魔王子EX、花と舞うアジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
|
担当 |
有天
|
芸能 |
3Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
やや難
|
報酬 |
9.9万円
|
参加人数 |
6人
|
サポート |
0人
|
期間 |
04/08〜04/12
|
●本文
穏やかな春の日差しの下でその小さな山は、春の恩恵を受けていた。
都心から近いが、秋には紅葉狩り、冬にはスキー、春には桜を楽しむ観光客が賑わっていた。
だがハイキングコースから外れた谷間にある桜だけが取り残されたように固い蕾のまま、たった1本取り残されていた。
「変ねぇ?」
この小さな山を3人の精霊が守っているのを知っている春の精、東雲花鳥(しののめかちょう)は不思議に思っていた。
秋に紅葉を司る千鳥、冬には雪を司る雪菜‥‥そして、自分(春)の訪問を待ち望んでいる花の精 ヨシノ‥‥。
ヨシノは桜に住む花の精霊である。
フキノトウや梅や桃、水仙など春の花達は目覚めた‥‥春の花の王、桜だけがまだである。
「おおぃ、ヨシノ。東雲花鳥が遊びに来たぞ。起きろ〜」
とんとん。と巨大な桜の幹を叩く。
***
「‥‥温かいねぇ」
「うむ」
ぽかぽか陽気の中、ぼんやり土手の上に座る薫と魔王子。
側でチェルシーがタンポポで花冠をせっせと編んでいる。
本当は本で見たシロツメクサやレンゲで編んでみたかったらしいが、まだ咲くのは先だと知らされ、黄色いタンポポで編んでいた。
「じゃーん、できたぁ♪ 見て見て、王子様! 素敵でしょう♪」
出来上がった花冠を見せるチェルシー。
町に春が訪れるのと同時に魔王子達の花探索も本格化してきていたが、未だ「当たり」が出ないでいた。
「今度、先日薫と行った山に花を探しに行ってみようと思っている」
そう言う魔王子。
「あの山は未だ精霊がいたり‥‥少し他と違う。俺の探している花も見つかるかもしれない」
「うん‥‥僕も手伝うよ」
薫は、先日エム・ランドに遊びに行った際、魔王子に内緒で魔王子の両親である王様と女王に「何故、権兵衛(魔王子)が花を探さないといけない」か質問したことがある。
詳しくは教えてもらえなかったが、花を得ることで魔王子は子供から大人の魔物に進化するのだという。
他の王族達にはない。
魔王子だけに必要な儀式‥‥。
本来10歳になった最初の満月の夜、その花を使った特別な儀式を行うはずが、魔王子がそれとは知らずに花を枯らしてしまった。
それを探しているのだという。
「この事は、魔王子は知りません。知れば、魔王子は『大人になんかなりたくない』と花を捜すのを止めてしまうでしょうから」
そう女王は言った。
花が見つかれば、魔王子は人間界からエム・ランドに帰ってしまう。
「大人の魔物にならなかったら‥‥権兵衛は、どうなるの?」
「今のままでは、体も心も一生子供のまま。まともな魔法が何一つ使えないだろう。わし等がおる間やエム・ランドにいれば、皆が守ってやれるが‥‥」
「私達の力が届かない人間界‥‥薫は『名づけ人と魔物の関係』や『真実の名を明かす事』について魔王子からは聞いていますか?」
「何も‥‥」
「やはり‥‥」
顔を見合わせて溜息を着く王様と女王様。
「名づけ人は単に魔物を人間界に召還し、新たな名を与える事で、魔物が魔力を振るえるようにだけではありません」
「名を与えるという事は、魔物を契約で縛る事じゃ。名付け人は『名』の力で魔物を使役する事も出来るのじゃよ。薫の世界で悪魔との契約と言うのがあるじゃろう? あれは、わし等エム・ランドの魔物達との契約を揶揄した物のひとつじゃ」
「それだけではありません。魔物の真実の名を知るという事は、魔物の全てを掌握する事。一番強い契約で、名を知るものとは一心同体。全てをその身に代替わりします」
女王が少し悲しげな顔をして言う。
「それって‥‥」
「薫が怪我をする代わり魔王子が怪我をするという事じゃ。わしら魔物は人間達より平均的に何倍も生きるが、人間界に召還された魔物は主の代わりに本来の寿命を全うせず死ぬという事は多々ある。じゃが、聞く話レベル‥‥交通事故と言ったか? あの程度で魔王子を傷つける事は出来ないじゃろう。わし等が心配しているのは悪い魔物の事じゃ」
「悪い魔物?」
「そうじゃ。わし等魔物は本来フィフティ、人間の言う善も悪もない。公平な立場じゃ。だが、何百年に一度か悪の要素がエム・ランドに発生する。一部の学者によれば北方に住む神族と呼ばれる一族とのバランスを世界が取ろうとしているからだと言うが、本当の所は誰も知らない。じゃがその悪の要素の影響を持った魔物が500年前、人間界に逃亡しておる」
「先日、私の首飾りを盗んだ者もそれに触れたのでしょう。私達は魔王子に花を捜させていますが、表向きは魔王子の世話という形で魔物を数名人間界に同行させていますが、真の目的は悪い魔物から魔王子と薫、あなたを守る事‥‥」
「多くは語れんが、魔王子はエム・ランドにとって特別なのじゃ。最近、人間界に溜まる悪の気が活発になっていると聞く」
花を見つければ、魔王子はエム・ランドに帰ってしまう‥‥寂しい事だが‥‥
「友達が僕の代わりに怪我をするなんて我慢できないよ。僕も人間界に戻ったら権兵衛と一緒に花を捜します」
●アニメ 魔王子、花と舞う「最終回」
あらすじ:秋、冬と訪れた山にやってきた魔王子と薫。山は春の祝福を受け、花が咲き乱れていた。だが、そんな中で花を咲かせていない木が一つ。桜の巨木だけが花を着けていなかった。
偶然出会った春の精「東雲花鳥」によると桜の巨木に住む花の精ヨシノが目を覚まさぬのだと言う。
ヨシノが目覚めぬ理由は?
はたまた魔王子は、花を見つけられるのであろうか?
●主な登場人物
「魔王子:ゾーンゼー」通称:王子、モンスター達の王国、エム・ランドの王子。ちょっと小柄なイタズラ好きの男の子。仲良しの妖精と一緒に門を抜け、人間界にやって来た。寒がりで卵焼きが好き。本名で呼ばれる事が嫌い。
「妖精:チェルシー」魔王子のファン。魔王子と一緒に人間界にやって来た。着せ変え人形サイズ。
「笹原薫」魔王子を呼び出した小学生。魔王子を権兵衛と呼ぶ。
「東雲花鳥」春の精、子供の姿をしている。
「ヨシノ」桜の巨木に住む花の精、とある理由から春の到来を知らず眠ったまま。
「魔物」エム・ランドの住民。魔王子の世話(護衛)係。吸血鬼や狼男等、人型に近い程人間の一般識をやや理解するが、通じない部分も多い。人間に近い物はアルバイトをしたりして、生活費を稼いでいる。
「悪い魔物」
「女王」魔王子の母親、エム・ランドの女王。エム・ランドにいる12人の王の1人、渾沌と闇、雪と氷を司る魔物の王、ギュンタージュは通り名。属性:闇と水
「王様」魔王子の父親、エム・ランドにいる12人の王の1人で統括者。のほほ〜んとして見えるが光と風と大地と実りを司る魔物の王。属性:光と風と土と木
●リプレイ本文
●CAST
魔王子‥‥‥‥エマ・ゴールドウィン(fa3764)
笹原薫‥‥‥‥麻倉 千尋(fa1406)
チェルシー‥‥白井 木槿(fa1689)
東雲花鳥‥‥‥伊藤 舞(fa4454)
王様‥‥‥‥‥森村・葵(fa0280)
悪の気‥‥‥‥藤井 和泉(fa3786)
ヨシノ‥‥‥‥麻倉 千尋
女王‥‥‥‥‥エマ・ゴールドウィン
デュラン‥‥‥藤井 和泉
ウスドン‥‥‥森村・葵
ママ‥‥‥‥‥エマ・ゴールドウィン
●長き時間に彷徨い足るもの
どれ位こうしているのだろう?
己の形を失ってから長い刻(とき)が流れた事だけは、ぼんやりと判る‥‥‥。
『500年など、短き時間‥‥‥』
どうしてこんな事になってしまったのだろう‥‥‥。
『己が望んだ事‥‥‥』
最初は、ほんの小さな出来事だったと思う‥‥‥。
友の持っている小さな赤いペンダントが欲しかった。
否、あれは元々己が持つべき物であり、それを奴が取り上げたのだ‥‥‥。
だから本来の持ち主である己が持つのが当然である。
激しく抵抗する奴を切り捨てた‥‥‥。
胸に突き立てられた剣を不思議そうに見つめる奴‥‥‥。
己が持つべきものは、こうして手に戻って来た。
只それだけだった。
赤いペンダントを纏い、暫くして思う‥‥‥。
辺りを見回せば、本来己が持つべきものを我がもの顔で持つもののなんと多い事か‥‥‥。
己に相応しい、己の持つべきものを取りかえすべく剣を、魔法を振う。
驚愕に見開かれた下等なものの瞳を踏みにじる‥‥‥。
なんという快感‥‥‥。
燃えさかる町を見乍ら不適に笑う‥‥‥。
どこかで声がする。
『チガウ、ちがう! 違う!! 俺が望んだ事は、こんな事じゃない!』
「否、己が望んだ事だ」
己の中の小さな声を嘲笑う。
「見ろ、俺はこんなに自由だ」
『悪魔め! 俺の望みはこんな事じゃない! こんな、こんな‥‥!!』
「己の望みだ‥‥‥」
ヒュン!
何処から飛んで来た矢が己の身体を掠める。
「小賢しい‥‥‥王達め。己が王族に生まれたというだけでエム・ランドを統べる力があると思っている愚か者達め」
小さな声が繰り返す。
『もう終わりだ! 全て終わりだ! 俺は勇者達によって解放される!』
「下らぬ‥‥俺がこんな下らぬ事で終わるものか」
最後のハッキリした記憶──。
月のゲートが開かれ、そこに身を踊らせようとした瞬間、氷の矢が己の足を貫く。
撃った女に振り向きざまに魔法を放つ。
女を庇うように立つ男。
その手から投げられた光の槍が己の腹を抉る。
この身体は、もう役に立たない‥‥‥。
己はこの身体を捨てなければ、このまま下らぬものと消えねばならぬだろう‥‥‥。
「許さぬ、許さぬぞ! 俺をここ迄追い詰めたお前達、王よ、女王よ! 俺は再び舞い戻ってエム・ランドを滅ぼしてやる! お前達が一番望まない形で! 呪われろ、王よ! 女王よ! 愛するものによって滅ぼされるがいい!」
ゲートを抜けた衝撃で下らぬもの(身体)は霧散した。
それから長き時を越え、再び月のゲートが開いたのが判る‥‥‥。
己の予言した通り‥‥‥。
己に相応しい身体を持ったものが、この異界、人間界に降り立った事を。
ゆるりと何処かで大きな闇が蠢いた。
●花の精ヨシノ
ヨシノは冴え冴えとした月の夜、静かに舞っていた。
誰も観客がいないその場所で。
くるり、くるりと舞う扇。
その度に山の裾野から花が咲く。
(「‥‥‥もう時期会える」)
そう思うと自然と笑みがこぼれる。
古い友が、もうそこ迄来ているのは鳥達が教えてくれる。
ゆるりと眠って友を待つのも楽しいが、たまには早く起きて花で友を迎えるのも楽しいだろう。
きっと花が好きな友ならば喜んでくれるに違いない。
花の情、ヨシノは友を迎える為に、ゆうるりゆうるりと友を思い舞う。
ふと己の上に影が落ちる。
月が雲に隠れたのだろうか?
ふとあげた顔に、目の前に広がる黒い闇‥‥‥
吃驚した表情を浮かべるヨシノ。
(「これは‥‥‥?」)
生まれもう400年近くになるが見た事もない悪意にヨシノの身体が痺れたように動かない。
『ここには‥‥エム・ランドの魔物の匂いがする‥‥お前には囮になってもらおう‥‥』
(「エム・ランド? 何処かで‥‥ああ、鳥が言っていたっけ‥‥‥」)
身体だけではなくそれは痺れるような感覚でヨシノの心を縛って行く。
そしてそれはヨシノの全てを覆いつくした。
●咲かない桜
「ふぅ、やれやれござんす。これでこの辺りもすっかり春が板についてきやしたねぇ」
小さな桜色の着物を着た少女が身の丈の何倍もある大きな岩上に座って辺りを見回す。
郷から遅れて2週間。
小さな山は花が咲き乱れた春爛漫を迎える。
足下を花見のハイカーが通り過ぎて行く。
どうやら少女は普通の人間に見えないようである。
「桜の花も満開で、花見日和でござんす♪」
楽しそうなハイカー達を見て、にんまりと笑う東雲花鳥、春の精である。
うーんと伸びをして、次の町へ向かう為にひらりと空に舞う花鳥。
「‥‥おや?」
ハイキングルートから外れた山腹にある桜の巨木だけが1本、花を着けていない。
ひらりと舞い降りる花鳥。
「この桜は確かヨシノさんの‥‥何でここだけ花が咲いて無いんでやんすか?」と首をかしげる花鳥。
●権兵衛と薫
晴れたその日、魔王子と薫はママから卵焼き入りのお弁当を持って山に来ていた。
「どうした薫? 浮かない顔をして」
「うん‥‥上手く花の精と会えるかな? って」
「大丈夫だよ。今迄2回、千鳥と雪菜に会えたんだから今度もばっちりだよ」
魔王子のポケットから顔を出すチェルシー、髪にはママが作ってくれた蕾細工の桜のピンを飾っている。
「うん、そうだね」
どことなく元気のない薫。
王様と女王の言葉が薫の心に影を落とす。
魔法の花が見つからなければ、魔王子はエム・ランドに帰らず、一生魔王子は子供のまま‥‥‥。
これだけを聞けば羨ましい事や楽しい事が多いような気がする。
薫は、魔王子と出会ってからの半年で身長が6cm伸びた。
少しだけ小さかった魔王子を、今では薫が見下ろす形になっている。
どんどん大人になって行く自分を魔王子はどう思うだろう?
誰でも子供のままでいられない。
大人になる儀式が魔王子に必要な事ならば、友達として協力するべきだと思う。
人間界とエム・ランド、遠く離ればなれになっても自分が忘れなければ、いつでも心だけは魔王子と繋がっていられる。
そう心に決めたのに何処かで離れたくないと思う自分がいる。
魔王子がいたからこそ、どちらかといえば虐められっこであった自分にも友達が多くできた。
ケーブルカーの車窓から外を眺める薫。
「あれ‥‥?」
「どうした、薫?」
「あ‥‥今、通り過ぎちゃったけど1本だけ咲いてない桜があったんだ」と薫。
「枯れているんじゃないのか?」と魔王子。
「うん、そうかも知れないけど、今その木の上に女の子がいたんだ」
「ねえ、それって」
「うん、千鳥が言っていた花の精かもしれないね」
●悪の気
とん、とん、とん!
小さな拳で幹を叩く花鳥。
「おおい、ヨシノさん、春でやんすよ! 東雲花鳥が、春を届けにやって来たでござんすよ。あっしにいつもの素敵な舞いを見せて下さいやし」
しん、と静まり返っている桜の樹。
着けた蕾は硬いままである。
「変でござんす‥‥こんなに日当たりが良いのに、妙に寒いような」
ぶるりと身体を震わせる花鳥。
ヨシノの周りの木々もどこか生気を欠いているような気がする。
花鳥は覚悟を決めるとぴたりと己の額を幹に押し付け、集中する。
直接、ヨシノの心に語り掛けるつもりであった。
目覚めているヨシノの心は、己の花弁と同じ優しい桜色の温かい世界である。
だが春の訪れない眠ったままであれば、暗い闇が広がる。
花鳥が見たヨシノは深く暗い闇である。
それでもいつもであれば、何処かに春を待ちわびる優しい力強い心に触れられる。
それがないのだ。
『変でござんす‥‥うわっ!』
冷たく暗い‥‥‥冬の氷とも違う凍える程に冷たい黒い暗い何かに触れ、驚く花鳥。
慌てたはずみに地面に落ちる。
「い、今のは‥‥この妙な気‥悪の気配でやんす! 大変でやんす、早く助けを呼ばないと‥‥でもどうしたら? あっしではエム・ランドにはお月さんが真ん丸にならなければ飛べないでやんす!」
呆然とする花鳥。
見た目は子供であるが、れっきとした成人の精霊である。
だが魔力はそれほど強くないので、月の力を借りなければエム・ランドに渡る事はできないのだ。
●勇者たる血、全てを備えたる者
「ねえ、本当にこっちで良いの?」
「うーん? ケーブルカーから見えた位置は、こっちで正しいと思うけど‥‥」
「怒るな、チェルシ−。薫も良くやっている」
「だってぇ」
特技、迷子! と言えそうな魔王子と薫、過去に2度訪れたこの山で今回も景気よく迷子になっている。
チェルシーは何時もポケットなので、敢えてカウントしない。
ウロウロと1時間程彷徨った挙げ句、少し広い場所に出る。
ぽつんと1本だけ立つ桜の巨木。
「あ、あった!」とポケットから飛び出し桜に近付くチェルシー。
他の樹の何倍もの太さを持つ桜の巨木は、春から取り残されたように花を着けていない。
(「もしかして、これが魔法の花‥‥‥? これが咲けば‥‥」)
薫が桜の樹を見上げる。
だがチェルシーは、少し眉を顰め「‥‥なんだか嫌な感じがするよ?」と不安げに呟いた。
「そうか? 別段、普通の桜に俺は見えるが?」と魔王子、幹をポンポンと叩く。
「無闇に近付いたら、駄目でござんす! ヨシノさんには、悪の気が着いているでやんす!」と花鳥が叫ぶ。
「え?」
「きゃあ?!」
突然現れた花鳥に驚き魔王子の後ろに隠れるチェルシーと薫。
「なんだ、東雲花鳥ではないか。お前はここの担当なのか?」と魔王子。
「あ、本当だ。花鳥だ」
後ろから顔をだし、胸を撫で下ろすチェルシー。
「権兵衛の知り合い?」と小さな花鳥を見つめる。
(「これが花の精?」)
「知合いと言うよりは、顔見知りだな。花鳥は『春を告げる春の精』でな。エム・ランドが常春なのは、一説に東雲一族が多く繁殖しているからと‥‥‥」
「何、馬鹿な嘘を教えているざんすか! って、ああ、違う! 王子、悪の気ざんす。そこのちっこい妖精以外、お伴なしですかい?」
「失礼ねぇ、私達の一族はこれが標準なの!」とチェルシー。
「悪の気?」と薫。
「なんと! この人間、あっしの声と姿が見えるんでござんすか?」
薫の周りをぐるりと回る花鳥。
「なる程、これが噂の名付け人でやんすか。ならばあっしが見えても納得でござんす」と花鳥。
「僕の事が噂になっているの?」
「旅に身を置くあっしの耳に入るんでござんす。そこいらの魔物や妖精は皆知っているござんすよ」
(「じゃあ、王様や女王が心配していた悪い魔物も僕の事を知っているって事?」)
「ねえ、花鳥は今、悪の気が着いているって言ったよね。この桜の木は悪い魔物なの?」
「とんでもないでござんす。ヨシノさんはこの山の、花の精ござんす。悪い魔物とは違うでござんす」
「でも『悪の気』って‥‥」
「そう、そうでやんした! 王子、お力を貸して下さいやし。今あっしの友、ヨシノに悪の気が取り付いているんでやんす。こいつを王子の力で払って下さいやし」
土下座をする花鳥。
「このままではヨシノさんは、悪の気に食われてしまうでやんす。エム・ランドの英雄として名高い王様、女王、お二人の子である王子ならばきっとお出来になりやす。どうか、この悪の気払って友を助けて下さいやし」
額が土に擦り着く程深い土下座をする花鳥。
「英雄? あの王様が」と薫。
先日会ったのほほーんとした王様を思い出す薫。
「そうらしいよ。千年以上前の話らしいけど。500年前も悪い魔物を追い詰めたんだって、それは人間界に逃がしちゃったらしいけど、だから王子様は偉いのよ♪」と胸を張るチェルシー。
「俺は偉くなんかない。俺は悪戯するぐらいの魔法しか使えないんだから」
暗く言う魔王子。
自分が何時でも中途半端であるという事は魔王子にも自覚があった。
同じ王族でも婚約者であるグリッターナは魔王子と同じ10歳の時には既に何個も魔法が使えていた。
なのに自分がマトモに使えるのは、顔変えの術ぐらいしかない。
それも寒くなれば殆ど使えないと言っても良いくらいだ。
それ故に「何故あの王達から出来損ないの王子が生まれたのだろう」そう口にする者も少なくない。
ある者は聞こえぬように、ある者はどうせ理解出来ないだろうと目の前で。
その苦しみから解放されたいと王宮では、我が侭と悪戯を繰り返していた魔王子。
だが認めてもらいたいと悪戯を繰り返せば、悪評は増々酷くなり‥‥気が着けば、幼馴染みであるチェルシーしか側にいなかった。
人間界に来て初めて出来た友達、それが薫だった。
「王様が英雄っていうのは信じられないけど、権兵衛は権兵衛だよ。それに王様は大人じゃないか、大人には簡単かもしれないけど権兵衛は子供なんだから。一度町に戻って大人の魔物を呼んで来た方が良いよ」
「そんな暇はないでやんす! ヨシノさんの気は段々小さくなって行きやす。このままだと死んでしまいやす!」
「僕だって、権兵衛が死んじゃったり、怪我をするのは嫌だよ! 友達なんだから!!」
花鳥と喧嘩をしだす薫。
「王様達が言っていたんだ! 悪い魔物に狙われているって! それなのにそんな事‥‥」
思わず口が滑る薫、ハッとして魔王子を見る。
「なんだよ。それ‥‥薫、なんだ! それは! 俺は聞いていないぞ! 答えろ、薫!」
チェルシーは青くなってオロオロと二人の間を飛んでいる。
「権兵衛はエム・ランドで特別な存在なんだって‥‥他の魔物とは全然違う。全ての属性を供えているから‥‥‥魔力が反発しあって魔法が使えないんだって‥‥他の魔物は10歳になれば自然に大人になるけど‥‥権兵衛が大人になるには属性を従える魔法の花が必要なんだ‥‥‥でも悪い魔物は権兵衛の力を乗っ取って悪い事をしようとしているんだって‥‥‥」
「俺が悪い魔物にやられるって言うのか? それに薫、判っているのか俺が花を見つければ‥‥薫は俺がエム・ランドに帰っていいのか?」
「僕だって嫌だよ! 僕に初めてちゃんとできた友達なのに、帰ってなんて欲しくないよ! だけど、僕のせいに権兵衛が悪い奴に狙われたり、僕のせいで大人になれないなんてもっと嫌だよ!」
「大人になんかならなければ良い! どうして子供のままじゃ駄目なんだ! 薫、どうしてだ!」
「権兵衛、僕を見て、君と出会ってから僕は身長が伸びた。最初は変な奴だなぁとか、困った奴だなぁって君の事を思った。でも僕は君と出会って色々な事を教えてもらったよ。僕は君と出会ったから、少し大人に成長したんだ‥‥‥大人になるのは、そんなに悪い事じゃないよ。権兵衛‥‥‥‥‥‥‥ゴメン、言い過ぎた」
「えー‥‥お二人の主張は判ったでござんすが、実際問題、悪の気はヨシノさんについたままでやんす。まあ、そういう事ならば王子のお付きさん達の力を借りやしょう」
あっしの立場がないでござんす。とポリポリと頬を掻く花鳥。
「‥そうだね。王子様、家に帰ろう」とチェルシー。
「‥‥‥いや、ヨシノを目覚めさせるだけなら俺にも出来るかもしれない」と魔王子。
「え?」
「花鳥、お前の一族は心に入り込めたな。力を貸せ」
「‥‥‥確かに出来やすが」
「友達を、ヨシノを一刻も早く助けたいんだろう。なら、力を貸せ」
「権兵衛、危険だよ!」
「大丈夫だ、薫。魔法の花なんてなくても俺も少しは成長したんだ」
●心の牢獄
ヨシノの心の中は深い牢獄のような闇だった。
『‥‥‥深い闇だ。こんなのは初めて見る。花鳥?』
一緒に入ったはずの花鳥の気配が感じられない。
『‥‥これが悪の気?』
沼の泥ようなねっとりとした闇が魔王子に纏わりつく。
他の者ならば臆したかもしれないが、魔王子の母親ギュンタージュは渾沌と闇、雪と氷を司る魔物の王である。この程度の闇ならば、恐くはないがどちらに進めば良いのやら。
目の前を蛍のような淡い光を帯びた小さな桜の花びらが過る。
おいでおいでをするようにゆっくりと漂う花びら。
『ふん、小賢しい。尤も罠だとしてもこれに乗るしかないがな』
臆した様子もなく花びらの後を追い、奥に進む魔王子。
暫くすると広いホールのように感じられる場所に出る。
本当に広いのかは目に見えないので判らないが‥‥‥。
更に奥へと導く花びらは格子のような固い棒のようなもので囲まれた場所へとすぅっと入って行く。
しくしくと誰かが泣く声が聞こえる。
『誰かいるのか?』
奥の闇に声を掛ける魔王子。
『誰かいるの?』
『‥‥‥お前がヨシノか?』
『ええ、私はヨシノ‥‥‥ここに‥悪い魔物に閉じ込められているの』
『‥‥悪い魔物は何処にいる?』
『あなたの後ろに』
驚き後ろを振り向く魔王子。
小さな男の子‥‥‥己が立っている。
『鏡?』
黒いピカピカの冷たい板のような大きな鏡を覗き込む魔王子。
鏡に写った己の姿が、黒い闇色のマントを纏った冷たい目をした男へと変わる。
『お前が悪い魔物か?』
「いいや、俺はお前だ」
それはそれに相応しい顔で残酷な笑みを浮かべた。
***
「ねぇ、遅くない?」
チェルシーはヨシノの幹の根元で眠る魔王子の顔を見つめる。
「よく判らないよ。花鳥だってまだ眠ったままだし‥‥‥」
寒くないようにと薫は、魔王子の上に自分の着ていた上着を掛けていた。
日が傾きかけていた。
突然、目を見開き、上体を起こす魔王子。
「権兵衛、上手くいったの?」
パチリと魔王子の身体を火花が駆け巡る。
夕焼けの中、魔王子の、少年の姿がゆるりと解ける。
再び影が固まった時、薫は見た事もない闇を纏った男を目にする。
「権兵衛‥‥やっぱりヨシノが魔法の花だったんだ‥‥」
「え? え? ‥‥王子‥‥様? ‥‥ううんっ、違う‥‥‥薫、王子様はあんな冷たい‥‥、嫌な感じの力じゃないもんっ!」
「え?」
男は軽く腕を降り、薫を弾き飛ばす。
頭を強かにヨシノの幹に打ち付けた薫。
「止めて、薫に酷い事しないでよ!」
「これが‥‥悪い魔物?」
「王子様を返して! 返してよ! ばかーっ!」
悪い魔物をポカポカと殴るチェルシー。
「五月蝿い虫め‥‥」
「キャー!」
チェルシーを掴むと地面に叩き付ける悪い魔物。
『やめろ! チェルシーに酷い事をするな! 貴様、名を名のれ!』
心の牢獄‥‥‥鏡のような牢獄に封じられた魔王子。
「俺はお前だ。俺はお前の心に映る姿をとっただけ‥‥お前が最も忌むべき俺に‥‥な」
『何?』
目の前にもう一人の自分、大人になった魔王子が歪んだ笑みを浮かべる。
「皆、俺に大人になれと言う。俺は大人になんかなりたくないのに‥‥」
二人の目の前に映し出される光景。
成長した魔王子に何度も蹴られ乍らも必死に止めようとする薫とチェルシー。
「こいつらは‥‥『お前』を『俺』にしようとしているんだ」
『違う、薫は‥‥‥』
「違う? 違くはないだろう? 厄介者のお前を追い払いたいのさ」
「権兵衛、元に戻ってよ!」
泥だらけの薫は必死に魔王子の足にすがりついて行く。
「こんな事で負けちゃ駄目だよ! 僕と花が無くったって大丈夫だって約束したじゃないか!」
「そんな奴に負けないで! 王子様!」
チェルシーも泣き乍ら、必死に魔王子の髪にしがみつく。
(「こんな事なら、花なんか探さなきゃ良かった! でも、このままじゃ‥‥」)
薫ごと足を振り上げた魔王子は、そのまま薫を踏み付ける。
蛙のようなうめき声をあげる薫。
腹を抱え必死に痛みを堪える薫に冷たい目を向ける魔王子。
「しつこい虫だ‥‥‥」
右手をあげる魔王子。
闇色をした円盤状のものが現れる。
「ゾーンゼー‥‥」
「薫、逃げてーーー!!!」
「ゾーンゼー! 負けないでよ!! ゾーンゼー!!!」
『止めろ! 薫ーーー!!!』
パキン――。
魔王子を閉じ込めた心の中の鏡の牢獄が割れる。
『やめろ‥‥ヤメロって言うんだよ。冗談じゃない‥‥これが俺の訳がない‥‥なんで俺が、俺の大事な友達を‥‥薫やチェルシーを‥‥傷つけるなんて、冗談じゃない!!!』
魔王子の叫びと共に世界が白く、目が眩むばかりの光が出現する。
『許さない、俺の、俺の大事な友達を傷つける奴。お前だ! 俺はお前が誰であろうと許さない!!』
「これは己の望みだ」
『黙れ! これが俺ならば、俺は自分を許さない! 俺を心配して、傷だらけになっても俺を止めようとする友達を傷つける俺など!』
もう一人の魔王子の前に立つ成長した魔王子。
背後に大きな多重の花が浮かび上がる。
その虹の輝きを持つ透明な花弁の1つ1つが、キラキラと光を放つ。
『忌むべき者よ! 俺はお前など、いらない!』
魔王子の咆哮と共に光が幾多の槍となり悪の魔物を貫き、その身体は千切れとなる。
それでも猛る光の槍はそれの破片が形を無くなるまで貫き通した。
肩で息を魔王子。
ゆっくりと後ろを振り向き‥‥‥闇の中では判らなかった鳥籠に似た牢獄へと歩みを寄せる。
手を一振りすると格子が外れる。
『ヨシノ、待たせたな。東雲花鳥が心配していたぞ』
足枷は魔王子が触れると清水へと変わり、ゆるゆると小川を作る。
何時の間にか足下には緑が茂り、桜が咲き乱れている。
『綺麗な所だな‥‥これがお前の中(精神世界)か』
『はい‥‥ありがとうございます』
『そういえば花鳥の奴、俺を案内しているうちに何処かに迷子になったらしいが大丈夫か?』
『はい、いつもの事ですから‥‥あなたは良い人ですね。花鳥さんの心配をして下さったり、見ず知らずの私を助けて下さったり。あなたのような人が王様なら、悪い魔物も減るでしょうに』
にっこりと笑うヨシノ。
赤くなる魔王子、正面きって誉められた事等ない。
『‥‥序でだ』
『はい、序でですね。でもありがとうございます。このヨシノ、この御恩は忘れません』
ぺこりと頭を下げるヨシノ。
***
突然動きを止めた魔王子。
彫像のようにぴくりともしない。
「‥‥‥ゾーンゼー?」
恐る恐る近付く薫。
「‥‥その名前で呼ぶな。頭が痛くなる」
夕焼けの中、にっこりと笑う魔王子。
「ゾーンゼー、ゾーンゼー!」
「痛い、痛い! 薫、痛いってば!」
苦笑する魔王子。
「今、帰った。心配させたな」
くしゃりと自分より小さくなった薫の頭を撫でる魔王子。
「お帰り、権兵衛」
「お帰り、王子様‥‥」
「ただいま、チェルシー」
チェルシーが魔王子の頬にキスをする。
「見て、桜が!」
薫が指差す先を見るとあれ程迄固かった蕾が一斉に花を開いている。
「‥‥うう、うーーーん。あー、良く寝た」
花鳥が目を覚ます。
それが合図かのように和服に似た服を着た花の精ヨシノが現れる。
「‥‥おはよう。もう春なのね」
にっこりと笑うヨシノ。
「ヨシノさん、御無事で何よりでやんす!」
花鳥が慌てて、ヨシノの側に駆け寄る。
「この度は誠にありがとうございます」
深々と礼をするヨシノ。
「皆様への御礼の意を込めて一献舞わせて頂きます」
ハラハラと舞う桜吹雪の中、ゆるゆると舞うヨシノ。
月の下、ヨシノの舞を見つめる薫と魔王子。
「綺麗だね‥‥‥‥‥おめでとう、権兵衛。花は見つかったみたいだね」
「ああ、薫のおかげだ‥‥」
●新たなる英雄、新たなる旅立ち
魔王子が花を見つけ大人へ変身し、また500年前に逃亡した悪い魔物を退治した知らせは、エム・ランドにすぐに齎された。
「そうですか‥‥花を見つけただけではなく、自ら変身を‥‥」
感慨深気な女王。
「うむむ。親として貴重な一瞬を見そこねたのじゃ‥‥迎えに行って良いかのぉ? 薫や両親等に礼も言いたいの」
ちらりと女王の顔色を見る王様。
「駄目です。『王の中の王』足る者がほいほいと人間界に行って‥‥大体、誰が結界を守るんです?」
無情迄にきっぱりと言う女王。
「王には王子が無事帰還した祝いを国でする準備がありますでしょ。結界の事を置いておいたとしても私達が人間界に揃って行けば異常気象になって人間達に迷惑が掛かります」
「‥‥そうか‥‥って、女王は行くつもりなのか?」
「勿論ですとも、母親の私が行かないでどうします」
「猾いぞ、わしも行きたいのじゃ!」
<暫くお待ち下さい>
双方話し合いの結果、王様と女王様は二人で王子を迎える準備をする事になった。
「した方あるまい‥‥‥何人か使いをだそう」
斯くしてエム・ランドから王様からの書状や宝石、首飾りを携えた使者が笹原家を訪れる。
「は! あの美人さんがママさんだべか‥‥‥ええ! とてもええだよ! オラ、オラもう! マ、ママさんー!」とママに向かってダイブしそうなウスドンのドタマを踏み付けるデュラン。
「お騒がせして申し訳ありません。彼は病気なのです」
「ああ、そう‥‥一度ぐらいは君達の公演を見に行きたかったよ」とパパ。
最後迄魔物達を役者やコメディアンと思っているようである。
「薫、ママ‥‥お世話になりました」
ママから貰った手作りの洋服をハンカチに包み、しょっているチェルシー。涙で顔がくしゃくしゃになっている。
「忘れないでね?」
ハンカチで目頭を抑えるママの指と固く握手をしている。
「権兵衛ちゃんもね。卵焼き、一杯作ったから‥‥」
重箱にぎっしり詰められた卵焼きの数々。
「ああ、ママ上も元気でな」
「デュランちゃんのお人形を作ったのよ。持って帰ってね」
「ありがとうございます」
わいわいと別れを惜しんでいる一同の中に薫の姿が見えない。
ベランダに座り満月を見つめる薫。
「薫‥‥」
「‥‥いよいよだね」
月を見つめたままの薫。
魔王子の方を見ようともしない。
「‥‥例え離れていても思いは変わらない」
「うん‥‥」
「俺と薫は‥‥何時までも友達だ」
「うん‥‥‥見送りには行かないよ」
下を見て涙を堪える薫、肩が震えている。
「ああ‥‥また会えるさ、きっとな」
「うん‥‥‥」
薫と隣の家の間に仕込んだ札を剥がす魔王子。
これで人間界での仮の屋敷は無くなった。
学校の校庭に広がる魔法陣。
魔法陣が光を放ち雷光と共に魔物達は魔界へと帰って行った。
優しい思い出と共に――。
***
少年は父親の書斎から古い1册の雑誌を見つけた。
面白半分に家の前に広がる砂浜に魔法陣を描き、呪文を唱える。
「へブルの神、わが主エホヴァの名にかけ、万軍(サバオト)の主の名に、メトラトンの名にかけ、
魔神の言葉、大竜の神秘にかけ、われは呼ぶ。
森の精と地の霊よ、悪魔コエリよ、アルモンシン、ギボル、ヨシュアよ、エヴァム、
ザリアトナトミクよ。
‥‥‥来たれ、 来たれ、 来たれ!」
砂浜に書かれた魔法陣を取り巻くように突然雷のような閃光と突風が起る。
恐る恐る目をあけた少年の前に立つのは、どう見ても同じ位の男の子と小さな羽根が生えた女の子。
少年は尋ねた。
「ねえ、キミ、本当にお化け? そこの女の子、妖精だよね」
――小さな出会いがまた一つ始まった。