Englishman in NewYork南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/25〜07/29
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●本文
Depart:Heathrow(London)−British Airways(BA0189)−
――This plane is in preparation for landing now.It lands at destination Newark Airport in about 10 minutes more.Back to a seat and must wear a seat belt.
Thank you for using British Airways for your flight.We wait for your use again.Have a good Travel.
乗務員の機内放送が終わると、機体は大きく旋回しながら徐々に高度を下げていく
視界を塞いでいた雲海が途切れ、細長く大陸に切れ込んだ運河を抱くように横たわる巨大な都市が姿を現す。
数時間前まではニュースや本でしか見たことのないアメリカが彼の目の前に広がっていた。
■□
Arrive:Newark(New York)
約束の時間まで、あと××時間――
そわそわ、どきどき、朝から妙に落ち着けない。
大丈夫、大丈夫。
準備は万端。抜かりなど何処にもない‥はず‥‥多分、きっと‥‥
「どうしよう」と「大丈夫」を飽きるほど繰り返し、時計の針とにらめっこ。
‥‥だって、ねぇ‥?
今日はあの人がニューヨークへやってくる。
●リプレイ本文
「ありがとうございました。良い旅を」
「またのご利用をお待ちしております」
次々と昇降口に向かう乗客に最後の笑顔と言葉で送り出していたフライト・アテンダントのカレン・クリストファー[真紅(fa2153)]は、ひとりの旅行客に気づいて微笑んだ。
ニューヨークとロンドンとを結ぶエア・ライン。
三時間足らずの空の旅を快適に。――夏のバカンス、そして、新学期を控えたこの時期は、忙しいビジネスマンだけでなく親子連れやバックパッカーの姿も目立つ。
カレンがサービスを受け持っていたエリアに席を取っていたその青年も、そうした軽装の旅行者のひとりだった。
コーヒーを渡したり、新聞を頼まれたり。
目的地が近づくにつれ少しずつ落ち着きがなくなって、表情に余裕がなくなるその人を、初めは気分が悪くなったのかと思った。
「お顔の色が良くないようですけど、ご気分でも?」
だから、そう言葉を掛けたのだ。
●『Subject:×××』
ハンドルネーム《ジャンガリアン》ことレンズ[リーベ・レンジ(fa2825)]が生計を立てるインターネットの世界には、距離も国境の壁もない。
地球の裏側に住んでいる誰かとだってクリックひとつで繋がって、お友達になれるのだ。
時差も日付も飛び越えて、リアルタイムで会話だって交わせるけれど。――オフラインで知り合いになれるのは極々稀である。
イギリス人の《エクスカリバー》が「ニューヨークにやってくる!」というとびきりホットな情報を掴んだのは、実に1週間前のコトだ。
趣味を同じくする者たちの集う掲示板で存在を知り合って、それほど頻繁にではないが、月に数回、やりとりするスレッドに綴られる文面が‥‥そこに反映される彼の人柄が、とても気に入っている。
「気に入っている」というのは、少し傲慢な表現かもしれないけれど。
同じ趣味を持った仲間という枠を超えてレンズの心に共鳴を起こすのが、彼――《エクスカリバー》なのだった。
その、心の友がアメリカへやってくる!
乱高下を繰り返すリスキーな銘柄株の取引よりも、ずっとずっとクールでエキサイティングな今週1番のトップニュースだ。
ただひとつの不安要素は‥‥、
彼の訪米の目的がいまひとつはっきりしないコト。
それとなくネットの仲間に尋ねてみても、曖昧な推測が帰ってくるだけ。――自分探しの放浪の旅だとか。アメリカのOFF仲間に会いにくるとか(会いたい仲間に、自分が入っていないのは問題である!)。
こうなったら、自ら空港へ乗り込んでサプライズなプチOFF会を噛ますしかない。
決意を胸に、自宅のあるシリコン・バレーから一路ニューヨークの空港へ。――高速を走らせる男がひとり。
●彼女の思い出
『やあ。ひさしぶり、元気かい?』
受話器を通して響くのは、懐かしい友の声。
アーネスト[小野田有馬(fa1242)]は顎と肩とで挟んだ受話器を改めて持ち直す。
「そっちこそ。――どういう風の吹き回しなんだ?」
ロバート[水沢鷹弘(fa3831)]とこうして話をするのは、実に20年ぶりだ。
仲違いをしたワケではないけれど。顔を会わせると、昔を思い出してしまうから。――翼を広げ大西洋を越えて飛び去った彼女のことを。
引き留めなかったのは、彼女には何者にも縛られず自由に生きて欲しいと願っていたから。そう、誰よりも。
引き留めず、むしろ、応援さえした。
そのせいで、彼らと同じくらい‥‥否、それ以上に彼女を愛していたその家族を傷つけ、随分、責められたのだった。
後悔はしていない。
‥‥後悔はないけれど、その心の痛みは理解できたから、何となく疎遠になって‥‥気がつけば、これだけの歳月が経っていた。
『聞いたかい?』
「ああ。知っている」
ちらり、と。
机の上のデジタル時計を一瞥し、アーネストは静かに応える。こうやって言葉を交わしていると、あの頃と少しも変わっていないような気持ちになるのに‥‥。
彼女はもうこの世界のどこにもいない。
『‥‥なあ‥』
同じ感傷に浸っているのだろう。
電話口から聞こえるロバートの声には、ごく僅かな翳りがあった。
『‥‥彼女は幸せだったのだろうか?』
幸せであってほしい。
それを願ったからこそ、その背中を押したのだから。
ほのかな微笑を浮かべ、アーネストは机の上におかれたフォトフレームに視線を向ける。彼女を見送り、そして、手に入れた大切なもの。
「ああ。きっとね」
●認めたくない
認めたら「負け」だって思う。
大人になって、「好きな人と一緒に生きたい」って、気持ちは少し理解できるようになったけれども。――だからといって、置いて行かれた寂しさや喪失感が消えたワケじゃない。
姉が家を飛び出したあの日。
玄関の大きな扉を開けて行ってしまった彼女の帰りを待ち続けたあの日の痛みは、今でもフェリシア[フェリシア・蕗紗(fa0413)]の胸に深い傷となって残っている。
私がこんなに苦しんだのに。
私を置いて行ってしまった彼女が幸せになった、なんて‥‥そんなの、絶対に認めない。
漂う不穏に、ステラ[ステラ・ディスティニー(fa2443)]とエミール[甲斐・大地(fa3635)]はこっそりと顔を見合わせる。
留学先で出会ったイギリス人の友達。その友人がアメリカへやってくる。久しぶりの再会に胸躍らせて、空港に駆けつけたふたりは知らなかったのだ。
彼の母親‥‥フェリシアとマシュー[マサイアス・アドゥーベ(fa3957)]の姉妹に当たるその女性が、家族を捨ててイギリスへ渡ったということを。
ふたりが出会ったその人が、あの陽だまりのように明るい笑顔の裏側にそんな秘密を隠していたなんて。
「‥‥トマスさんはいい人なんですよ?」
「勉強もスポーツも得意だし。話だって面白い――」
なんとか場を取り繕おうと言葉を探すふたりから、フェリシアはぷいと視線を逸らせる。我ながら大人げないとは思ったけれど。
「フェリシア!!」
咎めるようなマシューの声にも聞こえぬフリで。
マシューだって複雑なのだ。
明るくて美人の妹は、彼にとっても自慢の家族だったから。年が近かった事もあって、良い関係を築けていると信じていた。だからこそ、妹が何も言わずにイギリス行きを決意したコトは衝撃だった。
妹の息子だという青年が最初にコンタクトを取って来た時、応えるべきかどうか3日ほど逡巡したくらいには葛藤を抱いている。
妹の死を告げられて。
老いた両親の失意に追い討ちを掛けるのかと腹立ちも覚えた。――それについて恨み言を言われれば、傷心の片棒を担いでしまったアーネストとロバートは、もう苦笑するしかない。
刻一刻と降り積もる緊張をいっそう強く、巻き起こる騒動の幕開けを報せるかの如く、アナウンスは飛行機の到着を告げた。
●絆の名残
入国ゲートを潜る人々の中に、懐かしい顔を見つけてステラとエミールはぱっと顔を輝かせた。
「トマスっ!!」
こっちだよ、と。呼びかけられて視線をめぐらせた青年は、出迎えの人垣の中に友人を見つけて笑顔を浮かべた。
初めて顔を合わせたはずのその人の中に見え隠れする懐かしい人の面影に、亡き人を想って集うた者たちは言葉を失くす。
「‥‥これは、これは‥‥」
「いや、驚いた」
アーネストの呟きに、マシューとロバートも同意の感嘆を落とした。
「君はお母さんにそっくりだ」
口々に告げられる評価に、フェリシアは苛立たしげに唇を噛む。
「ちっとも似てないわよっ!」
本当は驚いた。
でも。その大好きな人の面影の中に、大嫌いなアイツ――フェリシアからたったひとりの姉を奪っていった憎らしい男の顔が重なる。
大好きな人の顔をして、大嫌いな男と同じ訛りで喋る‥‥
それが、とてつもなく憎らしい。
嫌味の一言でも投げつけてやろうと口を開きかけたフェリシアの隣で、いつの間にか立っていた男がなにやら達観した様子で頷いた。
「いやー、エクスカリバー君はサイトでの仲間が多かったからね」
「‥‥は‥?」
『Welcome to New York』と書かれたボードを持ったレンズは、人に囲まれ思うように言葉を交わせない彼に妬いているらしい女性を慰めるように笑顔を作る。
「まあ、アメリカの反対側にいた自分に声をかけなかったのは当然である。ところで自分のハンドルは『シャンガリアン』だが、チミ達は――」
「‥‥‥‥」
少し頭が冷えた気がした。
ひとりで苛立っていても不毛だし、疲れるだけだ。――まだ時間はあるのだから、落ち着いて話せば見えてくるモノもあるかもしれない。
「‥‥マイナススタートだけどね‥」
驚く人々の視線に臆せず輪の中に入っていくレンズの背中を見つめて、フェリシアは口の中で呟いた。
■□
給油と点検を済ませた飛行機が、ウィングゲートに横付けされるとタラップが架けられ定刻どおりに搭乗が始まる。
「こんにちは」
「本日は、ご利用ありがとうございます」
ファーストクラス、ビジネスクラス――
座席番号の刻印された半券を手に次々と搭乗してくるフライトゲストを笑顔で迎え、所定の席へと誘導していたカレンは、見覚えのある客の姿にその艶やかな笑顔をいっそう深いものにした。
「こんにちは。また、お会いしましたね」
バックパックに入りきらないお土産――《Duty Free》と印刷されたショッピングバックを両手に下げた青年は、カレンに気づいて、少しはにかんだ風に会釈を返す。
ロンドンからニューヨークへと向かう飛行機の中で、彼の胃を痛めていた肩の荷への憂いの色はこの数日間ですっかり消えていた。
その晴れやかな表情に、カレンもまた最上級の笑顔で言葉を紡ぐ。
「お帰りなさい」
―――ニューヨークはいかがでしたか?