。粗があったら気に入るかどうか分からないなと今頃反省中のヒサに、ユリはしげしげと貰ったストラップを眺めてから。
目を細めて、大事にするわねと微笑んだ。ラッピングも褒められて、ヒサもやれやれと思っている。
で、この二人の場合にはここから。
「葉月君と小紅ちゃんは、まあいいような気がするのよ。睦月君とタマちゃんも、ちゃんとまとまってはいるようだし。ひーちゃんは今度一緒に買い物したいわ」
「‥‥それは、頑張ってください。でだ、ジスの奴がなぁ」
真夜中、他人の家だが部屋に二人きり、ホワイトデー絡みでちょっといい雰囲気。
そういうところを全部放置して、他人の話を始めてしまうのだった。ある意味見事な保護者体質。
「後、初美ちゃんも心配なのよ。お仕事楽しいのは分かるけど、この間のぬいぐるみは私も楽しかったけど」
「‥‥ご同業でも紹介したら?」
他人のことより自分達はどうしたんだよと、ユリとヒサの会話を隣の部屋で聞き耳立てている人達がいたりするのだが‥‥
そんなのがいるから、こういう会話になっているのもあるのである。この二人が気付かないと思っていたら、それはあまりにも甘い。
この後が怖いのである。
ホワイトデーが終わると、世間はもう花見や端午の節句にまっしぐらだ。
のんびりと余韻に浸りたい人達は別にして。