●オープニング本文
前回のリプレイを見る「マーカス!」
忙しなく歩く副官を、グライスナーは呼び止める。
「この間の作戦、ベックスは何か言ってたか?」
返事も待たず用件を告げるグライスナーに、副官は少し思案する。この間の作戦、とはつい先日の救出作戦を指すのだろう。
「ベックウィズ中佐ですか? ‥‥私の所には何も」
「そうか。‥‥奴の所がヘマをした話は、聞いているか?」
「ええ。あらましだけなら――」
副官が応えると、グライスナーは彼を促して執務室へ入る。応接用の椅子を勧めて、自身はデスクの上のファイルを乱雑にどかすと、そこに軽く腰掛けた。
「ベックスとは長い付き合いになるが、動機は個人の友誼じゃない。奴の追ってたモノは、逃してはまずい、と思っている」
喋りながら、葉巻を木箱から取り出し、器用にマッチで火を点ける。立ち昇る煙を見ながら、ベックウィズの葉巻はこの人譲りか、と副官は考える。
「件のPMCから戦力を調達してくれ‥‥作戦は近接航空支援、地上の機動部隊の支援火力」
さっとメモを取り、副官はまたグライスナーを見る。
「それから、リーブマンに手配させて、無人機を用意させる。UAVだ」
グライスナーが何を企図しているのか量りかね、しばらくそのまま顔を見ていると、彼は煙を吐き出してからようやく補足をして、副官はその意味を理解した。
「UAVは撃墜されるようにする」
「それは‥‥」
思わず絶句する。要するにこうだ。調査打ち切りではまずいであろうから、友軍に対する誤射を演出して、手を入れる隙を作る。別件逮捕のようなものだ。
「思い切った決断です‥‥」
ようやく言葉を搾り出す副官に、グライスナーは煙を吐き出しながら応える。
「装備は、喪失しても補充すればいい。しかし戦機を喪失したら、そうは行かない」
●
煩わしい。
KV乗りってのは何でこうなんだ。
「ミスチフよりマーリン3、ユーアーアンダーマイコントロール」
『マーリン3了解。随分若いな、頼むぜ小僧?』
これだ。
奴らは大抵人を小僧扱いして、自分を教官か何かと勘違いしている。
じいちゃんの言う通りだ。
戦友にリスペクトの無い奴に碌な奴は居ない、みたいな事をじいちゃんは言っていた。実にその通りだ。
けれどじいちゃんには悪いけど、そういう連中を俺からリスペクトするなんて出来ない。どんな技術があったって、どんな経験があったって一緒だ。
『マーリン3よりミスチフ、敵影を確認、十一時方向。単機だ、めずらしいな』
「ミスチフより各機、機影を確認した」
IFF照合。友軍機ではない。
『気の早い馬鹿が突出したんじゃねぇの?』
敵の事情なんぞ知るか。機種照合‥‥ワームではない。新種のキメラか?
『マーリン3よりミスチフ、迎撃に向かう、許可を求む』
『いいんじゃねぇの、敵には違いない』
『オーケー、落としてくるぞ』
まだ何も言ってないだろうに。‥‥もう好きにすればいい。
「許可も何ももう向かってるだろ、敵の機種は判別不能」
『新型でも、落とせば一緒だ』
そりゃそうだ。こちらからは目視は出来ないし、正体も分かっていないんだ。そうやって飛んでって、痛い目にでも遭えばいい。
『ブルズアイ! ざまぁみろ!』
随分あっさりと落としたらしい。レーダーから輝点が消えた。
『なぁ、落とした敵機って何だったんだ?』
煩わしい。
そんなの知るか。IFF照合したんだ、敵機には違いないだろうに!
●
一度書類の端を、デスクでとんと揃えてから、アニーは集まった面々をぐるりと見回した。
幾つか見知った顔も見付けてから、息を大きく吸い込む。
「先日の、無人機誤射事故の立ち入り調査補助が、今回の任務です。予定は三日後。先方には、まだ日程を通達していません」
言いながら、手元のファイルの束を配ってゆく。
「調査対象は‥‥まぁ端的に言えば、マーブル・トイズ・カンパニーとその関連会社です」
そうだ。あのPMCに調査の手を入れるって事は、エヴァンスの活動に調査を入れる、という事だ。
アニーもアニーで、まるで別件逮捕だ、と思う。けれど余計な事は云っていられない。ここ数年、彼女の周囲で起きた幾つもの事件を、アニーは忘れていない。
●リプレイ本文
ブリーフィングルームを出て行こうとする背中を呼び止め、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、立ち止まり振り返る二人を見据えた。
二人とは、OZ(
ga4015)と緋沼 京夜(
ga6138)だ。
端的に云えば、この三人の関係は燻る火種である。誰もけしかけないから、燃え上がらないだけに過ぎない。
鳴風 さらら(
gb3539)が三人の様子を苦々しげに見て、何か口を開こうとして、彼女と同じような表情を浮かべるフェイス(
gb2501)に制された。そのまま部屋を出て、三人が残る。
幾つかの事前調査を終えて、アスの疑念はいよいよ膨らんだ。
アスはいつも通り、彼の手に入れた情報をブリーフィングで共有した。
ロベルト・サンティーニの遺した物。
賞味期限の切れたシリアルとミルク以外に、妙なリストを見つけた。ヨーロッパ中の空港、或いはターミナル駅、港、それに軍の主要な基地がある都市の名前が羅列されている。
リストの意味は分からない。OZはこれを、いつものように、何を企んでいるのか探らせない目で、黙って聞いていた。
ところが、アスが一頻り喋り終わると、それを調書へと過不足なく纏めてゆく終夜・無月(
ga3084)に向けて、OZが語り始める。
ロベルトの死因について。
四十五口径の銃口を咥えて一発。銃は握られたまま、その他の外傷は無し。他殺だとするなら、ロベルト自身が銃を持ち、さらに咥え、引き金を引かせる必要があった。
OZはこれを、単独で調査をする神撫(
gb0167)を除く全員が集まった場で披露し、それがアスの疑念を膨らませる。
「そろそろはっきりしねぇか。何を企んでやがる?」
ロベルト本人の前でも、この食えない男はだんまりだったのだ。
OZは薄ら笑いを浮かべながら、たっぷり時間をかけて煙草を吹かすと、アスを見る。
「アンドレアスよぉ、お前の敵はどっちだ?」
無表情のままの京夜と、顔色に怒りが乗ったアスの目が合う。
「シーカーから目を離すな、って事だ。一度は見失った敵だろう? 三度目は無い」
「そういうこった。余所見してっと真実を取り逃がすぜ」
京夜の言葉を、OZが受ける。アスは黙ったまま。
言い捨てて出て行くOZにやや遅れて、京夜も歩き出した。彼は彼で、OZの目的の推察はつくが、知っている訳ではない。だが、OZは兎も角、馬鹿正直に青臭い理想に向かって進むアスに、余所見をして貰っては困るのだ。京夜自身の目的のために。
アスは一人、部屋に残された。
デスクの上に、OZが入手してきた玩具カタログがそのままにされて、今後の発売予定の文字と幾つかの写真が並んでいる。次の新製品予定は期間限定発売モデルらしい。
尤もだ、と思う。アスはエヴァンスの真実を追っている。OZもそうだ。それ自体にOZの目的は関係無い。それから、全ての事象を理想の着地点に纏めるなど無理な話なのも知っている。けれど、この男はそれを求めずにいられない性分なのだ。
OZの煙草の匂いが禁煙のブリーフィングルームに残り、嫌にアスの鼻に付く。
無月の纏める調書にどう報告すべきか、ロジャー・藤原(
ga8212)は悩んでいた。
まるで暖簾に腕押しである。
マヘリアから幾つかロブ・エヴァンスについての情報を引き出すと、彼はロブの尋問に向かった。
聞き難いような立ち入った事もマヘリアは素直に応じ、お礼代わりにデザートの美味しい店に連れて行く事になったのだが、それはまた別の話である。
予想はしていたが、聞いていた通り、ロブはロジャーの尋問に対し悉く黙秘を貫いた。
雑談にすら応じず、一言も発しないロブ・エヴァンスに対して、ロジャーは手を変え品を変え、言葉を引き出そうと試みるが、まるで手応えが無い。
唯一、ロブが顔を上げたのが、ロジャーが兄の名前を口にした時だ。
「兄さんは死んだ。撃墜も逮捕も何も、もう無いんだ」
それだけ呟いて、また黙る。
兄に対する劣等感はどこかに置いて来たのか、とロジャーは思った。何の感情も読み取れない台詞に、それ以上追及するのを諦めた。
何も語らない男の前から立って、去り際にロジャーはもう一度、ロブを試す。電話を取り、二言三言交わしてから、ロブに振り向く。
「親父さん、捕まったみたいだぞ」
ロブはまた顔を上げた。それから一呼吸置いて、変わらぬ表情のまま、喋り始めた。
「なら、全て終わったと云う事だ。貴様が尋問すべきなのは俺じゃない」
何の感情も表に出さず、淡々と喋る。
一事が万事、この調子なのだ。ロブは何の切り口にも出来ないと、判断するしか無かった。
立ち入り調査は、大きな混乱も無く粛々と始まった。
目的は誤射事故に関わるPMCだが、関連会社であるマーブル・トイズ・カンパニーも調査対象とされた。
抜き打ちの調査は、立ち入りを拒否される事も無く、本社へ向かった遠倉 雨音(
gb0338)はあっさりと通される。
エヴァンス本人と対面するマヘル・ハシバス(
gb3207)とアスを見送り、彼女は資料を漁る。目的は資金の出入り、それから物流。
蜘蛛の糸、だと思う。雨音が仲間と共に手繰っていた細い糸は、ロベルトがゲーム盤から取り除かれて見失った。ところが、そこに薄く光が射し込み、見失った糸を浮かび上がらせたのだ。今度こそ、手繰り寄せねばならない。
そう簡単に、欲しいものが見つかるとは雨音も思ってはいない。見つかって困る資料を、あっさり見つかる所に置いておく事など、ありはしないのだ。
気になるのは工場への搬入、搬出記録だ。工場に毎日、何かが搬入され、或いは搬出されるのは不自然な事ではない。
だが、さららは件のPMCから、小銃と弾薬が満載されたコンテナがここへ搬入されたのを見ている。
入ったきり、出て行った先が分からない荷物は、案の定雨音が引っ繰り返す膨大なファイルの山の中に、それと判るように書かれてはいなかった。
ただ、妙なデータが雨音の目に留まる。工場から、PMCが保有している拠点へ向けて、度々出荷が行われている。
中身は工場で製造された商品らしい。つまりは基地祭で販売したり、見学の子供に配ったりしていたアレだ。だが、雨音は納得が行かない。
それにしては、搬出量が多すぎるのだ。
幾つかメモを取り、記録のあるファイルを数冊抱えてから、雨音は部屋を出た。蜘蛛の糸の先、かも知れない。仲間の元へ持ち帰るため、社屋を出る。艶やかな彼女の髪が、風にふわりと揺れた。
グラスゴーの港から程近い一角に、工場はある。
敷地には製造ラインのある棟が幾つかと、トラックが行き交うヤードと、それから事務室や研究棟の入ったビルがあり、普通のどこにでもある工場のそれと変わらない。
レオン・マクタビッシュ(
gb3673)は、いつかの手痛い失態を忘れてはいない。手酷くやられた。
あの時あれ程苦労し失敗したここへの侵入が、こうも簡単にあっさりと、しかも正門から堂々と入り、肩透かしを食らった思いだが、むしろチャンスであると、前向きに捉える事にした。
視線を走らせて、周囲を行き交う従業員と思しき人物の所作を確かめる。
予想外に、武装した人物は居ない。けれど、BDUやタクティカルジャケットを着ている訳でもなく、小銃を背負っているだけなら、咄嗟にそれをどこかに置いてくる事も可能だろう。
けれど「匂い」は隠せない。
何人目かの従業員と目が合った時、レオンは確信した。やはり、手馴れた人間がここに居る。
レオンが散々見てきた目。教官時代に、生徒達をそういう「目」にするよう育てて来た。その従業員の男は、それと同じ目をしていた。
それとなく視線を外し、レオンは別の従業員と話すさららに近づく。
丁度さららは、製造ラインで働く女を捕まえて、話し込んでいた。パートタイマーだと話すその中年女性は、よく喋る。
「息子さん逮捕されたでしょう? だから次期社長がどうとかで、派閥とかいろいろ社員の人は大変らしいわよ」
げんなりだ。
一を聞くと十返事があり、そのうち九は別にさららは聞いてもいない事だ。
そこへレオンが戻り、さららは渡りに船とばかりに話を切る。
「どうだった?」
「武装してる人を見たか聞きたい」
レオンはさららに応え、さららが女に振り返り口を開く前に、饒舌な女は喋り始めた。
「いたわよ、こないだまで。スパイが居たとかで。よく知らないけど、同業のとこが新製品の情報を盗みに来たとかで。物騒よね」
げんなりだ。
げんなりを表情に出さないようにする程、さららは他人の顔色を窺って生きて来てはいない。けれどこの女も、さららの表情に気付く程、相手の感情の機微を読み取れない。
ブリーフィングで男性陣に話し掛けられる度赤面していた草薙・樹(
gb7312)は、調査を始めると人が変わったかのようにてきぱきと動きだした。
社員から聴取をするフェイスに代わり、関連する資料を次々と彼の前へ集めてくる。
製品の設計図面。不審そうな点は無い。それから部品。外装は主にプラスチック。可動部などに使われる金属類。ギミックに使われる小さな電子回路と火薬類。
フェイスは電子回路が気に掛かる。詳しく調べてみるべきだと思うが、生憎得意そうな金髪の男は、近くに居ない。
持ち帰る事にして整理していると、京夜が戻ってくる。二、三言葉を交わし、樹と三人で押収物を纏め始める。
目の前に広げられた大量の資料と部品をぐるりと見回して、京夜はある事に気付いた。
いつぞや、小隊仲間が持ち帰った小さな箱。電子回路と火薬類が入り、空いたスペースは小さなベアリングが幾つも入り、模型を飾った際のバランスを取るバラストの役割をすると云う。
まるで手榴弾か地雷じゃないか、と思うのだ。
グレン・エヴァンスという酔狂な馬鹿者は随分と大それた事を妄想し、それをそれ程大きくない自身の伝手だけで実現すべく画策しているのか。
これが小さな爆弾だとして、それが発動するキーは分からない。だが、これを欧州中に出荷している。玩具店、スーパーマーケットの玩具売り場、それからこれを買った家。人の集まる所で同時多発的にこれが爆発すれば、大混乱に陥るだろう。
それからPMCとアスが手に入れた都市のリスト。これと同時に、武装した集団が蜂起したら。バグアに伝手の無いグレンにとって、奴等の欧州再上陸を促すには最良の方法かも知れない。
馬鹿げた発想だ、と京夜は思う。けれど相手は酔狂な馬鹿者なのだ。
京夜はこの推論を、誰にも言わず内に秘めた。
神撫はと云えば。
アニーと共に、PMCの拠点に向かった。フライトレコーダーは空振りだった。解析中で、さらに聞くのは専任の調査官が最初で、彼に回ってくるのはその後になる。
飛んでいたメンバーに不審は無い。全員が軍の出身で、本人の思想にも、親族を端から当たっても、親バグアには突き当たらない。
ヴォルコフは、神撫が今まで散々見てきた軍人と何ら変わらなく見えた。その部下も、良くも悪くも全く普通の軍人であり、責任問題については聴聞会の結果に従うと殊勝だし、親バグアについては、過去の経緯もあるし断じて有り得ない、と言い切るばかりであった。
「何も掴めなかったね‥‥」
横を歩くアニーが呟く。
成果は無かったと云っていい。間違いなく建前で外向きの回答ばかりであったが、そこから得られるものは無かった。
何とは無しに、神撫はアニーの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。
当事者が弟だと云うのに、それについて何も言わないアニーが、神撫は心配でならない。
けれど、アニーらしいとも思う。きっと不安を口にしたりはしないだろう、そして自分の職分に専念するだろうと思っていた。
弱音を聞くくらいには、近くなっていると思う。けれどアニーはそれをしないだろうから、神撫は彼女の横に居て、誤射事故の調査に携わり、彼女の弟の疑惑を晴らそう、と思うのだ。
アス達は巧くやるだろう。神撫のすべき事は、アニーを支える事だ。
人当たりの良い笑顔を見せるマヘルのお陰で、グレンとの面会は何事もなく進んだ。アスだけなら、きっと胸倉を掴み締め上げていただろう。
マヘルの質問に、淡々と事務的に答えるグレンの姿は、不祥事を起こし謝罪会見をする時に見るそれと同じで、この男がロベルトの言ったような「大それた妄想」を抱いているようには見えない。
PMCの活動資金はグループ会社から補填されている、と云う。但しそれ程危機的な経営状態でも無いらしく、財務諸表を資料として提出された。
それからロベルト・サンティーニについて。調査要請は、「警察に一任しているから」と、そちらを当たるよう言われた。マヘルは何度か会った事のある、市警察のワーナーと云う男。
ここでも、耳ざわりの良い建前しか引き出せず、マヘルとアスはそれをやきもきしつつ聞いている。
「玩具屋をやってるとね、子供達の笑顔が宝なんですよ。だから一刻も早く戦争を終わらせて、安心して笑えるようにしたい。そのためのPMCです」
そう、しれっと言う。
それが嘘なのは、マヘルもアスも知っている。
吐き出した煙草の煙が、空気清浄機の作動音と共に散らばる。
任務が巧く行った後の一服でないと、やはり旨くない、とフェイスは思う。
少なくとも今まで、デルタとグレン・エヴァンスにまつわる事象は、巧く行っていない。
そこに楔を打ち込めたのだ、好転すればいいと思うが、どうも引っ掛かる。藪を突付いて蛇を出す事になりはしないか。
一度はペナルティエリアまで押し込まれたのだ。反撃を試み、オフェンスの枚数を増やせば、自陣に敵が自由に動ける広大なスペースが出来る。
最後の一口をゆっくり吸い込むと、フェイスは煙草を揉み消し、広くない喫煙室を出た。
考え事のBGMには、空気清浄機のモーター音は無粋過ぎる。