Home,Sweet home.南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
津田茜
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/04〜02/08
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●本文
ピ―――‥
『私です。お元気ですか? ええ、おかげさまで。私の方は相変わらずです。――クリスマスには素敵なカードをありがとう。本当はこちらへ来ていただきたかったのですけれど‥‥貴方にも都合がおありでしょうから仕方がありませんね。でも、たまには顔を見せていただきたいものです。
‥‥‥‥‥
ああ、そうそう。肝心な事を言い忘れるところでした。まったく、年は取りたくないものですね。月末にそちらで行われる同窓会へ出席致します。何年ぶりかしら? 皆、すっかりお婆ちゃんになってしまって。――帰りに寄せていただきますから、そのおつもりで。それでは、お会いできるのを楽しみにしていますよ。‥‥プツ‥ッ‥』
ぷつり、と。
甲高い機械音を響かせて途切れた電話の前で、彼は愕然と立ちすくんだ。
月末だってぇっ?!
コンソールに置かれた卓上カレンダーの日付は、あと3日で日付が変わる。
3日間!! たった3日で‥‥
伸び放題の芝生を刈って、
出しっぱなしのハロウィンの飾りを片付け、
いつの間にか怪しい緑に変色したプールの水を抜いてタイルをこすり――‥
もちろん、庭だけではない。
リビングの惨状を見回して、彼はいっそう青ざめた。
散乱した服‥‥最後に洗濯機を回したのはいつだっけ?!
飲み干したペットボトルに、スナックの袋、ピザの空箱。スノーボードにサッカーボール、ダイビングの機材、テニスラケット。――誰だよ、自転車を部屋に持ち込んだのはっ!!
感謝祭に火を吐いて、ターキーを消し炭に変えたオーブン。
使用済みの皿はシンクから溢れ、調理台を占拠して無造作に‥‥危うい角度で積み上げられている。
酒と肴とアイスクリームしか入っていない冷蔵庫と冷凍庫。
野菜室には、かつて野菜と呼ばれた物体。――どこから手を付けていいやも判らないこの惨状をあと3日以内に、非の打ち所のない“家”に変えなければ‥‥。
■□
不慮の事故で世を去った両親から莫大な資産を相続したジョニー・バークレーは、現在、大学3年生。
恋と友情、スポーツ、時には社会問題なんてものに顔をつっこんだりもして、光り輝く青春を謳歌している。
高級住宅街の一等地に建つ屋敷には、そんな彼の人生の軌跡に遭遇した宝物とでも言うべき気の合う仲間が集まり、いつの間にかの共同生活。
毎日がお祭り騒ぎのバラ色の人生――
そんな彼にも、1人だけ苦手な人がいる。
死んだ父親の叔母‥‥ロージー大叔母がその人だ。
厳格を擬人化し服を着せたような貴婦人は、彼のたった1人の肉親にして、信託遺産の管理人。
彼女の逆鱗に触れたりすれば‥‥考えるのも恐ろしい。
このスバラシイ生活を守りぬくために、あと3日。
3日で何とかしなければ――
●リプレイ本文
北沢晶(fa0065)の言葉を借りるなら、
『今世紀、最後のパラダイス』
――因みに“今世紀”こと21世紀は、順調に行けば後95年程で終わる予定――
女性と同居。
それも、とびきり綺麗な女の子ばかり‥‥なんて、セクハラすれすれ(でも、漢の原始的且つ本能的な希望かも?)の理由を悪びれる風もなく挙げるのは北沢だけだが。住人たちにとってこの家は大切な場所だった。
生活の場として――
ジャン・ブラック(fa2576)が演じるところの、珍発明を繰り返し妻から離婚され家を追い出された挙句、莫大な慰謝料の支払いを請求され続けているマッドなサイエンティストのロバート・ジュールマン。泣かず飛ばずの売れない作家―賈・仁鋒(fa2836)―と、同じく今ひとつぱっとした仕事に恵まれないモデル、シシリー―フェリシア・蕗紗(fa0413)―などは、ここを追い出されれば深刻に後がない。
あるいは、監督不在の人生いきあたりばったり?
大学を卒業して就いた仕事がファストフード店のアルバイトや夜の接客業ってのは‥‥そりゃあ向き不向きもあるけどねぇ‥な、アンナ―姉川小紅(fa0262)―とリョウ―竜之介(fa1136)―。
家賃を浮かして学費の足しに、と。一見、謙虚で殊勝な北沢の本音は先に述べたとおり。
きわめつけが、
学校から近い、とか。広大な敷地を有するこの舘なら、誰に気兼ねすることなく夜遅くまで楽器に触れる、とか。
芸術の振興活動にも積極的な街の篤志家に名を連ねるバークレー一族の勇名まで引っ張り出して、親を説得した(丸め込んだとも言う)メイ・スズキ―椎葉・千万里(fa1465)―。
ひと癖もふた癖もある住人たちの、理由は十色。
それでも。彼らにとってこの場所は、何ものにも代え難い大切な“家”。
追い出されちゃ大変だ。
ゴミと洗濯物、スポーツ用品に占拠されたリビングに集まって、緊急の家族会議ならぬ作戦会議を開いてみたり。
「めんどくさーい!!」
なんて、言ってられない。
大叔母さまの目に触れにくいプライベートな空間はともかく、共有スペースだけでも綺麗にしよう。ノリの良さとフットワークの軽さは、住人たちの数少ない(?)取り得のひとつだ。――例え取り組むものが大掃除でも。
各自、自分の担当を確認し、決意を胸に散っていく。
ここに至るまでの数々の勇姿を知っているお茶の間の視聴者は、これから起こるであろう展開を思い描いて肩をすくめているかもしれない。
●かつて“庭”と呼ばれた場所
ポーチに立ったロバートとメイは、北風にさわさわと揺れる草原を前に思わず顔を見合わせる。
もはや、芝生なんてモンじゃない。
ハロウィンの折、凝りまくって用意した墓場のセットや傾いたカカシが何やら怪しいホラーコミックの背景のようだ。木立ちの間に張り巡らされた万国旗は、いったい何の名残だろう。
「こりゃ、えらいことなっとるなあ」
予想以上の惨状に驚きを通り越し半ば呆れて目を丸くしたメイの隣で、無精髭によれよれのシャツを着込んださえない大学教授は、この時とばかり胸を張った。
「ふ。こんなこともあろうかと!!」
ジャーン!!
盛大な効果音と共にクローズアップされたのは、一応、市販の芝刈機。――何やら怪しい部品が取り付けられているけれど。
「遠隔操縦できる芝刈り機だ」
ベンチでくつろぎながらの芝刈を実現させる画期的大発明。
『おお〜☆』
何処からともなく聞こえる称賛や笑声は、アメリカドラマならではの効果音。
ポチッとリモコン操作で動き出す芝刈機。初めは、順調に動き出す。その内、暴走して白煙を上げるのもお約束だ。
夜の貴公子、ヘドロプールに降臨☆
昼間に活動するリュウなんて、初めて見たかも。――夜型酒まみれ人間が、健康的に昼間にプール掃除。今回は、カラーのギャップを狙ってみました。
デッキブラシを手に大繁殖の末、プールを占拠した水苔をこすって洗う。
うわあ、爽やかだよ! 健康だよっ!! どうしようっ??!
‥‥ええ、ご安心ください。きっと長くは持続しませんから。
ペースが落ちたと思ったら、ほどなくだらだら(ほらねー)。――だって、これがいつもの彼だもの。
●発掘現場よりお伝えします
ヴィンテージ・ワインなら、年代物の価値もあるだろうけど。
「こ、これは野菜のミイラ――」
こちらの分野にはそれほど詳しくない北沢の目にも、軽く半年は経っているだろうか。もはや原型を留めていないどころか、持つだけで形が崩れる。
ゴム手袋に水中眼鏡、スモック、マスク。
重装備で臨む作業は、“掃除”とか“整理”といった生ぬるい単語で表現できる範疇ではないような‥‥発掘作業どころか、産廃処理だ。
危険なのは、なにもキッチンばかりではなくて。
「いやぁああああーっ!!」
屋敷中に響き渡るアンナの悲鳴も、既にBGMになりつつある。
「はーい、洗濯物のお届け‥‥って、何よこれっ!?」
大量の衣服を積んだ愛車―美容と健康の為にサイクリングマシンを買う予定が予算の都合で、普通のママチャリにトーンダウン。それでも懲りずに美容器具だと言い張って乗り回している。―で、ランドリーに乗りつけたシシリーが見たもの。
それは――
水浸しの床と、大量の泡を吐き出す洗濯機。明らかに洗剤を入れすぎた、お約束の光景だ。
「あああ、このブラウスは“手洗いで”って、お願いしたのに!」
つっこむところは、そこかーい!
洗濯初心者のアンナに専門用語(?)が理解できるはずもなく‥‥それでも、酸っぱい臭いがしたり、粉を吹いたりする怪しい物体を分別だけはしてくれたのだから。
ボロボロのヘロヘロになってしまった布の山を前に、束の間、思案をめぐらせる。
「うん。捨てればその分、片付く!」
「ちょっと待てい!!」
ゴミ集め担当の仁鋒の仕事がちっとも終わらない原因は、ここにあると見た。
●くじけちゃいけない
「オレはもう知らんっ!!」
追い出される前に出て行ってやる、こんな家。
カチカチに干からびたジャック・オ・ランタンを巻き込んで逝ってしまった(南瓜のせいばかりとは言えないような‥)自信作の無残な姿に、ジョニーが切れた。
「えええ?! ちょっと待っとくなはれ‥‥」
ついに飛び出したリタイア宣言に、並べた南瓜を転がしてボーリングの練習をしていたメイが慌ててジョニーの後を追いかける。
足音も勇ましく家に踏み込んだジョニーは、階段下のホールに集まる同居人たちに気づいて足を止めた。
「あ、ジョニーさん」
輪の中心にいたアンナがヒラヒラと手に握り締めた何かを振った。
「見てみて、ここの洗濯物がなくなったら、面白いものが出てきたの」
かつては暖炉の上にでも飾られていたのだろうか。いつの間にか元の場所を追われ、脱ぎ散らかされた服とゴミの下に埋れていたそれは、何枚かのポートレートだった。
ジョニーだと思われる10歳くらいの少年を囲んだ大人たち。――今は亡き、父と母。そして、端に立つ背筋の伸びた貴婦人がロージーだろうか。
「こっちは、今年の感謝祭のだよねっ」
焦げたターキーを囲んで最高の笑顔でこちらを見つめる仲間たち。ここは、紛れもない“楽しい我が家”。
「‥‥‥‥」
差し出された写真を無言で眺め、ジョニーはくるりと踵を返す。向かうのは、戦線離脱を告げたばかりの彼の戦場。
「あれ、ジョニー?」
通りかかったプールサイドで、すっかりいつものちゃらんぽらんモードに戻ってしまったリュウと出くわす。
「あんたもサボり中? たるいもんなー」
わかる、わかる。
訳知り顔でうんうん頷くリュウを前に、ジョニーは吐息をひとつ。
「プールが綺麗になったら、プールサイドでパーティーが開けるぞ」
もちろん、招待客は水着の似合う女の子。この一言に、俄然やる気を発揮するのは北沢だけではなかったようだ。
「――最近のお皿は脆いですねぇ」
こびりついた汚れを落とそうと、ちょっと指に力を込めると‥‥このとおり。
頑固な汚れとレスリングで鍛えた北沢の力の相乗効果で、お皿の山が、ガラクタの山に。
「だから、ゴミを増やすなあああああぁ!!」
仁鋒の仕事が終わらない原因は、ここにもあった。
紙のゴミ、衣類のゴミ、食器のゴミ――分別せずに出したりしたら、衛生局の職員に叱られることを、彼らはまだ知らない。
●得意の時間
ホームパーティなら、任せて☆
ただし、今回のゲストは厳格な老婦人。――いつものノリで、弾けちゃダメだよ。分不相応だと怒られないよう、あくまでも楽しく家庭的な雰囲気で。
「間に合わなかったところは、しっかり隠してなるべく近づけないように」
気が付いたら背中で隠す。
ゴミは発見次第、素早く拾うetc
老貴婦人の到着を待つ間、最後の仕上げにメイと北沢の提案を頭に叩き込んで、準備完了。
ジョニーとリュウはよれよれの上着を脱いで、髭も剃ってばっちりタキシード。女の子も取っておきを引っ張り出してドレスアップ。
メイは披露するバイオリンのスコアをおさらい。――練習不足だなんて思われたら大変だ。
すっかり数を減らした皿にケイタリングの惣菜を移し変えているはずが、うっかり自分の口に放り込みそうになる北沢をけん制しつつ、仁鋒はふと定位置に戻されたポートレートに視線を向ける。
彼女にとっても――
ここは生まれ育った“家”だった。
「おかえりなさい‥かな‥‥?」
――呟きに、扉の開く音が重なる。