姫様漫遊記あんず暗殺編アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 有天
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 7.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 09/20〜09/24

●本文

●娯楽時代劇ドラマ「姫様漫遊記」
 ナレーション――
『天下太平世は情け、火の元の国を東西に分けての関ヶ原の戦いも遥か昔話になってしまった江戸の世。将軍様の末の末のそのまた末の姫に「あんず姫」という姫様がおりました。
 あんず姫様は大層美しく‥‥俗に言うグレイビー(great beautiful)な少女でありました。

 あんず姫様の母親「かさね」は元々は庶民の出、紀州の廻船問屋舟木屋の娘であったが、見習い奉公で大奥に上がった所、将軍様のお手付きになり、目出たく姫(あんず)を授かったのでありました。
 将軍様には正室との間に若宮が何人もおり、あんず姫には全くお世継ぎ騒動は関係ないので、あんず姫はすくすくと真直ぐに優しく美しい姫に育ち‥‥‥ただし、一つだけ欠点がありました。
 お忍び歩きが大好きなのです。
 お忍び歩きには、生まれた時から親友で舟木屋から召し上がっている「あさぎ」が必ずお伴に着いて来る。
 そんなある日、立ち寄った茶屋でふと庶民に流行っている「お伊勢参り」の話を耳にした二人。
「床に伏す母上様の為にお伊勢参りに行く」と言い出したあんず姫。
「人足集めのたか」の口利きで旅回わりの一座の踊子に入り込み、一癖も二癖もある一座の一行とお伊勢様を目指す二人。
 だが、路行く街道で城や江戸では判らぬ諸処の暮らしを目にするあんず姫。
 己の野望の為に民を苦しめるのを目の辺りにし、伊勢への道筋、世直し旅を決めたのであった――』

 さて、そんなあんず姫一行もなんやかんやと言いつつもちゃっかりとお伊勢様で知られる伊勢神宮へとやって来る。一番上の本宮は女人禁制故に別院を御参りし、やれやれと一息着いた所である。
「この後、お前らはどうする?」という座長。
「俺は海老三昧だな。それが楽しみで来たんだから!」
 あんず姫と共に一座に加わった仲間が言う。
 一座はこのまま南下して吉備やら金比羅宮等、人が多い所をぐるり巡ってから日本海側を通って北へ向かうと言う。
「母上様の実家が紀州にある。そこに行って船に乗せてもらい江戸を目指そうと思う」
 予定よりかなり遅くなってしまった。そう言うあんず姫。
「江戸城であんずの身替わりをしている『いえ』の事も心配だ」
 歩けば何日も掛かるが、船で行けば天候が良ければ10日程度である。

 夜がふけ、一座が眠る中、こっそりと廊下に出たあんず姫は夜空に浮かぶ月を見ていた。
「こんな暮らしももうお終いなり‥‥」
 居場所を知らせた訳ではなかったが、老中の手の者があんずを尋ねて来たのだった。

 ***

「父上様‥‥‥お上が倒れたと?」
「はっ!」
「この事を知っているのは?」
「一部の方だけに御在ます」
 頭を垂れる忍びの前で驚きを隠せないあんず姫は、手渡された老中の文に目を走らす。
「老中の申す通り、妾もすぐに江戸に戻るのは構わぬ‥‥じゃが、妾の命を付け狙う者とな?」
 兄や弟やら‥‥世継ぎの男は幾らでもいるなり。
「やはり、御存じなかったのですね?」
 忍びが言うには嫡子(長男)松乃助は先日鷹狩りの際、落馬。寝たきりの状況。
 次男 若竹は側用人(男)と恋仲になり、その奥方と仁侠沙汰を起こし、謹慎。
 強制的に出家させられたという。
「‥‥なれば梅末様はどうじゃ?」
 たしか、御台所様(御正室)には男児が3人いたはずじゃ。とあんず姫。
「梅松様はまだ3才にございます。それに御病弱にございます」
「他の御三家から養子を貰うとか‥‥色々あるのなり」
 ここでハッとするあんず姫。
「いくら妾が世間知らずでも、自分の性別を取り違える程大馬鹿ではないなり。妾は『ないん』と言われようが『ぺた』と言われようがれっきとした『姫』なのじゃ!!」
「暫くお会いしない内にしっかり俗世間に染まられて‥‥私も姫が真、姫と存じております」
 あんず姫の剣幕にげんなりする忍び。

 ならば? と問うあんず姫。
「姫様の御輿入れ先です」
 今年数えで16歳になるあんず姫。
 戦乱の世であれば、国安泰の為に何処かにとっくに嫁入りしている年齢である。
「妾の嫁ぎ先とな?」
「あんず姫の御輿入れをした先で男児が誕生した場合、梅松様に変わって徳川を継ぐ可能性があるのですよ」

 ***

「輿入れか‥‥どうも”ぴん”と来ぬ。妾が狙われていると言う方が、まだマシじゃ」


●姫様漫遊記あんず暗殺編 役者募集
 CAST
 あんず姫:主人公
  一人称 妾、二人称 呼び捨て、
  口調:だ、だな、だろう、〜か?、〜じゃ、ナリ等、やや古い言葉
  気が強く、サバサバした性格、お姫様なのでやや世間からズレた感覚を持っている。
  旅一座では、踊子をしている。

●今回の参加者

 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa1013 都路帆乃香(24歳・♀・亀)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa1435 稲森・梢(30歳・♀・狐)
 fa1889 青雷(17歳・♂・竜)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa3092 阿野次 のもじ(15歳・♀・猫)
 fa4956 神楽(17歳・♀・豹)

●リプレイ本文

●CAST
 あんず姫‥‥‥阿野次 のもじ(fa3092)
 秋津桃太郎‥‥青雷(fa1889)
 刹那‥‥‥‥‥神楽(fa4956)

 阿虎‥‥‥‥‥MAKOTO(fa0295)
 蘭‥‥‥‥‥‥DESPAIRER(fa2657)
 藍葉‥‥‥‥‥都路帆乃香(fa1013)

 ナタル‥‥‥‥燐 ブラックフェンリル(fa1163)
 お稲‥‥‥‥‥稲森・梢(fa1435)


●妖術師「蘭」
「何? あんず姫の輿入れが決まった。と?」
「は!」
 肘掛けに置いた藍葉の手がふるふると震える。
「これで藍葉様のお子、葉太郎様が、ゆくゆくは次の将軍に‥‥」
「たわけ、そうも楽観出来ぬ。あんず姫が輿入れで男児を産んでみよ。その子が将軍になる可能性があるではないか」
 ぎりっと爪を噛む藍葉。
 藍葉の息子、葉太郎は大奥内でもっぱら将軍の子ではないと噂が立っていた。
 ちょうど逆算して子を成したであろう時期、藍葉から将軍の寵愛が薄れていた時期と重なるのだ。
「大体、皆があのような下らぬ噂を将軍様のお耳に入れたばっかりに‥‥」
 ますます藍葉から将軍の気持ちは離れていった。
 離れれば大奥内の権力が下がる。
 下がれば使える金も減って行く。
 産まれた時から姫であった藍葉にそれは苦痛極まりない事であった。
 人間一度贅沢にどっぷり浸ってしまうと二度と戻れないモノである。
 そして回る金がなくなれば、離れて行く人も多い。
 それまでちやほやしてくれた人迄、藍葉を袖にする。
「かさねに続き、松乃助が満願適って寝たきりになったというのに‥‥‥ええい、誰ぞ! 蘭を呼べ!」
 心がしっかり貧しくなってしまった藍葉は、幸せそうに見えるあんず姫の母かさねと御台所の長子 松乃助を調伏せんと贔屓の占い師の勧めにより南蛮人の血を引くという噂の妖術師に「蘭」を雇っていた。

 先程迄の晴天は何処にいったのか、俄に黒い雲が空を埋めつくし激しい雷雨が響き渡る。
 ゆらりと幽気漂う無気味にだらりと垂らした長い髪をした女が入って来る。
 南蛮風の服を着た蘭が部屋に入って来ただけで室温が下がったように感じる。
「およびで‥‥?」
「蘭と二人っきりで話がある。呼ぶ迄、誰も来てはならぬ」と人払いをさせる藍葉。
 人の気配が消えるのを待ち、蘭が口を開く。
「将軍の呪詛は‥‥順調のはず‥‥‥なにか問題でも?」
「しっ、声が大きい」
 蘭の言葉に辺りを見回す藍葉。
「老中の間者が‥‥心配ですか?」
 懐から老中、美津濃と書いてある人形を取り出す蘭。
 口の中で何かを呟くと「プツリ」と待ち針を人形の頭に刺す。
「これで美津濃は‥‥酷い頭痛で‥‥姑くの間は‥‥藍葉様の事等‥構っておられません‥‥」
「うむ。実は‥‥‥」
 蘭の耳に口を寄せる藍葉。
 すぅっと楽しげに目を細める蘭。
「‥‥‥なる程‥‥それは‥‥楽しそうな事で‥‥ならば‥手のモノを‥‥放って‥‥調伏の儀を‥‥用意しましょう」
 にやりと凄みのある笑いを浮かべる蘭。


●飛びマス、生きマス、戦いマス。この素晴らしい世界を一杯の愛に包む為に!
『危険だ』と江戸城から供をして来た幼馴染みのあさぎを旅の一座に託し、あんずは独り紀州へと向かおうとしていた。
「ついて来なくていいのだぞ、本当に危険なのじゃ」とあんず姫は桃太郎と刹那を見て言う。
「折角知り合えたのだから、お前さんが江戸に戻るまで用心棒をさせてくれ」と桃太郎。
「悪いがタダ働きなり。それでいいなりか?」とあんず姫。
 最小限の金を残して、有り金全部あさぎの為に使って欲しい。と旅一座に渡したあんず姫殆ど無一文に近いのだ。
「友達を助けるのに金は必要無いさ。俺も自分の路銀位は出せる」

「私は‥‥‥今まで黙っていましたが、父、沼田吉保の命により、あんずさんの監視役として同行しておりました。ですが、事ここに至っては全力であんずさん‥‥いえ、姫をお守り致したいと存じます」
 あんず姫の前に膝を着く刹那。
「長きに渡り姫を騙すような形になり‥お怒りと思いますが、是非お連れ下さい」
「刹那については、知っておったなり‥‥喋り方と言い、目の辺りが沼田殿にそっくりなのじゃ」
 あと、心配性な所のも、な。
 そう笑うあんず姫。

 ***

「うむむ‥‥何故まだあんず姫はピンピンしておるのじゃ!」
 イライラと蘭の周りを歩く藍葉、蘭を怒鳴り付ける。

 藍葉の耳に入るのは、着実に江戸へと近付くあんず姫一行の話ばかり。
 監視役に放った忍びから寄せられる話では自分以外にもあんず姫を狙う者がいるらしい。
 その手の者(くノ一)は、微妙に2流の下っ端なのか、故意か偶然か。藍葉手の者をも巻き込んで、尽く襲撃に失敗していると言う。
 お陰であんず姫一行の行動は慎重になり、人為的な敵襲は効果がなくなってしまった状況である。

「最早頼りは『呪』だけだと言うのに!」
 最後の知らせであんず姫が廻船に乗り込んだことが確認されている。
 藍葉をジロリと凄い目つきで睨む蘭、その迫力に息を飲む藍葉。
「‥‥‥あんず姫側に‥‥術を使う仙道士が‥‥‥混じっている‥ようで‥‥‥こちらが‥放つ‥‥邪鬼を尽く退治して‥‥回っている‥‥様です」
「ならば、どうするのじゃ?」
「‥‥‥私が‥‥‥‥直接‥‥撃って‥‥出ましょう‥‥遠隔操作ではなく‥‥直接‥‥」
「そうか、それは心強い。頼りにしているのじゃ。ささっ、早ようあんず姫の首を取って参るのじゃ」
「御意‥‥」
 そう言って藍葉の部屋を後にする蘭。
「‥‥‥‥言われる間でもない。手塩に掛けた‥私の可愛い邪鬼を‥‥‥許すまじ‥‥桃太郎‥‥‥」
 影のように現れた従者に出立の用意が出来ているか尋ねる蘭。
「お館様の‥‥お好きな時に‥‥」
「ならば‥‥月のない‥今宵の内に‥‥出立‥‥です」

「ふふ‥‥これで‥もうすぐ私が天下人の母となるのですね‥‥‥」
 ついにこらえ切れなくなった藍葉。
「おーほっほっほー! これで私は大奥で一番! 『おのれ、御台所』『おのれ、かさね』と、せせこましく生きずに済むのね!」
 しくしくと藍葉の側使いが感無量の涙を流す。
「少しばかり将軍様から寵愛を受けているからって、私の方が生まれも育ちも容姿も上なのに‥‥‥なんと暗く辛い道のり。これで『最高女子(トップレディー)』として美容痩身、美白肌や若返り、高級逸品に美食三昧。更に上、世界に通じる『最高女子』を目指して公金使い放題の贅沢三昧ができるわ。文句があるのなら大奥にいらっしゃい! おーほっほっほー!」
 高笑いをする藍葉に黒い念を身に纏う。

 一方、紀州から江戸へと渡る廻船上、あんず姫の前に膝を着くくノ一 お稲。
「私はあるお方から命ぜられ、密かに身辺を守らせて頂いておりました」
 お稲は藍葉以外にもあんず姫を狙う者がいると偽装をして、蘭が失敗した時用に藍葉が用意した忍びの邪魔をしていたのだった。
 だが船の上ともなれば別である。
 廻船ならではの習慣があんず姫を守るのである。
 乗船中は武士だろうとへったくれだろうと武器の類は全て船長が一時預かる事になっている。
 また乗船中に乱闘等の騒ぎを起こせば、乗員達が束になって襲って来る。
 挙げ句、帆柱に逆さに吊されれば御の字、下手をすれば簀巻きにされて鮫の餌になる。
 それが廻船の習わしである。
 正体を明かした方が今後の護衛が上手く行くだろうとお稲は考え、正体を明かしたのだった。
「船が波止場に着けば、最後の機会だと敵が一気に襲って参りましょう。微力乍ら、このお稲。姫様のお側を守らさせて頂きます」


●決戦は何曜日に?
 なんとか無事、品川宿へと辿り着いた一行。
 最後の襲撃を避ける為、新橋から江戸へ入るのではなく、品川宿から江戸の町に入る事にしたのだった。
 お稲は周囲を調査します。と何時の間にか姿を消していた。

 大橋を渡り出したあんず姫一行の前にゆらりと突然現れる蘭。
「気をつけろ、妖術師だ!」
 桃太郎の言葉に一行をジロリと一瞥する蘭。
「居ましたね‥‥‥秋津桃太郎‥‥よくも‥‥いままで‥‥私を蔑ろに‥‥してきましたね‥‥許しません!」
 長い無気味な杖で桃太郎を指す蘭。
「桃太郎の知り合いなり」
「『蔑ろ』とは、穏やかではありませんね」
 軽蔑した目で桃太郎を見る刹那。
「良く見れば美人。桃太郎も墨に置けぬなり」
「俺には覚えがないぞ!」
 あんず姫と刹那、二人に文句をつける桃太郎。
「忘れたとは‥言わせません‥‥‥私の大事な邪鬼の恨み‥‥晴らさせて貰います‥‥『火弾剛球』!」
 蘭の手の中で炎の玉が突如出現し、それをガンガン投げ付けて来る蘭。
「ま、待て! 人違いじゃないのか?!」
 必死に炎の玉を避け乍ら叫ぶ桃太郎。
「将軍家に支える竜仙道の道士、秋津桃太郎‥‥‥私が‥(あんず姫に)放った邪鬼を‥尽く倒したお前を‥‥どうして、見間違えよう!」
「どうやら『あんず姫の命』を狙っていた人のようですね」
「うむ。だが、どうやら途中で目的が変わって、桃太郎退治になったらしいなり。桃太郎も罪な男よ」
「だ、か、ら、世間から誤解を産むような事を言うな!」
 実際、物見遊山宜しく野次馬が集まっている。
「やーねー。あの妖術師を誑かしたんですって」
「男の風上にも置けない」等、好き勝手を言う見物人の声が聞こえる。

「‥‥五月蝿い、外野」
 蘭の作り出した幻の妖怪に驚き逃げ惑う野次馬達。
「次は‥‥あなた達です」
 杖をぐるぐると回す蘭、身構えるあんず達。
 だが悲鳴を上げたのは蘭だった──。
「あ、つぅーーーーい!」
 蘭の黒い服に赤い光が灯ったと思った瞬間、火が着いたのだ。
「熱っ、熱っ、熱っ!」
 ドボン! と橋から川に飛び込む蘭。


●三体が行く!
「‥‥‥あ、マズ。一瞬寝ちゃった」
 ゴシゴシと涎を拭く阿虎。
 悪の仙術、虎仙道の使い手の阿虎、宝貝『万里起雲烟』であんず姫に焦点をあわせる途中でうっかり蘭の姿を望遠鏡で見つめてしまった途端、眠くなったのだ。
「やっぱり乗り気じゃない仕事をしなきゃいけないからなのかな?」
 阿虎の性格から言えば、今回の依頼、受けるのは気が引けたのだ。
 今回の依頼、御台所の二男 若竹に夫を寝取られた奥方が依頼人である。

「普通だったら、若竹に復讐じゃないの?」という阿虎に依頼人は、
「そんなの甘いわ! 嫁ぎ先はお家断絶、実家にいれば、男に夫を取られたと御近所からは陰口を叩かれ、家族からは哀れみの目でずっと見られ‥‥‥この恨み、将軍家の血なんて絶えちゃえばいいのよ!!」
「あ、そう」
 断るには大金過ぎる依頼料、枯れても将軍の娘であるあんず姫の首を取れば、名が売れる。
 そんな打算もあり依頼を受けたのだが‥‥。

 先日も別の宝貝『万刃車』であんず姫一行を襲ったが、見事何かに守られているかのように弾が当らなかったのだ。故、焦点式の『万里起雲烟』であれば狙いを外さないと『万里起雲烟』で撃ったのに、この有り様である。
「なんか、調子が狂うや‥‥さっさと終わらせよう」

「なんじゃったのだ。いまのは?」
 蘭が川に飛び込むのをあっけに取られて見ていたが、戻って来ぬなら今のうちだと橋を渡るあんず姫一行。
 だが、思うようには中々行かない。
「我が名は阿虎。虎仙道を極めし仙道士なり。そこの一行、これ以上は江戸城には近付かせぬ!」
 ガシャリと対岸の長屋の瓦を踏み締めて、口上を叫ぶ長身の女。
「そなたには恨みはないがとある女性の願いにより慎んで姫のお命頂戴仕る!」
(「ふ‥‥‥決まった」)
 こっそり悦に入る阿虎。
「仇討ちか?」
 うーむ? 心当たりないなり。とあんず姫。
「でもまあ敵討ちと慣れば、双方代理人を立てても構わぬ習わし故‥‥用心棒である桃太郎の出番なり」
「また俺かよ」と桃太郎。
「刹那は、沼田家の嫡子なり。向こうが良しとすれば2対1で構わぬのじゃが‥‥あのような隼の覆面に派手な合羽、どう見ても桃太郎が相手に相応しいなり」
「えーっと、話し合いはすんだ?」と阿虎。
「うむ、この男が代理人なり」
 桃太郎の背中を押すあんず姫。

 こほん。と咳を吐く阿虎。
「では‥‥最初に言っておく! 私は、『か・な・り』強いから覚悟しろ!! 泣いて謝るのなら今のうちにするがいい!」
「男が『はい、そうですか』って一旦引き受けた仕事を投げ出せるかよ! 俺も女だからって容赦しないぞ!」と桃太郎。
「出でよ、我が虎仙道奥義傀儡人形『黄巾力士』陸戦型『壱豪』!」と阿虎が叫ぶ。
 地面が激しく揺れ、ばっくりと割れる。
「じ、地震か?」
「嫌、違う。もっとこれは‥‥‥」
「なんじゃアレはー!」
 あんず姫の指差す方、地面から大きく土砂を吹き飛ばし乍ら黄色く塗られた機上巨大からくり人形『黄巾力士』が現れる。
 気を吐くと阿虎は瓦を蹴って飛び上がり、黄巾力士の中へと消える。
「ええい、しょうがない!」
 こちらも秘奥義だ! と印を結ぶ桃太郎。
 変化の術で角を持つ巨大な青蛇の妖怪に変身する。

「‥‥‥これは‥‥最早、私の手に負えません‥‥」
 阿虎が操る怪しい巨大からくり人形『黄巾力士』と桃太郎が変化した蛇とも竜とも着かない巨獣対決にあんぐりと口を開けて見ていた蘭だったが、このままトンズラを決め込みそのまま河口へと泳いで行く。

「面白い、ならば全力で叩き潰そう!」と阿虎。
「我が命により、深き海より襲来せよ『弐剛』! 天空の城より舞い降りよ『参轟』!」

 ザザッ──風も吹かぬのに大波が立ち、それに飲まれてしまう蘭。
 がぼがぼ。と暗い水の底に引きずり込まれていく蘭。
「私って‥‥‥不幸?」
 遠のく意識に我が身を嘆き‥‥たい所だったが、水中を移動する巨大な鉄の塊に吃驚して水面に顔を出す。
「なに? 今のは?」
 見物人に助けられ、川から這い上った蘭。
「助かりました‥‥‥」
「言うには及びません。何しろ、あなたは貴重な証人ですから」
 にっこりと笑うお稲だった。

 海から川へと流れが差し込む河口。
 波が割れ巨大な黄巾力士『弐剛』が現れ、雷鳴のごとく轟音を立てて『参轟』が舞い降りて来る。
『ちっ、まだ仲間がいるのかよ?』と蛇になった桃太郎が呟く。
「海戦型『弐剛』と空戦型『参轟』三体の黄巾力士が揃えば、虎仙道は無敵だ!」と阿虎。
『壱豪』の鉄拳を角で躱し、口から怪光線を吐く蛇(桃太郎)。
 だが多勢に無勢、『弐剛』の額から放つ角手裏剣と『参轟』の指先から連続発射される火矢に翻弄されて、あっという間に袋叩き状態である。
「うむ‥‥これは流石に不味いのじゃ」
 真面目に心配するあんず姫の回り、一般見物人達の間には何時の間にか臨時屋台が立ち、世紀の対決を楽しく見守っている。
 蛇(桃太郎)は『弐剛』と『参轟』に捕まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「覚悟するがいい竜仙道! この『飛烟宝剣』で終わりだ!」
『壱豪』の手には何時の間にか光を帯びた怪しい西洋剣が握られている。
「逃げろ、桃太郎!」
『逃げろったって、くそぅ! どうしたら良いんだよ!』

「こういう時はお一つ、お茶を飲まれて落ち着くのが宜しいですよ♪」
 象に乗った白い前掛けも美しい英国式雑役女中服に身を包んだ萌茶屋女中娘(ナタル)があんず姫ににっこりと笑いかける。
「西洋茶に焼き菓子、おまけもついた『英国式午後茶綴り箱』がお徳です♪」
 藤籠に入った茶碗と急須を差し出すナタル。
 一つ貰おう。と綴り箱を買うあんず姫。
「こんな時にお茶ですか?」
「うむ‥‥困った時は脳に糖を与えると良い案が出ると言うしな」
 ナタルが敷布を広げ、その上で午後茶を嗜むあんず姫。
『真面目にさっさと考えろ!!』
「‥‥‥キミも色々大変だね」
 阿虎に同情される桃太郎。

「なんじゃ、これは?」
 綴り箱の中に小さな金属の箱が入っていた。
「これがオマケか?」
 箱には大きな丸い円状の出っ張りがあり、その側には二本の棒が立っている。
 指で触ってみるとその棒が上下左右に動く。
「な、なに? 操縦が?!」
 突如、黄巾力士の動きが阿虎の手から離れ、何者かに操られたかのように動く。

 箱から出た右の棒を上下に動かす。黄巾力士の右手が上下する。
 左の棒を上下に動かす。黄巾力士の左手が上下する。
「面白いのじゃ♪」
「外部干渉だと? この‥‥‥!!」
 阿虎は必死に操縦を取り戻そうと四苦八苦するが、どうにもこうにも上手く行かない。
 ぶん! と振った黄巾力士の右手が火の見櫓を叩き壊す。
 それに対しあんず姫と言えば、
「ワハハ。一座随一の巧み技を持つこのあんずに係ればこの程度のカラクリ、操るのは造作もないのじゃ」
「どこが巧みです。壊れていますって」
 裏手突っ込みを入れる刹那。


●玉簾よ、永遠に
「品川の町を恐怖に陥れた罰を受けてみよ! 『さて、さて、さて、さて‥‥‥』」
 あんず姫の掛け声と共に南京玉簾を踊り出す黄巾力士『壱豪』。
 腕を振る度、『弐剛』と『参轟』をなぎ倒す。
 敵味方識別装置があるのか受け身が取れず、好きなように『壱豪』に殴られる『弐剛』と『参轟』。
「『海老が釣れずに亜流善珍・爆苦振裏華』!」
 ぽちっ、とな。と黒い髑髏が書いてある出っ張りを押すあんず姫。
「今押したのはなんですか?」と刹那が訪ねる。
「ノリじゃ。こういう怪しい出っ張りを見ると無性に押したくなるのじゃ」

 操縦席の赤い提灯が点灯し、ガンガンと激しく鳴らす半鐘の音が聞こえてくる。
『自爆装置作動、乗員は10秒以内に退避して下さい。10‥‥』
「ちょっと待った! 10秒で何ができるっていうのぉーーーーっ?!」
 爆発と聞き、見物人達がわたわたと逃げ惑う。
『8』
「まあ、爆発するって言う心構えだろう? 後は手近い所にある避難用座ぶとんを頭に被るとか、火の始末をするとか」
『なんだそりゃー!!』
 巨大蛇の姿のまま桃太郎が突っ込む。
『6‥‥』
「しかし、ここで爆発すると品川宿は火の海だな」とあんず姫。
「冷静に分析してどうするんですか!?」
 長い旅路で突っ込みポジションを確立した刹那であったが、黄巾力士の中から聞こえる秒読みにすぐに素面に帰る。

「まさか、我が師より封印されしこの秘剣がこのような形で日の目を見る事になろうとは‥‥‥」
 はぁ‥‥と溜息を吐く刹那だったが、気を取り直して。
 キッ! と黄巾力士を睨み付ける。
『3‥‥』
「一度鞘から離れた以上、すべてを切り裂くまでこの剣は止まらぬと知れ! 『絶・天竜撃』!!!」
 八方からの斬撃波が巨大な3体の黄巾力士を巻き込み空へと持ち上げる。
 凄まじいばかりの気を帯びた波動は機体に亀裂を生じ、切れた装甲の隙間から中のからくりが覗く。
『1』

『0』
 ちゅどーーーーん!
 轟音と共に空中爆発する黄巾力士。
「きーっ! 負け、たぁーーーっ!!」
 天の彼方へ吹き飛ばされる阿虎。
「おたっしゃで〜♪」
 白い手拭いを振るあんず姫だった。

 ***

 ビシッ!
 蘭が藍葉に託していった調伏人形が音を立てて真っ二つ折れる。
「これは‥‥‥?」
 中から将軍のモノらしい髪や爪といった穢物(あがもの)が見える。が、次の瞬間青い炎を立てて燃え上がる調伏人形。
「お‥‥‥おのれ、今一歩のところでありましたのに」
 呪詛が破れたと知り、悔しがる藍葉。
「何が『今一歩』なり?」
 江戸下屋敷に戻っていた藍葉。
 江戸城へ帰ろうと思ったところで、黄巾力士の騒ぎである。
 藍葉は帰るに帰れず、己の部屋でいた所、濡れ鼠になった蘭を連れたあんず姫が突如現れたのである。
「道中学んだマツリの心。人は人の為、国は人の為。
 人の心を知らぬお主に、この大切な国壟断させる訳にはいかぬ。神妙に裁きを受けよ」
 あんず姫の言葉にがっくりと頭を垂れる藍葉であった。


●大縁談(大円団)
「いいのか? あんず‥‥いや、あんず姫?」
「何の事じゃ?」
 天守閣を望む庭にいる赤い打ち掛けを着た姫様姿のあんず姫と裃を着けた桃太郎。
「藍葉の呪詛の事だ。表に出ればもっと厳しい処分も出来たんじゃないのか?」
 藍葉に「宿下がり」を申請させる事によりこの度の一件を、葉太郎の進退共々に今後一切不問にしたあんず姫。
「証拠は何も残っていないなり、あるのは人の思いだけなり。幼い葉太郎の命を奪ってなんとする?」
 泣いて許しを請う藍葉は『汚らわしくも他の者に身を任せた事はない。葉太郎が将軍の子である』ときっぱりと言った。
 つまりあんず姫とは母違いの姉弟である。
「戦乱の世は終わっておるのじゃ。妾は、人が死ぬのは好まぬ。死なすよりは生かす方がずっと難しいが、そちらの方が妾は好きなり。それに大奥という閉鎖された場所に長く閉じこめれると、皆、1度や2度呪いも掛けたくなるものなり」
 妾の母かさねと共にある一番古い思い出は、父上を呪う姿なり。とあんず姫が笑う。
「広いが狭い大奥に閉じ込められ、妾を産んで増々逃げだせなくなった母が呪ったのじゃ。藍葉に比べれば子供騙しであるが、藍葉の罪を問わねばならぬのならば、他の大奥にいる女達も同罪なり」
 あっけらかんと言うあんず姫。
 伊勢参りが一回りも二周りもあんず姫を大きくした。
「全く‥‥松乃助様がどういう方か知らないが、あんずの方がきっと将軍に向いていると思うぜ」
「妾は女なり。『ぺた』でも」
 胸を張るあんず。
「‥‥‥俺は別にそんなに小さくないと思うぜ。その‥‥刹那にくらべれば『小さい』のだろうが『普通』だろう?」
 びっくりした目で桃太郎を見るあんず姫。
「いや、その、俺もそんなに女を知っている訳ではないが‥‥‥その‥‥まあ、一般的な大きさだと」
 台本の題材になるか? と小遣い稼ぎに風呂屋の番台に上っていた事があるんだよ。と白状する桃太郎。
「桃太郎は俗物なり。よくそれで仙人の弟子と言えるものなのじゃ」とあんず姫。
「ははっ、そうかもな」
 いつもと変わらぬ桃太郎である。
「時に刹那は、どうした?」
「沼田殿に呼ばれておる。沼田殿は忠義の厚い男だが、少々頭が固い。『監視役』を忘れ、妾に肩入した事が問題にならぬといいが‥‥‥‥‥しかし全く、誰も彼もが妾を監視する。妾はそんなに『心配』か?」
 まあ、それでも気が置けぬ楽しい旅じゃった。と世直し旅を思い出し、笑うあんず姫。

「‥‥‥行くのか、桃太郎」
「俺はこの度の働きを受けて、正式に命も下ったからな。あんずともお別れだな」
 公儀悪党討伐士の役につき諸国を漫遊するのだと言う。
「そうか、達者でな。妾はこれから父上と謁見なり、妾は見舞いのつもりじゃが‥‥‥どうやら老中は妾の輿入れ先を本気で見つけたらしいので、要注意なのじゃ」
 桃太郎がいれば、仙術で誤魔化せるのだろうが。と笑う。
「まあ、あれだ。いつものあんずらしく『案ずるより産むが易し』、当って砕けろ」
「そうじゃな‥‥‥桃太郎、再び会う事はないだろうが、身体を厭えよ」
「そっちこそな」
 霞が消えるように桃太郎の姿があんず姫の前から消える。
「行ったか‥‥‥ふむ。案ずるにあたわず、か‥‥‥‥‥‥江戸は今日も日本晴れなのじゃ☆」
 青空にポッカリ浮かぶ富士山は、うっすら雪化粧をしているのであった。

 ──完。