パラダイムシフト・幕アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 冬斗
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 難しい
報酬 3.9万円
参加人数 7人
サポート 0人
期間 10/25〜10/29

●本文

【パラダイム・シフト〜問題移行〜】

「つまり、早い話が休戦協定――と」
 警部・霧島が『上層部から受けた』命令は、つまり噛み砕けばそういうことだ。
「組織の幹部――『父親』(パテル)とかいうらしい――ソイツを捕まえる。
 『使い手』を作り出した男だとか。
 無論、尾瀬には命令はねえ。俺達にだけだ。
 だが必要なら『協力者』との連携も認めてくださるそうで」
 『協力者』。
 それはもちろん尾瀬の事であり、そして『父親』を疎んでいる何者かであり、さらには――、
「報酬には尾瀬さんの立場保証と――アネモネちゃんっすか」
 命令にはアネモネの事は含まれてはいない。
 提出書類には『組織に拉致されていた少女』とあるが、気付いていないはずもない。
 つまりは上層部の意向としては、
 『アネモネなどという少女は見なかった』
 と言っているのだ。
「――それと、『父親』自身な。
 組織の幹部で『使い手』達の生みの親だ。
 得られる情報も並じゃねえだろう」
「どういう事っすかね?
 だってこのタイミングでこんな情報、寄越してきたとしたら――」
 動かなかった上層部が今になって新情報を得られるとは考えにくい。
 だからこれは内部からの密告。
 だから休戦協定。
 暴走する身内を切り捨て、事態を終息させようと。
 だが、
「『父親』の身柄をこっちに渡すのはマズいでしょう?
 情報がまるごと貰えますよ?
 ‥‥罠なんじゃ‥‥?」
「わざわざこちらの知らない『父親』の情報まで明かす意味はないさ。
 考えられる事例としては、『協力』にかこつけ接触、もしくは同時襲撃で先に『父親』を消す。
 俺達は囮ってわけだ。
 もう一つあるとしたら――」

 派閥の変革。
 組織にはまれにあることだ。
 それまで組織を仕切っていた勢力を良しとしない身内が実権を握る。
 だがそれは単純な力だけでは行われない。
 身内殺しは組織の禁忌、それはむしろ裏社会にこそ適用される。
 引きずり下ろすにはきっかけが必要だ。
 たとえばとりかえしのつかない失態とか――。

「ええ、『父親』についてはそちらの好きにしていただいて構いません。
 それで組織の日本での活動は大幅に遅れる筈です。
 そちらにとっても願ったりでしょう?」
 自らのコネと連絡をとるJ・B。
 コネといっても利害が一致しているまでの関係だ。
 深入りをすれば痛手を負うのはこちらも向こうも同じ。
 事態が大事になりかねない今、警察をつつくよりはそれを利用する事を選んだ。
(「『父親』を切れ。方法は任せる。『無理に』口を封じる必要はない」)
 上司からの指令。
 遠回しに『情報が洩れる事』を推奨している。
 『父親』が捕まり、情報が渡れば、『父親』を管理している者の責任だ。
 幹部の失態は罪が重い。
 つまりはそういうことだ。
 主力のすげ替えが起きる。
 小娘一人の始末など、もはや問題ではない。

 悪党が生き延びる為には、優れた嗅覚と運が要る。
 そのどちらもJ・Bには恵まれていたようだ。
 就くべき相手を間違えなかった。
「『父親』の相手は骨が折れるでしょうね」
 J・Bは独りごちる。
 『使い手』達を飼っているのみならず、本人の能力も不明。
「まあ、少しは助けてやってもいい。
 しかし――」
 上司の命のままにソツなくこなし、
 それでも彼は自身の嗅覚を持って、
「出来れば――出来ればですが、尾瀬は始末しておきたい。
 アネモネは仕方ない。『父親』以上の情報はもっていませんしね。
 だが――」
 J・Bは予感していた。
 今は事なきを得ようが、いずれまた自分達の、
 ――いや、自分の前に立ち塞がるであろう男だということを。

「さて、このまますんなり終わらせてくれるかどうか――」
 楽観の出来ない刑事の気性か、長年で培った直観か、
 霧島が思いをはせるのは敵組織へか、無謀な部下へか――。


○舞台演劇
「パラダイム・シフト〜問題移行〜」

 最終回です。
 敵は絞られ、見出される光明。
 だが、朋哉を狙う牙もまた。
 二人の結末は――。

 尾瀬朋哉‥‥アメリカ帰りの刑事。腕は優秀で頭も切れるが、強すぎる正義感で上層部と衝突が多い(というか、上層部の意向を勝手に無視するだけだが)
 ある海外マフィア(舞台上では『組織』と表現)とはアメリカにいた頃からの因縁で、日本に来てからは日本の拠点から中枢を掴もうと追跡中。
 暗殺者の少女アネモネを救おうとしている。

 アネモネ‥‥組織の暗殺者(『使い手』と呼称)の一人。腕利き。
 半年前、組織主催のパーティで内通者に制裁を下す。その時に朋哉と偶然接触。
 一月ほど前、朋哉の抹殺を命じられるが、失敗(故意に見逃した)。
 組織から逃亡、警察の保護の間に次第に自身の気持ちに気付いてゆく。

 『父親』(パテル)‥‥本名不明。アネモネをはじめ、組織の『使い手』達の育ての親。能力不明(設定自由)

 備考/
 朋哉が今回組織と手打ちを選ぶかは葛藤があるかもしれませんが、組織への手がかりが閉ざされるわけではありませんので。(ただし、『父親』から得られるのは、これから変わる組織の『旧』体制の情報です)
 『父親』の能力は自由です。(『実は強かった』『怪しげな催眠術を使う』『やはり本人は強くないが、無敵の人形達』など)

●今回の参加者

 fa0531 緋河 来栖(15歳・♀・猫)
 fa2807 天城 静真(23歳・♂・一角獣)
 fa3678 片倉 神無(37歳・♂・鷹)
 fa3846 Rickey(20歳・♂・犬)
 fa4421 工口本屋(30歳・♂・パンダ)
 fa5486 天羽遥(20歳・♀・鷹)
 fa5778 双葉 敏明(27歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

●闇の中で
「貴女が『組織』に拾われたのはいつ?」
「‥‥‥」
「貴女が初めて『仕事』をしたのはいつ?」
「‥‥‥」
「貴女の他に『組織』には何人『使い手』がいるの?」
「‥‥‥」
 また同じ質問。
「貴女は『組織』が大切なの?」
 これも同じ質問。
「『組織』よりも大切なものはあるわよね?」
 これは‥‥
「『お父さん』とか――」
 同じ質問?
「トモヤとどっちが大事?」
 ト‥モ‥ヤ‥‥?
「『お父さん』に嫌われずにトモヤを手に入れる方法があるわ」
 このひと、なにをいって――、
 わたし、あのひとのなかまに、しつもんされてて――、
「それはね――」


●パラダイム・シフト〜問題移行〜
 CAST
 尾瀬朋哉‥‥双葉敏明(fa5778)
 アネモネ‥‥緋河来栖(fa0531)
 天城静真‥‥天城静真(fa2807)
 山野桜‥‥天羽遥(fa5486)
 霧島十梧‥‥片倉神無(fa3678)
 J・B‥‥Rickey(fa3846)
 『父親』(パテル)‥‥工口本屋(fa4421)


●終わりの始まり
「取引‥‥ですか?」
「お前さんは辞職、退職金くらいは出るさ。
 『組織』は国内から撤退。
 刑事一人が命を懸けたって得られない成果だろうな」
 『よくやった』とのうのうと霧島十梧。
「一人の刑事を失う代わりに日本は犯罪組織の魔の手を撥ね退けられる。いい取引ですよね。
 しかもその刑事は上層部の命令無視の常習犯ですから」
「恨んでくれて構わん」
 尾瀬朋哉にしては珍しい皮肉であったが、動じる霧島でもなかった。
 代わりに一言。
「あの嬢ちゃんの傍に居てやれ」
「―――っ‥‥!
 ‥‥狡いですよ‥‥霧島さん‥‥」
 それで会話は終わった。
 俯く朋哉を、
 同僚の女はただ辛そうに見ていた。

●灰色の男達
 人通りの多いオープンカフェにグレースーツの若い男が一人。
 日本人ではないが、都心においては目立つものでもない。
 しばらくして待ち合わせの相手が現れる。
「お呼びだてして申し訳ございません。Mr.キリシマ」
 アイロンのかかっていないシャツに古臭いトレンチコート、服装に関して趣味は合いそうにない。
 苦笑を覚えつつも、男――J・Bは交渉を始めた。
「そちらのやんちゃなお坊っちゃまの事で。上で取引がなされた事は、もうご存じですね?」
 咎める通行人などいる筈もなく、衆人環視の中、堂々『密約』を交わす。
「彼をこちらの家族にもう関わらせないとお約束して頂ければ、『父』の事をお教え致しましょう。私の知る事は僅かですが、何もないよりは良いでしょう」
 『父』とはもちろん『父親』。
「もう済ませたよ。坊主は多めの退職金を受け取って田舎で静養だ」
 面白くもなさそうに煙草をしまう霧島。
「手際がいい。恐れ入ります。
 しかし、こちらとしては日本で大人しくしていてくれるなら問題なかったのですが‥‥、
 ああ、もしかして貴方も坊やには手を焼いていたクチですか?」
「随分とお喋りなんだな、外国のヤクザは」
 否定はしない。
 どうあれ、自分のやっている事はそういう事だ。
 あの若い刑事は嫌いではなかったが。
「‥‥失礼、では、こちらの誓約書にサインを。この鍵と交換です」
 書面に法的効果はない。
 だが、裏取引の証拠というだけで約束を守る為の効果は果たしている。
「では。情報源を明かす様な愚かな事は、しないと信じておりますよ、ジャパニーズポリスマン」

●暗転
「霧島さん、これから尾瀬さんたちをどうするんです?」
 J・Bの情報を元に『父親』確保の対策会議。
 会議室には静真と霧島の二人だけ。
「昨夜言ったとおりさ。嬢ちゃんは自由の身。
 だが、住むあてもない未成年、誰かが引き取ってやらなきゃな。
 その後どうする? 嬢ちゃんのトラウマを突っつくのか?」
 組織と関わるのならそうならざるを得ない。
「ほんとにこれで良かったんですかね?」
 静真はどうしても朋哉の心情に寄らざるを得ない。
 返事はしない。反論してやらない事が霧島の優しさだった。

 桜は決心していた。
 タイミングは最悪。
 それでも、今言わなければ二度と口に出来ない。
「私‥‥尾瀬さんが好きみたいです‥‥」
 やっと気付いた自分の想い。
 手遅れかもしれないけれど‥‥諦めたくなかった。
「あの子じゃなく‥‥私じゃダメですか?」
「山野‥‥」
 告白に驚くのは朋哉だけではなかった。
 彼の背後、宿直室で寝ていた筈の少女が――。

(「『お父さん』に嫌われずにトモヤを手に入れる方法があるわ」)
 少女は戸惑う。
 『それ』であのひとがてにはいる?
 でも――。
 彼女とて『それ』の意味がわからない訳ではない。
 むしろ他の誰よりも熟知していた。
 だから、
(そんなこと――できない――)
 あのひとに相談しよう。
 あのひとはわたしの味方だって言ってくれた。
 縋るように少女が廊下を曲がり、

「あの子じゃなく‥‥私じゃダメですか?」

 その言葉を耳にして、
 アネモネにスイッチが入る。
 マリーゴールドのトラップが完成した。

 銃を構えるアネモネ。
 ――なんでわたしこんなのもってるんだろう。
 女に渡された『それ』。
 ――そうだ、あのひと
 訓練を受けた腕が照準を朋哉に合わせる。
 ――いっちゃだめ――!!
「アネモネ!!」
「尾瀬さん!!」

●最後の対峙
 都心を離れた広大な屋敷。
 現在いるのは三人だけ。
「『父親』(パテル)。未成年略取、人身売買、殺人教唆、麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で逮捕する」
 若い刑事の声がだだ広い空間に反響する。
 天城静真と霧島十梧。
 二人はたった一人の老人を捕らえるべく銃を向けていた。
「‥‥人数が揃ってからだと思っていたが‥‥思いの外早かったね。
 成る程、血気盛んな刑事達だ。
 それに優秀でもある。組織が手を焼くのも頷けるよ」
「‥‥そういうアンタは覚悟してるのか?
 一人で軍隊潰せるような『傑作』がいるらしいが。
 そいつは今俺らが引き金引くより早くアンタを守れるのかな?」
 油断はしない。
 他の『人形』全てを引き払った彼は最強の一体だけは残してあるらしい。
「J・Bか。
 目敏い男だ。ただ腕が立つだけではなく、組織で生きる力に長けている。
 尤も、芸術を知らんので私は好きにはなれんがね」
「アンタと茶飲み話に興じるつもりはない。
 緊急避難で撃たれたくなきゃ自分で手錠を嵌めるんだ」
 照準は外さず、手錠を老人に放る。
(役に立つじゃねえか)
 霧島一人ではどうしても隙が出来たろう。
 この若者に油断はない。
(これから相棒にしていくのには、ま、合格かな)

「‥‥そんなに怯えんでもマリーゴールドはここにはおらんよ」
 マリーゴールド。
 J・Bの資料にあった、『父親』最強の人形。
「アレは今、君らの寝床だ。
 最愛の娘に最後の仕込みをするためにな――」
「「―――!!」」
 二人は息を呑む。
 だがそれは不覚をとった驚きではなく、
「ほう? もう既に成果は出ていたか。
 ああ、そうか、君らは同胞の仇討ちに来たというわけか。
 それは結構! さあ、やるがいい。
 私は死を怖れぬ! 私の理想は愛しい『娘』が体現してくれるのだからな!」
 高らかに舞台の幕を望む老人。
 だが、
「尾瀬さんは無事だよ」
 静真は名のとおり、静かに真実を語る。


 それは一瞬の出来事。
 いち早くアネモネの銃口に気がついた桜が朋哉を抱く。
 気持ちは理解出来た。
 だってこの娘は自分と同じ人が好きなのだから。

「尾瀬さん!?」
 銃声を聞きつけ、静真と霧島が駆けつけたところには、倒れた桜の姿が。
「好き‥‥人‥‥撃った‥‥ダメ‥‥じゃな‥‥ぃ‥‥ね‥‥」
 恨む気持ちなど微塵もない。
 多分自分は世界で一番彼女を好きになれる。
「桜さん!?」
「山野ォォーーーッ!!!」


「‥‥彼女にはアネモネを責め続ける役として期待していたのだが‥‥。
 いや、悪い事をした。
 だが、どの道変わらんよ。
 殺す相手と恨まれる相手が変わっただけの事だ」
 感情を持った人形に癒えぬ十字架を背負わせる『父親』の計画。
 不確定要素などで狂う筈もない。
「‥‥彼女は死んでない‥‥
 弾は急所を外れたから‥‥!」
 激情を抑える静真。
「同じだと言っているだろう!
 誰を殺したかも死なせたか否かも関係ない!
 我が娘が愛する者にすら殺意を持った! それが重要なのだ!」
 それが何故わからないのかと男達の凡俗さに辟易する。
 今、アネモネは愛を以って殺意に変える美しき花へとその心を咲かせたというのに。
 誰が死んだとか死んでないとか、ものの価値のわからぬ輩はくだらぬ事象ばかりを――。

 霧島は冷徹に言葉を返した。

「同じだと言ってるんだよ。
 お前さんの野望は実らなかった」

●花言葉は――『嫉妬』
「尾瀬さん、泣かさないようにね!?」
 からかう桜。
 静真に車椅子を押され、容態は回復中。
 傍らの少女に目を移す。
「お兄ちゃんの腕、放しちゃダメよ?」
 子供をあやすように。
 少女は、
「うー」
 たどたどしい口調で応える。
「ほんとにこれがあの‥‥」
 静真が驚くのも無理はない。
 あどけなさの中、年相応の雰囲気を持っていた少女は、今、5、6歳程のそれとなっていた。


 桜を、いや朋哉を狙った弾丸を桜が受けて、アネモネの身体にも異変が起きた。
「――――!?」
「おいっ! どうした! しっかりしろ!」
 静真の声に返事も出来ない。
(息が‥‥苦しい‥‥私‥‥死ぬの‥‥‥?)
 呼吸が出来ず胸を掻き毟る。
 朦朧とした意識が思うのは、ただ罪悪の念だった。
(バチが‥‥あたったのね‥‥)
 自分のしている事などわかっていた。
 けれど、彼女は、『仕事』で初めて、
 自分のしたことを後悔した。

 朋哉は涙声だった。
「死ぬな! 死ぬなよ! アネモネ!
 まだお前の本当の名前も知らないし、お前のこともっと知りたい!
 年の差がありすぎてもいい!
 俺は‥‥お前のこと好きなんだぞ!」
 それで救われた。
 少女の罪は重く、それに応える事は出来ないけれど、
 それだけで、もう充分過ぎた。
「‥‥ト・モ・ヤ‥‥」

 『アネモネ』が闇に落ちる。
 目が覚めた時、
 そこに『アネモネ』はいなかった。


「ショック症状だと‥‥馬鹿な‥‥!!」
 在り得ない。
 『人形』達のメンタルケアは万全だ。
 たとえ相手がどのように大切な存在であっても『異常』など。
 アネモネの朋哉への想いは折り込み済みだ。
 なら、彼女の異変にもなんらかの意思が働かなければ――、
「!!
 まさか‥‥!!」
 予測すらしなかった『原因』に明晰な頭脳が思い至る。
「『マリゴールド』からの手紙だよ。
 どうやら、本当にここにはいないらしい」
 居ない事はわかっていた。
 罠かとも疑ったが。


『御父様。
 最後の御命令を果たしました。
 これで貴方の言うとおり、私は自由の身。
 主人に捨てられた哀れな人形は最後に自分の想いを叶えます。
 アネモネの記憶を消しました。
 これで貴方の人形は私だけ。
 ですが、貴方の思考は私を人形とは認めない。
 私は残りの人生を懸けて貴方の思考を止めにいきます。
 止まるまでの間、ずっと私のことだけを考えていてください。

                       マリーゴールド』


 手紙を読む老人。
 その手がかたかたと震え出すのに二人とも気付いていた。
「安心しな。
 お前さんの罪状はほとんどが海外だ。
 生憎、日本のそれだけじゃあ電気椅子に座らせるには及ばねえ。
 日本警察が大事にお前さんを保護してやるよ」
 霧島の言葉は確かに本心だ。
 一言目だけを除けば。
「お前等に何が出来る!!」
 老人は豹変し、狼狽する。
「警察の警護などあの娘にとっては紙も同然だ!
 当てになどなるものか!
 あの娘は宣言どおり私を殺しにやってくる!!」
 死を怖れぬ筈の老人は、今初めて、自身の創り上げた悪意の塊によって闇に怯えていた。
「頼む! 私を殺してくれ!
 あの娘が来る前に早く!!」
 自分の手を汚さない悪党は死すら自分では選べないのか。
 静真は老人に哀れみさえ覚えた。

●パラダイム・シフト〜問題移行〜
「‥‥これで警察とお別れかな? 霧島さん。
 俺はしばらくアネモネと一緒にすごしますよ。
 アネモネを幸せにしたいですし‥‥もう一度恋をして、今度こそ射止めたいと思いますしね‥‥」
 照れ臭く朋哉。
「でも組織のことはあきらめてませんよ。警官じゃなくなっても俺は俺、ですから」
「無茶は駄目ですよ?」
 桜に諭される。
「トモヤー、なにしてるのー、早く早くー」
「――では、みんな元気で」
 アネモネの声に引かれ朋哉は別れを告げた。

「さて‥‥尾瀬が抜けた分、お前に精々尾瀬の分も働いて貰うかね」
「尾瀬さんの分ですか‥‥キツいなあ‥‥」
 世辞ではない。軽口に似合わずこの若手は優秀だ。
「残った俺達がせめて尾瀬の分も頑張らんと‥‥だろ?」

 桜が渡米したのはその半年後。
「尾瀬さんもいなくなっちゃったし、
 霧島さんに目一杯扱かれて、もっといい男になりなさい☆
 じゃあね♪」
 静真に言い残し、朋哉達には内緒に日本を後にする。
 彼女自身のやり方で組織を追う為に。
「上手く行った様ですね」
「貴方は――!!」
 J・B。
 事後処理を終えた彼は奇しくも桜と同じ飛行機に。
「いつかまたお会いする事もあるかもしれませんね」
「その時は――日本の刑務所を紹介してあげますよ」
 彼女もキリシマ、アマギに劣らず強敵だ。
 だが、
(オゼ――貴方とは、また会える気がします)
 彼の勘はよく当たる。


 結局、アネモネの名は変えなかった。
 本名もわからなかったし、
 なにより、辛い思い出ばかりだったけれど、
 せめてその記憶だけは大切にしておきたかったから。

「これからは君の幸せを懸けての戦いだね、アネモネ――」