Memorial Library南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/24〜08/28
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●本文
ボストン郊外に位置するハーバード大学には全部で99の図書館があり、書籍や原稿、地図、写真を合わせた収蔵数は約1500万点。
この世界最大の大学図書館システムの中心に位置しているのが『ワイドナー記念図書館』――ギリシア神殿風の石柱で飾られた重厚な大理石造りの図書館は、個別の図書館としても全米第3位の規模を持つ巨大な図書館である。
「この図書館を舞台に、物語をひとつ作ってみないか?」
プロデューサーの言葉に、集められた製作スタッフは顔を見合わせた。
壁のホワイトボードにはそのギリシア神殿を思わせる美しい外装の他、ゆったりと広く宮殿のような高い天井を持つ内装を写したポラロイドがマグネットで貼り付けられている。
「この図書館には、とても悲しい‥‥悲しくて美しいお話があるんだよ」
世界が19世紀から20世紀へと移り行く激動の時代。
その1907年に、ハリー・エルキンス・ワイドナーは大学を卒業した。
フィラデルフィアの大富豪の息子であった物静かな青年の趣味は、稀覯本を集めること。――ブローカーを通じるだけでなく、自身も度々、ヨーロッパへと足を運び貴重な本を探す事に情熱を傾けていたという。
そうやって集められた稀覯本は、約3000冊。
1912年にも彼はイギリスへと渡り、母親であるエレノアに一通の手紙を書いた。
『貴重な本を購入する事ができた。今から帰る』
だが――
運命は彼に故郷の土を踏む事も、息子を待つ母親と再会することも許さなかった。
1912年、世界を震撼させた大事件。
豪華客船タイタニック号の沈没事故が、若いワイドナーから永遠に未来を取り上げたのだ。
最愛の息子を失った母親は、その死を悲しみ‥‥若くして志を断たれた息子を永遠にする為に、ある贈り物を思いつく。
「‥‥彼女、エレノアは愛する息子の思い出を残すために、ハリーの大好きだった本のある場所‥‥そう、この図書館を大学に寄付したんだ」
エレノアが図書館を寄付するのと引き換えに出した条件は、入学試験に必ず『水泳』試験を実施すること。
「息子は泳げなかったから、死んでしまったのかもしれないと考えたのかもしれないね。――この水泳の試験は、実際にごく最近まで実施されていたらしいよ」
愛する息子を亡くした母親の悲しみと、
巨大な図書館を寄贈できる大富豪の身勝手と――
「なかなか面白いモチーフだと思うんだけど、どうかな?」
夏が終われば、新学期が始まる。
新入生も、在校生も気持ちを新たしてスタートを切る始まりの季節だ。――少しだけ学校への思いが強くなる季節だからこそ。限られた時間の中で精一杯、思い出を作ること、そして、思い出を残すことを呼びかけてみるのもいいかもしれない。
●リプレイ本文
ああハリー君!
何故、あなたは「際どい衣装の女の子」が好きだと母親に言わなかったんですか!!
北沢晶(fa0065)の嘆息は、一部で熱狂的な支持者を得られそうな気もするけれど。年頃の息子の身を気遣う母親が目の仇にする類のものであるような――
女の子が大好きだ、と。日々、公言して憚らない北沢にとって、初顔合わせ当日に、大きく胸元の開いたタイトなブラウスとマイクロミニの悩殺スタイル(私服)で登場した各務・皐月(fa3451)は、まさに燦然と輝く太陽にも思われた。
その、直接見ると目に悪い・・・・じゃなくて、理性の限界に挑戦するかのような各務の居出立ちはもちろん、サービス。しっかり食いついた正直者には、もっとスペシャルでミラクルなお楽しみもあったとか、なんとか。――CMカットで視聴者の皆様には、残念ながらお見せできません。
●ワイドナー図書館
「大学生ねぇ。頭もお金も足りなかったからなー」
なんて、少し遠い目をした真紅(fa2153)には、当然ながら未踏の地。真紅だけでなく、大学IDを持たない一般人には入る機会のない大学図書館での撮影とあって、スタッフ一同、興味津々。
ギリシア神殿を想わせる外観と、王宮と見紛うばかりの内装にまず圧倒される。
もちろん、立派なのは見た目ばかりではない。このワイドナー記念図書館は、大学図書館としては世界一、個別の図書館としても全米第3位の規模を持っていた。
本来は写真撮影も厳禁とされているそのアカデミカルな空気が漂う正面階段を上った2階には、彼らの紡ぐ物語の核となる人物――ハリー・エルキンス・ワイドナーの肖像画と大きな机、書架の並んだ天井の高い書斎がそのまま残されている。
彼の集めた3000冊もの稀覯本、そして、母親に帰国を告げる最後の手紙もここに展示されていた。
「今回はいろいろ特別な許可をいただいたのですが‥‥」
司書役に配された真紅とステラ・ディスティニー(fa2443)が役作りの参考にしようと密やかに熱い視線を注ぐきりりとした顔立ちに眼鏡をかけた知的な雰囲気の司書に促され、一歩前に進み出たADが撮影の手順と注意を話し始める。
●Memorial Library −プロローグ−
1912年、4月――
セピア色の画面に差し込まれたテロップの後ろに、大西洋を航海する1隻の巨大な客船が映し出される。
船の名前は、タイタニック号。
世界最高、最大の称号を冠された豪華客船だ。海の上に帳を広げた夜の闇に、船室からこぼれる光がまばゆく輝き、楽団の奏でる軽快な旋律が静寂の支配する波の上にも広がっていく。一等船客たちを退屈させぬように連日のように催される夜会。――映画でもよく知られた一場面だ。
オーレリア(fa2269)が扮する少女の視線は、その華やかな宴を楽しむ上流階級の人々の中から、ひとりの青年[劉葵(fa2766)の二役]をクローズアップする。
少女の目を通す形でこの物静かな微笑を浮かべるアメリカ人の青年が、稀覯本のコレクターであり、イギリスまで貴重な買い付けに出向いた帰路であることなどがさりげなく視聴者へと知らされるに従って。――この船が遭遇する未曾有の事故を知る視聴者たちは、彼の運命を重ね合わせて、漠然とした不安を抱く。
192X年、フィラデルフィア――
セピア色の画面には、上流階級の邸宅らしい調度に囲まれた書斎とひとりの貴婦人。彼女の前に座ったふたりの紳士。婦人は喪中であることを示す、黒いベールを身につけている。
「よろしいですわね」
場を仕切っているのが彼女であるコトを報せる威厳に満ちた静かな声で切り出したエレノア・ワイドナー[藍川・紗弓(fa2767)]は、署名を済ませた書面を手にもう1度、念を押した。
「この3つの条件は、必ず守ってくださいまし」
大きく写しだされた羊皮紙には、流麗な書体で契約にあたっての3つの条件が書き込まれており、被せるようにテロップが差し込まれる。
一、完成後は絶対に改築や建て直しをしない
一、息子の書斎を図書館内に永久に保存する
一、入学試験の1部として水泳の試験を行う
契約書を受け取った客と弁護士が引き上げた室内にはエレノアだけが取り残され、悲しげな眸を傍らのポートレートへと向ける。モノクロの写真には彼女に向かって笑いかけるふたりの男性。――記憶力の良い視聴者なら、ふたりがあのタイタニック号に乗っていた船客だと判る。
「‥‥もし、泳げたなら死んだりしなかったでしょうに‥」
悲惨な事故で夫と、最愛の息子を亡くした心の痛み。少しでもそれが表現できればと、藍川は短いシーンに想いを込めた。
息子の死を悲しむ母親は、息子の記憶とその愛する場所を永遠にするために、ある方法を思いつく。
彼女の心残りは、もうひとつ。
若くして人生を断たれた息子の最後の手紙に記された最後のコレクション。――持ち主と共に水温2度の流氷の海に沈んでしまった稀覯本。
●Memorial Library −前半−
2006年、夏――
先刻までのクラシックな雰囲気を払拭し、世界は鮮やかな色彩を取り戻す。
緑の芝生で談笑する今時の学生たちに混じって、劉が演じる物語の主人公グレイもそこにいた。
アイスクリームを片手に、図書館から借り出した本を広げる。どこにでもありそうな昼下がりの光景。傍らには、友人のジャック[北沢]とその恋人のルーシー[各務]がバカップルっぽくいちゃついている。
真面目なグレイに退屈したジャックが絡み始めたのが事件の始まり――
溶けたアイスクリームがうっかりグレイの手から飛び出して、あろうことか本に大きな染みをつけてしまったのだ。
思わず、凍りつく空気。
グレイの身に降り掛かった災難がコメディ仕立ての演出で、視聴者は身に覚えのある失敗に苦笑しつつ、CMを挟んで切り替わった場面に少しだけドキドキする。
図書館――
あのギリシア神殿風の建物が大きく移され、円柱の上に刻まれた『Harry Elkins Widener Memorial Library』の銘文も、グレイの前途を思う視聴者たちの何人かはこっそり背筋を正した。
カウンターには数人の司書の姿も見える。
「他の利用者もいることだし、もう少し静かにして貰えるといいんだけど。皆さんも見かけたら注意を呼びかけて下さいね」
なんて。ひっつめ髪に銀縁の眼鏡、少しきつめの顔立ちに見せるメイクで、誰もが思い描く厳格なできる女性を具現した真紅と、やはり眼鏡をかけて知的なイメージを作りつつちょっと冴えない新米司書のステラ――彼女がもうひとりの主役なのだ。
アカデミックで厳格な雰囲気を漂わせる図書館内には、共に物語に関わっていくヘザー[オーレリア(二役)]とディアナ[ジュディス・アドゥーベ(fa4339)]、ケイト[藍川(二役)]の他に、本物の学生も混じっている。
タイタニック号の生存者となった大叔母(冒頭の少女)より、当時の思い出を何度も聞かされたヘザーには、この図書館は特別な想いのある場所だ。そして、汚してしまった本の謝罪に訪れたグレイ、原因を作ったジャックとルーシー。
独特の静粛の漂う場所に、登場人物たちは運命というシナリオに導かれて集まってくる。
●Memorial Library −後半−
後半は、図書館に漂うエレノアの想いに、図らずも感応したグレイとステラが核となって物語はすすむ。――ふたりがエレノアの遠い血縁者だという原案は、放送時間の都合で掘り下げられなかった。
不思議なインスピレーションに導かれてステラが見つけたエレノアの走り書きが遺失したはずの最後のコレクションの在り処を匂わせて‥‥
ハリーが残した遺品が、図書館のどこかにあるかもしれない!
好奇心旺盛な学生たちが膨らませた幻想が、いつしか巨大な図書館を舞台に宝探しへと姿を変える。
「これだけの富豪が遺したものじゃ。時価数億はくだるまい。分け前は幾らになるかのぅ」
皮算用を弾く者や、大学構内でアイスクリームが安価で食べられるようになったのも息子を想うエレノアの愛情が成せた所業だと知り、苦笑する者。
「建物の増改築が禁止の件もね。蔵書は無限に増えていくものだから、守れないのよね。その対策として、この図書館は地下通路で学内の他の図書館と繋がっているの。――だから、うっかり迷子になるととんでもないコトになるわよ」
泣きべそをかいて書架の迷路から戻ってきたのんびり屋さんのディアナが、真紅のひとことに青ざめ、以来、真紅の後を付いて回って、その仕事を増やしたり。
図書館にまつわるエピソード。そして、グレイとステラの間に生まれたほのかな恋心もちりばめて、図書館を舞台にひとつの季節が紡がれた。
海に沈んだ本が、戻るはずのないコトに誰かがふと気付いた時、物語は静かにエンディングへと流れ始める。
「‥‥学術的な価値は低いですけど。ハリーの遺品はすべて永久に保存するのがエレノアさんとのお約束です」
宝探しの過程で新しく見つかった手紙や手帳などを前にして、ステラは小さく少し寂しげに微笑んだ。
「さあ。明日から、新学期が始まります。みなさんも、課題とレポートに追われますよ」
その資料を揃えるのが大学図書館に勤務する司書の務めだ。
そうですね、と。頷きはしたものの、心に芽生えたステラへの想いに戸惑い。そして、前に進むコトを躊躇するグレイ。
ふと訪れた郷愁にも似た切なさを余韻に乗せて、エンディングロールが流れ始める。