●リプレイ本文
●グラナダ旅行
「諸君、ようこそグラナダ旅行社へ!」
ウッドラムの第一声がこれだった。そしてまた、何時かと同じように隊員達がニヤニヤ笑う。
またぐるり、とメンバーの顔を見廻す。優(
ga8480)とリュドレイク(
ga8720)で視線が僅かに止まり、最後にアンドレアス・ラーセン(
ga6523)と目が合い、ニカリと笑顔を見せて、煙草を差し出す。
「これから最短で2日、最長で4日の禁煙だから、今のうちだぞ」
ウッドラムがテーブルの真ん中に置いた箱に、藤村 瑠亥(
ga3862)と神撫(
gb0167)も手を伸ばす。綾野 断真(
ga6621)は手を付けなかった。
「今回もやるんだろ? 例の賭け」
アンドレアスが懐から紙幣を取り出す。
「よく覚えてたなアス君。いい心掛けだ!」
ウッドラムも紙幣を取り出す。それに倣って、優とリュドレイクも同じく紙幣をテーブルに置いた。他のメンバーも紙幣を取り出すと、同じようにテーブルの上に置く。
「親はこの船。俺達はここでデブリーフィングするほうに賭ける!」
「帰りはヘリで迎えに行きますので、よろしくお願いします」
船でここまで同行していたアニーがぴょこんと頭を下げる。成功した場合のヘリによるピックアップは彼女の仕事であった。
「んじゃ行って来るよ。成功を祈っててね」
彼女の前で一旦歩を止めた神撫が、頭をぽふっと一撫でしてからLCACに向かう。
「無事に‥‥戻ってください」
各々装備を抱え、上陸艇に向かう後姿を、アニーは真剣な眼差しで見送った。
LCACが洋上を疾走する。イベリアの灯は赤く、夜空に映る炎は星を覆い隠していた。
「ウォン准尉、今回も宜しくお願いします」
声を掛けたのは優。
「ああ、こちらこそ」
「絶対、成功させましょう」
「帰りはヘリの旅といきたいね。お嬢さんに何度も野営させるのは紳士的じゃない」
「おいおい口説くなよ?」
優とウォンの会話に、ウッドラムが割り込み、笑いが洩れる。釣られて笑うアンドレアスの肩を、グレシャム曹長が叩いた。
「今回は、いい顔してんな」
ちょっと驚いた後、アンドレアスは答えた。
「‥‥逆恨みだって判ってる。けど引けねぇトコまで来てんのよ、俺も‥‥」
「いい事だ」
何とは聞かず、グレシャムはそれだけ返事をする。そして彼の手元のエネルギーガンを指して言う。
「置いてきたのか、背負って来たのか知らんが、要は両手を開けろってこった。お前の身を守るのはそいつだ」
スリングに通したエネルギーガンから両手を放し、アンドレアスは拳を作って見せた。
「いけ好かない奴をぶん殴るのにも必要、ってか?」
「そういうこった」
アンドレアスとグレシャムは、2人して愉快そうに笑った。
●ムラセンの山
「これはこれは‥‥」
「予想外の大物が、かかりましたね」
藤村と綾野が、開きっ放しになったカタパルトを見て呟く。
道中、今回は急ぐ方向を採った。戦火の中、警戒は以前より薄かったと言える。ただ、警戒ではなく純然と戦闘に出てきたキメラの群れとの突発戦闘は数度発生した。
しかし戦闘が発生する度に、前回参加し手筈を心得ているアンドレアス、優、リュドレイクの3人と、初同行となる藤村、綾野、神撫の3人は鮮やかな連携を見せ、LRRPチームでは手に余るキメラを殲滅していった。
「蜘蛛の巣の破れ目も残さない、だっけか?」
そう言って、ウッドラムの指示通り手早く、痕跡を消す。アンドレアスら前回参加組は手馴れたものであったし、
「隠密行動ってこんなにきついのか‥‥」
などと言いながらも、神撫ら今回参加の3人も、まったく見劣りのしない対処をしていた。
そして前回よりおよそ半日早い行程で目的地に辿り着く事になる。
山は、その口を大きく広げて、無防備な姿を晒していた。
尤も、前回偵察に来た「玩具工場」は、既に大規模な攻撃に焼け落ちた後であったし、山頂の「不思議砲」も、その原形を留めておらず、眼下に望むグラナダ市外では、慌しく空襲からの避難誘導が行われており、前回偵察を行った際の、天秤座が棲家としていた要塞の威容は、跡形も無かった。
そこに、2つ目の玩具工場が、焼け落ちずに残っていた。
ここを爆破するだけでいい。そう、聞かされてここまで来たのだが、その「玩具工場」には、思いもよらぬ「天秤座のカード」が鎮座している。
マドリード方面か、それともリスボンか、詳細は分からない。兎も角、どこかの戦場帰りであろう、小型ギガワームが、無防備に口を広げた工場内のハンガーに係留されていた。
「こんなオマケ付きとは、聞いてねぇなぁ」
「どうする、コレもやるのか?」
小型ギガワームを見上げてニヤニヤするウッドラムに藤村が尋ねる。ウッドラムはニヤニヤしたまま、藤村に答えた。
「当然だろう? なぁアス君!」
そう言ってアンドレアスの背中を平手で張る。「爺の懐に一発くれてやらないと気が済まない」と、ずっと彼が思っていたのをウッドラムは知っている。
「よし、手筈通り、藤村とアス、それからグレシャムとジーニーにここは任せる。残りは中へ入るぞ。避難誘導を」
ウッドラムの指示で、12人はそれぞれの持ち場へと散る。
藤村とアンドレアスはここに残り、ビーコン設置班の支援を行う。
「しっかし、全部で幾つあんだ? このフザけた玩具工場は」
「そう幾つも無いだろう、なにせこの規模だ」
アンドレアスに答えつつ、藤村はビーコンの1つを手に取る。設置作業を行っていたグレシャムが口を開く前に、彼は言う。
「時間は早ければ早いほどいい。当然、使えるのなら使う人数も多いほうがいいだろう」
「すまんな。4つある。入り口に2つ、奥に2つ設置する」
「奥か、どの辺だ?」
藤村が指示を仰ぐようにグレシャムを見る。が、グレシャムの替わりに、ジーニーがニヤニヤ笑いながら、もう1つのビーコンをアンドレアスに手渡す。
「奥って言ったら、爺の悪趣味な乗り物の真上だろうよ! 藤村の戦友と、リュドの弟にデカい花火を落としてもらえ」
ジーニーに背中を押されるようにして、悪戯っ子のような笑顔を浮かべるアンドレアスと、呆れ笑いなのか、口元を緩ませた藤村は、カタパルトの奥、ハンガーに佇む小型ギガワームに向かって行った。
●開放
リュドレイクが探査の眼で確認した、ハンガー内の通路を、綾野が潜行し確保する。それに続いて、残りのメンバーが潜入する。
この動作を繰り返し、中の様子を探っていた。残った作業員は数十人程度だろうか、それでも相当数がまだここで作業をしている。
「外の様子は、伝わっていないのか?」
「いや、能動的に動かないだけだ」
神撫の驚きにウッドラムが短く答える。つい数時間前まで、占領下でこうして暮らしていたのだ。状況の変化に着いて行くには、明確な指針を示す必要がある。
リュドレイクと優が揃って、同じ方向を指し示した。ハンガーの上層に、管理室のような部屋が見える。中には数人の人影。
「あそこは管理室ですかね」
「中心人物に話を出来れば、避難もスムーズに行くかと思います」
2人の提案を、ウッドラムは即座に承認した。
「いい案だ。ウォン、2人のサポートに着いてけ」
作業員の監視用なのか、人と同じくらいの大きさの何やらよく分からない機械がうろうろしているのを、綾野が見つけた。
外の状況を気に掛ける様子も無く、うろうろと、決められたルートなのだろうか、巡回している。
「厄介だな‥‥」
「さて、どうしましょう?」
綾野と神撫が振り返る。
「なるべく派手にブチ壊せ。俺らが味方だって教えてやる必要がある」
「そういう事なら」
神撫は羅刹を構えなおし、物陰から飛び出した。機械なのかキメラなのか、気づいて妙なビープ音を発生させつつ、神撫のほうを向き直る。
モーターらしき回転音を立てつつ、がちゃがちゃと何か機銃のようなものを展開させるが、それが効果を発揮する前に、神撫の後を続いて飛び出した綾野の銃弾に弾かれ、くるくると回転する。
羅刹を横に薙いだ神撫によって、妙な機械が盛大な音を立てて弾け飛ぶ。
動かなくなった機械を前に、綾野、神撫ら一同は作業員の注目を浴びた。
「あの通りです、まだ信じられないなら他の区画を見てきてください」
リュドレイクが、綾野と神撫が倒した監視メカの方向を指差す。
「もうこの区画だけです。そしてこの区画も間もなく攻撃を受けます」
優がさらに畳み掛ける。
「わ、わかった、我々はどうすればいい?」
「避難経路は、俺らが確保します」
「攻撃にはまだ時間があります。落ち着いて、慌てず、皆さんに着いて来るよう指示をお願いします」
リュドレイクと優の説得に促され、作業班長だと名乗った人物は管理室を飛び出した。ウォンを含めた3人が残される。
「鮮やかなもんだ。銃を突きつける必要も無かった」
「もともと、そんな風に説得するつもりはありません」
ウォンの軽口を優が簡単に受け流す。
「いい傾向だな。リュド、すまんが出口まで先導を」
「了解です」
リュドレイクが先頭に立ち、3人は管理室を出た。作業中の人員は40人程らしい。後は落ち着いて、混乱なく誘導すること。そうすれば、10分で爆弾を歓迎する準備が整う。
●撤退
「よし、綾野、それからリュドレイクは先行してくれ。プロクターとモートンも」
ほんの少し後には爆撃を受けるであろう工場から、撤退が始まった。退路の安全確認のため、工場内潜入時の綾野とリュドレイクのコンビが先行する。その後を、作業員達が2名の隊員の先導で続く。
「順調だな、よし。神撫と優、後ろで誘導してくれ。ウォンとジーニーを連れてけ」
2人が頷いて、作業員の列に混ざる。列の一番後ろから、補助のために歩く。
藤村とアンドレアスは、ビーコンの受信確認のために、ウッドラム、グレシャムと共に残った。
「届いてるといいがな」
藤村が零す。
「こればっかりは、あのナタデココを片付けてくれるかどうかだからな‥‥」
アンドレアスが答える横で、グレシャムが無線機をチューニングしている。レシーバーからは雑音しか聞こえない。
「グレシャム、どうだ」
「‥‥まだですね」
まだ、通信は拾えない。
「‥‥いや、そうでもないみたいだな」
呟いた藤村の見る方向に、空戦の閃光が見える。
「お、やってるな!」
ウッドラムが嫌に嬉しそうに、同じ方角を見た。
「デルタより爆撃チーム、応答せよ。ビーコンは設置した。シグナルを拾えたら答えてくれ。繰り返す‥‥」
無線に呼びかけ続けるグレシャム。相変わらず、雑音しか聞こえない。
リュドレイクが戻ってきた。彼の力を使わずとも、安心できる範囲まで誘導したのだろう。手には照明弾。爆撃チームが、ビーコンを受信できない場合、彼はKVの突入ぎりぎりまで待ってそれを撃ち上げるつもりでいる。爆撃チームに参加している彼の弟とは、算段を整えている。
「ちくしょう、まだか?」
やや不安な表情を見せるアンドレアス。が、その時。
『こち‥‥、‥‥コンの受‥‥。繰り返‥‥、‥‥ちら爆撃‥‥ム、ビーコンの受信を確認!』
「来たな」
「ビンゴだ!」
「弟です!」
藤村とアンドレアス、そしてリュドレイクが同時に声を上げる。
「デルタより爆撃チーム、ビーコン受信確認。こちらは撤退する」
『了解。間もなく目標に攻撃開始します。巻き込まれ無いように離脱してよね、リュー兄』
ビーコンのシグナルは拾われた。リュドレイクの弟の声が、今度はレシーバーからクリアに聞こえた。
弟の無線には答えず、してやった、という笑顔で、リュドレイクはウッドラムに右手の親指を立てて見せる。
「よし、撤退する!」
5人は作業員が撤退した方向の後を追って、歩き始めた。
市街地まで作業員を誘導すると、他の避難する市民と共に、市内の避難誘導組に任せて、LRRPチームと6人はグラナダ市内を離れた。
「帰りはどうやら、優雅にヘリの旅といけそうですね」
流石に強行行程で疲労が蓄積しているのか、綾野が苦笑いで呟く。
「こんなピクニックはもう御免だな」
神撫も釣られて、苦笑いで口元を緩める。
「そうか? 快適にヘリで帰れるし、手際もいい線行ってるぜ? 今すぐうちのチームに入れてもいいくらいだ」
抽出ゾーンにはムラセン東部の高原、草原が続き広大に見渡せる場所が選ばれた。このまま歩いてゆくと、抽出ゾーンに到着する予定時刻と、ピックアップのヘリが到着する予定時刻が一致する。
キメラの姿は無かった。威容を誇った要塞が陥落し、どこかに逃げ散ったのか、帰路は襲撃を受けずに進む。
「どうだ、気が済んだか?」
グレシャムだった。ニヤニヤしながら、前を歩くアンドレアスを小突く。
「何とかな。ひと段落って感じだ」
「そりゃあ良かった」
そのまま、暫く黙って歩いていたが、アンドレアスが突然言う。
「俺は素人だ、いまだにな。だから、あんたらのやり方に興味がある」
「なんなら、入ってみるか? ピクニックならいつでも連れてくぞ」
苦笑いを浮かべて、アンドレアスは返事をしなかった。
「誰も特別な事はしてない。ここの11人は皆そうだ。お前のように、置いてきたか背負ってか知らないが、そいつのために生きて帰ろうとしてるだけだ」
暫くアンドレアスは黙っていた。獣道が開けて、平原にさしかかる。そろそろ抽出ゾーンに到着する。
「禁煙が一番キツいわ、この手の仕事は‥‥」
飛んでくるヘリを見上げて呟くアンドレアスの目の前に、グレシャムが煙草を差し出した。