●リプレイ本文
●10/21 AM9:35
「懐中電灯でいいなら、貸せますよ。下水道なんだから、次回はちゃんと用意してくださいよね。あ、壊したら報酬から引いときますよ。んで、地図はこれね」
オペレーターがてきぱきと懐中電灯を2つ、サルファ(
ga9419)と鳴風 さらら(
gb3539)に渡す。地図はマヘル・ハシバス(
gb3207)に。下水道の地図は、入り口から一本道でまっすぐ進んだ所に印があった。
「なんだかケースにビーコンを付けているらしくてね。それで、場所は特定できているみたいですよ」
地図を覗き込むマヘルと千光寺 巴(
ga1247)にオペレーターが補足する。
「資料ってペーパーメディア‥‥? データ形式‥‥? 一個のアタッシュケースにどれくらい入ってるの‥‥?」
「さぁ‥‥? ちょっとそこまでは情報が来てないね」
イスル・イェーガー(
gb0925)の質問に男性オペレーターは少し渋い顔で答える。
「所でこの会社はどんな仕事を?」
イリアス・ニーベルング(
ga6358)がさらに質問をする。
「小さい商社みたいですよ。グラハム・エレクトロニクス。社員は3名。中小ってより零細ですね」
オペレーターが「住所はこれね」と差し出した紙片をイリアスが受け取る。所在地はロンドン。
「零細にしては報酬がいいわね?」
「電子部品とかなら軍関係にも使われてたりするから、それでじゃないですか?」
鳴風の尤もな疑問に、オペレーターは自分の想像を伝えた。
「でも、家電製品の輸出入って書いてありますが」
先ほど受け取った紙片を確認したイリアスが言う。
「あれ、じゃあ依頼にあった新製品とかってのの売り上げを見越してるんですかね」
依頼を受けた6人程には、オペレーターはこの依頼に違和感を感じていなかった。
「元社員の情報は、解りますか?」
「ありますよ」
そう言ってオペレーターはサルファに写真を差し出す。角刈りの青年の写真。
「ロジャー・ウォーデン、27歳。この会社に在籍したのは半年ほどみたいですね。で、辞めたのは2ヶ月前、と」
受け取った顔写真をサルファは見つめる。どこにでも居る、普通の会社員に見える。
「そう言えば、会社自体も設立して短いんですね」
イリアスの手元の紙片を覗き込んでいたマヘルが尋ねる。
「みたいですね。‥‥設立1年、1年でそんなスゴイ新商品開発したのか」
オペレーターはまだ違和感に気付いていない。
「おっと! ‥‥ごめんよ」
6人の後ろから、隻眼の男が手を伸ばし、依頼内容の書かれた用紙を取り上げた。
「あ! ネルソン大尉?」
オペレーターの抗議を無視し、男は用紙を読み耽る。しばらくして、男は顔を上げる。
「こりゃあ、ウチの仕事じゃねぇけど、うちの仕事だな」
そう言って受話器を手に取る。
「‥‥すまんが、今日はこのまま依頼通りケースの回収に行ってくれ。明日、ヘリフォードまで来てくれるか。手配はしておく」
有無を言わさぬ様子で、男は6人から顔を背けると電話に集中した。
「‥‥エコーのハンクだ。デルタのシリング少尉を。緊急だ」
●10/21 AM11:51
「これは‥‥帰ったらまずお風呂確定ですね」
千光寺が心底嫌そうな表情をする。管理用のものだろうか、坑の片側に通路があったぶん幸いした。それでも、鼻に衝く異臭は衣服に染み付いて取れないだろう。
ランタンに照らされて、色の付いた水面が反射する。
「‥‥あんまり、じっくり見たくないね‥‥」
灯りの端に映ったゴミの塊から、イスルが目を背ける。
「ネルソンという士官は、依頼は依頼として渡していい、と言ってましたが‥‥」
マヘルが呟く。
「‥‥対テロとか、‥‥スパイとか、そう言う特殊部隊の人だよ、あの人‥‥」
ハンク・ネルソン大尉、という人物は知らない。ただ、あの男の所属している部隊の性格を、イスルは以前の依頼で知っていた。
「つまり、そんな曰く付きのアタッシュケース、って事ですね」
ランタンを掲げた千光寺が立ち止まる。足元には、そのアタッシュケースがあった。
通路に1つ、無造作に転がっている。もう1つ、通路のすぐ脇の水路に落ちているのが見える。
アタッシュケースを水中から引き寄せるイリアスの口元が、微かに歪む。それが下水のせいか、怒りによるものかは解らない。
「向こうにもう1つ、犯人さんも一緒ね」
探査の眼を使用していた鳴風が通路のさらに20m程奥を指差す。
一同が駆け寄ると、アタッシュケースは水路の中央付近に転がっていた。その脇に、男がうつ伏せで倒れている。千光寺とマヘルが水路に入り、男に近づいた。
「‥‥死んでます」
確認するまでもない、という風にマヘルが呟く。千光寺は遺体に1度両手を合わせると、着衣のポケットなどを探り始めた。
「‥‥資料にしては重い気がするけど‥‥」
ざぶざぶと水中を歩き、3個目のケースを両手に回収したイスルが呟く。マヘルが遺体にランタンを近づけ、死因を確認しようとする。小動物に咬まれたような無数の傷が表面にあるが、致命傷になるほど深くなく、死後、ネズミなどの動物に襲われたものと見えた。
「キメラに襲われた形跡は無いけど‥‥溺死っぽいですね」
襲われた際にどこか殴られうつ伏せに気絶してそのままか、とマヘルは推察する。
マヘルの横で遺体を探っていた千光寺がパスケースをジーンズのポケットから見つけ、広げた。鳴風が懐中電灯を近づける。
「免許証ですね‥‥写真は同じ顔だけど‥‥」
千光寺が呟く。
「トッド・スコット。25歳。‥‥何個目の顔ですかね」
呆れたように、イリアスが名前と年齢を読み上げる。
「ロジャー・ウォーデンさんは居なかった、って訳か」
神妙な面持ちのサルファが懐中電灯を手に、遺体に近寄る。その時だった。
下水道の奥から徐々に近づく無数の羽音に、鳴風以外の5人も一斉に覚醒し臨戦態勢を取る。
羽音は大きく黒い塊となり、下水道を覆い迫ってきた。
「こうもり‥‥」
鳴風がそう呟いた直後、6人を蝙蝠の大群が覆い包んだ。数え切れないほど無数の黒い塊が、激しい羽音と共に通り過ぎる。体に当たって落ちる個体もある。
時間にして十数秒だろうか。羽音と共に黒い塊は過ぎ去り、再び水流の音だけが残った。
「‥‥キメラは?」
誰に訊くともなくイスルが零す。
「もしかして『キメラと思われるもの』って、今の?」
「他に何も、居る様子は無いわよ」
サルファに鳴風が答える。
6人は、脱力感と引き換えに覚醒を解いた。
●10/21 PM6:13
ロジャー・ウォーデン、もしくはトッド・スコットと呼ばれた男の死は、サルファによって市警察に届けられた。検死の結果はマヘルの予想通り、溺死であった。
6人は依頼、そして事件の経緯を市警察に話し、依頼者の代理人と会う際に警官を同行させる事で意見の一致を見た。
そして。
シャワーを浴び下水の臭いから開放された6人は、代理人との待ち合わせ場所に警官を伴って向かった。
夕暮れ時の寂れた公園の一角。1人の若い男が居た。パーカーのフードを目深に被り、周囲を窺うようにきょろきょろと落ち着きが無い。
一行が男に近づくと、男のほうが先に声を上げた。
「おいおい! 警察が一緒とか聞いてないぜ!」
イリアスと千光寺が真っ先に男に向かい、取り押さえる。
「ちょっ! 何だよいきなり!」
「あなたには、聞かないとならない事が沢山あります!」
揉み合いになる3人。他の4人と警官が近づき、ようやく男は抵抗を諦めた。
「なんだって急に‥‥」
息を切らせている男に、マヘルが言う。
「ロジャーさん。もしくはトッドさん? 亡くなっていましたよ」
「‥‥誰? それ」
男の返事はそっけない。
「誰って事は無いでしょう? そちらの会社ではどんな仕事を?」
イリアスが質問を続ける。
「会社? 俺会社なんてやってないけど」
「‥‥あなた、とぼけてる? ‥‥何か隠してる?」
「何もとぼけちゃいないけど――」
イスルの質問にまた男は明確に答えず、鳴風の声が被せられた。
「あなた、このアタッシュケースを受け取りに来たんでしょ?」
男はちら、と3つのケースを目で追った後、「そうだ」と短く答えた。
「だったら――!」
思わず食って掛かる鳴風を、5人は止めた。
男の自宅は、待ち合わせ場所に指定された公園の近所にあり、アパートに一人暮らしだった。
供述によれば、男は短期バイトを探していたと云う。そして見つけたのが、依頼主の代わりに3つのケースを受け取る仕事。ケースだけの場合は、こちらから取りに出向くまで預かっていて欲しい。男も一緒の場合は、ケースと一緒に一晩だけ匿って欲しい、と。
妙な仕事だな、と男は思った。だが時給がずば抜けて良い。その金額に釣られて、男は問い合わせた。
依頼主は女性だった。田舎から恋人が出てくるのだと云う。アタッシュケースは生活に必要な着替えその他諸々。恋人の両親が大反対で夜逃げ同然で転がり込んでくるので、キメラとかも出る物騒な時代だし、護衛を付けた。ケースだけの場合は恋人本人はあたしの所に来ているから安心して欲しい、と電話口で涙ながらに訴えられ、報酬も魅力だが同情もあり、仕事を請けたという。
男の住所と連絡先は依頼主の女性に渡した。でも向こうの連絡先などは一切聞かされず、今冷静になると益々妙な仕事だと思えてくる。そう云えば、そのケースと一緒に来るかも知れない男の人相も名前も知らされていない。
その日のうちに、代理人の男は身分照会がされ、アパートの家宅捜索も行われたが、事件性は確認できなかった。
代理人の男が連絡した電話番号も確認されたが、現在は使用されていない旨の電子音が鳴るだけだった。
つまり、代理人の男も何も知らされておらず、手懸りは、手元のケースだけになった。
向こうから取りに来るのであれば、代理人の男と一緒に居ればいずれ接触できる可能性があったが、恐らくこちらの様子を窺われていて、一緒にいる間は接触してこないだろう、というのがイリアスとイスルの共通した意見だった。
しかしこのままケースを預けて去る訳にもいかない、とサルファやマヘル、千光寺が主張し、ならばと、鳴風が折衷案を提案した
6人は男にアタッシュケースを渡し、一度本部へ戻り報酬を受け取る。
その間、男の自宅は市警察によって24時間の警備態勢が敷かれた。
●10/22 AM10:03
イギリス、ヘリフォードの連隊本部に6人は集められていた。ブリーフィングルームに通されて10分程、待ちぼうけを食らっている。
例の隻眼の大尉は、本部を出る時に「手配はしてある」とそれっきり何も説明をしなかった。
ブリーフィングルームのドアの向こうから、2人の話し声がだんだんと近づいてくる。
『‥‥それはいつ連絡があった?』
中年男性らしき声。
『つい先程です。市警察のワーナー警視から』
若い女性の声。
『あの給料泥棒め、余計な事を』
同時にドアが開き、中年の指揮官と若い女性士官が入ってきた。
「お待たせした。ベックウィズ中佐だ。昨日の依頼について、君らから詳細を聞きたかったんだが、少々状況が変わった」
指揮官は入るなり鮮やかに敬礼してみせると、そのまま喋りつつ、手近な椅子を引いて腰を下ろした。
「作戦士官のアニー少尉です。‥‥早速ですが、こちらの男性に見覚えは?」
そう言って女性士官が6人の前に顔写真を差し出す。そこには、昨日の代理人の男が映っていた。
「‥‥これは、ひどいですね」
千光寺が遺体に両手を合わせる。
「‥‥ダブルタップ‥‥プロっぽいね‥‥」
イスルが遺体の後頭部の弾痕を見て呟く。遺体はデスクに座ったまま、後頭部を撃たれて突っ伏していた。
代理人宅。市警察が24時間の監視を行っていたはずであった。今朝の交代のため警官が訪れた時、既にそこは惨劇の現場だった。警備の警官2人、そして代理人の男が犠牲となった。
「残念ながら、我々はケースの現物を見ていませんので、まだ室内にあるか、確認して頂けますか?」
アニーに促され、6人は室内を探索した。キッチン、リビング、そしてユニットバス。どこにもアタッシュケースは無かった。
「‥‥どこにも無いですね」
マヘルが呟く。
「完全に、一杯食わされたって事ですね」
イリアスの表情が怒りに歪んだ。
雑居ビルの一角。ドアに表札も無い。ただ、オペレーターからイリアスが受け取った紙片に書いてある依頼主の住所は、ここで間違いない。
「ごめんください」
サルファが声を掛け、再びノックする。反応は無い。
「ドア、破ってみる?」
鳴風がそう云ってノブに手を掛けた時、アニーがこの部屋のマスターキーを持った貸主を連れてきた。
マスターキーによって扉は開かれ、6人は我が目を疑った。
今すぐにでもテナントが入れそうなほど、何も無い室内。
「引越しの予定とか、聞いていますか?」
「いや、全然聞いてないよ、‥‥困るなぁ」
千光寺の質問に、貸主は困惑した表情を見せる。
一連の事件の手懸りは、ロジャー・ウォーデンもしくはトッド・スコットと呼ばれた男の遺体、ケースを受け取りに現れた代理人の遺体、そして、6人の受けた依頼の記憶だけになった。
「すまんが、君らにはこの事件でまた協力を仰ぐ事になるかも知れん。その時は、よろしく頼む」
ベックウィズが6人に声を掛け、先に部屋を出た。
空き部屋はアニーの指揮により非常線が張られ、証拠採取のためUPC欧州軍の管理下に置かれる。
「‥‥なんか、すっきりしない‥‥」
呟くイスルの横で、イリアスは空き部屋を怒りの瞳で見つめていた。