東北演劇祭・怪獣上陸!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
龍河流
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
6.6万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
08/12〜08/16
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●本文
本格的な夏の暑さがやっとやって来た東北の地。そこで行われる一大イベント。
『夏の大演劇祭in東北』
毎年、東北の都市を順番に会場とし行われてきたそのイベント。その地域のアマチュア劇団から、幾つかのプロの劇団まで参加する舞台演劇のいわば祭典。数多くの参加団体に、大きな劇場、広い会場。その開催が近づいてくると、いやでも街は活気づいてくる。
始まりは去年の演劇祭の直後。
幾つかの参加劇団の有志が集まった親睦会という名の飲み会で、数名が何の弾みか怪獣映画の話をし始めた。多分彼らはそういうものが好きだったのだろう。
「怪獣専門の特殊部隊は、誰の命令で出撃するんだろう?」
「そりゃーやっぱり首相? まさか現地の県知事はないでしょう」
「県知事の要請を受けて、閣議が開かれて、それから出撃命令」
「それは対応が遅い、遅すぎる!」
そんな与太話でげらげら笑っているうちは良かったが。
「アメリカはあれだよね、ミサイル打ってから考えてる」
「日本はミサイル出し惜しみしすぎ〜」
「足して二で割ると、ちょうどいい感じにドラマと特撮が混ざるんじゃない?」
話はどんどんずれて、誰かが言った。
「日本の怪獣映画は、ミサイルを打つまでがドラマなんだ」
一同はこの台詞に妙な感嘆を覚えたが‥‥本職の人々が聞いたら、多分何がしかの訂正が入っただろう。
ただ、ここで彼らは考えてしまったのだ。
「映画は無理だが、舞台なら作れる。よし、怪獣が出てこない怪獣映画風の舞台を作ろう。最大の盛り上がりはラストのミサイル発射ボタン前!」
酔っ払いどもは、一年後の上演を目指して動き始めたのである。
そして一ヶ月前のこと。
「劇団名は?」
「誰か適当につけて。我々のウリは『旗揚げ・解散上演』だから」
彼らは本当に、演劇祭への参加を決めていた。寄せ集め集団の、今回こっきり、最初で最後の舞台上演。まさに旗揚げにして解散。
「舞台パンフのゲラ出来ましたー。自分の配役の名前チェックしてくださいー」
「あー、俺は八役もあるので、台本が欲しいです〜。だいたいなんなの、この『通報する学生・坂上雄一』って。名前はあるけど、一度も舞台上では出ませんぜ」
舞台に上がるのは二十八名。配役は一人平均五役。怪獣出現を通報する大学生や避難誘導する警察官、官邸で対応に悩む首相に出撃を急かす県知事、逃げ惑う一般市民とそれに置き去りにされたペットの犬、そして怪獣迎撃部隊の通信兵に戦闘機。その他諸々の人間外も含んだ配役の数々が、二十八名に演じられる。
ただし、怪獣役はいない。
「どーしても、怪獣はいらないのか」
「怪獣は影も出さないって、皆で相談したっしょー。そんなに言うなら、ハリボテ入り口に飾ってもいいけど‥‥って、こら、大道具小道具放り出して、怪獣作るなっ」
詳細な怪獣の設定があり、名前が付いて、でもその三割も舞台上では使われず、なんと外見の図面まであるのに、怪獣の出番はない。
これは、怪獣ものというよりミサイルを打つかどうかのドラマなのだ。一年前から、なぜかそこばっかりが強調されてきた。
怪獣が現われる。もうすぐ近くの港町に上陸するだろう。
怪獣の姿に驚く一般市民。警察と消防が避難誘導するが、野次馬も出て、避難は遅々として進まない。
怪獣には武力迎撃を主張する県知事は、県議会の議決を待たずに、怪獣迎撃部隊の派遣を申請。
以前の怪獣出現時、ミサイルの誤爆で多大な被害を出した官邸は、部隊の派遣を躊躇する。
騒ぐマスコミ、近付く怪獣、混乱する人々。
怪獣迎撃部隊の出撃が決まったが、怪獣はもはや上陸寸前。速やかな退治をするには、新開発のミサイルしかない。
今まさに怪獣が上陸しようとする瞬間、ミサイル発射ボタンの前で、怪獣迎撃部隊の司令官はどういう決断をするのか‥‥!
彼らは、こんなストーリーを演る予定。
●リプレイ本文
「よーし、出来たわよーっ! もうやり直し不要、最高傑作!」
新井久万莉(fa4768)が叫んだのは、開幕まであと二時間ちょうどの時。手にしているのは、怪獣迎撃部隊の制服だった。肩の階級章を、全員分付け終わったところだ。今更やり直されたら、幕が上がらない。
「衣装の点検が済んだ方は、一度こちらに戻してください。アイロン掛けします」
同様に、ほとんど叫んでいるのはバッファロー舞華(fa5770)。迎撃部隊はじめ、最初の登場シーンではぱりっとした服装でいるべき人々が多いので、現在はアイロン掛け担当だ。
衣装は発案が舞、実際に作るためのコンテ起こしが久万莉、作成はまたそちらの専門家だった。中には買って来たものも、自前で済ませているものもある。役の入れ替えが激しい人は、さっと脱ぎ着出来るように色々衣装に手が加えられていた。
開幕直前、そこは舞台上より戦場だ。
『劇団打ち上げ花火Presents 旗揚げ・解散公演
【宇宙怪獣ウチュラ現わる!!】
ある日突然、日本の首都東京に怪獣ウチュラが現われた。
なぜ名前がウチュラなのか。どうして当然のように名前が知られているのか。
どうして宇宙から来たと断言できるのか。それは謎。尋ねてはいけない。
ウチュラは身長六十二メートル、体重二万八千トン、毒電波を撒き散らし、口から(中略)が東京湾を歩み来る!
迎え撃つのはこの日にために組織された怪獣迎撃隊、迎え撃つ装備は(中略)だ。しかし、ほとんど効果はない。
もはや新兵器にして最終兵器ミサイルを打つしかないが、首相官邸と迎撃隊司令部は意見が合わず(以下略)
しかもジャーナリストがスクープした機密文書には、ミサイルが(中略)であるとの情報が!
(前略)逃げ惑う人々は(中略)するのだが(以下略)
そこに天才生物学者からもたらされる情報は、ウチュラ誕生の秘密に迫るものだった。
迷走する対策本部はとうとう(中略)阿鼻叫喚(以下略)
ミサイル発射ボタンに指が伸び(乞うご期待)
註:紹介記事は観劇の感激度を損なわないために、ストーリー紹介を最小限に留めてあります』
劇場内に、スーツ姿の青年が走り回る。
「号外! 号外! 怪獣ウチュラのデータスクープです! 写真つき!」
座っている人々の上にばら撒かれるのは、宇宙怪獣ウチュラの詳細データが載せられた『号外』だった。
そうして、青年が廊下に飛び出すと、開幕を知らせるベルが鳴る。
アパート管理人〜迎撃隊隊長〜 金田まゆら(fa3464)
わんこの飼い主〜避難中の妹ミナ〜新聞部中学生〜 香坂 香(fa1818)
〜避難中の弟次郎丸〜 アルヴィン・ロクサーヌ(fa4776)
避難中の兄〜迎撃隊隊員〜避難誘導放送〜 篠森 露斗(fa0164)
〜〜迎撃部隊司令官〜 モヒカン(fa2944)
〜〜天才生物学者赤木巧〜〜 ディノ・ストラーダ(fa0588)
〜〜〜総理大臣佐川こずえ 大豪院 さらら(fa3020)
〜ジャーナリスト千田ジュン〜〜 黒羽ほのか(fa5559)
『それ』を最初に見付けたのは、高台にあるアパートの管理人だった。エプロンをして、竹箒でアパート前の通りの掃き掃除をしようとした時だ。
「あ、あの、今外を怪獣が、海に入って東京の方に行っちゃったの。いやいたずらじゃないからーっ」
電話に向かって絶叫している彼女の背後で、波の音が遠ざかっていく。
何か軋るような音に、波の音が重なった。
『現在この地域は、怪獣の上陸地点と推測されています。区民の皆さんは、速やかに避難をしてください。繰り返します。現在この地域は‥‥』
寄せては返すほぼ一定のリズムとは違う、嵐の時のような乱れた音が続く中、広報車からの放送が誰もいない街の中を移動していく。
その放送が小さくなっていくのと反対に、波の音は徐々にその存在感を増していた。
わあっと人の叫びが交錯する。
右往左往する人々の中で、大学生くらいの青年が人を掻き分けつつ左右を見渡していた。皆がてんでばらばらの方向ながらも駆け足、急ぎ足なのに対して、彼は明らかに何かを探している。
「次郎丸、ミナ、どこだーっ」
その姿が人の中に消えると、今度は小学生の女の子が現われた。鼻の頭が赤くなって、ハンカチを握り締めている。よろよろと歩いて、何かにつまづいて転んでしまう。何とか立ち上がったが、膝を打ち付けたようだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、どこ行っちゃったのぅ」
ひょこひょこと足を引き摺りながら、誰かに気付いたように突然走り出した。
それに合わせた様に、反対方向から走ってくる少年がいる。少年と少女は一度すれ違い、くるりと回ったところで再会した。
「ミナ、兄さんはどうしたんだ?」
知らないと首を振る妹の手を次郎丸が取り、周囲を見回したところで、先程の青年が下の道から駆け上がってきた。二人を両手で抱え込み、二人からも抱き返されたところで、激しい波の音が辺りに満ちる。
上を見上げた人々が、悲鳴を上げて散り散りに逃げていく。三人の兄弟は、年少の二人が手を繋ぎ、それを背後から抱きしめるようにして、揃って走り出した。
軋るような鳴き声が、尾を引いて響く。
外の喧騒が届かない怪獣迎撃部隊の中央本部で、通信担当が怪獣の現在地を報告する。光沢ある生地の制服に身を包んだ司令官が、それに対して忌々しげに返す。
「怪獣ではなく、ウチュラだ。全部隊にも連絡せよ。官邸が何を考えたか知らんが、奴の名前は決まったようだ」
東京湾からウチュラが上陸する前に、最終兵器を打ち込んでしまえばいいのだとの考えが表情どころか独り言に反映している司令官は、手元に届いた官邸からの連絡書を握り潰した。怪獣の名前がウチュラでもガオーでも、知ったことではない。まずは倒すことが先決だというのに、官邸は住民の避難がどうの、漁業者の権利がこうの、生物学的見地がああのと、まったく状況改善に繋がる話を寄越さない。
司令官が見詰めるモニターは、ウチュラの姿を鮮明に捉えていた。
そんな中央本部から遠く離れた沿岸工業地帯では、迎撃部隊の実働隊が展開していた。あらん限りの対怪獣兵器を取り揃え、いつ攻撃命令が出ても対応出来る布陣で警戒を続けているのだが。
「ウチュラだと? 誰だ、そんな名前を付けたのは」
「申し訳ありません。それは連絡に入っておりませんでした!」
若い女性隊長が、敬礼した若い隊員の報告に不満の声を上げた。敵は一体なのだから、どう呼ぼうと間違えることはない。怪獣で十分なのだが、上は事態の重要度を理解していないらしい。攻撃命令どころか、防衛ラインを維持するための最低限の威嚇行動すら、再三申請しているのに許可が下りないのだ。
隊長の苛立ちは、隊員の全員が感じていることでもある。ただ彼女が言わないことを、隊員達は思っても口に出せず、また口にしたことにも同調していい立場ではないだけだ。
一度海中に沈んだウチュラの頭が、波間から現われた。こやつが吐き出す毒電波の効果範囲は、この沿岸まですでに五百メートルを切っている。
「詰まらぬことで気持ちを乱してしまったな。‥‥第一班から三班に連絡、攻撃態勢を保持しつつ、防衛線をB地点に変更する。事前の指示通りに、移動を開始せよ」
「はっ」
「偵察機に、ウチュラの外皮の映像を撮影し、本部の硬度分析にどんどん回せと伝えろ」
「はい。偵察機に本部の尻を叩いて、ウチュラの皮膚硬度を連絡させろと伝えます!」
キーンとハウリングに似た電波を放つ音に負けないような、隊員からの意訳復唱を、偵察機のエンジン音がかき消していく。
その影が、彼らの上に落ちて過ぎ去った。
その爆音の発射地点に最大の影響力を持つ首相官邸には、対策本部が設立されていた。出入り口近くでは記者達が出入りする要人から会見前に一言でもコメントを取ろうとしているのだが、白衣を羽織り、中には真っ赤なシャツを着ている青年には何故か近付かない。青年は誰に邪魔されることもなく、室内に消えていった。
内部では、あまりに若すぎて官邸の雛飾りと呼ばれる総理大臣佐川こずえを要人が取り囲んでいた。
そうした人々にも、生物学者の赤城巧は遠慮などしない。
「また防衛ラインが後退したが、どうせ的確な指示など出来ないのだろう? 無駄話をするしか能がない口を閉じて、俺の分析結果を聞け」
傲岸不遜どころか、これで教鞭をとっているのが異常だと陰口を叩かれる赤木だが、怪獣などの異種巨大生物の研究では国内トップレベルの生物学者でもある。今回は迎撃部隊がようやく手に入れたウチュラの皮膚の一部を強引に研究室に持ち込み、その結果を報告に来たところである。
佐川も報告のための入室は許したが、この態度まで許したわけではないと態度で示しているも、どちらも官邸に不釣合いなことに変わりはない。奇妙な睨み合いだ。
「随分と素早い対応には頭が下がります。ただあまりに早すぎもしますが、間違いない結果ですか?」
「ウチュラの細胞には、三年前、某国に上陸したスペースラットと同じ太陽系外飛来怪獣特有の宇宙線の影響があった。ただし皮膚組織に、同じ国原産のトカゲの遺伝子も組み込まれている」
佐川が真っ向から受けていた赤木の視線を避けるように、一瞬下を向いた。
次に顔を上げたときには、表情が前よりも明るい。
「誰が名付けたか知らないが、多少の知識はあるのだろう? ミサイルなぞ打つより、作った国に始末を付けてもらったらどうだ?」
他にも何か知っていると含みを持たせる言い方をして、赤城は返事も聞かずに帰っていった。
「どこまで、知っているのかしら?」
残された佐川の呟きを、耳に留めた者はいない。
沿岸部の公園では、スクープだとばかりにデジカメ片手に走ってきたセーラー服の中学生が、水を跳ね上げて海中より腕を振り上げたウチュラにすくんで、カメラを取り落とし。
その直後に、興奮して走り回る犬を追いかけてきた少女が、先程まで中学生がいた場所を見て、悲鳴を上げた。
そうして、すでに迎撃部隊が三度目の防衛ライン変更をしたと囁きあう記者達を前に、佐川が沈痛な表情を浮かべて、ウチュラ被害の報告を読み上げていた。
「‥‥先程、海浜公園から病院に搬送された女子中学生の死亡が確認され、今回の被害者は十四時現在で死者一名です。国民の皆さんには、消防の避難誘導に従った速やかな避難と、立ち入り禁止地域の厳守をお願いいたします」
若くとも落ち着いた言動と死者に対する哀惜に打算の感じられないところは、佐川の支持増加の一因だが、もちろんこの魔法が効かない相手も存在する。
「その避難誘導が、迎撃部隊が手をこまねいているためにどんどんと変更されて、消防の活動にも支障が出ています。怪獣災害は危険が自ら移動するのが避難の難点ですが、首相はその点、最高責任者としてどうお考えですか」
「避難箇所については」
「いえ、そちらよりも先に、なぜ迎撃部隊が威嚇射撃一つ行なわず、防衛線を市街地に寄せているのかの理由をご説明ください。‥‥こちらの、先日鳴り物入りで配備が発表されましたミサイルに関する、製作した米企業からのリコール連絡の書面写しに対する対応が取られていない点と合わせて、お願いします」
早口に佐川を攻め立てるのは、ジャーナリストの千田ジュンだった。常に政府の災害や事件に対する対応の後手に斬り込み、また法の不備にも警鐘を鳴らし続ける彼女は、この場でも容赦しない。
だが佐川も言い負かされてはいなかった。
「そのような文書があることは、防衛部隊司令官から報告がございません。事実関係の確認を早急に行います」
司令官一人で握り潰せる情報ではないとの皆からの追求は、外から駆け込んできた記者の『ウチュラ上陸』の一報に一瞬鈍り、佐川は対応を急ぐとして会見場を後にした。
重い足音が、どこからか響いてくる。
逃げ惑う人々がいる。
助け合って、どこかを目指す人達もいる。
避難を促す放送は何度も何度も流され。
迎撃部隊は、
「隊長、攻撃許可はまだ出ません! 隊長っ、まだ!」
「あの女、どういう裏事情か知らないが、政治的決着とやらでよその国を手を借りるつもりなんだろう。そんな取引の時間があるかっ。迎撃隊辞めてもいい奴は砲撃準備!」
とうとうウチュラへの攻撃を開始した。
その映像は報道により国内外に瞬時に知れ渡り。
迎撃部隊本部にも届く。
「宇宙から来ようが、人が作ろうが、今進んでいる奴を止める手立てがあるわけではないのだろう。ならば今出来る中で最善の策を取るべきだ」
「あんた達の欲が作った生き物だろう。全てが明るみに出れば、その椅子も別の誰かのものだ」
迎撃部隊本部に乗り込んだ赤木に、ウチュラの行動抑制の方策を問われた司令官は事実を知るのか知らぬのか、ミサイル発射を口にした。すでに防衛ラインが独自判断で応戦し始め、多大な被害を出しつつウチュラを海へと追い返している。
ミサイルを放つなら、まさに今なのだ。
「させるかっ」
証拠隠滅は許さないと発射装置前に割り込もうとした赤木が、司令官の腕の一振りで部屋の端まで吹き飛ばされた。
本部には、現地から通信を通してウチュラの叫びと、武器が飛び交う音が届く。
「やむをえん‥‥神よ、今初めて心の底からあなたに祈る、我らに」
司令官の手がミサイルの発射ボタンに掛かった。
「勝利を!」
ウチュラの、一際大きな鳴き声が、全てを揺るがした。