刑事アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
有天
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
10.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
03/30〜04/03
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●本文
「奥さん、いい加減本当の事を話して下さいよ」
野暮ったいトレンチコートとすり減った革靴、手に下げた黒い鞄。
定年間近い初老の男、安田刑事は、中年女性に言った。
「何度も言うように『あの人』は何年も前に女を作って出て行ったまま、うちには連絡して来ないんです」
安田は、都下で起った老女の強盗殺人容疑者を追っていた。
捜査線上に浮かんだ被疑者は、3名。
1名は、繁華街を根城にしているチンピラ。老女の隣に住んでいた組織にも入れずおこぼれの仕事を請け負っている無職の男である。
1名は、老女の遠縁の親戚である‥‥目の前の女性の夫である。
もう1名は、老女と同じアパートに住んでいた学生である。
老女は頭部を硬い凶器で殴打され、頭部挫傷より死亡していた。
発見したのは、牛乳配達の女性であった。
女性によると老女には家族が居らず、現在年金で生活しているらしいが元は裕福な家の出で、高価な指輪等を所有していたと言う。
●証言:牛乳配達の女
「田中さん(被害者女性)は‥‥ええ、まあこんな‥‥まあはっきり言って安アパートには似合わない高い時計とかお持ちになっていましたよ。そりゃあ、何百万円もするような有名ブランドとかじゃなかったですけどね。古いけどちゃんとした‥‥そりゃあ、私も女ですからね。良い物か悪い物かは判りますよ。田中さんは、贅沢はされていませんでしたけど、とても優しい方で、身寄りがいない所為もあるんでしょうけど‥‥ええ、昔息子さんが下働きの女性と駆け落ちしたらしくって‥‥御主人をなくされた後、ずっと独りだっておっしゃっていましたよ。だから下の階の学生さんをお孫さんみたいに可愛がっていて‥‥ええ、田中さんはその学生さんの分も、何時も牛乳とかヨーグルトとか余分に買っていらっしゃったんですよ。だから私は田中さんが死んでいるのを見て、その子(学生)の部屋に慌てて行ったんですけどいなくて‥‥苦学生だって言っていましたからね。まあアルバイトとかに行っていたのかも知れないんですけど‥‥‥そういえば学生さん、田中さんが死んでから見かけないわね」
被害者の部屋からは、牛乳配達が言う高価な腕時計も指輪も発見出来ないでいた。
そして学生もまた姿を消していた。
●証言:同じ並びの部屋の男
「えー? 隣のばあちゃん? んー? 耳が遠かったかな? もう一軒隣の‥‥‥あの親父は、すぐ俺ん所やばあちゃんの所が五月蝿いって怒鳴りに来てよ−。チョームカツクって感じ? 俺はさぁちゃんとヘッドホンつけて音楽聞いている訳、ばあちゃんは、んー? 時々、朝TVの音が漏れていたかなぁ? でも、こんなアパートじゃん。普通にドア閉めたって音がするぜ。俺に言わせれば、あの男が気にし過ぎなんだよ。気になるんだったら、余所にこせってぇの。後はぁ、んー? ああ、ばあちゃんが野良猫に餌やってんのが気にくわねぇって。そういやあ、少し前にばあちゃんの可愛がっていた猫が死んだって言っていたよなぁ。ばあちゃん? いい人だったよ。たまに飯奢ってくれたりしてさぁ、金? んー? あんまり持っていなかったんじゃねぇ? なんか何時も同じ格好をしていたし‥‥変な声? んー? よくわかんね? あ? 聞く? これ、俺がやっているバンドの最新曲、結構良い線いってね?」
調べてみると猫は死んでいた。
前日、雨の中、猫が死んでいた場所にちんぴらが立っているのを郵便配達員が目撃していた。
●証言:巡査
「そうですね‥‥確かにあの日、自分は事件の起る1時間前この道を巡回致しました。最近、この付近で空き巣による盗難事件やバイクによるひったくり等が続発しておりまして自分は警邏をしておりました。被害者アパート前に立つ‥‥‥はい、この男です。確かに、丁度ここ‥‥はい、街灯の下に立ち被害者アパートの方を見ていました。手提げ鞄を下げ‥‥そうですね。いかにも田舎から出て来たと言う感じで、メモを見乍ら住所を確認していました。自分が声をかけると、住所はもう判った。そこのアパートに用がある。と言って2階に上がって行きました」
被害者女性が死亡した時間、チンピラはパチンコ屋におり、複数の人間からアリバイを立証された。
所在の確認出来なかった学生は春休みを利用して実家に帰っており、その時間帯は深夜バスに乗っていた事が確認された‥‥‥そして、遠い親戚の男だけが所在が不明だった。
捜査本部は遠縁の男を犯人と推測し、逮捕状を取って捜査に及んだが男は逃亡し続けた‥‥当時1000人体制で始まった捜査本部も永年に渡る年月に縮小されてしまった。
「もう少し人員を割いて頂けませんか?」
時効を1週間後に控え、安田は本部長と署長に掛け合った。
時効の2日前に安田は、定年を迎えるのだ。
本来なら越権行為だと処罰され兼ねない所であったが、安田が誰よりも真面目で優秀な刑事である事を本部長も署長も知っていた。
こうして‥‥時効1週間前にして配属された若い刑事がいる。
たった5日間であろうとも、老練な刑事から学ぶ事が多いだろう。そんな配備だった。
●ドラマ「刑事」
老練な刑事と若い刑事のぶつかり合いを通して見えて来たものは?
配役>
安田刑事:定年間近な老練な男性刑事 外見50代以上
新人刑事:安田と組む事になった新人 外見20代
中堅刑事
署長
本部長
遠縁の男:被害者女性の親戚、女を作って家出中
遠縁の男の妻
学生:被害者女性の階下に住む苦学生
チンピラ:被害者女性の隣に住む無職の男 他
●リプレイ本文
●CAST
安田‥‥‥‥‥鬼頭虎次郎(fa1180)
新堂和葉‥‥‥深森風音(fa3736)
池前田剛‥‥‥タケシ本郷(fa1790)
中村則武‥‥‥若宮久屋(fa2599)
藤・楓‥‥‥‥斉賀伊織(fa4840)
小暮修吾‥‥‥妃蕗 轟(fa3159)
大場(甲田宗平)‥‥バッカス和木田(fa5256)
高田鈴‥‥‥‥稲川ジュンコ(fa2989)
田中きん‥‥‥エマ・ゴールドウィン
●新兵と老兵
安田の願いにより捜査本部に配属されてきた刑事は、生活安全課から抜擢された女性刑事であった。
「安全課ね。人手は多いには越した事がないが、署長のヤツ、ケチりやがったな」
安田、小暮と同期故の辛辣な批判である。
「まあまあヤスさん、そう言わずに。聞き込みの助けにはなりますよ」と池前田。
「そうですよ。噂によれば情報収集が得意らしいですから戦力になりますって。それに美人らしいですよ」と中村。
「噂なんてアテになるか。第一、顔で捜査が出来るか」
生活安全課の仕事は広い。
所轄によって風俗産業から少年非行、銃刀の管理まで様々だが扱うケースが多い。
安田達の思惑等知らず、本部のドアを開く新堂。
「この度、本日付で捜査本部に配属された『新堂和葉』です。よろしくお願いします」
「まあ、お手並み拝見と行こうじゃないか」
***
世代のギャップというべきなのか?
安田を中心とする古株刑事と新人である新堂の対立は、早々にやってきた。
『刑事は足で稼ぐ』を自ら実践してきた安田にとって、現場はお百度ならぬ千でも万でも通うべきという基本方針を貫いてきた。
だが新堂に言わせればそれこそが、15年間一行に進まない捜査の元凶に見えてくる。
「書類や証拠品からデータを見た方が、効率的じゃないでしょうか?」
「馬鹿野郎! データで何が判る? 情報だけでは人の本当の心は判らないんだ。ひよっこが生意気な口を利くな!」
激昂する安田、嫌な雰囲気が本部内に広まる。
「まぁまぁ、ヤスさん」と宥める池前田。
「新堂も言いすぎだぞ。少しでも無駄な行動は減らすべきと効率重視の考え方は評価するが、捜査に無駄な事等ないぞ。新堂のいた現場と自分達の扱っている現場はモノが違う。そこにはそこにあった方針というのがあるんだ」と中村。
こう言われてしまうと新堂も何んと言ったらいいか判らなくなる。
何しろ殺人課の仕事は、初めてなのだから。
●転属の祝い
「ハァ‥‥」
トイレの鏡に映る自分の顔は酷い顔だ‥‥
ごちゃごちゃになった15年分の資料を一人で纏め上げる仕事は想像以上にキツい物だ。
優秀なベテラン刑事の下に着く事を知らされた時の喜びと意気込みが、今、自分の中で完全に空回りをしている。
実際会った安田は、分らず屋の頑固者にしか見えない。
そう新堂には感じられた。
「ああ、もう!」
くしゃくしゃと髪を掻き毟る新堂の後ろからクスクスと笑い声がする。
安全課に勤める藤であった。
「捜査本部は、噂以上に大変そうね?」
「ええ、噂以上に大変よ。聞き込み捜査が悪いとは言わないけどあの人達ったら‥‥」
安全課で仲が良かった藤につい愚痴を零す新堂。
「駄目よ、和葉。殺人課なんだから幾ら同じ警察官、友達でも捜査機密を漏らしちゃ」と苦笑する藤。
「楓は、私と違って情報のプロですもの。穴に向かって話し掛けているのと同じよ」
藤のプロファイリングについては、安全課内で定評がある。
心無い人間からは藤の方が、殺人課に向いていたのではないかという声が上がる程であった。
新堂の話をくすくすと笑い乍聞いていた藤は、少し考えた後、こう言った。
「‥‥まだ和葉に転属のお祝いをあげていなかったわね。今聞いた話から推測すると犯人は『神経質そうな痩せ型男性・右利き』かな‥‥あと、複数者の可能性あり」
「え?」
「私が担当している事件の容疑者よ。今の名前は、大場。写真を見た時、どこかで見たことがあるなぁって思ったんだけど、和葉の顔を見て思い出したわ。甲田宗平なのね、彼が」
15年間逃亡を続けている手配中の重要参考人の名前をあげる藤。
***
藤の齎した情報により事態は急展開をする。
大場こと甲田宗平の立ち回り先に張り込む刑事達。
「甲田宗平だな? 田中きんの殺人容疑で逮捕する」
逃げようとする甲田に一本背負いを決める安田。
こうして安田達は甲田の身柄を確保する事となった。
●隠されたもの
取調室の中、甲田は、ぽつりぽつりと話し出す。
「‥‥‥最初、殺意はありませんでした。彼女に‥‥田中さんに僕は‥金の無心をしに行っただけです‥‥」
「金の相談をしに来て、断られた?」
「はい‥‥でも、殺すつもりはなかったんです。断られるのは覚悟していましたから‥‥でも‥‥」
この遠縁と思われていた甲田宗平という男、田中きんの実子だと言う。
訳あって育てられない子を親戚の実子として届け育てられる等は、稀であるが現在でもなくはない。
「つい‥‥かっとなって‥‥気が着いた時は‥‥頭から血を流した田中さんが‥母が倒れていました」
(回想シーン)
感動の親子対面を期待していた訳ではない甲田は、きんが激しく甲田を罵るのじっと我慢している。
だが、きんの発した何気ない一言にかっとなり、側にあった置き時計を掴むとそのままきんへと降り降ろす甲田。
驚愕のきんの瞳がアップになり、壁に飛び散る血が映し出される。
返り血を浴び、呆然と立ちすくむ甲田。
ドアが開いているのを不信に思い、中に入って来るチンピラ。
ゆっくりと振り返る甲田。
「その後は‥‥何がなんだか‥‥彼に言われるまま‥‥僕は遠洋漁業の船に乗り、船で海に落ちたという男の戸籍を買いました」と甲田。
「あんたの話を聞くと話が上手すぎて用意周到、計画的に見えるがねぇ」
「‥‥僕も出来すぎていると思います‥‥でも本当の事なんです」
甲田は、じっと取り調べ机を見つめたまま言った。
状況証拠と供述は、甲田が犯人と示している。地検に送検するには充分に思えるが‥‥何かが引っかかる。
「今日はここまでにしよう」
窓に映る朝日を見ながら安田はこう言った。
***
その日、高田鈴はいつも行く喫茶店で遅いモーニングをもそもそと食べていた。
天井近くに置かれたTVは、時効間際に容疑者が逮捕された殺人事件を報道していた。
鈴にとって今日のオーディションの方が事件より100倍重要であった。
その証拠に机に広げ垂れたオーディション用の台本には、赤線が引かれていた。
「受かったら、必ずカフェ・オ・レ頼むからね」
カウンター越しのマスターにそう宣言する鈴。
良心的な価格設定の店ではあるが、鈴はまだブレンド以外頼めていない。
なんとか今日のオーディションに受かって、カフェ・オ・レを頼むのだ。
なにしろこの店は、鈴にとって有り難い事に台本を覚える為に長い時間陣取っても怒られない。エアコンがある貴重な空間なのである。
カラン――
ドアベルが鳴って、鈴と顔馴染みの初老の男が入って来た。
「安田さん、今日も凄く眉間に皺が寄っていますね。相変わらず心配事ですか?」と声を掛ける鈴。
「ああ、それに目出たく明日引退だ」と安田。
「引退? ああ、定年なんですか? おめでとうございます」
「まあ、目出たいかどうかは判らないが‥‥まあ、目出たいんだろうな」
TVを見上げ乍ら、そう呟く安田は益々苦虫を噛み潰した様な渋い顔をする。
「安田さんは、いつもの?」とマスターが声を掛ける。
「ああ、いつものを頼む。高田さんは珍しく険しい顔をしているな」
「実はね。今日受けるオーディションなんだけど台本に良く判らないところがあるのよ」と鈴。
「へぇ‥‥」
「監察医の役なんだけど頭を殴られた死体を見て『変ね。この死体、右側頭部後方‥上の方に傷があるでしょう? 容疑者は、右利きなのよね』と言うのよ。そうすると刑事が『ああ、被害者の後方から殴ったと供述している』『被害者は前に倒れた時に出来た足の前面に鬱血痕はあるのよ。でも脹脛や太股にはないの。つまり立った状態で殴られた。つまり犯人は彼女じゃないのよ』」
「それの何処が良く判らないんだ?」
「容疑者の女性役は、被害者と同じ位の身長なんですよ。あ、真犯人は別にいるんですけどね。その人が大柄の男性なんですが、そんなに殴った時傷の位置って変わるんですか?」
鈴は、安田が刑事だとは知らない。
単なる「推理小説の大好きなおじさん」としか思っていないのである。
殺人課の刑事という職業柄、安田もその勘違いは歓迎しているので敢えてそのままにしているのであった。
「‥‥そうだな、大分違うな。尤も何度も殴っていれば一概には言えないんだが」
「そうなんですか‥‥あっ、いけない! こんな時間だ。じゃあ、またね。安田さん」
時計を見て、慌てて台本を鞄に詰め込む鈴。
「またね。か‥‥ここのコーヒーも明日で最後だな。さて、ごちそうさん。小屋(取調室)もここみたいに上手いコーヒーが出るといいんだが、どうも紙コップは不味くてな」
安田は、そう言うと警察署へと戻って行った。
***
甲田を起訴し、チンピラには犯人隠匿罪と公文書偽造、不正な戸籍売買の斡旋等の逮捕状を裁判所に申請するだけとなったが、安田には見えぬ『刑事の勘』としか言えない何かが未だ引っかかっていた。
それを一層大きくしたのは、鈴の言葉であった。
「本部長に掛け合って起訴を少し待ってもらうか‥‥イケマエ、ノリ、悪いが、もう一度甲田とチンピラのあの日の行動を洗ってくれ」と安田。
「ヤスさんに頼まれちゃあ、しょうがねえな」と池前田が苦笑する。
「新堂、お前は俺と一緒に化研だ。たまにはお前が言うように書類や証拠品からデータを見て見るか」
新堂が目を大きく見開く。
本部に派遣されてから安田が自分の名前を読んでくれたのは、初めてである。
新堂の肩をぽんぽんと叩く中村。
「なんだ、新堂。お前は行かないつもりなのか?!」
「は、はい! 行きます!」
***
化研に残されている当時の解剖所見所を洗い直す安田と新堂。
「こいつは‥‥」
そこに隠されていた真実とは──
「確か甲田は、1度しか殴っていないと証言していたな」
「はい」
頭蓋骨の陥没箇所は2つ。
「お前、ノートパソコンに捜査報告資料のコピーを入れていたな。今、見れるか?」と安田。
「はい!」
警邏中の巡査が甲田を目撃した時刻と死亡推定時刻の誤差は、4時間。
チンピラのアリバイは、甲田の目撃された時間の前後2時間に集中している。
「イケマエとノリの報告次第じゃあ、今まで15年間勘違いしていた所を捜査していたことになるな」
自嘲する安田。
甲田以外に真犯人がいたとなれば、酷い遠い回り道をしていたことになる。
安田の携帯電話が鳴る。
本部から池前田と中村の報告が、安田に告げられる。
「‥‥‥‥お手柄だな、新堂」
そう言って安田は笑った。
●記者会見
小さな警察署の会議室に設けられた記者会見場は署長の小暮が、想像した以上の数の報道陣が集まっていた。
(「15年か‥‥」)
そっと口の中で呟く小暮。
小暮が広報が用意したパイプ椅子に座ると一斉にフラッシュが集れる。
時効ギリギリで犯人が逮捕された『独居老人殺害強盗事件』、事件当時は地方紙の片隅に小さな記事が載った程度だと言うのに‥‥‥。
殺害された老女 田中きんの遠縁の男、甲田宗平の自供によって真犯人である田中きんと当時同じアパートに住んでいたチンピラの逮捕に至ったのである。
(「長かった‥‥尤も慌ただしかったのは、ここ5日間か‥‥」)
広報が用意した原稿に視線を落とした後、再び正面を向いた小暮はその口を開いた。
●去り行く老兵
甲田は、業務上過失傷害罪と公文書偽造に関わる不正戸籍の取得による詐称行為として書類送検される事になった。
今回の『独居老人殺害強盗事件』は、当時の初動捜査方針にミスがあったとは単純に言い切れない。
仮死状態から一時蘇生したきんの組織数値を見落とした法医学医のミスも重なった不幸とも言えよう。
それにより一人の男、甲田と言う男は15年間を棒に振ったと言える。
尤も甲田自身が「きんを殺害してしまった」と思った時点で出頭していれば、このような事にならず、きんを殴った事に対し過失行為が認められた場合、実刑が着いたとしても15年間の逃亡生活よりも遥かに短い期間であっただろう。
警察署のドアを開け、出て行く安田。
犯人逮捕により捜査本部は、これから甲田とチンピラの証言の裏付け奔走することになる。自分を除いて‥‥
そう思うと寂しい限りであるが、自分の仕事は今日で仕舞いである。
少なくとも自分が関わった最後のヤマが解決に向かう事はいい事である。
中には無事解決を見届ける事無く現場を去る刑事達は決して少なくないのだ。
──晴れた空をゆっくり見上げる安田。
「安田刑事!」
入り口まで追いかけてきた新堂が声を掛ける。
「馬鹿野郎‥‥早くデカ部屋に戻れ。それにもう刑事じゃねぇぞ」
「嘱託の件、断れたそうですね」
「ああ‥‥働き詰めだったからな。引退したら大人しく孫の面倒を見るのさ」
今にも泣きそうにくしゃくしゃな顔をした顔を見て笑う安田。
「‥‥良い刑事になれよ」
くるりと道路の方に向き直ると右手を肩まで上げる安田。
その背に向かって敬礼をする新堂。
こうして一人の老刑事が人知れず、現場を去っていった──