ライブ イン カフェアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
千秋志庵
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
易しい
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報酬 |
1.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/06〜09/12
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●本文
「カフェ・ファーブラ オープン三周年記念イベント開催 詳細は以下にて」
レトロなフォントで書かれた下には、日時と場所。そしてそのイベントの一つとしてミニライブを行うので、その出演者を募集しているとの旨が書かれていた。ライブの内容は歌、お笑い等、特には問わないものらしいが、客は食事をしながらライブを見るため、ライブの内容はある程度は制限されてしまうだろう。元よりそのカフェは一般素人がライブを行えるような場所として提供されている場所だ。小規模ながら設備は整っており、ライブをするための演出方法にはあまり制限はないだろう。路面に面している壁は一面硝子張りになっているためにカフェの中は明るく、客の顔は良く見渡すことが出来る。ライブの内容次第では、客を多く呼び込むことも可能だろう。
会場となるカフェには若い女性が多く訪れることもあり、希望調査を取ったところ、このようなイベントが開催されるに至ったという。
ライブ以外にも色々と企画中らしく、そちらもまた気になるところだ。
『カフェ・ファーブラ』の店長は若い頃にバンド活動を行っていたらしく、若い人が少しでも夢を実現出来るようにと、カフェでライブを出来るようにしているのだそうだ。今回の三周年記念イベントでは、少しでも本物に触れて一層活動に力を入れていけるようにと、後押しするのが目的でもある。カフェがようやく軌道に乗ってきたために実現出来た、念願のイベントだそうだ。
●リプレイ本文
上機嫌になると自然と鼻歌を口ずさんでしまう癖は、確か同じバンドのメンバーだった人に言われて初めて気付いたことだった。曲名はなく、いつも即興の歌。それに気付いてからは抑えるようにしていたが、中々上手くは行かない。
久しくエプロンを外して、客席であるテーブルの一角に腰掛けている。通常、店でライブを行う際には、出演者には簡易なものではあるが、奥にある控え室を利用してもらっている。流石に出演前にはそちらにて待機してもらうのだが、ライブが終了し次第こちらに来たいという出演者がいたために、今だけはと店員の格好のまま席取りの真似事をしている結果となる。
これも久しい話だが、バンドのメンバーに連絡を取って、今朝早くにステージ設営を手伝ってもらった。ピアノとドラムセット。普段なら女の子揃いの店員に頼むことも出来ずに諦めていたのだが、今日という日くらいは出してやるのも悪くはない。二階の自宅に置きっ放しで良かったと己の怠惰さに感謝をしながら、目の前に出されているアイスコーヒーをすする。
三周年だからというのは、結局は口実。本当は自分がただお祭り好きだとかイベント好きだからとか、そんな安易な事柄に理由を付けているだけなのだが、それは胸に秘めておくとしよう。
「――さて、始めるとしますか」
司会進行は店員の女の子。こういうのはビジュアル重視でも構わないだろうと思う。手を上げて合図をすると、彼女は少し緊張したように頷いた。
「お待たせいたしました」
澄んだ声に、店内の空気が一瞬だけ彼女のものになる。初めての経験なのか、その様子に少しだけ戸惑ったようにしながらも、言葉を続けた。ライブの趣旨、三周年に対する感謝の言葉。それらを一通り述べたあと、もう一度だけ間を取る。
「それでは、是非ごゆっくりお楽しみ下さい」
小さくぺこりと礼をして、少女は下がる。主役はあくまでも歌う彼ら。レジの方で胸に手を当てて深呼吸をしている姿が何だが可笑しくて、一人で笑ってしまった。
最初に出てきたのは、SSM。男性が二人と少女が一人。
「今日は僕達の今夜かぎりのユニットSSMのステージをたっぷり楽しんでいってね」
キーボードを持った小桧山秋怜(fa0371)が、満面の笑みで言う。通常のライブならばここで悲鳴に近い歓声でも飛ぶのだろうが、場所が場所なだけに拍手だけで終わる。まだ事態をあまり把握していない客も多く、戸惑いの色が多いというのが実際だろう。
通常のイベントであれば、皆の目的がそちらにあるために『聴く』体勢が取れているのだが、カフェでの目的は食に重点を置かれてしまっているが故に、歌い手らの世界へ引き込むのは多分にして難儀だと言える。
しかし、それはあくまでも一般論でしかない。
ステージに立つシド・リンドブルム(fa0186)はマイクを手に、一礼をする。長い黒髪が遅れて続く。初めてのライブ経験のためか、ドラマーの三葉美祢(fa3934)が緊張を絵にしたような情景でシドの後方にいたが、秋怜の小声での茶々に少しだけ表情を軟らかくしたようだ。それを確認して、シドは小さく息を吸った。呼吸一つが振り上げる指揮のように、美祢のスティックがテンポを弾き出す。ミドルテンポのポップスに合わせて、秋怜の指が鍵盤をなぞり、ややもしてシドが口を開き、歌い始めた。
歌い終わると同時に、拍手が周囲から聞こえてくる。多くが女性客なだけあり、一つ一つは非常に小さな音だ。それでも、幾グループかは仲間内で顔を寄せ合っては、頬を緩ませて感想を言い合っている。食事の邪魔にはならない、かと言って何も主張がない訳でもなく、心の奥底にほわほわとした――言葉で表現するのが不自由な領域ではあるのだが、温かさを残していく。
次のライブまでの合間に秋怜が店長の元まで来て、何か手伝いをしたいと申し出てきたが、元より小さい店。手伝えることは何もないのだと言いかけて、ライブ後に別口でよければとピアノの演奏をお願いしてみた。既にピアノは諸事情で用意してある。詳細はまた連絡すると店の名刺と、その裏に個人的な連絡先を書いて渡した。傍らに立っていた美祢に向かいの席を勧め、視線を再びステージへとやった。ライブ終了後は店内でまったりとすることを希望していた美祢も、店員の持ってきたアイスティーを手に同じ方へと視線を向けた。
そのピアノを必要としている歌い手――春(fa0751)が、時を置かずしてステージに立つ。いや、立つと言うよりはすぐに座って鍵盤へと指を伸ばしたと言った方が正しいだろう。客がそちらに誰かがいるという認識を与えるよりも先に、ゆっくりと口を開いた。
甘美的な前奏が流れ、撫でるようにハスキーな声が歌を奏でる。男と女のパートを全て一人でこなしているのだろうが、聞き手にはその情景ですら浮かんでくるかのようですらある。
思わず食事をする手が止まる。
視線がそちらへと自然と流れてしまう。
或いは、それことが当然のことであっても、逸らすことが出来ない。
それらの行為に自覚することなく、十分も経たずして演奏が終わった。
拍手。
その全てに尾を引かれることなく、春は拍手の中、ステージを後にした。どことなく口元に笑みが浮かんでいたが、それは彼自身にしか分かり得ぬことであっただろう。
春が下がるのと入れ違いに出てきたのは、黒髪黒目の長身の女性だった。一瞬、店長はモデルでも呼んだかとあらぬ記憶を探ってみるも、勿論そのようなはずもない。先程までステージ袖で待機していたのだろう。今更ながら、ステージで他の出演者を見ながら、幾度も視界に入っていた記憶がある。
腕を組んで。
ただ目の前の光景を眺めるように、目を少しだけ細めて。それは少しだけ、眩しそうにしているようにも見えた。
ステージ上でマイクを握り、Lazuli(fa3000)は深く一礼をする。
「この歌を歌います。きっと、皆が知っている歌です。そして、私が大好きな歌です。――ワイルドキャットのナンバーで、『シルバーレイン』」
俯き加減に挨拶をし、彼女は静かに歌い始めた。
沈黙のベイサイド 雨に打たれながら ただ朝を待っていた
漆黒の雨 光の輪の中 銀色に煌く瞬間‥‥
まるでスイッチが入ったかのように、Lazuliは表情を一転させた。二コーラス目に入るとマイクをスタンドに置いて、自身の声で奏で始める。歌うことで人格が変わるとでは言いすぎなのだろうが、あまりの変容具合に一瞬面食らうも、歌うこと自体を楽しんでいるかのような彼女の姿に、伝播して嬉しさが込み上げてくる。
そしてLazuliは歌い続ける。
‥‥今 ここから歩き出す 煌く瞬間(とき)の為にシルバーレイン
汗が滴る。
それすらも綺麗で、拍手をするのを一瞬忘れてしまった。
額から滴る汗を少しだけ鬱陶しそうに、Lazuliは顔をしかめる。客には見えないようにと小さく礼を、最初にステージに上がったときと同じようにして、舞台から降りていった。
それから向かったのは、ステージの正面の席に座っていた秋怜と美祢の元。
「お疲れ様。じゃ、また」
簡素な挨拶だけ交わして、Lazuliは楽屋の奥へと向かった。楽屋の中ではシドと春が談笑をしており、そちらの方へと顔を出し、すぐにでも去ろうとしたのだが、何故か服の裾を二人して掴んで離してくれない。どうやら「少し話しでもしていこうや」という意味らしく、目がどことなく楽しく笑っている。少しだけ、ほんの少し困惑したようにしながらも、二つ返事で適当な椅子へと腰掛けた。
丁度その頃、ステージでは次のバンドのメンバーが立っていた。
有名なのだろう。店長らの座っている席とは背中越しの席に座っていた女性が、大きな声で「了ーっ!」と叫んで大きく手を振っている。カフェの雰囲気にはそぐわない光景に、相麻了(fa0352)は目線だけで申し訳なさそうに謝罪をする。それからゆっくりと口元に指を当てて、内緒のポーズを取る。
「今日は了じゃなくってエンジェルスのJORKERなんだって……」
女性の方もそれで落ち着いたのか、席に座って静かにではあっても熱烈な視線を送っていた。
「カフェ・ファーブラ、オープン三周年おめでとう御座います」
了に代わって、横でシャミー(fa0858)が光景を楽しそうに笑いながら眺めている。紹介している口調も、どこか笑みを含んだものである。音楽活動時に名乗っているJORKERの名を叫んでくれたら、それはそれで嬉しいんだろうなと思いながらも、曲名の紹介に入った。
「私達の歌、聴いてください、曲はBe my best frendです」
曲調は最初の方はロック調、後半に向かうにつれてポップ調へと流れていく。テンポの良い曲調に、店内の空気も明るいものへとなっていく。
最高の盛り上がりの中、曲は終わる。
細い拍手の中、了とシャミーがぺこりと一礼をする。
「カフェ・ファーブラ共々、エンジェルスの応援も宜しくね♪」
エンジェルスの宣伝。
了はそれ自体を聞いていないのか、少し驚いたようにしていたが、構わないと言った風に手を振る店長の姿を確認して、
「宜しくお願いしまーす!」
両手を振ってシャミーに続く。
二人が楽屋の奥に消えるのを見届けて、今度はまた別のグループがステージへと立つ。このままカフェでくつろぐという二人を置いて、店長は楽屋の方へと向かった。
今日のライブの成功への礼を言うために。
司会進行役の店員にしばらく後を任し、たまには路上ライブでもしてみるか等と、年甲斐もないことを考えながら。
足取りは軽く、まるで数年前を思い出しているかのようでもあった。