squirrel fishing南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
なし
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
09/15〜09/19
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●本文
ハーバード大学のメインキャンパス−通称『Harvard Yard』−には、とても立派なオークナットツリーの木立があって、野生のリスが住んでいる。
とても美しい銀色の尻尾をした愛くるしい生き物が芝生で戯れる姿は、それはもう可愛らしいの一言で。思わず立ち止まって見とれてしまうほどだ。
――が、
意外なことに、普段、この大学で生活している教授や研究員、学生たちは、彼らに殆ど関心を示さない。
心の綺麗な人にしか見えない、特別なリス――で、あるワケはなく。見えてはいるが興味を惹かれるほど魅力的な存在ではないらしい。
彼らにとって、キャンパスのリスは犬か猫。あるいは、公園のハトなのだ。
さて。
表向きはそんな公園のハト扱いのリスではあるが、
極々一部の学生たちの間に、ひっそりと伝わる伝統の遊び。――それが、この『squirrel fishing』。
ピーナツを結んだ紐で、リスを釣る。
ただ、それだけの暇つぶしのような遊びだが、侮るなかれ、コレをテーマに動物の行動学についての論文を書いた強者までいたりして。
■□
「‥‥トライしてみたいって気持ちは理解らなくもないけどさぁ?」
メンバー募集やライブのお知らせを告知する掲示板に、どこか場違いな張り紙を貼り付けたキンバリー(通称・キム)に、友人は冷たい視線を向けた。
先日、大学構内での撮影ですっかり可愛らしいリスに心を奪われてしまったらしい彼女は、いったいどこで聞いてきたのか『squirrel fishing』にチャンレンジして見たくて仕方がないらしい。
「ひとりでやるとリスを釣り上げた証拠写真が撮れないのよ。――やっぱり、ちょっと恥ずかしいし・・」
そんなこんなで、【Cafe・DULCINEA】では、
現在、『squirrel fishing−リス釣り−』に参加してくれる暇人さんを募集中です。
■□
(場 所)
・ノースヤード(大学校内の北側の庭)
(用意するもの)
・手ごろな長さの紐(くつ紐、荷造り紐、毛糸、ハリスetc)
・ピーナ
※費用は、$2程度で安上がり
●リプレイ本文
リス釣り(squirrel fishing)――
これほど甘美で好奇心に満ちた響きを持つ言葉はちょっとない。
スタートしたばかりの新学期が持ち込んだどこか浮かれた空気の漂う大学構内。
一面の芝生と、その殆どに「全米最古の」という形容詞が冠される赤レンガ造りの建物に囲まれたオールド・ヤード‥‥アメリカ、そして、世界の未来を担うエリート学生のフリをしながら待ち合わせ。
「リス釣りですか。実に可愛い遊びですねー」
先ずは彼女の興味に話を合わせる−女の子に声を掛ける時のお約束、その1−。
正しい(?)ナンパの手順を忠実に守って本日の主催者キンバリーに声を掛けた北沢晶(fa0065)のターゲットはリスではなくて、彼女なのかも。――餌はピーナツではなく、お茶とケーキで。
「ここのリスはよっぽど人懐っこいんでしょうかね」
野生とはいっても、町中のリス。――ハーバード大学のあるマサチューセッツ州の州都は、全米第8位にランクされる大都市だ。
人懐こいというよりは、人間など見慣れているといったところか。
「・・リスか、リスはいい‥‥俺もこういう生き物見てたら、時間がいくらあっても足りんですね」
「リスってどんな格好で釣れるんだろうな。ピーナツを両手でしがみ付きつつ口にくわえる? それとも、頬が膨らむくらい口いっぱいにほお張る? どっちにしても可愛いだろーなー」
色づき初めた落葉樹の下を走り回る愛らしい生き物の姿に恍惚と眸を細めた白海龍(fa4120)と、ウォンサマー淳平(fa2832)も期待に大きな眸を輝かせる。
「‥‥いえ、暇だからって言う理由もありましたけどね」
それでも揃えた道具の入ったビニールバッグをしっかりと両手で握り締め、水無瀬霖(fa0288)はなるべく慎み深く言葉を選ぶ。そんな霖のコスプレを装った半獣化の猫耳、尻尾がソワソワ揺れる様子を真紅(fa2153)はしっかりカメラにおさめた。――歴代リス釣りマイスターたちの間で語られる奥義『りすちゅーぶらりん』の劇的瞬間を撮る為に、デジタルカメラとコンパクトカメラの両方を持参した真紅である。
「ああでも、アタシひとりだったらどーしようって不安だったの。みんな、今日はありがとう!」
女の子なら誰でも三割り増しで可愛く見える北沢フィルターを通さなくても。キンバリーの笑顔は営業用ではなく、正真正銘、本物の《100万ドルの笑顔》だった。
そう。小さな子供ならいざしらず。分別ある年頃になってリスを追い掛け回すのは、ひとりではちょっと‥‥いや、かなり恥ずかしい。
こういう時は、知人や友人をダシに使うのが、イチバン。
旅は道づれ。とか、一蓮托生なんて、ありがたい諺だってちゃんとある。
「俺もよく姪とかを連れて、ザリガニ釣りをしてました。楽しんでたのは、主に俺のほうだったなあ」
何やらノスタルジックな思い出に浸る白の言葉に、霖も大きく頷いた。
「リスを釣るってのがイイですよね。まるでバス釣りを体験する前のようなときめきがあります」
リスを釣るのは、捕まえるのとは少しニュアンスが違うのだけれども。
茜屋朱鷺人(fa2712)とジョニー・マッスルマン(fa3014)を除く他の参加者の本性が捕食動物であったのも、あるいは、昂揚の一因であるのかもしれない。
●器用な人々
「流石に釣り上げられてピーナッツ一粒じゃ、リス達も割に合わないでしょうからね」
真紅が最後に大学近くの大手スーパー《スター・マーケット》の袋から取り出したのは、ウォルナッツ。
表向きは釣られてくれたお礼。その秘密の本音は、リスといえばウォルナッツを齧る姿が1番可愛い!!
その真紅が選んだ仕掛けは、テグス。
ピーナツにくくりつけるのだから、細い方が良さそうだ。細い方がいいけれど、リスの重みで切れるようなやわな素材では都合が悪い。――いろいろ考え、ビーズワークのテグスを選んだ。
ジョニーの釣具は、極細のテグスに無塩ピーナツ。
自然に見えるように緑に染めた凧糸を用いた白は、コンビニのおつまみコーナーで売っているバターピーナツではなく、生の落花生を剥いて‥‥
「――って、なんで剥くの?」
キンバリーに突っ込まれ、白は殻を割りかけた手を止める。
ピーナツのように小さくて角の無い、しかも、油分の多いモノに糸をしっかり結びつけるのはかなり難しい。
魚のように針で引っ掛けたり、仕掛けを丸呑みにさせるワケではないので、実は瓢箪型をした落花生の細くなった真ん中の部分に紐を括りつけるだけでよかったりする。
「みんな、器用ね」
少し遠い目をしたキンバリーの呟きに、愛想笑いで誤魔化して。こうして剥き実のピーナツは、リスたちを誘い寄せる撒き餌に使うと共に、おやつとして参加者たちの胃に納まることになったのだった。
●リス釣り−squirrel fishing−
さて、
ひとこと《fishing》とは言うけれど、霖が喩えたバス釣りとは違い特にコツがあるわけではない。むしろ、狙った相手(リス)の個性に大きく左右される代物だ。
人間(獣人?)と同様、ひとくくりにリスと言ってもいろんな子がいる。野生のリスは、非常に警戒心が強い。
リス釣りがうまくいくのは、その中でも果敢に向かってくるガッツのある子だ。――いくらガッツがあっても半獣化で、天敵である猫の相を色濃く現した霖に挑戦しようという無謀な輩は皆無だろう。
本当にこんな単純な仕掛けでリスが釣れるのか、疑惑の眼でピーナツを見つめ。実は影でリスたちにバカにされているのでは、と。時折辺りを見回していたウォンサマーは、ふとあるコトに気がついた。
「‥‥手食べ?」
真っ先に目についたぽってり太った肥満児体型のリスに標的を絞った茜屋は、ウォンサマーの言葉に首をかしげる。
野生のリスであるから、極力、人間に近づこうとはしない。また、いつでも逃げられるように木の側から離れることも避ける習性が身についていた。
その中で、ごく一部の、本当に勇気のあるリスだけが《手食べ》――すなわち、人間の手から直接、ピーナツを食べることができるらしい。
「つまりさ、《手食べ》をしない子を釣るのは不可能って気がする」
手ずから握ったおむすびを友好の証に皆に配って、ウォンサマーはその観察の成果を報告する。
そろそろ、飽きて携帯ゲームで遊びたいな〜なんて。ちらりと悪魔が囁いたことは、胸の裡に締まって口にはしない。
「そうね。《綱引き》までは行くんだけど‥‥」
「一気に釣り上げるカンジではなさそうですね」
落花生を齧る姿が可愛くて、糸を引くのを忘れてしまうというのも、あるけれど。
真紅の感想に北沢も、考え深そうに首肯した。
両手に10本の糸を垂らしたジョニーも、リス釣りと魚釣りの違いについてそろそろ考え初めた頃合らしい。霖も獣化を解いて、改めて糸を垂れている。
また、正座の習慣のないジョニーやキンバリーの周辺よりも、座って目線を合わせたウォンサマーや、別の目的で低い姿勢で大物を狙う北沢の近くの方が安心するらしいこともわかってきた。
数回に1回はピーナッツを与え、彼らの無駄な努力ではないという事を証明することも必要であるらしい。
その試行錯誤を繰り返し、段々、要領が判ってくると止められなくなる。
「Damn!!」
「ああぁ、逃げられた! もう少しだったのに‥‥」
ギリギリの綱引きの状態で食べられるだけ食べて身を翻したふわふわの尾にジョニーと霖が頭を抱えて悲鳴をあげた。
「わっ!」
糸の選択が悪かったのか。あるいは、リスが知恵者だったのか。
ピーナツを狙わず、直接、糸を噛みちぎって持っていったツワモノの出現に、ウォンサマーと白は茫然と目を見張る。
「キム、貴女の方はどう?」
カメラを構えた真紅に、キンバリーは苦笑を浮かべて肩をすくめた。
リスの鼻先、数10センチのところで、糸をつけたピーナツをブラブラ揺らすしてみると、ピーナツを掴もうと後ろ足で立ち上がる。これが、もう‥‥
「「「いやあぁ、かわいいーーーーーvvv」」」
連れて帰りたい!!!
と、手を取り合って悶える真紅とキンバリーの姿こそ目の保養。連れて帰りたいと思う北沢だった。
そして、最後に。
諦めない姿勢にこそ、神は手を差し伸べるのかもしれない。
何度も挑戦を繰り返したであろう歴戦の強者を見極めて紐付きのピーナツを投げた茜屋の前に現れたのは――
「おおっ!」
いくら引っ張っても手を離さない。
地面についた足を大きく開いて踏ん張ったまま、ついには引っ張りあげられ宙ぶらりんになってもまだ諦めない。
あまりの気迫に、思わず釣り上げた茜屋がびびってしまうほどのファイト溢れる小さな勇姿を前に、とても大事な何かを教えられた気がしたのは気のせいだろうか。
「誰か話が出来る人に誤解を解いてもらいたいのですけれど‥‥」
「大丈夫よ、きっと」
白の気遣わしげな視線に、真紅は笑う。
リス釣りに協力(?)してくれたリスたちには、ありったけのピーナツとウォルナッツを感謝の気持ちを込めて置いてきたのだから。
それに、事情を説明してリスたちに《リス釣り》への情報が行き渡ってしまったら、次の挑戦者ががっかりすることになるかもしれない。
せっかくの伝統を、潰してしまっては気の毒だ。
機会があれば、また――
そう思えるくらいには素敵な思い出となった。