撮れVTR〜観光宣伝用中東・アフリカ

種類 ショート
担当 龍河流
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/15〜01/21

●本文

 ヨーロッパに近い中東の某国は、現在観光立国を目指している。なぜなら自国で採掘される原油の埋蔵量が無尽蔵ではないからだ。全部掘りつくす前に、別の収入源を確保しなくてはならない。
 そんなわけで、浜辺には幾つもの外国人向けのリゾートホテルとビーチが建設されていて、国内にはスキー場もある。山の上には、けっこう雪が降るからだ。中東の一般的なイメージと異なるウィンタースポーツを楽しめる国と言うのが、まずは自慢。
 しかし、中東には他にも観光地として、それも豪華なリゾートとして有名な地域が幾つもあり、まだまだ宣伝はしなくては必要だ。それと他国の、出来ればヨーロッパの各地に売り込みを掛けなくてはならない。
 そんなわけで、国内の旅行会社は考えた。宣伝用のVTRを撮影しよう。
 この依頼を受けた国内の撮影会社は考えた。出来れば色々な国の人に出てもらって、率直な感想を述べてもらったり、見所を熱く語ってくれるVTRも一本作ろうと。これにはもちろん『色々な国の人』が必要だ。出来れば撮影に慣れた芸能関係者を集めるようにというスポンサーの希望と、ちょっといろんなコネを使って、国内の芸能関係者に片端から声を掛け始めたのである。

 撮影予定場所は、以下の通り。

・とても美しいモスク
 海岸近くにある祈祷所です。内外の撮影許可はすでに得られています。
 屋内外全面タイル張りで、屋内が薄い藤色、外観が紫系のグラデーションになっています。日中に海から見ると素晴らしいと、見た人が口を揃えますが、どの時間帯が一番かは好みが分かれるところです。
 内部は礼拝のための一階広間と、中二階があります。中二階は女性の礼拝所なので、撮影目的であっても男性の立ち入りは出来ません。また女性は髪や肌を露出した状態では入れません。

・素晴らしく豪華なホテル
 外観、内部、サービスのすべてにおいて、国内トップクラスの誉れ高いホテルです。庶民が見ると、成金趣味と負け惜しみを言いたくなります。
 今回は撮影のために、関係者は誰でも内部に入れますが、カジュアル過ぎる服装だと浮きます。

・白い砂浜のビーチ
 ホテルの前にあるプライベートビーチです。外国人向けなので、女性も泳げます。
 現在は冬ですが、水着姿での撮影が敢行されます。スポンサーの意向です。

 スキー場での撮影はありません。

 そして、もちろん獣人の撮影会社スタッフからの注意。
「獣化したら駄目だよ。今回はスポンサーから、様子の確認にずっと人が来るからね」

●今回の参加者

 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa0163 源真 雷羅(18歳・♀・虎)
 fa0230 アルテミシア(14歳・♀・鴉)
 fa1234 月葉・Fuenfte(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1758 フゥト・ホル(31歳・♀・牛)
 fa2153 真紅(19歳・♀・獅子)
 fa2249 甲斐 高雅(33歳・♂・亀)
 fa2478 相沢 セナ(21歳・♂・鴉)

●リプレイ本文

 中東の新興リゾート地に集まった芸能関係者は、けっこう色々な職種だった。そして、何人かは顔見知り。
「あらまあ、久し振りに普通の仕事だと思ったら、顔触れの半分は変わらないのね」
 フゥト・ホル(fa1758)が笑って言う通り、半分は知り合いだ。そして別の組み合わせの半分が日本人という、少し偏った編成でもあった。とはいえ、月葉・Fuenfte(fa1234)や相沢 セナ(fa2478)は東洋系と言うには顔立ちが違うし、真紅(fa2153)も日系にはあまり見えない。甲斐 高雅(fa2249)は撮影担当で画面に映ることはないだろう。
「欧米系が多いですけれど、問題ありませんかしら?」
 アルテミシア(fa0230)が難しい顔で、傍らのアジ・テネブラ(fa0160)の腕を取るように問い掛けたが、アジとてスポンサーの意向はよく分からない。とりあえずこの二人、仕事の打ち合わせが豪華なホテルだったので、お洒落なワンピースを着てきていた。ルージュも露出度と色は抑え目の、でも華やかな服装だ。その横にちょこんと控えている月葉が、日本で言うところのメイド服だったので、カイ君とセナはいささか困っている。
 そしてハトホルはスーツ姿でやってきて、カイ君のものすごく普通の服装にあれこれと言っていたのだが‥‥後からやってきた人々の服装に絶句した。
 モデル業もやっていると言う六十代半ばのイタリア人男性アレクサンダーと、カメラマンとスタイリストと荷物持ちをさせられているもう一人の四人は、非常にカジュアルな服装に見えたからだ。少なくともアレクは半袖Tシャツにパーカーである。
「イタリアのブランドの、リゾート用のシャツだな」
 こちらもモデルのセナが、カメラマンとスタイリストの開襟シャツなどのブランドも『多分あれ』とあげてみせた。ルージュも頷いたので、ほぼ間違いはないだろう。モデルでも守備範囲が違うシアは感心していたが、月葉が丁寧に彼らに頭を下げるのを見て、自分も挨拶をした。アジも腕を取られたまま、会釈をする。
「普通の服の人が一人でもいて、安心したよ」
 カイ君は、顔馴染みとやれやれと話しているが、彼らがホテルの中でちょっと浮いているのは変わらない。持っている荷物が多いからだと言う話もあるのだが。

 さて。スポンサーと彼らを雇った会社の担当もやってきて、まずは綿密な打ち合わせをすることになったのだが‥‥
「出番はいつ頃かな‥‥?」
 会合場所になった喫茶室の一角で、アジがハーブティーを飲みながら呟いた。二人掛けのソファーのもう半分を占めたシアも、一人掛けソファーに座ったルージュと月葉も、これには同感である。
 今回の仕事の注意点。スポンサーの『人間』が入れ替わり立ち代り同席するので、獣人だと分からないようにすること。もちろんロケ現場では当然のお約束だが、このスポンサー達の要求が一つに纏まっていないのは問題だ。
 このリゾートは、有名なドバイに比べれば明らかにランクが劣る。それは関係者が皆承知しているが、代わりにドバイには手の届かない層の需要を見込んでいるようだ。だが具体的なところが人により違う。
「狙う客層も決まらないって、それはもう、撮りようがないわよね。カタログを見る相手が年齢も性別も不明の不特定多数を想定って、普通はないもの」
 業者向けでもセールスポイントは整理してもらわなきゃと、呆れているのはルージュ。シアもカタログと言われて、非常に納得したようだ。月葉は会話にはほとんど参加せず、何をしているかといえば、テーブルの上の視線を走らせていた。『上流のお嬢さんに見えなきゃ駄目』と着替えさせられて、今はリゾート向きの上等のシャツとスカート姿だが、こういう席では給仕に徹してしまうらしい。アジのハーブティーがなくなると、従業員にお湯を持ってこさせて自分がお茶を淹れている。
 この状態がいつまで続くのか分からないが、どうも打ち合わせは難航しているらしい。

 モデルや歌手にどういう印象があるのか分からないが、若い女性と同席するのはお好みでないらしいスポンサー各位を前に、ハトホルはすでに疲れていた。こんなに意見が纏まっていないのに、よくもまあVTRの発注を出したものである。
「もう一度確認しますよ。モスクの外観の撮影は、海岸と海上からの二つの視点で、一日の変化はよりよく撮れたほうを使う早回しで一日分使用。色の補正は行う。内部は男女別で撮影して、編集します。礼拝時間以外で、これ日中。ここまではいいですね?」
 話し疲れたのか、いささかかすれた声でカイ君がスポンサーと撮影会社両方の合意を取り付けている。セナはせっせとメモを取っていて、ハトホルもそれは同じだ。
 今のところ、アレクとシア、月葉で祖父と孫を装い、アジとハトホルは現地ガイドか地元の知人役、セナとルージュでちょっと狙う層より若いがカップル役をしてもらい、実際の旅行客を案内するような紹介VTRを作る方向で話はまとまっている。ただしスポンサー達が一々自分の主張を繰り返すので、その要望を整理すべくカイ君が奮戦しているのだ。
 ハトホルもセナも、同様に奮戦した。アレクは彼らが頑張るのを楽しそうに見ていることがほとんどだが、ハトホルの膝に製作会社の担当が手を出したときには思い切り引っ叩いている。
 そうして、ホテル内の撮影では『泊まってみないと感想は言えない』とアレクが主張したのが受け入れられ、一泊幾らか聞きたくない部屋の使用が認められた。スポンサーの一人がオーナーなので、即決である。金持ちは、こういう出費は惜しまないようだ。
「部屋でしばらく過ごしていたら、レストランでも驚かないだろうな」
 この喫茶室も成金趣味なのか、単にこの地方の美意識の表れなのか、やたらときらきらした壁紙や調度品に思わず驚いたセナの呟きは、本心からのものだろう。
 ちなみにレストランでは夕食はフォーマルな服装で、朝食はリゾートらしくカジュアルな服装で撮影することになった。もちろんレストランもホテルの中だけで四軒もあるので、セナとアレク達は別の店を利用することになるのだが。
 ただし。
「観光宣伝だから仕方がないけれど、この時期に海に入るのは厳しいわね」
 どんなに頑張っても、泳げるのは四月下旬以降の国である。別のテーブルでお茶の時間を過ごしている四人には、気合を入れてもらうしかない。またこのフォローは、基本的にハトホルがするべきだろう。男性陣には頼めないことも色々ある。
 そして相変わらず、スポンサー達はモスクを撮る角度のことでまだもめていた。

 スポンサーの意向は細かいところがちっとも定まらないまま、この翌日は関係者が揃って撮影予定地の下見に出掛けていた。スポンサー側の顔ぶれが何人か変わっていたりして、また纏まらない意見を並べること騒がしい。
 それでもハトホルは、昨日何かと言うと隣に座ろうとした撮影会社の社員がいなくて清々していたし、シアと月葉とルージュはアレクと家族ごっこをしながら砂浜でビーチボールを打ち合っている。ビーチバレーのネットがあるので、予行練習と言うところ。アジはカイ君とセナを相手に、ツアーガイド役の練習に余念がない。
 唯一、モスクで頭からすっぽりとチャドルを被ろうとしたアジが、「日頃そうしているわけでないなら、そこでは求めない」と珍しく意見が一致したスポンサー諸氏に言われたが、他の下見はおおむね雇われ撮影団の決定通りになった。さりげなくやりたい放題。
「けっこう強引に進めたところもあるけど、よかったかな」
「我々が強引にやると後々に響くから、『お客の側の魅力優先』で通して」
 カイ君が撮影会社の社員に確認したところ、こう返ってきたので問題はないらしい。

 真っ白な砂浜を臨む窓際のテーブルに乗せられたのは、地元のものを中心にした料理の数々だ。
「この豆は、あまり見たことがありませんわ」
「そうですわね。でも食べやすいですわ」
 顔立ちは似ていないが、髪の色が共に艶々とした黒の姉妹が見慣れない料理を楽しそうに食べている。すっかり髪が白くなった祖父も健啖家振りを発揮していて、確かに料理はおいしいのだろう。
 そうしてテラスでは、若いカップルが小さなテーブルを囲んでいる。こちらの朝食はアメリカン・ブレックファーストで、細かい好みに応じて作られた卵料理が彩りの野菜と共に皿の上に乗っていた。
「このジャム、ストロベリーかと思ったら違うのね」
「ここの特製のさくらんぼのジャムだとかで、土産物にもなっていたよ。おいしい?」
 甘すぎなくてたくさん食べられそうねと、世界の多くの地域の同性が羨みそうなスタイルの女性が笑った。

「このモスクの建立は近年で、歴史的な価値はありません。けれどもこの地域が開かれる際に、新旧の住人が寄せた寄進で建てられたモスクは、心の拠り所なのですよ」
 日差し避けのような大判のスカーフで髪を隠した少女の説明は、屋外だというのによく響いた。結夏や壁面を覆うタイルの色を出すのに、幾つの工房がその技を競ったか。地元の民族衣装を着た少女は朗々と語ってみせた。
「中に入ることは出来ますの?」
「女性は中二階の礼拝所でしたら。代わりに男性はそこには立ち入れませんので‥‥」
「残念だな。写真は? では、上からの眺めを撮ってきてくれるかな」
「あら。中ではスカーフがいるのですって。こういう模様入りでもいいのかしら」
 姉に髪を上げてもらっている少女が使おうとしているスカーフは、確かに細かな植物の絵がプリントされていた。けれどもいささか急な階段を上がってみれば、その模様が壁のタイルに描かれたものと同じだと分かる。別のスカーフを選んだ姉のほうも、模様と同じ蔦を壁に見付けて微笑んだ。
 同じころ、こちらは一階の広間にいる祖父は、床にタイルで描かれた星の意匠を見て、目を細めていた。
「建物が新しくても、こういう紋様の素晴らしさは歴史が培ったものだねぇ」
 心底感心したと察せられるような呟きだった。
 そんなモスクを海上から見ると、それは一幅の絵のようになる。しかも位置を移して、時間は瞬く間に過ぎ去っていく光景が写っていた。
「見る角度と時間で、その雰囲気もまったく異なりますよ。地元の人々も、いつのどこからの眺めが最高とは決められないくらいですから」
「舟遊びをしながらと言うのが、またいいものだね」
「そうね。でもあなたが操縦できたら、もっと良かったと思うわよ」
 きらきらと陽光を弾く海面を滑るようなボートの上で、しばしモスクの遠景に見とれていた女性が、悪戯っぽく片目をつむった。それを受ける男性はちょっと言葉に詰まったようだが、次回は何とか出来ればと応える。モーターボートの操縦をしていた女性ガイドは、民族衣装に髪から肩を覆う長いストールの下で堪えきれないといった様子で笑っていた。
「泳ぐことも出来るの? この国ではそういうことに厳しそうんじゃない?」
「ホテルのプライベートビーチ以外では厳しいですが、あの砂浜では大丈夫ですよ。この国では、春にスキーと海水浴の両方を楽しめるのが自慢ですからね」
 とっても自慢そうに言うガイドの言葉に、女性はぜひとも泳がなきゃと元気に口にした。男性はビーチバレーから始まり、水上スキーに至るまで十種類近く並べられたホテル側用意のレジャーの数々に、どれを選んだものか考えているらしい。

 そうして日が暮れると、今度は朝とは違うレストランでフレンチを楽しむカップルがいる。別のレストランでは、本格的な地元料理のコースに挑戦している家族連れ。どちらの料理も完璧なまでに彩りよく皿に盛られ、給仕の立ち振る舞いも流れるようだ。食べているものが彼らの舌を満足させているのは、その表情で知れる。
 やがて、部屋のベッドで弾んで姉に注意されている妹の姿が映り、室内のバーカウンターでカクテルを傾けている女性の視線の先でピアノを弾いている男性へ変わる。豪華な内装はいずれの部屋でも変わらないが、そこが中でも上質な部屋であるのは間違いがなさそうだ。
 いささかキラキラしいが、上質の調度でまとめられた室内からは、広々とした景色が見えている。夜が明ける頃合の空の色が写っていた。

 皆がのんびりと過ごした二日の間に、製作会社の面々と編集作業をこなしたカイ君は、また出来上がりに変更を加えたい気分らしい。けれどもハトホルと月葉に『少し休んでから』と引き止められ、ふかふかの椅子に座った途端に寝入っていた。撮影中も泊まった部屋で、セナに不意の来客の用心をしてもらいつつ空の色の補正などしていたのだから、致し方ないだろう。
 そうして、水着のシーンではスポンサーも製作会社の面々も様子見には来ず、寒い以外は快適に撮影を済ませたシアやルージュは映像の出来上がりにおおむね満足だ。アジも交えて、今年の水着の流行について話している。
 彼女達にノンアルコールのカクテルを供してくれたのはアレクで、ルージュのご要望に沿ったカクテルのシンデレラを作りつつ、彼は言っていた。
「このカクテルは孫の名前と同じだから、作れるんだよ。その孫もここに来ているはずだったのに、どうも仕事でセクハラ騒ぎに巻き込まれて予定より遅れてね‥‥」
 あんまり腹が立ったので、この仕事の関係者には『そんなことしたら悪口言いふらす』と脅しつけていたのだと。
「そういう人には見えなかったんだけどな」
 人は見かけでは分からないものだというセナの言葉に、何人かが頷いていた。
 でも、仕事も無事に終わったし、バカンス気分も味わって、まあまあ悪くない仕事だったのである。