エジプト漫遊記中東・アフリカ

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 フリー
獣人 フリー
難度 易しい
報酬 なし
参加人数 10人
サポート 0人
期間 10/21〜10/23

●本文

 それはカイロの街でのこと。
「遊びに行きましょうよぅ。皆と約束しましたもの」
「俺はしてない」
 先日、とてつもない事件を片付けたばかりとは思えない獣人の男女が、日の出を眺めて話していた。
「全然観光してませんわよ」
「一晩付き合ってやったんだから、もう嫌だ。俺は仕事が入ってるから、勝手に遊びに行け」
「じゃあ、じゃあ、もう一回」
「仕事だと言ったろうが」
 男がエイ、女がシンデレラと言う二人は、徹夜明けだった。ナイトウォーカー相手の事件を片付け、その疲れが癒えたところでまた徹夜。身体に悪いことこの上ない。
「もう一回やりましょうよ〜、私、一度も勝ててませんのよ」
「世の中には勝ち逃げという言葉があってな」
 シンデレラが両手で振り回しているのは、ボードゲームだ。緑の布が張られた台にマス目が描かれている。テーブルの上には白と黒の丸いコマが散らばっていた。
「シェイクスピアは天才ですけれど、ヴェネツィア共和国の貴族階級は建国初期の富裕商人が選ばれて政治担当になって、それが世襲になったもので、軍の司令官は元より、国政の重要役職は全部その貴族でしたのもの」
「そうかそうか。じゃな」
 日本が生んだ楽しいボードゲーム・オセロで負け続けて悔しいシンデレラをおいて、エイは仕事に向かって行った。どういう仕事かは、まったく教えてくれない。挙げ句にいつ戻るのかも不明だ。
「誰か、オセロしてくれますかしら」
 先だっての事件の後、今度はまったり遊びに行こうとあちこちと約束したシンデレラは、ゲーム一式を箱に収めると電話に向かった。

 しばし続いていた事件がとりあえず収束し、関係者の一部が後始末に奔走し、他の人々は自らの仕事に戻っていった中、エジプトはいつも通りに観光地として栄えている。

●今回の参加者

 fa0356 越野高志(35歳・♂・蛇)
 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa0780 敷島オルトロス(37歳・♂・獅子)
 fa1758 フゥト・ホル(31歳・♀・牛)
 fa2670 群青・青磁(40歳・♂・狼)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa3765 神塚獅狼(18歳・♂・狼)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)
 fa4840 斉賀伊織(25歳・♀・狼)
 fa4892 アンリ・ユヴァ(13歳・♀・鷹)

●リプレイ本文

 十月二十二日。
「退屈だっ!」
「そりゃ休暇やもん」
 敷島オルトロス(fa0780)の叫びに、敷島ポーレット(fa3611)がさくっと言い返した。
「暇だあ? 飯でも作れよ」
 群青・青磁(fa2670)、偉そうに要求。
「わーい、カレー」
 無邪気に万歳をしたのがシンデレラで、
「もう飯時か」
 時計を確かめて、呟いたのが神塚獅狼(fa3765)だ。二人の間にはオセロ盤が鎮座ましましている。
「トーナメント表が出来たぞ」
 オセロ盤が乗っているのとは違うテーブルで、なにやら書き込んでいた九条・運(fa0378)が顔を上げた。
「私の名前まで入ってますけれど‥‥」
 表を見て、フゥト・ホル(fa1758)が困惑している。
「私も?」
 アンリ・ユヴァ(fa4892)が珍しく、眉を寄せている。
「俺もかよ」
 スラッジ(fa4773)が鼻の頭に皺を寄せている。
「チースサンド作りました。お菓子は後で持ってきますね」
 トレーにサンドイッチを山と積んだ斉賀伊織(fa4840)が部屋にやってきて、半数から歓迎されている。
 残り半数は、
「暇すぎて落ちつかねえ」
「先輩方はまだでしょうか」
「わざと待たせて、忍耐力を試してるんじゃねえか」
「‥‥」
 『第一回オセロ大会エジプト杯』と大書されたトーナメント表を見上げて、嘆息していた。

 その頃。
「教授、こういう地道な作業もなさるのですか」
「オーパーツは欠片も残さず集めて研究するものじゃ」
 越野高志(fa0356)はリバーススフィアの激戦跡地にて、掘り返した砂をふるいにかける作業をやらされていた。ご一緒しているのは、ウェンリー教授の弟子達と、何人もがカイロで待ち焦がれているかもしれないカクテル同好会の人々である。

 一日時間が遡って二十一日。
 たまにはのんびりゆったり過ごそうというシンデレラとの約束を実行したり、尻馬に乗っている人々と、カクテル同好会に教えを請おうという研究熱心なのか自虐趣味なのか危ぶまれる人々とが、カイロの小さなホテルに集まっていた。
「噂に聞くカクテル同好会の中心人物の孫というから、どんな女傑かと思っていたのだが」
 スラッジが明らかに何か勘違いしているが、当のシンデレラは聞いていない。そして彼女と休暇の約束をしたポーと群青は『そんなのに見えたらおかしい』の一言で終わっていた。
 それはさておき、暑い日中はホテルでだらだらと過ごし、ピラミッドの近くで夕日でも見ようかと計画は持ち上がったのだが。
「オセロか。よし俺が教えてやる!」
 シンデレラが熱中しているオセロゲームに、群青がそう叫んだことから話が変な方向に転がっていったのだった。朝から晩まで、皆でオセロ。
 挙げ句にカクテル同好会に会いに来たハトホルとスラッジとアンリも巻き込んで、大オセロ大会の前に。
「単純そうだけど、これは勝敗は何で決めるのかしら?」
 ハトホルのオセロはまったく知らない人発言に対応したり、
「‥‥」
 アンリの『別に参加したいわけではない』との無言の抗議にぶつかったり、
「角を取れだと? こっちのほうがたくさんひっくり返せるじゃないか」
 皆の説明をまったく理解しない点ではシンデレラと同格のスラッジに吠えられたり、
「そ、それは違いますぅ」
 下手の横好き面々をはらはらしながら見ていた伊織が、思わず口走ったり、
「こんなはずではなかったのだが」
 劇的に下手っぴな面々にペースを乱され、接戦を演出する予定だったシロウが大勝をしてしまったり、
「え〜、エイってばや〜らし〜なぁ。駄目やん、ちゅーしちゃ」
 オセロ盤の前で、ポーが世間話に突入したので勝負が進まなくなったり、
「よしっ、これでもう一組出来るぞ」
 焦れたのか、運がオセロ盤を手作りしていたり、
「てめえ、何をしていやがる!」
「いい大人がオセロなんぞで騒ぐな!」
 休暇一日目にして退屈を持て余したオルトロスが、オセロのコマを幾つか隠していたのがばれて、群青とあわや完全獣化の大乱闘に陥りかけたりしていた。
 ともかくもこの日は、ホテルでは騒ぎを起こす以外にほとんど寝てすごしたオルトロスと、何の弾みが皆のお世話係になってしまって軽食や飲み物の用意に忙しかった伊織の二人以外は、延々とオセロをして過ごしたのである。
 結果。
 冷静に勝負を運んだハトホル、とことんまで自分のペースで勝負していたポー、経験値が高いシロウはおおむね七割前後の勝率をあげていた。
 群青は人に教えていたせいもあって、勝率が不明。
 参加回数が少ないアンリは、予想外に全勝。
 反対に異様に勝負回数が多い運と、目先の利を追うスラッジはせいぜい四回に一回しか勝てていない。運は相手にペースを乱されることが多かったせいもあるだろう。
 シンデレラは何か教えてもらうと、今度はそれにだけ拘泥するので、ものの見事に負け続け記録を更新中。
「この程度で混乱しては、爺婆に苛められるぞ」
 アンリの一言が、とてつもなく実感を伴って聞こえる人々がこの場には多かった。

 ちなみにこの日のカクテル同好会一同は、リバーススフィアを訪ねてきた越野を見て。
「おや、熱心だね。ウェンリーもそろそろ後を託す後輩を育てるかね?」
 勝手にウェンリー教授に弟子入りさせている。
「せめて少しばかり悩ませてはいただけませんかね」
 実際には少しどころか、数日かそれ以上は悩んでもいいと思うし、普段の彼は熟慮を忘れない人なのだが、勢いのありすぎる人生の先輩達を前に、ちょっとばかり勢いに呑まれてしまっていた。
 そうして、彼はリバーススフィアの戦闘跡地での破片集めの仕事で、『若いんだから』と一番力が必要なところを押し付けられている。敬老精神はもちろん持ち合わせているが、なんとなく面白くはない。
 でも、文句も言えない越野だった。

 そんな風に越野が頑張っている頃、カイロでは。
「地元の人が使うってことは、多分アルコールはないな」
「なんだ、シンデレラ。酒がなくてもいいのか?」
「ラム肉の料理が有名だと聞いたが‥‥あの三角のだろうか」
 夕方から観光に繰り出し、ハトホルをツアーガイドにピラミッドを見た一同が、登るのは禁止されていると残念がりつつ夕陽など眺めて、元気に食事に向かうところだった。店はシンデレラが推薦の何軒かの内、本日のスポンサーに名乗り出たオルトロスが決めた一軒になっている。決定理由は、美味しそうな匂いがして、料金がお安めで、観光客が団体で入って邪魔にならないところだから。
「オルトロスが、なんも言わんとご馳走してくれるなんて‥‥この先何年もないかもしれん。どういう風の吹き回しやろ」
 身内のポーにまで言われているが、それは全員が思っていることだ。やってきたはいいが、全然休暇が楽しめていないオルトロスが、どうしてわざわざ奢ってくれるのか。理由は分からないけれど‥‥
「辛いもの、頼んでもいいか?」
「いちいち断らなくても、好きなもの頼めよ」
 アンリが読めているのか分からないがメニューを睨みつつ尋ねたのに、気前良く返事をしたものだから、遠慮しない面々が目の色を変えた。
「メニューのここからここまで全部一つずつ」
「‥‥幾ら十人いても、そういう注文の仕方はよくありませんよ。食べすぎは身体にも悪いですから」
 伊織が至極もっともなことを注意するのだが、それで聞くならオセロももっとうまくなっているだろう人々が複数混じっているのと、他人の金だったら遠慮なく使いまくるタイプもいたようで、オルトロスの財布は一時的なピンチに陥っていた。
 もちろん、彼が予想していた以上の出費はない。なぜならそんなことにならないうちに、食いしん坊達を摘み出す力持ちだからだ。ついでに、彼が不要になったオーパーツを、祖父母に言い含められていたシンデレラがそこそこ高額で買い取ってくれたので、小金も持ってはいた。
 結局のところ、行儀良く食べていたのはハトホルと伊織、自分が欲しいものを的確に抱え込んだアンリと元来物静かなシロウだけだった。オルトロスからして、騒がしい。
行儀が良い組は、この後の観光ルートとカクテル同好会との合流場所を検討したり、観光客らしく色々なお土産が安価で手に入る店の情報を探したりしている。

 そうして、二十二日はオセロ大会のはずだったが、ちっとも上達しないスラッジとシンデレラがいるので勝負のしようがなく、皆でお茶を飲んでいたところ。
「‥‥皆さん、優雅ですな」
 大量に荷物を抱えさせられた越野が、ほとんど手ぶらのカクテル同好会の人々と共に到着した。どういう経路でやってきたのか不明だが、越野はなんとなくやつれている。
 今回気配りの人の伊織が、手早くお茶の用意をしたが、その際にコースターがどこからともなく出てきたのは、マジシャンの彼女が余興に一つ二つマジックを披露する約束だったからだ。ちょっと仕込んでいたらしい。
 カクテル同好会を待っていた人々だけではなく、オルトロスと運まで元気になってしまったのは、何かが起きると期待しているからだろう。そうでなければ、たかる相手が来たと思ったか。

 そして、スラッジが願い出ていて、ハトホルとアンリが同席を希望し、どうせ場所がないからとホテルの食堂で開催されたカクテル同好会の勉強会は。
「習うより慣れろと言いかねない方々だと、承知しておかないと大変なことになるから。それに後輩を育成する名目で無茶をするのも好きだし」
 ハトホルがスラッジに事前学習を施していたのだが、予想外に普通だった。スラッジが知りたいのは、いささか抽象的だが『自分に何が足りないか』、幾らそこを鍛えたいとは言え初対面で尋ねるにいささか不向き。よってお仕置きから始まるのではないかと、カクテル同好会を知る人々は心配したり、期待したりしたのだけれど。
「まず人脈。いきなり見ず知らずに相談しなきゃならない現状は、早目に改善しなさい。もちろん相談相手は多いほどいいものだわね」
「だが素直に頼める態度はいいじゃないか。頼み方も、ちゃんと対価を払う用意があるなんていうところが、可愛いと思うよ」
 その『可愛い』は『苛めて楽しそう』ではなかろうかとハトホルがどきどきしているのも知らず、スラッジは『人脈‥‥』と呟いている。これを手に入れるには、時に自分の意に沿わないこともやったり、気に入らない相手と付き合ったりと清濁併せ呑む覚悟がいるよと言われて、半眼になってしまっていた。結構偉そうに言われているのだが、その程度で反発しない辺りは烈しそうな顔立ちの割には冷静な性格をしているようだ。
 そういう様子を見て、ハトホルは『自分もああいう風になりたい』と皆が知ったら腰が引けるようなことを思い描き、アンリはカクテル同好会の人々が元気そうでちょっと安心していた。これであれもこれも色々訊けると、二人とも思っていたりする。
 とはいえ、流石にホテルの中では実技なる銃器取り扱いなどは実践できず、ハトホルも加わった会話は『獣人として、違法活動をしなければならないときの心構え』だの『社会的身分の重要さ』だの『財力の作り方』だのとスラッジが求めていたものかどうかはわからない方向に進んでいる。アンリは一応かしこまって聞いているようだ。
「つまり、あんたがたはどっちかってえと、社会的に認知されて身分を使って今までいろんな活動を有利に進めてきた訳だ。そして見所があれば、力を貸してくれる」
「たまに口も出すよ。考えが違えばうっとうしいだけだろうがね」
「たまに? 口だけ?」
 この光景を眺めている人々は、ハトホルの図太さに感心していたりする。スラッジは何をするのかと、考え込んでいたが。
 またまだ話は続いたのだが、その後前日とは格が違うレストランで飲食する代金をスラッジが全部負担することで、講義料と相成っていた。何故か、全員分。快く払ってくれたスラッジを、ほとんど全員が尊敬した。特に運は熱烈拍手付きだ。

 僅か三日の休暇は、この翌日に終わりになって。
「じゃ、俺はヨーロッパに行くんで。あっちの遺跡な。エジプトは任せたぞ。今度はもっと派手で馬鹿馬鹿しい乱痴気騒ぎしようぜ」
「貴様が費用を持つならな。そうでなければ、ものすごい人跡未踏の遺跡でも持って来い」
 三日間、他人のお金で過ごしまくった運は上機嫌で最初に空港に向かい、オルトロスに呪いの言葉を贈られている。
 シロウはお土産の買い物メモを片手に、もう少しバザールを覗くつもりでいる。あちこちにお土産を買わなきゃいけないので、地図には疲れた時用に美味しいフルーツジュースの店まで記されていた。
 伊織はマジックの腕を活かせる慈善活動は興味がないかと誘われて、喫茶店で話を聞いているところ。飛行機の時間まではもう少しあるらしい。
 かと思えば、とても慌しく群青がポーとシンデレラと別れの挨拶を交わしていた。狼覆面が相変わらず変だが、二人とも気にしない。
「いいか、好きなやつが出来たら真っ先に教えるんだぞ。俺がちゃんとした奴か見てやるからな」
 シンデレラと一緒に巻き込まれたポーは、この人とオルトロスのどちらに見てもらったほうが人物鑑定が正しいか、ちょっと考え込んだようだ。
 ハトホルとスラッジとアンリは、カクテル同好会からの贈り物を受け取らされた。後輩育成のための『仕込み』を行なう日時付きの地図。その日時より先に着けば育成する側に回れる特典付きだが、日付は半年後。三人がそこで揃うかは、流石に未定。
 そうして、越野は。
「ま、もう少し考えましょうか」
 この先のことを思案することにした。リバーススフィアで拾った破片を手にして。

 別れの言葉は『さよなら』ではなく、『また会おう』だ。