クラシックでダイエットアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 2Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 3.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/20〜04/26

●本文

 クラシックに親しむミニコンサートを、ご要望にあわせて行ないます。
 そういう企画で学校はじめ、様々な公共機関と幾つかの総合病院、楽器店やそれ以外の商業施設と商談を取り結んでいるクラシックレーベルでも、この依頼相手は変り種と判断された。
「でもさー、契約してくれるならいいじゃない。妊婦さんにモーツァルト聞いてもらうのと、たいして変わらないわよ」
「全然違う」
 依頼相手はダイエットスクールだ。カウンセリング方式でのダイエット指導から、合宿での減量まで、色々と取り扱っているとパンフレットには書いてある。更にはちゃんと、合宿用の建物まで所有していた。温泉地の交通の便が悪い保養所が売りに出ていたのを買い取って、最近改装を終えた素敵な施設である。
「あんないい施設が持てるってことは、儲かってるのよ。契約相手としては、悪くないでしょ」
 そこはあらゆる意味でステキだ。

 まず建物は改装したばかりで見た目が綺麗。
 部屋も洋室ツインから、和洋室六人部屋まで幾種類か揃っている。
 温泉地にあるので、もちろん大浴場は温泉。露天風呂もなかなか景色が良い。
 しかも小さいながらも温泉使用のプール付き。
 しかし、交通の便がかなり悪い。一番近いバス停から、急な坂道を登ること十分。この坂道は施設にしか通じていないので、夜間は怖くてそうそう外出できるものではない。
 車で行けば、この坂道は急勾配の狭い私道という分類だ。
 そしてなにより、バス停を通るバスは一日に十本。午前の早い時間と夕方、夜間の通勤帰り時間に集中しているので、合間に五時間の空白時間を持っている。
 つまり、中にいる分にはけして悪くないが、行くのも大変なら、脱走もままならない場所に閉じ込められて、ひたすらに減量に励むしかない立地である。当然ダイエットスクールはその辺も考慮して、この建物を買い取ったのだろう。どんなに指導しても、隠れて買い食いされたら効果が出ないのだから。

 こんなダイエット修行場とクラシック音楽にどういう関係性があるかというと、ことは全然科学的でもなんでもない。アルファ波あたりは無関係だ。
「えーと、演奏者の人に弾き方を習って、普段使わない筋肉を使うのと、オペラ歌手に発声を鍛えてもらうのと、演奏を聴いて気分転換。あたし、オペラを間近で聴くのは衝撃的で楽しいと思うよ」
「でも、オペラ歌手って案外アレだろう」
「一緒にダイエットしてもいいって言ってたじゃん。お試しで我々も経験してみようよぅ。いいところなら双方で宣伝するの」
 食事制限と運動でささくれる神経をなだめるのと、普段は出来ない体験をプラスすることで集客を目指す他色々と目論見があって、クラシック音楽関係者も普通は見ないような人材募集が出来上がっていた。
 企画主任の英田雅樹はこれで人が集まるのかと心配しているが、宣伝担当の皆川紗枝は堂々としたものだ。
「これが駄目だと、他に来ているのは‥‥牛舎で牛に生演奏を聞かせる試み。どこの畜産試験場だったっけかなー」
 ちなみにこちらは、現在録音されたクラシックで乳牛の状態に変化があるのか実験中。生演奏実験はもう少し後なので、結局は実行されるに違いない。
 お仕事がないと、誰だっておまんまの食い上げなのである。

●今回の参加者

 fa0443 鳥羽京一郎(27歳・♂・狼)
 fa2072 ミスティ(12歳・♂・小鳥)
 fa2584 遠坂 唯澄(18歳・♀・竜)
 fa3161 藤田 武(28歳・♂・アライグマ)
 fa3661 EUREKA(24歳・♀・小鳥)
 fa4992 雨月 彩(19歳・♀・鴉)
 fa5331 倉瀬 凛(14歳・♂・猫)
 fa5669 藤緒(39歳・♀・狼)

●リプレイ本文

●表向きはこんな感じ
 ダイエットスクールの合宿所映像に被せて、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』が流れている。画面が切り替わると、遠坂 唯澄(fa2584)がコントラバスを演奏している姿が映る。タイトルロールは、当然ダイエットスクールのものだ。周辺の緑濃い景色や温泉施設の解説が入り、スタジオでヨガをする人達の姿が入る。
 更に画面が切り替わり、ヨガ以外の各種の運動コースが解説され、個人の嗜好や体質に合わせた痩身コースが組まれることが、専属医療スタッフにより力説される画面の後、幾つもある合宿コースの様子が映し出される。
 写っているのは、EUREKA(fa3661)が弾くピアノ音階に合わせて、藤田 武(fa3161)と皆川紗枝が発声練習をしている姿。指導しているのは藤緒(fa5669)と鳥羽京一郎(fa0443)だ。姿勢についての注意があるが、いずれも表情はにこやかで楽しそうである。腹筋などのストレッチも組み込まれていることが、字幕で入った。
 更にタケが覚束ない手つきでゆーりを先生にバイオリンを弾いていたり、紗枝が京一郎に腹式呼吸の仕方を習ったりしているところが流れる。休憩時間の光景には、おいしそうなゼリーを前に藤の歌声に感心している光景なども。演奏にはイズミとゆーりが入っている。
 もちろん最後には、五日間のコースでそれぞれ三キロの減量と、ウエストサイズの減少を見たタケと紗枝の姿がしっかりと強調されていた。
 そうして、急にジャズ音楽が流れてきて、画面に登場するのはミスティ(fa2072)、雨月 彩(fa4992)、倉瀬 凛(fa5331)の名実共に十代トリオだった。見た目にちょっと幅があるが、全員音楽教室の生徒さん扱いである。彼らがやるのは、減量コースで実際に提供され、自身も食べた低カロリー料理の作り方実演。この三人に料理の心得があろうとなかろうと、簡単に作れるサイドメニューが手早く作られていく。
 作られた見た目も鮮やかな寒天寄せのアップから、またダイエットスクールの合宿所画面になって、約十分の映像。

●実際はこんな感じ
 応募で集まったのは、音楽関係者七人にダイエット志望者一人。計八名。募集側としてはダイエット志望者がもう一人二人欲しかったようだが、タケと紗枝の食生活などを聞き取ったダイエットスクール側は追加募集の必要はないと結論付けた。科学的根拠をどうこう言う実験とは違うので、ちゃんと建設的な感想と意見が言える人物で、ダイエットの効果も高そうな相手であればよしと思い切ったらしい。
 まあ確かに、二人とも肥満体型と言われても、無駄な反論は試みない程度に自覚のある人物だった。でも当然、この機会に少しでも痩せようと考えている。
 そんな二人が体重やらあちこちにサイズを図られている横では、集まった七人が自己紹介などしがてら、雑談に興じていた。
「仕事がなかなかないので、聞いてもらえる機会は逃したら駄目だと思って。クラシックは国内では厳しいから」
「そうなんです。団体に所属しても、会場を借りるのが大変だったりして」
 イズミが皆に実感のあることを言えば、サイも頷いている。サイはサックス奏者なのでまた活躍の場が多少ずれるが、日本が音楽家に優しい環境ではないのは事実だ。歳も近い二人は、性格は違うも色々と話が合うらしい。
「僕達も隔離‥‥じゃなくて、泊り込みをするんだよね‥‥」
「こんなとこ通えないしね。僕ダイエットはしたことないけど、大変なんだってね」
 モデルの親戚が『意地と石より固い意志が必要だ』と言っていたと、ミスティの発言を引き取ったリンがあれこれ声高に話している。ミスティの隔離はともかく、リンの発言は危険信号だろう。
 なにしろ傍らには、今まさにその大変なダイエットを始めた人が二人もいるのだ。
 しかし。
「私も経験はないけど、なんと言うか独特の雰囲気ね」
「私にも無用のものだな。このピリピリした雰囲気、ステージ前の緊張感とはまた違って面白い」
「俺、必要なときはちゃんと節制してるから体重で悩んだことはないな」
 ゆーりと藤と京一郎が言うものだから、場はピリピリ度を増している。ピリピリの発信源は、もちろんダイエッタのー二人だ。
「なによー、あたしだってね、一年前より十五キロも体重減ったんだからねー」
「今度こそ、今度こそ痩せよう。成功しなきゃ」
 一年前より十五キロ減っても肥満の紗枝と、ダイエット意思が継続出来ずに今に至るタケ。二人が強固な仲間意識を得て、がっちりと握手したのは三分後。
 当然音楽関係の七人は、興味深そうにそれを眺めている。他の関係者は、色々だ。
 ダイエットスクール五日間コースのリハーサルは、こうして始まった。

 まずは一度音楽を聴いたほうがいいと英田と紗枝が主張するので、ダイエットスクールスタッフとタケが聴衆で演奏会の趣きになった。聴衆が揃ってジャージ姿というのは、七人も通常はありえない展開だ。
 そうして、数名が椅子から落ちかけた。
 最初に歌劇『カルメン』の一幕を歌って見せたのが藤だ。伴奏にゆーりとイズミを頼んで、弦楽器二重奏を従えて朗々と、若い娘では表現出来きれないような恋の歌を。どこかでオペラを見たとしてもまず叶わない至近距離での歌唱に、初心者はノックアウトされている。
 続いてミスティがやはり『カルメン』の間奏曲をフルートで聞かせたが、これが同じ歌劇曲だとは知らない人が大半の聴衆は、素直に感心して聞いている。実は先程の一曲、ミスティもしっかり堪能していたのだが、誰からも咎められなかった。当人は、この調子で他人の歌と演奏を聞けたらいいとこっそり思っていたりする。
 次はちょっと気分を変えて、サイのサックスである。紗枝がリクエストした曲を弾いてもらうことになったが、ジャズの名曲で良かったのかどうか。当人は幾つかあげられた中からすぐ弾けるものをやってくれたが、クラシックではないのはうやむやに。リクエストが関係者だし、聴衆側もちょっと気分を変えたいところだったようだ。
 それからはしばらく弦楽器が続く。イズミのコントラバスが重そうとインストラクターからは同情の声が漏れていたりしたのだが、弾き出してみると案外と高い音が出るものだと感心させられる。曲目も良く知っているもので、スタッフ陣が曲名を幾つも上げていたが‥‥全部違っていたのが皆には悲しい。
 リンはそれを見て、曲名を教えてからバイオリンの演奏にはいったが、こちらも有名どころを選んでおいたので知ってると頷きながら皆も聞いている。インストラクター達のみならず、タケと紗枝がリラックスしているので、音楽の効果はあるだろう。
 続いて演奏では一応最後のゆーりが、やはり耳慣れた旋律の曲を奏でた。ただバイオリンの曲じゃないよねと誰かが口にした通りに、普段はピアノでよく聞くものだ。幾通りもの楽譜があるという小話つきで、それはいいが演奏が行きつ戻りつでなかなか終わらない。弾いている当人が一番楽しそうという、微妙にずれた展開だった。
 最後は自ら真打ちだからと言い切った京一郎が、伴奏なしで歌い上げた。歌劇『タンホイザー』のテノール曲。女性インストラクターがうっとり聞き惚れているのを、当然のように見ていたが、半日も一緒にいればそういう性格だと察しが付く御仁なので誰も気にしない。その辺は、今は知らなくてもすぐに分かる。

 いい時間を過ごした後で、さっそく発声練習に行ってみよう。
「個人的には腹筋と腹式呼吸がお勧めだ。俺はそれでこのスタイルを維持している」
 俺様な台詞にカチンときても、京一郎は睨まれた位では痛くも痒くもない。ちょっとやってみろと言われて、タケと紗枝にリンとミスティと英田が付き合って、腹筋十回やってみる。ダイエッター二人からばてた。
「腹筋のし過ぎで筋肉が固いのも誤りだけど、それ以前の問題だな。息は鼻から、口から吸うと埃でむせるぞ」
 厳しいより大雑把かもと自身を分析していた藤が、この結果に呆れている。言った時にはもう遅く、埃かどうか知らないが紗枝がむせていた。
「頭が上から引っ張られている気分、これで行け」
「猫背でいいのは腹筋しているときだけだ。五分くらいまっすぐ立て」
 しばらく腹筋をして、発声の為の姿勢の指導では、藤が椅子の上に乗って頭を引っ張るし、京一郎は毒舌だし、二人ともめちゃくちゃ怒るくせにそれがまたいい声で‥‥タケと紗枝は普通の汗と冷や汗となんだか分からない汗で顔がびっしょりになっていた。
 付き合っていた人々は、普通にいい経験をしている。

 今度は日が変わって、楽器演奏の時間。幸いにして、ここにはアップライトのピアノが一台ある。他の演奏者が持ち込んだのと同じ楽器が一つずつ。いずれも安価な品物なのは、ある程度目をつぶろう。
 それと共に。
 キーキーキーキキーキーキーギャン。
 この日の始まりに、ゆーりは言っていた。『のこぎり音には耐えなきゃ駄目よ』と。だがしかし、とうの昔に耐え切れなくなった歌手二人とインストラクターの皆さんは屋外に逃亡している。吹奏楽器担当のサイとミスティもだ。資料映像用のカメラマン担当の英田ともう一人だけが、耳栓をして残っていた。
「姿勢は上半身が支えられればいいのよ。直立のほうがかえって苦しいんだけど‥‥」
「弓の持ち方はこの指がこの辺に来て、それで力いっぱい握らない」
「‥‥ハンカチ当てたほうが良くない?」
 ダイエッター達は真剣である。教えるほうももちろん同じだ。けれどもタケは昨日習ったことが身体に染み付いていて、上半身が動くものだといわれても付いていけないし、紗枝は勝手な奏法で、二人とものこぎり音連発。汗だらだら。
 冷や汗まみれはリンとイズミもで、リンは顎に当てるハンカチを取りに走ったり、イズミは手取り足取り奏法を教えてやったりと息をつく暇もない。なんというか、のこぎり音が緊張を呼ぶのだ。
 このままでは目標の『きらきら星』を『まっとうな音階演奏』まで格下げするのかと、とても納得がいかない事態にゆーりが一人気を吐いている。どうも時間を忘れている様子だ。
「ゆーりさん、お昼」
「作ってません、適当にしておいてっ」
「いや、そうじゃなくてお昼の時間だから食堂にどうぞって」
 リンとイズミまで驚かせた集中力は、お昼の時間で強制終了させられた。カロリー計算された食事は、時間通りに食べるのも減量のうちである。
 午後は休憩してから、吹奏楽器。

 休憩時間は三十分。食休みとも言う。
 この時間は水分を取って、休息するのがお仕事で、その後体重を量ったり、採寸されたりして、吹奏楽器をやって、朝と夕方には一連の運動が入っている。
「ご飯は美味しいけど、物足りないなぁ」
「油がないのよ、油が。トンカツとか食べたいなー。トンカツ、つみれ」
「レンコンのはさみ揚げ」
「げ? けでいい? ケーキ」
「き? えーと」
 つい二十分前に昼食で温野菜サラダや蒸し鶏などを食べた人達とは思えないような会話に引き続き、なぜか食べ物しりとりを始めたタケと紗枝がいる。そんなことでどうするのかと、英田がぐったりしていたが‥‥他の人々はげんなりしていた。
 なんだかこってり系の料理の名前が多いのだ。ダイエットの行方を危ぶまれたとしてもいた仕方あるまい。

 午後、これまた気の抜けたような音が建物内に木霊する。
 ぼーえー。
 びーえーひゃー。
 教えているのはサイとミスティだ。楽器はサックスとオカリナ。まともな音が出るかどうかは置いておき、弦楽器ほど破壊的な音にはなっていないのだが、教える側は未成年だ。しかもどう見ても押しが弱そう。
 そんなわけで、午前と打って変わって関係者一同が見守る中、タケと紗枝が必死に楽器に息を吹き込んでいるが、それだけでいい音が出るなら誰も苦労はしない。というか、段々吹くのに夢中になって、音階とかは忘れている。
「あの‥‥それじゃあ音がちゃんと‥‥出ないから‥‥指の位置は‥こうやって」
「そんなに吹くと、音が詰まりますから。前屈みになりすぎです」
 特に姿勢が注意されるが、元々猫背の傾向があるのか二人ともすくに丸くなる。ミスティやサイではそれを直すのに力で正しい姿勢に押すというのも無理なので、お兄様お姉様の出番である。言うことを聞きやがれと、教育的指導もばしばしと。
「ダイエットって‥‥‥大変だね」
「本当です」
 この二人の感性も、他とは微妙にずれていたかもしれないが、最終的にはオカリナの音階はなんとかたどれるようになっている。ある意味それだけ。

 そんなことを毎日、五日間も繰り返すと。
「もー、最終日だから何をリクエストしちゃおうかなー」
「僕、『冷たき手を』と『月に寄せる歌』と『ラ・カンパネラ』と、あとショパンの『夜想曲』はイメージで絵を描いてみたよ」
 ハイテンションが維持されっぱなしのダイエッター二人は、テーブルにイラストを広げてわいわいやっている。まあ、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』をつっかえずに言えるようになり、『ガヴォット』だの『ハンガリー田園幻想曲』だのとリクエストできる程度にはなっていた。なぜか『バイオリン協奏曲第二番ロ短調第三楽章』だけは『ラ・カンパネラ』でもなく、『ゆーりさんうっとりの曲』で定着したが。
 これについては、演奏状態を見ていた当人以外の音楽家六名からの反論がなかったので、そのままになっている。

 そうして、解散前。
 宣伝用に使わせてもらえればと、編集されたスバラシすぎるダイエットスクールの模様を見た八人は、それぞれに『嘘じゃないけど、何か違う』と思ったのだった。