Lies up above南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
難しい
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報酬 |
5.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/16〜01/22
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●本文
高級ホテル“タイラント”で起こった殺人事件。
殺されたのはホテルの上客で、38階のコンドミニアムの住人、アルベリヒ・ファン・デル・ピール。
かつてはウォール街の黒幕とも囁かれた凄腕の証券ディーラーで、信託投資や企業のM&Aなど、経済界を揺るがす事件のいくつかはこの男が仕掛人だとされており、いずれはFRBの議長に指名されるのではないかと噂される人物である。
その華やかな経歴とは対照的に私生活では何度も結婚と離婚を繰り返し、また、仕事柄敵も多かった。
犯行現場はホテル内に併設された長期滞在者専用のスポーツジム。
目撃者はなし。
当時、ホテルには彼に某かの縁をもつ人物が数人宿泊していたが、彼らは確固たるアリバイを主張する。
果たして、主人公は事件の謎を解き、犯人を見つけることができるのだろうか――
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「犯人は探偵役の主人公とその友人(助手役)を除く全員。――ホテルの従業員も、経済ライターも、ラッキー籤の賞品でホテルの招待券を引き当てたカップルも。もちろん、捜査に協力的だった×××もね‥‥」
渡されたばかりの台本を手にぽかんと口を開けた役者たちの表情に、脚本家は嬉しそうに笑顔を作った。
「そう、君たち全員が事件の犯人なんだよ」
※登場人物は架空のもので、実在する人物、組織には関係ありません(笑)。
●リプレイ本文
気象情報は嵐の終わりを告げていた。
海岸沿いに植えられた背の高い椰子の木を薙倒そうとでもいうかのように吹き荒れていた風も、今は戯れ程度にその梢をそよがせている。
分厚い特殊硝子の壁越し。眼下に広がる白砂のビーチに寄せては返す海のうねりを遠く眺めて、彼は吐息をひとつ。ゆっくりと振り返った。
南欧風に造られた採光の良いリビングに招かれた9人の男女は、それぞれの表情に僅かな緊張を浮かべ彼を見つめる。
調度のひとつとして部屋を飾るアコースティックな年代モノのラジオに伸ばされた神経質げな指先が、パチンと探り当てたスイッチをOFFにした。良好とはいえない電波放送が途切れ、広いリビングに重い沈黙が舞い降りる。
「‥‥謎は全て解けました」
犯人はあなた方の中にいます。
ゆっくりと。視聴者には未だ見当もつかない犯人に向かって、彼は語り始めた。――サスペンス・ドラマにおける最大の見せ場が始まる。
●事件の概要
名探偵ジムことジェームズ・ゲットショットは、友人で自称・探偵助手のトマス・ハミルトンと共に、トマスの実家――屈指の大富豪だというのはお約束――が所有する高級リゾートの別荘でバカンスの真っ最中。
トマスの操縦するプレジャーボートで海に漕ぎ出したところ不測の事態が発生し、小さな島まるごとひとつがホテルの敷地だという高級リゾート・ホテル“タイラント”へと流れ着く。
重ねて運の悪いコトに、生憎の空模様で海は大荒れ。
ふたりは嵐がおさまるまで、島から出られずという状況に。“タイラント”での滞在を認められるのだが‥‥
ジムが事件を呼び寄せるのか。あるいは、事件が探偵を試すのか。
例によって例の如く、殺人事件が起こってしまう。――お約束だが、ここは奇を衒うよりもスタンダードで。
被害者は38階コンドミニアムの住人、アルベリヒ・ファン・デル・ピール。
かつてはウォール街の黒幕とも囁かれた経済界の重鎮。――その華やかな経歴は、経済に詳しい者なら耳にしたことがあるくらいには有名人だ。
足りないところは、インターネットで。旅行客がくつろぐリゾート施設にも、ITの波は押し寄せている。
財布が抜き取られていたことから、事件は嵐に紛れてホテルに侵入した強盗による場当たり的な犯行であるように思われた。
大時化の海に孤立したプライベート・アイランド。
犯人はこの嵐の中、どこから入り込み、いったい何処へ消えたのか?
一見、筋は通っているものの。どこか釈然としない状況証拠に首を傾げつつ成り行きを見守る視聴者の期待に応え、探偵は確信を持って宣言する。
「犯人は外から来たのではなく、このホテルの中にいます!」
そして、物語はいよいよ佳境へ。
いくつかのエピソードを挟みつつ、語り織り上げられた登場人物たちの素顔と為人。当初はまったく接点のないように見えた人間関係がひとつ、またひとつと繋がって‥‥。
やがて、事件に関係があると思われる8人の男女が、被害者の終の棲家となったコンドミニアムのリビングへと呼び集められた。
正統派シェークスピア俳優ジャン・ブラック(fa2576)が演じるのは、被害者ピールの秘書兼ボディーガードであったダグラス・スターション。――最も容易に彼に近づけた人物である。
老齢のオーナーに代わって“タイラント”を切り回す歳若い支配人は奏奇詠斗(fa1658)俳優の本業と同じくマジックを得意とするコンセルジュ。
北沢晶(fa0065)の扮する神出鬼没のボーイは、室内プールや遊戯室など女性たちの途上シーンにはかならず顔を出し、深刻になりがちな物語にちょっぴりエッチな笑いを提供してくれた。
池田屋つきみ(fa0184)に与えられたのはホテルの医務室。嵐によって到着の遅れる警察に代わって被害者の検死も担当している。
スティーブ・伊集院こと伊集院・帝(fa0376)鍛え上げられた体躯は、いかにもトレーニング・ルームのトレーナーといった風情だ。
秘書、あるいは、ホテルの従業員として直接、被害者と関わりのあった者たちの他に、宿泊客として滞在していた者たちもいる。
インターネットの懸賞でタイラントの宿泊券を引き当てたという強運な父娘。小野田有馬(fa1242)が演じる父親は物語の途中に病に倒れ、娘役の角倉・雨神名(fa2640)が不安気な面持ちでぴったりと寄り添っていた。
そして、周囲を嗅ぎまわる探偵に煙たい顔をする登場人物たちの中、何かと協力的だった推理小説好きの女性客は、荻咲・姶良(fa0489)が好演している。
緊張と疑心をそれぞれの表情に顕して導き出された結論を待つ登場人物たちに、探偵は静かに先の科白を告げたのだった。
「犯人は皆様の中に‥‥いえ、皆様全員がこの事件に関わっている共犯者なのです」
●神様は知っている
「――おそらく、食事に睡眠薬が混ぜられていたのでしょう」
事件の夜。
食事の後、唐突に眠気に襲われたことに触れ、探偵はもっともらしく肩をすくめる。
「給仕をしてくださったのは貴方ですよね?」
食事に仕掛けができるのはボーイである北沢と、支配人の奏奇のどちらか。
にこやかに微笑みかけられて、北沢はさりげなく視線を逸らせた。視線の先には白衣を纏った池田が立っている。
「‥‥仕事ですから‥それに、犯行時刻にはアリバイもちゃんとありますよ?」
嵐で翌日のチェックアウトが難しくなった小野田父娘と、滞在期間延長についての相談を奏奇共々受けていた。
「そう、嵐のせいなのですよ」
ちらり、と。ひと目で病人だと判るようメイクで痛々しさを装った小野田に視線を向けて、探偵は大きく頷く。
「貴方がお倒れになった時、ドクターは脈も取らずに病名を仰いました。――いつ倒れてもおかしくない状態だったのに‥とも」
「‥そ‥れは、事前に小野田さんから相談を受けていたからですわ」
滞在客の健康を管理するのは私の役目です。
強い口調で反論した池田屋をいなすように微笑んで探偵は、先を続けた。
「ええ。ですから、不思議だったのです。――滞在を延長なさった理由が、病状ではなく嵐だったことが」
本当に危険であれば本土に連絡し、沿岸警備隊のレスキュー・ヘリを回してもらう事だってできる。
「そして、考えたのです。もし、ドクターがこの事件に関わっていらっしゃるなら、病身をおして滞在を延長された小野田さん。滞在をお認めになられた支配人。そして、犯行時間にドクターと口論なさっていたと証言された伊集院さんも怪しいのではないか、と」
そうして、ひとつの真実を偽るために塗り重ねられた偽りの堤防は、些細な矛盾から決壊するのだ。
隠された真実の在り処が判れば、あとはそれを確かめるだけでいい。
「‥‥計画は完璧でした」
探偵は言う。とても、優しい口調で。
綿密に組み上げられた殺人計画とアリバイ工作。――ただひとつの目的の為に、膨大な時間、情熱を費やして。
「皆様はうまくやりました。ええ、とてもよくできていた」
だが、ひとつだけ。
たったひとつ、誤算があった。
‥‥‥それは‥、
「私がここに居合わせた」
■□
「ファン・ピールは敵の多い人間でした」
唇の端に皮肉っぽい笑みを刻んで、スターションは広胸郭から大量の息を吐き出す。
やり手の証券ディーラーであった個人は、様々な信託投資や企業のM&Aなどで勇名を馳せた。
表向きは合法であっても、かなり際どい例もあったという。
そうして買収された企業の中には利益確保の解体や、合併によって余剰となった従業員が大量に解雇されるなど‥‥大勢の人間の運命を左右し、自殺者が出たこともあった。
「偶然、あるウェブサイトの書き込みを見つけたんです」
同じ痛みを持った人間がいる。
初めは、その痛みを分け合うだけで十分だった。――ぽつりと言葉を落として、小野田は咳き込む。慌ててその背中をさする雨神名の姿も、どこか痛々しい。
それが殺意に変わったのは‥‥
「ピールが新しいM&Aを画策していると知ってからですわ」
これ以上、傷つく人を増やしたくなかったのだ、と。
まっすぐに探偵を見詰め、姶良は少し悲しげに微笑んだ。――ああ、彼らも辛かったのだ。胸を痛める視聴者の想いを汲むかのように、探偵もまたひどく透明な表情のまま蒼く波立つ海を眺める。
「‥‥私は警察ではありません‥」
靄の彼方に垣間見えた小さな光。
もしかして、彼らは許されるのだろうか?
――どうか。できれば、このまま‥。
「ですが。1人の人間が謀略により殺された。これもまた、正義に悖る行為です」
ただ、理由あり、衝動に動かされただけ。
そして、悪人ではないからこそ、いずれは犯した罪に気づく時がくるかもしれない。
立ち上がった探偵は戸惑う友を促して、ゆっくりと部屋を出て行った。
「‥‥いいのかい?」
「僕は彼らの心を信じるだけだよ」
淡く残照に照らされたリビングに残された者たちの表情は固いまま。――胸のすくような快哉を叫ぶ者はいない。
そう。真実を語る者はいなくても――
Lies up above(神様は知っている)。