タイトル:彼の戦友マスター:あいざわ司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/03 07:54

●オープニング本文


●Dec.10.2008
  僕は一歩踏み出す勇気を得た。護る力はまだ無いけれど。
  僕は掛け替えの無い戦友を得た。彼らに報いられるものはまだ無いけれど。
  出来る事は沢山ある。
  ジャーナリストとして、最前線の現実を伝えること。
  伝える事は沢山ある。
  掛け替えの無い人たちが、何かを護るために戦っていること。
  ラスト・ホープに戻ったら、大尉を招待しよう。
  いや、元大尉か。ウッディを招待しよう。


 どこかの基地だろうか。空撮写真が、ブリーフィングルームのモニターに映る。
「昨日の昼時点での写真です。現在の状況についてですが、地上部隊が遠巻きに監視していますが、動きはありません」
 6つの大きなタンク。広いハンガー。そして恐らく居住スペースであったと思われる箇所が、緑色に絡まったツタに覆われている。
「これは、全体で1体のキメラなのか?」
 煙草を一息吸い込んでから、ウッドラムが質問を投げる。
「分かりません。証言では、ツタで叩く、或いは巻き取る、それから2枚の葉で挟み込む、食虫植物のような動きをしたと」
 もう一度、煙草を吸い込む。煙草の先で長くなった灰をそのままに、ウッドラムはモニター画面を見つめた。


●Dec.13.2008
  前線に近い補給施設。統括している中尉さんにお話を聞けた。
  恥ずかしながら、僕は戦争と言えば最前線で戦う兵士の方のほうが圧倒的に多いのだと思っていた。
  少し考えれば分かる事。
  誰が、みんなの食料を管理しているのだ。
  少し考えれば分かる事。
  誰が、戦車のディーゼルオイルと、12.7mmの機関砲弾を管理しているのだ。
  これも戦争。大切な戦友達の、命を繋ぐ。


「KVを出す余裕は無いのと、制空権のあるエリアでもあるので、空軍による爆撃が決定しています。基地ごと廃棄、ですね」
 2本目に火を点け、腕組みしたまま、ウッドラムは黙っていた。問題となっている基地に、聞き覚えがある。
 ついこの間まで、取材だとか言って、彼の後をひょこひょこ付いてきた駆け出し記者がいる。
 駆け出し記者は、最初はただの小生意気で臆病な小僧だった。その小僧を、ウッドラムは偵察任務に同行させた。
 3日間の偵察で、小僧は小僧なりに感じる所があったのだろう。ウッドラムは、小僧を「戦友」と呼ぶ事に決めた。
 そしてつい数日前、小僧だった戦友は、その聞き覚えある基地に取材に行くと言って、ここを発った。


●Dec.16.2008
  キメラが怖い訳じゃない。ワームが怖い訳じゃない。
  いや、キメラもワームも怖い。
  でもそれより、みんなが倒れていくのが怖い。ここに居る事しか出来ない自分が歯がゆい。
  娘さんの写真を見せてもらった先任軍曹はどうしたろうか。中尉さんはライフルを取って出てったっきり戻ってこない。
  まだ銃声が聞こえる。銃声があるうちは無事なんだ、とか考える自分はどうかしていると思う。
  こんな時、ウッディならどうしたろう。
  戦友は僕を笑うだろうか。それとも、あの時みたいに引っ叩いてくれるだろうか。


 小僧だった戦友は、希望と理想を胸にやって来た。ウッドラムはそれを否定しなかった。それが彼を、ウッドラムの元まで突き動かしたのだから。
 ウッドラムの元に居て、毎日誰か死んでゆく現実、自分が死と隣り合わせに居る現実を見て、彼はどう思っただろう。
 きっと何か見つけたに違いない。きっと、悩みの種が増えたに違いない。
 眠れない夜に、布団に転がって考え事が出来るのは幸せな事だ。そして彼は、それをフィルムに乗せて、戦場の一場面を切り取る事ができるだろう。
 ウッドラムはそう信じていた。


●Dec.17.2008
  ようやく無線が通じた。中尉さんは戻ってきたけれど、今すぐにでも治療が必要だ。
  1階のフロアにはもう降りられないらしい。
  銃を持つのは2回目だ。この期に及んで、安全装置を外すのが怖い僕がいる。
  ちょっと気を抜くと、何か叫びそうになる。そうでもしないと気が変になりそうだ。
  助けがいる中尉さんを僕が助けられずに、僕が助けを欲しがっている。助けて。


「生存者は?」
「残念ながら不明です‥‥」
 申し訳無さそうにアニーが答える。
「ミイラ取りがミイラになるような任務だな」
 ジーニーの呆れ声。
「1人でも生存者がいれば、ミイラじゃない。そのための俺達だ。ウォンが居ないが、5人で行く。アニーはキメラと遣り合える連中を6人揃えてくれ」
 煙草を消して、席を立つ。
「俺の、最後の‥‥」
「おっと大尉!」
 言おうとしたら、グレシャムに遮られた。
「それは戦闘機乗りがパインサラダ作って待ってる、って言うくらい禁句ですよ」
 グレシャムが笑う。奴の忠告に従って、俺はそれ以上言うのを止めた。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
旭(ga6764
26歳・♂・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG

●リプレイ本文

●Dec.18.2008
  ドアの向こうから、ズルズル何か這い回るような音がする。
  こんな時にテープを回す僕はどうかしていると思う。
  バッテリーの容量を見ると、あと2時間くらいで止まる。止まるまでに、どうにかなるとも思えないけれど。
  中尉の容態を記しておく。願わくば、救助に来てくれた際の一助となりますように。
  ・葉で絡め取られたようで、右半身がやけど状になっている。溶解液のようなものを浴びたらしい。
  ・包帯は皮膚の状態を鑑みて使用していない。高熱を伴っている。
  ここから記録は録音で残す事にする。
  9mmのライフルとショットガン、それから手榴弾が3つ。
  なんとかなる。なんとかしなくては。

●銃声よ届け
 めずらしく、朝から雨模様。灰色の低い空は、気味の悪いぬるい風を運んでくる。
 ヘリは低い空を低く飛び、ローター音を雨の中に轟かせる。
 ウッドラムは、悔いていた。正規の手続きによって発行された命令であり、任務である。しかし、連絡が取れたのは昨日、襲撃を受けたのが一昨日。発生から既に3日目、出発前にブリーフィングで確認した、昨日の昼時点での状況を何度確認したところで、考えうる最悪の事態しか想定できない。
 誰か、生存者が居れば、ムダ足では無い。仮に生存者が無かったとしても、その確認をしてくる事が無意味とは思わない。
 けれども、ここに居るチーム5人と、いくら依頼による志願とは言え、こんな消耗しか想像出来ない任務に集まってもらった6人の、その11人の身の危険とを天秤に掛けてまで冒していいような危険ではない。チーム5人はキメラの巣の中では無力になり、集まった6人は矢面に立ってキメラを受け止める。どちらにも、無謀とも思えるリスクを背負わせる。
 傭兵である彼らは、どんな想いでこの依頼に志願したのだろうと、そんなことがふと気になった。
 6人のうち、2人は知っている。優(ga8480)とリュドレイク(ga8720)は、冬になる前のインド防衛で、チームがトルコから偵察に出た時に知り合い、グラナダでも共に作戦に参加し、同じ場所で野営し、同じ窮地を潜り抜けて来た。
 だから、ウッドラムは彼らの想いは想像出来た。多分2人は、ウッドラムが直接出向いて、「俺の戦友を助けたいから手を貸してくれ」と声を掛ければ、依頼だとか報酬だとか関係無しに、二つ返事で承知してヘリに乗ってくれただろう。優とリュドレイクの2人は、そういう奴らだとウッドラムは知っている。
 他の4人は?
 遠倉 雨音(gb0338)は、何度か本部で見かけた。アニー絡みで何か動いていたが、直接行動を共にするのはこれが初めて。
 残る3人、煉条トヲイ(ga0236)もケイ・リヒャルト(ga0598)も旭(ga6764)も、ウッドラムは完全に初対面だった。
 何故こんな無謀な依頼に志願してくれたのか?
 信頼していない訳ではない。報酬を用意し、云わば戦力として買っている。買った分は働いてくれるとウッドラムは知っている。
 高く売れれば、身に降り掛かる危険は顧みないのか、それとも報酬次第、と言うやつなのか。
 どちらにせよ、ここに居る、自分も含めた11人全員を、こんな虎口に投げ込んでいいとは思っていない。能力者だとか傭兵だとか正規軍だとか一般人だとか関係なく、人として。
「生存者の救助よりも、有無確認の方が優先順位は高い‥‥か」
 ぽつり、と煉条が呟いて、ウッドラムの思考を途切れさせた。
「生存者が居なくても、その有無さえ確認できれば任務成功‥‥頭で理解はしていても、いざ言葉に出してみると嫌な話ですね、まったく」
 何か考えていそうな目をして、遠倉が返事をする。
「‥‥どうか、誰でも良い。無事で居て‥‥!」
「早く救出してあげたいですね。‥‥頼みますから生きていてくださいよ」
 ケイと旭の言葉を聞いて、ウッドラムは少し驚いた。初対面であるから、彼らがどういう人物なのかは分からない。けれど、恐らく彼らは、ウッドラムよりも、生存者の可能性を信じている。

 管理棟を覆うキメラの蔦が届かないぎりぎりにヘリはホバリングし、ロープを降ろす。
 ヘリが攻撃を受ける危険を考慮して、着陸は回避され、このままラペリングで降下する作戦が採られた。まず煉条が、ロープを伝って降りる。次に旭。
 管理棟探索組はそのまま入り口に走る。続いて、チームからウッドラムを含む3人が降りた。
 既に入り口付近の蔦だとか葉の蠢くのを、煉条と旭は切り払い始めている。
 散開したチームの3人も発砲を始める。セミオートの短い発砲音は、サプレッサーと雨が地表を叩く音、それからヘリのローター音で掻き消される。SESを搭載していない歩兵携行火器などキメラに対して牽制程度の役にしか立たない代物だが、無いよりマシと云うやつだ。
 さらに優とリュドレイクが続いて降りる。入り口の確保に動く煉条と旭のカバーに入り、さらにキメラを減らしてゆく。
 燃料の気化した臭いが鼻を突く。足元の水溜りが、漏れ出したオイルで妙な色の反射を作る。「虹のような」と形容すればいいだろうか。けれど、もっと重く無機質な色。
 ケイと遠倉が、さらに続いて降下する。最後に降下したチームの2人と共に、前衛の支援に入るように散開する。
 鼻腔を突く臭いと、足元に広がるオイルの原因となる2棟のタンクは崩れ、降下した全員を取り囲むように、崩れたタンクの方向からも蔦が伸びる。
 ロープの回収もそこそこに、ヘリは高度を取った。
 キメラは1体の大きな植物なのか、それとも個別にバラバラの意思を持っているのか。その攻撃を見る限りでは、連携など考えてもいないようで、あちこちから全く別々のタイミングで攻撃を繰り出している。
 連携など取られたら余程厄介だったに違いないが、それでも予期せぬ方向からの一撃は悩ましい。
 目の前の葉を切り裂いた煉条が、蔦に足を取られる。雨とオイルで悪い足場は、彼の軸足を滑らせ、よろめいた所を数度叩かれ、そのまま絡み付こうとする。
 煉条より少し後に降りた優が、彼の足に絡み付こうとする蔦を薙ぎ、その動きを止めた。
 体勢を立て直した煉条は、数メートル先で蔦と奮戦する旭に向かう。旭は2枚の葉に片手を咥えられ、利き手だけで剣を振るっていた。
 そのまま駆け寄った煉条が、旭の片手を咥える葉を、茎の部分から切り落とす。動きを止めた葉から手を引き抜くと、旭は2、3度、ダメージの程度を確認するように動かした後、その手で小銃を取った。
 利き手で剣を振るいつつ、その小銃のトリガーを、空に向けて引く。
 サプレッサーも、へリのローター音も無い銃声は、雨を切り裂いて空に響いた。
 このとんでもなく僅かな救いしかない作戦に志願した、6人の願いを込めて。

●録音記録:1
  止まない雨の音。それから、ずるずると何かが這い回るような音。
  それが暫く続いた後、這い回る音だけが突然消え、その数秒後に、窓ガラスが割れるような音。
  ほぼ同時に、乾いた破裂音が3回。別の窓ガラスも割れたのか、もう一度同じ音がする。
  それきり、また降りしきる雨の音と、微かに聞こえる誰かの荒い息遣いだけになる。
  その呼吸が落ち着いて来た頃、再びずるずると這い回る音が聞こえ始めた。それと、今度は何かぎしぎしと軋む音。

●生存者
 管理棟の入り口ドア付近に取り付いていた、厄介な葉っぱ共は、6人の消耗しつつの奮闘でほぼ排除された。殲滅はしなくてよい、自分達の進路だけ切り開けばよい、と言うだけなら簡単だが。
 ドアはご丁寧に開いて、もしくは破壊されており、中の様子が窺える。
 1つ幸いしたのは、このキメラはそれ程積極的に攻撃を仕掛けて来ない。根を降ろすのか知らないが、一度目的を達成すれば気が済むのか、自分達の「ライン」を持っていて、そのラインを超えた侵入者に対してのみ攻撃を加えているように見えた。
 現に、入り口近くの蔦や葉は排除したものの、管理棟全体を覆う他の葉っぱ共は、動く気配を見せない。
 開け放たれた入り口から覗く1階廊下は、建物の外側と同じく、緑に覆われていた。
 少し様子を窺ったのち、先行する前衛の煉条と旭、それから優が飛び込む。
 3人の動きを待ち受けていたかのように、1階廊下の葉っぱ共がずるずると蠢きだす。
 建物ごと、と判断されるのも仕方が無いと思える数の敵。生存者なんか絶望的だ、と思える数の敵を切り伏せ、薙ぎ払い、進路を作ってゆく。
 ウッドラムと、彼のチームの2名が、3人の後に続いた。それから、リュドレイクとケイが後方支援を行いながら続く。
 廊下をしばらく確保した所で、遠倉が建物を背にして入り口に立った。そのまま、チームの残り2名と、入り口付近を確保する。
 降り止まない雨が、彼女の長い髪を濡らしてゆく。

 1階に4部屋、それから2階に4部屋。単純で同じ造りをしている。けれど、建物の造りほど、任務は単純には進まない。
 廊下は一面覆い尽くさんばかりの敵で溢れていたが、各部屋の中はそれほどでもなかった。
 それは最初、部屋の扉が閉ざされていたせいか、あるいは残された者が頑強な抵抗をしたせいか。おそらく両方であろう。
 頑強な抵抗と言っても、能力者と一般人のそれは比べるべくも無く、ましてや正規の訓練を受けているとは言え、補給拠点の駐留は普段から戦闘行為を行っている訳でもなく、まさに「惨状」と言えた。
 どうやら1階に残った者は、入り口から右奥の部屋に集まって抵抗を試みたらしく、4名の遺体がそこにあった。
 ウッドラムはドッグタグの回収だけを指示した。本来の任務は生存者の有無確認のみで、タグの回収は任務には無い。けれど、彼はそれを指示した。

 2階に上り、またも廊下と階段を埋め尽くすキメラを、手酷い消耗の末、一般人しか居ないウッドラムのチームに被害は出さず、道を切り開いていた時。
 階段からすぐ左の部屋に入った時に、一同は色めき立った。
 ドアは破壊されている。
 窓ガラスは割れている。
 部屋の一番奥に、生存者が居た。
 煉条が駆け寄り、声を掛ける。返答は無い。が、視線が微かに動く。
 すぐに、入り口で進路確保をしていた遠倉がやって来る。担架が用意され、煉条と遠倉に前後を護衛され、1階へと降りる。
 まずは、安全な場所へ。

 ケイがノートを見つけた。小さなノートで、「取材用」とだけ、表紙に書かれている。中を見ると、一番最新の日付は今日。生存者がこの施設の統括担当の中尉であること。やけどと高熱で、すぐにでも治療が必要な状態であること。それから、これ以降の記録は録音して残すことが書かれていた。ウッドラムは、このノートに見覚えがある。
 そのノートのすぐ隣に、小型のレコーダーが、バッテリー切れで止まっていた。

●録音記録:2
  ぎしぎし軋む音が暫く続いた後、鈍い衝撃音が断続的に始まった。何が起こっているのか、今度は解説されていた。
  「ドアが破壊されそうです」と、震える声が、衝撃音に重なる。
  がんがんとドアが殴りつけられる音は、徐々に軽くなってゆく。つまり、壊されつつあると言う事。
  「もう‥‥もう時間の問題です」と、震える声が悲痛な叫びに変わる。ウッドラムは、この声の主を知っている。
  機械音が鳴る。ショットガンのリロードでも行ったのだろうか。同時に、ドアが破壊された音が聞こえた。

●彼の戦友
 残り3部屋。
 旭を先頭に、リュドレイクが続き、それからウッドラムとジーニー、モートン。その後ろからケイが支援に入り、優が後方警戒。
 煉条と遠倉が、待望の生存者の護衛に戻っているため、配置を入れ替え、探索は続行される。
 葉っぱ共は、探索の行き先からは殆ど排除されていたが、それでもどこからか、例えば窓の外であるとか、或いは通風孔やら、もう通ってきた筈の1階などから、何時の間にかするすると近寄って来ては攻撃を加え、その度に撃退されていた。
 生存者の居た部屋の正面、2階の右手前の部屋には、誰も居なかった。
 それから、2階の右奥の部屋。ここにも、居るのは「葉っぱ共」だけだった。
 そして最後の、左奥の部屋。
 扉は破壊されていた。
 旭が、室内の遺体に駆け寄る。
「‥‥タグは?」
 今までのように、ドッグタグを回収しようとした旭が、タグを持っていない事に気づく。よく見れば、服装も私服である。
 モートンが旭の横に近づき、事務的に遺体のポケットを探る。そして、ストラップの掛けられたカードを取り出し、旭に手渡す。
「タグは、これだ」
 旭が受け取った、「タグ」と言われたカードは、プレスカードだった。顔写真と名前、それから連絡先が記入されている。
「大尉!」
 これが何を示すのか、敏感に感じ取ったケイは、探索を開始してから初めて、サディスティックでない言葉を発した。
「ウッディさん‥‥、戦友って‥‥」
 リュドレイクは、それきり掛ける言葉を失くした。
「戦友じゃないな。ただの小僧だ。自分の力量も見極めず、逃げる事をしない」
「そんな――」
 そんな言い方は無い、と、ケイは言おうとして止めた。言われなくても、そんな事は解っているだろうと、表情から見て取った。軍人でも傭兵でも無いのだから、真っ先にすべき事は、自分の身を守る事だ。
 一部始終を見ていた旭が、遺体を抱えようとする。すぐジーニーに「やめとけ」と言われたが、止める気配は無い。
 リュドレイクも、旭が何をしようとしているのか察したらしく、手伝うために担架を広げ始めた。
「止めましょう、旭さん、リュドレイクさん」
 優が声を掛ける。リュドレイクは手を止めた。が、旭はまだ止める気は無いのか、黙々と作業を続けている。
「ありがとう旭、でももういい。無駄だ。あのヘリにあるのは、生きて帰るヤツの搭乗スペースだけだ」
 ウッドラムに言われて、旭はようやく手を止めた。
 優は、家族を亡くしている。
 リュドレイクは、父親の形見をペンダントにしている。
 ケイは、1人の友人に救われた。
 旭は、家族との縁を切っている。
 亡くなった「彼の戦友」が、そう決めたから、もう誰も異を唱えなかった。

●録音記録:3
  ドアが破壊された音のすぐ後、ショットガンの発砲音が数回轟いた。が、それもすぐ止み、「くそっ!」と悪態が聞こえる。
  蔦の攻撃だろうか、床を叩くような音が続く。声の主はもがいているのか、がちゃがちゃと、デスクか椅子の金属が擦れる音。
  「くそっ! この! この!」と悪態は止まず、さらにライフルの銃声が鳴る。フルオートなのか、止まらない。
  がちゃがちゃ金属音が鳴り止み、ずるずると、這い回る音が始まった。悪態はもう聞こえない。
  フルオートの銃声が続くが、だんだんと音源が離れてゆく。
  しばらくして、銃声がぴたりと止み、ずるずると這い回る音も止まる。
  そこからは、雨の音だけが記録されていた。

●戦友のレポート
 探索チームが管理棟内に居る間、入り口付近を確保していた遠倉は、1台の車を見つけていた。
 前線の基地には似つかわしくない、市販の乗用車。とても軍用とは思えないその車に、彼女は違和感を抱いていた。
 生存者を護衛して戻ってきた煉条と、その車を調べる。
 幸い、付近に葉っぱキメラ共の姿は無く、けれども無残に破壊されたその車は、明らかに他の車両とは一線を画していた。
 トランクや、後部座席には、録音機材に撮影機材、それから大量のフィルム、テープ、記録メディアが積んである。
「これは、大尉の‥‥」
「違いない」
 この車が誰のものであるかは分からない。それでも、ウッドラムと、亡くなったウッドラムの友人から、おおよその察しは付いた。
「幾つか、持って帰ろう」
 と、煉条は提案し、遠倉もそれに異存は無かった。
 ところが、フィルムもテープもメディアも、破壊されたり、或いは漏れ出たオイルに侵食されたり、銃撃の痕やら燃えていたりと、内容を確認できる状態のものは少ない。
 それでも、幾つか中身が確認できそうなものを選んで、2人は拾っていった。
 遠倉が手に取った一つの中に、それがあった。
 磁気メディアに記録されたそれは、後半部分はオイルに侵食されたのか、恐らく確認できない。だが前半部分は良好な状態で残っていた。
 タイトルラベルには「この記録映像は、僕の素晴らしい戦友達と、バグアと戦う全ての人々に捧げる」と、記されている。

●ヘリにて
 雨脚はだいぶ弱くなった。気味の悪いぬるい風も、何時の間にか止んでいる。
 ウッドラムは、また悔いていた。友人を失くした事に、ではない。大切な戦友達を、危険な任務に巻き込んでしまった事に。
 神様のお陰だとか、そんな腑抜けた考え方をする風には彼は出来ていない。任務を成功させて、1人も欠けず今帰路に就けているのは、この馬鹿げた依頼に集まってくれた6人が死力を尽くしてくれたお陰に他ならない。
 ‥‥馬鹿げてはいないか、少なくとも中尉は助かった、と、ウッドラムは思い直した。
 彼がこんな事を悔いていい立場ではないのは、彼自身が良く知っている。これはウッドラムにとっては仕事であるし、集まった6人も、生業とする傭兵である。
 だから、悔いているとは口には出さないでいる。
 一つ、謎が解けた。何故こんな任務に集まってくれたのか。
 ウッドラム自身も、集まってくれた6人も、彼のチームの5人も、みんな一緒である、と彼は確信した。
 ともすれば沈んでしまいそうな空気を、そうしないで済んだのは、煉条だとか優だとか、ウッドラムが退役すると知っていた連中が、声を掛けてくれたから。
 お陰で、帰ったらスタウトを奢るなどと、何時もの任務と同じように、何時もの任務終了後にしているような話が出来た。
 馬鹿話も一区切り付いた頃に、遠倉が、車から回収した記録メディアを渡してくれた。中身は、見なくてもラベルで察しがつく。それよりも、ちゃんといつもの顔で受け取れたか、心配になる。
 その様子を見ていたケイが笑う。やはりぎこちなかったのだろうか、と思うが、聞けない。
 ケイはそのまま何も言わずに、歌い始めた。透き通った歌声は、ヘリのローター音に負けずに、一同を魅了した。
 歌は少し前に流行った、ありふれた流行歌で、遠く故郷で暮らす友人に、土産を持って帰省するからまた話でもしよう、と、たったそれだけの事を歌った歌詞。
「いい歌だ」
 素直に、ウッドラムはそう思い、思ったまま口にした。ケイはにこにこ笑いながら、「どこにでもある歌よ」と、にべも無い。
「それに、いい笑顔だ」
「‥‥最近よ、こうして笑えるようになったのは」
 ちょっと考えた後、ケイはまたにこにこ笑って答える。
 雨は、もう止んでいた。

●エピローグ
 ――デジカムが回る。なんで戦友であるウッドラム大尉が能力者嫌いだったのか、それが今はそうでもないのは何故か、AWと呼ばれた作戦の際の、トルコ・イラン国境での出来事を話してくれていた。ウッドラム大尉個人にしてみれば、僕が目の当たりにした、今回の取材が命の危機だったのかも知れないけれど、戦友は仲間を想っていた。自分も、大切な仲間も危機だった思い出。そしてそれを救ってくれた、新たな戦友の思い出。
「‥‥でも、奴らはホンモノだったよ。意思も。手際も。俺が思った以上に。誰かさんみたいに、妙ちくりんな理想とか理念とかじゃなくてな。自分と、仲間を守るために戦うのは、みんな一緒だ」
 遠くから、屋外訓練場の銃声が聞こえる。重く、無機質で、酷く乾いて、嫌いな音だったが、使う人々は嫌いじゃなくなっていた。
「これ、ラスト・ホープにも持っていくのか?」
「もちろん、持っていきますよ」
「じゃあ是非、奴らに見てもらってくれ」
 そう言うと戦友はカメラに向き直った。
「よう、戦友。まだ生きてるか?」
 それは、カメラの向こう、この映像を見るであろう傭兵達に向けられた言葉。
「お陰様で、俺と俺の友達は無事だ。ありがとうな」
 戦友は、この1週間で見た中で一番穏やかな笑顔を湛えていた。
「本当に、ありがとう。それじゃ、またな」