ひつじ喫茶アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
13.8万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
06/01〜06/10
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●本文
『我輩はひつじである。名前はメリー。
人間が書くという日記なるものを、書いてみようと思う。
ゲートを抜けると、そこは牧場だった』
「こんなもの書いている暇があったら、仕事しろ、仕事」
「いやー、メリーさんの極悪面を思い出すと、つい不真面目な心が」
とある観光牧場で、六月から喫茶店をオープンすることになった。
元々敷地内にレストランがあり、牧場で採れた牛、ヤギの乳をはじめ、乳製品、肉、肉加工品などをふんだんに使った料理が楽しめるようになっていたが、そちらが好評だったので敷地内に喫茶店も作ることになったのだ。
こちらは最近作ったハーブ園で採れたハーブを使うお茶などが楽しめる。
喫茶店の名前は『ひつじ喫茶』、店長は妙に極悪そうな面をした羊のメリーさんである。面こそ極悪だが、メリーさんは愛想がよく、人が来ると自ら近寄っていくために店長に就任した。
しかし本物の羊のため、当然店を切り盛りするのは副店長以下の人間達だ。
そして、この喫茶店ではもう一つの企画があった。
毎週末に、午前と午後の一回ずつ、音楽を楽しむ時間を設けてお客に聞いてもらおうというものだ。この企画を担ったのが、中堅クラシックレーベル会社のミニコンサート企画実行班だった。ちょくちょく学校や官公庁、病院その他諸々でミニコンサートを開いているが、毎週なんて契約は初めてである。
もちろん、逃すわけにはいかない。
「初回のオープン記念週間には、出来るだけ腕のいいのを送り込んで、この契約を本決まりにするのー!」
担当の皆川紗枝は、元気に拳を振り上げている。彼女は牧場のブタと会話をした後に、併設のレストランで美味しくポークソーセージがいただける豚獣人だ。この獣人に多い、陽気な性質は目一杯持ち合わせている。
そして企画実行の責任者、英田雅樹はこめかみをぐりぐり揉んでいた。この契約が取れれば、新人の演奏家に毎週演奏の場所が提供できる。会社としても大変に乗り気なのだが、牧場側は言うのだ。
『クラシックもいいですが、それ以外に毎回童謡や皆が知っている曲を入れてくれる人をお願いします』
オープン記念週間でこの要求が果たせなければ、契約を取れない恐れがあることを悩む、蝙蝠獣人の英田だった。
演奏家、歌手の募集は、十名ほどである。
応募した人々で、都合がよいように十日間、一日二回のミニコンサートを行なってほしい。
・演奏場所
観光牧場内の喫茶店。音響にはそれほど期待しない。
広さ三十畳ほどのフロアに、お客は最大三十二名入る。
その他、テラス席を使うと総勢六十名が座ってコンサートを楽しめる。
・観客
平日に近隣の小学生と幼稚園、保育園児の来園予定あり。一校ずつ、別の日に来る。
その他にその時来園した人。土日は来園者のみ。
・演奏時間
毎日、午前午後一回ずつ。一回四十分。
曲目と参加人数は自由。参加各自で調整のこと。
牧場側からはクラシック曲の他、誰もが耳にしたことがある童謡などを入れて欲しいと要望あり。
ピアノは据え付けあり。その他大型楽器は、極端に珍しいものでなければ雇用側で搬入可能。
・待遇
演奏日は一食支給あり。
牧場の製品の購入割引あり。
●リプレイ本文
●記入ミスにご用心
演奏会は十日間。全二十回もある。牧場内でありながら、豪儀なことだ。
そして集められた人数が十人であるからして、一人が最低二回は演奏なり歌を披露しなくてはならない。その調整を募集した責任者の英田雅樹と皆川紗枝はほとんどしなかったが、当人達の話し合いでちゃんと収まりよく決定している。
紗枝が作成した一覧によれば。
二日は三味線奏者の仁和 環(fa0597)と歌姫の藤緒(fa5669)。
三日は、歌姫マリーカ・フォルケン(fa2457)の一人リサイタル。
四日はキーボード演奏を行うアーティストのクロナ(fa5538)とボーカリストの慧(fa4790)。
五日は、またまきと藤。
六日の午前がギターの流しが本業、今回は三味線演奏の茜屋朱鷺人(fa2712)とまきに、アクション俳優のパイロ・シルヴァン(fa1772)。
七日にまたマリーカの一人リサイタル。
八日の午後はアッキー、パイロ、まき。
九日がクロとケイ。
十日はまきと藤。
ところどころ虫食いなのは、
「ちゃんと日程は書いてくれなきゃー!」
紗枝が叫んでいる通りに、所定の用紙に希望日の記入がなかった三人がいるからだ。
一日と六日の午後、八日の午前は小桧山・秋怜(fa0371)、Kanade(fa2084)、乾 くるみ(fa3860)の担当である。
どう見ても十代の四人は音楽学校の生徒で統一される予定だったが、歌も楽器も心得は小学校の音楽授業レベルのパイロは『ちゃんと募集要項を読め。プロダクションの評価にも関わるから』と一言英田に注意されている。
だがプロダクションからの書類を受け取って、よく確認しなかったのは英田と紗枝なので、ヌイさんに。
「可愛い子供を苛めると、虐待に見えるわよ。年齢だけなら親子に見えなくもないし」
そう笑われている。
●れっつごー三人
おそらく腹の中で『誰かが書いてると思ってたなー』と考えているだろう三人組が、栄えあるかもしれない二十回公演のトップを切った。木枠の模様が可愛いミニ黒板に書かれた演奏曲目は、『カノン(バッヘルベル)』、『G線上のアリア(バッハ)』、『むすんでひらいて』、『春の小川』の四曲だ。
「グループ名が出ないのよねぇ」
どうしようかしらと途方にくれていたのはヌイさんである。今後もここの演奏会に来るのであれば名前も必要だろうが、今回限りの三人ユニットで名前は必要なさそうだ。
とりあえず三人で相談して、羊と語呂が似ている執事と、それに付き物のお嬢様の配役で衣装を揃えてきていた。お嬢様シュレ、執事がカナデとヌイさんである。奥様とお嬢様と執事にならなかったのは、ヌイさんの芸風によるのだろう。他の理由は探さないのが吉。
本日のお客様は、近くの保育園の遠足一行。ようやく自力で歩いているような幼子から来年は小学校の年長さんまで、保護者と保育師の皆さんが連れ立っての盛況ぶりだ。子供に受けがいいのは店長のメリーさん、大人にはカナデ。
「愛想振りまいて失敗したら、くびですよ」
シュレも案外乗り気で、そんな冗談を口にしていたが、この三人は楽器演奏には当然自信がある。一人が二つの楽器を担当して、演奏曲ごとに入れ替わるのだ。
『カノン』はピアノがカナデ、シュレがフルート、ヌイさんがバイオリン。
他の曲ではピアノがシュレになったり、ヌイさんがウクレレを取り出したり、カナデがクラシックギターを抱えたりと、そこだけ取れば案外めまぐるしい。
ただし三人共に、衣装は目立つものにしたけれど、時々演奏法も主にヌイさんが動き回ったりと派手になるが、曲そのものは使用楽器による多少の編曲はあっても基本に忠実だった。なにしろ相手は保育園児。せっかくだから原曲に近いものを、その曲ごとに似合った雰囲気で奏でて聞かせてあげたい。童謡は、子供達が歌ったり手遊びしたりしやすいように、リズムに細かい調整を入れてはいるが。
そんなに三人が気を使ってみたのだが。
「メリーさん、店長、それは俺の服なんだけど」
目の前をひらひらしたものが横切ると食べようとする悪癖を持つ店長は、カナデの上着の裾をもぐもぐしていた。その前はシュレが被害に遭っている。ヌイさんは気配を感じると踊って逃げるので、メリーさんではなく子供達に追い回されていた。
まあ、子供が襲われていないのだから、三人の働きは無駄ではないはずだ。保育園児が羊にスモッグを噛まれたら、間違いなく泣く。演奏会どころではない。
ただ誤算だったのが。
「ボク達の演奏を楽しんでもらえたのは嬉しいけど」
「子供のあやし方なんか知らないなぁ。ヌイさん、ご教授」
「無理。あたしだって知らないもの。カナデ君、今の発言はおばさんだからそのくらい知ってるだろうってことかなぁ?」
童謡では、子供達の合唱まで聞けて、これはなかなかいい気分と思った三人が、そのままレストランで提供されるお昼ご飯が遠足一行と同じだったことだ。先方のその気はないだろうが、子供達が三人に群れるのを止めるにはちょっとだけ人手が足りない様子。
ご飯を食べた気がしないと思った三人は、六日と八日に希望を繋いでいた。
その前に、衣装のクリーニングを急がないと、メリーさんは相変わらず彼らを狙ってもぐもぐしていた。
●面構えでは負けてない
広々とした牧場の中のレストランでの演奏会。前日の三人も開放感に浸り、浸りきった夕暮れに追加飲食に勤しんだり、走り回ったりしていた同じ場所で、まきと藤は店長に挨拶していた。
藤は危険なロングワンピース、まきは安全だろうカジュアルスーツでノーネクタイ。メリーさんはもちろん藤が気になるのだが、
「ふむ、いい面構えだ。動きも素早いし、これは追い掛け甲斐があるな」
一緒に挨拶された店員の皆さんが不思議に思うようなことを言う藤の服は、さすがに齧れないらしい。しばし見詰め合っていたが、そのうちに互いに反対方向に分かれた。
「なにかこう、姐さん同士の挨拶って感じだったな」
まきが言うことはその通りだが、大きな声で言うものでもない。メリーさんが彼の足を踏んで通り過ぎていった。店長だからといって、人語を解するわけではないと思われるのだが。
ところでこの二人、演奏曲は日替わりで多岐に渡る。藤はほぼ歌う専門なので、演奏はまきが担当だ。名も知れた三味線奏者のまきだが、今回は琴の演奏も披露することになっていた。他にピアノも。
知名度はさておいて、二人とも見栄えよろしく、それぞれの担当パートに堪能であるからして、『フィガロの結婚』や『モーツァルトの子守唄』などはやってきた小学生の度肝を抜いた。そもそもオペラ歌手の声量は、間近で聞くとぎょっとするほど大きいものだ。この点は三味線生演奏も同じく。感嘆より衝撃が勝ったらしい。
よって、一番受けたのは実は替え歌『メリーさんの羊』だった。自分の名前が連呼されるので、メリーさんは落ち着かない様子で反芻していたけれど。
最終日予定の椿姫の弾き語り風デュエットは、練習の段階で店員たちから大絶賛を浴び、当日のビデオ撮影許可まで求められた。よもや頼んだ側は、藤が店長と踊り出すとは思っていなかっただろうけれど。けしかけたのはまきである。
●店長も時に遠慮する
一人で二日間、四回の公演を担うマリーカは、他の大半の人々と同じく『クラシックの敷居が高いという意識を忘れてもらう』を目的の一つに抱えていた。さすがにまきがやったようなジャパンクラシック楽器で正統派クラシックを演奏するほどの冒険心はないが、元々ナイトクラブなどで一人で様々なことをこなす演奏には慣れている。相手を見て、選曲する能力もそれなりだ。なにしろそれが収入に直結する。
今回の選曲は『グリーングリーン』、『おお牧場はみどり』、『ピクニック』などの場所にあった唱歌をはじめ、『トロイメライ』や『子犬のワルツ』、『白鳥』だ。最後の一曲が『動物の謝肉祭』からなのは、言わなきゃ分からない人も多いだろう。
「今度は違う楽器の演奏も聴いてくださいね。でもこの曲も聴いたことがあると思いますよ」
相手の年齢や興味に沿った話し振りで、時にてきぱき、時にゆったり、自分も楽しそうに歌いながらのマリーカの公演では、店長メリーさんがおとなしく指定席で演奏を拝聴していた。
●音楽学校から来ました?
艶っぽい大人が多い中で、清純派と店員間でこっそり評判なのが、クロとケイの二人だった。どちらもにこにことしていて、問答無用の目の保養。しかも音楽専門職の人達より、学生というだけで近付きやすい。将来大物になるかもしれないし。
そういう世俗の思惑は当人達の知らぬところで、ある意味性別不詳でもある二人組は、他の人々の公演の様子を確かめたりしていた。幼児や小学生が連日訪れるせいもあるが、原曲に沿っていても時間が長いものは退屈されてしまうらしい。そのあたりは、もちろん皆様子を見て調整しつつ自分の担当をこなしていたのだが、
「ん〜、そんなところまではクロは気が付けないかも知れません」
「皆さんに楽しく聞いてもらおうって気持ちがあれば、きっと通じるよ」
緊張気味のクロの肩を、ケイがぽんぽんと叩いて和ませている。平日に彼らが演奏会に参加していることで、牧場の外聞に差し障らないようにと二人は音楽学校の実習で来ている名目だ。実年齢はともかく、見た目はまったく違和感のない説明なので、ミニ黒板にまでそんな紹介が書かれていた。いつの間にか。
素人とは言えないが、他の人に比べるといささか楽器演奏の力量に自信がないクロは公演前に半獣化するかどうか悩んでいたが、ケイに緊張をほぐされて普通に演奏することにしている。
二人が選んだのは、日によって演奏するものは違うが『蝶』、『鳩』、『きらきら星』、『大きな古時計』、『アメイジング・グレイス』と、クラシックから少し外れるが、牧場側の要望にあった童謡中心の曲だ。まずは子供に楽しんでもらって、週末には家族連れで来てもらえるようにと配慮している。ピアノはあるが、キーボードを持ち込んで、より耳馴染みしやすいようにオルガン音に設定。
「次の曲は、良く知っているけど、きっと知らない歌だよ」
原語の『きらきら星』は子供達に珍しいものを聞いたという気分を出させたようだ。ケイの歌う姿に、最初から呑まれているとも言う。
けれども、この二人に共通していたのは。
「羊って可愛いよね。メリーさん、柔らかいし」
演奏が終わると別人のようにほんわか笑顔で、店長メリーさんを嫌がられるまで撫でまくった後‥‥牧場の草の上で昼寝を始めたことだった。
風邪を引かないうちに、大人の回収が入っている。
●夜露詩句あたりでいってみよう
その昔というほど昔ではないかもしれないが、ギターを背負った渡り鳥は存在した。そうしてこの日は、三味線を背負って現れている。アッキーとまきの二人だ。実はアッキーはギターが専門らしいのだが。
その二人に挟まれた、こちらは『演劇学校生徒』を自称させられているパイロは、今回多い性別不肖な男の子の一人だった。本日は男の子らしい服装だが、スカートをはけばそれだけで可愛い女の子が出来上がりそうだ。アッキーのところに、店員がこっそり尋ねにきたのは秘密。
ちなみにこの三人、他の人々よりかなり早くに現れた。基本的に演奏応援のまきは練習するのかと思っていたのだが、この予想は外れ。アッキーが開店準備中の店員達にこう頼んだのである。
「パイロが緊張してるから、なんか美味しいもの食べさせてほぐしてやろーと思ってさー。美味しいものには興味あるんじゃねーの?」
「そういうのは、先に断っとけ」
多分に勢いで突っ走る傾向が強そうなアッキーは、両手を合わせて副店長を拝んでいる。ついでに『あんた達初顔だね』とやってきたメリーさんにもお願いしていた。メリーさん発言は、アッキーの通訳による。
よって、メリーさんの許可はすんなり出たようだ。パイロもいい匂いをかいで、そわそわしている。更に牧場の人々は、気のいい皆さんだった。まきはいつの間にか丸め込まれて、一緒にテーブルに着いている。
本日のメニューは、羊の腸を使った本格派腸詰と新鮮野菜でポトフにしてみました。ちなみにランチのメインです。
「メリーさん、いただきます」
このメニューをいただくのに、幾ら店長でもメリーさんに挨拶するのはいかがなものかと思われるが、パイロの声にメリーさんは鳴いて応えている。
こうして元気が出たところで、アッキーとまき演奏、歌アッキー、踊りというかパントマイムパイロの異色組み合わせで、『さくら』と『かたつむり』の公演が行なわれた。
自称三味線背負った渡り鳥のアッキーは、話している時の奔放さからすると別人の美声で『さくら』を聞かせ、聴衆を驚かせていた。ハープ演奏を披露したまきも、その意外性で別の日に来ていた子供に同一人物だと信じてもらえないでいる。
異色のパイロは、さすがに日本舞踊的な踊りは出来ないものの、殺陣のような降りも入った自作のパントマイムを披露して、特に大人の笑顔を誘っていた。その後、お客のはずの子供達と一緒に、メリーさんを追い回しに飛び出して行ったが。
なおこの三人の演奏会は、ミニ黒板にアッキーが『4649』と書き殴ったのを、誰かが『四六四九』と書き換え、パイロが誰かにそそのかされて『世路氏区』と知っている漢字を連ねたあたりから、全面に当て字が来客から書き込まれる不思議なことになっていた。
そんなこんなでも最終日、英田と紗枝は七月からの毎週末演奏会提供の契約を、無事に取り付けていた。