Happy Lucky Lilac.南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
不明
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
05/24〜05/28
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●本文
ふうわりと微ぐ五月の風に、淡く可憐な花房が馨る。
凍てた季節の風花にも似た切片は軽やかに高く澄んだ蒼穹に舞い、追いかけた眸は降り注ぐ陽射しに廻りくる季節を想う。
五月は、花の季節。
リラの花がほころぶ季節だ。
ピンク、白、薄紫――
鮮やかに、艶やかに。
店先の植え込みでたわわに揺れる円錐形の花房を熱心に覗き込む人影に気づいて、彼は小さな笑みを浮かべた。
そして、お湯を沸かし始める。
彼女は見つけられるだろうか?
幸運をもたらすという特別なライラックを――
Lucky Lilac.
本来なら4つの花弁で造られているライラックの中に、ごく稀に、5つの花びらを持つ花がある。
例えば、四つ葉のクローバーのように。
この5つ花弁のライラックもまた、幸運を招くのだという。――そして、この【Cafe・DULCINEA】にも、ひとつ。
いつの頃からかひっそりと伝えられているロマンチックな逸話があった。
探し出した《Lucky Lilac》を、お気に入りの飲み物に浮かべて飲み干せば、
秘めた想いが叶うとか‥‥
真偽は明らかではないけれど。
今日も【Cafe・DULCINEA】には、夢追い人がその可憐な標を求めてやってくる。
●リプレイ本文
ライラックは藤野羽月(fa0079)の好きな花のひとつだ。
花に対して特別に好き嫌いがあるワケではなかったし、街角の花売りが差し出す花束はどれも皆、綺麗だと思うのだけど。――このやわらかく甘い香りを零す小さな花は、少しだけ他とは違う。
そのささやかな胸の裡を他の誰かに――特に彼の傍らで優しいピンクの花房をそっと掌にのせて、ひとつひとつ小さな花弁を数えている恋人にも――打ち明けるつもりはなかった。
その想い人には手が届かないだろう高い枝に手を伸ばして《幸運の花》を探す羽月を、時折、そっとうかがいながら藤野リラ(fa0073)は、伝えられる逸話を思い浮かべる。
あるいは、都市伝説のようなものかもしれない。
呪いを必要としている人の為に。その時と場所に合わせて、より信憑性のあるものへと姿を変えていくものだ。
頭のどこかで気休めだと理解っていても。
‥‥でも、もしかして‥
ふと足を止める人がいるから、伝説は生き続ける。
リラの知っているライラックの伝説は、想いを込めて呑み込むと恋人が心変わりしないというものだった。
ちらり、と。
紫色の花房を数える恋人に視線を向けて、リラは思う。
その呪いはリラには必要のないものだ。――羽月の心変わりなんて、疑ってみたこともない。
だから、この新しく知った逸話の方が、リラの好みには合っていた。
●
落ち着いて考えてみれば、どこにでもある話しだ。
たった1度だけ持ち主のピンチを救う天使のピンブローチに、その人が本当に必要とするモノを与えてくれるというコインロッカーの鍵。
あっても、なくても。結果は、きっと同じだろう。
「どちらに転んでも、ようは考え様かもしれません」
見つけることができれば、とても幸運な気持ちになれる。
‥‥もし、見つけることが叶わなくても、今以上に努力すれば、手に入る可能性は高くなるから。
そう笑いながら話す高川くるみ(fa1584)の言葉に、木陰を覗き込んでいた雛姫(fa1744)もつられて顔をほころばせた。
「‥‥でも、探してしまうんですよね‥‥」
努力だけではどうにもならない時があるコトも知っているから。
くるみや雛姫が身をおいているのは、何よりもセンスやインスピレーションに強く左右される世界だ。
下地となるのは地道な努力であることは、もちろん間違いないのだけれど。
それでも、稀に。3日間、夜も寝ないで推考を重ねた旋律よりも、何気なく口ずさんだ鼻歌の方が、気が効いていたりするコトだってある。
後世まで人々の記憶に残る曲――
くるみが紡ぎあげたいと心に願う旋律も、
あるいは、気紛れな神様との遭遇によって生まれるものなのかもしれないのだから。
「そういえば、リラは妖精の女王なのだとか」
たわわに咲き零れる花を前にどこか嬉しげなくるみに、雛姫はカフェのマスターから聞いたばかりの知識を披露する。
邪な妖精が紡いだ眠り姫の呪いを、ハッピーエンドに書き換えた7番目の妖精はライラックの妖精なのだ。――物語を伝えた人も、ライラックは人を幸せにする魔力を持っているのだと信じていたのかもしれない。
店の一角に貼られた沢山のポラロイド写真の中でそれぞれの表情を作る、綺羅星たちも――尊敬するあの人の写真を見つけた劉葵(fa2766)のはしゃぎ様は、ただ憧れて夢に見た幼い日に戻ったようで――雛姫と同じように、この木の下に立ったのだろう。
爽やかな香りに満たされる昂揚が旋律となって溢れ出し、気が付けば小さく口ずさんでいた。
見つけた花を、エメラルドグリーンのソーダ水に浮かべるつもりだったのだけど。
弾ける炭酸の泡に包まれる小さな花をイメージして生まれる曲は、きっとわくわく心躍る曲になるに違いない。
見つからなければ、寂しい別れ――
どこか寂しげなソーダ水よりも、花に包まれ、幸せを探すその気持ちが優しい曲を紡ぎ出す。
●
濃淡だけで色を塗りわける蕪木メル(fa3547)絵は、それでも豊かな表情があった。
ベルガモットを効かせたアールグレイを傍らに置き、膝の上に広げたスケッチブックの中で――ある者は、運試しの軽い笑顔。ある者は、運命をゆだねるかのような面持ちで――ライラックの木の下に佇んでいる。
そして、藍川・紗弓(fa2767)に腕を引かれてやってきた劉の顔には、まだ壁に貼られた憧れの人への未練があった。
「流れ星なんかは、ジッと見ていれば簡単に見つかるんだけど‥‥」
さあ、どうやって探そうか。
木立から少し離れたところで足を止め挑むように眸を細める紗弓の隣で、葵も少し上体を揺らすようにして円錐形の花を眺める。
「こういうのって、探そうと思って探すと見つからねぇんだよな」
何気なく目をやった先に――
あるコトもある。かもしれないが、とりあえずメルの視界には見当たらなかった。
単独で咲く花と違って、ライラックは無数の花がかたまって咲きひとつの花房を形成している。――例えば、紫陽花と言われて小さな花(正確には、ガク)のかたまりを思い浮かべてしまうように。
メルのスケッチブックに写し取られたライラックも、花のひとつひとつではなく中心にくる人物とそこに登場する小道具的な要素が強い。
真面目に探しなさいと紗弓に睨まれ首をすくめたものの、やっぱり彼女に比べて集中力に欠けるのは思い入れのなさ故だろうか。
「‥‥仏語でリラ‥って、いうとどうも誰かを思い出すんだが‥」
なんて、余所事を考えていると、
木の陰からひょっこりその本人が顔を出し、思わずお互いに目を丸くすることになったり――
恋について祈るのか。
あと少し、届きそうで届かない、夢の成就を祈るのか。
無業息災、家内安全。もしかしたら、交通安全だって叶えてくれるかもしれない。
時折、顔をあげて相手の姿を確認し、
あるいは、言葉を交わしてこれまでの成果を問う。――行為に没頭しているようでいてお互いの存在は忘れない。
想い合う者たちには、幸運探しもきっとコミュニケーションのひとつなのだ。
花に願掛けなんて、自分の柄ではないと感じているから。できれば、葵には内緒で想いを込めたい紗弓と彼女の為にライラックを探す葵も、心に想うのは自分以外の誰かの為に。
自分のコトなら、努力すれば叶えられる。
彼等の目の前に広がる未来は、常に無限であった。
今度は、妻を連れてこよう。
ふたりで探せばきっと見つかるような気がする。
紙の上を滑る鉛筆の、小気味良い音をBGMにメルはそう心に決めた。
●
ワインに浮かんだ《Lucky・Lilac》は、少し大人びて見えた。
握り締めた佳奈歌・ソーヴィニオン(fa2378)の掌の中で、小さな花はそれでも形を残していた。
BLTサンドとワインのミニボトルをお供に向かった先は、郊外の植物園。
ヨーロッパの山地が原産のライラックは、元々はアメリカにはなかったもの。――その上品な姿と香りを愛されて、今では北米でも当たり前に見られる庭木だ。
佳奈歌が向かった植物園でも、広い敷地に数え切れないほどのライラックが咲いていた。
5月の第3週には《ライラック・サンデー》なんてイベントも開かれるほど。
ここなら、きっと。
「よく見つけましたねぇ」
労うような微笑に、佳奈歌も笑顔で「はい」と頷く。
朝から飲みっぱなしだとちらりと想わないでもなかったけれど。願掛けだからとちくりと痛んだ良心を納得させて、ワインを頼む。
大切なあの人に、自分の存在を知ってほしい。
恋人でも友達でもなくて。
血を分けたたったひとりの妹に、姉妹だと名乗のるコトのできる日がきますように。
とろりと甘いワイン色に染まった花を飲み込んで、強く想う。
佳奈歌の様子を見守っていた客の中から、ぱちぱちと拍手が起こった。――幸運な彼女の願い事が叶いますように。
羽月が奏でるヴァイオリンの音色に合わせて、リラと雛姫がその美声を披露する。
幸運の花を見つけることは、叶わなかったかれど。
リラが祈るのは、羽月と同じ幸せ。――同じ気持ちをひとつの歌に乗せて紡いでいくこと。
紗弓は、葵にとって必要不可欠な存在で。葵の周囲にいる人々の笑顔は色のないメルの絵に生彩を与え、窓際の席に陣取ったくるみも心地よい刺激に五線譜を埋めていく。
I’m home
I’ve come back here
It is so far
The day when started off majestically
I’m home
I’ve come back to you
Do not amaze
Still,I can’t despair
I leave here
Hold a flower of happiness in my hand―(作詞:リラ/作曲:羽月/アレンジ:aeien)―
ただいま、と。
笑顔で扉の向こうに立った彼らを出迎えてくれるのは――
存在しない姫君の名前を冠した小さなカフェと、旅立つ彼らを見送った幾つもの写真たち。