不幸せと言う名の猫アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 九十九陽炎
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 1.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/07〜08/11

●本文

 日本。とある町には、『劇団・すいーとほーむ』と言う、知る人ぞ知る、知らない人は全く知らない劇団があった。
 構成員は全員別に仕事をもっており、だからと言うわけではないが、とても劇団として独立採算で喰っていけるレベルではない。
 だが、この劇団には抜きん出た実力を持つ者が二人いた。一人は牛島弁慶。名のとおり牛の獣人で、実質この劇団のまとめ役を努めている。もう一人は猫宮三緒。名のとおり猫の獣人で、この劇団の看板女優である。
 そんな二人を中心に、この劇団は強い絆で結ばれ、次回公演に向けて稽古に励んでいた。次回の演目は『猫になった女』と言うマイナー劇。車で猫を轢いてしまった女性が、一週間前のその猫になってしまい、事故に遭う瞬間までを体験する、と言う物。主演は勿論猫宮。さらに、キャストである牛島が演出も担当する。

 次回公演までかなり差し迫ったある日、事件は起こった。
 稽古も終わり、夜も更けた帰り道、途中まで同じ道を歩いていた仲間と別れ、一人になった直後。猫宮の目に映ったのは正面から迫り来る一対のヘッドライト。身の危険を感じ、とっさに横跳びに避けようとするも、時既に遅く、視界がひっくり返り、足に激痛が走る。そして、激しい激突音を遠く耳に、猫宮の意識は遠くなって行った。

 翌朝。
「どこ?ここ‥‥」
 目を開けた猫宮は思わずそう呟いた。無理も無い。眼前には知らない風景が広がっていたのだから。動こうとして思わず、走った痛みに顔をしかめる。
「痛タタタ‥‥なんだってのさ‥‥」
 愚痴る猫宮、そして、ようやくギプスで固められ、吊り下げられた自分の足に気が付く。
「あ‥‥そうか、昨日、跳ねられたんだっけ‥‥」
 漸く自分の置かれている状況を把握する猫宮。暫くして、一人の大男‥‥牛島が部屋に入ってくる。
「‥‥大丈夫か?」
「大丈夫じゃないからこんな所に居るんでしょうが」
「いや、それはそうなんだが‥‥そうじゃなくてだな‥‥」
「動かなければ痛みは無いし、命に関わるような事も無いと思うよ。まあ、目が覚めたばかりだし、医者の話もまだ聞いてないから何ともいえないけどね」
「医者の話は俺が聞いている‥‥事故の話もな‥‥。どちらから聞きたい?」
 牛島の重苦しい表情を見て、首筋の毛が逆立つような感覚を覚える猫宮。こんな時、大抵はかなり悪い事が起こる。
「とりあえず、自分の状態からだね。どうなのさ?」
「お前の怪我だが、発見も早く、早急に処置も完了したお陰で、完治すれば歩行にも問題は無い‥‥だが、向こう一週間は無理をすれば‥‥」
「二度と満足に歩けないとか?」
 態と冗談めかして言う猫宮。だが、牛島は黙って視線を逸らした。
「そうなんだ‥‥ね‥‥で、事故の方ってのは?」
「お前を跳ねた犯人が検挙された」
「ふ〜ん‥‥どうせストーカーかなんかでしょ?」
「お前のファンに金持ちが居るならな」
「どう言う意味さ?」
 牛島の予想外の切り返しに聞き返す猫宮。
「細かい事は解らんが、誰かに頼まれてやった、と言っているそうだ」
「‥‥ちょっとまって! それって‥‥」
「ああ、計画的犯行‥‥狙われたな。俺達の劇団に対する妨害かも知れんが、な」
「冗談じゃない! そんな奴等の思うようになってたまりますかっての。こうなったら、意地でも舞台を成功させてやるんだから!」
「おいおい‥‥む?」
 分を弁えない猫宮に呆れる牛島。ふと、何かに気付いて病室の扉に眼を向ける。
「猫宮さん、お加減は宜しくて?」
 その言葉と共に入ってきたのは、白いスーツを身に纏った女性、年の頃は牛島と同年代くらいであろうか。その姿を確認した猫宮は露骨に嫌そうな顔をする。が、白スーツの女性は構わずにまくし立てる。
「なんて痛々しい‥‥私の劇団に所属さえしていれば24時間いつでもガードできましたのに‥‥。いいえ、今からでも遅くはありませんわ。今からでもウチにいらっしゃい。なんでしたら治療費も支払いますわよ」
「その話は断ってるし、その言い草だと‥‥」
「貴蝶、その辺で止めておけ。流石に知り合いを疑いたくは無い」
 貴蝶と呼ばれた白スーツの女性は、牛島に言われてようやく我を取り戻したらしい。
「あらあら、私とした事が‥‥ですが、私は諦めませんわよ。怪我が治った頃、また伺いますわ。弁慶、貴方もお待ちしておりますわ。それでは御機嫌よう」
 白スーツの女性は、それだけ言うと踵を返して去って行った。
「‥‥見舞いに来たと言うより、用件だけ言いに来たと言った感じだな‥‥」
「‥‥‥」
「どうした?」
 白スーツの女性が帰った後も不機嫌な表情を続ける猫宮。そして、徐に口を開く。
「獅子上が裏で糸を引いてたんじゃないのかな‥‥アイツ、何しでかすかわかんないし」
 獅子上とは、先程貴蝶と呼ばれた白スーツの女性の苗字である。彼女は、とある演劇プロダクションの重役であり、今は自分がプロデュースする劇団の育成に執心しているらしい。
「いや、アイツは多分、そんな真似はしないだろう。下手して再起不能になったら本末転倒だからな‥‥まあ、目的の為なら手段を問わないと言う点では賛成だが」
「とにかく、ああやって獅子上が絡んできた以上、アイツの思い通りになんてさせないんだから!」
「いや、だからアイツがやったとは限らんわけで‥‥」
「さっきも言ったけど次の芝居、意地でも出るからね。アイツの思惑通りに運んでたまりますかって」
 既に頭から獅子上が犯人だと決め付けている猫宮。
「そりゃ、お前が出なかったら中止にせざるを得ないのだが‥‥退院見込みは公演日の遥か後だぞ?」
「要は足に負担が掛らないようにして舞台に立てれば良いんでしょ?」
「全く、一度言い出したら聞かんからなぁ‥‥何か案でもあるのか?」
 溜息混じりに呟く牛島
「それを考えるのは監督のアンタの仕事でしょうが」
「やれやれ、調子の良い事を言ってくれる‥‥」
 天井を仰ぐ牛島。そして、猫宮に向き直り、真顔で質問する。
「参考までに聞いておくが‥‥お前、体重何キロだ?」
「聞くなぁ!」
 真っ赤になって怒り出す猫宮であった。

 翌日、劇団事務所に、方々から募られた有志が集まった。その顔を見渡し、牛島が口を開いた。
「まあ、こう言う事情なので、助っ人を頼みたい。頼みたい仕事は二つ。一つは、ウチの看板女優が足に負担が掛らないように演技できる手段を講ずること。手段は任せる。ただ、商業劇団と言うわけでは無いので、人間も混じっている。獣人化は極力避けてくれ。必要ならば、ばれない様に手段を講じてくれ。そして、もう一つ。前述の通り、何者かの意図で襲われたのは間違いない。もう一度襲われないとは限らんので、公演終了までの警護も頼みたい。何時襲われるかは解らんし、できれば捕まえて警察に引き渡し、背後関係もきっちりさせたいのでな。厄介な仕事だろうが、一つ頼む‥‥いや、二つ、か」
 牛島は丁寧に頭を下げた。

●今回の参加者

 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0631 暁 蓮華(20歳・♀・トカゲ)
 fa2021 巻 長治(30歳・♂・トカゲ)
 fa2662 ベルタ・ハート(32歳・♀・猫)
 fa4040 蕪木薫(29歳・♀・熊)
 fa4135 高遠・聖(28歳・♂・鷹)
 fa4203 花鳥風月(17歳・♀・犬)
 fa4254 氷桜(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文

●先ずは手直し

 劇団・すいーとほーむ、稽古場。現在は通し稽古が行われている。そして、客席に当る所には、いつもの牛島の他に二人座っている。
 一人は暁蓮華(fa0631)。今回は主に舞台装置関係に携わる。そして、巻長治(fa2021)。彼は主に脚本の手直しを担当する。助っ人の二人は、今後の改定のために、状態を把握しておく必要があった。
「今ン所こんな感じだが、どうにかなるか?」
 一本終わった所で牛島は二人に聞いた。
「レベルは想定内。やれるだけの事はやりましょう。台本を」
 巻が伸ばした手に、演出プランまで書き込まれた台本が手渡される。猛スピードでめくり始める。
「考えたんだが、彼女を動かさず、周囲の動きでいかにも彼女が動いているように見せてみようと思うんだが」
 暁が口を挟む。
「確実にするには、少々他の役者の実力が欲しい所ですが‥‥」
 暁の案を受けて、巻が牛島の方を見遣る。最終判断は彼に委ねると言うことなのだろう。
「確かに難しい案だ。だが、演劇人としては中々面白い。其れでやってみよう」
 牛島の表情から笑みが漏れた。
「そうと決まれば、巻、さっさと台本を直してくれ。さっさと大道具の作成に取り掛かりたいんでな」
 暁の意見も交え、火急の勢いで台本の改訂に励む三名であった。

●その頃、公演会場では

「要注意点は、こんな所か‥‥」
 呟きながら紙にペンを走らせているのはヘヴィ・ヴァレン(fa0431)。彼は今、会場の見取り図に、警戒を必要とする所を書き込んでいた。ふと、近寄ってくる気配に気付き、声を掛ける。
「そっちの状態はどうだ?」
「こっちは今の所、異常無しだ。公演が終るまでは気は抜けんが」
 そう答えるのは高遠・聖(fa4135)。彼は舞台装置の確認をしていた。
「当日までは、時折様子を見に来る位で良いだろう。公共の会場だ。不審者が立ち入らん様に俺達以外にも警備員が入ってるわけだしな」
「じゃあ、会場入りが近付くまでは動きは無さそうだな」
「ああ、他に回るとするか」
 各々頷きあって、二人はその場を後にした。

●一方、病院にて

 猫宮が入院している病院に一台のタクシーが停まり、杖をついた老婆が下車する。彼女はベルタ・ハート(fa2662)の変装で、色々と猫宮の替え玉を演じるつもりらしい。そして、彼女に付き添うようにもう一人、氷桜(fa4254)である。牛島のコネもあり、猫宮の病室を代え、さらに偽の入院患者としてベルタが入り込む計画はすんなり行った。
「‥‥‥一応、本人にも伝えておいた方が良くはないか?」
 周囲に人が居ないのを確認した上で、氷桜が囁く。
「そうね。細かい段取りも打ち合わせて置きたいし」
 二人が向かったのは猫宮の病室。其処には一人の女性が立っていた。蕪木薫(fa4040)である。
「‥‥‥何をやってるんだ?」
「尾行警備をしようとしたら、猫宮さんに、怖いから近くに居ないでくれって言われました‥‥」
 確かに、蕪木のような立派な体躯の女性はあまり居ない。しかも、その彼女が常にそれなりの距離にいると言うのは、結構圧迫感を感じるのだろう。
「猫宮さんは中に居るのかしら?」
「ええ、花鳥さんと一緒です」
 ベルタの問いに答える蕪木。
「‥‥‥邪魔をする」
 断りを入れる氷桜に続くベルタと蕪木。中では花鳥風月(fa4203)と猫宮が弁当を食べていた。弁当は花鳥の差し入れらしい。
「‥‥‥襲われるかも知れんのに緊張感が無いな‥‥‥」
「だって、入院食は不味いからね」
 呟く氷桜にかえす猫宮。
「ところで、雁首並べてどうしたんだ?」
 ぞろぞろ入ってきた三人に問う花鳥。口が少々悪いのはご愛嬌。
「一先ず‥‥これは差し入れ」
 ベルタがビデオテープを取り出す。公演の練習風景のビデオである。
「ありがとう、これでイメージは掴めるよ」
 子供のように目を輝かせて礼を述べる猫宮。其処に、突如切り出すベルタ。
「若しも厳しいようなら、私が代わりに‥‥」
 だが、猫宮はベルタの言葉を遮った。
「気持ちはありがたいけどね、それじゃ、ダメなんだ」
 猫宮は、ベルタだけではなく、その部屋に居る全員を捉える様に言葉を紡ぐ。
「アタシ達が商業劇団じゃない理由、確かに技術が無いってのもあるけど、それだけじゃないんだ。商業劇団はあくまで客に見せる事が第一だけど、アタシ達は、自分達が楽しんで、その結果、お客さんにも楽しんでもらえたらいい。お客さんを第一に持ってこれないのに、それでお金を貰うわけには行かないじゃん? それが、私達が商業劇団じゃない理由」
 ベルタは苦笑した。自分が代わるのは、彼女たちの中には元々ありえない選択肢だったのだ、と。
「でも、アタシが居ない間の繋ぎをやってくれるのは、凄く嬉しいよ」
 猫宮がはにかんで微笑む。そして、花鳥がぱん、と手を打って話を進める。
「じゃ、さっさと行動を移そうじゃないか。あんた達もその為に来たんだろ?」
「そうですね、ここで長々と話をしていれば、色々と怪しまれるでしょうし」
「‥‥では、段取りはこうだ‥‥‥」
 氷桜が説明を終えると、直ぐに計画に取り掛かる。先ずは老婆に扮したベルタが別の病室に入院し、面会期間が過ぎたら猫宮とベルタの病室を入れ替える。その後、ベルタは病室を抜け出し、部屋には面会謝絶の札が掛けられた。
 氷桜と蕪木はそのまま病院周りの警備を担当し、ベルタと花鳥は劇団に合流する。

●ラストスパート

 道具倉庫では、巻が手直しした台本に従って暁が急ピッチで道具製作を行っていた。不審者が立ち入らないよう、へヴィがガードを固めている。
「進行具合はどうだ?」
 牛島がへヴィに問う。今は誰の言葉も暁には届かないであろう。そこで、側で見ているへヴィに聞いたのだ。
「万事順調だ‥‥‥アイツの体力がもてば、だがな」
 そう言って、へヴィはどっさりと買い込まれた即効性栄養剤の山を指差した。
「ま‥‥まあ、潰れないように気をつけてくれ」
 流石に牛島も苦笑する他無かった。
「ところで、聞きたいことがあるんだが」
 そう言って近付いてきたのは高遠。
「内部には、容疑者は居ないのか?」
 牛島の顔が一瞬強張る。だが、気を取り直して返答を返す。
「あの晩、連絡を受けた後調べたが、不審な奴は居なかった。若し居たなら、俺達だけで解決してるさ」
「そうか、済まなかったな。変なことを聞いて」
「いや。良いさ。事情を知らなきゃ、内部を疑うのは当然だろう」
「関係ない奴は出てってくれ! 作業の邪魔だ!」
 次の栄養剤に手を掛けつつ、暁の罵声が飛ぶ。それを受けて、へヴィを除いた他二名はすごすごと部屋を出て行った。

 一方、此方は稽古場。舞台に向かって、並んで座っている巻と花鳥。花鳥は手拍子を打っている。
「ほらほら、リズムを良く聞いて。ああ、右端の貴方、動きが遅い!」
 機関銃の如き勢いで役者達に檄を飛ばす巻。
「手拍子に合わせて踊って‥‥これが何の役に立つんだい?」
「動きを合わせる訓練です。中央の人物が移動して無いのにあたかも移動しているように見せるには、周囲が同じ速度で動かなければいけません」
 花鳥の問いに答える巻。この練習が上手く実を結ばなければ、本番に多大なる支障が出る。
「今の所、中々順調な速度で慣れていってますね。猫宮さんが入って上手く行くか、と言ったところまで届きそうです」
「そうかね。じゃ、後は猫宮さん次第かい」
「まあ、楽観視できないのも事実ですけどね」
 巻による特訓は公演直前まで続けられ、時折様子見に来る花鳥の差し入れが、役者達の拠所となったと言う。

 病院の一室では、ベルタによる猫宮の練習が行われていた。
「そこ、違うわ。ここはこう直ってるから」
「ああ、成程。ってことは、こうの、こうって訳ね」
「そうそう。で、ここもこうなってるから」
「了解。じゃあ‥‥‥」
 早速変更点をおさらいする猫宮。そこに、ベルタがダメ出しする、と言う形で練習は進む。そして、二人が稽古している部屋に忍び寄る人影があった。
「やっぱり向こうはダミーか‥‥回りくどい真似しやがる」
 そう呟いて人影がドアノブに手を掛けた瞬間。
「‥‥‥誰だ?」
 闇の中から投げ掛けられた声。主は氷桜。そして、氷桜と反対方向に走り出す人影。
「何処に行くつもりです?」
 反対方向より蕪木が現れる。二人は猫宮の部屋の警備に当っていた。無論、何処に下手人が潜んでいるかは解らないので、範囲は広域に及んでいたが。
「‥‥張り込んでいた甲斐があったな‥‥漸く網に掛ってくれたか」
 じりじりと人影に迫る二人。
「捕まって堪るかよ‥‥おりゃあ!」
 人影は窓を破って逃走を試みる。二人は慌てて窓から身を乗り出すが、既に影は姿をくらませた跡であった。

●公演当日

 本番当日。舞台では道具の搬入が行われ。控え室では役者陣が思い思いの時を過ごしていた。
「皆、お待たせ」
 言葉と共に、猫宮が車椅子に乗って入ってくる。後ろで車椅子を押しているのはベルタだ。
「どうだ? 按配は」
「ま、見てくれれば解るよ」
 牛島の問いに自信たっぷりに答える猫宮。
「そうか。それでは期待させてもらおう。皆、行くぞ!」
 役者の面々が気合を入れている頃、外部スタッフ達も、各々の仕事に余念が無かった。
「押さえておく所は印の通りだ。特に、寸志の類は必ず預かり、本人を引き合わせない事」
 へヴィの言葉に頷く蕪木、高遠。彼等は会場外の警備を担当する。
「‥‥照明の締め付けは‥‥問題なし‥‥何か仕掛けられた痕も無いな‥‥」
 こちらは照明設備に繋がるキャットウォークにいる氷桜。天井に問題が無いことを確認すると、其処からの監視に入る。
「そこ、もう少し右に寄せて‥‥いや、行き過ぎです。」
「違う、それは反対側だ。それはこっち側だ」
 巻と暁は、舞台配置の指図をしている。そして、暁は装置の動作のためにホロ幕の裏に回り、巻とベルタは舞台袖を固める。猫宮は舞台中央の椅子に座らされ、準備は完了。
「良し、客入れ始めるぞ」
 牛島の音頭で、見える者は見えない場所に移動し、外に居た花鳥に、客入れの旨を伝える。
「いらっしゃいませ〜」
 普段の口調の荒さは何処へやら。花鳥がにこやかに受付をする。無論、手荷物などには気を配っている。

 そして迎えた本番。幕が上がって、本番特有の緊張感が舞台を包む。劇はつつがなく進行し、猫宮が轢いてしまった猫と入れ替わるシーン。長めの暗転の後、上半身だけ衣装が変わっている。尤も、客席からは下は見えて居ないが。
「一つ目の山は越えたな‥‥」
 牛島が呟く。だが、まだまだここからである。

『ミス・フォーチュン、何をぼーっとしてるんだ?』
『え‥‥あ、あれ? 私‥‥』
『何だ? 寝ぼけてるのか?』

 いよいよ猫宮以外の役者も登場し、ライトワークの見せ所である。
 全員が同じ方向を向いてその場歩き。その速度に併せてホロ幕に映し出される背景の流れも変化する。これを全て、暁が手動でやっている。
(「こう言うときは、やはり手動のほうが便利だな」)
 口には出さずに、内心だけで呟く暁。
「良し、練習の成果が出ましたね」
 役者達の動きを見て、巻も満足そうに頷く。
 その後も順調に進行し、やがて、幕が下り、そして、会場から客が居なくなった後、控え室に戻る一同。舞台袖に居た者、そして、高遠も一緒に控え室に入る。

●解散までが舞台です

 撤収までの空き時間。不意に、ノックの音。
「猫宮さんに、花束の贈り物です」
 扉の向こうからの言葉。だが、ここで無警戒にドアを開けるほど間は抜けては居ない。
「目的は何だ?」
「え、嫌だなぁ、唯のファンですよ。感動したからこうやって花束を‥‥」
 一応、高遠が代表してドアを開ける。其処には、演劇とは似つかわしくない形の男が立っていた。一応、花束は持っていたが。
「悪いが、猫宮は疲れている。俺の方から渡して置くから、預からせてくれ」
「あ、本人じゃなきゃ困‥‥」
「ファンなら礼儀を守って頂きたいですね。それとも‥‥」
 男の言葉を遮り、巻も扉に歩み寄る。
「襲えないから困る、かしら?」
「チィッ!」
 ベルタの言葉に顔色を変え、慌てて踵を返す男。それを追う三名。その間に、他のメンバーに連絡を取る牛島。
「花束を持った男が逃走中‥‥そうか、お前か」
 男の正面から現れるへヴィ。
「逃げられると思うんじゃないよ」
 ついで花鳥、蕪木も追いつく。
「‥‥先日、病院を襲ったのも貴方だな‥‥」
 追いつくなり氷桜が言う。
「な、何を言って‥‥」
「コイツを見てもそう言いきれるかい?」
 反論をしようとした男に、カメラを突きつける暁。男は歯噛みした後、花束を振りかざして暁に突進する。
「花束に刃物が! 気をつけて!」
 蕪木が言うが早いか、すかさず男と暁の間に割って入る巻。手応えの後、思わず狼狽する男。
「ぐぅ‥‥」
「大丈夫?」
「幸い、深くはありません‥‥休んでいれば何とかなりますよ」
 ベルタの問いに答える巻。深刻そうでは無い口調から、本当に大したことも無いようだ。
「うおおぉぉぉ!」
 巻の敵と言わんばかりに、雄叫びを上げて蕪木の鉄拳が男に炸裂する。吹っ飛んで倒れる男。さらに、無事なメンバーに蛸殴りにされる。

「後は、警察に任せよう。俺達に出来るのはここまでだ」
 高遠の言葉。そこに、牛島が駆けつける。
「‥‥もう、終わっているようだな」
「なんなら殴っておくか? 何箇所かまだ殴れるぞ?」
「いや、止めておこう。それより、見事な手際だな。此方も、劇のほうも‥‥。また、何かあったら宜しく頼む」
 牛島が言う。その口元には満足そうな笑みが浮かんでいる。
「万事解決、良かったよ」
 暁の言葉は、そのまま皆の胸中でもあったであろう。