winter again‥‥ヨーロッパ
種類 |
ショート
|
担当 |
やなぎきいち
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
3万円
|
参加人数 |
10人
|
サポート |
0人
|
期間 |
12/05〜12/19
|
●本文
──じわりと浮かんだ涙が頬を伝う。
一面を塗りつぶす白銀を見つめる女性は、薬品の香りに満ちた白い部屋に囚われていた。
零れ落ちる涙の熱さは彼女の心を犯した熱。愛という名の枷は彼女の心の自由を奪う‥‥
伝ううちに凍えた涙は彼女の心を砕く毒。現実という名の枷は彼女の身体を捉え蝕む‥‥
溢れる愛に心が裂け、心を満たす愛は奪われた。
心に裂かれ、現実と愛に囚われ、伝う涙とともに彼女の命も解けて散った。
──それは禁じられた恋。人と人ならざるものの、忌むべき愛。
「愛‥‥いいわねぇ‥‥」
ほう、と頬に手を当て黄昏の香りを漂わせる。中年の域にどっぷり浸かろうとも、女性は恋愛というものを好む。クリスティア・リュウもまた、そんな中年の1人である。
──いや、リュウは女性ではない。しかし、その辺りの事情は無関係なので割愛させていただく。
問題は、リュウが我侭を押し通せる立場の者だったことだ。
『winter song』
それがリュウの読んでいた台本のタイトルだ。年季の入った台本は何度もテープで補強された背表紙がセピアと化し始めているほどの品。リュウが昔関わったことのあるドラマである。
狼男と人間の娘の悲しい恋。家族に引き裂かれ、世間に引き裂かれた二人の恋物語だ。
「悲恋物‥‥見たいわねぇ」
──スポンサーの気紛れで、新しくも悲しい恋物語が幕を開ける‥‥?
●リプレイ本文
●枯葉舞う頃
「同性愛は嫌よ?」
スポンサーであるクリスティア・リュウが息を吐くと、白い煙がするすると吐き出された。どこか淡々とした瞳がシヴェル・マクスウェル(fa0898)をじっと見据える。リュウにとって『winter song』は哀しくも愛しい人間を描いた作品であり、同性愛の悲哀を描いた作品ではないのだ。──ちなみに、リュウは同性愛嗜好を理解する人物である。
「そうではない。こちらの男性陣は演技の心得が浅く私が男装した方が良いだろうと判断したまでだ」
「すみません。僕に演技の心得があれば良かったのですが」
相沢 セナ(fa2478)が深く頭を下げると、蒼燐(fa0500)が優しげな面立ちのままに会釈をする。
「そのかわり、念入りに打ち合わせもしましたので演出まで含めて僕たちにできる最高の作品に仕上げられたと思います。千万里さん」
「ほな、始めるな」
促され、椎葉・千万里(fa1465)は部屋の明かりを落とすと編集の終わったテープを回し始めた。
沈黙の支配しようとする部屋に静かな機械音だけが流れる。
──そして唐突にスピーカーが音を奏でスクリーンに光が現れた。
セナの奏でる冷たくも柔らかいピアノの音と、千万里の弾く寂しくも優しいバイオリンの音が絡み合い、もの哀しい旋律を織り成してゆく。冬の空気のように澄んだ高いラフィール・紫雲(fa2059)の声がしっかりした骨を組み込んでゆく。
その曲は甘く切なく、冬に初めて降る雪の儚いきらめきのように、聞く者の心の琴線にそっと触れて消えてゆく‥‥
『 願っても 届かない 願っても
いずれ雪は溶けるでしょう けれど この風は止みません
貴方を思う心も きっと止まないのでしょう
黒の鍵をあの記憶に 白の扉をあの頃に 』
それは冷たい空気の満ちる冬の午後。それでもぬくもりを与えようとする細い陽光の中、公園のベンチに腰掛けて赤毛の男性が大きく広げた新聞に視線を落としていた。平和な冬の一日。
──それは唐突に終焉を迎えた。
「うわっ! 避けてー!!」
冬の風の音を掻き消すほどの叫びが赤毛のマックスを貫いた! 反射的に見たマックスの目に映ったものは、声の主と思しきボーイッシュな少女と、少女もろとも彼にダイブしてくるワインボトル!!
「‥‥っ!」
「ご、ごめんなさいっ! あの‥‥大丈夫?」
慌てて飛び退くと下敷きにした男を恐々と覗き込む少女。頷くマックスにアンリ・バシュメット(fa1390)扮する少女はアンネと名乗った。
「運が良かったな、ワインも無事みたいだぞ」
「ああ、良かった! 親友の誕生日だから奮発しちゃったのよね〜」
大事そうにワインボトルを撫でるアンネ。
「貴方のお陰ね、ありがとう♪」
そう言うアンネの屈託のない微笑みに、マックスは捕らわれていた──そう、人間と獣人という種族の壁を越えて‥‥
「いいわぁ‥‥そう、理屈の入る隙の無い一目惚れだからこそ、禁断の壁を越えてしまうのよ!!」
不服そうに眺めていたはずのスポンサーがうっとりと溜息を吐いた。
「どうぞ、お邪魔でなければ」
そっとオーレリア(fa2269)の差し出したコーヒーを当然のように受け取り、礼を述べることもなく流れ続ける映像から目を離さない──業界人としての眼差しで検分するかのようだった。
●温かき想いと、霞のような‥‥
転々とシーンは変わる。マックスとアンネは逢瀬を重ね、愛情を深めていった──マックスの秘密は明かされぬままに。
やがて、アンネがキャロル・栗栖(fa2468)演じるクリスへと想いを溢すシーンへと転じた。
「あのね、クリス。私‥‥今、気になってる人がいるの」
「ああ、マックスさんのことね?」
「そう‥‥って、何で知ってるの!? そんなにバレバレだったかなぁ‥‥」
躊躇いがちに口を開いたアンネはクリスの切り返しに両手で頬を覆った。
「ねぇ、マックスにもバレてると思う?」
「ええ、多分知っているんじゃないかしら。でも、きちんと言葉にして伝えなくては駄目よ?」
おっとりと穏やかに微笑んでいた親友は、その紅の瞳に悪戯な光を浮かべ、笑みを深くした。
「いい人じゃない。あなたの強引なところに引きずられるわけでもなくて、呆れるわけでもない。落ち着いていて、大人だわ。あなたにはぴったりだと思うわよ、ふふ♪」
「強引? そうかなぁ‥‥普通だと思うわよ?」
くすくす笑い合いながらカフェで語り合うアンネは確かに幸せの絶頂に佇んでいた。
一方、転じられたマックスのシーンはどこか物悲しい雰囲気が漂っていた。
森を思わせる郊外に吹く風は冷たく、マックスは思わずコートの襟を立てた。少し離れた町の灯り‥‥そこまで戻ればアンネがいる、温もりがある。今日こそ想いを伝えよう、真実はヴェールに包んで‥‥
「友人として忠告するけれど」
足を急がせるマックスへ、暗闇から言葉が投げかけられた。
「‥‥」
足を止め暗がりに目を向けると、黒髪の神秘的な女性が佇んでいた。自分を見つめる悲しく冷たい眼差しに焔を秘めた真摯な眼差しを返す。
「人間を信じるなんて、愚かだわ。彼らは裏切りを覚えた種族‥‥悪いことは言わないわ、親しくなりすぎないで、貴方のためにも」
「シルヴィア‥‥アンネは違う。彼女は信じられる人間だ。俺は‥‥彼女と生きたい。彼女の傍らで彼女を愛していきたい」
そんな饒舌なマックスは見たことがなくて、オーレリア扮するシルヴィアは声を荒げた。
「だって、種族が違うのよ! どうして幸せになれるの?」
「愛があるから、ですよ」
シルヴィアの問いに答えたのは、ねこひろし(fa0278)扮するミステリアスな獣人だった。自分に酔うように白い手袋を嵌めた手で胸を押さえる。
「古よりのありふれた言い伝えですよ。けれど、種族の壁‥‥それを越えるのはただの愛ではいけません。真実の愛でなくては──」
「‥‥ファントムさん」
「──永遠にも近い長い時間を私は生きました。けれど、崇高な真実の愛をこの目にすることは叶わなかった‥‥二人の愛が真実であるのならば、越えられない壁などあるはずがないのです」
どこか芝居掛かった口調で述べるファントム。そういう演技なのか、それとも演技ができていないのか。どちらにしてもミステリアスな怪人『ファントム』としては充分な味を出している。
「どうして、人間なの。どうして、私じゃだめなの‥‥」
「‥‥すまん」
目を伏せ低く呟き、振り返らずに立ち去るマックスの背を‥‥地に崩れ落ちたシルヴィアの嗚咽が何時までも見送っていた。
ラフィールの喉元から押さえきれぬ嗚咽が漏れる。
「シルヴィアさん〜‥‥」
バラード系が得意なラフィールだが、悲恋よりはハッピーエンドが嬉しい。登場人物が全て幸せになればいいのにと、撮影の合間も物悲しい気分が離れなかった。
──その結果、主題歌にとても感情が篭ったのだから、結果オーライといえなくもないのだが‥‥。
相沢の差し出したハンカチで目元を押さえるラフィールを忙しなく瞬く瞳に収め、リュウは言葉なく続きを促した。
(「なんや、泣きたいなら泣けばええやん。難儀やなぁ」)
その様子を見ていた千万里には、スポンサーが涙を堪えているようにしか見えなかった。
●真実の愛の欠片
星の瞬く夜、二人は出会った公園に佇んでいた。
公園の向こうにあるのは蝋燭の明かりが揺らめくレストランバー。時折り映りこむ店内では千万里と相沢がバイオリンとピアノでバラード調だった主題歌をジャズ風にアレンジして生演奏中のようだ。
切なさが目立つ曲だが、しかし恋する甘やかな心を前面に押し出されたジャズは何処か楽しげで、遠くから二人のシーンに彩りを添える。
真夏の太陽を思わせる明るい笑顔をマックスに向け、真っ赤になったアンネがスパッと言い切った。
「マックス、私、あなたが好き──こんなこと柄じゃなくて恥ずかしいけど‥‥愛してるわ」
逃げ出したくなる気持ちを必死に堪えて伝えたアンネを、マックスは両の腕(かいな)で掻き抱いていた。
「‥‥伝えるのは苦手だが‥‥気付けばお前のことばかり考えている。いつも俺の傍らで笑っていてくれ」
訥々と語られる言葉に真実を見出して。アンネは、そっとマックスの背中に腕を回した。
セピア色の夜景に浮かび上がる二人のシルエットが、ゆっくりと折り重なってゆく──‥‥
「これが‥‥真実の愛、の、欠片‥‥ですか‥‥」
永遠ともいえるファントムの長い長い命を終わらせることのできる唯一のモノ、それは真実の愛。
その欠片に触れ、ファントムは人知れず瞳を閉じた。ようやく、永遠の孤独に終止符が打てる。
全てを救う真実の愛。二人の愛は、その時確かに真実だった。
──愛を歌うジャズにその身を沈ませて、永遠を背負う男は二度と浮かび上がることはなかった‥‥
●崩れ去る幻想
ファントムの命と引き換えに、二人は平穏な時間を過ごす。
公園でお弁当を食べ、テーマパークを訪れ、映画を観て‥‥そんなありきたりなデートを重ねる穏やかな日々。
──そんな幸せは街角で唐突に終焉を迎えた。
「マックス!!」
か細い手で突き飛ばされたマックスが倒れながら振り返る。そしてその瞳に映ったものは‥‥突き飛ばした反動で地面に横たわる最愛の恋人と‥‥
「アンネ!!」
道路脇で建築中だったビルの足場が崩れ、スローモーションのようにアンリに降り注ぐ鉄骨。
「アンネ! 返事をしろ、アンネ!!」
「‥‥マック、ス‥‥」
鉄骨に下半身を潰されながらも安堵の笑みを浮かべる恋人。地面に染み出した赤い液体がじわりじわりとその面積を増す。
一分、一秒を争うであろう事態だということは、素人目にも明らかだった。
自分には鉄骨を退かすだけの力がある。
全てを曝け出す勇気だけが、足りなかった。
けれど‥‥アンネを失うかもしれないことは、他の何よりも恐ろしかった。
公衆の面前で。マックスの姿は、熊の獣人へと変わってゆく。
『 祈っても 叶わない 祈っても
いずれ涙もかれるでしょう けれど この心は痛みます
私の記憶も きっと褪せはしないのです
紅い垣根を指先に 蒼い窓をこの瞳に 』
音声のカットされた映像。獣人と化し、ただ最愛の恋人のためだけに鉄骨を退かそうと試みるマックスと、唖然とする人間たち。やがて化け物を排除しようとモブに紛れ込んだ蒼燐やねこひろし等からぎこちなくも罵声や石が投じられ、しかし寡黙を貫くマックスの姿。見開いた瞳で恋人を見つめるアンネの表情に、ラフィールの透明な歌声が切なく重なる‥‥
獣人たちが何よりも忌避したいシチュエーションが、そこにあった。
救急車が到着するのを待って、マックスは冬の街から姿を消した。
●断ち切るモノ、断ち切られたモノ
目を開けたアンネの視界に飛び込んできたものは親友のクリス。
「‥‥クリス‥‥?」
「目を覚ましたのね、きっと目を開けると信じていたわ‥‥寝坊するにも程があるわよ」
微笑んだ目尻から涙を溢し、クリスはアンネの手を握った。
「寝坊‥‥? 私、どれくらい‥‥」
「‥‥あの日から、ちょうど1年」
躊躇いがちに伝えられた真実。目を見開いたアンネは、恋人の名を口にした。
「マックスは? マックスは無事?」
「あんな化け物のことはもう忘れなさい。あなたは、身体を治すことだけを考えて──」
──パシッ
「化け物じゃない、マックスはマックスよ! 彼はどこ!?」
閃いた掌が親友を打つ。炎の様に激しい意思を秘めた女性は確かに親友その人で、その意思を挫く為にクリスは正面からアンネを見つめた。
「もう想っても無駄。今頃彼は結婚式の最中よ」
驚愕に目を見開くアンネへ、クリスは一方的に語られた電話の内容を告げる‥‥
‥‥その電話の内容は結婚式のシーンへと転じ‥‥
「──病めるときも健やかなるときもこれを愛し、守り、慈しむことを誓いますか」
「‥‥誓います」
「では、誓いのキスを」
白いスーツで身を包んだマックスはウェディングドレスに身を包んだ花嫁へ向き直り、そのヴェールをゆっくりと捲る。両親や、数人の獣人たちが祝福という名の監視の眼差しでマックスを睨むように見つめる中、二人はゆっくりと唇を重ねた。
人間と関わることを禁じられたマックスは彼を愛したシルヴィアと二人で生きていくことを命じられたのだ。
シスターに扮したラフィールが相沢と千万里の楽曲に合わせて賛美歌のように主題歌を歌い──スタッフロールが流れ始めた。
『 願っても 届かない 願っても
いずれ雪は溶けるでしょう けれど この風は止みません
貴方を思う心も きっと止まないのでしょう
黒の鍵をあの記憶に 白の扉をあの頃に
祈っても 叶わない 祈っても
いずれ涙もかれるでしょう けれど この心は痛みます
私の記憶も きっと褪せはしないのです
紅い垣根を指先に 蒼い窓をこの瞳に
どうか どうか 願わくば
消え逝く淡き雪の彼方に 貴方の背中が見出せるように
どうか どうか 願わくば
深まる冬の夜の向こうで 貴方と私が触れ合えるように
ただ、祈ります 』
「これで良かったのよ、これで‥‥」
シルヴィアとクリスの呟く声が重なり、アンネとマックスの目尻から毀れる一筋の涙を最後に‥‥暗転した。
「‥‥いいわぁ、悲恋! ドラマならでわよね! 獣人を使うのは考えたわね〜」
しばしの沈黙の後、なよっと身を捩るリュウのサインで後払いのスポンサー料がしっかりと支払われることになった。
「ふぅ、ミーの懐も安心です」
「‥‥だな」
ひろしと相沢が小さく頷き合った。スタッフや役者たちの持ち出しで撮影されるスリル、もう二度と味わいたくはない。