Guy Fawkes’ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
9.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/14〜11/18
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●本文
「――祝日ってさ、盛り上がるんだけどいつもとは勝手が違うことが多くて旅行者には大変だったりするんだよねぇ‥」
何を言い出すのかと思えば‥‥。
席に着くなり盛大なため息を吐き出した男に、会議の円卓を囲んだ面々は顔を見合わせる。
どうやら、今回の旅行はイマイチだったらしい。遅いバカンスを夫婦水入らずの銀婚式に当てたと聞いていたのだけれど。何か手違いでもあったのだろうか。行きと帰りでは、精細が別人だ。
いったい何があったのか、知りたいけど、聞きたくない。
地雷原を歩くにも似た奇妙な緊張を孕んだ会議室の中で、身勝手から生まれた構想は歩き始める。
=Guy Fawkes’Night/概要=
衝撃の出会いから1ヶ月。
周囲の猛反対を押し切って超スピード結婚を果たしたアンディとデイヴィットが選んだ新婚旅行の行き先は、憧れのヨーロッパ。
胸を時めかせて出発したのはいいけれど。
最初の滞在地ロンドンで、ちょっとした行き違いが大喧嘩に発展し――
ホテルを飛び出したアンディだが勝手の違う旅先で立ち往生。偶然、居合わせた青年グラントに助けられ、その誘いにのってしまう。
一方、アンディを探すデイヴィットの前に現れたのは、スコットランド・ヤードの自称敏腕刑事。
戸惑うデイヴィットに打ち明けられたのは、国を挙げての祝祭の裏で進められる大掛かりな犯罪計画。親切な青年を装ってアンディを連れまわすグラントは、その首謀者だった。
Guy Fawkes’Nightに沸く大都市ロンドンを舞台に繰り広げられる、警察と犯罪者のデッドヒート。そして、巻き込まれてしまったバカップルの運命は――!?
「‥‥これって、試練? 私怨じゃなくて?」
「何があったんだろうねぇ、旅先で」
災難も相手を見て降りかかってほしい。
なんて、存在のあやしい神様を恨んでみても決まったものは動かない。――この世界では、彼の言葉がご託宣なのだから。
「まあ、黙って耐えれば、そのうちいいこともあるんじゃない?」
「例えば?」
「タダでイギリスにいけるじゃん」
●リプレイ本文
221b Baker Street――
地下鉄「Baker.St」駅西側出口より、北に向かって徒歩5分。
ヨーロッパらしい落ち着きを湛えたクラシックなロンドンの街並みを演出する街角。一見、なんの変哲もない銀行のあるその場所に、彼の人は住んでいた。
「‥‥実は作者のドイルが小説を発表した時、ベーカー街に『221b』番地は存在しなかったんだ‥」
世界中のシャーロキアンが焦がれてやまない聖地であることを報せる真鍮のプレートの前で、広瀬和彦(fa1532)は指先で軽く眼鏡の蔓を押し上げる。
ノンフレームの細い眼鏡が冬の陽光を跳ね返し、きらりと怜悧な光を放った。――ロンドンの真ん中で行き先を失ったヒロイン・アンディ[エレーヌ・桜井(fa2150)]に言葉を掛けた好青年グラントの穏やかな風貌に時折翳る冷酷の色が、視聴者の胸に不穏を囁く。
衝撃の出会いから1ヶ月。
超電撃結婚を果たしたバカップル、アンディ&デイビットの間に持ち上がった嵐の予感。呆れつつもふたりの先行きに気を揉む視聴者にとって、広瀬の演じるグラントは言ってしまえば、お邪魔虫。
すっかりグラントを信頼し、気を許したアンディと一緒に盛り上がるのもいいけれど。「ぅん?」と少し引かせる伏線も張っておかなければいけない。――そう。グラントはいくつもの秘密を持っていた。『Guy Fawkes Night』の由来を思わせる危険で邪悪な黒い秘密と。その裏に埋れた、純粋で悲しい秘密を。
「‥‥ホームズかぁ。そういえば、デイビットの本棚に‥」
ふ、と。記憶を探る遠い目をして視線を虚空に彷徨わせ、エレーヌは心の中でゆっくりと刻を測る。熱愛中の甘ったるい思い出の中に、現実が入り込んでくるまでの時間は、長いのか短いのか。
「アンディ?」
憂いを帯びたグラントの声に、想いは途切れる。
デイビットへの怒りと失望が勝っているうちは、旅先での新たな出会いと久しぶりのときめきはとても甘美だ。
なんでもない、と。いくらか若く作ったツインテールを揺らして、エレーヌはにっこりと会心の笑みを浮かべる。
悪いのは、デイビットなんだから。
ちくりと胸を刺す良心に、そう言い訳しながら‥‥沈静化するに従って揺れる心を表現するのが、エレーヌの見せ場かもしれない。
●名所案内
紀行ドラマに欠かせないのは、いわゆる名所巡り。
主人公たちは嘘臭さが漂うほど精力的に訪れた街の名所を訪れるのがお約束だ。
国を挙げての一大イベント『Guy Fawkes Night』に沸くロンドンの賑わいをお茶の間に届けるのは、好青年のグラントにエスコートされるキュートなアメリカ美人のアンディ‥と、いう絵になるカップルと――
アンディを探すデイビット[壬タクト(fa2121)]と行動を共にするのは、AAA(fa1761)とRickey(fa3846)の演じる、スコットランドヤードの名物刑事。こちらは、ヴィジュアル的なスマートさよりも、キャラクターの「濃さ」で、シリアスに傾きがちなシナリオのバランスを取っていく。
「‥‥ああ、僕の愛しい姫(アンディ)。君が危ない目にあって居たらと思うと、僕は生きた心地がしないよ‥‥」
初冬の穏やかな光を湛える青空を突いて聳えるロンドン塔を背景に、どんよりと虚ろな目でブツブツとトリップする男。目いっぱい浮かれたピンクに花柄のプリントシャツが悠久なる霧の都に悪目立ちするコトこの上ない。――見た目を激しく裏切る中身が、壬の役どころ。壬本人の性格に通じるところがあるかどうかは置いておいて。演じる身には、目一杯楽しめるのは間違いない。
「デ、デイビットさん。落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるものか。ああ、今この瞬間も僕の愛しいアンディは――」
輝かしい歴史の1ページを開いたばかりの新人刑事のお仕事は、ツッコミではないはずだけど。すっかりオンステージ気分でアドリブまで効かせる壬に、振り回されるダニエル刑事の気持ちがちょっぴり理解できたRickeyだった。
トレンチコートの襟を立ててどこか気だるげな空気を纏ったベテラン警部ウォルターを演じるAAAのシニカルな視線にも、ちゃんと意味がある。
妻との離婚協議中のウォルターには、デイビットの嘆きは理解不能だ。
「‥‥そんなこと言って。ウォルターさんにだって奥さんと上手く行っていた時期はあったでしょうに‥」
まだ結婚を夢見たいダニエルにそう諭されても、煙草を燻らせる表情は頑なで。
「当分、女は懲々だ‥」
なんて、言ってしまう。
ダニエルとの短い会話。そして、時折響く携帯電話での短いやりとりを通して垣間見えるウォルターの家庭の事情も、視聴者の胸に小さな気がかりの種を撒く。
●憂い顔の婦人
アンディとグラント。そして、デイビットとふたりの刑事。
それぞれのルートと思惑を持ってロンドンを巡る追いかけっこを縦糸に喩えるなら、それを繋げてひとつの物語へと織り上げるのが、青田ぱとす(fa0182)とエマ・ゴールドウィン(fa3764)に配されたガシェットだった。
「夫が悪い女に騙されてるの。助けてちょうだい」
クロシェット帽子に古眼鏡。ウールのショールを巻きつけ、老人交通料無料パスと蝦蟇口財布を首からぶら下げた杖をついた老婦人が、賑やかな祭りの喧騒を背景に雑踏警備の警察官に訴える。しばしば登場するエマの姿に、視聴者が意図的なモノを感じ取るのはドラマがそろそろ佳境に差し掛かる頃合だろうか。――ローズと名乗った老婦人の言動が、微妙に他の登場人物たちと噛みあっていない違和感に気付くのもその頃だ。
老境にさしかった見た目とは違って妙に娘々した若々しい雰囲気を纏ったローズは、どうやら浮気癖のある夫(クロード)を探している様子であるのだが、彼女が追いかけているのは何故かグラントなのである。
「おばあさん、私は貴女の旦那じゃありませんよ。ですから‥‥さっさとどこかへ行ってくれっ!」
親子‥‥否、祖母と孫ほども歳の離れた夫婦だっているけれど。
この頃には、彼女の心が遠い記憶のフィルターを重ねて生きているコトに気付いた視聴者もいるかもしれない。
そして、このエマの予期せぬ行動が、離れたふたりを結びつけ。また、一部の隙もなく緻密に練り上げられた陰謀を瓦解させるのだ。
●プリムローズヒルの対決
「何しろガイ・フォークスの祭だよ? 何が起こったっておどろきゃしない。‥‥ほら、持ってお行き!」
祭りに賑わう広場を模して作られた屋台の中で、女将はぶっきらぼうに吐き棄てた。
ロンドン市街の爆破予告の存在が人々の知る所になり、真偽が明らかにならぬままパニックに呑み込まれつつある状況でも、淡々と店を切り盛りする逞しい移民を演じるぱとすの見せ場だ。――屋台には極彩色の飾り文字で『ベトナム料理』と書かれているが、正しく認識する視聴者は多くないだろう。
それでも、敢えてベトナム料理を選んだのには、理由があった。
このパトスの屋台で出される『ホッビロン』こそ、ヒロインであるアンディがデイビットとの喧嘩の原因を思い出し、ふたりのこれからへと視線を向ける重要な転機の小道具である。――因みに、『ホッビロン』とはアヒルの半孵化卵を調理したもので、見た目は非常にエグい。ギリシアにニワトリの半孵化茹卵なるモノもあるが、知らない者には相当キツいが、美容に効果のある健康食品として地元の女性たちに好んで食されていた。
ぱとすの演じる無愛想で骨太な‥‥インパクト十分な屋台の女将が、喧騒の中、大切な店をテロリストの魔の手から守って奮闘するコミカルな展開と絡み合い、ロンドン動物園の向かい。ロンドン市内を一望できる小高い丘、プリムローズ・ヒルを舞台に刑事とテロリスト。そして、恋人たちの運命を左右する対決が始まる。
「我々の勝ちだ。無駄な抵抗はやめて大人しく彼女を解放するんだ」
ウォルターの言葉に、グラントは冷ややかな笑みを浮かべてゆっくりと眼鏡を外した。そして、胸のポケットから起爆装置を取り出して高らかに掲げて見せる。
柔和な仮面が剥がれ落ち、ちらりちらりと見え隠れしていた冷酷な犯罪者の本性(?)を現したグラントに、アンディはやっと真相を悟り愕然と立ちすくんだ。
「‥‥フッ、ようやく警察も嗅ぎつけたか。だが、もう遅いっ! 貴様等もここからロンドンの街が血と炎で赤く染まるのを見るが良い!」
「やめて、グラント!!」
起爆装置のスイッチがONになる刹那――
浮気性の夫の後を追ってプリムローズヒルへとやってきたローズが、ステッキを振りかざしてふたりの間へと割って入った。
「ここは貴方が私にプロポーズしてくれた、思い出の場所なのよっ! 他の女を連れてくるなんて!!」
金切り声で叫びながら、手当たり次第にふたりを殴りつけるローズ。
思いがけない伏兵に呆気に取られるグラントの手から、駆け寄ったウォルターが起爆装置地を叩き落とし、事態はエンディングへと流れ始める。
爆弾は時限式だと嘯くグラントを前に、視聴者には聞きなれたウォルターの携帯電話が鳴り響き――
荘厳な教会のステンドグラスを背景にいつになく興奮したダニエルが、デイビットが爆弾の解除に成功したことを告げるのだった。
そして、最後はお約束。
元の鞘に納まったバカップルの熱にアテられて、『Guy Fawkes Night』はより賑やかに。
妻に電話を掛ける、ウォルター。
アンディに死んだ妹の面影を重ねていたグランドの溜息に、ローズは20代の娘にもどった無邪気な笑顔で微笑みかける。
「貴方には、私がいるじゃない」
そして。
大勢の客で賑わう屋台の中で、無愛想に客を捌いていくぱとすもまた‥‥
国の安定を祝う祭は、大団円にて幕を閉じたのだった。