最後のお花見アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
若月瑠乃
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
易しい
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報酬 |
0.6万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/17〜04/19
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●本文
「やっぱり判るんでしょうか‥‥」
「どうでしょうね? ですが、今年で見納めとは悲しいですわね」
今年廃校になり、近々取り壊される小さな小学校。校庭の片隅に大きな桜の古木が植えられている。木を見上げているのは、最後の校長と教頭の二人。
今年の春からはもう、新入生を迎える事も無い。
「在校生も隣町と統合しちゃいましたから‥‥本当に誰も居なくなってしまいましたもの」
「今年は入学式後にお花見が出来ないのが残念ですわ。この桜は生徒達だけでなく、この町の人達も楽しませてくれましたから」
「でも他の桜の木はもう花が散ろうかと言うのに、この古木だけは未だに花を咲かせたまま‥‥」
並んで植えられた桜は既に緑の若葉がちらほらと見え始めている。
「ねぇ、校長? こんなに見事に咲いているんですもの、取り壊される前に敷地を全部使ってお花見してみません?」
「それは良いですねぇ」
「どうせなら宣伝して沢山の人に来て頂きましょうよ。お祭りにしちゃえばきっと賑やかですよ」
●リプレイ本文
「へぇ、入学式が終わった後に毎年やってた訳だ」
「新入生のお祝いを兼ねてって事でPTA主催だったみたいだよ。宣伝なんかしなくても、毎年恒例だから自然に話も広まったみたい」
町内会の模擬店の荷物運びを手伝っているのはジーン(fa1137)と静琉(fa2860)。模擬店の隣にゴミ箱を設置したり、ドリンクケースを模擬店横まで運んだりと結構忙しい様子。
「重いよう‥‥」
流石に何往復も運んだ所為で疲れが出てきたのか、足元がおぼつかなくなって来た。
「うわっ、ごめんなさいっ!」
それほど距離がない筈なのに、ふらふらと通行人とぶつかり始める。
「おいおい、無理するなよ?」
模擬店で販売するドリンクが気になって覗きに来ていた陽守 由良(fa2925)にケースを支えられる始末。
「残り後何ケースあるんだ?」
「‥‥えーっと、3ケース位かな?」
「とっとと運んじまうぞ」
足早に残りのケースを取りに行ったユラの後をイルが慌てて追いかけた。
「お待たせしましたぁ、これおつりね」
たこ焼と焼きそばの模擬店に並んでいるお客におつりと商品を渡しているのは諫早 清見(fa1478)だ。
「それにしても結構な人数だな」
「この町の人って殆どが卒業生だからじゃないかな」
屋台の裏で野菜を切り刻んでいるのがマリエッテ・ジーノ(fa3341)。
「それだけ思い入れが強いって事か、楽しみにしてる人が多かったって事かな?」
「多分、そうだと思いますよ」
一瞬手を止めて校庭を見回し、花見客の人数の多さを改めて確認する二人。
「へぇ、会長さんもこの小学校の卒業生なんですか」
町内会長の手の紙コップに酌をしているのがラルス(fa2627)だ。
「‥‥遥か昔の事ですけどねぇ。ほれ、あそこで子供達に囲まれている校長と同級生だったりするんですよ」
「それは興味深い。あぁ、お酒減ってますね‥‥も一つどうぞ」
相手を酔い潰させるのだろうか、コップの中身が減れば注ぎ足すのを繰り返している。
ふと校庭を見回すと一際子供達が集まった所から歓声が上がっている。ピエロの格好をした葉月竜緒(fa1679)がジャグリングをしている真っ最中だ。
「ほな、行くでぇ♪」
器用にぽいぽいとリングを投げては受け止め、繋げては外し投げる。
「どないや?」
一気に拍手が湧き上がる。
「‥‥盛り上がってますね。これは負けられないな」
早速とばかりに桜の下で三味線を爪弾くのはSyana(fa1533)。琴を持ち込もうとした様だが、スペース的に厳しいと言う事と小回りが効く事から、自前の三味線にしたらしい。
こちらはPTAや年配のOBの関心を惹いた様だ。
ふと校舎の時計に目をやると、既にお昼のピークを過ぎている。
「やっと一息付けますね。お昼ご飯にお弁当用意して来たんで、みんなで食べません?」
マリーの提案にその場に居た全員が賛成。少し遅くはなったが、模擬店の商品と一緒に並べても品数が多い豪華な昼食となりそうだ。
「えーっと飲み物がない人は‥‥あ、会長さんはもう出来上がっちゃってるのか」
「花見と言えば酒でしょう。飲むより注ぐ方が好きなんで、早速近場に坐ってた会長さん酔わせちゃいましたよ」
しれっとラルスが新しいビール瓶の栓を開けながら、次の標的を探している。
「うち未成年やさかい、お酒呑まれへん〜。しゃあない、ジュースで我慢しとこ」
「お寿司にジュースは合わないよ」
セイルがチラシ寿司と稲荷を詰めた弁当箱を差し出す。
「ほなお茶にしとこかな‥‥」
「‥‥校舎もこの桜もさぞ喜んでいることでしょうね」
「何か思い出でもおありなんですか?」
桜の木を見上げながらしんみりとする教頭が、シャナの質問にぽつりと答える。
「この小学校の初代の校長は私の祖父でしてね」
「なるほど、お爺様の思い出という訳ですか」
「今度の新設の赴任先の学校には見事な桜があるんだと嬉しそうに話してくれたと、よく祖母が聞かせてくれました。私が物心付く前に亡くなったので祖母の思い出でもあるんですが‥‥」
「では今日集まった皆さんと言うのは‥‥?」
桜の周りでしんみりと酒を組み交わしながら、子供たちがはしゃぐ様を眺めている大人達。
「卒業生も居ますが、私の様に過去に家族が何らかの形で関わった方も。その縁でこの町に引っ越してきた方もいらっしゃいますよ」
「おっちゃん、うちタコ焼な。頼むで〜」
お竜は模擬店で買ったタコ焼をパクつきながら辺りをキョロキョロと見回す。
「ユラどこいったんやろか‥‥伴奏してゆうてたのに。おらへんかったらうちの芸も霞むやんか」
一方、ユラも缶ビールを片手にお竜を探していたのだが。
「じゃあ、校長先生って結構いたずらっ子だったんですか?」
「結構どころじゃないよ、良くあの桜の木に登っては怒られてたねぇ」
酔い覚ましのお茶を町内会長に勧めながら、マリーが相槌を打つ。
「見る限りは穏やかな人だけど、今じゃその面影もないね。」
キヨミがお昼の後片付けをしながら、子供の頃の校長の姿を想像した様だ。子供たちと弁当のおかずの交換をしている姿からは、とてもその様には見えない。
「いたずらっ子と言うよりは、お転婆ってところか?」
「見上げて花を楽しむのも良いけど、登ってみるのも乙なモノという事でしょうね」
そこそこ離れた距離から見ても立派な桜だ。当時の校長は木に登って花に埋もれる感覚を楽しんでいたのだろうか。ラルスはそんな姿を想像した様だ。
その頃のジーンと言えば、フランクフルトを片手に校舎の中から桜を眺めていた。
「へぇ、結構いい眺めじゃないか」
懐かしさを感じる様な窓からの景色。校庭のあちらこちらで花を楽しむ人々の姿が見える。
「‥‥閉校、ね。淋しいもんだな。取り壊される前にあちこち覗いてみるか」
職員室、家庭科室、音楽室‥‥特別教室を順番に覗く。同じ考えのOBが居たのか、どの教室を覗いてもまばらに人の姿が見える。
「やっぱ、考えてる事はみんな同じだな‥‥」
講堂に来た所で先客のOB3人組に声をかけられた。
「貴方も卒業生?」
「いや、町内会の手伝いだが」
彼らはいたずらが過ぎて壇上の床に穴を開けてしまったとかで、最後の記念で見納めに来たそうだ。
「あの時はめちゃくちゃ怒られてねぇ‥‥当時はなんとも思わなかったけど」
「逆にそこまで怒らなくてもって思ったしな」
「いざ廃校になるって聞いたら、怒られたのもいい思い出だなって思える様になってね」
そうこうしている内に、日も傾き始めたのか肌寒くなって来た。
「そろそろお開きの時間も近づいてきましたか」
「その様ですね。向こうで皆さん集まっているみたいですし、我々も行くとしますか?」
教頭の提案にシャナや桜の下で三味の音を楽しんでいたOBも、校庭の中心に移動する事に。
その頃校庭の中央では、ユラの伴奏に合わせたお竜のパントマイムやキヨミと子供たちの歌声が披露されていた。滑稽なお竜の動きに軽快なユラの伴奏。とてもじゃないが、笑わずには居られない。
セイルは持参したデジタルカメラで校庭のあちこちをバックに、OB達の記念写真を撮っている。笑顔の者も居れば、泣き顔の者も居る。皆、近づいてくるお開きの雰囲気を肌で感じているのだろうか。
「じゃあ、そろそろお開きとしましょうか。今年は閉校で新入生は迎えられなかったですが、代りにこんなに沢山のOBが集まって賑やかなお花見が過ごせました。桜に代わって、最後の校長になった私からお礼を言います。本当に有難う」
校長の挨拶に何処からともなく拍手が上がった。うっすらと涙を浮かべる者や、すすり泣く声も聞こえ始めた。
「じゃあ、全員集まってる様だから校歌でも歌おうよ」
セイルの提案にユラとシャナとラルスが楽器を持ち出す。ユラはショルダーキーボード、シャナは三味線、ラルスがギターだ。マリーは用意していた歌詞のプリントをOB達に配り始めた。
「どうせ歌うなら、桜に聴かせてやろうぜ。もう聴く事も無いんだし」
全員桜の下に集合して、校歌を歌う。初めは威勢が良い歌声だったが、3番に入ると涙で声にならない歌声が混じり始めた。
そんな中、一陣の風が吹き桜の花弁は舞い散り、一面の桜吹雪に。
この事は精一杯の桜からのお礼なのかは判らないが、この為に遅咲きだったのかも知れないなと、後々OB達の間で語り草となった。