The Portrait南北アメリカ

種類 ショート
担当 津田茜
芸能 2Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/26〜03/02

●本文

【フランツ・シツィウス】
・1928年:オーストリア、グラーツに生まれる
・1940年:戦火を避け、両親と共にアメリカへ移住
・1950年:州立大学を卒業、地元の銀行へ就職
・1956年:結婚(妻との間に、1男2女)
・1960年:投資信託会社ヴィルカ・コンフォートを設立
・1988年:引退、ロードアイランド州ニューポートに移り住む(60歳)
・2006年:永眠(享年78歳)

 それが、私に知らされた祖父の歴史だ。
 正直、この人が私の祖父だと言われても、あまり心にくるものはない。何しろ私に祖父と呼べる人がいたことに驚いたくらいだ。
10年前に他界した母(彼にとっては2番目の娘にあたる)は、何も言わなかったし――どうやら彼女とこの人はずいぶん折り合いが悪かったらしい――どちらに遠慮したのだろう、父からもその名を聞かされた覚えはない。
伯母だという女性が母の葬儀に来てくれたような気もするが、当時、学生だったわたしは自分のコトで精一杯。ひとこと、ふたこと言葉を交わしただけだ。
直ぐに父が再婚したこともあって、そのまま疎遠になってしまったのだろう。
何年ぶりかで息子のアパートに電話をかけてきた父が切り出した“祖父の死”は、衝撃というよりは静かな驚きだった。
「君にとっては全くの他人というわけでもないからね」
 父にとっては死に別れた先妻の、断絶した父親は、他人と呼んでも差し支えない人物だけれども。
 特に感銘を受けたというわけではなかったが。ちょうど大学の休みと重なったこともあり、わたしはニューポート行きの長距離バスのタラップを踏んだのだ。

□■

――証言だけである人物の肖像を描く。

「彼は、いったいどういう人物だったんだろうね?」
 移民の息子。
 保養地として知られるニューポートに終の棲家を構えた社会的な成功者。
 勘当した娘の葬儀にも立ち会わなかった非情な頑固者。
 それは、全て真実で。
 でも、それだけが全てではない。――主人公に与えられた情報は、“彼”のほんの一部分に光を当てただけ。
 その新しい姿を映し出す鏡は、これから出会う証言者たちの胸の裡。

=非公開の情報=
・妻は既に故人となっており、“わたし”の母以外の子供たちも独立している
・孫は、“わたし”だけ
・頑固で厳格なとっつきにくい老人
・散歩を日課にしていた
・日曜日に教会でオルガンを弾いたこともある
・クリスマスにはボストンの施設に匿名で多額の寄付をしていた

●今回の参加者

 fa0054 (25歳・♂・虎)
 fa0065 北沢晶(21歳・♂・狼)
 fa1180 鬼頭虎次郎(54歳・♂・虎)
 fa1463 姫乃 唯(15歳・♀・小鳥)
 fa2153 真紅(19歳・♀・獅子)
 fa2443 ステラ・ディスティニー(24歳・♀・パンダ)
 fa2552 守山脩太郎(45歳・♂・竜)
 fa3062 ポリフェノール(17歳・♂・猿)

●リプレイ本文

 古き善きアメリカを彷彿とさせる港町ニューポート。
 ロードアイランド州最大の産業である北大西洋漁業の中心的町であり、また、世界的なヨットレース“アメリカズ・カップ”で優勝経験のある“ニューヨーク・ヨット・クラブ”の本拠地でもある。
アメリカ最古の保養地としても知られるこの町を照らすキャッスル・ヒル灯台。その灯台の辺りを一周する“オーシャン・ドライブ”の中ほどに、祖父の家は建っていた。
 年寄りひとりが暮らすには、十分すぎるほど広い家。
 1900年代の初頭に建てられたという古めかしさを重厚な威厳と存在感で、威風堂々たる風格に昇華させたのは住んでいた人物の為人だろうか。
 息詰まるような静謐は、古い石造りの建物自体が喪に服しているかのようだ。
「‥‥‥さん、ですね‥?」


●若木は育つ
「――ひと目で判りましたよ。いや、良く似ておられる」
 そう言いながら、壮年の男は慣れた手付きで胸のポケットを探る。――長い年月にわたって何度も繰り返されることで身体が覚えた自然な動作で差し出された名刺には、彼の名前と肩書き。
 “ヴィルカ・コンフォート”というその会社が祖父の設立した当信託会社だと思い出すのに、少しばかり時間を要した。
 守山脩太郎(fa2552)と名乗ったアジア系の男は、その“ヴィルカ・コンフォート”の幹部役員なのだという。父が引退してからも、そう頻繁にではないが手紙や電話などで親交があったのだそうだ。
 私がここを訪ねると父から聞いて、待っていてくれたのだという。――もちろん、母と祖父の反目と衝突も知っていて‥‥。
だからこそ、というべきだろうか。
「社長‥‥会長とお呼びするべきですな。‥‥いや、昔の癖が抜けなくて‥‥」
 そう言って笑みの形を作った守山の表情に、ほんの少し懐古と寂しさが揺れる。 彼の瞼に映っているのは、私の知らない祖父の姿。――それは、そのまま企業人として成功を収めたフランツ・シツィウスの軌跡でもあった。
「会社時代の社長は、とにかく謹厳な人で。約束事にはきちんと動けと言う厳しい性格でしたが、その実直な性格のせいで顧客からは信頼されていました」
 その仕事に対する誠実さが、家庭を等閑にしてしまったのかもしれない。
 決して、家族を愛していないワケではなかったのだけれども。――ただ、ほんの少し不器用だったのだ。
「‥‥社長からは仕事のABCをすべて教えて貰いました。今でも感謝しています」
 何か困ったことがあったら、私の所にいらっしゃい。
 そう言って、守山は笑顔を作ったのだった。


●甘党のサンタクロース
バニスターズ・ワーフの片隅にある美味いと評判の小さなカフェに腰を落ち着け、私は改めてステラ・ディスティニー(fa2443)と顔をあわせる。
この若い女性が祖父の訃報にボストンから駆けつけてきたという事実には、正直、驚かされた。
彼女はボストンにある福祉施設で働いているという。そして、祖父はその施設へ毎年、多額の寄付をしていたらしい。――祖父とはいくらかの知己があった守山氏も、企業の篤志活動であったそれを、引退後も個人として続けていたコトに驚いていたようだった。
「‥‥サンタクロースからの贈り物だって言われてたんです‥」
 遭ったこともない人物から贈られるクリスマスのプレゼント。
 存在を覚えていてくれる人がいる。決して幸福とは言い難い境遇にある子供にとって、贈り物の届くその日は1年でイチバン待ち遠しい日だった。
「もちろん、ハイスクールに行く頃には、そう言うお爺さんがいると言うことを耳にしていました」
 夢から覚めても、嬉しいコトには違いなく。
「施設で働くようになってからも、ずっと逢いたいと思っていたのですけれど‥‥」
 少し遅かったみたいですね。
 呟いて涙ぐんだステラを慰める言葉を見つけられず、私はただ黙って運ばれたコーヒーを口に運んだ。――薫り高いコーヒーは美味しいと感じている舌を裏切り、心の何処かでほろ苦い。
「いつも一人でぽつんと飲んでらしたが、あっしが声を掛けるといつも子供や孫の話をしてたっけな‥‥もう少し、その仏頂面をやめてみたらどうだって話すと、あんたに言われたくないねって返されたっけ‥‥ははっ‥‥ちげえねえ」
 グラスを磨く手を止めずカウンターの中からそう言葉をくれたのは、店のオーナー兼シェフだった。
鬼頭虎次郎(fa1180)と名乗った彼は、祖父がこの店の常連客のひとりであったことをぶっきらぼうに明かしする。
 それぞれ、独立したり、結婚して家を離れた子供たち。
そして、顔をあわせたこともない孫と、遠くはなれた施設から彼をサンタクロースだと慕う血の繋がらない家族。
「ああ見えて、意外と甘党でな。コーヒーに砂糖を沢山入れて飲んでたっけ‥‥あと猫舌だったな」
 なにしろ、コーヒー1杯飲み終えるのに、30分くらい掛けていた。
 熱くて飲めなかったのか、常連客で賑わうこの店に少しでも長く留まっていたかったのか。
「気難しい性格だったが、話せば良い奴だったな‥‥」
 この店のコーヒーは、やはり、少しばかり苦味が利いているようだ。


●猫と老人
 北沢晶(fa0065) と祖父を結びつけたのは猫だった。
 彼の言によると猫を相手に時を過ごしていたのは祖父であったそうだが、今、集まってきた猫に囲まれているのは北沢自身だ。
「いえ、ね。僕は散歩というか、ジョギングというか‥‥」
ジョギング中の女性をこっそり眺めたり、逢引している見知らぬカップルを影から見守っていたりした訳ですが――
 ごろごろと喉を鳴らしながらすり寄る猫の頭をがしがし撫でてやりながら、さらりと凄い事を言う。あまりにも自然だったので、うっかり聞き流してしまうところだった。
「初めは、よく顔を合わせるなぁくらいだったんですよ」
 いつ頃からか、言葉を交わすようになり、
「一緒に公園の芝生に座り込んで、寄って来るにゃんこの頭を撫でたり、挨拶に来た猫の親子に魚の切り身をあげたり、ボス猫のアゴをごろごろしたりしてた訳です」
 こんな風に。
 と、抱き上げた猫をひっくり返して腹を撫でる。
「気難しそうな様子は無くて、ごく普通の近所に居る、猫好きで気の良いじいさんっぽかったですな」
事故で死んだ猫の墓を一緒に作った事もあったとか。 身内には、そして、公人としては決して見せることのなかった素顔のひとつ。――それを知っているのは猫とこの、ちょっぴり(いや、かなり)スケベな青年だけ。


●日曜日のオルガン奏者
 持ち主を失くした手帳には、教会の名前がふたつ。
 ひとつはこの周辺の住民や別荘を訪れた観光客が足を向けるニューポートの教会。もうひとつは、州都プロビデンスの郊外にある小さな教会。――彼は無神論者ではなかったけれど、それほど敬虔な教徒だとも聞いていないのだけれど。
「えっ、フランツさん?」
 古いオルガンの前でぶらぶら足を前後にゆすっていた姫乃唯(fa1463)は、ぱっと椅子から立ち上がった。
「オルガンを弾くおじーさんの事だよね? すっごく綺麗に弾くんだよね。あたし、おじーさんのオルガン、大好きだよ!」
 最近、来ないなぁと思って心配していたのだと話す彼女に、その訃報を告げるのは少し勇気が要ったけれども。
 驚いた風に瞠目し、それでも、何か予感はあったのだろうか。唯は溜めていた息を小さく吐き出す。「‥‥そっかぁ。もうあのオルガンが聴けないのは、残念だなぁ‥‥」
 友人も知人もいないはずのこの教会には、祖父が奏でるオルガンの音色が好きだというファンがいた。
「初めは恐そーな人だと思ってたんだけど。勇気を出しておじーさんのオルガンのファンですって言ったの」
 思いもかけないファンの出現に、彼は少し照れくさそうに笑ったという。笑って、

――『ありがとう』と。

「見掛けはとっつきにくそうだったけど、本当は心の優しい人だったんだと思うよ。だって、あんなに綺麗にオルガンを弾けるんだもん!」
 きっと今頃は天国で、再会した奥さん達に、オルガンを聴かせてあげてるのかもしれないね。
 なんて、センチメンタルな言葉を口にして。
笑顔を浮かべた唯につられて、心が少しだけ軽くなった気がした。


●フランツ・シツィウスという人物
厳格で、気難しげで、とっつきにくくて――
でも、それだけではない優しさや、思いやりも確かにあった。
最大の理解者となるべきはずの家族に伝わらなかったのは‥‥あるいは、家族だからこそ気づけなかったのか‥‥不幸なすれ違いだったかもしれない。
ただ、その優しさに触れ、彼を評価してくれる者と巡り合えたことは幸運だったのではないだろうか。
願わくば、彼らの心の中で、思い出として存在し続けてくれることを望む。
そして、私も。帰りを待っているだろう父と‥‥亡き母の墓前にそう報告してやるつもりだ。