24時間クラシックアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 不明
参加人数 10人
サポート 1人
期間 08/10〜08/14

●本文

 『24時間クラシック』

 来る8月11日19時から翌12日19時までの24時間、クラシックに浸ってみませんか。
 期間中、会場となる音楽大学の校内各所で演奏会、オペラ独唱、オペレッタ、楽器演奏講習会などの様々なイベントが繰り広げられます。もちろん全てクラシック関係。
 参加者はバイオリン教室の小学生から、クラシック好き垂涎の的の有名人まで様々、飛び入り参加も可能です。当日参加用の楽器と教室も用意されています。
 あなたも24時間、クラシックの世界に浸りきりましょう。
 最終演目は12日18時からの校内大ホールでの第九の演奏、合唱会です。

 なお会場はイベント期間中開放されています。
 入場料は一律1500円(小学生700円)、期間中の出入りは自由です。
 長時間のご来場をお待ちしています。

 ただし18歳未満の方の23時以降翌6時までの入場についてはお断りします。
 また21時以降の16歳以下の方の入場には、保護者の同行が必要です。

●今回の参加者

 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa1851 紗綾(18歳・♀・兎)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)
 fa2847 柊ラキア(25歳・♂・鴉)
 fa2899 文月 舵(26歳・♀・狸)
 fa4980 橘川 円(27歳・♀・鴉)
 fa5331 倉瀬 凛(14歳・♂・猫)
 fa5669 藤緒(39歳・♀・狼)
 fa5812 克稀(18歳・♂・猫)

●リプレイ本文

「いいねぇ、学生さんはフレッシュで」
 二十四時間、延々とクラシックに浸りましょうというイベントを企画し、今まさに始めようとしている音大の正門で、三田 舞夜(fa1402)は呟いていた。ノートパソコンを小脇に抱え、音楽を楽しみに来たというより仕事の風情だ。
 事実、大手ではないプロダクションの代表である彼に盆休みなんて素敵なものはない。
 うろうろしつつ、途中売店でサンドイッチとパック入りフルーツ牛乳を買い込んで、彼は『休憩所こちら』と書かれた案内板の下に座り込んだ。何故かレジャーシート持参。

 こちらものんびりと門をくぐったのは、相沢 セナ(fa2478)だった。楽器ケースを肩に掛けているが、行き先が定まっているような歩き方ではない。音楽好きが遊びに来たように見える。
 それはまったく間違いではないのだが、演奏家として世界的に注目され、日本の若い女性には生半可なモデルや俳優より美形と騒がれているセナがうろついていると分かれば、周囲はパニックに陥るだろう。
 今のところ、ファッショングラスのおかげか、そんな恐ろしいことにはなっていない。

 もちろん開門と同時に走り出すような人もいる。紗綾(fa1851)もその一人だった。足取りは弾むようだ。
「一日中音楽に浸っていられるなんて幸せだよ〜」
 うきうきと門を入って、演奏者受付に赴き、係を務める学生に『終日参加章ください』と申し出たところ、身分証の提示を求められた。
 どうも、さーやは終日参加章が受け取れない年齢と見間違えられたらしい。

 開門からまもなく、各所で演目が始まる。もちろん演奏会も楽器の講習会もある。色々な人が出入りするので、予定と違う状況になっていることも多々あるのだが。
「何の耐久レースかと思ったが、最初から飛ばしすぎだ」
 特技は立ったままの睡眠という、まさにこのイベントのためにいるような克稀(fa5812)は、講習会場でサックスの演奏方法を説明しているはずだった。ぼやいているのは、準備で徹夜したと思しきハイテンション集団に会場が乗っ取られているからだ。
「いいじゃないか。若者はこうでなくては。うちの娘はなぜあんなに爺むさいのか」
 楽器にはたいして興味がなさそうなのに居合わせているのは、藤緒(fa5669)である。克にオペラ独唱の伴奏を頼んでいたので、先程まで練習していたからだ。藤の娘、冬織は、確かに克への開口一番『愚母が世話になる』と口にした。克の挨拶まで間があったのは、呆然としていたからに違いない。
 藤も相当ショックだったのか、今も蒸し返しているのだが、場は講習会の様相を呈していない。
「こぉらっ! 浮かれておらんで、しゃんとせんか!」
 やがて、さすがにこれでは示しが付かないと思ったか、単に煩かったか、藤がその素晴らしい声量を披露した。克は耳を押さえている。
「では、それなりに楽器経験がありそうだから‥‥そこ、寝るな」
 克の苦労は、実はここからが始まりだった。

 浮かれる人々にも色々いるが、こちらの二人は分かりやすい。ラブラブというやつだ。ラキちゃんと舵、呼び合う声からして幸せいっぱいで、目にした人は大抵が苦笑している。
 だが、しかし。
 クラシック曲を色々アレンジするという演奏の前に足を止めた二人は、ドラムやエレキギターの演奏が出来るのだろう。それらが奏でられると、上手に身体で調子を取り始め、指も細かく動いている。
 それで、隣にいた人が気付いた。実は彼らはかなり有名なバンドのメンバーである。
「演奏会は弾いとる人が中心やから、騒がんようにしてもらえますやろか」
「僕達もおとなしくしてるから」
 なるほどと頷いてくれる相手だったのでこれ幸いと思った柊ラキア(fa2847)と文月 舵(fa2899)の新婚カップルは、しかし気付かなかった。相手が『そっと』主催者に耳打ちしに行ったことを。

 目当ての演奏会場に向かおうとして、道に迷っているのは倉瀬 凛(fa5331)だ。現役中学生は大学構内が物珍しく、そうは見えないが少々興奮していたらしい。翌十二日の演奏の練習の約束もしているが、この調子ではちゃんと辿り着けるか心配だ。
「えぇと、この部屋が『ピアノ奏者練習場所・空き時間の演奏会自由』だから、地図のここで‥‥空いてるんだよね、これ」
 ようやく現在位置を把握したものの、音大のピアノはどんな音がするのかと試しに弾いてみることにする。気分がよろしいので元気に『トルコ行進曲』。
 残念ながら、普通のピアノだった。

 イベントが始まって六時間後の夕飯時、いささか演奏会場は空いていたが、この会場ではそんなことはなかった。
 理由の一つはマリーカ・フォルケン(fa2457)の知名度、なによりナイトクラブが普段の活動拠点のマリーカの演奏が聞けるとあって期待する人が多いからだ。
 それとは別の一派が色々な意味で橘川 円(fa4980)にノックアウトされた弦楽器奏者達である。音大出身、ウィーン留学経験あり、知名度はまだまだのところもあるが、実体験に基づいた知己に富んだ会話は演奏活動以外にも皆を感服させるものがあったらしい。
 更にもう一人、あちこちで男子学生に声を掛けられた挙げ句に甘いもので餌付けされかかりつつ、集合時間は守ったさーやを加えた三人で演奏会が始まるところだ。さーやにくっついてきた数名は、マリーカと円の二人の笑顔で追い払われている。
 三人の演奏曲目は『動物の謝肉祭〜白鳥』。作曲者はサン=サーンスと知らなくても、曲は聴いたことがあるだろう。
「この曲はピアノ伴奏にチェロ独奏がのる、作曲者が友人のために作った曲なのね。謝肉祭というくらいだから、もしかすると食べられてしまうのかもしれないけれど」
「他の動物名のパートは、当時の有名曲のパロディの中、この白鳥だけは全面オリジナルなので‥‥勿体無くて食べはしなかったと思うわ」
 解説はマリーカが話を振って、円が細かいところを補足する。接客や全体の様子を見ながらの解説に慣れているので出来ることで、さーやは観客と一緒に拍手していたりする。
 知名度に多少差はあれ、技量的には大差のない三人の演奏は、そのタイトルにふさわしい優美さと、ただ楽譜をなぞるだけではない音の広がりを持っていた。予定では一曲きり、でもアンコールが鳴り止まず、舞台上で困ってしまった三人は‥‥
 最初は円が担当したチェロを、さーや、マリーカと入れ替わって演奏することで、何とかアンコールを乗り越えたのだった。

 翌日一緒に演奏する三人のステージを見て、もう一時間もしたら帰らないとと時計を見たリンは、やや耳慣れない楽器の音に足を向けた。曲も知らないが、あの三人に負けず劣らずの弾きこなしだったので、ようやく姿を見付けて観察し。
「そこの少年、聴くならこれを一冊受け取れ」
 声を掛けてきたマイヤーのことは当然知らないが、リンは演奏している男性はよく知っていた。近くで演奏が聞けるならと、マイヤーの差し出す『大衆音楽としてのクラシックの勧め』なる薄い冊子を握った。
「しわになってるよ。それ、結構面白いから、鞄にしまったら?」
「あ、すみません。ちょっと力が入っちゃって」
 ピアノ奏者として高名だが、弦楽器もこなすセナがリュートを弾く手を止めた。マイヤーは『客寄せ』と言うが、今のところ人気はない。
「少年のレパートリーは? この時間は学内演奏自由だから、一曲弾きなさい」
 それは無理だとリンは思ったが、音楽演出家のマイヤーもアーティスト肌のセナも無責任に期待の拍手をくれる。
 仕方がなく、時間があったら演奏しようと思っていた『チャルダッシュ』を弾くためにバイオリンを構えた。曲名を聞いたセナが、フィギュアで有名になったなと言うから、手がプルプルと震えた。
 いつもの倍も時間が掛かってようやく弾き終えたのだが、もちろんそれで解放はしてもらえない。

 お子様方が帰らざる得ない頃合になって、藤はオペラ独唱披露の時間を迎えていた。大人が増えたのは、あまりに暑くて日中は昼寝でもしていたのだろう、藤のように。
 克にはかなり呆れられても、藤は見た目がうんと若いとはいえ、実年齢は『おばさん』だ。本人が断言している。体力がない分、ノリを大事にするらしい。
「カスタ・ディーヴァ、月に呼びかけ祈るアリアだが、ディーヴァとは女神の意味の他に、オペラのプリマドンナも示す言葉だ。日本語だと歌姫、当然絶世のと付く」
 最初のオペラ解説が、すでにクラシックのイメージからは遠い。本人のおおらかな性格のままだ。
「オペラ魔笛の夜の女王のアリア、正確には『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』。娘に人を刺せという女王が、神に祈りを捧げている‥‥復讐の神だが」
 この二曲を続けて歌うのは、技量も大層なものが要求される。音楽関係者はそのあたりを承知しているから、固唾を呑んで歌の始まりを待ち‥‥
 克が演奏の約束をした即席仲間との約束に遅れかけるまで、延々と藤はアンコールに応じていた。

 その後、克は別の場所に走りこんで、『全然高尚でないクラシック演奏会』の演奏者一員となった。他は学生や卒業生、社会人と寄せ集めだが、練習はちゃんとしてきた。彼の担当はサクソフォン。
 演奏曲は『ボレロ』で誰でも一度は耳にしたことがあるはずの曲として選んでいる。
 バレエ音楽で、バレリーナの足慣らしに始まるが単調なリズムの中にも変化があるとか解説したものの、真夜中だ。
「俺、途中で寝てたかもしれない」
 ちゃんと演奏していたのでそんなことはないはずだが、克は記憶がない数小節を体験していた。なにしろ立ったまま寝られるので、楽器を抱えて意識が遠のくこともないとは言いきれない。
 彼がそんな有様だから、観客はハイテンションで手拍子をしている人とぐっすり眠り込んでいる人が隣り合わせといった、不可思議な様相を呈していた。
 もちろん演奏した克達も、直後から仮眠という名の爆睡に突入している。

 明け方のこと。
 徹夜の時こそ元気に行こうという趣旨の演奏会場で、舵とラキが女の子を一人泣かせてしまっていた。二人とも、もちろん困っている。
 別に二人が意地悪をしたのではない。この演奏会は『元気に行く』ために、様々な楽曲をパーカッションオンリーで奏でることに挑戦していた。曲により、歌も入る。飛び入り歓迎。
 しかし、舵はドラムを得意とし、ラキは歌がこの中では飛び抜けてうまい。すでに正体がばれていて、乞われるままに遠慮なくドラムを叩いたり、歌ったりしていたのだ。泣いている女の子はラキのファンらしい。
「どないしたものやろねえ」
 眠気のピークで興奮しているだけと周りは深刻になっていないが、超絶技巧を目撃して、自分の技量に落ち込んでいる女の子を放置しておくのも、舵には出来かねる。彼女が困ると、ラキも困る。彼の場合、女の子への同情心などは少なめだ。なにしろ舵を困らせているのだから。
 ちなみにこの直前、ラキはマイクを握って『舵愛してる』を三回絶叫し、後方から飛んで来たペットボトルが頭部に直撃する『事故』に見舞われていた。でも言っちゃったので、すっきり。どうも舵が一人であれこれ苦労している風情だが。
「舵さんみたいになれるように練習します」
 勝手に女の子が復活した。ラキはやれやれと思った。けれど。
「その励みにラキさんとツーショット写真〜」
 人目があるところで速攻却下するわけにもいかず、ラキに張り付いた女の子を引っぺがすのも気が引けて、舵が小首を傾げたところ。
「舵も一緒じゃなきゃ駄目」
 ラキが断言した挙げ句、周囲の羨望の声に『では全員で』と話をまとめてしまい、ごく普通の集合写真と相成った。
 ラキは中央で、舵を両手で抱え込んでいる。

 十二日午後のおやつの時間。
 リン、円、マリーカ、さーやの弦楽四重奏が始まった。前日の評判と、リンがセナに手解きを受けたと実行委員に連絡があり、会場が一番大きいところに移動させられている。
「こんな広い会場には慣れてないのよね」
「そういう時は基本の『皆カボチャ』でいくのはどう?」
「皆カボチャ‥‥桃が食べたいなぁ」
 リンの前で、マリーカと円は緊張しているようには見えない。さーやは緊張しているのか、冗談なのか判然としない。顔には出ていないが、多分リンが一番緊張している。
「クラシックに浸る一日、オケはソリストの集合体ではいけない、自分が楽しんでお客にも伝わるように‥‥」
 皆に言われたことを復唱して、四人で頷きあい、やがて文字通りに幕が上がった。
 演奏曲目は『G線上のアリア』と『主よ、人の望みの喜びよ』の二曲。今回のイベントではあちこちで演奏された、多くの人に耳慣れた曲である。
 それでも録音で聴くのとはまったく異なる、今この時だけの二曲が奏でられる。

 やがて夕方五時になり、第九の演奏と合唱が始まった。
 克は歌が苦手とフルート、円はもちろんチェロ、さーやは当然バイオリンで、引きずり出されたセナがピアノの一台を担当している。
 ソプラノに藤、アルトにマリーカ、アルトとテノールの狭間の位置にリンがいて、こちらは見事な合唱を披露しているのだが、観客席からはいささか調子はずれなラキと隣で時々引き摺られる舵が歌っていた。
 演奏者が約百人、楽器色々、練習ちょっと。
 合唱参加が人数不明、パート適当。
 そんな歓喜の歌は、日本語から原語に移り日本語に戻って、しまいには自分の好きな言葉で歌っていたが、誰もが楽しそうだった。

「おっと、寝過ごしたな。ま、歌も演奏も専門外だからいいことにしよう」
 そんなことを言う例外もいるが。